科学者でも芸術家でもあった人たち―水彩画家だったからフレミングはペニシリンを発見できた

学者は芸術家でもある。そして芸術家は科学者でもある。

こんな言葉を聞くと、不思議に思いますか? 

一般に、科学と芸術は、正反対のものと考えられています。科学者は理性的、論理的な人であり、芸術家は感情的、直感的な人である。そう考える人は少なくありません。

ところが、歴史上多くの科学者が芸術家としても才能を発揮してきましたし、その逆もしかりです。たとえば、世界初の抗生物質ペニシリンを発見した、アレクサンダー・フレミングのエピソードは、科学者が芸術家としての目を持つことの大切さを示しています。一方パブロ・ピカソのエピソードは、芸術家が科学を学ぶことの価値を明らかにしています。

【じっくり絵心教室】ランタン

この記事では、「クリエイティブ」の処方箋―行き詰まったときこそ効く発想のアイデア86などの本から、科学者でもあり芸術家でもあった他の人たちのことや、芸術に携わ人たちが意識すべきことについて考えてみたいと思います。

ペニシリンの発見は偶然?

科学者でもあり芸術家でもあった人、まず紹介するのはアレクサンダー・フレミングです。彼は細菌学者として、1928年に、世界初の抗生物質ペニシリンを発見しました。

フレミングがどうやってペニシリンを発見したかは、よく知られているエピソードです。彼は実験を終えたあとのペトリ皿を片づけているとき、たまたまペトリ皿の黄色ブドウ球菌のコロニーが、一部欠けていることに気づきました。

フレミングはその理由を調べ、ペトリ皿に生えていたアオカビが、ある抗菌物質を作り出して、黄色ブドウ球菌を殺していることを突き止め、それをペニシリンと名づけました。

この発見は、偉大な発見は偶然から生まれることの好例としてよく引用されます。フレミングは「たまたま」捨てようとしていたペトリ皿に注目したから、ペニシリンが見つかったというわけです。

しかし、「クリエイティブ」の処方箋―行き詰まったときこそ効く発想のアイデア86によると、フレミングの発見は、偶然ではありませんでした。

フレミングはアーティストの目を持っていた

当時、カビの生えたペトリ皿は決して珍しいものではありませんでした。多くの科学者たちが、何も気に留めず、それを廃棄していました。そこにフレミングが注目できたのは、彼の芸術家としての一面が関係していました。

フレミングは水彩が好きだった。科学者仲間よりも、チェシー・アーツ・クラブで会った芸術家たちと馬が合った。

フレミングはさらに、変わった絵の具を使って描いた。踊り子たち、建物、戦闘といった多様な主題を、バクテリアで描いたのだ。

寒天を満たしたペトリ皿で培養したものが、フレミングの絵の具だった。

どの微生物がどんな色になるかを知っているフレミングは、塗りたい場所にそれぞれ違った微生物を塗布し生育させることで着色した。(p366)

フレミングは、なんとバクテリアを絵の具にして絵を描いていたのです。彼は、他の科学者とは違い、微生物が織りなす色に深い関心を持っていました。そして、珍しい色があれば、それを絵の具の材料として収集していました。

バクテリアの色に注目し、絵の具として収集する習慣、それこそが、他の科学者が気に留めなかったペトリ皿の意味に、フレミングが気づくことのできた理由だったのです。

フレミングと他の科学者が決定的に違うのは、フレミングはアーティストのような思考を持った科学者だったということだ。(p365)

フレミングの実験室は、科学者の実験室というより、まるで画家のアトリエのようであり、雑然として散らかっていたそうです。彼は、ピカソやロートレックのような芸術家としての目を持っていたからこそ、他の科学者とは違った視点で物事を見ることができ、歴史に残る発見ができました。

芸術家でもあり科学者でもあった人たち

芸術家でもあり、科学者だった人は、歴史上数多くいました。

最も有名なのはレオナルド・ダ・ヴィンチでしょう。彼は偉大な画家であると同時に、当時の最新の科学に通じたサイエンティストでもありました。彼のスケッチの中には飛行機など未知の工学のアイデアも含まれています。

パブロ・ピカソは、画家として有名ですが、彼の芸術は科学への深い関心を反映していました。彼は当時の最先端の科学であるX線や幾何学、時間と空間などについてよく知っていました。そのため最先端の科学と肩を並べた創作ができました。アインシュタインとピカソ―二人の天才は時間と空間をどうとらえたのかにはこうあります。

1905年の知的雰囲気にあっては、アインシュタインとピカソが示し合わせたように空間と時間についての新しい概念を探りはじめたことは意外ではない。

…ピカソとアインシュタインは、それぞれ芸術と科学が、知覚の向こう側、外観の向こう側にある世界を探るための手段だと信じた。

直接見たままではだまされるということを、物理学においてはアインシュタインが1905年に、芸術においてはピカソが1907年に知っていたのである。

相対性理論が空間と時間の絶対的な地位を覆したのと同様、ジョルジュ・ブラックとピカソのキュビズムは、透視図法を芸術の王位から追放した。(p14)

ピカソが科学に関心を払っていたのと同様、アインシュタインも芸術に関心を払っていました。アインシュタインは優れたバイオリニストであり、どこへ行くにもバイオリンを持ち歩き、毎日必ず演奏していました。

フレミングが絵の具の美しさという視点からペトリ皿を見たように、アインシュタインも音楽の対称性の美しさという視点から物理学を探りました。アインシュタインもまたアーティストとしの感性を持つ科学者だったのです。

プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たちには、そうした科学者でもあり芸術家でもあった名だたる人たちについてこう書かれています。

これらの芸術家全員が受けた最も重要な影響の一つ、そして彼らが共有して受けた唯一の影響は、彼らの時代の科学だった。

C・P・スノーが二つの文化の悲しい隔たりを嘆くずっと以前に、ホイットマンは脳解剖の教科書を熱心に読み、ぞっとするような外科手術を観察していた。

ジョージ・エリオットはダーウィンやジェイムズ・クラーク・マクスウェルを読んでいた。

スタインはウィリアム・ジェイムズの研究室で心理実験をおこなっていた。

ウルフは精神病の生態について学んでいた。

科学との関係を考慮せずして、彼らの芸術を理解することはできない。(p10)

古今東西、多くの芸術家たち、また科学者たちは、両方の分野に身を置くことで、ユニークで自由な発想を得てきました。そもそも、それらの人にとっては、科学と芸術は別の分野ではありませんでした

アイザック・ニュートンが科学と神学を同様の姿勢で研究して真理を見つけようとしたように、またガリレオ・ガリレイが視覚芸術の技法を科学に応用して月の山脈を発見したように、彼らにとっては、科学も芸術も知的好奇心を満たす同じフィールドだったのです。

隔てる壁を取り除く

「わたしの特異分野は科学であり、芸術などという答えのないものは理解できない」。あるいは、「わたしは芸術家であり、小難しい論理を並べた科学はまったく楽しめない」。

そのように思っている人がいたら、その人は柔軟な発想への扉を閉ざしています。

科学がすべてを説明できるというのはまったくの誤りです。科学者はカオス理論の誕生以来、答えのない、説明できないものを扱う必要に直面しています。「天体の動きは計算できるが、人びとの狂気は計算できない」と述べたニュートンをはじめ、偉大な科学者たちは、科学者は答えのないものと向き合わなければならないことを知っていました。

芸術は科学とはかけ離れた、感覚だけの世界であるというのもまた誤りです。なぜなら感覚は科学的なものだからです。視覚について突き詰めたセザンヌの芸術が、認知科学の発見とオーバーラップしているのは偶然ではありません。

カメラ写真よりもリアルな絵を目指したセザンヌの挑戦―脳科学を先取りした画家たち
セザンヌの絵は脳科学の発見を先取りしていたリアルな絵だった

レオナルド・ダヴィンチは、人体を描くために解剖学を学びましたし、印象派の画家たちは、光の理論に深い興味を持ち、それを絵に反映させようと努力しました。

それで、プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たちの中で、芸術家に対して、次のようなアドバイスが語られているのも、もっともなことです。

ヘンリー・ジェイムズは、作家を「自分にかかわる何一つとして無駄にしない人間」と定義した。

芸術家は彼の言葉を心に留め、科学の刺激的な現実の記述を無視してはならない。

人文系の学者も『ネイチャー』を読むべきである。(p289)

作家は、自分に関わることを何一つ無駄にしない人です。言い換えれば、身の回りのあらゆることから、創作のヒントを得るということです。身の回りの物事を、これは科学に属する、これは芸術に属する、などと分けたりはせず、あらゆることを同列に扱い、自由な化学反応によってアイデアを得るのです。

創作する人は、いつも次の言葉を思いに留めておきたいものです。

人間は芸術と科学で成り立っているということである。人間は夢の材料のようなものだが、同時に、たんなる物質でもある。

…科学が芸術を必要とするのは、何が謎なのかをはっきりさせるためだ。一方、芸術が科学を必要とするのは、すべてが謎とは限らないことを確かめるためである。

どちらか一方の真理だけでは、私たちの解決にはならない。(p12)

科学や芸術といった枠にとらわれず、狭い分野に引きこもらず、わたしたちの住む世界のあらゆることに純粋な興味を向けるとき、わたしたちの発想はいっそう輝きを増し、豊かでオリジナリティのあふれるものとなるでしょう。

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