創作はひらめきか習慣か―思いつくまま描いたピカソと、毎日コツコツ書いたトロロープ


術とはひらめきでしょうか、それとも習慣でしょうか。

多くの人はこの問いを愚問だと感じます。芸術のような創作的活動は、神様が降りてくるような一瞬のひらめきとアイデアとに支えられていると考えているからです。彼らにとって、芸術とは女神ミューズが気まぐれで与えるひらめきです。ときには真夜中に、風呂に入っているときに、通勤中にさえアイデアは降りてくると考えます。

しかし一方で、さまざまな創作活動を仕事にしている人の中には、創作とは習慣である、と答える人もいます。そのような人たちは、毎日クリエイティブな活動のために決まった時間を取り分け、定期的に規則的に創作を続けています。規則正しく創作しているので、締め切りを恐れることもありません。

創作する人は、どちらを目指すべきなのでしょうか。どちらのほうが、より生産的なのでしょうか。

 

創作は「ひらめき」だと考える人たち

古今東西でもっとも有名な画家の一人であるパブロ・ピカソは、まったく計画性がなく、行き当たりばったりで創作をしていた人でした。彼の創作意欲はすさまじいものでしたが、決まったルールや日程といったものはありませんでした。

知って良かった、アダルトADHDという本には次のように書かれています。

無二の親友サバルテによれば、ピカソは「思いついたことをやり遂げる前に、すぐ他のことに着手するので、一つのことをやり遂げる時間が到底ない」と自分で何度も語っていたということです。(p66)

ピカソにとって、芸術は「習慣」ではなく「ひらめき」であったことが窺えます。ピカソは、いつアイデアが湧くか予測がつきませんでした。そして、計画を立てることなく、それらのアイデアに振り回されました。

彼は芸術を仕事にしましたが、それを規則正しく行なうことはできたのでしょうか。出勤と帰宅の時間が決まっていて、家庭には仕事を持ち込まないサラリーマンのように、計画的に生活できたのでしょうか。

記録によると、そんなことは不可能でした。続く記述はこう説明しています。

日常生活でも仕事でも、彼は全く自由奔放でした。彼の生活スタイルは全く自由気ままで、決まったルールといったものはありませんでした。

彼は依頼された急ぎの仕事に縛られるのを嫌いました。頼まれた肖像画とか、挿画には全然興味をもたず、先延ばしされたことはよく知られています。(p68)

ピカソは、毎日決まったものをコツコツ描く、という地道なタイプではありませんでした。目の前にある仕事より思いついたことを優先し、アイデアに翻弄されつづけました。

そのせいか、ピカソは、一生の間に作風がめまぐるしく変化した画家として知られています。当初は写実的な絵を描いていましたが、のちにキュビズムやシュルレアリスムに傾倒し、まったく独自の絵画を切り開いていきました。

こうした豊かな創造性は、ピカソが地道な習慣に沿って創作する人であれば、発揮されなかったのではないか、と考える人もいるでしょう。激しい衝動とアイデアの奔流に身を任せたからこそ、だれもたどり着いたことのない新大陸に到達することができたのです。

ピカソは、生涯におよそ1万3500点の絵、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作した、歴史上最も多作な画家としても知られています。

▼パブロ・ピカソの絵 (クリックで画像検索)
Picasso

創作は「習慣」だと考える人たち

これに対して、創作とは「習慣」である、という信念を地で行った作家が、文学史上最も多作で偉大な作家の一人と言われるイギリスの小説家アンソニー・トロロープです。

彼がいかに創作を習慣とみなしていたかは、WILLPOWER 意志力の科学という本で次のように説明されています。

彼は郵便会社でフルタイムの仕事を続けつつ、文学史上最も偉大で最も多作な作家の一人となった。

朝は5時半に起き、コーヒーで目を覚ますと、30分かけて前日書いたものに目を通して調子を整え、それから2時間半、テーブルに置いてある時計を見ながら執筆をする。

彼は15分に250語書くことを自分に課していた。それを確実に行なうため、語数を数えていた。「250語が時計のように規則的に現れることに気づいた」と彼は言っている。(p150)

彼は、きっちりと創作する時間を区切っていました。ピカソのように一日中創作したりするようなことはせず、執筆は朝の3時間だけと決めていました。それで、フルタイムの仕事を創作と掛け持ちできました。

彼の死後、この創作方法が世に明らかになると、作家たちは仰天しました。

芸術家が時間を決めて仕事をするとは何事か。インスピレーションは予定どおり、あるいは監視されながら湧いてくるものではない。(p151)

というような考え方を持っていたからです。しかし生前アンソニー・トロロープは次のように語っていました。

このような方法に天才は目も向けないだろうと言われてきた。私は自分を天才だと思ったことはないが、もしそうだとしても自分にこうした枷をつけたほうがいいのではないかと考えただろう。

誰もが必ず従う法則ほど力強いものはない。小さな水滴が岩に穴をあけるのと同じ力がそこにはある。

小さな仕事を毎日続ければ (本当に毎日できるのであれば)、気まぐれなヘラクレスが成し遂げる以上のことができるだろう。(p151-152)

アンソニー・トロロープはまさに習慣の芸術家でした。毎日こつこつと創作を続けることで、その積み重ねは途方も無いものとなりました。彼の創作は日記のような定期的な執筆の習慣から生まれたのです。

▼アンソニー・トロロープの肖像 (クリックで画像検索)

Trollope

創作は「ひらめき」と「習慣」の相互作用である

さて、ここまで、習慣やルールを無視していた画家ピカソと、習慣にしたがってコツコツと書いた小説家トロロープの例を比較してみました。

彼らは、分野は少し異なるとはいえ、どちらも偉大な芸術家でした。そして両者ともに、最も多作な作家たちの一人として知られています。

すると、結論として容易に導きだされるのは、創作は「ひらめき」でも「習慣」でも構わないのではないか、という見解です。ピカソの方法も、トロロープの方法も、どちらも創作に役立つということではないでしょうか。

確かにそうです。しかし、もっと正確に言えば、ピカソは、まったく「習慣」を軽視していたわけではなく、トロロープも「ひらめき」に頼らなかったわけではないのです。

たとえばピカソについて、次のような話が残されています。

彼はいつもポケットに入れておいた小さなノートに思いついたことをペン課鉛筆で書き留めていました。彼は食堂でもベッドでも、寝る前や朝食を待つ間でも小さなノートを取り出して書いていました。(p66)

たしかに、ピカソのアイデアは、いつ心に上るか予想もつかないもので、いろいろな時間帯、場所で突発的に思いつくことがありました。

しかしピカソは、それをノートに書き留めるという「習慣」を持っていました。すべて「ひらめき」に任せるのではなく、「ひらめき」をコントロールする「習慣」を身につけていたのです。

トロロープについてはどうでしょうか。彼の「習慣」もやはり、「ひらめき」をコントロールするための戦略でした。

推理小説作家レイモンド・チャンドラーは、アンソニートロロープのように、時間を決めて書くことにしていた作家の一人です。彼はその習慣がアイデアを得ることに役立っていると考えていました。

「私の場合、インスピレーションが降りてくるのを待つ」と述べているが、彼はこれを毎朝きちんとやっていたわけではない。

彼はプロの作家なら、1日少なくとも4時間は、仕事のための時間を確保するべきだという信念を持っていた。

「必ずしも書く必要はない。気分が乗らなければ書こうとするべきではない。窓から外を眺めたり、逆立ちしたり、床で悶えていたりするのはいいが、書くこと以外の前向きなことをしない。

本を読んだり、手紙を書いたり、雑誌を眺めたり、そして小切手を切ったりしてもいけない」(p320)

レイモンド・チャンドラーは、トロロープのように時間を決めて創作していたわけですが、いつもアイデアに満たされていたわけではありません。

しかし、創作すると決めた時間には、創作以外の作業は何もしないと心に決めていました。その結果、その時間帯に何らかのインスピレーションが降りてくるようになり、「あとは自然についてくる」と述べています。

これは、一種の古典的条件づけの例です。古典的条件づけとは、パブロフの犬で有名な、状況による条件反射のことです。

有名なところでは、梅干しを見ると唾液が出る、というのがありますが、そのほかにも、トイレに行くと尿意をもよおすとか、ベッドルームに行くと眠くなるといった日常的な現象も条件反射の例です。

レイモンド・チャンドラーの場合、毎日創作のために時間を取り分け、その時間およびその場所では、創作以外の活動を一切しないことによって、創作の「習慣」と「ひらめき」の条件づけを行っていました。

毎日取り分けたその時間に努力してアイデアを引き出そうとすることで、創作環境に入ると、アイデアが浮かぶという条件反射が身につき、結果が「自然についてくる」ようになったのです。

おそらく、トロロープの場合も同様のことが起こっていたと考えられます。「習慣」によって「ひらめき」を条件づけし、コントロールしていたのです。

▼レイモンド・チャンドラーの肖像 (クリックで画像検索)

Chandler

自分に合った戦略を見つける

このように考えると、ピカソとトロロープは、比重の置き方は異なっていたとはいえ、どちらも、「習慣」と「ひらめき」の相互作用によって、創作活動を制御していたことがわかります。

わたしたちはどちらの戦略を選べばいいのでしょうか。どちらの戦略が合っているかは、個人個人の性質によるでしょう。

たとえば、ピカソがトロロープのように毎日時間を決めて創作していたら、創作の効率が上がるどころか、ひどいストレスとスランプを抱えたのではないかと思います。

逆にトロロープが、ピカソのように自由奔放に創作を始めたら、日常生活が破綻したに違いありません。

二人が取った戦略は、まったく違っていたとはいえ、どちらも自分の特性にぴったり合っていたものだったので、二人はまれに見る多作の芸術家として歴史に名を残すことができたのです。

ライフハックを発信するメディアの中には、どちらか一方だけを正しいとするものがあります。たとえば、すべて計画的にクリエイティビティを管理したほうがうまくいく、と主張している場合があります。しかし、人の認知特性は一人ひとり異なっています。万人に当てはまる鉄則などありません。

ライフハックの多くは、社会の大多数を占め、さまざまな統計において中心近くにいる「平均的な人」を対象としたものです。それに対し、芸術を志したり、創作を生きがいにしたりする人たちは、脳の認知特性が非常に偏っていて、統計的に端のほうに位置する少数派である場合があります。具体的には、発達のでこぼこがあり、ADHDやアスペルガーと診断される人も多いでしょう。ピカソはまさしくそうでした。その点は以前の記事を見ていただけたらと思います。

絵に表れる視覚優位と聴覚優位の特徴―色と線の見え方
生まれつきの脳の認知特性が絵の描き方にも関わっているという話

自閉症スペクトラムの翻訳家として活躍するニキ・リンコさんが書いたスルーできない脳―自閉は情報の便秘ですという本には、こう書かれています。

ライフハック情報で空振り

脳ミソの部品がちがい、機能がちがう以上、脳ミソの使い方のマニュアルだって、一般むけのものが合わなくって当然だろう。

荷造りコスト、荷ほどきコストがみんなとちがっていることを自覚していないと、一般向けの勉強術や仕事術の本を真に受けて、次々と失敗をくり返し、ますます自信を失うことになりかねない。(p93)

まずは自分自身についてよく知ることが大切です。自分の特性を見極めなければなりません。その上で、ピカソの戦略とトロロープの戦略のうち、どちらのほうが自分により適しているのかを見極める必要があります。

いつでもどこでも降りてくる「ひらめき」のほうに「習慣」を合わせるなら、メモツールを持ち歩くなど、外部記憶を用意しておくことが役立つでしょう。またこのタイプの人は、基本的には自由にしつつも、健康管理などには気をつける必要があるかもしれません。逆に日々の「習慣」のほうに「ひらめき」を合わせるとしたら、条件づけによって、創作する計画を立てることができるでしょう。

そして多くの場合、芸術家や創作の作家たちは、両方の戦略をほどよく組み合わせ、自分に合った配合を見つけているものです。以前に書いたこちらの記事では、アイデアを生み出すのに役立つ習慣を幾つかリストアップしました。

クリエイティブなデンマーク人が実践しているアイデアを見つける5つの方法

わたしの場合は、創作の方法は少しピカソ寄りかもしれません。何を描こうか、というアイデアはいつ思いつくか分からないので、メモ帳を持ち歩いています。そして、思いついたアイデアは、クラウド上のタスクリストに追加して、後々、時間のあるときに実行するようにしています。

しかし同時に、情報のインプットは、非常に習慣的に規則正しく行っています。ネット上の情報源はFeedlyなどのRSSサービスを使って更新チェックしていて、毎朝、1日1回時間を決めて、選別するようにしています。

トロロープのように、毎日規則正しく創作活動をすることはできませんが、インプットの段階では規則正しく整理し、その上で時間のあるときにアウトプットするようにしているわけです。

芸術とは「ひらめき」か「習慣」か。

最初に提起した、この問題に関するわたしの答えは、どちらも必要である、というものです。その上でどちらをメインに置くかは、一人ひとり異なります。

わたしは創作の能力も意欲も効率も、どれをとってもピカソやトロロープには及ぶべくもありません。しかしこれからも創作活動を一生続けていくつもりなので、自分に適したスタイルをぜひ身につけて、創作を楽しみやすい環境を整えていきたいものだと考えています。

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