◆登場人物紹介 
アドミラム・A・ポロット:毒物学、細菌学の世界的権威。ロンドン大学クイーンメアリー校教授。
明石 進:イギリス・オックスフォードに滞在する日本からの留学生。
ジョージ・ソーン:スコットランド・ヤードの首席警部。          
オードウェイ・デ・マシュ:ある大学の農学部の教授。       
アダム・アッシャー:同上。
エリザベス・コール:マシュ教授の教え子。
ポール・シェパード:同上。アッシャー博士の教え子でもある。
          

Bacteriologist Toxicologist AdmillumAPorrott

 ロンドンの郊外を走る列車の、窓から吹き込む風が実に気持ちいい。

私の名は明石進。日本から、かのオックスフォードに学びにきている留学生である。

私はロンドン行きの列車の中で、これからロンドン大学生物学部の一教授を訪ねるために、自分のために書かれた、自己の紹介状を読んでいた。私が訪ねる一教授と言うのは、細菌学者、毒物学者のアドミラム・A・ポロットという名であった。私が知る限りでは、彼はイギリス毒物学、細菌学の権威で、若くして将来を嘱望されている天才肌の学者だった。

私がなぜ彼に会いに行くのか、その理由はこうである。即ち私はオックスフォードの大学で、農学を志しているのだが、農薬の成分として用いる自然毒のうち、ある蠍毒だけがどうしても手に入らない。ゆえに毒物学の権威であり、あらゆる自然毒のサンプルを持っているポロット博士のところへ行ってその毒を譲り受けようと思ったのだ。そのために、自分の学部の教授に、紹介状まで書いてもらった。

 私の乗るロンドン行き急行列車は、ゆっくりと減速して、流暢な到着のアナウンスとともに、ロンドン駅のホームに滑り込んだ。

確かに英国の首都の駅だけあって、そのホームも幅広く、大変混雑していた。私は列車のドアを出ると、荷物を注意深く抱え、雑踏を掻き分けて歩いた。幾つものホームに、絶えず列車到着のアナウンスが聞こえて、次々と乗車降車する人々の波が途切れることはなかった。

 私が目指すロンドン大学クイーンメアリー校は、唯一ロンドンの中心付近にある大学だ。そこはキングズ・クロスの駅から、それほど遠くないところに位置しており、地下鉄では、マイルエンド駅が最寄りである。私はクイーンメアリー校マイルエンド・キャンパスへの道を歩いた。そのキャンパスに、私の目指すポロット博士の細菌化学研究所も位置しているのである。

 長い歴史を誇るイーストエンド、その中心地からウェストエンドまで……。ロンドン大学クイーンメアリー校は、ロンドンの中心地にあるため、広く情報も集まり、文化も独りでに昂揚する。ゆえに、クイーンメアリー校はイギリス中でも、常に研究水準、教育水準の高さを示し続けることができ、ロンドンの華々しく、活気溢れる文化を背負って立っていくことができているのだ。

 私は、その活気あふれるロンドンの町を、これから会うことになるだろう毒物学の権威と名高い教授への期待を胸に、意気揚々と闊歩していた。

事実、私はとても期待していた。なんと言ったって世界権威の学者だ。ノーベル賞受賞者か、オリンピック金メダリストに会いにいくような気分だった。

傍らを、ロンドンのあの有名な二階建てのローカリーバスが悠々と走り、また、いろいろな国籍の人々が、いろいろな言語で話しながら、楽しそうに、何かを食べながら歩いている。それが、意外にも、歴史観溢れる素晴らしい町並みと調和して、あのロンドン独特の、他にはないモダンな雰囲気を醸しだしているのだから、面白い。

 やがて、私の視界に、ロンドン大学の、恰もギリシアの神殿のような校舎が見えてきた。長い伝統を誇るロンドン大学、そのクイーンメアリー校である。歴史薫る名高いロンドンの街に、威容を誇って建つその校舎は、わたしの眼に、真新しくも、古めかしくも感じられた。要するに、その建物は、国際都市ロンドンに見事に調和して、その長い歴史を、まさに体現していたのである。

 私は、恐らく、各国からの留学生の一団であろう、聞きなれぬ言語を話す人々の一団の間をかいくぐり、ロンドン大学の青々とした芝生の脇の歩道を、案内図に従って、ポロット博士の細菌化学研究所に急いだ。そして、やがて、Biological Sciencesの文字が刻まれた看板の前を通り過ぎ、どうも、お目当ての研究所らしきところの前に来た。

 その研究所は異様な形だった。それは、私が想像していた近代的な研究所の形や、先ほど見たクイーンメアリー校の本校舎のギリシア神殿のような建築風からはかけ離れていた。それは、左右非対称のとんでもない形をした研究所だったのだ。なんと言っても、建物全体の形が、なんと描写すればよいのか……全く不均等な四角錐だった。私はこれまで、錐形の建物などそうそう見たことが無かったので、全くもって驚いたが、これも何か、研究に必要なのかもしれないと思い、驚きを押し隠した。

 しかし、それにしても、窓が傾いた楕円形なのだ。入り口のドアもとんでもない形をしている。ロンドン大学に来たことの無い人間は、私が突拍子も無い嘘八百を並べ立てていると思うかもしれないが、実際、そういった不可思議な建物が私の目の前に聳えているのだ。私は驚きを押し隠したといったが、さすがにそれを見て、唖然としてしまっていた。