絵を描く意欲が激減する「シーシュポス条件」とは


回、絵を描く喜びを得るにはどうしたら良いのか、という点を描きました。それは、ある程度の手間と創意工夫の余地を残しつつ、いろいろな助けを活用することでした。

ところが対照的に、絵を描く喜びをことごとく奪い去ってしまうものがあるといいます。

それは、神話にちなんで、「シーシュポス条件」と呼ばれています。絵を描く場合だけでなく、創作活動全般に関わる用語です。

神話の中で、シーシュポスは神々から罰を与えられ、岩の塊を丘の上に押し上げなければならなくなります。しかし、あと少しで頂上に届くというときに、岩が転がり落ち、何度も一からやり直しになるのです。

これと同じようなことが創作の世界でも生じるのでしょうか。お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学から見てみましょう。 (p181-189)

実験(1)壊されるロボット

一つ目の実験では、参加者にブロックでロボットを作ってもらいます。ロボットを作るごとにお金を報酬として与えますが、作るごとに値は減っていくので、意欲がなくなったらやめてもらいます。

そしてここがポイントなのですが、それぞれのグループにこんな条件付けをしました。

第一のグループ…何もしない
第二のグループ…作ったロボットは、あとで壊すと伝える。(シーシュポス条件)。
第三のグループ…さらに壊すところを目の前で見せる。(シーシュポス条件)

3つのグループは、それぞれどれだけの数、ロボットを組み立てたのでしょうか。

結果は、大きく差がでました。第二のグループは、第一のグループより作った数が4つ少なく、目の前で壊された第三のグループは、さらに4つ少なかったのです。

この実験では、それぞれの人が、ブロックを組み立てるのが好きかどうかも調べました。すると通常の条件では、大好きな人ほどブロックを多く組み立てていました。しかしシーシュポス条件では大好きな人が特別多くブロックを組み立てたわけではありませんでした。

つまりシーシュポス条件は、作るのが大好きな人たちからさえ、愛情を奪ってしまうのです。

実験(2)シュレッダーにかける

二つ目の実験では、記入する作業を求める用紙をわたし、課題を次々やってもらいます。やはり、だんだん少なくなる報酬を用意し、意欲がなくなったらやめてもらいます。

今回もグループは3つにわけます。

第一のグループ…終わった用紙をスタッフが確認する
第二のグループ…終わった用紙をスタッフが確認しない
第三のグループ…確認せず、すぐにシュレッダーにかける

それぞれどの程度課題をこなしたでしょうか。

結果は想像できるとおり、第一のグループが一番よく、第三のグループが一番悪かったのですが、第二のグループも、第三のグループと同じほど悪かったのです。

つまり、努力を認知してもらえないというのは、すぐシュレッダーにかけられるのと同じくらい意欲をそぐものでした。

いつシーシュポス条件が起こるか

では、わたしたち創作をする人にとって、シーシュポス条件はどのようなときに起こるのでしょうか。

さすがに作品を目の前で壊されたり、シュレッダーにかけられたりすることはないはずです。しかし次のような場合があります。

(1)作品を完成させない

創作する人は、スランプに陥ると、作品を作る途中で悩んでしまって、作品を完成させずに、次に移ってしまうことがあるかもしれません。そうして、未完成の作品が多くなってきます。

すると、これは、作品が壊されたりシュレッダーにかけられたりする場合と同じく、完成したものが手元に残りません。努力は徒労に終わってしまうわけです。

完成しないということは、まさに、山の頂上に向かって運んでいた岩が、そこに到達しないで転がり落ちることを繰り返すのと同じです。意欲はどんどん失われてしまいます。

特に大作を描き上げようとしたり、気の進まない題材を描こうとしたりすると、完成までに投げ出してしまうことが起こりやすいかもしれません。

また完璧主義になったり、良い作品を描こうと意気込んだりすると、完成できなくなるかもしれません。

しかし、たとえ下手であっても、また会心のできとはいえなくても、作品を放り出すよりは完成させるほうがいいのです。

(2)努力が認知されない

二番目の実験では、課題がシュレッダーにかけられたときだけでなく、無視されたときも、同じようにモチベーションが激減しました。無視されるのは、成果が破壊されるシーシュポス条件と同様なのです。

創作の場合も、作品を見てくれる人がだれもいないと、モチベーションが下がるということが考えられます。

家族や友人、同じ趣味を持つクラブ・サークル仲間などがいなければ、意欲を保つことは難しいでしょう。

この点で、インターネット環境があれば、SNSで作品を公開したりして、いろいろな人に見てもらうこともできます。しかしそれは同時に、次の問題も産みます。

(3)期待より低く評価される

わたしたちの普通の生活では、作品を破壊されることはないと書きました。しかし比喩的にいって、それと似た場面に出くわすことはあります。

作品を他人に評価してもらったとき、期待より低く評価されると、作品に傷をつけられたかのように感じてしまうことがあるかもしれません。

自分では、これだけの価値があると思っていたのに、もっと低い価値というレッテルをはられて、貶められたように感じるのです。

こうしたことは、一部の環境で生じ得ます。たとえば、学校や作品展で、自分の作品を酷評されたり、評価がふるわなかったりする場合がそうです。

もっと身近なところでいえば、SNSなどに公開したのに、期待とくらべて、ないしは、ほかの人の作品に比べて、あまり評価されない場合が当てはまります。自分の能力に見合わないSNSではそうなりやすいでしょう。

作品展に出展したり、SNSに上げたりするたびに期待より低い評価を受けると、まるで毎回目の前で作品がシュレッダーにかけられているかのように感じ、意欲が下がっていくでしょう。

シーシュポス条件を軽視してはならない

一般に、人はシーシュポス条件を軽視しているそうです。

さきほどの実験では、実験に参加していない人に、結果を予測してもらったところ、もらえる報酬は同じなのだからと考え、意欲の低下を控えめに予測しました。

しかし、結果は、たとえ報酬がもらえるとしても、シーシュポス条件にある人の意欲は激減するというものだったのです。

絵を描く場合でも、わたしたちは絵に対する愛情や達成感があれば、シーシュポス条件も乗り越えられる、と楽観視するかもしれません。

しかし実際には、シーシュポス条件は、創作が大好きな人の愛情や意欲さえ奪ってしまうのは、実験が示すとおりです。

もし、シーシュポス条件を経験している人がいるなら、それを乗り越えようとするのではなく、絵を描く愛情が消えてしまう前に環境を変えることが大切です。

作品は中途半端にほうりださず、努力を認知してくれる交流を探し、作品を低く評価される環境からは距離を置くのです。

上達するためには、広い世界に挑戦してフィードバックを得ることが大事、という人もいますが、何より続けることのほうが大事です。意欲をなくして、やめてしまっては元も子もありません。広い世界に挑戦するのは、余裕があるときに限ります。

ちなみにわたしは、作品は意地でも完成させていくタイプなので、途中で放り出すことはほとんどありません。でも、SNSに積極的に投稿していた頃は、知ら ず知らずのうちにシーシュポス条件に巻き込まれていました。今は親しい人たちだけに作品を見せて、ひっそりと楽しんでいます。これからも、シーシュポス条件に気をつけて、楽しく絵を描いていきたいと思います。

もし、不幸にも意欲を失ってしまったら、このブログのこちらの記事も参考にしてください。

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