わたしが不登校や逆境の中でも ずっと日記を書いてきてよかったと思うこと


あなたは、日記をつけていますか?

友達との楽しいひとときや、旅行で経験した珍しいできごとを、写真や文章の形で、残しているかもしれません。

記録をとるのは、大切な思い出を残したり、過去の出来事から学んだりするために、とても大切なことです。そして、ときには記録をとることは、あなただけでなく、周りの人たちの益にもなります。

この記事では、不登校になって辛い時期もずっと日記をつけてきたことが、わたしにとってどのように役立ったかをお話ししたいと思います。

わたしはずっと日記をつけてきた

わたしは、これまでずっと日記を書いてきました。

もともと、不登校になる前から、大学ノートに不定期の日記はつけていました。その後、体調を崩して読み書きできなくなり、しばらく日記が途切れますが、やがてメモ書き程度につけるようになります。

体調が悪いときには、記録をとることなど考えもつかないものです。ずっと引きこもっていると、頭にもやがかかるような感じがして、わずかなりとも考えることさえできなくなったときもありました。それでもその時々で可能な範囲で、記録は残すようにしてきました。

しかしアナログの走り書きだったので、後で読みにくい、という問題点が生じたので、デジタルの読みやすさを重視し、ワードパッドで記録をつけ始めました。

そして、オフラインでブログのような日記が書けるフリーソフト、Osciroiに移行しました。その後、検索性能や、一元管理を求めてEvernoteを始め、今に至ります。また、アナログの良さもあると考え、マインドマップを併用しています。

日記をつけてきてよかったこと

こうしてずっと日記をつけてきて、よかったことがたくさんあります。

1.自分の益になる

日記をつけていると、自分自身の心身の変化がよくわかり、問題が生じても解決策を見つけやすくなります。

特に、心身の健康が崩れているとき、日記を見返すことで原因がわかったり、かすかな回復の兆に気づいたりできるようになります。

一度体調を悪くしてしまうと、もし日記をつけていないと、自分はずっと悪い状態のままだ、と感じ続けてしまうかもしれません。しかし、危ない!「慢性疲労」という本にはこんな説明がありました。

回復が穏やかな場合、現在できることとできないことを日記のような形で文章に残しておくと、数ヶ月、もしくは数年後に病気が回復してきていることを客観的に知る良い方法になる。(p189)

そのツラさは、病気ですという本にも、こんなメリットが書かれています。

体の調子が悪いときは、マイナス思考に陥りがちなんです。でも、調子の悪いときでさえ、自分はこれだけできることがあるんだという状態が確認できて、前向きになれます。

また再発の防止にもつながると思っています。…簡易な日記をつけることで、どの程度の運動なら大丈夫だという感覚がつかみやすくなります (p73)

わたしの周りで、日記をつけていない人の多くは、毎年同じ問題で悩んでいて、ずっと状況が改善していないように思います。でも、記録をつけている人は年々問題を克服して前進していきます。

頭の中でぐるぐる悩んでいるだけでは、考えられることの量には限度があります。人が一度に短期記憶にとどめていられることは7つ前後 (マジカルナンバー7ブラスマイナス2として知られる) しかありません。しかし書き出すなら、日記という外部記憶を活用できるので、状況が整理され、思考を積み重ねられます。

わたしは、記録をつけることは、自分が不登校の状況から抜け出す第一歩、回復に絶対不可欠な第一条件だと考えました。

2.他の人の益になる

不登校になった人の生活は理解されにくいですが、記録を取っていれば、わたしのことをよく知らない人にも、自分がくぐり抜けてきた問題について話すとき、説得力のある内容を伝えられます。記録を取ることで自分の考えが整理されるので、他の人にわかりやすく伝えることができます。

特に家族や友人など、身近な人に理解してもらうには、口頭で話すだけではなく、整理された記録を見てもらうほうが良い場合があります。身近な人は、いつも愚痴を聞かされていると、つい聞き流してしまうようになるからです。

記録をつけていれば、こうしてインターネットで公開することもできます。内容的にネットで公開することができないとしても、たとえば手紙にまとめて送り、友人を元気づけることができます。

挫折から這い上がった記録は、同じような境遇の人たちに勇気を与えることができます。具体的に書かれた経験談を読むと、自分一人が得体の知れない問題に苦しんでいるわけではない、とよくわかるからです。

苦悩がもっともひどいときに書く記録は、健康な人がどれだけ模倣しようとしても書けないほど生々しい迫力に満ちているものです。多くの仲間の気持ちを代弁したそのような文章には、心に訴える力があります。

どうやって書くか

では、どうやって日記をかくと良いのか。

わたしの経験のところでもちょっと触れましたが、問題となるのは、しんどいとき、どのように記録を取るかです。考えることも面倒なら文章は書けないかもしれません。その場合、次に挙げる方法は、ストレスなく記録を取るのに役立つかもしれません。

1.マインドマップで取る
マインドマップなら、文章を考える必要がなく、単語だけで断片的な思考をまとめられます。しかも、単なるメモ書きより、見やすくまとまります。大雑把な書き方で構いませんが、もしあらかじめ、テンプレートを作っておくなら、いっそう記録しやすくなるでしょう。これは、わたしがもっともおすすめする方法です。

2.ボイスメモで取る
今はスマートフォンを使えば、言葉を録音して残しておけます。声の調子にも気持ちや体調が反映されるため、非常に効果的かもしれません。はじめは取っつきにくいので、思い切ってやってみて慣れることが必要です。慣れると文章を書くよりよっぽど楽です。正確さは少し損なわれますが、音声を文字起こしできるソフトもあります。

3.Twitterでつぶやく
オンラインにすると、プライベート性が気になりますが、Twitterは140字以内というハードルの低さが魅力的です。ただしTwitterのログが流れてしまわないよう、ツイログなどのサービスで保存しておくシステムが大切です。あとで検索できるように自動的に一箇所にまとめておきましょう。

4.パソコンのソフトで書く
パソコンのソフトでつけるなら、検索できるというすばらしい利点があります。

たとえばEvernoteであれば、ブログと変わらない感覚で自由に書けますし、検索も高性能です。日記だけでなく、インターネット上のニュース記事をスクラップして一箇所にまとめておくなど、様々な使い方ができます。

5.ブログを書く
ブログはある程度、長い文章が書ける人向けです。いきなりブログを始めても続かない人がほとんどです。一文でも形になるTwitterなどとくらべて、ブログはほんのちょっとだけ書くのには向いていません。

たくさん書くことがある人の場合は、はじめは、非公開設定にして、淡々と書きつづるのもよいでしょう。非公開にしておけば、個人的な気持ちなど気にせず書きまくれます。文章を書くことに慣れてから、徐々に公開するようにしても遅くありません。

ブログは、Evernoteと同様、文章という形になっており、語句検索ができて、あとあと参照しやすいことがメリットです。特にオンラインで公開すれば、自宅以外の場所からも簡単に参照できますし、災害などでPCやスマホが壊れたり、パスワードが失われたりしても読むことができます。

ブログは今では色々と種類がありますが…

Amebaブログ…一番簡単。芸能人がよく使っていて、コミュニケーション機能もある。しかしアクセス解析などは信頼できず、カスタマイズ性も少ない。
はてなブログ…はてブ愛好者で、人気記事を目指したい人にはおすすめ。人目を気にする人には向いていないかも。
ライブドアブログ…無料ブログとしては使いやすく機能も豊富。まとめブログなどがよく使っている。
Googleサイト…ブログじゃなくて個人のウェブサイトを作りたい人向け。
ペライチ…簡単にオシャレなデザインのウェブサイトが作れる
Tumblr…絵や写真が好きな人向け。ギャラリー風の見た目にできて、ブログ兼ギャラリーとして活用できる。美術学校生がよく使っている。

あたりが使いやすいところでしょうか。わたしみたいに絵を描く人はTumblrがおすすめです。

どんなことを書くか

日記の内容は、ただあったことを箇条書きにするような仕方ではなく、例えを用いた表現、具体的なエピソード、素直な気持ちを記録しておくなら、その記録は生き生きとした、とても有用なものになります。将来の自分にとっても、またその記録を参照する周りの人にとっても、役立つ資料になることでしょう。

楽しいひとときをつづった思い出や旅行記はかけがえのない財産ですし、逆境で書いた悩みや闘病記も同じです。逆境は非常に辛いものですが、誰もが経験する当たり前のものではありません。

しんどいとき、単に「痛い」「苦しい」と書くだけでは、説明不足になってしまいがちです。気取らなくてもいいので、「まとわりつく泥のような粘着質の疲労」だったとか、「カラカラに乾いた雑巾のように活力の抜けきった状態」だったというありのままの感覚を書いておけば、その当時どれだけしんどかったのかが後々読み返したときにも伝わります。

思いついた表現を書き残して後日読み返してみてください。きっと、そのときの感情がありありと思い出せるでしょう。会話の中で使ってみてください。相手はきっといつもよりあなたの気持ちを深く理解してくれることでしょう。

加えて、具体的なエピソードを残しておくなら、よりいっそう他の人に伝わりやすくなります。たとえぱ、引き込もりの状態で辛く感じているときには、

「日中家にいることを近所の人に知られたら、どう思われるだろうか、と不安になり、知られないよう雨戸を閉めて引きこもっていた。カフェなどに形だけでも外出したいが、その体力もなかった。学校に行けていないのに、調子のいいときもあるため、怠けているように思えて罪悪感を感じた」

といった具体的なエピソードや気持ちを書いておけば、他の人に感情が伝わりますし、あとになって読み返しても当時の状況を思い返せます。ほかにも、順調なときと比較したり、数値的な情報を記したりすることで、具体的な記録を残すことができます。

たとえば、作家のヘルマン・ヘッセは、生きるための哲学 (河出文庫)によると、具体的な日記をつけてストレスに対処していたそうです。

作家のヘルマン・ヘッセは、自らの体験を日記に書くことを習慣とした。彼の日記は、単なる出来事の羅列ではなく、その情景を丹念に描いたものであった。

日記に描かれた場面は、その後、小説作品の中に取り入れられ、有効に活用された。

そういう習慣をもつことによって、たとえ不快な体験をしても、それを描くことによって、プラスな価値に転換することができたのだ。(p299)

具体的に書くというと、小説を書くように言葉を選ばなければいけない、と身構えてしまうかもしれませんが、その必要はありません。

自分でもどう表現してよいかわからず、とても一言二言で説明できるものではないような気持ちを、飾らず無理せず、ダラダラといくらでも書けるのが日記のいいところです。文章として整っていなくてもいいので、ありったけの気持ちを書き込んでしまえば、書いているうちに気持ちが整理されることもあります。

わたしが敬愛するオリヴァー・サックスも、一生涯日記を書き続けた人でしたが、日記を書くことについて 道程:オリヴァー・サックス自伝でこう語っています。

『左足』の本を書いているときには、1974年に患者としてつけていた詳細な日記をおおいに利用した。

『オアハカ日誌』も手書きのノートにずいぶん頼った。

しかしだいたいは自分がつけている日記をほとんど見ない。書く行為そのもので十分なのだ。

自分の考えや気持をはっきりさせるのに役立つ。書く行為は私の精神生活に欠かせない一部であり、書いているうちに考えが姿を現わし、形になっていく。(p461)

サックスが書いているように、日記を書くことは、単に後で振り返る助けなるだけでなく、今目の前にかかっている霧を振り払い、視界をすっきりさせ、進むべき方向を見つける助けにもなります。

日記はあなただけのアルバム

作家のクリスティーナ・ボールドウィンは日記の益についてこう言いました。

日記をつけるなら、あなた個人の人生行路を描き出した画集を残すことができる。

日記は、あなただけのアルバムであり、あなたにしか書けない作品集です。文字通りの画集が、作者について多くのことを語りかけ、見る人を鼓舞するように、あなたの日記も多くの人に影響を与える大きな力、そして可能性を秘めているといえます。

わたしも、日記を書いてきたおかげで、今、昔の自分を振り返って、つらい時期に思いを馳せて、それを乗り越えたことを感慨深く噛みしめることができます。同時に、当時持っていた純粋な気持ちに触れて、なくしてしまった感性を取り戻すきっかけも得られます。そして、ここのサイトの記事として体験記を色々まとめて、他の人に読んでもらうこともできます。

まだ日記をつけていない、という方は、ぜひこの機会に、どんな方法でもいいので、記録を取り始めてみてください。そうして書きためた記録は、これからのあなたの人生に大いに役立つに違いありません。

スポンサーリンク