モンゴルからやってきた少年は幕内最年長で優勝した伝説の力士になった


日は、唐突ですが、感動したニュースについて書きたいと思います。大相撲の旭天鵬が初優勝、というニュースです。

わたしは、同級生に相撲通(今風にいえばスージョ?) がいたことがきっかけで、しばらく相撲を見ていました。ほかのスポーツには一切目もくれず、毎日相撲の話題で語り明かしたものです。

その後は、忙しい毎日が続き、相撲どころではなくなりましたが、旭天鵬という力士のことは昔から知っていました。それでも当時は、「技のデパートモンゴル支店」旭鷲山とセットで語られることが多く、地味で控えめな人、というぐらいの印象でした。しかし、最初に覚えた日本語が大阪弁だったり、朴訥な受け答えに相撲っぷりと同じ懐の深さを見たりして、親しみやすさを感じたものです。

相撲界が移り変わるのは早く、わたしたちが応援していた武蔵丸や武双山、出島など一時代を築いた勢力はいつの間にか引退し、耳にするニュースは不祥事ばかり。白鵬の強さは小耳に挟んで、たいそう驚いていましたが、以前のように相撲に熱中することはなくなっていました。

今日この日、旭天鵬の相撲

そこへ寝耳に水とばかりに舞い込んできたのが、旭天鵬が優勝争いのトップにいるという知らせです。衰えを見せない力強い四つ相撲、若々しい体の張り、少しふくよかになった巨躯。旭天鵬の信じがたいまでのはつらつさに引きつけられました。

そして今日、千秋楽、久方ぶりにNHKの相撲中継をつけました。世間では稀勢の里や栃煌山ら日本人力士が応援されていますが、わたしにとって旭天鵬は、国の垣根を超えた存在です。

20年前、旭鷲山らと共に6人で日本に渡ってきて、苦心を重ねながら、日本にモンゴルという国と文化を身をもって紹介してくれた功労者です。わたしは、ぜひ優勝してほしい、という気持ちでいっぱいでした。それでも、新進気鋭の若い力士たちとの取り組み・優勝争いは、いささか厳しいかと、心配しながら見守りました。

ところがです。祈るように見つめた豪栄道との本割では、執念としか言いようのない、薄氷を踏む相撲で白星をもぎ取りました。旭天鵬自身も負けたと思ったのではないでしょうか。土俵上で呆然としているように見えました。

そして稀勢の里が敗れて迎えた、25歳の栃煌山との優勝決定戦。初の平幕同士の優勝決定戦という異様な熱気に包まれる中、対戦相手とは一回りも年が違う、37歳のベテランは、腹をくくっているかのように落ち着いて見えました。

勝負は一瞬でした。攻め込んだ栃煌山の足が流れ、旭天鵬が伝家の宝刀とも言える懐の深さではたき落としました。「はたき込み」というと印象が良くないですが、さすがに両力士ともに緊張していたのでしょう。ここ一番にかける気迫の伝わってくる真剣な相撲だったと思います。

千秋楽の勝利は、二番とも土俵際ぎりぎり、紙一重の相撲でした。37歳8ヶ月、相撲人生の徳俵で掴んだ勝利にふさわしい幕切れでした。目に涙を浮かべて花道を下がっていく姿は、一力士というより、モンゴルから渡来した若かりし青年の背中にも思えました。高見山の涙の初優勝を思い起こした方も多いのではないかと思います。優勝を逃した二人は悔しいと思いますが、まだ若いのでこれからでしょう。

いろんな人に支えてもらったから今日があります

何が、旭天鵬の衰えを知らない相撲ぶり、そしてこの優勝の原動力になったのでしょうか。モンゴルからパイオニアとしてやってきたチャレンジ精神、人一倍まじめにこなした稽古、あるいは徹底して貫いた健康管理でしょうか。意外にも旭天鵬が挙げた理由は、そのどれでもありませんでした。こう語っています。

「20年間相撲をやってきて本当によかったと、つくづく思いました。来日してから、いろんな人に支えてもらったから今日があります」

一見ありきたりですが、37歳という史上最高齢での初優勝を思うと重みのある言葉です。こつこつと努力を続けてこられたのも、偉業を成し遂げられたのも、支えてくれる人がいて初めてできたことだ、と謙虚に認めていたのです。

旭天鵬の言葉について考えるとき、わたしは地道な努力が必要なときこそ、周りの人たちの陰日向の支えを忘れてはいけないと感じます。何をするにしても、自分の努力だけでやり遂げたかのように思いあがる、一人よがりな人間になってしまっては意味がありません。

わたしは、これまで多くの友人に支えられてきました。不登校になって塵にまみれた惨めなわたしを決して見捨てず、社会的に死んでいるも同然の生活を送っているときでさえ、ずっとそばにいてくれた人たちへの感謝を、わたしは決して忘れたくありません。

長く現役を続けても、また誰も成し得なかった偉業を成し遂げても、自分の苦労は決して語らず、ただ支えてくれた人たちへの感謝だけを口にした旭天鵬の謙虚さを、わたしの心、そして今日の記録に残しておきたいと思いました。