あなたも共感覚者?―詩人・小説家・芸術家の3人に1人がもつ創造性の源


最近のある調査によれば、詩人、小説家、芸術家の三分の一(より控えめな算定では六人に一人)が、なんらかの共感覚体験があると述べている。

「共感覚」という言葉を聞いたことがありますか? ほんの10年くらい前まで、共感覚は作り話のような疑わしいものだとみなされていました。しかし近年研究が進み、多くの人が体験する現実の感覚であることが明らかになっています。

たとえば画家のワシリー・カンディンスキージャクソン・ポロックは、共感覚者でした。作家のウラジミール・ナボコフは自伝に共感覚について書いています。フランツ・リストアイザック・ニュートンも、共感覚者であったと考えられる証拠があります。

歴史上の偉大な芸術家、作家、詩人、さらには音楽家、数学者など、多くの著名人が共感覚を持っていたのです。

共感覚とは何でしょうか。どのように創造性と関係しているのでしょうか。 神経科学者のV.S.ラマチャンドランによる、脳のなかの天使という本から調べてみました。

 

(この絵のタイトルは「ねぇ、色が聞こえるよ」というもので共感覚を意識して描いたものです)

共感覚とは何か

共感覚とは、本来分かたれているはずの、ある感覚と別の感覚とが、連動して感じられる能力のことです。具体的な例を挙げましょう。

■文字に色がついて見える

作家のウラジミール・ナボコフは、自伝の中で、すべてのアルファベットに色がついているということを述べています。たとえば、fはハンノキのような緑色、dはクリーム色、hは靴紐のようなくすんだ茶色をしていました。(p150)

フランスの詩人アルチュール・ランボーは、「母音」という詩の中で、「Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青」と述べています。(p152)

■音で色が見える

フランツ・リストの言葉を引用した1895年のドイツ語の記事によると、彼はオーケストラに、「もう少し青くしていただけませんか」「ここは深い紫色です、そのようにどうぞ。そんなにバラ色ではなく!」などと述べたそうです。それは比喩ではなかったそうです。(p151)

アイザック・ニュートンは、音に対応してそれぞれ違う色がスクリーンに映しだされる鍵盤を発明しました。曲を弾くと万華鏡のような色彩が出てきます。(p116)

■数字が風景で見える

ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)によると、アスペルガー症候群のダニエル・タメットは、円周率を22,514桁も覚えましたが、その秘訣は数字が風景に見えることにあると語っています。それぞれの数字に感触があり、素数はつるつるしているそうです。

偉大な数学者の中には、(先述のアイザック・ニュートンも含めて)共感覚者が多くいて、数字が空間的に配置されているそうです。

 

このほかにも、見たもので触覚が刺激されるとか、色で匂いが生じるとか、さらに珍しいものでは、人の顔を見ると色が生じ、オーラのように見える、といったものまでさまざまです。

これらの共感覚は、空想力豊かな人が、比喩を使うのように、Aという文字は赤く情熱的に「思える」という程度の意味で述べられているのでしょうか。それとも、まさにそのように見えているのでしょうか。

そのことを知るためには、2つのタイプの共感覚と、それに関係する研究について知る必要があるでしょう。

低位の共感覚―形に反応して色が見える

共感覚の一つ目のタイプは「低位の共感覚」と呼ばれています。これは何かが劣っているという意味の低位ではなく、脳の低次機能(生命の基本をつかさどる基本的脳機能)に関わる部分で生じている共感覚だということです。

共感覚のうち、最も多いのは、上に述べたように、文字に反応して色が見えるタイプのものです。この共感覚について神経科学者ラマチャンドランが研究したところによると、次のようなことがわかりました。

■色は実際に見えているのか、感じられるだけなのか

文字を見ると、「色が見える」というのは、単にそう感じられる、色が思い浮かぶ、といった意味なのでしょうか。どうやらそうではないようです。

わたしたちは、「火」という文字を見ると、あかあかと燃える火の色が思い浮かびます。しかし実際に赤色で視界が染まるわけではありません。

それに対し、共感覚者は、実際に文字が色つきで、そまって見えるのだそうです。

それを実証した実験が、画面上に複数の数字をバラバラに配置した実験です。

たとえば、多くの2という数字が散らばっている中に、いくつか5という数字を紛れ込ませていたとします。

普通の人は、5を探すのに時間がかかりますが、もし、2と5が別の色で見えるのなら、一瞬で判別できるはずでしょう。

実際に数字―色タイプの共感覚者にこれを試してみると、明らかに速い速度で、数字を判別できたのだといいます。数字が色分けされて見えたのです。(p137)

こうした人は、電話番号などを見ると、色つきで見えるので、すぐに暗記できるそうです。

また、別のタイプ、人の顔に反応して色が見える、という人の場合はどうでしょうか。ある人は、色が後光やオーラのようにして見えるといいます。

その人に、ある学生の顔写真を見せて実験をしました。後光は何色かというと、赤と答えます。それで、背景に赤と緑の点を忍ばせてみました。すると、彼の視線は、緑の点にしか気づきませんでした。赤いオーラが実際に見えていたので、赤い点は埋もれて同化し、見えなかったのです。(p148)

■視覚的な形に反応

このような、数字や人の顔などで色が見えるというのは、どうやら、視覚的刺激に対して、色が反応しているようです。

というのは、数字で色が見える共感覚者は、数字の3では色が見えるのに、ローマ字のIIIでは見えないと述べるからです。「3」という概念に反応しているのではなく、文字の形、顔の形に反応しているのです。

これは、どうやら、低次脳のうち、数字や顔の形を認識する領域と、色を認識する領域が、どちらも紡錘状回という領域に含まれていて、近くに位置していることと関係があるようです。近い領域同士が混線しているのです。(p139)

実際、低位の共感覚の人の脳を調べると、色のついていない数字を見せても、数字の領域だけでなく、隣になる色の領域も活性化していることが示されました。(p147)

高位の共感覚―概念で色が見える

それに対し、数の概念で色が見えるという人たちもいます、数字だけでなく、曜日や月など、同じ順列のものでも色が見えるといいます。そのような人は、アラビア数字の3でも、ローマ数字のIIIでも、漢数字の三でも、見える色は同じです。

■抽象的な概念に反応

このタイプの共感覚は、形に反応して色が見えているのではなく、数のつながりという抽象的な概念で色が見えているようです。(p145)

また、音に反応して色が見えるという人もいます。そうした人は、同じような発音の文字は、すべて同じ色に見えたりします。たとえば、「ゆ」で見える色と「勇気」で見える色が共通していたりします。冒頭の音に反応しているのです。

そのような人たちは、より高次の脳の領域、感覚を統合する角回で混線が起きていると考えられるそうです。実際、高次の共感覚者の脳を調べると、角回の神経線維が多いことがわかました。(p147)

創造性と関係している

角回は、もともといろいろな感覚を統合するところですから、ここで混線が生じている人は、独創的な比喩などを考えるのが得意で、想像力豊かなのだそうです。物理学者アルベルト・アインシュタインは、巨大な角回を持っていたことで有名です。

偉大な画家やデザイナー、詩人、小説家などの一部は、この高次の共感覚を持っているために、さまざまな創造性あふれる作品を作り出せるのではないかと考えられています。

才能に恵まれた作家や詩人は、単語や言語に関与する領域どうしのあいだに過剰な結合をもち、才能に恵まれた画家やグラフィックデザイナーは、高位レベルの視覚野どうしのあいだに過剰な結合をもっているのかもしれない。

…私たちは「共感覚が芸術家に多いのは、彼らがメタファー的な表現をしているからだ」と言うのではなく、「芸術家がメタファーを得意とするのは、彼らが共感覚者だからだ」と言うべきなのである。(p154)

また、この高位タイプの共感覚は、数字―空間の共感覚とも関係してるようです。

自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐という本によると、偉大な数学者、たとえばアルキメデスやニュートン、ペレルマンなどは、みな幾何学が得意だったことから、視覚的思考ができる共感覚を持っていたのではないかと推測されています。

シムナーらは、「時間―空間」共感覚の持ち主は、文字や数を特別な配列の順序で並んでいるのを見ることができると論じている。

ガルトンの報告にもあったように、この特別な配列が計算能力を高めているのかもしれない。(p188)

高次の共感覚は、芸術家、作家、数学者、音楽家などの創造性と密接に関連しているのです。

共感覚はなぜ生じるのか

それにしても、これらの不思議な共感覚はどうして生じるのでしょうか。一部の人は、特殊な脳をもって生まれてきたエスパーのようなものなのでしょうか。

そうではありません。

じつはわたしたちは皆、だれもが赤ちゃんのときには共感覚者であったと言われています。

非共感覚者の場合は、前頭葉などの領域からそのネットワーク間の情報やりとりを遮断する、抑制信号が出されているため、共感覚のような現象が起こりません。

一方、共感覚者の場合は、その信号が出されていないため、感覚間の情報のやりとりがなされて、共感覚を経験することになると考えす。(223)

大人の共感覚者でも、年をとるにつれて共感覚が弱くなると述べる人もいるので、やはり幼児のときの脳のなごりを引きずっている可能性があります。

このような脳の特性は、遺伝することが多く、共感覚者の家族も似たような共感覚を持っていることが多いようです。ウラジミール・ナボコフの両親もまた、文字に色がついて見える共感覚者でした。

しかし、どんな人でも、前頭葉などから出される抑制信号がとどめられると、共感覚者になることは可能であり、たとえばLSDなどの麻薬を使うと共感覚が生じることが確認されています。

経頭蓋磁気刺激などの、脳への外部からの刺激で、サヴァン症候群が体験でき、発想力や画力が一時的に上がるという研究もあります。そうだとしたら、共感覚を体験できる害のない方法もそのうち見つかるかもしれません。

逆に、共感覚者が抗うつ薬などを服用すると、共感覚が一時的に消えたりもするそうです。抗うつ薬や抗精神病薬は、脳の神経伝達物質のバランスを良くしたり、脳内の過剰な神経伝達を抑制したりすることで、うつ病や統合失調症を治療するものです。

すでに述べたように、共感覚者は、前頭葉と呼ばれる脳の抑制に関わっている場所が弱い可能性があります。前頭葉は、自己コントロールや考えの統制に関わっている場所であり、そこが弱いと意志力や自制心が欠けてしまうことがあります。

共感覚を持つことが多いとされる芸術家が、突飛な発想をしたり、セルフコントロールが苦手で依存症になりやすかったりするのは、そのような抑制機能が弱いためなのかもしれません。

わたしの共感覚?

わたしは、おそらく、残念ながら、ここで論じられているような、厳密な意味での共感覚は持っていないのだと思います。

わたしは、一応、文字に対応する色があります。

0…白色
1…赤
2…サフランイエロー
3…青
4…紅
5…緑
6…空色
7…ピンク
8…茶
9…紺

A…赤
B…青
C…黄
D…橙
E…赤
F…ピンク



X…青
Y…緑
Z…黄土色

月曜日…緑
火曜日…朱



土曜日…灰色
日曜日…白

北…たまご色
西…コーラルピンク
東…赤
南…青

といった感じです。どうやら、形ではなく音に対応している場合が多いようなので、どちらかというと高次の共感覚に近いのでしょう。

しかし文字を見たら色が重なって見えるとか、「1」が黄色で書かれていたら赤色と混ざって気持ちが悪くなる、といったことはないので、純粋な共感覚ではなさそうです。

また、すでに述べたようにウラジミール・ナボコフは、それぞれの文字の色についてもっと詩的な表現をしていて、細かい色の違いを見分けていたようですが、わたしはそこまではわかりません。

この色のイメージは、幼いときの知育玩具の影響、たとえば、数字や曜日を教えるカードに色がついていた、などというものではないようです。

というのは、わたしの母も、やはり、数字や文字に色を感じる人だからです。もっともわたしとは、各々の色は異なります。母は人の顔にも色を感じるといいますが、そちらはわたしにはありません。

はっきりとはわかりませんが、これがもし共感覚に関係したものであるとしたら、わたしが絵を描いているのは、そのような素質があるからなのかもしれません。

文字に色がある、というレベルではまったく役に立っていないのですが、ほんの少し角回での感覚の統合などが人と違うのかもしれません。

共感覚は、創造性のサインもしくは指標となる可能性のある、やや異常なクロスモーダルの相互作用の一例と考えるのが最良であろう。(p160)

と書かれているとおりです。(クロスモーダルとは別の種類の感覚どうしの共有のこと。)

共感覚についてわかっていることはまだ少ないようですが、意外に多くの人が経験している、赤ちゃんのときの脳のなごりであり、生き生きとした脳の働きをもたらすもの、といえるでしょう。

この共感覚こそが、わたしたちが持つ、ひとりひとりの「感性」を形作っている要素の一つだと考えることもできます。

こうした各々の感性を活かすためにも、創造性の源について、もっといろいろ知りたいものです。

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