もしもこの歌が届くなら We Wish that Peaceful Days Come True

もしも分厚い雲を抜け
わたしの歌がとどくなら

瓦礫にまみれたこの町に
希望あふれる明日がほしい

青草なびく平原で
悲しい記憶は拭われて

青い空の向こうまで
安らぐ未来が続いてく

いつか空に届くまで
わたしの歌は終わらない

悲惨な現実の中にも、希望にあふれた歌を歌いたい。そんなイラストを描きました。

少し趣向の変わったイラストを描きたいと思い、廃墟と歌を組み合わせた「もしもこの歌が届くなら」を描きました。

瓦礫だらけの街、荒廃した世界、悲惨な現実、それでも失われない希望を描いた一枚です。

わたしの普段のメルヘン調のイラストにはそぐわないかもしれませんが、廃墟を描くのはこれで三回目。意外と何度も描いています。下書きを描いたところでやりすぎたかなと思ってお蔵入りにしかけたのですが、後ろ髪を引かれて完成までこぎつけました。

わたしは昔から楽器のメロディを絵に描くことが多いですが、メロディの表現方法はいろいろ変えています。音符を飛ばすこともあれば、虹色で表現することもあります。この次に描いた絵では五線譜を伸ばしています。その中でも、最近思いついた方法が、メロディを表す部分に別の絵を組み込むという方法です。この絵で試しているのがその方法です。

絵全体のバランスをとるのに苦労しました。最初はもっとメロディ部分に組み込んでいる平和な風景は小さく、廃墟をメインに押し出していたのですが、あとから修正して大きくしました。大きくしたことで、メロディというより吹き出しのようになってしまいましたが、この絵の場合はそれでよかったと思っています。

この絵でひとつ失敗したのは、人物の大きさがおかしいことです。廃墟のビルとくらべると、人物が巨人です。わたしの絵は遠近感による大きさがおかしなものが多いですが、立体を認識する能力の弱さが現れているのかもしれません。とはいえ、リアルな絵ではないので、まあいいかな。前作のメルヘン絵も建物が小さいですし。

この絵を見た人から、最近、世の中の悲惨なニュースを見聞きすると、平和な場所にいて何もできない自分が申し訳なく思う。でも、苦しい境遇に置かれている人たちのことを思う気持ちは忘れないでいたい、ということを言われました。

世の中は悲惨なニュースであふれています。想像を絶する病気と闘病している人や、生まれつきひどい障害を抱えている人、破壊的な戦争や暴力にさらされている人、子供の頃から非道な虐待を受けている人、未曾有の災害に襲われた人などがいます。どれも一分一秒を生き抜くことさえ困難なもので、生きている意味や価値を容易に見失いかねないほど残酷なものです。

そうした過酷な現実を知るとき、自分の置かれた状況はまだましなほうだと思えます。自分の状況の恵まれているところに目を向けるようにしたいと思ってます。

この絵に描いたふたりは、悲惨な現実のもとでも希望を与える風景に思いを向けています。わたしもそうしたいです。過酷な今を乗り越えて、勇気を持って明日へ進んでいくために。

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