夜のとばりの鏡像世界―光が眩しすぎたから創られた もうひとつの物語(1)


子どものころから、光がまぶしくて、まばたきが多くて、目が疲れてしょうがなかった。

そんな奇妙な明るさ過敏の症状を追いつづけた結果、わたしがたどりついたのは、アーレンシンドロームという光の感受性障害、そして生まれつき感受性の強い人を意味するHSP (Highly Sensitive Person)という概念でした。

アーレンシンドロームの専門家がいる筑波大学に行ってみて、面接やスクリーニングテスト、レンズのフィッティングなどを進めるうちに、わたしの過去のさまざまなピースがつながりはじめ、ひとつの糸に より合わさった様子は、明るさ過敏,目の疲れ,読書の苦労の正体を探りに筑波大学に行ってきた話という全五回の記事にまとめました。

明るさ過敏,目の疲れ,読書の苦労の正体を探りに筑波大学に行ってきた話(1)
幼少期からの明るさ過敏の原因を知るまでの苦労話

けれども、まだ、わたしとアーレンシンドロームとの関わりは始まったばかり。今後フィッティングしたレンズが届いたら、メガネに加工して日常生活の中で使ってみる必要がありますし、その中でいろいろと発見や進展もあるでしょう。

前回の一連の記事が、明るさやまぶしさなどの「光」についての考察だったとすれば、今回のシリーズ記事は、その反対の「夜」についての考察にしようと思います。

アーレンレンズが届けば、わたしの視界からは光が大幅にカットされ、暗がりに包まれることになるでしょう。ですから、文字通りの意味においても、「夜」はふさわしいテーマだと思います。

光が明るければ明るいほど、影もまた、くっきりと照らし出されます。まぶしい光に悩まされる人生は、裏を返せば、深い暗がりの中、夜の夢の中の安らぎを追い求める人生でもあるのです。

まず最初の この記事では、最近のアーレンシンドロームについての考察をきっかけにして、光がまぶしすぎたからこそ創られた、わたしの「夜のとばりの鏡像世界」へと話を広げていきたいと思います。

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アーレンの集まりで考えたことの覚え書き

はじめに、先日、アーレンの当事者と専門家の集まりに行ってきたときのことから。

個人的な内容を含むので、具体的なエピソードについては書けませんが、その出来事を通して わたしが考えたことや感じたことは、アーレンシンドロームをめぐる この二つ目の一連の記事の始まりにふさわしいものだと思います。

まずは、アーレンシンドロームのについての考察や覚え書きを、幾つか箇条書きにしてまとめておきます。

■メガネはすっぽり覆うタイプにしたい
まだメガネが届いていないわたしとしては、すでにかけておられる方のメガネを見て、とても参考になりました。特に良さそうだったのが、視界を完全に覆うゴーグルに近いタイプ。

普通のメガネ型だと、生意気なヤンキーのように見えてしまいますが、いっそゴーグル型になってしまうと、明らかに何か理由があってかけているのだ、というメッセージが伝わります。その結果、周りの目が「障害者」を見る視線になるとしても、生意気で反抗していると思われるよりはずっといいでしょう。

どんな印象を与えるか、という点で見た目はとても大事であり、特にアーレンシンドロームのようなわかりにくい問題においては、ファッションではなく医療機器に見えるデザインのほうが、すんなり周囲に受け入れられやすいのではないかと思います。

しかし…実は今はやりのVRを近々体験してみたいなー、っと思っていたのですが、あんなゴツいアーレンレンズかけて、その上からVRかけるなんて無理そうですね(笑)

ただでさえ普通のメガネの上からアーレンレンズをかけて二重にしている人もいましたし。さらにVRを装着したら三重?

VR用に小さなメガネを作るべきか…。35000円もかけて?

■感覚過敏の2つのタイプ
アーレンシンドロームの視覚の感覚過敏は、聴覚をはじめその他の感覚過敏と相関性があるという話がありました。

すると、アーレンシンドロームは、単に目の錐体細胞の色の感度だけではなく、それよりも奥の、さまざまな感覚すべてに関わる脳の中の統合・処理過程での過敏性とも関わっていると考えるのが妥当な気がします。

むろん、もともと発達に歪みがあって、ちょうど収斂進化のように、発達とともに複数の感覚に別個に過敏な傾向が出たと考えることもできなくはないですが、わたしとしては、前に書いたように、感覚過敏のおおもととなる認知の異常、ないしは神経伝達物質に関わる感受性の問題が存在しているのではないかと思います。

たとえばアーレンレンズで刺激をカットして見え方が適正になる場合、少なくとも二種類の過程が考えられると思います。前の記事で、固すぎる粘土や柔らかすぎる粘土のようなものではないか、と書いた話のことです。

(1)入ってくる情報量が多すぎる
入ってくる情報量が200%→受け取る刺激もそのまま200% 

この場合レンズや耳栓で受け取る情報量を1/2にカットすると…

入ってくる情報量が100%→受け取る刺激は100% (適正量)

(2)受け取る感受性が強すぎる
入ってくる情報量が100%→受け取る刺激は増幅されて200% 

この場合レンズや耳栓で受け取る情報量を1/2にカットすると…

入ってくる情報量が50%→受け取る刺激は100% (適正量)

どちらも、レンズや耳栓など、情報量をカットするアイテムがもたらす結果は同じで、最終的に感じる刺激は100%という適正な量に調節されますが、そのプロセスは異なります。

一つ目の「入ってくる情報量が多すぎる」は、前に書いた固すぎる粘土にあたるものであり、おそらく自閉症の感覚過敏に相当するように思います。そもそも感覚のフィルターが働いていないために情報がドバッと洪水のように押し寄せてくる状態。

二つ目の「受け取る感受性が強すぎる」は、前に書いた柔らかすぎる粘土にあたるものであり、HSPの感受性の強さに相当すると思います。感覚のフィルターは正常ですが、感受性が鋭すぎて刺激を増幅して感じ取ってしまうのです。

ひといちばい敏感な子によると、前者の自閉症の感覚過敏は「感覚統合障害」(sensory integration disorder)や「感覚処理障害」(sensory processing dosorder)と呼ばれているのに対し、後者のHSPの感受性の強さは「敏感性感覚処理」(sensory processing sensitivity)や、「差次感受性」(differential susceptibility)と呼ばれる別物だとのこと。(p424,435)

もちろん、ここではおおまかに二通りに分類しましたが、神経の認知過程は複雑ですから、人それぞれ もっと多様なプロセスで感覚過敏が生じていると考えるのが妥当でしょう。要は同じ方法で改善するからといって原因がひとつだと早合点すべきではない、ということです。

■ダルトンメガネ=アーレンシンドローム?
話の中で、スーパーグリーンアイがアーレンシンドロームでは?という話題があって、なんのこっちゃと思って調べたものの、IEONのスーパーグリーンアイ商品ばかり出てきて意味がわからず。

しかし、めげずにもう少し調査してみたところ、「ダルトン・メガネ」(スーパーグリーンアイ事務局)というものではないかとわかりました。色覚補正レンズのネオ・ダルトン株式会社 というところが大元ですね。

目の錐体細胞の3色の感受性のバランス異常のせいで生じる、さまざまなタイプの色覚異常を補正できるメガネということで、確かにアーレンシンドロームと同じような方法で色付きメガネをフィッティングして、色覚の補正を試みているようです。

わたしも、アーレンシンドロームは、オリヴァー・サックスが色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記 (ハヤカワ文庫 NF 426)の中で紹介している先天性全色盲、あるいは火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)の中で触れている後天性全色盲とつながりのある概念だと思っているので、アーレンシンドロームが色覚異常と関係しているという説は十分ありえると思っています。

しかし、色覚異常が、目の錐体細胞の3色の感受性の異常のみで生じるという考え方には大いに疑問が。

サックスが紹介していた先天性全色盲は、確かに目に錐体細胞がないことで生じるようですが、後天性全色盲のほうは、少なくとも紹介されている画家の例では、脳の視覚野のV4のような色の情報の統合プロセスにおける異常だと目されています。

違う部位に異常があるのに、症状としては、先天性全色盲も後天性全色盲もとても似通っています。色が見えないだけでなく、まぶしさ、コントラスト障害、サングラスや色付きメガネで補正されるところまで似ています。

ですから、先ほど書いたとおり、同じ症状が、同じ対策でよくなるからといって、同じプロセスで生じていると仮定するのは早計です。

それとともに、ダルトンメガネの色覚異常=アーレンシンドロームだと決めつけるのもよくない気がします。

医学の分野では、ある特定の疾患の専門家や患者が、症状が似ている別の疾患を同じものだと言い出すことがよくあります。

確かに重なり合う部分があるのは間違いありませんが、それぞれは別々の概念として研究するだけの価値があり、相互補完するものだとわたしは思っています。いわゆる ベン図のように、重なり合いつつも異なるものが含まれているのです。

後ほど書きますが、何か一つの概念に肩入れするあまり、他の概念をも それで説明してしまおうとする人たちに、わたしはいつも警戒しています。世の中はそんなに単純ではないからです。

認知神経科学者のマイケル・S・ガザニガが右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語る –の中でこう述べているとおりです。

私たちはみな、こうした情報のダイエットに弱い。携帯メールや携帯電話で得られる即席の満足感に屈してしまったように、誰もが情報の簡略化に依存するようになった。

それでも、うわべだけの知識人と真の教養人とを区別するものは、あらゆるものは単純ではないとわかっているかどうかである。その秘訣は、どのような話題であっても、その根本にある複雑さを十分に認識しながら明瞭に語ることができるかどうかにあるようだ。(p405)

わたしは自分が真の教養人だなんてうぬぼれるつもりはありませんが、さまざまな概念をひとつに簡略化してまとめられるような、たとえば色弱も色盲も、すべてアーレンシンドロームの一種としてくくるような「情報のダイエット」は不可能だと思っています。

マイケル・ガザニガはこの本の中で、AだからB、BだからCというフローチャートのような線形の考え方で、脳の機能を説明するのは不可能だと述べています。

脳はネットワークとして機能するので、ちょうど 環状線が どこか一部分で通行不能になると全体に影響が出るように、別々の部分が損なわれても、見た目には同じような結果がもたらされることがありうるのです。

アーレンシンドロームもまた多様な原因によって起こる症候群であり、決して単純化しすぎるべきものではないとわたしは思います。

■アーレンの人は正確に読もうとすると時間がかかる
アーレンの人の視力検査をすると、明るい場所では通常の視力(最大瞬間視力)は下がらないものの、実用視力(日常生活の中でパッとみたときにすぐ見える平均的な視力)が下がるようです。つまり、正確に見ようとすれば見えるけれど、速く正確に見るのは難しいということ。

これは、わたしが学生のころから今に至るまで誤字脱字、読み飛ばしが多くて、正確を期そうとすると人の何倍も時間がかかってしまうことの原因ではないかと感じました。

先日、アーレンレンズの効果を確かめた無意味な文字列の読みテストのときに、34%も読み速度がアップしたことを不思議に思っていましたが、実用視力が改善したのだとすると、納得がいきます。

あのとき、わたしはアーレンレンズありなしで、どちらも読み間違いはひとつもありませんでした。つまり、わたしはレンズなしでも正確に読もうとしていて、速度が大幅に犠牲になっていたので、レンズありだと34%も劇的に変化したのでしょう。

わたしは、アーレンシンドロームのせいで、視力はよくても実用視力が低下しているので、正確さを期そうとしたときに、通常より多くの時間がかかってしまうのだと考えられます。だからこそキーワードを抜き出す飛ばし読みで読書速度を上げているのでしょう。

一方、わたしと違って、レンズのありなしで読み速度がそんなに変わらない人は、代わりに読み間違いの数が改善するのかもしれません。

そういえば、フォントによって読みにくいという人がいましたが、わたしも昔のWindowsのフォントが細くて見づらく、GDI+やMacTypeといったフォントを太く見やすくするフリーソフトを使っていたのを思い出しました。Evernoteのデフォルトのフォントも、手書き風の視認性の高い文字に変えています。

またわたしはマリオカートのようなゲームで、レース中に集中力が持たず、必ず何回かミスをして順位を落とします。以前は不注意のせいだと思っていましたが、今となっては実用視力が低下していたのだと説明できます。聞いたところでは色付きレンズをかけることで安全に運転できるようになる人がいるようです。

■レンズや薬には、適正な「下げ止まり」や「上限」がある
今 引き合いに出したアーレンの人の視力検査では、明るい場所より薄暗がりのほうが実用視力がよくなる、という結果が出ています。

これは、アーレンシンドロームの人は明るさ過敏があるので暗いところのほうが見やすいのだ、という意味にとれますが、うがった見方をすれば、アーレンレンズをかけることで目が暗いところに馴染んでしまう副作用が生じているとも解釈できる、という指摘がありました。

しかしフィッティングをされている専門家たちの意見では、アーレンレンズを使っている人たちがレンズの副作用で暗順応していって、際限なく暗いレンズが必要になり続けるということはなく、下げ止まりがあるのだとか。これは発達障害の薬物療法で、薬の量が際限なく増え続けることはなく、やはりある時点で上限ができて止まるのと似ているらしいです。

この「下げ止まり」や「上限」というのは、人によって程度が異なるので、神経特性の個人差を反映しているのではないかと思われます。

その人の生まれ持った感覚過敏はほぼ一定でずっと変わらないものの、それを和らげるためのレンズ調整や薬物療法を始めると、適応していくのにある程度の時間がかかります。その過程が、あたかも際限なく薬を増やしたり、どんどんレンズを暗くしたりしていっているように見えてしまい、薬づけだとか副作用だとか非難される、ということです。

わたし個人の意見としては、精神科の医者が薬を際限なく増やすケースは「薬が効くけれども効果が薄くなったから増やす」ではなく、「薬が効かないから効果が出るように増やす」だと思っています。前者の場合は、どこかで適正な「上限」が表れてうまく薬物と付き合っていけるのに対し、後者の場合は、おそらく見当違いの薬を増やしているので、当然 増やす量の上限が生じるようなこともなく、副作用ばかり出て薬づけになってしまいます。

診断間違いやプラセボの誤認、金利主義のために多剤・大量処方をしているケースが、本当に効いている薬を適正量まで増やしているケースと混同されているのではないでしょうか。

いずれにしても、アーレンの場合は、まったく未治療の段階の、レンズもかけたことのない人を対象に実用視力を測って追跡研究すれば、メガネの副作用があるかどうかの決着はつくはずです。

■発達障害は薬より環境調整で対処したほうがいい
発達障害は薬で治療すると症状だけでなく、長所も一緒に失われがちだから、薬は最低限にとどめて、それよりもアーレンレンズなどの過敏な感覚をカットする環境調整、つまり「合理的配慮」でやっていったほうがいいという話が。

薬はすべての感覚を一様に抑制するのに対し、レンズや耳栓を使えば、特定の感覚だけ、特定の時間だけ、特定の場所だけ、場面に応じて自分で適宜調整することができます。

これは確かに理解できるもので、前にADHDの症状をストラテラで抑えたら、きらきら輝く七色の世界が失われてしまった、という経験談を読んだことがあります。

また、知の逆転 (NHK出版新書 395)のオリヴァー・サックスの執筆部分には、週中は薬を飲んで社会適応し、週末は薬を飲まずに凄腕ドラマーに早変わりするトゥレットのドラマーの話や、薬を飲んだことで、数学の才能が失われてしまった偏頭痛の人の話がありました。おそらくトゥレットや偏頭痛は、いずれも感覚過敏と深い関わりがあります。

こうした話からすると、前回書いたように、もしわたしの視覚世界が人より鮮やかなのであれば、押さえつけるようなタイプの薬では同様の副作用が出てしまうかもしれません。しかしレンズであれば、鮮やかさを遮断したいときと、鮮やかさを楽しみたいときとで、適宜使い分けできるでしょう。

そもそも発達障害という見方がもう古いのかもしれません。普通より感覚が過敏な子、あるいは感受性が強い子、という新しい観点が必要です。

そうすれば、感覚刺激に反応して問題行動が出ることはあっても、うまく環境を整えれば、感受性の強さは才能にだってなる、という考え方ができます。

感じたのは三つのBの欠如

ここまで書いたのは、当事者と専門家の集まりに出席したときに、おもに知識的な意味で考えたこと。

ここからは、感じたことについて、書いていきたいと思います。

アーレンの当事者の集まりに行ってみて感じたのは、何よりわたしはあのような場はすごく苦手だということでした。

それは行く前からよくわかっていました。正直、まったく気が進まなくて、ギリギリまで家を出る気持ちになれなかったほど。なぜ気が進まなかったのか、というと、人が怖いからです。

それは対人恐怖症とか、コミュ障だからというものではありません。むしろわたしは初対面の人とうまく話すのは大得意だし、コミュニケーションはかなりうまいほうだと思います。

そうではなくて、人を信頼したり、心を開いたりすることの難しさです。

わたしは光に過敏ですが、同時にさまざまな感覚に敏感なHSPとして、人への過敏さも持っています。それは、解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論の中で説明されている「対人過敏症状」です。

対人過敏症状にみられるように、解離患者の多くは基本的に人に対する怯えの意識がある。

このことは幼少時に愛着関係を形成することができなかったことに由来するのであろう。

一見他者との関係はうまくいっているようにみえても、それはあくまで表面上のことであり、その背後には明らかに孤立する恐れや嫌われるのではないかという怯えがある。

強いられた同調的関係形成(=過剰同調性)によってかろうじて現実世界にしがみついている。(p220)

おそらく、わたしの対人過敏症状は、もともとの感受性の強さだけでなく、ここにあるとおり幼少時の経験にも由来するのでしょう。前回の記事で触れたとおりです。

わたしが敬愛する、そして折に触れて自分と似ていると感じる作家オリヴァー・サックスも、似たような傾向を持っていたようで、亡くなる前に書いた道程:オリヴァー・サックス自伝の中で、こう述べています。

人から愛されていないという思い込みは、自分のなかで欠けているものや抑制されているものの投影だったのだろうか?

かつて私と同じように第二次世界大戦中に疎開し、幼少時に家族と引き離された経験のある人たちの思い出や考えを取り上げたラジオ番組を聞いたことがある。

インタビュアーは、そういう人たちが子ども時代のつらい衝撃的な日々にとてもうまく適応してきたことについてコメントした。

するとひとりの男性が言った。「そうですね。でも私はいまだに、三つのBで苦労しています。ボンディング(心のふれあい)、ビロンギング(帰属意識)、ビリービング(信じること)です」。

私もある程度はそうだと思う。(p289)

サックスは、幼い頃の不幸な体験ゆえに、三つのB、すなわち、心のふれあいをしたり、精神的な意味で何かの集団に属したり、人を信じたりすることを難しく感じていました。わたしもこれと同様です。

そしてインタビュアーが述べたように「とてもうまく適応してきた」こともまた同様です。サックスがコミュ障だったり、対人恐怖症だったなんて思う人はいません。むしろサックスはとても濃やかな感情移入で知られた名医またベストセラー作家でした。

幼い頃に不幸な体験をした人は、普通以上に人の気持ちに敏感になることがあります。場合によっては、空気を読むことがうまくなり、むしろコミュニケーションが巧みになる場合も。その表れのひとつが、前回書いたような、気持ちを読み取る国語能力の高さだったり、作家としての想像力だったりします。

人への不信感と人の心への強い興味は表裏一体です。相手を信じられないからこそ、相手の心の裏の裏まで察知しようと洞察力を発達させ、その結果、人の心の奥深さに魅せられ、本当に信じるに値すると感じた相手とは深い友情を育めるのです。

わたしは初対面の人には厳重な警戒から入ります。自分の個人的なことは決して話さず、話すことと話さないことを慎重に選んでいます。常に情報統制を強いています。

知る権利のない人に、自分の内面の情報を与えることは決してしません。コミュ障どころか、非常に巧みに話題をコントロールします。

だからこそ、当事者会のような場所は特に居心地が悪く感じます。自分の体調のようなデリケートな話を、見知らぬ人たちを相手に話す気にはなれないからです。信頼関係もないような人たちに、自分の悩みを聞いてほしいとは思いません。

そして特に1対1ではなく、1対 多 の状況が苦手です。相手が一人であれば、情報統制を敷いて話題をコントロールするのは簡単ですが、多人数になると、すべての相手の背景を考慮しながら話すのは無理だからです。

人数が増えれば増えるほど、話題をコントロールするのは難しくなります。多様な人がいることを考えれば考えるほど、話してもよい情報が少なくなっていくので、寡黙になってしまいます。

今回のような見知らぬ人たちが大勢集う場所は、自分には合っていないと痛感しました。

ちなみに、すでに何度も登場している作家また医者のオリヴァー・サックスは、彼の文章や考察を読むにつけ、わたしとよく似ていると繰り返し感じます。もちろん異なるところも数多くありますが、本質はよく似ていると思うのです。

もともとのHSP体質、子ども時代の不幸な経験、ADHD傾向、文章を書くことを何より愛する作家性、人の心への異常に強い関心、幅広い視野を支える読書量、さらには顔が覚えられない相貌失認まで。

サックスがアーレンシンドロームを持っていたかどうかは不明ですが、彼がひどい偏頭痛持ちであったことは気になります。わたしは偏頭痛を持っていませんが、近年のボストン大学の研究によると、偏頭痛は青色の光で悪化し、緑色の光で軽減するという光過敏の性質があり、対策として色付きレンズを使うことまで提案されています。

また、わたしの場合もサックスの場合も、「三つのB」で苦労するのは、単に家庭環境のせいではなさそうです。以前の記事で少し触れたように、おそらく、相貌失認があって、人の顔が見分けにくいせいで、信頼感が育ちにくいという点が関わっているのでしょう。

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しかし、人の顔が見分けにくいせいで「三つのB」が育たないのか、「三つのB」が弱いせいでオキシトシンが不足して、顔の記憶の定着が弱くなるのか、という点は、ニワトリとタマゴのような関係にあって相互に影響しあっているように思います。

また、人が怖いという感覚は、一種の「吊り橋効果」(suspension bridge effect) も関係しているかもしれません。吊り橋効果とは、高所のせいでドキドキするのを恋の高鳴りと勘違いしてしまう現象ですが、人のいるところはまぶしさや騒音が強いことが多いので、それらの環境由来の刺激が人に対する警戒心にすり替わっている可能性がありそうです。

「ギフテッド」と「サバイバー」

当事者たちの情報交換を聞きながら感じたことがもう一つ。

おそらく、当事者たちの中には、わたしと同じHSPが大勢いるのでしょう。やりとりを聞いていて、自分を分析する力や、情報を解釈する力の鋭さを感じました。もとより、それくらい鋭くなければ、アーレンのような珍しい概念にたどりつくのは難しいはずです。

しかし、同じHSPでも、それらの人とわたしには大きな違いがあると思います。

海外では、「ギフテッド」という有名な概念があります。扱いにくい通常の枠組みを外れた子ども、しかしすばらしい才能を秘めた子ども。天から贈り物(ギフト)をもらった人たち。いわゆる天才。

ギフテッドとは、おそらくHSPの中でも、特に鋭い感性を持った子どもたちのことだと思います。おそらくはアーレンの情報交換をしていた人たちの中にも、ある程度ギフテッド的な性質を持っている人が少なからずいるのだろうと思いました。

他方、一見似ても似つかない「サバイバー」という概念があります。子ども時代の虐待や機能不全家族を生き抜いてきた生存者を指す言葉です。

先ほどサックスが述べていたような、不幸な子ども時代のせいで「三つのB」が難しい人たちは、アダルトチルドレン、ないしはアダルトサバイバーと呼ばれることがあります。サックスは疎開体験のせいで三つのBが難しいと書いていましたが、統合失調症の兄がいて家庭内に緊張を抱えていたせいでもあると思うので、ある意味でアダルトサバイバーに属するでしょう。

このサバイバーと呼ばれる人たちは、ギフテッドとはまた異なる、HSPの人の成れの果てではないかとわたしは思っています。

もちろん、HSPの人でなくても、機能不全家族や虐待する親のもとで育つことはあります。しかしさっきの「三つのB」話のインタビュアーが述べていたように、そうした環境に「とてもうまく適応」して生存者になれるのは、HSPの人でなければ難しいのではないかと思います。

HSPとは、まわりの環境にひといちばい敏感で、良くも悪くも柔軟に適応しすぎる特性のことだからです。

わたしは、自分が「天才」ではなく「生存者」、「ギフテッド」ではなく「サバイバー」だと思っています。

わたしはかつて、進学校という頭の切れる人たち、「ギフテッド」のただ中にいました。だから賢い人たちに合わせようと思えば合わせることもできます。その人たちよりさらに賢そうに振る舞うことだってできるかもしれない。

しかしそれは偽りの仮面をかぶって、別の人格を作り上げて、彼らの仲間であるふりをするというだけです。実際には、わたしはそうした人たちとは違う人種「サバイバー」です。

「ギフテッド」と「サバイバー」は、同じHSPではあっても、三つのB「心のふれあい」「帰属意識」「信じること」があるかないか、という点で決定的に異なっています。

この三つが欠けているわたしは、初対面の人でも表面的に親しくすることは得意ですが、見知らぬ人たちを信じて心のふれあいを楽しむなんて無理だし、仲間意識だって持てないのです。どちらかというと、賢くて鋭い人たちのやりとりを聞いていてると、切れ味が鋭すぎて怖くなってしまう気もします。

自分の才能で戦い抜き、現実を変えてきた「ギフテッド」と、現実に圧倒され、生き延びるには自分のほうを変えるしかなかった「サバイバー」。生き方が180度違います。

頭の切れる人たちは、手を取り合って自らの力で社会を変えていこうとします。それはある意味で患者会や当事者会のひとつの役割なのでしょう。いかにして社会を変えるか、不条理な現実を変えていくか、自らの権利を主張し、自分たちが生きやすい未来を作っていくかを話し合います。

わたしはというと、そんなことには何の興味もありません。社会を変えようなんて思わないし、無駄だと思っている。たとえそうできるとしても、そこに時間や体力を傾ける価値を感じない。社会という戦場において、どちらの陣営が勝とうが、どうでもいいのです。

わたしはただ、自分の足でただひたすら歩きつづけるだけ。自分で調べ、自分で考え、自分の足で戦場の果て、国境の向こうへ、だれもいない別の世界へと。

三つのBがない人の三つの利点

けれども、そのような他人を信頼しにくく、心のふれあいが苦手で、帰属意識を持てない性格にだっていいところはあります。

オリヴァー・サックスは、さっきの道程:オリヴァー・サックス自伝の中で、自分についてこんなことを書いています。

気質としては孤独癖であり、自分のいちばんいいところ、少なくともいちばん独創的なところは孤独癖だとあえて信じている (p316)

集団に属さず、孤独癖を抱えるオリヴァー・サックスのような人には独創性があります。その独創性は、わたしのこれまでの生き方、そしてアーレンシンドロームやHSPとの向き合い方とも深く関係しています。三つの利点を考えてみましょう。

多様性への感度を保つ

いくら賢い人たちであっても、ひとたび集団になると、意見の独創性が失われがちです。同じ専門分野同士の学者が寄り集まった結果、派閥主義や、いわゆる専門バカだらけになってしまっていることは周知のとおりです。狭く深く掘り下げるあまり、前の記事で少し出てきたトンネリング、すなわち周囲が見えず、大局的な見方ができない状態に陥りがちです。

これは有名な「群衆の知恵」モデルを考えるとわかります。たとえば、大勢の農夫に牛を見て体重を推測してもらい、それぞれの答えの平均値をとると、意外といい線をいっている、というものです。

ところが、農夫同士が情報を交換し、互いに情報を共有してから推測すると、精度が失われてしまうといいます。それぞれが独自に思考した意見は役立ちますが、互いに影響しあってグループになった集団の意見は、バイアスが強まりやすいのです。

当事者であれ研究者であれなんであれ、同じ境遇同士の集まりは、新鮮なのは最初だけで、結びつきが強くなってくると、かえって足かせになってしまうのではないかとわたしは思います。

オリヴァー・サックスがあれほど視野の広い洞察ができたのは、幅広い傾向の研究者や立場の違う患者たちと、分け隔てなく接していたからでした。

もしサックスがサックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)を書いたときのような偏頭痛の専門家であり続けたり、レナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)のときのように、おもに嗜眠性脳炎の人たちだけと関わっていたりしたら、死してなお多くの人に偲ばれる作家にはなれなかったでしょう。

多様性を大切にするには、少数派だけで集まったりせず、文字通り多様な人々のただ中に、広く浅く身を置く必要があるのだと思います。同じ境遇の人なら、気持ちもわかってもらえて、深い情報交換もできる、と思いがちですが、本当に有益な情報は、異なる立場の人からもたらされることが多いのです。

だからわたしは、これからも、自分がADHDの当事者だとか、アーレンシンドロームやHSPの当事者だとか考えて、何かの啓発運動に携わったり親しく交わったりはしません。そこから得られるものもあるでしょうが、失われるものもまた多くあります。

似たような境遇の人たち同士で集まって親睦を深めすぎるのは、味の違うチョコレートを同じ模様の包み紙で包むようなものです。本当は違う性質を持っていても、表面に貼られた同じレッテル、同じ模様の包み紙に惑わされて、違いが見えなくなってしまいます。

わたしはわたし、どんな概念や、どんなレッテルによっても説明できない、独自の存在でありも、他の人々もまた、一人ひとり異なる独自の存在なのです。

埋没費用の誤りを避ける

独立した立場でいることのもうひとつの利点は、経済学でいう「埋没費用の誤り」を避けやすいことです。

「埋没費用の誤り」(サンクコストバイアス)とは、ある一つのことに、時間や労力、費用などをかけすぎると、いざ別の分野に鞍替えすべきときがきても、すでに労力を傾けたものへの愛着のせいで、判断が鈍らされることをいいます。

たとえば、◯◯障害と診断されて、熱心に◯◯障害の患者会を立ち上げ、啓発運動の先頭に立ってきたような人は、もしもいざ自分がまったく別のものだとわかったとしても、古い概念にかたくなにしがみつき続けるかもしれません。自分が投資してきた狭い分野に固執して、新しい理解や発見を受け入れがたく思うことはよくあるものです。

反対に、わたしは今まで新しい概念に出会うたびにコロコロ考えを変えてアップデートしてきました。そうした変わり身の速さは、帰属意識が薄く、特定の分野に肩入れしすぎない独創的な孤独癖のおかげかな、と思っています。

コロコロ考えを変えるなんてよくない、と思う人がいるかもしれませんが、ピクサーのエド・キャットムルは、ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法の中でスティーブ・ジョブズについてこう述べています。

個人的に、自分の考えを改められない人は危険だと思う。スティーブ・ジョブズは、新事実が明るみになるたびにコロコロ変わることで有名だったが、彼のことを弱い人間だと言う人を見たことがない。(p208)

わたしは、考えをコロコロ変えるというのは、過去のものを手放すというわけではなく、新しい視点に移ることで、視野を広げ、理解を深めることだと思っています。

一つの視点にこだわるのは、ちょうどインドの「群盲象を評す」のエピソードで、6人の盲目の人がある動物を触って「ヘビのようだ」「ウチワのようだ」「木の幹のようだ」などと言い合って意見が一致しなかったのと似ています。実際には、彼らは一部だけ触っていて、全体像が見えていませんでした。触っていたのはゾウだったのですが。

物事は本来 多面的です。ひとつの角度にこだわるのではなく、さまざまな角度に切り替えてはじめて、全体像が見えます。

ちなみにスティーブ・ジョブズも、間違いなくひといちばい感性の鋭いHSPでした。しかも幼いころに養子に出されて親から引き離され、三つのBを持たずに育った人です。彼はひとつのことに固執しませんでした。だからこそいつでもユニークな唯一無二のジョブズであり続けました。

わたしはこれまでも自分だけの道を切り開いてきましたが、これからも我が道を歩み続けます。一箇所にとどまって、汗水たらしてスコップで埋没費用を埋めたりはしません。ADHDにも、アーレンシンドロームにもHSPにも肩入れしすぎないようにするつもりです。立ち止まって、ただひとつの見方にこだわったりはしません。

まあ、このサイトや、自分の創った空想世界には埋没費用がかさんでいるかもしれませんが。

感性だけでは世界は創れない

独立した生き方をする最後の3つ目の利点。それは、ここまで書いてきたことの中で、わたしの生き方と最も大きく関わっているものです。そして、今回の新しい記事のテーマともつながりがあります。

それは「世界を創る」ということ。

わたしは、このサイトに載せている多くの絵から分かるとおり、独特の空想世界を創ってきました。

この世界には5人に1人の割合でHSPの人がいると言われています。強い感受性を持ち、優れたセンスを持つ人はそれなりの数 存在しています。しかし自分だけの唯一無二の世界を創れる人はごくわずかです。

アーレンの当事者さんたちの話を聞いていると、やはりファッションデザイナーや、ウェブデザイナーのようなクリエイティブな仕事に就いて、感受性の強さを「センス」や「感性」といった才能として活かしている人が多いようでした。しかし優れた「感性」があることと、自分の世界を創れることとはまったく別です。

オリジナリティのある自分の世界を創るには、HSPの人が持ち合わせている「感性」以上のものが必要です。その条件については、以前の2つの記事で考えたとおりです。

芸術が得意な人の持続的空想―独自の世界観とオリジナリティの源
国語や美術が得意な人は子ども時代から空想傾向を持っている
空想のファンタジー世界(パラコズム)の創作に必要な2つの要素
ファンタジーの世界を創作するには知識と共感力が必要

幅広い知識、そして他の人の心への深い興味。

さらに、何よりも、幼いころからずっと三つのBがなく、現実世界に安心できる居場所がないことです。前のほうで引用した解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論の続きにはこんなことが書かれています。

多くの[解離の]患者は幼少時が親の気持ちを先取りして迷惑をかけないようにする「いい子」であった。家庭内に葛藤や対立がある場合には、それが表面化しないように気を遣う。波風が立つことを恐れている。

彼女たちにとってこの世界はいつ何時恐れていたことが起こるかもしれない緊張に満ちた世界である。安心して落ち着ける居場所を見つけられず、じゅうぶんに包まれているという体験をすることがなかった。

周囲に包まれることを求めながらも、それが満たされることはない。そのために自らのまわりにヴェールを張りめぐらせ、空想の世界を思い描く。

そこは彼女たちにとってもうひとつの安心できる居場所である。(p220-221)

安心できる居場所がないからこそ、もう一つの別の場所を創りだすのです。自分を受け入れてくれる、魂が安らぐことのできる空想の世界を。

世界を創ることができるのは、「ギフテッド」ではない。「ギフテッド」には世界は創れない。世界を創れるのは「サバイバー」だけです。

なぜなら「ギフテッド」は紆余曲折がありながらも おのが才能のゆえに、現実世界に居場所を見いだしてゆける人たちであり、「サバイバー」はゆけどもゆけども安楽の地をどこにも見いだせない人たちだからです。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)という本が、才能ある人たちについて、こう物語っているとおりです。

技術や伝統を継承し、発展させることはできても、そこから真の創造は生まれにくいのである。

なぜなら、破壊的な創造など、安定した愛着に恵まれた人にとって、命を懸けるまでには必要性をもたないからである。(p185)

ただのHSPの人や、HSPの才能を見いだされて「ギフテッド」になったような人は、自らの世界を創造したりしないのです。すでに現実世界に居場所があるのだから、それを発展させるために優れた才能を用いればいいからです。

幼いころから 空想の中に一から世界を作り上げ、多大の労力を払って少しずつ少しずつ積み上げていくのは、それだけの必要に迫られた人にしかできないことです。

世界を創る人たちは、そのような才能を持って生まれついたからでも、自ら望んで世界を創りはじめたわけでもなく、必要に迫られて、いやむしろ現実世界から迫りくる圧力に追い立てられて、逃れ場所としてそれを創るのです。

そして、そのような「サバイバー」が現実世界から逃れて、空想世界を創り上げるための土地として選ぶ場所、多くの場合、それは夜の夢の中でしょう。

何度も引用している解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論には、先ほどと同じページの中にこう書かれています。

仮面が現実世界の昼の面であるならば、ヴェールは現実世界の外の空想世界を映しだす夜のとばりである。

ヴェールによって囲まれた暗い空間には、眠りを背景として夢が展開するように空想的世界が映しだされる。(p220)

昼間は仮面をかぶって、警戒しつつ人とやりとりしなければならないような人でも、夜には仮面を外して、ヴェールに包まれて安らぐことができます。

そしてヴェールに包まれた自分だけの世界、安心できる自分だけの居場所とは、現実とは異なる もう一つの世界、すなわち夢の中の空想の世界なのです。

夜のとばりの鏡像世界

そのようなわけで、わたしにとって、真夜中というのは二重の意味を帯びた世界です。

それは、昼間の明るさから逃れることのできる暗い場所。HSPまたアーレンシンドロームとしてのわたしが安らげるところ。

そして、現実世界の生理的な緊張から逃れることのできる夢の場所。これは三つのBを得られなかったわたしが安らげるところ。

わたしが、まぶしすぎる昼間の世界で何とかやっていくには、同じくらい暗い真夜中の世界が必要だった。まぶしすぎる昼間に描き出される現実世界は、同じくらいリアルな夢の世界を闇の中に描き出した。

アーレンシンドロームやHSPによる昼のまぶしさの苦労を語るには、同時に、その反転として創られた鏡像「夜のとばりの鏡像世界」について語らないわけにはいかない、わたしはそう感じました。

だからこそ、前回の一連の記事で、明るさやまぶしさなど、「光」について語り尽くした今、もっとこの話題を深く突き詰めるために、今回のテーマは「夜」にしようと決めたのです。

わたしは三つのBを持たない人間です。不登校になって社会からも脱落して、自尊心も打ち砕かれた。光の明るさに耐えきれなかった。でもそんなわたしが生存者として生き抜いてこれたのは、「夜のとばりの鏡像世界」があったからこそ。

わたしは頭の切れる人、賢い人たちと相対したとき、いつも思います。わたしは頭の回転でこの人に勝ることはできない。本当に賢い人には太刀打ちできない。カミソリのような鋭い切れ味の会話には危険を感じます。

生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)という本がこう述べるとおりです。

それをあえて一言でいうならば、傷つくこと、言い換えれば、自分の世界が壊されることを恐れるということではないだろうか。(p84)

でも、そんなとき、いつだって続けてこう思います。

わたしには、わたしにしか描けない絵がある。わたしにしか書けない文章もある。わたしの世界はわたしだけのもの。 わたしは世界を見通せる知能も賢さもない。でも強い感受性がある。こまやかさ。傷つく痛みがわかる敏感さ。それによって世界を創ることができる。

才能がある人はとても有能な働きができる。 でも、自分だけの世界を創れるのは、才能ある人じゃなくて、わたしみたいに強い感受性とともに生き、それをコントロールしてきた人だけなんだ。

絵を描けること、自分だけの空想世界を持っていることは、自信がないわたしが自信を失わないよりどころになっています。いつだって後ろには空想の場所が広がっているので、わたしは決して追い詰められることがありません。

これから書いていく一連の記事では、おそらくアーレンシンドロームやHSPに関する進展を書きつつも、それに伴って明らかになる、文字通りの、あるいは空想の中の夜の世界が果たしてきた役割について振り返っていくことになると思います。

前回の一連の記事のほうも、途中から個人的な内容が多くなりましたが、今回も個人的でわかりにくい内容になるでしょう。あえて検索に引っかかりにくそうなタイトルを冠して、あまり誰も見なさそうな場所に記事を置いているのは、誰かに読まれるためではなく、ただ自分の心を整理する目的で、自分についての考察を残せるようにするためです。

それでも、もしもわたしの回想の旅路に同行したいという奇特な方がいらっしゃるとしたら、たぶん、わたしと似た人生を送ってきた人なのでしょう。そのような場合には、きっと参考になる点も含まれているでしょうから、しばし「夜のとばりのもうひとつ世界」をめぐる物語にお付き合いください。

▼続きを書きました

夜のとばりの鏡像世界―光が眩しすぎたから創られた もうひとつの物語(2)
照明器具を暗くしたことで、トワイライトを求めていた自分に気づいた
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