1年間絵をあきらめずに描き続けた感想(ⅰ)アイデア編


あるデジタルお絵かきの道具を買って、今日でまる1年です。この一年間、自分でも驚くことに、ひたすら絵を描いていました。

わたしは持病があるので、毎日絵を1枚描く、というのは達成できませんでしたが、初期のころは簡単な絵もたくさん描いていたので、この1年に描いた絵をぜんぶ合わせれば、ちょうど250枚くらいになると思います。

体調が悪くて読書や勉強などができない一年でしたが、そのぶん絵を描くことを楽しめました。細切れに描いたために絵の枚数は多くなりましたが、実際にはとても体調が悪く、絵を描くのはいつもぎりぎりでした。

今日という節目、一周年の記念日にこの絵を描きました。この一年間で得た技術をいろいろ活かしました。どんな技術を使ったかは(2)描き方編で描きたいと思います。

いつも冒険させている双子と猫、そしてそのお父さんとお母さんを描きました。わたしの理想とする家族が、とても幸せな世界で暮らしている様子です。

まだまだ、絵が上手いと言われるような人の部類にはとても手が届きませんが、自分でも、かなり満足している絵です。

この1年前、どんな絵を描いていたのでしょうか。どんな点で上達してきたでしょうか。このエントリでは、この1年間で描いた絵をいろいろ掲載しつつ、1年間絵を描き続ければどう成長するのか、という点に実体験から答えてみたいと思います。

 

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それまで描いていた絵

もともと、わたしは昔から、年に数枚はアナログで絵を描いていたので、まったくのお絵かき初心者ではありません。

しかし、1枚描くのに一週間くらいかかっていて、手際はよいとはいえませんでした。

また、せっかくアナログで描いた絵なのに、パソコンでグロー効果をかけたり、いろいろ編集したりしてやっと公開できるという感じでした。そのころ描いていた絵はこちらに乗せてあります。

ブログを初めてから、自分の記事の挿絵として、簡単なイラストをときどき描くようになりました。ほとんど写真を参考に描いたものですが、それなりの枚数は描いたように思います。

何を描けばいいのか思いつかないころ

去年2013年の10/8、時間取りになるから買わないでおこうと思っていたデジタルのお絵かきの道具を、ついに買ってしまいました。

今までどんなお絵かき道具を買っても、あまり絵を描くことは続きませんでした。ですから、まさかその後1年間絵を描きまくるとは、そのときは思ってもみませんでした。

最初に描いたのは、「どうぶつの森」のしずえさんでした。まだ使い方もよくわかっていないころに描きましたが、記念すべき第一作です。

このころは、まだ簡単なキャラクターしか描けませんでした。アニメやゲームの人物を描いたりもしましたが、手本に忠実な、でも手本とはけっこう違ってしまう模写でした。

最初の一ヶ月間は版権絵ばかり描いていました。でも、わたしはほとんどテレビを見ないので、アニメには詳しくありません。ゲームも、内容をほとんど覚えていなことが多いので、ファンアートとして描くものが思いつきません。

「何を描けばいいのか思いつかない」のです。かっこいいアニメ絵を描いている人を見ては、すごいなあと思う毎日でした。

さて、その一ヶ月後、11/7に描いた絵が、フクロウを手に乗せているこの絵です。アナログで描いていた描き方を取り入れて、はじめてデジタルでオリジナルの絵を描きました。

フクロウカフェでの写真をもとに描いていますが、人物はいろいろ手を加えました。このころは、このレベルのオリジナルでさえ、手の角度や肩の形など、人体をどう描けばいいのか悩んでいました。顔の描き方もわかっていなくて、おそるおそる描いていました。

どちらの絵もまったく背景がありません。このころの絵は背景は描いていません。背景がないほうがいいから描かなかった、のではなく、背景が思いつかなかったのです。

ここでもやはり、「何を描けばいいのか思いつかない」という問題が出てきます。簡単な人物のポートレート以外に描くものがありませんでした。

その一ヶ月後、12/7にはこんな絵を描きました。

このころになると、背景も頑張って描こう、といろいろ考えはじめました。ネット上でいい背景の画像を探してきたり、もともと背景のあるゲームの場面を使ったりして、背景が描けないという問題を克服しようとしました。

遠近法にも凝っていて、一点透視や二点透視を使って、室内や建物を描きましたが、どうにも使い方が難しく、頭がこんがらがるので、下書きだけに何時間もかかりました。絵を一枚仕上げるのに、思いの外時間がかかるので、絵を描くことに疲れるようになりました。

あまりに大変だったので、絵を描くことへの楽しみが薄れて、しばらくの間、何を描けばいいのか分からなくなりました。絵を描くには、雰囲気のよい写真を探さなければいけない、しかし頑張って探しても、なかなかそんなものは見つからない、というのはストレスでした。

そして、せっかく頑張って描いても、しょせんは模写ですし、あまり達成感もありませんでした。

「絵が下手です。でも絵が好きです」

12/22になって、悩みはピークに達します。何を描いていいのかわからなかったので、いっそのこと、自分のオリジナルの世界を描いてみようと思いました。子どもたちがいてお城があって…自分のオリジナルのファンタジーを絵にしようと思いつきました。

ところが…。できたイラストはこれでした。

あまりに発想力がないことに愕然としました。今まで2ヶ月半絵を描いてきたはずですが、いざ自分の描きたい絵を描こうと思ったとき、描くものが思いつきませんでした。

これは自分が絵を描くうえで抱える根本的な問題だと思いました。発想力こそ絵を描くうえで最も大切なものだと思っていたのですが、自分にはそれがかけらもなかったのです。

このころ、発達障害の勉強をしていて、人間の思考パターンには、映像思考と言語思考があることを知りました。

何かをイメージするとき、大半の人は言語で考えますが、発達の偏りを持つ人の中には、映像で考える人がいるのです。すばらしい映画を作ったり、動きのあるマンガを描いたりする人は、映像思考だと言われています。

たとえば、ルイス・キャロルは、絵を描くことが好きでしたが、言語思考に偏ったタイプだったので、上手な絵は描けませんでした。反対にアントニ・ガウディは、映像思考の持ち主で、常に頭のなかに立体的な図面をイメージすることができました。

わたしはというと、おそらく言語思考の人間で、映像思考の能力はない、とそのとき考えていました。わたしは絵を描くことが好きですが、絵を描く才能はないのです。だいたい、もし才能があるのなら、今ごろもっと上手な絵を描いていたでしょう。

こうした結論に至って、わたしは落ち込みました。もう絵を描いていても仕方がないからやめようとさえ考えました。

しかしそのころ、知り合いがこんなことを言っていました。

「ゲームが下手です。でも、ゲームが好きです」。

ゲームは楽しむためのものです。でも、みんながみんなゲームがうまいとは限りません。ゲームが下手だったら、ゲームを楽しめなくなってしまうのでしょうか。

この人はそんな気持ちになりかけましたが、たとえゲームが下手でも、自分はゲームが好きだから、もっと気楽に楽しもう、そう考えるようになりました。

わたしも、同じ袋小路に入り込んでいました。絵は上手くなければ楽しめないものなのでしょうか。上手くないなら、やめなければいけないのでしょうか。

仕事として描こうと思っているならそうかもしれません。でも、わたしにとって描くことはひとつの趣味なのです。わたしは絵を描くことが好きだから描いているのです。なら、上手い下手にとらわれず、もっと気楽に描いていいのではないでしょうか。

そのときから、わたしは、知り合いの言葉にあやかって、「絵が下手です。でも絵が好きです」という言葉をモットーにするようになりました。

がんばって絵を描いている途中の挫折だったので、当時はけっこう落ち込みましたが、絵を描くのをやめなくて本当によかったと思います。わたしにとって、この経験は、自分らしい絵を描けるようになる第一歩だったからです。

上に載せた「お城の見える昼下がり」の絵は、確かに絵として今ひとつでした。しかし、この一枚に挑戦したことが、その後の成長につながりました。

このときまで、絵がうまくならなければ、と思っていたので、ハムやルーミスの本を買って読んでいたのですが、なかなか理解できませんでした。

でも、絵がうまくなる、という目標を捨てて、絵を楽しむことにしようと思ったので、そのとき以降、あまり読まなくなりました。正確さより、描くことの楽しさを選びました。

うまく描こうとしてしんどくなってしまうよりは、下手な絵でものびのびと描けたほうがいいのです。

オリジナルキャラクターで世界が広がる

2013年の年末は、上手い下手にとらわれず、自分の好きな絵を好きなように描いていました。今、見返しても下手な絵ばかりですが、とても楽しく描いていました。

年が明けて1/3、いい風景写真があったので、それを参考にして、なんとなく「雪の日おでかけ楽しいな」という絵を描きました。

この一枚が転機になりました。

このときはじめて、双子と猫を描きました。なんとなく、前からあたためていたキャラクターを描いただけだったのですが、自分の中で、描いていてとても楽しい!と思えました。この子たちのいる世界を描きたいと思えました。

今まで描きたいものが思いつかないことに悩んでいましたが、ついに描きたいものと出会えたのです。

アイデアが次々と出てきました。双子と猫にどんなところに行かせたいだろうか。どんな世界を冒険させたいだろうか。どんな日常を描きたいだろうか。そう考えるうちに、どんどん夢が広がってきました。

絵を描くときに、固定されたオリジナルキャラクターがいることはとても大事だと思います。

たとえば、ライオンを描きたい、と思っても、それだけではライオンの模写にしかなりません。しかし、自分のキャラクターがいれば、ライオンとキャラクターとの関わりを描けます。そうするとオリジナルのイラストになります。

しかも、わたしの場合は、双子と猫がオリジナルキャラクターなので、ライオンと合わせれば、4人も登場人物がいることになります。ただライオン一匹の絵に比べて、とても賑やかです。それぞれの役割をちょっと変えるだけで、いろいろな場面が描けます。

そのようにして描いたのが、1/18に描いたこの絵です。

アイデアは無限にありました。なんであれときめくものがあれば、それを双子と猫と組み合わせるだけで絵になるのです。

そうしてできあがった絵はまさに冒険絵巻です。リュウグウノツカイを追って海の底にもぐったり、ワニやフクロウと遊んだり、みんなでティーパーティーをしたり。いろんな絵を描きました。

最初はネット上で見つけた写真を模写して、そこに双子と猫を描くコラージュ的な絵が多かったですが、次第に完全オリジナルの絵も描けるようになりました。

たとえば、3/12に描いた「ねぇ、色が聞こえるよ」以降の絵は、構図から考えて、自由にいろいろ配置するようになりました。

そして、5/14には、お城を舞台にしたこんな絵も描きました。

何か元になった絵や写真があるわけではなく、完全にオリジナルで描きました。

あの「お城の見える昼下がり」の絵から、約半年。自分の理想とするファンタジー世界の絵を描けるようになっていました。あきらめず絵を描き続けて本当によかったと思います。

このころになると、絵柄も安定してきて、自分らしい絵を描けるようになってきました。この時期の絵については以下のエントリの中でも書いています。

しかし色の塗り方や絵の雰囲気には納得がいっていませんでした。そのあたりはまた別の苦労があり、二度目の挫折の原因になりました。

そのことについては、続く(2)「描き方編」で書こうかと思います。

1年間絵をあきらめずに描き続けた感想(ⅱ)描き方編
ほぼ毎日あきらめずに絵を描き続けて思ったことその2
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