[三周年記念]楽しく絵が上達できるようにやってきた7つのことを振り返る


今 日10/8は、わたしが3年前に絵心教室スケッチを買った日です。

もともと子どものころからそれなりに絵を描いていたわたしですが、2013年の10/8までは、年に数枚、適当に描く程度でした。絵を描くことが趣味と言えるレベルになり、しっかり考えて描くようになったのは、間違いなくその日以降のことでした。

あれから3年が経ち、わたしの作品はびっくりするほど多くなりました。最初は絵心教室で描いていたのも、やがてペンタブを買ってPainterで描くようになり、絵を描くことは、わたしの生活の中で大きな意味を持つようになっていきました。

これまでも、節目節目には、自分のお絵描き人生について、気づいたことを何度かまとめてきました。わたしの絵はだれかの参考になるほどのものではないかもしれませんが、こうして経過をまとめておくのは、少なくとも自分自身にとって役立っています。

1年間絵をあきらめずに描き続けた感想(ⅰ)アイデア編
ほぼ毎日あきらめずに絵を描き続けて思ったことその1
絵を本格的に描き始めて2年―過去絵と上達や変化を比較してみました

それで、3周年記念日となる今日も、過去の記事と重複する内容もありますが、またちょっと違った観点で、これまでの経緯を振り返ってみたいと思います。

今回のテーマは、わたしが楽しく絵を描いて上達してくるのに役立った7つのこと。

わたしは誰かに絵を教えられるほどの腕前が自分にあるとは思っていません。でも、過去の自分に比べて今の自分の絵が上達してきたのは確かだと思っています。少しずつでも上達してくるのに、どんなことが役に立ったのか。

あくまでプロでもなく、絵を描くことを趣味にしている一個人の経験にすぎませんが、この機会に7つの点をまとめてみました。

スターダスト・エクスプレス1.2

 

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1.安心できる環境を作る

まずひとつ目は、安心して絵を楽しめる環境を整えるということ。

意外にも、知らず知らずのうちに、自分で自分の首をしめて、絵を楽しめなくしてしまうことがあります。わたしの場合は、軽い気持ちで、幾つかのお絵描きSNSに登録してしまったことがそうでした。

絵を投稿して、「いいね」などの評価がもらえるSNSはたくさんあります。絵をなかなか見てもらう機会がない人たちにとって、お絵描きSNSに投稿して、同じように絵を描いている仲間と交流するのは、とても励みになりますし、継続する意欲も湧いてきます。

わたしの場合も、お絵描きSNSを通して絵を見てもらったり、絵を見に行ったりして、様々な画風の人とやりとりするのは、とても新鮮で楽しい経験でした。最初のころは、それがなければ、絵を描き続けるモチベーションが続かなかったでしょうし、そこでの出会いは貴重な財産です。

けれども、しばらく続けていると、(あくまでわたしの場合ですが) SNSならではの数字が見えてきて、絵を描く目的がすり替わってしまいました。どうしたらもっと「いいね」をもらえるのだろう、どうしたら人気ランキングに載るだろう。考えないようにしていても、数字がわざと目につくようにされていて、競争をあおられているように感じました。

せっかく絵を描いても、反応が乏しくてがっかりしてしまうようなことが続くと、絵を描くのが嫌になってしまいます。本当は、「絵を描くこと」が嫌になったのではなく、「絵を比べられること」が嫌になっていたのですが、お絵描きSNSをやっていると、この二つの区別がなかなかつかないものです。

先日の記事に書いたように、スポーツの世界では、本当は他の子と比べられることが嫌なだけなのに、スポーツそのものが嫌いになってしまう子たちがいます。

おそらく、絵の分野でも、お絵描きSNSや美術学校などで、競争主義に呑み込まれてしまい、本当は絵が好きなのに、環境のせいで絵を描くのが嫌になってしまう人が少なくないのではないか、と思いました。

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もちろん、SNSで競い合うことが性に合っている人もいます。SNSとうまく付き合いながら、折り合いをつけていける人もいます。競い合う部分をうまく遠ざけて、コミュニケーションだけを楽しめる人もいます。何がいいかは人それぞれです。

わたしの場合は、思い切って お絵描きSNSをやめて、自分のウェブサイトを持って、競争をあおられたりせず、自分のペースで絵を描いていけるようにしたところ、以前の何倍も絵を描くのが楽しくなりました。

SNSをやっていたころほど多作ではなくなりましたが、もっと人気になりたい、という強迫観念に追い立てられて、自分の好みよりも周りの好みを優先した絵を大量生産するより、好きな絵をのびのびと描いていたほうがよっぽど楽しいと思います。

かえってわたしは、競争に追い立てられないで、安心して絵を楽しめる環境を整えたからこそ、この三年間途切れず、挫折せずに絵を描き続けてくることができたと思っています。評価を気にせず、マイペースで描くようになってからは、自分なりの個性もどんどん伸びてきて、今の絵柄につながりました。

人によって何が安心できる環境であるかは異なりますが、できるかぎり絵を描くことに伴う余分なストレスを減らすことが、楽しく続ける最初のステップだと思います。

2.絵心教室で基礎を練習

絵が上達するためには、やはり基礎を知っておくことは大事です。基礎を学ぶためには美術学校のようなところで勉強しないと身につかない、なんて思う人もいますが、これもまた、もっとマイペースでやる方法があるものです。

さまざまな選択肢があるとは思いますが、わたしが絵の基礎を学べたのは、任天堂の絵心教室シリーズのおかげです。

絵心教室シリーズは、今ではわりと種類も豊富になって、現時点で、DSの「絵心教室DS」 (ダウンロードソフトの「わりと本格的絵心教室 前期・後期」の製品版)、3DSの「新絵心教室」「ポケモンアートアカデミー」「ディズニーアートアカデミー」、WiiUの「じっくり絵心教室」 (ダウンロードソフトの「絵心教室スケッチ」のレッスン追加完全版)の、計5作品が出ています。

それぞれ、絵を描く基礎をタッチペンを使って丁寧に指導してもらうことができ、しっかり取り組めば、下手な美術学校に通うよりも勉強になるソフトだと思います。描画機能も、シンプルであるとはいえ、写真と見まがうほど精巧な絵を描く人もいて、なかなかの表現力があります。

わたしの場合は「新絵心教室」と「じっくり絵心教室」の全レッスンをこなしました。それぞれ56レッスン(ダウンロードコンテンツ含む)、30レッスンが含まれていて、全部こなすとかなりのボリュームです。

さまざまなタイプの遠近法の使い方や、配色のポイント、立体感の出し方など、わたしが学んだ絵の技法の知識は、これらのレッスンの実地訓練によるものがほとんどです。ただ技法を教えるだけでなくて、歴史上の画家たちの紹介も織り交ぜてくれるので、美術史を嗜むことにも役立ちました。

とても質の高いレッスンだと思うのですが、残念ながら、わたしの印象だと、絵心教室のレッスンを完走している人はかなり少数派だと思います。わたしみたいに全部やって絵を上げている人はネット上でも数えるほどしか知りません。

確かに最初のうちは飽きそうになります。わたしの場合「新絵心教室」のときは、1年以上かけて、地道にレッスンを進めました。最初はつまらない気もしましたが、地道に続けているうちに上達してきて楽しくなって完走できました。

行動経済学の逆襲という本に、何であれ練習して上達する方法について、こんな説明がありました。

心理学者によれば、経験から学ぶには2つの要素が求められるという。頻繁に反復練習できることと、すぐにフィードバックが返ってくることだ。(p84)

この2つの条件のうち、すぐにフィードバックが返ってくる、というのは、自分だけで絵を描いていると難しいものです。その点、レッスンだと、お手本の絵と細かに比較しながら描けるので、どこが足りないのか、すぐにフィードバックが返ってきます。練習しながら、フィードバックを得て改善を繰り返すことで基礎的な画力が身につきます。

文字通りの建物を建てる場合、基礎を組んで始めて、その上に材料を積み上げていくことができます。絵のスキルを積み上げていく、つまり上達していく場合も、基礎を作っておかないと、なかなか上達の足がかりが得られないのではないかと思います。

基礎をしっかりやっておくのは、スランプなどに陥ったとき、絵を投げ出さずに続ける助けにもなります。

長年、第一線で活躍しつづけているスポーツ選手が、ずっと現役でいられる秘訣を聞かれたとき、基礎練習をこなしているからだ、と答えるのをよく耳にします。スランプに陥っても、基礎に立ち戻ることで問題点を分析し、修正できるということなのでしょう。

絵の場合も、基礎を知らないと、スランプに直面したとき、なんとなくうまく描けない、という悶々とした気持ちを抱えたまま、方向性なく試行錯誤を続けることになりがちです。全然うまくいかなくて、ストレスが溜まって嫌になるかもしれません。

しかし、基礎を一度学んでおけば、スランプに陥っても、自分の絵に何が足りないのか、どうすれば改善していけるのか、といった点を分析できます。どこをどう工夫すれば思い通りの絵になるのか、方向性に気づけます。基礎がしっかりしているから、問題点を改善して、スキルを積み上げていけるのです。

といっても…、わたしは一流のスポーツ選手ほど基礎を頑張っているわけではないので、あまり偉そうなことはいえません。ただ、絵心教室であれ現実の絵画レッスンであれ、少なくとも受講したコースを完走するくらいの努力は払う価値があると思います。

3.苦手なところは工夫して補う

3つ目の点は、基礎をしっかりやっていることと関係していますが、苦手なところがあっても、工夫して補っていくということ。

わたしは絵を描き始めたはいいものの、配色センスはないわ、オリジナルの絵は描けないわ、アイデアは思い浮かばないわ、苦手なことばかりで、絵を描く才能がないんだなーと落ち込んでばかりでした。

でも、少なくとも絵心教室でレッスンをやっていたので、そんなとき、どう工夫すればいか、うまく「ごまかす」にはどうすればいいか、ある程度見当がつきました。当時やっていた工夫は、こちらの記事で色々と書いていました。

絵が下手だからこそ工夫している7つのこと
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具体的には、配色のセンスがないから、それなら全部の色を含む虹色を使ったグラデーションでごまかしてしまえ、とか、アニメ絵のようなスタイリッシュな線画が苦手なら、アナログ風の手ブレを味に変える描き方で表現すればいいとか。

絵心教室のレッスンを通して、ネット上でよく見かける絵だけではなくて、印象派や野獣派、キュビズム、シュルレアリスムなど、さまざまなスタイルの絵があることを学び、それを実地訓練で練習してみたからこそ、引き出しが色々とあったのだと思います。

現に、昔の有名な画家たちも、それぞれ苦手な分野があったらしく、顔を描くのが苦手だから風景画に専念したターナーとか、目が悪くてはっきり見えにくくなったことで ぼやけた絵の美しさを追求したモネとか、苦手を工夫で補って持ち味にしてしまった人たちがけっこう多いのです。

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苦手なところがあったり、才能がないと感じたりするようなときでも、要は、マイケル・ジョーダンが言っていたようなことを、絵の分野でやっていけばいいのだと思います。

Obstacles don’t have to stop you. If you run into a wall, don’t turn around and give up. Figure out how to climb it, go through it, or work around it.

壁に直面したって立ち止まることなんてない。振り向くな、あきらめるな。どうやって壁を登るか、くぐり抜けるか、回り込むか考え出せ。

一世を風靡した、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネジャーの川口淳一郎さんもXDev2011レビュー – できない理由を探す文化は要らない:ITproの中でこう言っていました。

「はやぶさのプロジェクトについて、完璧でない点を指摘するならばいくらでもできた。

しかし、我々は『できない理由』を考えようとはしなかった。『どうしたら先に進めるのか』だけを考えた。

この組織文化が、プロジェクトを成功に導いたと思う」

まあ、当時のわたしがそれほど割り切れていたかというとそうではなく、本当はもっとこうしたい、という理想のイメージがあるのに、自分のセンスのなさを泣く泣く他の方法で補っていました。でも、今ではそれが個性になっているので、回り道したり迂回したりしてでも絵を描きつづけてきたのがよかったのだなーと思っています。

4.枠組みとなる世界を創る

絵を描き続けるために色々と工夫するのは大切ですが、その中でも特に、自分なりの世界観という枠組みを作ることは重要だと思っています。

野球の投球フォーム、サッカーのプレイスタイル、将棋の得意戦法など、長い間 現役でいる人たちは、「この人ならこれ」といった型を持っていることが少なくありません。トルネード投法といえば野茂ですし、棒銀と言えば加藤一二三、右上手は魁皇、どんな世界でも、得意な形を持っている人は息が長いものです。例が古い気がしますが…(笑)

絵の場合でも、この人といえば、こういう絵、という個性を超えた型みたいなものを培っておけば、勝ちパターンならぬ描きパターンができるので、安定して作品を創りやすくなります。

もちろんマンネリ化するのはよくないですが、定番があるからこそ、挑戦もできるわけで、型にそって作品をコンスタントに描き続けつつ、たまに新しいことに挑戦して幅を広げるなど、作家としての安定性を保てます。

わたしの場合の型、というのは、おもに、メルヘンがテーマの「ゆめまな物語」、ファンタジーがテーマの「空花物語」、そしてリアルと夢のはざまをテーマにした「ふたりの時間」の3つの世界観をしっかり定めていることでしょうか。

それぞれ、登場人物は決まってますし、用いる配色や、絵の雰囲気もおおまかに定まっています。一貫した世界観の型を先に創ってあるので、絵を描くときの方向性が決まりやすくなります。

そして、なんといっても、型が役立つのはアイデアを出すときです。

アイデアを出すのは、自由で制限がないほうがいい、と思われがちですが、意外にも事実はその逆です。 右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語る –とという本にこんなことが書いてあります。

そのときのことを回想しながら、スティーヴは基本的には心理学者が創造性の「資源配分」モデルと呼ぶものを説明していた。

スティーヴによれば、いつもならまったく制約なしに歌詞を書いてよいと言われていたという。

ところが「ピクニック」では、「映画のテーマに合った歌詞を書いてほしい。主演はウィリアム・ホールデンとキム・ノヴァックで、二人がピクニックでダンスするんだ」とプロデューサーに指示された。

目の前の仕事にすべてのエネルギーが注ぎ込まれ、歌詞を一気に完成させたとスティーヴは話した。

逆に制約のない場合には、歌の文脈とアイデアを定めるために多大なエネルギーが費やされるので、実際に書く段になるとすっかり消耗しているという。そちらのほうが骨が折れ時間がかかるらしい。(p124-125)

枠組みとなる型がなければ、かえってアイデアを生み出しにくいことがわかります。制限がなく自由だと、あらゆる可能性がありすぎてアイデアが見つからないのです。枠組みとなる型があれば、それを手がかりにして、アイデアを引き寄せやすいのでしょう。

わたしの場合は、枠組みがあるおかげで、たとえば、『「空花物語」という世界観で、登場人物はソラとハナで、二人が…』 と指示されているようなものです。

先日の絵のときにも書きましたが、ただ恐竜の絵を描きたい、と漠然と思うのと、恐竜の絵を描きたいけれど、「ゆめまな物語」の世界観だったらどんな絵になるだろう、「空花物語」の世界観だったらどんな絵になるだろう、と考えるのとでは、型があるほうが、イメージが湧きやすくなります。

竜の背 The Spine of A Dragon
古代竜の背骨の向こうの秘宝を探して

わたしたちは型があるスポーツ選手の名前を聞くと、すぐその選手が活躍している様子が目に浮かびます。絵を描くときもやっぱり、型があったほうが、作品のイメージが浮かびやすいのです。

もっとも、名だたるスポーツ選手の場合も、歴史上の画家たちの場合も、そしてそれと比べるのはおこがましいわたしの場合も、型がすぐに完成したわけではありません。作ろうと思って作ったというより、徐々に育てていったというほうがふさわしいでしょう。

「ゆめまな物語」も、「空花物語」も、最初の1枚の時点でおおまかにイメージは決まったとはいえ、はっきりと枠組みが定まったのは、何枚も描いていってからです。

自分の好きな世界観や好きな描き方を見つけたら、じっくりそれを育てていくなら、いずれ自分だけの枠組みにまで成長していきます。そうやって自分の型を突き詰めていくのは、とても楽しい過程だと思います。

5.絵は必ず完成させる

苦手なところを工夫して、自分なりの型も作っても、大事なのは、作品を必ず完成させるという積み重ねです。

作品を描いていると、途中でこんがらがって、完成がまったく見えなくなることがよくあります。本当はこんなイメージで描きたかったのに、イメージにほど遠い状態に迷い込んでしまって、とても完成するとは思えなくなります。

そんなとき、ボツ絵としてゴミ箱に捨てたくなる衝動に駆られますが、ちょっと待ってください。路頭に迷ったときこそ、それを完成させることに意味があるとわたしは思います。

絵のスキルの上達とは、言い換えれば、リカバリー力の上達です。行き詰まったときに投げ出してゴミ箱に捨ててしまったら、また同じ状況になっても、やっぱり行き詰まるだけです。

以前の記事に書いたように、絵を完成させないと、自分の意欲も大幅にそがれ、やがで絵を描き続けるモチベーションが失われてしまいます。

絵を描く意欲が激減する「シーシュポス条件」とは
絵を描くのが徒労感になる3つの場合

反対に、どうしても完成できる気がしないときほど、たとえ完璧な仕上がりではなくても、なんとかマイギャラリーに飾れるくらいの完成度まで持っていくなら、失敗をリカバリーして修正していく力が身につきます。

そのためには、今、目の前でドツボにはまっている絵が、なぜうまくいっていないのか、冷静に分析する必要があります。単に構図が問題なのか、背景のバランスが悪いのか、配色が合っていないのか、違和感の原因をつきとめる必要があります。

わたしの場合、よくあったのが、遠近感のある色使いができていないことです。背景が濃すぎるために人物が埋もれてしまったり、コントラストに乏しいせいで、薄っぺらく見えてしまったり。また、森や河を描きたいのに表現力が乏しくて、落書きみたいになることもありました。

そんなときこそ、基礎のレッスンで学んだ、さまざまな引き出しを駆使して、試行錯誤すべきときです。色々やっているうちに、あるいは誰か家族とか友だちに意見を聞いてみるうちに、どこがまずかったのかわかってくるので、今のスキルの精一杯をつぎこんで修正してみます。すると、見違えるほどに、とはいかなくても、それなりに納得できる完成度まで漕ぎつけられるものです。

そのようにして、どうあがいても無理と思っていた絵を完成させた経験は自信になりますし、そこで試して会得したリカバリースキルは、次に同じ状態になったとき、速やかに修正できる技能として身につきます。

振り返ってみると、わたしは自分の絵の99%は、必ず完成させていると思います。RPGと同じで、どうしても勝てないと感じて逃げたくなる強敵ほど、試行錯誤して倒せば、レベルアップできる大量の経験値や豪華なアイテムが得られるものなのです。

6.できないことに挑戦する。ただしマイペースで

今考えたことは、たまたま遭遇した強敵に対して逃げずに闘い抜くことですが、ある程度熟達した人は、自分から進んで強敵を倒しに行こう、と考えるようになるかもしれません。

今まで描いたことのない難しい構図の絵、絶対ムリだとあきらめていたポーズや、あえて避けていた場面をモチーフにした絵など、これまで描けなかった絵に挑戦してみるのです。

さすがに、自分から強敵に挑むのは、かなり技法が身についてからの話です。わたしも、長い間ずっと、これまで書いたとおり、苦手なことを迂回して別の方法で工夫したり、たまたま路頭に迷った難しい絵を何とか完成させるだけでした。

しかし、ある程度自由に絵が描けるようになった去年の末ごろから、今までどうやっても描けなかった苦手な絵に挑戦してきました。

たとえば、それまでは配色センスのなさを虹色で補っていたのですが、虹色だと賑やかで楽しい絵は描けるものの、雰囲気のある神秘的な絵や、ドラマティックな絵はどうしても描けないのです。そんな絵を描くセンスはないものと決め込んでいました。

けれども、センスのあるなしにかかわらず、今までと違った絵を描いてみたい、もしかしたら、今なら描けるかもしれない、と思ったので、自分から強敵に挑みに行ってみました。そうして描いたのが、以下の二枚の絵です。

闇路の明かり Warm Lights of Dark Night
暗い森をランタンの明かりをたよりに
森のとびら A Rainbow Door in the Dark Forest
暗い森の奥に燃える虹のとびら

以前の自分なら決して描けないような、明暗を強調した絵や全体を虹色以外で統一した絵。

でも、基礎のレッスンで学んだスキルを自分なりに使いこなせるようになっていたおかげなのか、やってみると、それなりに満足のいく絵が描けました。

さらに、そうしたドラマティックな絵をもっと練習するために、「空花物語」のほうは、思い切って厚塗り形式で描くことにしました。

わたしはずっとリアルな写実的な絵が苦手で、写実は模写でしかできませんでした。オリジナルの空想世界を描く場合は、写実だとどうしても浮いてしまったり色使いがおかしくなったりするので、立体感を出さなくてもいい、メルヘンな絵ばかり描いてきたのです。

しかし、だいぶレベルアップした今なら、もしかすると、オリジナルの絵でも、厚塗りでリアルな絵を描けるかもしれない。そう思って、絶対ムリだと思っていたことに、果敢に挑戦してみました。

世界一高い塔 The Tallest Tower in The World
闇夜にそびえ立つ世界一高い塔を見上げて
大地底湖  The Center of the Earth
巨大な洞窟の地底湖に作られた都市

そうすると、本当にリアルな絵を描く人たちのようにはいきませんが、ある程度、メルヘン絵とはまったく異なる方向性を開拓できた気がしました。こんなタイプの絵が描けるなんて、自分でも驚くばかりです。

以前の記事で書いたとおり、芸術家であれ、スポーツ選手であれ、一流と呼ばれる人たちは、こうした自分ではできないことに挑み続け、しかも先ほど書いたようにすぐにフィードバックが得られて改善できる、という環境に身を置いて、究極の鍛錬を繰り返しているそうです。

10年絵を描いてうまくなる人とならない人の違い
熟達化の研究に基づく絵がうまくなる秘訣

わたしはさすがに、そこまでの根気はありませんし、プロを目指しているわけではありませんから、普段は楽しく好きなものを自分の型どおりに描いて、たまに気が向いたら強敵に挑戦する、というスタイルで創作しています。

プロになる人ほどすばらしい上達はできていませんが、それでも、時々自分にはムリだと思っていたテーマに挑戦して、少しずつでも上達していくと、絵を描くことの幅が広がって楽しさが増し加わるように感じています。

7.やめない―悩んでも、落ち込んでも、忙しくても

最後に、最も大切なのは、決してやめないこと

ここまで書いてきた、わたしがやってきた工夫は、すべてここに直結します。

1つ目に、安心して絵を楽しめる環境を作ったのは、他の人と比較したり落ち込んだり、評価の点数で一喜一憂したりして、絵を描くのが嫌になってしまうようなことがないため。激しく競争して燃え尽きるよりも、自分なりのマイペースで、じっくり絵を描きつづけていける環境を整えるためでした。

2つ目に、絵を描く基礎を絵心教室で学んだのも、スランプに陥ったとき、どうにもならなくなって投げ出してしまわず立ち帰れるようにするため。基礎練習で得た知識と経験はコンパスのようなもので、見知らぬ場所で路頭に迷ったとき、出口の方向を見つけ出す手がかりになります。

3つ目に、苦手なところを工夫で補ったのは、壁にぶち当たっても迂回して先へ進むため。超えられない壁に直面したとき、生真面目にまっすぐに進むことだけ考えていたら、自分は才能がないのでやめるしかない、という結論に至ってしまいますが、なりふり構わず、どんなやり方をしてもいいんだ、壁を大きく遠回りしても、地面に穴をほって通り抜けてもいいんだ、ということを知っておけば、あきらめずに絵を描き続けられます。

4つ目に、自分なりの枠組み、型、世界観などを育てたのは、アイデアの枯渇を防ぐため。絵を描きたいのにイメージがわかない、という時期もあって苦労しましたが、型となる世界観があれば、こんな絵を描きたい、というイメージが見えやすくなります。

5つ目に、ドツボにはまった絵でも、粘り強く完成させるようにしてきたのは、リカバリー力を身につけるため。うまくいかない絵でも、何とか形にまとめることによって、崩れたときでも立て直すやり方を学べます。あれほど絶望的だった絵でも、それなりに完成させてきた、という経験は、今後、絵を描く中で悩むことがあっても、どうにかして解決策を見つけよう、というモチベーションにつながります。

そして6つ目の、今までムリだと決め込んでいた絵柄に挑戦することは、さらに自信を深めるのに役立ちます。できないと思っていたことを克服することほど、嬉しいものはありません。時々であっても、できないことに挑戦してみるのは、お絵描き人生のスパイスです。あの達成感があるからこそ、これからも続けていきたいと思えるのです。

こうしたことのおかげで、わたしは、少なくともこの三年、コンスタントに絵を描いてくることができました。最近は忙しくて絵を描くペースが鈍っていますが、それでもちょくちょく新作を描けるのは、これまで積み重ねてきたことのおかげでしょう。

なんといっても、絵を描くことは楽しいのです。楽しいから続けられるし、楽しいから上達できます。これからも、どんな絵が描けるのか楽しみですし、新作が見たくてたまらないからこそ、自分で新作を描くのです。

一年後、自分がどんな場所にいて、どんな絵を描いているのか、今はまだわかりません。でも、来年の今ごろにまた、こうして歩んできた道を振り返れるようであればいいなーと思います。

そのためにはやはり、何より大切なのは、絵を描くのを決してやめないことなのです。

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