絵の芸術的才能が突然開花した人たちの5つの話―だれにでも秘められた能力がある?


の才能は遺伝的なもので、一部の限られた天才にだけ開花するものなのでしょうか? それとも、わたしたちのだれもが、優れた芸術家になる可能性を持っているのでしょうか。

これはずっと昔から繰り返されてきた問いであり、このサイトでも絵は努力か才能か―芸術家の創造性には遺伝と環境どちらが大切かなどの記事で過去に扱った疑問です。

近年の研究によると、確かに遺伝が果たす役割は大きいものの、優れた才能は天才だけのもの、という従来の考え方とは少し違った事実が明らかになってきました。

特筆すべきは、それまで芸術にはあまり関心がなく、特に絵が得意なわけでもなかった人たちが、ある日突然、何かしらの脳の変化によって、芸術的才能を獲得してしまうといったケースです。こうした珍しいエピソードが物語るのは、わたしたちはだれでも芸術的才能を秘めているものの、単に抑制されているだけなのではないか、ということです。

脳の損傷、変性、あるいは加齢などで、脳に備わっているブレーキが解除されると、今までなかった芸術的才能を開花させる人たちがいるのです。近年では、脳に磁気を当てることで、意図的に脳の抑制を外して才能を引き出そうとする研究も進められています。

この記事では、突然芸術的才能が開花した人たちの5つの事例を通して、脳の不思議に迫ってみたいと思います。そして、才能は遺伝なのか環境なのか、という古くからの問いに対しても、改めて最新の研究に基づく答えを調べてみましょう。

【じっくり絵心教室】ネコ

1.記憶の画家フランコ・マニャーニ

ある日突然、芸術的才能が開花した人の最初のエピソードは、「記憶の画家」の異名をとる、フランコ・マニャーニの話です。フランコ・マニャーニについては、脳神経科医のオリヴァー・サックス先生が、火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)をはじめ、いくつかの本で繰り返し言及しています。

以下は、サックスの音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々からの引用ですが、フランコ・マニャーニについて、簡潔にこう説明されています。

フランコは31歳のときに奇妙な危機、というか病気―おそらく一種の側頭葉癲癇―を経験するまで、画家になることなど考えたこともなかった。

自分が生まれたトスカーナの小さな村、ポンティストの夢を見て、目覚めたあともそのイメージが非常に鮮明に、完全な立体感と現実感を伴って(「ホログラムのように」)残っていた。

フランコはそのイメージを現実化しなくては、描かなくては、という思いに取りつかれたため、独学で絵の描き方を覚え、自由になる時間をすべて、何百枚というポンティトの風景画を描くことに捧げた。(p32)

フランコ・マニャーニは、31歳のとき、脳の側頭葉のてんかん発作に見まわれ、それ以降、やけに鮮明な幻覚が見えるようになりました。それは今はなき故郷の村の風景の幻覚でした。

フランコは、それまで画家になることなど考えもしませんでしたが、その幻覚を絵に残すことに生涯を捧げ、突如芸術家の道を歩み始めたのです。

わたしたちは普通幻覚など見えませんが、それは目から入ってくる信号によって、幻覚を作り出すような脳の機能が抑制されているからです。その証拠に、年老いて視力が低下してくると、かなりの割合の人が幻覚を見るようになり、それは「シャルル・ボネ症候群」として知られています。

フランコ・マニャーニの場合は、目が見えなくなったわけではありませんが、側頭葉てんかんによって脳に本来あるべき抑制作用が突然外れてしまい、常に幻覚が生じるようになったのかもしれません。

▼フランコ・マニャーニの絵(クリックで画像検索)

Dali

フランコ・マニャーニについて詳しくはこちらの記事でまとめています。

「芸術とは夢を見るようなもの」―記憶の画家は終わらない子ども時代を描き続ける
記憶の画家フランコ・マニャーニを通して考える夢を描くということ

2.眠りながら絵を描く画家

次に紹介するエピソードは、<眠り>をめぐるミステリー―睡眠の不思議から脳を読み解く (NHK出版新書)という本で紹介されている、眠りながら絵を描くというとても不思議なエピソードです。

もう一例、興味深い例を紹介しておこう。英国の北ウェールズ在住のリー・ハドウィンさんは睡眠中に、非常に精細かつ個性に富んだ絵を描く。

だが、本人は自分が絵を描いたことすら覚えていない。

…驚くべきことに、彼は覚醒時には決して絵がうまいとはいえず、本人も睡眠中に描いた高度な絵が自分で描いたものとは信じられなかったという。(p74)

リー・ハドウィンは、とりたてて絵心のないごく普通の人でしたが、あるときから、寝ている間に寝室に落書きをしてしまうようになり、枕元にスケッチブックを置いて寝ることにしました。すると、それ以来、起きると寝ている間にスケッチブックに精巧な絵が描き込まれているのでした。

にわかに信じがたい話ですが、睡眠中の様子を録画してみると、確かに彼が自分で絵を描いていることがわかりました。さらに脳波を録ってみると、睡眠中に脳の一部が覚醒している状態にありました。彼はノンレムパラソムニアという、寝ている間に行動してしまう睡眠障害だったのです。

不思議なことに、彼が眠っている間に描く絵は、起きているときに描く絵よりはるかに精巧だといいます。起きているとき、自分が寝ているときに描いた絵を模写しようとしてもできないほど、自分の能力を超えたものなのです。

ノンレム睡眠の状態では、判断や理性をつかさどる脳の前頭前野の活動がほぼ止まっている状態にあります。寝ているときのリー・ハドウィンは、起きているときに働いている抑制機能が停止しているので、脳に備わる秘められた潜在能力が発揮されるのかもしれません。

3.最初から完成している絵画的サヴァン

3つ目のエピソードは、突然才能が開花する話としては最も有名であろう、サヴァン症候群の画家に関するものです。

サヴァン症候群の画家については、以前の記事脳の病気や障害がきっかけで芸術家として開花したアーティストたち―幻覚からサヴァン,発達障害までで詳しく紹介しました。

脳の病気や障害がきっかけで芸術家として開花したアーティストたち―幻覚からサヴァン,発達障害まで

スティーヴン・ウィルシャー、ゴットフリート・ミント、山下清、山本良比古などの画家は、特に美術の訓練を受けたわけではないのに、類まれな芸術的才能を発揮しました。

サヴァン症候群の天才画家には、共通する特徴があると言われています。それは、最初から並外れた才能を示すこと、そして、訓練によってほとんど変わらないことです。スティーヴン・ウィルシャーは子どものときから、現在と同じほど高度な絵を描いていました。

▼スティーブン・ウィルシャーの絵(クリックで画像検索)

Wiltshire

以前の記事芸術家は右脳派,左利き,イメージが得意―実は間違っている脳科学の3つの神話で考えたように、サヴァン症候群の天才画家たちは、脳の抽象的思考能力を担当する左脳の働きが弱いために、右脳の優れた描画能力が発揮されると言われています。

つまりどういうことかというと、健康な人の脳では、本来、左脳が優位にあり、右脳の機能を押さえつけて抑制しています。しかしサヴァン症候群では、左脳の働きが弱いため、結果として右脳の抑制が弱くなり、高度な能力が発揮されるのではないかということです。

これを調べるために、脳に磁気刺激を与える経頭蓋磁気刺激(TMS)という技術によって、故意に脳の左側頭葉を抑制することで、右脳の能力を開花させ、サヴァンを作り出す研究がなされています。その結果、一部の人で発想力や絶対音感などの特殊な能力が強化されることがわかりました。

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々にはこう書かれています。

「正常な」成人の過半数には達しないが相当の割合、おそらく30パーセントくらいには、サヴァンの潜在能力が隠れているか抑制されていて、それをTMSのような技術によって、ある程度解放できるのは確かなようだ。(p218)

すべての人にサヴァン的な才能があるわけではないようですが、それでも、一般に思われているよりはるかに多くの人に、普段は抑制されている秘められた能力があるのだと考えられます。

4.前頭側頭認知症の一瞬のきらめき

4つ目に紹介するのは、前頭側頭認知症の人たちです。「前頭側頭」という名前からわかるように、このタイプの認知症は、脳の前頭葉(前頭前野)や側頭葉の働きが衰えます。察しの良い方は気づかれたでしょうが、これらは、これまで紹介したエピソードにおいて、芸術的才能の突然の開花に関係していた脳の部分です。

このタイプの認知症の人は、認知症の進行とともに、一時期、音楽や絵画などの芸術的才能を開花させることがあります。

一例として、芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察にはこう書かれていました。

Millerらが報告している症例のなかで最も印象的なのは、ビジネスマンとして成功していた人物である。彼は56歳のときに進行性の認知症が発症したが、それまでに芸術の訓練は受けていない。

…それでも病気が進行してくると、…繊細で写実性に富んだ作品を十分注意が行き届いたかたちで描いたのである。

彼の作品は地方の美術館で展示され、賞まで受賞している。(p99-100)

このビジネスマンの男性は、芸術的な訓練を受けていないのに、56歳で認知症を発症したあと、突如芸術的な才能を開花させました。

しかし残念ながら、前頭側頭認知症の人たちの芸術的才能は長続きしません。それは、認知症の進行の途中の段階で一時的にあらわれるきらめきであり、認知症がさらに進行していくと、生活が難しくなり、創作もできなくなっていきます。

このような前頭側頭認知症の経過で現われる芸術的才能について、音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々にはこう書かれています。

前頭側頭認知症などの脳損傷によって解放される音楽や芸術の能力は、唐突に生まれるものではない。

潜在能力や傾向がすでにあるのに抑制されている―そして開発されていない―と考えるべきだ。

…前頭側頭認知症の場合、病気が進行するにつれ、それが一瞬のきらめきを生むかもしれない。(p412)

前頭側頭認知症の場合もやはり、これまで考えてきた例と同じく、前頭前野や側頭葉などの機能が衰えることで、脳に本来備わっている抑制機能が解除され、秘められた潜在能力が発揮されることで、突然、芸術的才能が開花したように見えるのです。

5.「グランマ・モーゼス現象」

最後、5つ目に紹介するエピソードは、今回取り上げた5つの話の中で、もっともわたしたちに身近なものといえるかもしれません。それは、「グランマ・モーゼス現象」と呼ばれています。

最後に、「グランマ・モーゼス」現象、つまり、明らかな病理がないのに新たな芸術的才能や知力が、思いがけず唐突に出現する現象について、考えなくてはならない。

高齢に達してからでも、生まれたときからの抑制が緩和されたり、解除されたりすることがありえるわけだから、ひょっとすると、この場合、「病理」よりも「健全性」について論じるべきかもしれない。

この解放がおもに心理的なものであれ、社会的なものであれ、神経学的なものであれ、他人だけでなく本人も驚くような創造力をほとばしらせることがありえる。(p432)

グランマ・モーゼス、つまりモーゼスおばあさんは、78歳で絵を描き始め、その後アメリカの国民的画家にまでなった人です。

▼グランマ・モーゼスの絵 (クリックでGoogle画像検索)

  Grandma Moses 

詳しくは以前の記事クリエイティブに年齢は関係ない! 50代以降が本番だった8人の遅咲き芸術家たちを見ていただけたらと思いますが、老齢になってから芸術的才能が開花する人たちが時々います。

クリエイティブに年齢は関係ない! 50代以降が本番だった8人の遅咲き芸術家たち
いくつになっても創造的だった遅咲きの画家8人のエピソード

この場合、前頭側頭認知症のような病気ではないにしても、自然な老化によって、若いころとは脳の機能のバランスが変化して、前頭前野などの抑制が低下し、若いときには隠れていた才能が表に現われるのだと思われます。

これは絵の才能だけにとどまらず、音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々には高齢に達してから音楽の才能が開花した人たちの例もたくさん出てきます。ある女性は50歳のときに初めてイングリッシュハープを買い、めきめきと技術を向上させました。(p34-36)

ここまで見てきた5つのエピソードでは、さまざまな理由から、脳の前頭葉や側頭葉の抑制信号が弱まることで芸術的才能が開花することがわかります。きっかけとなるものには、てんかんや認知症のような病気がありますが、それだけではありません。

脳の抑制機能が低下する原因としては、ほかに統合失調症、解離性障害、ADHDのような医学的問題もあります。

さらには、心理的な変化、社会的な変化、あるいは加齢といった健全なきっかけによっても、突然、芸術的才能が開花することがあるのです。

才能は生まれか育ちか、遺伝か環境か

このような、眠っていた芸術的才能が突然開花するエピソードを見るにつけ、だれでも疑問に思うのは、もしかすると、わたしたちにはだれにでも秘められた才能があるのだろうか?ということでしょう。

かつて芸術的の才能というのは、天賦の賜物であり、一部の優れた遺伝子を受け継いだ天才だけが、芸術家として成功すると言われていました。

その逆に、「1万時間の法則」のように、才能はすべてたゆまぬ努力などの環境によって造られるもので、だれもが成功するチャンスがあるのだ、と主張してきた人もいます。

才能は生まれか育ちか、遺伝か環境か。この問いは、長らく論争の的になってきました。

しかし今日、遺伝子の研究が進んだことで、この論争には終止符が打たれようとしています。マシュマロ・テスト:成功する子・しない子という本にはこう書かれています。

今はもう、生まれか育ちかという疑問を乗り越えてしかるべき時なのだ。

…ほとんどの傾向はあらかじめ組み込まれているが、柔軟性も持っているので、可塑性(かそせい)があり、変化する潜在能力も備えていると言うべきだろう。(p106)

これはどういうことでしょうか。

ヒトゲノムの解読が進み、遺伝子とは何かが明らかになるにつれ、遺伝子か環境か、という問いはナンセンスであることがわかってきました。

科学者たちが発見したのは、環境の変化が、生まれ持った遺伝子のオン・オフを変える仕組みがあるということでした。これは、後世遺伝学(エピジェネティクス)と呼ばれています。わたしたちは、確かにひとそろいの遺伝子セットを持って生まれてきますが、生育環境などによって、遺伝子のオンオフがさまざまに変化するのです。

これをわかりやすく理解するために、この本ではこんなたとえが書かれています。

およそ二万の遺伝子が「収まって」いる人間の体のたとえとして、何千冊もの本が収まった図書館に入っている全情報について考えてほしい。

…そしてここが肝心な点だ。

図書館を訪れて本を読む人の全体的な「経験」は、館内の本の単純な合計ではない。

読む人の経験は、その人がいつ図書館を訪れ、誰がそれに加わり、その人がどのセクションに行き、そのときたまたま図書館のどの部分が公開あるいは閉鎖されており、その人が棚からどの本を抜き取るかにかかっている。(p99-100)

わたしたちが生まれ持つ遺伝子は、ひとつの図書館のようです。墨田区の図書館と杉並区の図書館の蔵書が異なるように、わたしたち一人ひとりの遺伝子のセットもそれぞれ異なります。

しかしわたしたちは、自分の持っている遺伝子セットをすべてフル活用して生活しているわけではありません。文字通りの図書館を利用する人が、図書館の本のすべてを活用するわけでないのと同じです。

自分の好きなコーナーの図書や、入り口近くの棚の図書はよく読むかもしれませんが、長いこと図書館に通いつめていても、見たことのない本、行ったことのない書棚がきっとあることでしょう。長年図書館に通っていても、芸術書のコーナーを見たことがない人もいるかもしれません。

同様にわたしたちの遺伝子セットも、ふだんの環境や生活スタイルによって、どの遺伝子が読み取られるかが変化します。自分には芸術の才能なんてどこにもない、と思っている人は少なくありませんが、本当のところは、自分という図書館の中に、芸術書のコーナーがあることを知らないだけなのかもしれません。

図書館はときどき模様替えをします。特集を組んで、あまり日の目を見ない本を手に取りやすいところに置くかもしれません。同様にわたしたちの人生の環境も時々大きく変化します。すると、今まで奥にしまわれて気づかれていなかった遺伝子がオンになって読み取られるようになるかもしれません。

ある日、図書館に行ったとき、突然ふと、今まで読んだこともなかった芸術の本を手に取るようなことが、わたしたちの遺伝子レベルで起こるのです。そうすると、今まで芸術の才能なんて考えもしなかった人が、突然、芸術家の道を歩み始めるかもしれません。

これは、だれでもピカソやダ・ヴィンチみたいな天才芸術家になる可能性があるという意味なのでしょうか?

そうとは限りません。どの図書館にも芸術書の本棚はあるでしょうが、どれくらい蔵書が充実しているかは図書館によって違います。ピカソのような人たちは、生まれ持った遺伝子セットの中の芸術に関する部分が、国立国会図書館並に充実していたのかもしれません。やはり才能の程度は遺伝子に左右され、生まれ持った遺伝子セットはその人の限界を決めます。

しかし超一流を目指すのでなければ、基本的にいって、わたしたちのうちの多くに―自分には芸術の才能なんてないと思っている人にさえ―芸術の蔵書がたくさん詰まった本棚は存在しているのです。そして環境が変われば、それらの遺伝子が読み取られるようになり、秘められた才能が開花することは十分にあります。

今回紹介した5つのエピソードは、わたしたちには、自分でも気づいていない才能が眠っている可能性があるということ、そして、芸術は一部の限られた天才にだけ許されたものではないことを雄弁に物語っているといえるでしょう。

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