絵のアイデアが思いつかないときに役に立つ「しみづくり技法(ブロッティング)」


■絵のアイデアがなかなか思いつかない。
■絵を描きたいけれど、何を描いてよいかわからない。
■良い構図が思い浮かばない。

を描く人はこうした悩みを抱えがちです。なかには、「アイデアはいくらでもある。しかし描くのが追いつかない」、といった名言を残した手塚治虫のような偉人もいますが、大半の人にとってそうではないでしょう。

絵を描き続けるにはアイデアが必要であり、特にオリジナルの絵を描く人にとっては、アイデア出しは避けては通れない問題です。わたしも、ずっとアイデア欠乏症に悩まされてきました。

アイデアの出し方について調べると、次々に連想で絵を描くとか、有名作品を見て回るとか、いろいろな方法が説明されています。

それらはどれも役立ちますが、もっと人間の本質に沿った、自然なアイデアの出し方があります。 ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待 (岩波科学ライブラリー)という本から、「しみづくり技法(ブロッティング)」を紹介したいと思います。それにはまず、人間と動物の違いや、人間の文化の歴史を考える必要があります。

ないものを補う人間の特性

絵を描くのは人間だけではありません。チンパンジーボノボといった類人猿、ゾウ、イルカなども訓練すれば絵を描くといいます。

しかしそうした動物の描く絵は、いつまで経っても、抽象画のままだと言われています。中には意味のある風景を描くゾウもいますが、自発的にそうやっているわけではありません。

意味のある表象画(シンボル画)、つまり人間や動物や家や飛行機、といった題材を描くのは人間だけなのです。

なぜチンパンジーは抽象画しか描けず、人間は表象画を描けるのでしょうか。そのことを調べた興味深い実験があります。

認知心理学の研究で、人間の子どもとチンパンジーに、ある同じ絵を見せました。その絵は、片目がないチンパンジーの顔の絵でした。それぞれどのように反応したでしょうか。

人間の子どもは、「あれ?、お目目ない」といって、欠けている片目を描き込むのが普通でした。ないものを補おうとするのです。

それに対し、チンパンジーはすでにあるほうの目にしるしづけをしたり、顔全体をなぞったりしました。チンパンジーも紙に描いた顔を認識できる動物ですが、描かれていないものを補うことはできなかったのです。(p33)

これは何を意味するのでしょうか。詳しい説明は本書を見ていただくと良いのですが、チンパンジーは「今あるもの」がすべてであるのに対し、人間は、「今ここにないもの」を想像する能力を持っているということです。

この「今ここにないもの」を想像する能力こそが、人間が表象画を描く原動力です。

人間の子どもは、はじめて意味のあるものを描くとき、すでに画用紙に描かれているものを何かに見立てて、意味を持たせることが多いようです。

たとえば、線が二本描かれていると、それに交差する短い線をたくさん描いて「線路」にします。

丸が描かれていると、それに目や鼻や口を描き入れて、「アンパンマン」にします。(p36)

じつは、これは、子どもが絵を描き始めるときに特有のものではありません。なんと人類が絵を描き始めるときも、同じようにしたと言われています。

この本では古代のラスコー洞窟の壁画についてこう説明されています。

前述の鍾乳石のバイソンだけでなく、壁面の凹凸や亀裂を動物の体のふくらみや輪郭の一部に利用した絵、埋まった小石を動物の目として利用した絵など、自然の形状を利用した絵がいくつもあった。

それはクロマニョン人たちが、自然の形状にモノのイメージを見立てて描いていた、確かな証拠だった。(p3)

先史時代の人間も、すでにあるもの、つまり壁の凹凸や亀裂からイメージをふくらませ、そこにないものを補うことによって絵を描いていたのです。

ないものを連想する「パレイドリア」

こうした、すでにあるものから、ないものを連想するというのは、わたしたちがよくしていることです。

たとえば、空に流れる雲を見て、いろいろな形に見えてくる、といった古典的な遊びもこの一つです。雲のもやもやした形が想像力を刺激し、アイデアを生じさせるのです。

この現象を利用した心理分析の技法が、ロールシャッハ・テストです。なんだかよくわからない図形を見せられて、それが何に見えるかを答えていくうちに、その人の心の傾向が分かるというものです。

また同じく心理分析の手段に「なぐり書き法」(スクリブル)というものもあります。ロールシャッハ・テストの場合は、すでに描かれた図形をもとに、何に見えるか考えるのですが、スクリブルの場合は、自分でなんだかわからない絵を描いて、それを自分やパートナーが評価することによって、心の動向を探ります。

どちらの場合も共通しているのは、なんだかよくわからない絵が、想像力を刺激して、発想が生まれるということです。

このような、漠然としたものを見て、具体的な何かを自由に連想することを、精神医学用語では「パレイドリア」(pareidolia)といいます。絵心教室のレッスンでビンス先生が教えてくれました(笑)

(※染みなどを顔のパーツになぞらえて人の顔を連想する場合は「シミュラクラ」(Simulacra)というそうです。)

しみづくり技法(ブロッティング)

この「パレイドリア」を発想法として絵画の世界に応用できないか、と考えたのが、かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチです。彼は「絵画論」の中で、壁のしみや石の模様を見て、さまざまなイメージに見立てる訓練を勧めています。

それをはっきりとした技法に落とし込んだのは、アレクサンダー・カズンズという画家です。

それなら、風景画を描くときに、まずはキャンバスにインクで偶発的なしみをつくって、そこから立ち上がるイメージを風景に描けばよいではないか、と「しみづくり(ブロッティング)」と称する挑戦的な方法を提案した画家もいた。アレクサンダー・カズンズだ。

ずばり「想像」を、創造の手段として使う方法だったが、あまり定着はしなかったようだ。(p99)

この、しみづくり(ブロッティング:blot/blotting/blot drawing)があまり定着しなかったのは、本番用のキャンバスの上にインクを落としてしみをつくってしまうという方法が、あまりにリスクの高いものだったからでしょう。

しかししみづくり(ブロッティング)の方法論は、アイデア出しのときにとても役立つものであり、この技法の名前は知らなくても、多くの人が実践している方法だと思います。現にわたしがそうでした。

わたしの“しみづくり技法”

わたしはアイデア出しの際に、「しみづくり」に似た手法をよく使ってきました。

たとえば、最初に挙げた絵は、まさに、「しみ」から生まれた絵です。巨大なタツノオトシゴに乗っているという不思議な絵ですが、紅茶を飲んだときに、カップの底についた「しみ」が、ちょうどこの構図に見えたので、描いた絵です。「しみ」が想像力をかきたてたのです。

このサイトに載せているほかの多くの絵は、「しみ」から生まれたわけではありませんが、「なぐり書き法」(スクリブル)によって生まれた絵は非常におおくあります。わたしはA4の真っ白な紙を四分割して、なんだかよくわからない落書きを描いているうちに、その落書きが何か別のものに見えてきて、絵のアイデアが生まれることがよくあります。

たとえば、以下に挙げる「輝くお城の王国」の絵は、地平線が湾曲している構図ですが、これもなぐり書きした なんだかよくわからない線が、この構図を想起させてくれたので描いたものでした。

特に、「しみづくり」や「なぐり書き」は構図をひらめくのに適していると思います。ふつうに考えると、なんの面白みもない構図になるのが、「しみ」を何かに見立てる場合には斬新な構図になりやすいのです。

なぐり書きしたものが、すぐにアイデアをもたらしてくれるとは限りません。しばらく寝かせて、忘れたころに見ると、以前の印象がなくなっているので、斬新な発想が浮かぶ場合もあります。

この本には抽象絵画の祖であるワシリー・カンディンスキーのこんな面白い話が載せられています。

カンディンスキーは、ある日、自分のアトリエですばらしい作品に出会った。自分が描いたはずなのに何の絵だかわからない。でもとにかく傑作だと思った。しかし近寄ってみると、実はそれは横向きに立てかけておいた馬の絵だった。そしていったん馬だとわかってしまったら、その絵の魅力は失われてしまったという。(p97)

わたしもこれと似た経験がよくあります。下書き帳をパラパラめくっているとき、なんだかわからないけどすばらしい絵を見つけることがときどきあります。以前に、何かの意図をもって描いた絵のなぐり書きなのですが、すでにそのときの意図は忘れています。これはなんだろうか、と思って眺めていると、いろいろなアイデアが浮かびます。しかし時には、もともとの意図を思い出してしまい、すぐにそれ以外には見えなくなってがっかりします。

そのようなわけで、アイデアを見つけたいなら、なんだかよくわからない図形が役に立つことがわかります。意味がわかっているイメージより、意味がわかっていないイメージのほうが連想を生むのです。

よくアイデア法で言われるように、まずリンゴやバナナのようなものを描き、それから連想できるものを描いていく、という方法も、ひとつの手段です。しかし、描いたイメージに意味があると、その意味に縛られてしまうこともまた事実です。

そうであれば、「しみづくり」や「なぐり書き」から始めて、意味のないイメージを解釈するという手段で想像力を働かせるのは、アイデア出しとして役立つ手段だと思います。

ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待 (岩波科学ライブラリー)という本は、比較的薄くて、文体も読みやすいわりに、絵描きにとって興味深い話がたくさん書かれているのでお勧めです。

▼そのほかの絵のアイデアの出し方

絵のアイデアの出し方のいろいろなバリエーションについてはこちらをご覧ください。

クリエイティブなデンマーク人が実践しているアイデアを見つける5つの方法
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