明るさ過敏,目の疲れ,読書の苦労の正体を探りに筑波大学に行ってきた話(終)


全五回にわたって書いてきたわたしの光過敏の正体を探る体験記。いよいよ今回が最終回です。

先回の第四回では、光過敏に対処するための色付きレンズのフィッティングがいよいよ大詰めを迎えましたが、より慎重に決定すべく、後もう一回、フィッティングの面接を行うことに決めたところまで書きました。

また、わたしの場合は、単に光に対してだけ過敏なのではなく、さまざまな感覚への感受性が強い、HSPと呼ばれる生まれつきの敏感さがあるのだろう、ということにも触れました。そして、それがわたしのADHD傾向のおおもとではないか、ということも考えました。

明るさ過敏,目の疲れ,読書の苦労の正体を探りに筑波大学に行ってきた話(4)
感覚過敏から気づいたことと2回目のレンズのフィッティング

第五回となるこの最後の記事では、レンズのフィッティングの顛末を書きたいと思います。

そして、前回の記事に引き続き、その結果からわかる、わたしのこれまでの半生に関する考察をまとめて、感覚過敏にまつわる不思議な旅のひとまずの終着点としたいと思います。

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三度目のレンズフィッティング

しっとりと雨がしたたる9月の並木道。

今月はじめ、最初に筑波大学に来たときのことが懐かしく思い出されます。そのときは面接は2回、長くて3回くらいで終わるかな―と思っていましたが、意外や意外、なんと4回も出向くことになってしまいました。

4回も遠出して、しかもレンズフィッティングが神経に負担をかけるものだから、今月は他の予定にもかなりのしわ寄せが行ってしまいました…。先月に引き続き絵もなかなか描く余裕がなく。でもそれくらいの価値はあったはず。

そんな思いが去来するなか、もうすっかり歩き慣れた道を通って、最後のレンズフィッティングへと向かいました。

恒例の? 道中、そして待合室で読んでいた本は、ちょうど前回の感想で紹介したひといちばい敏感な子「敏感すぎる自分」を好きになれる本。生まれつき敏感すぎる体質であるHSPについて説明した本ですね。前回の記事で、さもよく知っていることであるかのように書きましたが、ちょうど今読んでいる最中だったのです(笑)

ひと通り読んでみて思うのは、確かに前回書いたとおり、おそらくわたしの過敏さは、ドーパミンやセロトニンに関係する感受性の遺伝子などから来ている繊細さなのだろうな、ということ。

しかし同時に、単なるHSPではないことも確か。HSPは程度の差こそあれ、5人に1人に見られる体質だとされていますが、わたしと同じような人が身の回りに5人に1人もいたりしませんから(笑)

わたしの親もHSPなので、過敏さが遺伝しているのは確かですが、前にのび太型ADHDのところで書いたように、わたしは親の長所短所を少なくとも3倍以上濃縮したような性格なので、明らかに遺伝要因以上のものが働いているはず。

そのあたりの考察については、長くなるので最後に回すことにして、まずは今回のアーレンレンズのフィッティングの話のほうを書きたいと思います。

前回の2つの候補を判断する

3回目のレンズフィッティングとなる今回は、いつも絵を描いている液タブを持っていくなど、普段見慣れているものもしっかりとメガネを通して見てみよう、と万全の準備をして臨みました。

まず最初は、前回のフィッティングの最後に残った、二種類の候補のレンズを比べてみることに。候補に残っていたのは、グレーを最後に重ねた5枚重ねのレンズと、赤と青を最後に重ねた6枚重ねのレンズでした。

両方を試してみたところ、確かにどちらも見やすい。前回のフィッティングのときのような、見え方が変わっていて、さらに暗いほうがいい、というようなこともなく、やはり完成されたレンズだなーと。

1回目→2回目のフィッティングのときは、視覚の感受性が刺激されてより過敏になったりしましたが、2回目→3回目(今回)は、感受性が変わるようなことはなく、しっかり安定していたみたいです。毎回コロコロ変わったら困るので変化がなくてよかったです。

別の見方をすれば、わたしの視覚過敏が、気分によってコロコロと変化するような心因性のものではなく、一週間置いても変わらない、神経の認知特性によるものだ、ということを裏づけているように思います。

1回目→2回目では急に感じ方が変動したように思えましたが、それは前回の記事で考察したように、これまで過敏すぎる感覚を覆っていた無意識のマスクが解除されたからだったのでしょう。根本にある感覚過敏は最初から一定だったのだと思います。

そのおかげで、今回のフィッティングでは、前回の最後、疲れすぎて迷ってしまい、判断つきかねた2種類のレンズのどちらが自分に合っているか、という選択が、すぐにできました。一週間置いて、疲れを癒やすことで、判断がしやすくなったということです。

前回の記事でも多分こっちかなー…と書いていた、グレーを重ねた5枚重ねのレンズにほうに即決しました。

6枚重ねのほうは、やはり少し明るい。そのほうが文字などが見やすいかとも思ったので、前回は判断を保留していたのですが、一週間置いてみると、この少しの明るさが使い続けるうちに疲れる原因になりそうだ、と冷静に判断できました。それに、6枚重ねのほうは、視界の色がほんの少し紫味ががって、自然さが損なわれているようにも感じました。

これでついに、レンズ選びも終了か! 

と思ったのですが…

専門家の先生が、一応、さらに見え方がよくならないか、もう一枚重ねてみましょう、ということに(笑) 

そうか、たしかに今のレンズは5枚重ねだから、さっき候補から外した6枚重ねのほうみたいにもう一枚重ねるという選択肢もあるか(笑)

6枚目のレンズ選び

そんなわけで、さらに色を重ねていきますが、すでにほぼ完成ともいえる状態なので、別の色を重ねただけで見にくくなるのがすぐわかります。そのため、これ以上見やすくなるはずはない、と途中まで決め込んでいたのですが…

うすーい黄色を重ねたときに、わずかに見やすくなった気が(笑)

どうやら、先ほど6枚重ねのレンズのほうを候補から外したとき、わずかに視界が紫味ががっていたことを挙げましたが、最終決定と思ったほうのレンズも、ほんの…ほんのごくわずか紫味ががっていたことに気づきました。だから、うっすら黄色を重ねたときに、視界がより適正な色に近づく感覚がありました。

たとえば、白い紙面やホワイトボードを見ると、うすい黄色を重ねたレンズのほうが、より自然な白に見えるのです。

ここで専門家の先生が、ではもう少し黄色を濃くしてみたらどうか、とおっしゃって、重ねる薄い黄色の濃度を微調整することに。

3段階くらい変えてみましたが、ううむ…。

正直言って、もうほとんど変化がない。どれも見やすい。ごくわずかに黄色みがかるかどうかというレベル。普通の人だったら、これくらいの微妙な差異なんか気にしないはず。メガネがくもったときのほうがよっぽど見え方が変わるんじゃないかという。

だけど、ここまで来たんだから、ということで、ひたすらそれぞれの見え方の違いを探る。持っていった液タブの画面を見たり、iPod touchの画面を見たり、先生の顔を見たり、普通の輝度のパソコン画面のPDFを見たり。

途中、レンズをとっかえひっかえしてて、これが見やすいかな、と専門家の先生に伝えたら、なんと、左目と右目で違う濃度の黄色のレンズを重ねていたというウッカリが(笑) 左目と右目で違うのを重ねていても気づかないほどごくごく微妙なんですよ! いや、気づかないなら、もうどちらでもいいんじゃないだろうか。

しかしそうもいくまい、ということで、さらに慎重に検討を重ねて、自分がこれまでに描いた絵の色なども液タブで確認しまくった結果…!

最終的に、最初に重ねた、一番薄い濃度の黄色のレンズを選びました。それより濃い黄色だと、やはりわたしはもともと黄色に過敏性があるので、おそらく長時間メガネをかけていると黄色の輝きが気になってしまうのではないか、と感じたからですね。黄色いレンズは、視界の色合いを自然な感じに補正する最低限の使用だけにとどめておくのがよいだろう、という結論に至りました。

その語、さらに一応、ということで7枚目(笑)のレンズも重ねて見え方を確認したのですが、これ以上見やすくなったりはせず、これで本決まり!

そして、最後に7枚目としてUVカットの無色透明レンズをつけることに。UVカットするだけで見え方が変わる人もいるということを聞いて、最後の最後に、また驚かされました…(笑) 

そりゃ紫外線だって色の波長の一部だし、可視光線のすぐ外側の波長だけど、それで見え方が変わるとか昆虫レベルだなー(笑) 4色型色覚とかもあるんだし、もうなんでもありかもしれない。

幸いわたしは、UVレンズで見え方が変わったりすることはなく、ついに決定! 

ついに完成したわたしのアーレンレンズ

これがわたしのアーレンレンズの色です! じゃーん!!

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もうはっきりいって真っ黒である…(笑) 1回目のフィッティングの際に青みがかったグレーとか言っていたのは何だったのか…。確かにわずかに青みがかってはいるんだろうけど、暗すぎるせいで、もはや青が入っているのかどうかさえわかりませんね。

真っ黒すぎて、これだとモノクロみたいな視界になるのでは?とも言われましたが、そんなことはありません。このメガネをかけても、ちゃんと色が見えますし、最後の微調整のおかけで、わりと色相も正確に把握できると思います。聞いたところによると、わたしみたいに、最後に視界の色味の自然さにこだわる人もわりといるとか。

このレンズを、重ねた7種のレンズにバラしてみると、こんな感じ。

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今は7枚重ねですが、オーダーして製造される完成版は、この色を抽出して色付けした普通の厚みのレンズになります。

バラしてみてやっとこんな色が入ってたのか、とわかるレベルですね(笑) それでも青以外の緑、赤、黄もうっすら入ってるから、結局ほとんど全色入ってますし。

ん? そうか、考えてみたら、全色入っているということは、黄色やオレンジに色過敏がありつつも、結局のところ、ほぼ全色にある程度の過敏さがあるということか? つまり裏を返せば、全部の色が鮮やかに見えている? だからわたしの絵は虹色の鮮やかなカラーなのか??

わたしは色が鮮やかに見えている?

すべての色が鮮やかに見えている。

冗談ではなく、途中から本当にそうかもなーと思っていました。

この一連の記事を読んでくださった、あるアーレンの方と、Twitterでやりとりしたのですが、その方は、同じ光過敏でも、すべての色が色褪せて見えていて、空の色もグレーっぽく見えてしまうのだとか。スキー場のゲレンデみたいな感じらしいです。

それに対して、わたしの見え方はどうなのか聞かれたので、もっと色鮮やかすぎる感じで、たぶん、わたしの絵の色使いが、そのままわたしの見えている世界ではないか、と答えました。

そのときは半ば思いつきで答えたのですが、その後、散歩のときなどに、意識して視界の色を見てみると、やっぱりとてつもなく鮮やかな気がする。

普段、わたしたちは、自分の色の見え方は当たり前のものなので、意識せずに見ています。

たとえば、生まれたときから、わたしが見ている「赤」に、それ以外の見え方などありません。わたしの目に見えている「赤」がわたしにとっての「赤」です。でも、それが他の人が見ている「赤」と同じとは限りません。むしろ、一人ひとり見ている「赤」の印象は一つとして同じものはないはずで、そのことは昔から哲学者たちによって指摘されています。

一人ひとり違っている印象、でも決して、他の人との違いを証明できない、その人だけの印象は「クオリア」と呼ばれています。一人ひとりの人間は、異なる脳、異なる認知、異なる経験から世界を見ているので、同じ概念を共有しているようでも、それぞれの受け取り方には、いくらか違いがあり、それが「クオリア」なのです。

だから、わたしの色の「クオリア」も他の人とは違うはず。そして、それぞれ違う「クオリア」があるからこそ、一人ひとりの描く絵、創る芸術は一つとして同じものがなく、各々の感性のにじみ出た、唯一無二のものになります。

絵の色使いに表れる「クオリア」

わたしの場合、本当に、他の人よりも色が鮮やかに見えているのか分かりません。しかし自分の創る作品と、他の人の創る作品の、相対的な色使いの違いを見たとき、わたしが色鮮やかな絵を描くのは確かです。

そして、創作作品の色使いは、その人の認知の特徴が反映されていると仮定するならば、わたしは他の人より色が鮮やかに見えている、ということになるでしょう。

同じものを見たときに、自分と他人とで印象の違いがあるかどうか、「クオリア」に違いがあるかどうかは、計測できませんし、言葉で説明して比較することもたやすくありません。でも、絵などの芸術作品は、ある意味において、その人の「クオリア」が写し取られたものではないでしょうか。

モネとゴッホの絵があれほど異なる印象を持っているのは、本人たちがそう意識して技巧を凝らしたというよりも、もともと本人たちの見ている世界が異なっていたので、それが絵に反映されたと考えるほうが自然です。

個人的に思うのは、あれほど光あふれる絵を描いたモネやルノワールといった印象派の画家は、もしかするとアーレンの傾向がうあったのではないかと。学生のころからモネやルノワールの絵は大好きですし、わたしの絵の傾向ともよく似ている気がします。

いずれにしても、芸術家とは、とりもなおさず、世の中の大半の人よりも特殊な「クオリア」を持って世界を見ている人であり、その特殊な「クオリア」こそが感性なのだとわたしは思っています。

わたしの場合、改めて身の回りのものを意識して見回してみると、絵を描くときに用いている色使いと、普段見ているものの見え方が、とても似た印象を持っていることに気づきます。絵を描くときに見栄えを考えて色を鮮やかにしているのではなく、普段見ているものが、そうした印象を帯びているように思います。

普段は、無意識のうちに周りのものを見、色を認知しているので、特段、何もかも鮮やかだ、などと感じたりはしません。けれども、意識して見回してみると確かに鮮やかだと思いますし、何より、わたしの場合、夢の中で、その鮮やかさかひときわ際立った印象を残します。

以前の記事で書いたとおり、わたしは夢の中で、この世のものとは思えない異常に鮮やかな風景を見ることがよくあるのです。

夢の中で見る鮮やかすぎる色―現実にはありえないカラーの神経科学
夢の中で見る現実にはないほど鮮やかな色の考察

つい最近も、夢の中で、窓の外に雄大な山稜の風景を見たりしました。大気に霞んでいたせいで、けばけばしい鮮やかさではありませんでしたが、とてもリアルで深みのある鮮やかさだったのを覚えています。

こうした色鮮やかさがどこから来ているのか、わたしはよくわかりません。

たとえば、ADHDだったのではないかと思われる画家たち、パブロ・ピカソやアンリ・マティスなどは、原色に近い鮮やかな色を用いることが多いように思えます。

とすると、ドーパミン過多が色の鮮やかな印象と関係しているのでしょうか。先ほどの記事に書いたとおり、少なくとも一部の色についてはそれを裏づける研究があります。

もっといえば、前回の記事で、生まれつき感受性が強い人に見られるとされ、しかもADHDの素因とも考えられている、ドーパミン受容体関連の遺伝子多型が影響しているのでしょうか。

確かなことはわかりませんが、わたしと同じADHDの傾向を持つ人たちの中に、普通以上に鮮やかな色使いをする人たちがいることを思うと、決して無関係とは思えないのです。

逆に、自閉圏の傾向を持つ人の中には、現物通りの色や、無彩色に近い色褪せた色使いを好む人が多い、ということもまた、興味深く思えます。

後ほどもう少し考察しますが、ADHDと自閉圏の人の絵の色使いの傾向の違いは、それぞれの人たちの感覚過敏が似て非なるものであることを物語っているのではないかと思います。

アーレンレンズで読み速度は改善できたのか?

レンズが決まったところで、本当にこのレンズには効果があるのか、ということを確かめることに。

その方法とは、真っ白な紙に印刷された無意味な文字列を音読するというもの。メガネなしとメガネありを交互に繰り返して、音読にかかった速度の平均値をそれぞれ割り出し、読み速度が上がっているかどうかを比較します。

真っ白な紙に書かれた無意味な文字列というだけで、見るのがイヤになるレベルですが、仕方ない、効果を確かめるためにもやってやりましょう。

まずはメガネなしで挑戦。さすがにコントラストがきつくて見づらい。集中力を使うので、文の後半になるとどこを読んでいたか見失いかけたりして読み速度が落ちてきます。

次いでメガネあり。確かに見やすい! …のだけど、現時点では7枚重ねの仮レンズなので、レンズ同士がずれるとちょっと視界が歪んでしまう…。そしてなぜか息でレンズがくもってきたり。 持ち方が悪かったせいで鼻息か入ってくるのか(笑)

これを3回繰り返しましたが…けっこうな重労働でした。疲れる…。

しかし結果は…

なんと、メガネありだと、読み速度が平均で34%アップしていました!

先生の説明によると、メガネありで読み速度が5%くらいアップしたら効果ありとみなすらしいので、34%はアップしすぎみたいです(笑) 

まあ、おそらくは、プラセボというか、メガネありだと見やすくなるという、この場限定の先入観が入っているはずなので、34%は盛りすぎではないかと思います。実際には、20%くらいと考えてもいいんじゃないだろうか。それでも十分な効果ですが。

周辺視野が広くなった

ではなぜ、読み速度がこんなにアップしたのか、ということですが、音読している最中に気づいたことがありました。

どうも、メガネなしだと、無意味な文字列を3音くらいずつ、区切って読んでしまうのです。 「あたら めしか むすは けなま」というように。逆にメガネありだと、「あたらめしかむすは  けなま…」という具合に“てにをは”などの助詞に相当する文字あたりまで続けて読める。

おそらく、周辺視野が改善しているようです。第一回の記事で説明したとおり、わたしは、もともと読み困難を「キーワード」を抜き出して読む方法で補っていました。文章をまっすぐ読めないので、点在するキーワードに注目して速読するという方法です。今回のメガネなしの3音ずつに区切って読むのは、まさにそれを反映していると思われます。

そうなってしまう理由はよくわかっていませんでしたが、第二回の感想では、アーレンのスクリーニングのとき、周辺視野が歪んだり消えたりするという現象が見られたことについて書きました。本来なら、一箇所に注目しても周辺視野でまわりの文字が見えるはずなのに、それらが存在しないかのように消えてしまっていたのです。

とすると、読んでいる箇所を見失ってしまい、キーワードを抜き出して読まざるを得ないのは、周辺視野が弱く、わずかな範囲しか一度に見えていないためではないでしょうか。今回メガネなしで音読したとき、3音ずつくらいに区切ってしまったのも、やはり周辺視野の弱さから、一度に多くの文字が見えづらいからではないか、と考えられます。

そして、フィッティングしたレンズをかけて読むとスラスラ読めたのは、まさにその周辺視野が改善して、一度に広い範囲が見えるようになったからだ、と理解すれば筋が通ります。わたしの光過敏とは、集中したときの周辺視野の狭さであり、アーレンレンズは確かにその弱点を矯正することに成功していたのです。

ADHDの過集中と不注意の原因?

この周辺視野の狭さ、というのは、もしかすると、わたしのADHDの症状に深く関わっているかもしれません。ADHDは、「注意欠如多動性障害」なので、その名の通り不注意注意力散漫がよくみられるわけですが、同時に興味のあることには過集中して没頭してしまう特性もあります。

この不注意と過集中は、しばしばドーパミンの不均衡から説明されますが、視覚機能と結びつけて理解することもできるのではないでしょうか。

たとえば、過集中とは、一つのものに脇目もふらず集中しすぎて、周りのものが目に入らなくなっている状態、と表現されます。「脇目もふらず」とか「目に入らない」というのは慣用的な比喩ですが、じつはそのとおりのことが生じているのかもしれません。

というのは、わたしのように周辺視野が弱い人が、一点に焦点をあわせると、アーレンのスクリーニングで示されたとおり、文字通りまわりのものが目に入らなくなり、視界から消えてしまうのです。そうすると、周りの気をそらす物が見えなくなるので、当然のごとく、注意散漫とは正反対の状態、自分の集中しているものしか見えていない過集中状態になるでしょう。

アーレンシンドローム: 「色を通して読む」光の感受性障害の理解と対応では、このような周辺視野の弱さは「トンネル現象」(トンネル読み)と呼ばれていました。ちょうどトンネルの中のように一点しか見えないからです。

同時に過集中のような一つのことに意識が占領される現象は、いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学によると、いみじくも「トンネリング」と呼ばれていました。思考の範囲が狭くなり、一つのことしか考えられなくなるからです。

「トンネル現象」(トンネル読み)は視界が狭くなることであり、「トンネリング」は注意の対象が狭まることです。一見、似て非なるものと思えますが、本当にそうでしょうか。

わたしたちは、何かに注意を向けるとき、どのようにして注意の方向をコントロールするのでしょうか。そう、視線を向ける方向によってです。だからこそ、「ちゃんと目を見て話しなさい」と言われるわけです。

そうすると、少なくともわたしのADHDの「過集中」あるいは「トンネリング」は、子どものころからの視界の周辺視野の弱さ、つまり「トンネル視現象」によって生じたものではないのでしょうか。

わたしのADHDのもう一方の現象、つまり注意散漫もまたしかりです。周辺視野が弱く、視界のいち部分にしか注意を集中できない人が、なんとかして周りの状況を把握しようとすれば、注意を分散させるしかありません。しかし、もともと周辺視野が狭いのに、注意を分散させて広く認知しようとすると、精度が犠牲になり、ぼんやりとしか見えなくなるはずです。

普通の人は、周辺視野が広いので、適度な注意力を保ったまま、周囲の状況を把握できますが、周辺視野が狭い人は、注意を散漫にすることでしか、広い範囲の視野を確保できないのです。

また、注意を一点に集中させる過集中になりやすいと、エネルギーを消費して疲れることも多いでしょうから、バランスをとるために注意を散漫にしてエネルギー消費を抑えているという側面もあるのかもしれません。

ちなみに、ADHDの子どもは、サッカード眼球運動という目の焦点をすばやく移動させる運動が苦手なことがわかっていて、診断の補助になるとも言われています。目のスムーズな動きと、注意力とが関係しているという説はあながち見当外れでもないと思います。

マルチタスクの苦手さも関係?

さらにもう一つ気づいたことが。

今回のテストは無意味な文字列を音読するというものでしたが、もし意味のある文字列だったらどうなっていたのでしょうか。

文字を把握しながら、同時に意味を把握するテストは、同時に2つのことをこなす二重課題の一種です。たとえば、疲労が強い状態の子どもは、読みながら文字と意味とに同時に注目する二重課題を行うと、読んだ内容がほとんど頭に残っていない、という結果が見られるそうです。注意を配分するマルチタスク能力が低下しているのです。

じつはわたしは、この種のマルチタスクが非常に苦手であり、普段から何かを音読したとき、声を出して読むことだけで精一杯で、内容が全然頭に入ってこないということが日常茶飯事です。

よく脳トレや暗記とかで、目からも耳からも情報が入る朗読が効果的と言われますが、あれはADHDでない人に当てはまることであって、わたしにはまったく合っていないと常々感じています。本は集中して黙読したときにだけ理解できるものであり、声に出して読んでしまうと、意味がほとんど残らないのです。

しかし逆に、意味が頭に入らないからこそ、感情をこめた朗読が得意という矛盾した不思議な現象も。感情をこめるには読んでいることの意味を意識しないと無理だ、と言われそうですが、そんなこともなく、かえって意味が頭に入らないほうが気がとられないのです。感情をこめて読むというのは、読んでいる言葉や情景に自然に反応し、没頭してしまうということだからです。

わたしたちは話すとき、いちいち意味を考えながら喋ってはいません。しかしそうすることによって自然な感情がこもります。それは、意味を考えなくとも、発する言葉と感情とが結びついているからです。悲しげな言葉は、意味を考えなくとも、これまでの経験から、自然に悲しげな表情と口調になります。

同様に、不必要に意味を考えたりせず、言葉の響きから感じられる自然な感覚に身を任せて読むほうが生き生きとした朗読になるようです。いわば情景に没頭して、役になりきってしまうのです。そのおかげで、小学校のころは音読で褒められまくりましたよ(笑)

ではどうして、わたしの場合、音読するとき、内容が頭に入ってこないのか。

それはおそらく、周辺視野が弱く、一度に広い範囲を見ることが難しいのに、注意を広げて散漫にすることによって文章をすらすら読めるようにしているのだと思います。注意を散漫にしているので、半ば自動モード、つまり無意識に近い状態で朗読することになります。その結果、意味は頭に入ってきませんが、普段の会話に近い、自然な感情のこもった音読になるのだと思います。

つまるところ、周辺視野が弱いと、二重課題のような注意を適度に配分するマルチタスクが苦手な反面、興味のあることにスムーズに没頭して過集中するトンネリングは得意だということになります。

同じ感覚過敏でも正反対

こうしてわたしのADHDの特性と感覚過敏の関係を考えてきましたが、もちろん、ADHDだとみな同じような特徴がある、というわけではありません。これらは単にわたしの場合です。

同じADHDでも、前回書いたように、のび太型かジャイアン型か、それともどちらも入っている混合型かで違いますし、同じのび太型であっても、人それぞれ得意なこと不得意なことは異なるでしょう。どんなことに感覚過敏があるかもまたしかり。

そして、どんなことに、どの程度 過敏さや鈍感さがあるか、ということによって発達する脳の特性も変わってくるはずです。人間の脳というのは柔軟で適応力があり、HSPのような感受性の強い人は、その適応力が人いちばい強いので、その結果として育つ個性も千変万化でしょう。同じADHD、同じ不注意・多動・衝動性といっても、実にさまざまな個性があるはずです。

そしてそれは、同じように感覚過敏を持っていると言われる自閉圏の人たちもまた同じだと思います。

途中でちらっと触れましたがADHDの人と自閉圏の人との感覚過敏は似ているようで実は大きく違うと思います。調べてみたところ、ADHDと自閉症(広汎性発達障害)の感覚過敏は違う傾向を持っているとする研究もすでにありました。

ADHDは柔らかすぎる粘土

わたしの友人には、ADHD傾向のある人、自閉傾向のある人が大勢います。そうした交流を通して個人的に感じているのは、ある意味において、ADHDと自閉症の感覚過敏は正反対なのではないか、ということです。

それは例えば、粘土に例えるとわかりやすいかもしれません。ADHDの人は柔らかすぎる粘土に似ています。ADHDというよりは、生まれつき敏感な人、つまりHSPの人の特性と言ったほうがいいかもしれません。

HSPの人は、柔らかすぎる粘土のように、外からの刺激に大きく影響されます。力がかかると、ぐんにゃり形を変えます。ちょっと触るだけでも大きく歪みます。

これは一種の過剰適応です。刺激に強く反応しすぎて、多動になったり衝動的になったりします。家庭環境や周りの人の感情にも敏感に反応しすぎて傷ついてしまうこともあります。

これらは全部、過剰に反応したり、適応したりしすぎるがゆえの変化です。つまり、柔らかすぎる粘土であるために、周りからの影響を受けやすく、良い環境で育てば普通以上のすばらしい才能を開花させる反面、悪い環境で育てば普通以上に屈折して非行に走ったり心に傷を抱えたりしてしまうのです。

自閉症は焼き上がった粘土

一方で、自閉傾向のある人たちは、その対極に位置しているように思えます。柔らかすぎる粘土は、刺激に対して弱いですが、その対極にある焼き上がった粘土もまた刺激に弱いのです。

焼き上がった粘土とは、つまり完成した陶器のことです。叩くと全体に刺激が響きますし、落とすと割れてしまいます。自閉症の人たちは、光や音の刺激が、ガンガン頭に響くように耐え難く感じることがありますし、度を過ぎた刺激を受けるとパニックになって我を忘れてしまうこともあります。

また、HSPのような変化しすぎてしまうタイプの過敏さとは逆に、自閉傾向のある人は、変化しにくさが特徴です。新しいことに取り組むのが苦手だったり、興味の幅が狭かったりします。

狭い範囲のことを深く掘り下げてマニアやオタク、研究者になるのには向いていますが、新境地を開拓したり、時代の変化についていったりするのは苦手です。これもまた、完成された焼き上がった粘土に近いように思えます。

こうして区別してみると、HSPの感覚過敏とは、刺激への感受性が強すぎて変わりやすいのが特徴で、ときにADHDのような行動障害にまでなってしまうのに対し、自閉傾向の感覚過敏は、ガードが固すぎるがゆえに、刺激に対する柔軟性が少なく、受けた衝撃が全体に響きすぎてしまうかのようです。

これらは、単なるたとえ話ではなくて、おそらく脳の機能としても区別可能な違いだと思います。その点は、前に書いた、記憶と創造性についての記事と関係しています。

記憶力の良すぎる人が芸術家になれないのはなぜか―忘れっぽさと感性の意外な関係
完璧な記憶力の持ち主が芸術的な感性を持っていなかった理由

いったいどういうことでしょうか。

ありのままの刺激 vs インタープリター

少し難しくなりますが、わたしたちの脳には、外部からの刺激をありのまま受け取るシステムと、それを加工し解釈するシステムとの2つのシステムが存在しています。

前回の感想記事でちょうど今読んでいるところだと書いた右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語る –という本によると、おおまかにいって、前者は右脳、後者は左脳と関係しているようです。

左半球には、状況の要点を把握し、できごとの概要にうまく当てはまるような推論を行い、そうでないものはみな捨て去る傾向がある。

こうした手の込んだ作業をすることで正確性には悪影響が生じるが、一般的には新しい情報の処理が容易になる。

右半球はこういうことはしない。まったく正確に、最初に見た写真だけを見分けるのだ。(p179)

この最後のところに書いてあるように、右脳は正確な、物事のありのままの状態に興味があります。見たものであれ、聞いたものであれ、受け取った刺激をそのまま正確に受け止めます。ちょうど写真やテープレコーダーに記録するかのように。

それに対して、左脳にはインタープリター(解釈者)という機能があります。インタープリターは、ありのままの記憶ではなく、その意味や解釈に興味があります。右脳が受け取ったありのままの感覚を、さまざな形に加工するのがインタープリターの役割です。

インタープリターにとっては、事実は確かに貴重ではあるが、必須というわけではない。

左半球は手近にあるものを何でも使い、残りを即興で埋めている。最初に思いついた筋の通った説明で十分だ。(p180)

さきほどリンクを載せた記憶力の記事で書いたように、インタープリターは「意味システム」とも呼ばれており、解釈したり、意味付けしたりする加工を得意としています。いわば情報という原材料を調理する料理人なのです。

そして、おそらく自閉圏の人においては、ありのままの原材料の影響が強いのに対し、HSPやADHDにおいてはインタープリター、すなわち料理人の影響が強いのではないでしょうか。

自閉圏の人たちが、感覚刺激に圧倒されるのを思い出してください。これは、ありのままの刺激を加工することなく受け止めているせいなのでしょう。ありのままの原材料のまま、たとえば写真やテープレコーダーの録音のようにです。

写真は、すべての視覚情報を同じように記録します。大事な部分だけを強調したりはしません。テープレコーダーもそうです。大事な音も雑音も同程度に拾います。

わたしたちは普通、たくさんの刺激があっても、大事の情報だけを取り出して認識します。しかし写真やテープレコーダーのように、すべての感覚を一様に受け止めてしまうとしたら、大事な情報が選別されず、すべての情報が一度に流れ込んできて圧倒されてしまいます。これが自閉症の情報の洪水、言い換えれば「感覚飽和」の正体ではないでしょうか。

一方で、HSPやADHDは、受け取るありのままの素材のほうではなく、それを加工するインタープリター(解釈者)という料理人のほうが過敏なのです。受け取る情報ではなく、それを解釈し加工するシステムのほうがあまりにも過敏に反応してしまいます。だからこそ、ちょっとした刺激で多動になったり衝動的になったりして、手がつけられなくなります。

このことは、さっきの記憶力についての記事で書いたように、自閉症の人たちの記憶が正確で、月日が経っても変化しにくいこと、逆にADHDの人の記憶があいまいで どんどん変わっていくことによっても裏づけられています。自閉症の人たちは受け取った素材がもとのまま残りやすいのに対し、ADHDの人たちは逆に変化し加工されすぎるのです。

こうした違いはつまり、先ほど説明したとおり、自閉症は変化しにくい焼き上がった粘土であり、ADHDの人たちはどんどん変化する柔らかすぎる粘土だということを意味しています。

ADHDの絵 、自閉傾向の絵

そして、このことは、途中でちょっとだけ触れた自閉症の人たちとADHDの人たちの描く絵の違いも説明しています。

以前の記事で書いたように、自閉傾向のある人たちは、見たままの写実的な絵や、やたらと細かい細密画や、落ち着いた色のリアルな絵、形にならない感情をそのまま写し取った抽象画などを描くことが多いと言われています。

これは見たままの姿、ありのままの刺激を受け止めているからこそ描ける絵です。普通の人が見逃してしまうような細かい部分まで分け隔てなく認知しているので、写真のようなリアルな絵、細部まで描写した絵、ありのままの色の立体的な絵を描けるのでしょう。また抽象画の場合は、受け取った感情を解釈せずそのまま写し取っているのでしょう。素材のありのままの味わいが生きる絵だといえます。

それに対して、ADHDの人の絵は、パブロ・ピカソのように比較的 鮮やかな原色を用いた絵や、サルバドール・ダリのようにやたらと現物からかけ離れたユニークな絵が多いように思えます。これらは、インターブリター、つまり加工する料理人が過敏だからこそ描けるものです。

わたしの場合もそうですが、視界がやたらと鮮やかに見えるのは、身の回りにある物が もともと鮮やかだから、というわけではないと思います。むしろ、身の回りの物の色は、自閉傾向のある人たちが描く色のほうが実物に近い正確なものなのでしょう。

これはハッブル望遠鏡の宇宙の写真とよく似ています。ハッブル望遠鏡の写真は物凄く色鮮やかですが、あれはもとの写真の色ではありません。宇宙の天体の色は、実際には光が弱いため、もっとかすかなものでしかありません。しかし、人間の手で加工して、色を強調した結果、あれほど鮮やかな写真になっているそうです。

同様に、わたしたちの身の回りの物の本当の色は、もっと慎ましやかな素朴なものなのでしょう。それを自閉症の人たちはありのままにとらえています。

しかしわたしのような、色鮮やかに見えるADHDの人たちの場合は、ありのままの写真の色を加工して強調するかのように、脳のインタープリターが本来の色を増幅して、より鮮やかな印象を受けるように加工しているのだと思います。

このようなわけで同じ感覚過敏であっても、メカニズムが違うばかりか、描く絵をはじめ、さまざまなところに違いが出てきます。

わたしの絵の鮮やかさやオリジナリティの源は、ありのままの原材料を過敏に感じ取る自閉症タイプではなく、料理人であるインタープリターのほうが過敏である、つまり感受性が強くて加工しすぎるADHDタイプの過敏さのせいだと考えるのが理にかなっているように思えます。

HSP+混乱した子ども時代=創造性?

とはいっても…

まだ結論に着地せず、もう少し引っ張りますが、わたしの絵に表れている感受性の強さは、ADHDのせいだけではないと思います。

前回の感想で、生まれつき人いちばい敏感なHSPを持っている人が、適応障害を起こしたときにADHDと診断されているのではないか、と書きましたが、それだけではわたしの創作意欲は説明できません。

さっきも言ったようにHSPの人は人口の20%くらい、つまり5人に1人くらいいると言われています。わたしの身の回りにも、たしかに繊細な人や敏感な人はそれなりにいるように思います。しかし、わたしほど創作しまくっている人を見たことがありません。

わたしの親も、生まれつきHSPだと思いますが、わたしほど創作したりはしません。他の人たちよりは強い創作傾向を持っているとは思いますが、わたしほど年がら年じゅう、幼いときからずっと、創作を続けたりしていませんし、そこまで没頭することもありません。親族に絵を描く人もいませんし、文章が得意な人もいません。やっぱりわたしは親よりも3倍以上濃縮されている極端な人間なのです。

では、わたしの創作能力が、親から遺伝した感受性の強さ、HSPだけではないとすると、それを濃縮している培養液というのはいったい何なのか。HSPはつまり遺伝のことですから、培養液は遺伝ではないもの、すなわち環境です。

調べたところによると、わたしのような旺盛な、というか、はっきり言って度を超えた創作意欲を示す人たちの多くには、ある共通した環境要因が認められるようです。

それは、幼いころの不運な養育環境です。

「幼児期の心の傷」がもたらす内省力

わたしは小学校のころから小説を書いていますが、小説家のなかには、不運な子ども時代を過ごした人が少なくありません。

夏目漱石は生まれてすぐに里子に出されましたし、芥川龍之介は、生まれてすぐに母親が精神病になって親族の手で育てられました。太宰治は生まれてすぐに乳母にあずけられ、川端康成は2歳半で父親も母親も死にました。

こうした不幸は決して偶然ではないはずです。前にも引用したことのあるものですが、創造力の不思議―アイデアは脳のどこからやってくるのかという本にこう書いてありました。

科学的な分野ではさほどでもないが、とりわけ芸術の分野では、幼くして親を亡くすといった幼児期の心の傷が創造力の発達に有利に働くことがある。

このような現象のうち最も説得力があるのは、トラウマを受けた幼児の中で内省的な側面が大きく成長し、例えば芸術的な言葉に信頼を寄せることで、それが過去の悲しい感情を美化する経路になるという考え方である。(p38)

科学分野での創造性とは異なり、芸術分野の創造性、つまり小説や詩や絵や演劇といった創造性には、子どものころの辛い体験が関係していることが少なくないのです。

では、なぜそうなるのかというと、この文で説明されているとおり、辛い経験をしすぎて、あまりに色々と考えることが多かったせいで、「トラウマを受けた幼児の中で内省的な側面が大きく成長」するからです。

子どものころに、それもごく幼いころに辛い目に遭うと、普通の子どもなら能天気に何も考えずに生きている時期から、人生の難題について深く考えるようになるものです。それはとりわけ、自分の置かれた辛い状況で、どうにかして生きる意味を見いだそう、とする葛藤でもあります。

その結果、何が起こるのか。

自分の辛い現実というのは、さっきの話でいうと、ありのままの原材料です。ところが、その原材料というのが、あまりにひどいものなのです。それでも、それを料理して解釈せねば生きていけません。なんとか料理して美味しく味付けしようと奮闘しているうちに、料理人の腕が上がっていきます。貧相な原材料を食べられるレベルにまで加工する、つまりさっき出てきたインタープリター(解釈者)が発達していくわけです。

さっき右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語る –から引用した文章の続きにはこう書かれていました。

左半球は原因と結果を探し、情報を吐き出すあらゆるプロセスからインプットされた混乱から秩序を作りだす。

私たちの脳はこんなことを一日中行っている。脳のさまざまな領域や周囲の環境からインプットされた情報を拾い、筋の通った物語へと仕立て上げているのだ。(p180)

ここでは、インタープリターが加工する材料は「混乱」であるとされています。材料である「混乱」から何でも活用して即興で「秩序」を創りだすことこそが、インタープリターの役目です。そして、混乱した家庭環境で育った子どもの場合、文字通り、材料たる「混乱」が山のようにあるので、インタープリターという料理人は引く手あまたなのです。

もともとはろくでもない「混乱」という材料を加工するために腕を上げた料理人ですが、その下積み時代は、極めて貴重な経験です。辛い子ども時代をなんとか受け入れられるように手をつくしてきたインタープリターは、普通の子どもにはありえないような加工能力を身に着けます。それこそが創造性、ごくありふれたものから、みんなが驚くようなものを創り出してしまう芸術の創造性の源なのです。

創造性なんてものは、はっきり言えば「ハッタリ」です。そこらへんにありふれているものや、ゴミのように捨てられているものを、人々があっと驚くようなものへと作り変えてしまうマジックでもあります。創造性とは緻密で論理的な作業ではなく、本来はつながっていないようなものを即興で「解釈」し「加工」する応用力なのです。

わたしも、自慢ではないですが「ハッタリ」とか「へりくつ」とか「見かけ倒し」が得意です(笑) わたしがハッタリで考えたアイデアを周りの人がものすごく考えた努力の結晶だと誤解することなんていつものことです。この記事だって、ダラダラ書いている「へりくつ」の寄せ集めなんですが、それなりにもっともらしく見せているのではないでしょうか。本当に「もっとも」なのか、実はただの「もっともらしい」見かけ倒しなのか、わたしは責任は持てません。

ひとつ確かなのは、創造性とは、つまるところ、正確無比な証明の積み重ねではなくて、わたしがやっているような、ハッタリの積み重ねだということです。アイデアは飛躍するからこそ斬新かつ創造的だと言われるのです。

そんな「ハッタリ」が得意な わたしの場合も、やはり、ものすごくややこしい子ども時代を過ごしたようです。あまりここに詳しく書くのははばかられるのでやめておきますが、特に、生まれてすぐの、脳の発達に重要な生後半年から一歳半くらいのころに、ドンピシャで夏目漱石やら他の小説家やらのような経験をしていたということを後になって親から聞いて知りました。

前回の記事で書いたように、泣いてばかりで全然寝ない子だったそうなので、もともと遺伝的な感受性の強さ、つまりHSPがあったのでしょう。親がHSPであることからしても、敏感さが遺伝していたのは確かだと思います。もともと神経質で繊細な子どもだったのです。

それだけなら、それこそ世の中に5人に1人くらいいる、単なる繊細で敏感な人に育ったのでしょうが、運が悪いことに家庭環境の大混乱が、生まれたばかりの脳天を直撃、その結果、脳の発達がまったく異次元方向に突き抜けてしまい、もともとの感受性の強さが3倍以上濃縮されるような変異を起こした、ということになるのでしょう。

後天的な才能を伸ばしてくれた出会い

そのまま大混乱の家庭環境のせいですべてが破綻していたら、わたしは今ごろ刑務所や精神病棟行きになってたのかもしれません。しかし、幸か不幸か、ひどく不安定な家庭ながら、片親が献身的に育ててくれたおかげか、なんとか成長してくることができました。

それでも、生まれつきのHSPが3倍濃縮状態なので、混乱に次ぐ混乱は避けられません。

一見おとなしく座っている優等生に見えたかと思えば、先生のいないところでいじめっ子を泣かせたり、肉とお菓子しか食べない偏食っぷりで給食をボイコットしたり、遅刻の常習犯で朝礼のさなかにもぐりこんだり、ホームルームが大嫌いだから、一人で抜け出して帰宅したり、かなり理解不能な幼年期を過ごしました。家庭で再度大混乱が起こった小学校2年生ごろが一度目のドン底だったのではないかと思います。

前回の記事にも書いたとおり、その時期を境に、解離傾向が強くなってきて、人格が多元化したり、空想世界が膨らんだり、この記事で書いた注意散漫と過集中が激しくなったりしていきました。

ところが、小学校3年生のときの担任の先生が、そんなわたしに最大の救いの手を差し伸べてくれました。独特な先生でしたが、どういうわけか、生徒に詩を創らせるのが好きで、創った詩を大いに褒めて評価してくれたのです。

その出来事は、わたしの解離が強くなってきていた時期と奇跡的に噛み合って、空想傾向の強さを他の子にはない創造性として活用するよう、知らず知らずのうちに促してもらえました。

わたしは苦労なんてせずとも、いくらでも詩が思い浮かぶのですが、書けば書くほど褒めてもらえる。そして、他の子はだれもそこまで書いたりしないから、先生に気に入ってもらえて、優しく目をかけてもらえる。

そんなことは初めてでした。それまではどちらかというと先生から怒られたり押さえつけられたりしていたので、初めて先生というものを好きになりました。クラスのみんなの前で褒めてもらえて、才能があると言ってもらって、学校が少し楽しくなりました。

その次の年、担任の先生は変わってしまいましたが、今度は絵や朗読の才能を認めてもらえました。家庭はやっぱり混乱していて、解離傾向が強くなりすぎていたのか、その時期の思い出はほぼごっそり消えているのですが、最近持ち物の整理をしたとき、当時のわたしが、とても創造性豊かに創作していたことを知りました。

そして5年生のときには、小説を書き始めました。担任の先生は熱いスパルタ系の人でしたが、けっこうおおらかな面もあって、それなりに馴染めていたと思います。3年生のころのあの幸運な時期があったからこそ、4年生以降も、解離を才能として活かせたのでしょう。

こうして、ほんの数年の間に詩、朗読、絵、小説という芸術的創造性が次々に顔を見せたわけですが、最近になって解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)を読んだとき、それらが解離が強い人の共通の特徴だということを知りました。

解離のある人は、現実との境がわからなくなるほど、空想の世界に深く浸る傾向があります。

たとえば、解離性障害の患者さんは豊かな想像力ゆえに文章や絵画、演劇などの芸術分野が得意で、活躍している人もいます。小さいときから作文が得意だったりします。(p61)

あれは、わたしの天性の才能でもなんでもなかった。ひどい家庭環境に育ったがゆえに発達したもの、空想世界に逃避し、没入するという防衛反応の副産物だったのです。

ところが、幸運にも、それを副産物ではなく、才能として受け止めてくれる人がいてくれたおかげで、わたしは卑屈になることなく、適応という形で得た不思議な後天的な能力を伸ばすことができたのでした。

感受性は足かせにも才能にもなる

そうはいっても、ここでハッピーエンドになるほど、簡単な話ではありません。副産物が後天的な才能とみなせるほど大きかったということは、トラウマによるもともとの影響もまた大きいということの表れです。

中学生以降も、わたしの不安定さは強く、環境によって良い面が出ることもあれば、悪い面が強まることもありました。

良い面はというと、やはり人いちばい強い感性でしょうか。生来のHSP+解離傾向によって生まれた特殊な感受性はやはり群を抜いていました。中学生のころから本格的な小説を書いていましたし、特に作文や国語のテストが大得意でした。

高校はかなりの進学校で、後に某有名大学の物理学科にストレートで入るような秀才や、日本国内で飛び級という意味不明なことをしている数学の天才などがクラスメイトでしたが、その中で国語の成績だけは、わたしが不動の首位でした。

難しめのテストのときは、国語の点数が学年全体でわたしだけ頭一つ飛び抜けていることもあったほど。県全体の模試などでも順位一桁を取っていました。隣のクラスの生徒が、カタブツで有名だった古典の先生に、誰が一番国語が得意なのかと尋ねたら、いの一番にわたしの名前が挙げられたとかいう話も聞きました。

特に努力したわけでもなかったので、当時はなぜそうなのかよくわかっていませんでしたが、今となっては解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)に書かれているとおり、それが解離のせいだったことがわかりました。

学校では国語や美術の成績が優秀であることが多く、とりわけ作文や詩、絵画において秀逸な作品を仕上げる。

それらの作品を仕上げるのにあまり苦労はなく、頭に浮かぶ空想・表象をそのまま文字や画にうつしかえるだけである。(p127)

要は、複雑な家庭環境で育ったために、現実から逃れるためのたくましい空想力や、まわりの人の複雑な気持ちを読み取る能力が異常に発達して、その副産物として、登場人物の気持ちを想像するような国語の成績が抜きん出たということです。

他方で、わたしの悪い面としては、生活が不安定すぎることや、感受性が悪いほうにも強すぎることなどがありました。この一連の体験記の最初に書いた、アーレンシンドロームのせいで学習に人の何倍も時間がかかっていたことはその一つでしょう。

さまざまな感受性のせいで疲れることが多かったので、体育祭や文化祭など、成績に関係ない行事は休んだりしていましたが、最終的には疲労がたまりすぎて限界を超えて不登校になってしまいました。

その後もボロボロになって、ごく当たり前の生活さえできなくなり、自分は「ダメ人間」だと思うようになりました。そこから復活するまでの道のりは、こちらの記事に書いたとおりです。

創作活動が好きだけど将来に不安しかない不登校,引きこもり,発達障害の人に伝えたいこと

感受性の強さは、それ自体は良いものでも悪いものでもありません。環境によって良くも悪くも変化しうるものです。

わたしの場合、これまで紆余曲折があり、いまだに綱渡り状態ではあるものの、悪い方に出ることも多ければ、良い方に役立てることもできるひとつの個性、欠点とも才能ともなりうる個性として、強い感受性と向き合ってこれたのではないかと思います。

その特殊な感受性の表れの一つがアーレンシンドローム、すなわち光の過敏さであり、それに気づいたことがきっかけとなって、こうしてわたしのこれまでの全生活史をおぼろげながら解き明かすことができたのは、まったくもって予期し得ぬ幸運なことでした。

このような収穫が得られたのは、アーレンシンドロームがわたしのさまざまな強い感受性の中でも特に重要なピースの一つであり、同時に今回フィッティングしたレンズが、わたしの弱点を適切に補うものだったからだと思います。

フィッティングしたレンズによって、もともとの認知のでこぼこがあるときの経験と、レンズを装着して認知が補正されたときの経験とを比較できたおかげで、自分自身の特性や、ADHDの性質について、よりいっそう理解が深まったのでした。

正体を突き止める旅路の終わり

さて、大いに脱線しましたが、最後にもう一度面談の場面に戻って締めくくります。

面談の終わりに、今後のことについて、先生から説明が。

今回フィッティングしたアーレンレンズは、9月末にアメリカに発注されるそうです。値段はそのときのレートによって変わりますが、だいたい30000円前後とのこと。

次いで3週間から1ヶ月半くらいでレンズが自宅に届き、それを推奨されているメガネ屋さんに持っていって加工してもらって完成、ということになるようです。その後、メガネをしばらく使用して日常生活を送ってみた後で、フォローアップ面談を通してレンズの効果や感想などを話し合っていくことになるとのことでした。

全体の費用は、面接代、交通費、レンズ代、加工代あわせて、わたしの場合は60000円くらいに収まりそうです。これほど貴重な経験をさせてもらったことを思うと、このくらいの費用は安いものだったと感じます。

全五回に及んだ一連のアーレンシンドロームについての記事はこれでおしまいです。最後はアーレンシンドロームどころか、わたしの過去の回顧録みたいになってしまいました。

過去の話はこれまで小出しにして、あまり具体的に触れないようにしてきたので、今回ほど丁寧にまとめたのは初めての経験でした。

わざわざ一つの記事に仰々しくまとめたくはない、でも、どこかにはしっかり残しておきたい、というジレンマに陥っていたので、そうだ、一部の人しか読まないだろうアーレンの体験談の中に織り込んでしまおう、ということになったのでした(笑) タイトルが味気なく、アーレンシンドロームというキーワードも含まれていないのは、目立たせないための仕様です(笑)

そのタイトル「明るさ過敏、目の疲れ、読書の苦労の正体を探りに筑波大学に行ってきた話」は、正体がおおよそ明らかになったということで、これでフィナーレを迎えましたが、読んでくださった方の中には、当然、じゃあメガネの使用感はどうだったの? と気になる方が多いと思います。

アーレンシンドロームがわたしにとって大きな意味を持つものである以上、わたしとアーレンとの関わりはまだまだ続くでしょうから、今後の進展に関しては、また別のタイトルをつけた新シリーズ、いわばセカンド・シーズン?の記事として書いていくつもりです。

新シリーズを書き始めたらここにリンクを追加しますし、今回の一連の記事と同様、カテゴリ「自分語り」に入れていく予定ですので、もしご興味のある方はまた読んでいただけたら幸いです。このたびは、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

アーレンシンドロームという概念を知って、筑波大学に予約し、主治医を巻き込んでフィッティングなどもしてもらい、さらにHSPという概念も知って、ADHDについての理解も深まり、そして自分の描く絵の色使いについても考察できたこの道のりは、本当に不思議な長い長い旅路、次々に不思議な発見が舞い降りる、またとない旅程だったのでした。

▼続く一連の記事を書き始めました

夜のとばりの鏡像世界―光が眩しすぎたから創られた もうひとつの物語(1)
アーレンの当事者・専門家の集まりに参加して感じた夜の世界の役割
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