◆登場人物紹介 
アドミラム・ポロット
:不思議な外国人毒物学者で世界の名探偵。
明石 進:ポロットの助手で保護者のような存在。『私』のこと。
清水 莞次:依頼人。三上の友人で主治医。
三上 重蔵:被害者。囲碁の名人らしい。
   郁雄:魚屋を経営している三上の長男。釣りが趣味。
    光次郎:小説を書いている次男。長男と同居。
    那津子:三上の長女。内気な性格である。
上条:出番が殆どない刑事。

ある朝、寝室から出てきたポロット氏は、長い間洗面所に入ったまま、一向に出てくる気配を見せなかった。私は、中で死体にでもなってはいないだろうかといささか不安になり、洗面所を覗こうとすると、いきなり彼が飛び出てきた。そして次の瞬間、探偵事務所に大きく『ドテッ』と音が響いた。私が彼と地面のサンドイッチになったのは言うまでもない。

「何するんですか、ポロット!」と私は、頭をさすりながら怒鳴った。

彼は、言葉を出そうとするが見つからないらしく、盛んに顔の前で手を振り回して、

「どうです、この髭の出来は!ろうが見事なぐらい髭を光らせているでしょう!!」

と、髭をピンッとひねった。付け髭のように精巧なその髭は、てかてか光沢を出している。

私は、もう可笑しくて、笑いをこらえているほか無かった。

「今日は良いことが起こるかもしれません、モナミ。百年に一度の良いできです!今日私の日ごろの功績が警視総監じきじきに表彰されるかもしれませんよ!」

ポロットは、私を指差して、輝く目で笑った。そのヘイゼルアイの目は、普段の灰色ではなく、緑色に光っている。笑いと同時に髭がぴくぴく動いた。

「ポロット…私を笑わそうとしているのですか…………?」

私は、必死で笑いをこらえながら、咳をして、この場を逃れようと消息的な言葉を述べた。

「ノンノンノンノンノンノン! 断じてそのようなことはありません。私は自分の幸運を喜んでいるのです。この髭と、ろうの光沢をね。私は至って真面目です!」

「はいはい、分りましたから。六回も『ノン』と否定すること無いでしょう!言っときますが、ただでさえ左右非対称の探偵として名物になっているのに、行く所、行く所で『この立派な髭を!』などと言って通行人を笑わすことの無いようにして下さい。」

普段なら、こんなことを言えばすねてしまうポロット氏も、今日は機嫌が良かった。髭が良くなったことで油が乗ってきたようだ。私はいつも以上の猛弁を聞かされた。

 それからしばらく時間がたち、ポロット氏はやっとのこと静かになった。あまりに大手を振りすぎたのか、ついに燃え尽きたようだ。再びネタが蓄積されるまで二日はかかる。