[実験結果]絵を描く人は自分の作品を過大評価していることに気づかない


「けっこういい絵ができた! たいした労作だ」

頑張って絵を描き上げた人は、そのように思うかもしれません。もちろん欠点や下手な部分もあることは承知しています。それでも、自分の作品はたいした労作であり、価値があると考えます。

しかし、行動経済学の第一人者、ダン・アリエリーによる不合理だからすべてがうまくいく―行動経済学で「人を動かす」という本によると、その感情は過大評価であり、しかも自分自身、過大評価をしていることに気づいていないのだといいます。(p122-143)

実際、わたしもこの現象で、自分の絵を過大評価しすぎて、悩んだり傷ついたりしたことがあるので、戒めとして、この記事を書いておきます。

 

この本では、絵や料理や、家具づくりなど、いろいろな創作活動について書かれていますが、それらに共通する特徴を示したのがこんな実験です。実験そのものは絵とは関係ありませんが、本文中では絵にも適用されています。

実験1 折り紙に値段をつける

実験の参加者は、創作する人と鑑賞する人に分かれてもらいます。

創作する人たちには、折り紙を作ってもらいます。外国の話なので、折り紙に初めて触れる人たちです。ツルやカエルといった作品を折図を見ながら作ってもらい、できあがったものに、幾らの価値があるか、値段をつけてもらいます。

他方、鑑賞する人たちは、その素人たちが作った作品だけを見て、やはり値段をつけてもらいます。両者がつける価格に差があるでしょうか。

結果はこうなりました。創作する人たちは自分の作品に平均25セントの値段をつけたのに対し、鑑賞する人たちは、平均5セントしかつけなかったのです。

さらにこれには続きがあります。

折り紙のプロに同じツルやカエルを折ってもらいました。その作品について、鑑賞する人たちに値段をつけてもらったところ、平均27セントでした。

つまり、素人の創作する人たちは、自分の下手な作品を、プロの作る作品と同じくらいの価値があるとみなしていたのです。

結論1:創作する人は自分の作品はプロの作品と同じくらいの価値があると感じる

実験2 難しい折図

この実験では、創作する人たちに、さっきより難しい折図をわたして作ってもらいます。折り紙など初めて触れる人たちなので、理不尽なほど歯ごたえがあります。

創作する人の中には、なんとか完成させた人もいれば、途中で投げだした人もいました。

その人たちに、自分の作品に、やはり値段をつけてもらいます。すると、なんとか完成させた人たちは、実験1の難しくない折図で折った人たちより、ずっと高い値段をつけたそうです。逆に途中で投げ出した人たちはずっと低い値段をつけました。

このことからわかるのは、労力をかけて作ったものほど高く評価するということです。さらに、完成させてはじめて価値があると思えるようになるということもわかります。中途半端に投げ出した作品は価値を感じられません。

結論2:労力をかけて作ったものほど高く評価する、また完成させてはじめて、高く評価するようになる

実験3  自覚しているか

最後に、こうして自分の作品を下手なのに高く評価するのは、自覚してやっているのか無意識のうちにやっているのか、という点を調べました。

創作する人たちに、(1)自分にとってどれほど価値があるか (2)みんながどれくらいの値段をつけそうか という2つの観点から、自分の作品に値段をつけてもらいました。

すると、(1)と(2)はどちらも同じだったのです。つまり、自分の作品は、他の人も高く評価してくれるに違いないと考えていました。自分が過大評価をしているということに気づいていなかったのです。

同じ実験を取り上げた本お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学によると、実験を主導したダン・アリエリーは、被験者にこう尋ねました。

そこで被験者に「作った君以外は誰もこれを欲しがらないことがわかっている?」と聞いてみた。

答えは、ノーだった。自分の作品はすばらしくて、他人も皆そう思うはずだと考えていたんだ。(p191)

結論3:自分の作品を過大評価していることに気づいていない

うちの子は世界一かわいい

これらをまとめると、創作する人は、労力をかけた作品ほど、プロの作品と同じほどの価値があると過大評価し、しかもそのことに自分では気づいていないということになります。

自分の作品は下手なことはわかっている、という人もいると思いますが、それを差し置いても、やはり過大評価しているのです。他人の評価は、自分の作品について控えめに見積もった価値より、さらに低いと考えてよいでしょう。

そうしたことが実際に体験できるのが、お絵かき系のSNSです。自分の力作を投稿して、たいして反応がないなら、他人の目には、その程度の作品だということです。実際、こうした経験から自信をなくす人も多いのではないでしょうか。

SNSは続けているうちに交流は増えてきますから、次第に評価も上がってくるはずですが、その多くは交流を土台にして評価してくれているにすぎません。もし本当にうまければ、かなり初期の段階から、つまりSNSに知り合いもほとんどいない時点から、それなりに高い評価をもらえるでしょう。

ちなみに、こうした自分の労力をかけたものほど高く評価するというのはマーケティングでも使われている手段で、便宜的に「イケア効果」と名づけられているそうです。

イケアとは、あの北欧の組み立て家具の店のIKEAであす。IKEAで買ったものは、自分で組み立てて使います。この「自分で組み立てる」という過程によって、家具に高い愛着をもち、ユーザーの満足度が上がるのです。IKEAの家具の組立説明書はわかりにくいことも多いですが、それもまた完成したときの評価を高める効果があります。

このイケア効果が一番表れるのは、子育てだといいます。自分の子どもは世界で一番かわいいのです。欠点もたくさん知っていますが、それでも手間をかけて育てた分、可愛いのです。でも、お隣さんから見れば、あなたの子どもはわりとどうでもいいはずです。欠点があるかどうかさえ、どうでもいいのです。

わたしの場合、絵を描く題材は、まさに「うちの子」(オリキャラ)なので、「うちの子たちは世界一かわいい」思ってはばかりません。冒頭に貼った絵などは、まさにうちの子の記念写真的な絵ではありませんか。でも今読んでいるあなたにとってはわりとどうでもいいでしょう。

不合理だからすべてがうまくいく―行動経済学で「人を動かす」にはこうあります。

現実には、わが子の才能や欠点にまったく気づいていないという人も、逆にすべて知り尽くしているという人も、まずいないのではないだろうか。

でもほとんどの親が、無自覚な子煩悩タイプ(わが子をひいき目で見がち)に近いのではないかと、わたしはふんでいる。

つまり親は、わが子が世界一かわいいと思っているばかりか、だれもがそう思っていると信じているのだ。(p133)

もちろん、このような感情が悪いと言っているわけではないのです。「うちの子が世界一かわいい」という感情は、その家庭にとっては幸せなことです。子どもはそのように愛されて育つのです。

同様に、絵を描く初心者は、自分の絵にそうした愛情があるからこそ、絵を描き続けてうまくなることができます。個人的には、自分の絵の良さを知っている人の作品は、輝くところがあると思います。

ただしその同じ感情を、他人に求めるのは不可能なのです。

まとめるとこういうことになります。

自分の考え: 過大評価―自分の作った作品は、下手なところも承知しているけれど大切で価値がある

他人の考え: 無関心―上手いか下手か以前に関心がない。もちろんプロ並みに上手ければ評価する

そのようなわけで、絵を描く楽しみや満足感を味わいたいなら、他人に評価してもらいたいと思うと辛い経験をするかもしれません。反対に、自分で眺めて楽しむようにすれば、おおよそ過大評価にひたることができます。

その上で―  もし、あなたの絵を大好きだと言ってくれる他人がいるとすれば、それはとても貴重な人なので、その交流を心から大切にするべきなのです。

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