10年絵を描いてうまくなる人とならない人の違い


10年間絵を描き続けている人はどれくらいいるでしょうか。意外と、世の中にはかなりの数 存在するのではないかと思います。しかしそのすべてがプロになっているかといえば、決してそうではありません。

一応、このブログも2006年からの絵を載せているわけですから、10年といえなくもありませんが、わたしの腕はまだまだです。

10年間、何百、何千時間と絵を描き続けてをプロになれる人とそうでない人の違いはどこにあるのでしょうか。

多くの人が思いつく答えは「才能」です。10年かかっても絵がうまくなれないとすれば、才能がない、ということの証拠だと考えます。

しかし、現代の熟達化に関する研究によると、どうやらそうではないようです。ここでは、究極の鍛錬という本に基づいて、プロになる人と素人のままの人の違いに迫ってみたいと思います。

調べていくとわかりますが、これは決して、10年かかってもプロになれない人が悪い、というのではありません。むしろプロになる人も、素人のままの人も、それぞれにメリットがあるのです。

熟達化の研究

各分野の達人、つまりプロフェッショナルの能力を研究した有名な学者がいます。その人の名はアンダース・エリクソン。

彼はプロフェッショナルの能力について多方面から研究しましたが、まずわかったのは、「卓越した人の素晴らしい能力を事前に予測したり、少なくとも説明に耐えるだけの遺伝の特性を見つける試みは、これまでのところ驚くほど失敗している」ということでした。(p95)

つまり、達人の能力は遺伝ではなさそうなのです。卓越した画家とか、イラストレーターは、必ずしも絵を描くのに役立つ遺伝子を持って生まれてきたわけではないということです。

では、彼らは長い年月努力して花開いたのでしょうか。それはある意味で正しいとはいえ、説明不足です。前述のように、10年間努力しても、能力が開花しない人もいるからです。

アンダース・エリクソンは、達人の能力の源は、才能でも努力した時間でもなく、第三の答えにあるということを突き止めました。

究極の鍛錬

プロになる人は、プロにならない人と比べて、ひとつのことが違っていたのです。それは、訓練の内容でした。

スケート選手を対象とした研究で、一流選手ではない人たちは自分がすでに「できる」ジャンプに多くの時間をつぎ込んでいることがわかった。

一方、トップレベルの選手は自分が「できない」ジャンプにより多くの時間を費やしていた。

…電卓を使って計算してみるだけで、荒川静香は、金メダルをとるまでに少なくとも二万回も容赦なく冷たい氷面にお尻を打ちつけたことになる。(p260)

ポイントは、得意なことを繰り返すのではなく、苦手なことにひたすら取り組むことでした。アンダース・エリクソンはこれを「究極の鍛錬」と呼び、「達人としての技能を手に入れるうえにおいて究極の鍛錬の果たす役割」という非常に有名な論文を書きました。(p93)

「究極の鍛錬」には、5つの特徴があるといいます。

1.特別に考案されている
…あなたが苦手な分野のために、時に教師の手を借りて考案されたオーダーメイドの練習法に取り組む

2.何度も繰り返すことができる
…成果が現れるまで平均10年かかるので、バカバカしくなるほど繰り返せる練習である

3.フィードバックがある
…結果が良かったのか悪かったのか、確実なフィードバックがすぐに返ってくる

4.精神的にはとても辛い
…できていないことに取り組むため、精神的にきつい。究極の鍛錬は一日に数時間が限度と言われるほど。

5.あまりおもしろくない
…楽しくないので、ほとんどやる人がいない。続けられる人がいない。だから達人は少ない。

達人になる人は、こうした「究極の鍛錬」を10年以上こなし続けた結果、プロになることができるのです。

絵を描くことに当てはめて考えると、好きな絵をひたすら描いても、能力は上達しません。

「究極の鍛錬」は「特別に考案されている」ものですから、これをすればプロになれるという万人に共通の方法はありません。むしろ一人ひとり必要な訓練は違います。

背景が苦手なら、ひたすら背景を練習します。人物が苦手なら、ひたすらデッサンします。影の付け方や遠近感など特定の課題に飽き飽きするほど取り組みましょう。さらに、良い教師に師事し、毎回率直なフィードバックをもらいます。客観的な評価はとても大切です。

ある分野が上達したら、次の不得手なところを指摘してもらい、それに取り組みます。繰り返し繰り返し苦手なものを描き続けるのです。

最初に、遺伝や才能が達人を決めるのではないと書きましたが、こうした涙ぐましい訓練を続けるには、反復的な単純作業に没頭できる遺伝的な能力、つまり「努力の才能」が関わっているかもしれません。「努力の才能」がある人は究極の鍛錬でも楽しさや達成感を感じられるので、かなり続けやすくなります。このような才能は、ある種の自閉症に関連する遺伝子と関係がある、と考える研究者もいます。

ほかにもいろいろな要素、苦手な点を見極めて指摘し、フィードバックを与えてくれる有能な先生がいるかどうか、練習から来るストレスを解消してくれる家庭環境などに恵まれているか、比較的若い時期から始められるか、といった点が関係しているでしょう。

最初に貼った絵は絵心教室の卒業レッスンの絵ですが…現実にこういう教室に通うことができ、いい教師に師事できたら、わたしの腕も、もっと改善されたのでしょうか。

ちなみに、偉大な画家としてよく知られているピカソとゴッホには、興味深い名言があるそうです。

ピカソはこんな名言を残しています

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればできるようになるからだ。 I am always doing that which I can not do, in order that I may learn how to do it.

ゴッホもこう述べています。

私はいつも、まだ自分ができないことをする。そのやり方を学ぶために。 ‘I am always doing what I cannot do yet, in order to learn how to do it.’

二人とも、不世出の画家として知られていますが、どちらも「できないこと」に挑戦し続けて、絵の技術を磨いたことがわかります。

また、絵画ではなく、音楽の分野のクリエイターですが、ジュネーブ国際音楽コンクール」の作曲部門で特別賞を獲得した現代音楽作曲家・山中千佳子さんのエピソードは、成功するのに必要な努力の大切さをよく物語っています。

恥ずかしがり屋が世界的作曲家へ!山中千佳子の転機【エンタメ】- 徳島新聞社 はてなブックマーク - 恥ずかしがり屋が世界的作曲家へ!山中千佳子の転機【エンタメ】- 徳島新聞社

「作詞・作曲という“アウトプット”ばかりしていて、そのために必要な基本的な技術 を取り込むこと(=インプット)から逃げていた自分に気がつきました。

絶対に1年で結果を出すと心に誓い、起床時間から勉強時間、家事や散歩の時間まで、 毎日の生活の自己管理も徹底。曲は一曲も作らず、ひたすら修練を積み、1年で高校3年間以上の勉強をしたと思います。

アウトプットを我慢すると、どのよう なインプットが足りてないかどんどん見えてきて、壮絶な不安のなかでも、技術を得て磨くことに喜びを感じました。もし現役で受かったとしても結局は入学後 に苦しむことになっていたでしょうから、今では受験に落ちて本当に良かったと思っています。私にとって、19歳は人生の大きなターニングポイントになりま した」

自由にのびのびと好きなように作品を創るのは楽しいものですが、本当に上達したいのであれば、それだけでは足りません。このエピソードからわかるのは、アマチュアからプロになる人は、自分に我慢を強いて、苦手なスキルを磨くために知識を取り入れ、自己鍛錬するということです。

▼遺伝的特質について
絵の場合は明らかに生まれつきの認知特性、たとえば視覚的思考などが関係していることもあります。たとえば、スティーブン・ウィルシャーはたぐいまれな映像記憶を使って絵を描いています。しかし、たとえそうした能力がなくてもプロになる人もいますし、そうした能力があっても絵が下手な人もいます。やはり達人になれるかどうかは、究極の鍛錬に依存している場合が多いでしょう。

絵は努力か才能か―芸術家の創造性には遺伝と環境どちらが大切か
芸術を楽しむことはすべての人に開かれている

楽しさを選ぶということ

「究極の鍛錬」は精神的にとても辛く、楽しくない、ということからすると、「うまくなること」「楽しむこと」は、目指す方向性が異なるように思えます。

趣味だから楽しい、仕事にすると楽しくないと、しばしば言われますが、仕事にしようと思えば、ある程度苦手なことに取り組まざるを得ないことも関係しているでしょう。

得意な絵ばかり描いて楽しむことを目指すか、それとも苦手な絵ばかり描いて、プロを目指すか、それはそれぞれのやり方です。

10年間、得意な絵ばかり描いた人はあまりうまくならないかもしれませんが、楽しかった思い出と作品集が残ります。10年間苦手な絵ばかりに取り組んだ人は、辛い思いをしますが、確かな技術が身につきます。

つまり、どちらの10年も、目的が異なるだけで無駄ではないのです。特に絵の場合、うまさですべてが判断されるとは限らないので、好きな絵を描き続けた人が身に付ける独特の癖も、「味」として受け入れられていることがあります。

実際には、この中間、好きな絵を描きつつ、時々新しいことにも挑戦して、少しずつ技術を身につける人が多いかもしれませんが、それが一番バランスのよい楽しみ方なのではないでしょうか。

スポンサーリンク