2020年2月の自然観察日記

1月はこちら。

2020年1月の自然観察日記
2020年1月の自然観察日記

>自然観察日記の一覧に戻る

2020/02/01月

シラカバとダケカンバとウダイカンバの林

外出の帰りに、天気が良かったので朱鞠内湖までドライブして寄ってみました。

暖冬で雪不足といっても、さすが朱鞠内湖近辺は、積雪がものすごい。左右に貫禄の雪壁がそびえている。例年の半分ほどなのに圧がすごい。

気象庁の積雪ランキングで、不動の王者である青森の酸ヶ湯の後ろを追って2位争いしているだけのことはある。

車の運転が嫌いなわたしでも、朱鞠内湖近辺の雪道は楽しいです。まず走ってる車をめったに見かけないし、道路脇の山肌の木々も美しいし。

シラカバに混じって、赤みを帯びたダケカンバや、黒っぽい重厚なウダイカンバが競うように立ち並び、雪の重みで曲がりくねった幹を伸ばしているさまは壮観です。

地元の人でも、カバノキ系を区別してなくて、みんなシラカバだと思っている人もいましたが、慣れればなんとなく違いがわかるようになってきます。

この前、氷爆を見に行ったときは、道路沿いは真っ白な肌のシラカバばかりだったのに、スノーシューで森に入っていくにつれて、赤みを帯びた玉ねぎの皮みたいな色のダケカンバが増えてきました。

スノーシューで歩きながら、一緒に行った友だちに、「これはダケカンバ、あれはウダイカンバでシラカバとは違うんだ」と話したんですが、ピンとこない様子。

だけど帰りに道路沿いまで出てきたところで、「ほら、ここにシラカバがあるけど、さっきの木々とは色が違うでしょ」と言うと「おお、たしかに!」と驚いていました。

思っているより真白いのがシラカバ。でも比較してみないと、なんとなく脳内で色が補正されてしまって、シラカバってこんな色だったかなぁ、とあやふやになってしまうものです。

朱鞠内湖の近くには、道路沿いでもダケカンバやウダイカンバがたくさん茂っていましたが、湖畔にもあったので、ウダイカンバの幹の写真を撮ってみました。

樹皮に横向きのすじが入って薄く剥がれているのはシラカバと同じですが、シラカバより明らかに黒っぽいです。もし夏だったら、葉っぱの形でも区別できるはずです。

ウダイカンバの「ウダイ」というのは、「鵜松明」と書くそうです。樹皮が湿っていてもよく燃えるので、鵜飼いのときの松明に利用した、ということらしい。

「カンバ」のほうは、アイヌ語由来で、桜皮を意味する「カリンパ」から来ているそうです。

この前の自然観察日記でも触れましたが、シラカバの系統って、若木のころはサクラによく似ているんですよね。

その〇〇カンバの中でも、ウダイカンバは、別名マカバ、つまり真のカバと呼ばれることもあり、立派な材質で知られているそう。

確かにウダイカンバはどっしりした大木が多く、幹が黒光りしていることもあって、頑強そうなイメージです。かっこいい。

朱鞠内湖にかかる壮大なハロ(日暈)

朱鞠内湖畔キャンプ場の入り口では、おなじみの日本最寒の地のモニュメントが、こんもり積もった雪の合間から顔をのぞかせていました。

 

マイナス41.2℃の数字が刻まれているのですが、冬は大量の雪にすっかり埋もれてしまっているので、数字を確認できるのは夏場だけ。

去年9月に撮った写真と比較してみましょう。ほとんど同じ場所、同じアングルで撮ったことが樹木の様子からわかると思います。

冬場はてっぺんだけしか見えてませんね!

だけど去年来た時は、最上部の突起しか見えないほど雪に深く埋もれていました。今年はこれでもかなり雪不足です。

気象庁のサイトによると、過去もっとも積もったときだと3mくらいの積雪量だったらしいので、モニュメント全体が埋まることもあったのでしょう。

今日はかなり暖かく、日中はマイナス5℃から10℃くらいだったかと思います。おかげで、かなり軽装でも、朱鞠内湖を散歩できました。湖の上はちょっと風が寒かったけど。

そんな朱鞠内湖のすばらしさは、なんといっても見渡す限り一面の凍りついた湖面!

去年来たときも書きましたが、湖全体がスケートリンクのように凍っているなんて、自分の目で見ても信じられない思いです。

凍った湖の上を歩くと、深々と積もった雪の下に、凍りついた地面があることがわかります。これが湖の表面で、この足の下には魚たちが泳いでいるなんて!  一種のファンタジーじゃないですか。

今日の朱鞠内湖は、ワカサギ釣りのテントがたくさん。広々と凍った湖にカラフルなテントが立ち並ぶ景色は、日本とは思えない。ロシアや北欧みたいな異国情緒。

凍った湖面の上は、自由にどこまでも歩いていくことができます。だけど、奥に行けばいくほど積雪が深くなっているので、徒歩で横断したかったらスノーシューは必須でしょう。

徒歩にこだわらなかったら、スノーモービルのほうがずっと楽ですね。昔の人たちはソリで湖をわたってショートカットしていたんだろうな。

満月の夜とか散歩してみたいかも…と思いつつ、真冬のマイナス30℃にもなる朱鞠内湖、それも風をさえぎる樹木も何もないような大氷原を歩くなんて恐ろしすぎます。本気で遭難しうる。

凍った湖面に積もった雪を眺めていると、こんな模様があちこちにできていました。

きっと風に吹かれてできた模様でしょう。夏に湖面を波立たせる風が、冬には雪のさざなみ模様を作るのだろう。風吹きすさぶ湖の上は、体感温度がかなり低く、肌寒いです。

そして、今日、朱鞠内湖に来て何よりすばらしかったのは、ハロ(日暈)が見れたこと! 

この立派な日暈の迫力といったら! 凍った湖の大氷原にかかる巨大な太陽の環! あまりに大きすぎて、環の全容を1枚の写真に収めるのに失敗したことが残念だけど、壮大さは伝わるでしょうか。

ハロに向かって歩く人の後ろ姿も撮ってみた。大きさの対比から迫力が感じられるのでは? 逆光でシルエットになっているのがオシャレに見える。

現実の風景でありながら、映画の神々しいシーンのようでもある。

肉眼で見ると眩しすぎて写真で切り取った印象とはまた違うんですが、自分がいかにちっぽけかを実感できる得難い経験でした。

帰ってからネットで調べてみたら、今日は、札幌や旭川でもハロが観測されていたそうですね。わたしの撮った写真とよく似てる。

札幌や旭川など北海道でハロ 明日2日(日)は雪雲が広がる – ウェザーニュース

でも同じハロでも、原始の氷原を思わせる朱鞠内湖の開けたパノラマの舞台でそれを見れたのは幸運でした。毎日毎日、こんな思いがけない出来事があるから、道北での暮らしは楽しいです。

2020/02/02日

森の中で鳥の気配に耳を澄ます

昨晩はマイナス14℃の中をサイクリング。とても走りやすい圧雪状態だったから、たくさん走りたかったけど、昼間に朱鞠内湖まで行った疲れか、いつもより寒く感じたので短時間で引き上げました。

そして今朝はマイナス21℃くらいまで冷え込みました。寝る前にセットしておいた水張りバケツの水が凍って、見事なアイスキャンドルの出来上がり。

まだ真ん中の穴のところをへつってないので完成じゃないけど、今年のアイスキャンドル第一号です。毎日ひとつずつ増産して、庭に飾って楽しもうかな。

さて今日は、お出かけのついでにまた野鳥観察。

今回はヤマガラとシジュウカラが現れました。まったく鳥の見分けがつかない初心者だけど、この二種類くらいはわかるように…なったかな?

おなかがオレンジ色なのがヤマガラ。鮮やかな色のおかげで、スズメ類の中ではわかりやすい!

おなかが白く、頭が黒く、背中がうぐいす色っぽいのがシジュウカラ。ほかにゴジュウカラとかハシブトガラがいますね。

こうやって眺めていると動きが愛らしい。鳥好きの友だちの気持ちがやっと少しわかってきました。でもやっぱり家で飼うより野生のを観察するほうが好きだな。

オオアカゲラ?っぽいキツツキがドラミングしているところも動画撮影できました。…が、あまりに遠すぎて、最大までズームインしてもなんだかわからないレベルなのが悲しい…。

なんとなーく配色からオオアカゲラ認定したんですが、肉眼でもカメラでも遠すぎてわからない。

もっと良いカメラを買うべきかどうか…。最近ずっと同じこと言ってますね。だけど買うとしたら、何ヶ月も後になりそう。

けれども、スノーシューで冬の森の中を歩き、立ち止まって耳を澄ませて、鳥の鳴き声にフォーカスするのはとても心地よい。

あちこちから立体的に音が聞こえ、さまざまな気配が入れ代わり立ち代わり感じられるので、今まで使っていなかった感覚が目覚めるような気分になる。

木立の向こうから、ドラミングする音が聞こえてきたり、トドマツを駆け上がるキバシリが葉のすきまに ちらりと見えたりするとわくわくします。

あの冬芽はクロミサンザシだったのか

スノーシューで森の中を散歩しながら、鳥の鳴き声に耳を澄ますとともに、冬芽の観察も。

今回の一番の収穫は、なんといってもこれ!

このちょっと形の崩れた…なんと表現したらいいのか、シナモンロールみたいな感じの冬芽。

この変な形の冬芽は、先月、山の中歩いているときに見つけた、黒い実がなっていた名前のわからない木と同じ!

あのときは結局わからなくて、エゾヤマザクラに似てるかなぁ…という自信なき結論に達しただけでした。バラ科なのは確かだろう、というところまでは行ったんだけど。

でも今日、じっくり観察してみたら、下の方の細い若枝に、トゲトゲがあるのを発見。その瞬間気づいた。これはサンザシだ!

うちの町の林業標本とか図鑑とかを見て、サンザシの可能性は考えてはいたんです。このあたりでは、サンチンと呼ばれて親しまれている木らしいので。

特にクロミサンザシ(あるいはエゾサンザシ)は、その名の通り実が黒い。あの日山で見たのはサンザシかも、って。

だけど、撮ってきた写真は、どれも枝にトゲがなかった。図鑑にはサンザシにはトゲがあるって書いてあったので、これはトゲがないから違うか、って却下してしまった。

でも、今日気づいたのは、大きく成長したサンザシは、太い枝にはトゲはなくて、若枝だけトゲトゲしているようだ、ということ。

考えてみればトゲは若木のころに身を守るためのものだから、成木になったら、ほとんどトゲがないのが当たり前なのかも。同じくトゲが特徴のハリギリとかハリエンジュも大きくなるとトゲがなくなっていくし。

だから、あの黒い実はきっと、サンザシだったんだな、と解決しました。サンザシ(サンチン)は有名だから、山にたくさん生えていてもおかしくない。

こうして、保留にしてた疑問がひとつまたひとつと解決して、世界が広がっていくのって本当に楽しい。自分の目で見、足で歩いて知るのってすばらしい。

ニワトコ、ノリウツギ、ツノハシバミ?の冬芽

そのほかの冬芽の観察もいろいろしました。まず面白かったのはこれ。たぶんハリエンジュだと思うんですが、枝にツルがからまってますよね。

まるでWHOのマークのモチーフになっているアスクレピオスの杖とかモーゼの銅のヘビみたいだ。

あまりよく観察しないで、冬芽が似ているから、ハリエンジュが自分自身にからみついてるのかなと思った。マメ科だから、ハリエンジュも若い枝はツル性なのかなって。

でも、帰ってから調べてみると、そんな話は見かけないので、何か別のツル性植物かな。巻き方向(S巻き)も手がかりになるだろうか。

次は、この前もたくさん見つけた、エゾニワトコの冬芽、花芽も含まれているのか、とにかく大きくてわかりやすい。

対生で丸い冬芽はハシドイ(ライラック)とも似ているけれど、葉痕部分の形が違うと思う。ハシドイは冬芽の根本の葉痕部分がもっとせり出している気がする。

近くにあったこれもニワトコ? でも色が違うのだけど…どうだろう? ネットで調べると緑のも赤のもあるように思えるが…。

たぶんこれもニワトコで合っているとは思うけれど、もしかすると、ニワトコと同じレンプクソウ科の別の植物かもしれない。ミヤマガマズミとか。

次の写真はおそらく、これもまた先日山で見つけたノリウツギだと思う。他の冬芽とはまったく違う、動物にかじられたのかと見まがうようなツンツンした形がおもしろい。

もっと上のほうに、カリカリに乾燥してドライフラワー化したアジサイみたいな花が一輪だけ残っていて、アジサイ科であることを裏付けてくれた。

道端の植物の名前をこうして推量できるようになって、複数の証拠から確かにそうだとわかったときは嬉しい。知り合いが増えて彩り豊かになったような気分になる。

最後にもうひとつ。これも先月、山の近くで見かけて、結局名前がわからずじまいだった冬芽に似ている。確かそのときは、マタタビのつるが絡みついていたんだっけ?

とても鮮やかなルージュを引いたようなピンク色の冬芽。芽鱗もまた、唇のように先が2つに分かれている。

こんなに目立つ色、わかりやすい形なのに、なんの冬芽かわからない。だけど、今回調べてみたところでは、ツノハシバミが近いのかもしれない?

だけど、このあたりにツノハシバミなんてあるのかな。ハシバミだったら、カバノキ属なので、シラカバやハンノキみたいな雄花がついているはずだけど、あったっけ?

答えを出すにはまだ観察が足りない感じ。さっきのサンチンみたいに、そのうちはっきりするはず。この逡巡の思考過程も楽しみのひとつです。

もしかしてミズナラメウロコタマフシ!?とマメホコリ?

おもしろかったのはこれ。かなりの低木で、冬芽の目立つ小さな低木というか若木だったのだけど…。

このイガイガしたのはなんだ? 普通に考えれば、ドングリのはかまだと思うのだけど…。

だとしたら、これはミズナラ? 道北でブナ科といえばミズナラかカシワだけど、カシワはこんなはかまじゃないので。

確かにミズナラの冬芽は先のほうに密集してつくし、タケノコ型だし、らしくはあるんだけど、こんな黒ずんだ色だったっけ? もっと黄銅色だったような…。ちょっと成長したらこんな色になるのか?

ミズナラかどうかの確証はないものの、家に帰って調べてみたら、おもしろいことを知りました。

なんとこのはかまだと思っていたのは、ミズナラメウロコタマバチの虫こぶ、ミズナラメウロコタマ「フシ」だったらしい! ものすごい名前だ…。

ミズナラの冬芽に寄生して虫こぶをつくる虫らしく、だとすれば、写真のような場所にイガイガがついていた理由がよくわかります。

まさか冬芽に間借りして生活している生き物がいるなんて…。こんなところでも命は営まれているんだなぁと驚きました。世界は不思議で満ちている。

さらにそのミズナラと思しき若い木には、オレンジ色の点々がたくさん。これって粘菌だけど、マメホコリかな?

マメホコリがいるってことは、このミズナラの若木はもう死んでいるということなのだろうか。だからミズナラらしくない黒ずんだ冬芽になっちゃっているということかな。

若くして冬を越せずに死んでしまったのなら、この木にとってはかわいそうなことだけど、それがハチの子のアパートになったり、粘菌の食べ物になったりして、森は生きてるんだなぁと感じます。

今日はスノーシューで歩いてたくさん発見があって楽しかった! 真冬なので、そんなに外にずっとはいられないけど、敏感に観察して、たくさん気づくことができたと思います。この感性を大切にしたいな。

2020/02/03月

悩み多き雪道散策

今日は写真なし。だったらたまには絵を描けば…と自分でも思うのですが、もっと気軽に絵を描ける環境を模索中。

Painter立ち上げてがっつり描くのはハードルが高いし、夏にやっていた新絵心教室というのも3DSが操作性悪くてめんどくさい。Switchで絵心教室出たらもう少し描きやすくなるかなぁ…。

今日は体調も今ひとつ悪く、朝起きるとどっと疲れが出て二度寝。昨日もそういえばかなり疲れてたし、連日動きすぎのようです。もと慢性疲労症候群だということを忘れちゃならぬと自戒。

それでも、外に出かける用事はあったので、はらはらと粉雪が舞う町中を何キロか歩きました。自転車でもよかったんだけど、なんか疲れているときは歩きたい気分。歩きながら考えて、ぼーっとして、気分転換する。

道中に立ち並ぶ街路樹を見上げて、ああ、この木はきっとヤチダモだ、ナナカマドだ、ヤマモミジだ、などと推理するのが楽しい。

下から見上げるだけで、冬芽の形、対生か互生か、実はついているか、などはなんとなくわかるので、乏しい知識ながら、地元の種類なら当てずっぽうができる。少しは進歩しているといいのだけど。

2020/02/04火

雪に埋もれた氷爆

また森の中を歩いて、久々に近くの滝を見にいきました。

ここ一週間ほど、それなりに雪が降ったので、森の中はかなり分厚い雪に覆われていました。スキー用ストックを突き刺してみると、腰くらいの深さはあります。スノーシューなしでは歩けません。

そのスノーシューも、一歩一歩が重く、しっかり足を上げないと進むことができません。腿上げ運動です。

雪はとても細かいサラサラとした粉雪で、スノーシューなしではきっと流砂のように沈みこんでしまいます。水分がほとんど含まれていないので、スノーシューの底にダマになってくっついてしまうこともありません。

この冬はじめて、道北の雪らしい雪の上をスノーシューで歩けたかも、この砂漠の砂のような雪、底なし流砂のようにずぶずぶっと沈んでしまうような雪こそ、道北のパウダースノーです。

先月来たときはいともたやすく登れた山肌も、砂のような雪で深々と覆われているので滑る滑る。あきらめて帰ろうかと思ったほど。何度も滑って腰まで埋もれながら、根性だけで登りました。

山肌を降りるときは、一歩一歩しっかりカカトに力を入れて踏みしめれば、雪を固めて圧雪状態の階段を作ることができます。帰り道は自分が作った階段を登ればいい。

だけど、先に山肌を登るときは、そうした階段があるわけでもなく、どこまでもめりこんでしまうような雪の斜面に悪戦苦闘しました。足腰は鍛えているつもりだけど、かなり厳しい道のりだった。

やっと到着した滝は、すっかり雪に覆われてしまっていて、ほとんど氷爆は見えませんでした。そんなに大きな滝じゃないから、これくらい降ると埋もれちゃうんですね。

これはこれで迫力がありますが、誰かを連れてくるときには、がっかりされてしまうかも。雪が少ない今シーズンでこれだから、普段は12月末から1月上旬くらいに来たほうが良さそうですね。覚えておこう。

ドロノキの冬芽だろうか?

道すがら、いつものように自然観察もしてみる。鳥の鳴き声も聞こえたけれど、今のレベルでは何か見当もつかないので、さしあたってはいつもの植物観察を。

まず森の入り口付近で見かけた、このとても目立つ冬芽。毎回、これはなんだろうと思いながら通り過ぎているんだけど。

冬芽の形だけ図鑑で調べたかぎりでは、候補は「ドロノキ」「アカシデ」「サワシバ」あたりか。

アカシデとサワシバ(サワシデ)はどんな木なのか全然知らない。どちらもカバノキ科の仲間の「シデ」らしい。シデとは横綱に垂れ下がってるようなしめなわのこと。花が似ているのだとか。

アカシデは少なくとも道南までしか分布してないらしいから違う。サワシバの分布は不明だけど、芽鱗が多いみたいだから、この写真のとは違うっぽいかな。

可能性が高いのはドロノキか。川のそばだったから可能性はありそう。ドロノキならポプラっぽいまっすぐな樹形が特徴だけど、この木がそうだったかはわからない。違ったような気もするけれど、ちゃんと観察したわけではないから。

図鑑の写真で冬芽を見ると、大きさや別の角度がわからないので、どうしても形や色が似ているかどうかだけで判断してしまう。実物を見てみると、これらは全然違う冬芽なのかもしれないのに。

ほかに候補があるとしたらシウリザクラ。なのだけど、手持ちの冬芽図鑑にこれは載ってないというね…(苦笑)

道北ではかなり一般的な桜で、町の資料館に標本も飾ってあった。ネットで検索して出てくる数少ない冬芽の写真を見る限りは似ている気がする。

シウリザクラは、春になると、春紅葉といって、芽吹いた葉が紫外線対策で赤く染まるらしい。これがドロノキなのか他の木なのかは今のところよくわからなかったけど、その時期になれば、見分けがつくようになるでしょう。

マユミ、オオカメノキ、シナノキの冬芽

森の中で何度も見かけて、なんだろう?と首を傾げた冬芽。そのたびに写真を撮ったけれど、あとで見返すと同じものだった。

あずき色の小さな冬芽だけど、対生だから、そんなに候補は多くないはず。しかも、芽鱗が折り紙で作った兜のような面白い形に組み合わさっている。

調べてみたところ、おそらくマユミの冬芽じゃないかな、と思った。確かにマユミはこのあたりの森でよく見かけるから、ありうるとは思う。

それにしても、図鑑で見て驚いたのが、マユミの仲間のニシキギ科の冬芽のバリエーション。マユミとツリバナは、実は似ているんだけど、冬芽が違いすぎる。ツリバナの冬芽は、さっきのドロノキ?の冬芽みたいな細いドリル状。

たとえばイヌエンジュとハリエンジュみたいに、近縁でも冬芽がまったく違う木は多いんだけど、新しく知るたびに驚く。生き物の形というのは、なんと変化に富むものなのだろう。

次はお気に入りのオオカメノキ。ここを訪れるたびに、毎回写真を撮っていると思う。とても見分けやすい特徴的な冬芽で、橙色の裸芽が雪の白を背景に、とてもよく目立つ。

葉痕もはっきりくっきりしていて、数ある冬芽のなかでもトップクラスの見分けやすさを誇る。初心者に親しみやすい冬の森のアイドルといっても過言ではない。いや、今思いつきで書いただけだけど。

裸芽だから、芽鱗がついておらず、葉のしわしわがかわいい。展開していくところをぜひ見てみたいけれど、寝起きのクマに出くわさないか心配ではある。

そして、次は、なにげに初めて写真を撮ったケヤマハンノキの冬芽。通常は高い位置に枝がある木なので、近くで見れない。今回はたまたま若木を見つけたので。

ソーナンスの頭みたいな楕円形の冬芽。いや、たとえがわかりにくいな。ラグビーボールみたいな、と言ったほうが一般的か。

芽鱗は2枚か3枚ほどなので、見る角度によっては、コーヒー豆みたいに割れている。珍しい形なので、冬芽の中では見分けやすいほうだと思う。もしかしたら似てるのが他にあるのかもしれないが今はまだ知らない。

近くに落ちていたケヤマハンノキの実。松ぼっくりに似ている。松かさ状のひだの中に詰まっている翼果はもう飛び去ったあとかな。

枯れ木を覆うニクハリタケ?

そのほかに見かけた不思議なものは、この黄土色の貼り付いた菌類。いったい何者だろうか。

今までの浅い経験からいくと、なんとかコウヤクタケとか、なんとかハリタケ、なんとかウロコタケみたいな名前がついていそう。

でも同定できなかったので、Google Lens先生にお願いしたところ、Steccherinum ochraceumだと教えてくれた。読めない!

検索してみると和名はニクハリタケらしい。肉つまり肌色の貼られているキノコという解釈でいいのかな。

面白かったのは、以前見たコウヤクタケみたいに表面がパリパリしているわけでもなく、ウロコタケみたいに丸い模様がつらなっているわけでもなく、ヒダ状の毛皮みたいな模様がついていたこと。

こういった表面をしているのは、調べてみた感じでは、シワタケと呼ばれるタイプの菌類の可能性もあるようだけど、今のレベルではわかりません。

でも、シワタケにしてもハリタケにしても、そのまんまなネーミングだなぁと思わずにいられない。第一印象で適当に名前つけちゃったような。これだったら、自分でもっとよく観察して、自分なりの愛称をつけたほうがましかも。

レイチェル・カーソンも言っていたように、名前を知るよりもっと大事なのは、この生き物の関係性に思いをはせることかもしれない。

この場合、すでに枯死して杭のように立ち尽くしている樹木の表面に、ニクハリタケ?がとりついていた。普段はひっそりと目につかず、森の生き物が死んだときにだけ看取りにやってくる菌類。

森の清掃人ともいえる、こうした目立たない生き物が生命を分解し、新たな生命の素材へと作り変えているからこそ、森はいつだって生命をつなぎ続けているのだと思うと感慨深い。

こうして、今回もたくさん発見があって楽しかった雪の森の散歩。だけど、雪が深くてそこそこハードだったので、明日は筋肉痛に悩まされるかもしれません…。

2020/02/05水

マイナス20℃でカメラを取り出す人たち

今日はかなり冷え込みました。ピキーンと空気が張りつめ、厳粛さに包まれる空間。道北の人たちは、これを「寒いね」を超える状態「しばれるね」と呼び合います。

最低気温はマイナス20℃超え。朝、車に乗ろうとしたら、フロントガラスに窓霜の芸術が。誰かがデザインしたおしゃれな切子ガラスにしか見えない。だけど100%天然物です。

運転するには溶かさないといけないからもったいなかったけれど、案外、レトロな切子ガラスの紋様を最初に思いついた人って、ガラスにびっしりついた霜から連想したんじゃなかろうか。

さて、しばれた日とはいっても、昼間はわりかし暖かくて、フードもかぶる必要がないほど。でも、夜になると、さすがに冷え込んできた。

そんなしばれた夜には家でじっとしていられない。ぜひともサイクリングしなくては! 

だって張りつめた空気は炭酸飲料みたいにスカッとしておいしい。ちょうど、ほてった体でキンキンの湖に飛び込むフィンランドのサウナみたいなもの。やみつきになる気持ちよさ。

しばれた夜は、路面も安定して走りやすい。ナトリウム灯の明かりにギラギラと鈍く輝く圧雪路を独り占めして全速力で駆け抜ける。こんなぜいたくができるのは極寒の道北の冬だけ!

去年引っ越してきたときは、マイナス20℃なんてとんでもない寒さだと思ってたし、事実、一度20.4℃でサイクリングしたときは、心臓がバクバクしていた覚えがある。寒さというよりアドレナリンで。

なのに、今年はぜんぜん寒いと感じない。いや、寒いことには寒いけど、まだいけるって感じる。たぶん服装を工夫して極寒使用のインナーを着てるおかげですけどね。

本当の地元の人たちは、ウソかマコトか、子どものころ、マイナス30℃の朝でも半ズボンで学校に行ってたとか言いますし。さしものわたしも、マイナス30℃や40℃は自信がないなぁ…。

けれども、スマホの天気予報に入れているオイミャコンとかアンカレッジの現在気温を見たら、マイナス40℃とかマイナス50℃とか出てて、人間ってすごいなぁ…と思わせられます。

さて、めったに車も走っていないマイナス20℃の道路を、気持ちよさを噛み締めて滑走していると、町の気温計が見えてきた。浮かび上がる20.0の数字。

せっかくだから、と止まって写真を撮ろうとしたら、ちょうど向こうから歩いてきたおじさんがいて、わたしと同時に立ち止まって、どこからか一眼レフカメラを取り出して気温計に向ける。

知らない人なのに、思わず顔を見合わせて笑ってしまいました。

「珍しく20℃なってますね」と一言二言会話したけど、なんか照れくさくなって、すぐ自転車を漕いで立ち去ってしまった。

そういえば、去年マイナス21.4℃のときも、ここで写真を撮ったけれど、そのときも歩行者の女性が、わたしの後にスマホで写真撮ってたのを思い出しました。

みんな考えることは同じなんだなぁ。道北に住んでて自慢できるのは最低気温くらいしかないからなのかもしれないが…。

そのあとも、極寒の夜なのに、何人か歩行者に出くわしました。ウォーキングしている人もいてびっくりした。

向こうもきっと、極寒の夜に防寒着とゴーグルつけてサイクリングしてる謎の人物と出くわして驚いたでしょう。ユニークな人がいっぱいいる不思議な町です。

ヤマナラシの樹皮と冬芽を見分ける

家の近所に、ふと今まで気にしたことのない不思議な模様の木々があることに気づきました。

遠目でみると、下の方はひび割れたゴツゴツの樹皮なのに、上のほうはすべすべとしたカバノキのような樹皮に見えました。背の高い樹木って、下と上で幹の感じが変化することがよくあります。

近づいてよく観察してみると、黒い菱形の模様がたくさん並んでいることがわかりました。菱形の模様というと、イヌエンジュの幹なんかもそうですが、こんな白黒パターンは初めて見ました。

背の高い木にしては、とても珍しいことに、すぐ手の届く高さに枝があったので、冬芽も写真に撮ってみました、最近の写真の中では、かなりうまくピントが合った会心の写真。

 

いったいなんの木だろう?  枝の色や形はバラ科っぽい?

最初に思ったのが、ナナカマドみたいな冬芽だなぁということ。だけど、ナナカマドは葉痕の維管束痕が5つなので違う。

ナナカマドととてもよく似ていて、葉痕の維管束痕が3つのアズキナシの可能性も考えてみました。まあ似てはいるのだけど、ちょっと形が違うような。

アズキナシの樹皮も、この写真みたいに菱形の模様が並びますが、アズキナシは黒地に白い模様なのに対し、この木は白地に黒い模様で色が反転している。(例によって樹皮は樹齢によって見た目が大きく変わるので参考程度でしかないが)

何より、この木を見上げたときに、実がついていた跡が見当たりませんでした。ナナカマドやアズキナシは、冬でも実がついていたり、実が落ちた跡が残っていたりするので。

でもこの木にはそんな痕跡がない。代わりにあったのは…

なんだか巨大な丸っこい花芽のようなものと、そこから出てきたと思われるモフモフのファーみたいな何か。いったいなんでしょうか。

図鑑で調べてみますが、わからない。というのも、最初、ナナカマドかアズキナシに似ていると思ったせいで、バラ科ばかり調べてたから。サクラの仲間かな、とあれこれ調べては空振り。

仕方なく、今回も偉大なるGoogle Lens先生に尋ねてみることに、樹皮がかなり特徴的に思えたので、その写真で調べてみると、類似画像のところにまったく同じ樹皮の写真が出てきた!

その画像元のページをたどってみると、「ヤマナラシ」という木だとわかりました。名前は聞いたことがあったけど、まさかこれがヤマナラシだったなんて。

ヤマナラシとは、昨日の日記で話に上ったドロノキと同じ仲間の木。もっとわかりやすくいうと、ヤマナラシもドロノキもポプラの仲間です。国産ポプラともいえる。

別の表記で書くと、ヤマナラシ=ハコヤナギ、ドロノキ=ドロヤナギ、ポプラ=セイヨウハコヤナギで、どれもヤナギの一種でもある。

いずれもポプラと同じように、幹が一本まっすぐに高く伸びる樹形をしているのが特徴。確かにこの木もそんないでたちだった。

冬芽図鑑を調べてみたら、確かにヤマナラシの冬芽や葉痕にぴったり。しかも、あの謎だった白いモフモフのことも解説されていました。

3月から4月ごろ、葉が出てくる前に咲く、ヤナギの花序だそうです。言われてみれば、ヤナギの花はモフモフでしたね。でも2月の極寒期に芽吹いているのは気が早いように感じますけど。

ドロノキやヤマナラシは、全然珍しい木ではなく、山の近くにいけば、あちこちに群生しているようです。図鑑の写真とにらめっこしてみれば、確かに見たことある樹皮にも思う。

ご多分に漏れず、若木と老木では樹皮の感じもかなり違うので、樹皮だけで見分けるのは難しそうですが、きっと、今までも何度も目に入っている木なんでしょうね。

気づいていない、知らない、わからないだけで、わたしたちのまわりにはさまざまな生き物がいる。それをこうして、ひとつひとつ見分け、知り合いになっていくのはいつだって嬉しいものです。

2020/02/06木

ついに今シーズンも朱鞠内で-30℃が

昨日の夜はかなりしばれましたが、ついに今シーズンもマイナス30℃がきました。

北海道で今季初の−30℃以下を観測 今季最強の寒気で強烈な冷え込み – ウェザーニュース

うちの近所の朱鞠内湖と、旭川の江丹別。ともに過去にはマイナス40℃の記録ホルダーのあたりだから、30は序の口でしょうけれどね。

わたしも一度は30℃でサイクリングしてみたいけど、たいてい30に届くのは深夜か明け方なので、チャンスがあっても25℃くらいかな。今週末あたりが狙い目になりそう。

ちなみに、この前書いたように、わたしはスマホの気温アプリに海外の極寒地の情報もいくつか入れています。オーロラが見えるところに憧れがあるので。

その中だと、サハ共和国のオイミャコンがダントツで寒く、マイナス50℃もよくあります。カナダのイエローナイフやアラスカのフェアバンクスはうちより10℃寒いくらいか。

アラスカのアンカレッジやノルウェーのスバールバル諸島は、案外いい勝負で、こちらのほうが寒いこともよくあります。ここの寒さが大丈夫なら移住もできるかも?

とはいえ、それらの地方はオーロラが見える=緯度が高くて白夜や極夜になる、という場所なので、夜はともかく昼間が嫌いなわたしには辛そうです。道北の夏でも昼が長くて嫌なのに(笑)

道北は気温のわりに緯度は低い(ヨーロッパだとフランスやイタリアあたり)ので、緑色のカーテン状のオーロラは見えません。

赤い低緯度オーロラならたまに見えるそうですが、夕焼けとか都市の明かり(霧の夜などはナトリウム灯が空に反射する)と区別しづらく、出ても気づいてないかもしれません…。

2020/02/07金

ハルニレの冬芽の表情

やってしまいました。あまり気が進まないのにスキーに出かけて、転んで手をついてしまって、手首を負傷。

位置的に中手骨か舟状骨を骨折してないか心配です。痛みの感じからすると骨折ではなく、この前の頚椎捻挫に似ているように思うのですが…。少なくともタイピングはできます。

ここのところ、ウクレレ練習のマイブームが再燃して、G♭みたいな難解なコードも押さえて弾き語りできるようになっていたというのに、この負傷のせいでしばらく弾けなさそう…。

北海道に住んでいるならスキーくらいできるようにならないと、と無理していましたが、こんなリスクもつきものだし、やめておこうかなぁ。

サイクリングとかスノーシューのほうが、わたしにとってははるかに安全だし、つまらないゲレンデではなく、どこでも好きなところにいって自然観察できるほうが楽しい。

それはそうと、用事で町中を歩いているときに、中心街に立っている大木に目を留めました。いつも見ている木だけど、何の種類か気にしたことはありませんでした。

ついこの前まで、わたしは樹木や植物の名前なんて全然興味がない人間でした。だけど、今のわたしなら、冬芽で見分けられるのでは?と近づいて観察してみる。

幸いにも、ひこばえがたくさん伸びていたので巨木とはいえ、手の届くところに冬芽がありました。その形を観察してみると…

なんだっけこれは。最近は見ていないけど、冬のはじめごろに観察した記憶があるような。タケノコ型だけど、偽輪生してないからミズナラではないし。町の真ん中にある大木といえばハルニレか?

そう推理して帰宅してから調べてみたら、予想通りでした。葉痕の形がくっきりしていて、ドワーフの顔みたいで覚えやすいですね。

冬のはじめごろに観察したハルニレの冬芽はもっともっと小さかったような記憶があるのですが、これは大木だから大きいのか。あるいはわたしが小さな冬芽を見慣れてしまったのか。

いずれにしても、地域に自生している樹木は、かなりの種類を冬芽で見分けれられるようになってきました。樹形や樹皮では判別できなくても、冬芽を見れば誰なのかわかるのが楽しいです。

今回はハルニレだったけど、森の中だったらオヒョウニレかもしれない、と候補をしぼりこんでいけますね。

都会で見かける植物や樹木は園芸種ばかりですが、ここでは地域に根付いた自生種が大半を占めます。

脈絡のない園芸種と違って、周囲の環境や生態系を頭に入れて推理できるので、新しい知識を学ぶのが楽しいですし、知るにつれてどんどんこの地域の生態系に対する愛着が深まります。

この冬は、インフルエンザ、頚椎捻挫、そして今また手首を痛めるなど災難続き。でも、まったく冬芽について知らない状態から観察を積み重ねてこられたことが嬉しいです。

2020/02/08土

雲ひとつない夕焼け

手首の捻挫は、一晩おくと、昨日より動かせるようになりました。まだ力を入れると痛みますが、指や手首の可動域は問題なさそうです。

転んだときに変な手の付き方をして、どこか骨折してるんじゃないかと不安でしたが、1週間程度で治りそうでよかったです。治るまで3週間かかった首よりは軽症の模様…。

でもやっぱりスキーは怖い。子どものときから滑っているならともかく、雪国2年目で調子に乗るもんじゃないですね…。もともと運動神経がいいわけでもないし。

今日はこの冬いちばんの冷え込み予報で、夜中にはマイナス28℃くらいまで下がる見込みです。それはつまり、空がよく晴れて、放射冷却が起きているという意味。

だから、夕暮れごろ空を見上げると、雲ひとつない冬晴れでした。まだ日が沈んでいないのに、マイナス15℃ほどまで下がっていたくらい。

これはサンピラーが見れるかもしれない!と期待して近くの山の上まで急いで出かけましたが、残念ながら、タッチの差で太陽が沈んでしまいました。遅かった。

それでも、雲ひとつない空を茜色に染め上げる夕日の残光が輝いていました。

手前の除雪で積み上げられた砕けた雪と、奥の自然に積もった真っさらな雪のコントラスト。波打ち際に砕ける波と穏やかな大洋のよう。

冬場ですから、太陽が沈むのは南寄りの西です。だから、上の写真は、ほぼ真西の方角を撮ったものになります。

道北にはそれほど高い山がないので、はるか遠くまで見渡せて、空の広大さを堪能できます。

太陽が沈んでいく山地をズームして撮ってみると、こんな虹色のグラデーションの写真も撮れました。脳で色が補正されるのか、手前の木々が緑っぽく感じられます。

よーく見ると、雲はちょっとだけありましたね(笑) でも、そのわずかな雲が、山々の上にただよって、また淡い水彩画のような情緒をもたらしてくれています。

さあ、これから今夜は、さらに放射冷却が起こって、マイナス28℃まで冷え込む予想。今年も温暖化で30℃には届きそうにないのは残念ですが、おそらく今シーズンの最低気温になるでしょう。

わたしが今までサイクリングしたことのある最低気温は21℃くらい。今日はその記録を更新できるかも。28℃まで下がるのは真夜中ですが、日付が変わる前でも25℃くらいはいくようです。

今年はこれまで、一番 厚い防寒着を着なくてもやってこれたけど、今日こそは万全の装備で挑むとしましょう。

思うほど下がらないマイナス22℃

というわけで、23時半ごろ、重装備してサイクリングに出かけましたが、残念ながら、マイナス22℃しかありませんでした。

それでもわたしがサイクリングに出かけた気温としては最低気温を1℃弱更新してはいますけどね。万全の装備を整えただけに肩透かし気味です。

マイナス22℃の夜ともなると、出歩いている人影はなく、たまに自動車が通りかかるくらい。自動車のドライバーにどう思われていることやら。

これから朝方にかけてさらに数度ほど冷え込む見込みですが、おそらく25℃くらいで打ち止めでしょう。わたしは明日用事があるので夜ふかしもできないし。

雪不足といっても、町中のバス停が埋まるくらいには降っているこの冬。排雪や除雪の回数が今シーズンはかなり少なくすんでいるようです。業者さんは仕事がなくて大変ですが…。

このわずかな雪も、来週には溶けそうな見込み。季節外れの暖かさで、日中プラス気温になる日が、4日くらい連続しそうな天気予報でした。

わたしの大好きな冬が終わりに近づいていることに寂しさを隠せません。去年もそうでしたが、春前は憂鬱です。春は春で楽しいことがある、と気分を切り替えていくつもりですが、やっぱり憂鬱です。 

と言いつつ25℃サイクリングしてきた!

という話で終わらせてしまうのはあまりにもったいないし、憂鬱な結末なので、寝る前にもう一回だけサイクリングしてきました!

ついさっきとは明らかに違う寒さ。重装備の弱点をついてくる。上半身は極寒地対応のダウン、下半身はスキーウェアを着ているが、顔と手は装備が甘かった。

顔面は、ゴーグル型メガネやバイク用のマスクでガードしているけれど、それでも隙間風が痛い。手は、手袋を二重にしているけれどかじかむ。極寒地用ではなく、間に合わせの装備だから仕方ない。

それでも、だてに重装備しているわけではなく、自転車で走ること10分、気温計までは問題なく、たどりつけました。この寒さは今まで最低じゃないかと期待をもって確認してみると…

マイナス25℃! ついに次のステージに一歩上がった気分!

しかし、先程より3℃寒いだけで、こうも体力を削られるのか…。ちなみに、サイクリングしてるのはこんな道。

寒いと言ってもほぼ無風なので、自転車を降りてじっと立っていたり、歩いたりするのは、まったく問題ありません。それなら30℃になっても大丈夫だと思う。

しかしいざ自転車に乗って漕ぎ始めると寒い。風が体感温度をガリガリ削ってくる。マスクで鼻を覆ってはいるけれど呼吸すると冷たい。冷えすぎたかき氷を食べたときのよう。高山にいるわけでもないのに、息が切れてくる。

さしものわたしも、自転車で走るのは、これくらいの気温が限界じゃないだろうか、と感じました。マイナス30℃で出歩くとしたら、自転車じゃなくて徒歩が無難かもしれない。

しかしながら、身体が温まってくると、まだ行ける?という気にもなります。かじかんでいた手も、しばらく走っていると暖かくなってきますし。

何より、今日はまだ手の負傷が治っていない中でした。手に力が入らないから、服の袖口などをきつく縛れなかった。自転車の運転も片手は添えているだけだった。 

だから、万全の体調で、さらに重装備を工夫できれば、もう少し寒くてもいけるような伸びしろも感じました。いったいわたしは何と戦っているんだろう。

にしても、いい経験ができました。今年の冬はマイナス25℃のサイクリングができた!

これは実地で身体感覚を通して体験してみない限り、理解できない領域なのです。この経験は、きっと代えがたい冬の思い出として残り続けるでしょう。

2020/02/09日

はじめてマイナス30℃超えた日のシャボン玉

天気予報を信じて、30℃には届かないと油断してた!

昨晩夜ふかし気味でマイナス25℃サイクリングをしたあと、珍しくぐっすり満ち足りて寝ることができ、起きたのは8時ごろ。

気温を見てびっくりしました。マイナス30℃超えただと…??

朝方に急激に冷え込み、早朝にマイナス30℃を超えて、道北のあちこちで今季最低気温を記録したそうです。最低記録は旭川の江丹別でした。

北海道で-36.0 ℃ 国内では19年ぶりの冷え込み – ウェザーニュース

あとになって地元の人たちと世間話したとき、この土地の寒さを誇りとしている住民たちなので「江丹別“なんか”に負けた!」と悔しがっていました。

でも旭川は公式記録でマイナス41℃を記録してるところだからなぁ。致し方なし。しかしまさかこの温暖化してるご時世に36℃行くとは思ってなかった…。

わたしが起きたときにはもうすっかり寒さも緩んでマイナス22℃くらい。その気温で寒さが「緩んだ」と表現するのは何かおかしい気もしますが、事実なのでしょうがない。

しばれた朝の恒例ともいえる、氷の精が描く我が家の窓霜アートは見事な出来栄えでした。

じつは昨晩、マイナス20℃以下まで冷え込んだとき、家の庭でシャボン玉をふくらませました。

「凍るシャボン玉」を先日試したときは失敗しましたが、今回は地面すれすれで吹くなど工夫。見事に丸い形のまま、雪の上で時間を止めることに成功しました。

それが翌朝になってみると…

マイナス30℃もの冷え込みを経て、時の流れが止まったシャボンたちは、凍てついて霜に覆われていました。ナルニアの白い魔女はきっとこうやって魔法をかけたに違いない。

手で触れると、シャーベットのようにはかなくもろく、一夜限りの魔法はとけて、崩れ去ってしまうのでした。

残念ながら、今回は、マイナス30℃をリアルタイムで経験することはかないませんでした。でも、わたしが引っ越しきてから初めて、マイナス30℃を超えた記念日であることは確かです。

リギダマツの樹霜と、川霧をかきわけるカモの群れ

午前中、あたりを散歩して自然観察していると、わたしが大好きな例のミツバマツがまたしても樹霜で凍りづけになっているのに気づきました。

ミツバマツ、つまり葉が3本のマツは日本の自生種には存在せず、外国産のリギダマツ、テーダマツ、スラッシュマツ、ダイオウマツのいずれかと思われますが、寒冷地対応ということで、たぶんリギダマツじゃないかな、と踏んでいるマツです。

わたしが自然観察をしてきて、陥りがちな失敗は、ただ目で観察するだけで満足してしまう、ということです。意識して思い出さないと、他の感覚を使うのを忘れてしまいます。

耳で音を聞く、というのはたまに無意識でもできますが、手で触れる、匂いをかぐ、というには大の苦手です。このときも、「そうだ、せっかくだから触ってみよう」と思いついたおかげで、すばらしい体験ができました。

フローズンアイスのように凍りついたマツの葉っぱに、そっと手を触れてみると、表面についた霜は、砂のようにさらさらと落ち、風に吹かれてキラキラ飛び去っていきました。

水分を含んでねっとりすることも、重くべとつくこともなく、ダイヤモンドダストのごとく大気に溶けていきます。

霜が落ちた葉は、まるで最初から霜など一度もかぶらなかったかのように、力強く、つややかな緑に輝いていました。

もうひとつ驚いたのは、すぐそばを流れる天塩川から、温泉のような湯気が立ち上っていたことです。どこからか工業排水が流れ込んでいると言われても信じてしまいそうなほどの湯気。

だけど、澄み切った清純な天塩川に、そんな人工の熱の気配は感じられません。答えはただ一つ、大気があまりに寒すぎて、川の水が「相対的に」温泉のように暖かいということでしょう。

あとで知ったところによると、この現象は「川霧」と呼ばれているそう。ちょうど今日のニュースで、川の水温が気温より高くなると発生すると解説されていました。

道内−36度記録的な厳しい寒さ|NHK 北海道のニュース

マイナス20℃を越えるような極寒では、川の水さえも、温泉のように暖かいといえるのか。これまで、マイナス20℃で外出していたのは夜ばかりだったから川霧に気づかなかった。

川の水が相対的な意味で暖かい、ということを裏づけるかのように、この極寒の朝に、カモの群れが泳いでいました。種類はマガモ? 今のわたしではわかりません。

カモたちは、湯気がたちのぼる天塩川を、川の流れのおもむくまま流されるアヒルのおもちゃのように、慣性に逆らわずに泳いでいきました。

カモたちにとっては、この極寒の大気よりは、水の中のほうがきっと暖かくて快適なのでしょう。わたしは、いくら湯気が立ち上っているからといって、水に手を触れる勇気はありませんでしたが。

見渡す限りの流氷は壮観すぎた!

午後は、いきなり友人から電話があって、「いい天気だから流氷を見に行こう!」と誘われました。昨日接岸がニュースになったばかりの紋別のまっさらな流氷です。

わたしはてっきり、去年の経験から、ガリンコ号に乗りにいくのかと思っていたら、全然違いました。あんなのは観光客の行くところ。地元の人はもっといいスポットを知っているのだった。

オホーツク海に出て、沙留、そして紋別の海岸沿いにつくと、我が目を疑わんばかりの、海を埋め尽くす荘厳な氷のカーペットが!

流氷って! こんなに! すごいものだったのか!? その大迫力、水平線を埋め尽くす広大さに圧倒されました。ここは日本なのか、それとも北極海なのか?

去年、曇天の下、マグロがキンキンに引き締まってそうな寒々しいオホーツクの海を眺め、わずかばかりの氷を砕いた、あのガリンコ号はいったい何だったのか? 去年の感想記事を撤回しようかと思ったほどです。

ガリンコ号で有名な紋別港に行けば、確かに砕氷船には乗れますが、自然のままの海岸に接岸した、本物の流氷は見れないんだなぁと思いました。

わたしが見に行ったのは観光地化された流氷で、今回目にすることができたのは、本物の流氷だったのだ。

大勢の観光客にもみくちゃにされながら(そしてコロナウイルスの危機にさらされながら)、騒音けたてる砕氷船の上から眺める流氷も、それはそれで味があるのかもしれない。

だけどわたしは絶対こっちのほうがいいと思う。

自然のままの浜辺に降り、雪の隙間にちらりと見える黒い砂浜を踏みしめて歩き、波打ち際まで迫ってきた巨大な氷の塊に手で触れて、ときにはその上に乗って、自分が北極海に立っているかのように実感できる体験のほうが。

氷を砕く機械やスクリューの騒音にかき消されることもなく、遠い海から氷を運んでくる波の音にただ耳を傾け、鳥たちの歌声を探しながら、どこまでも続く砂浜を歩いて深呼吸するほうが。

やっぱり観光客と地元の人は違う。

わたしは一昨年、観光客としてたった一週間ほど道北を訪れたとき、自然が美しいとあまり思えなかった。ただ体調がよくなるから引っ越してきたにすぎなかった。

だけど、去年一年間、日々身近な自然に親しんだとき、なんて美しいのだろう、なんて愛しいのだろうという思いを深めていった。ひとときの旅行先の愛ではなく、共に暮らす家族のような愛を育んだ果てに。

旅行に来るだけでは決して見えないその土地の良さがある。大自然には、そこに住んで苦楽を共にすることを決意した人にしか見せない素顔がある。

波打ち際の流氷は、寄せては返す波に揺られて、持ち上がったり、落ち着いたりを繰り返していた。まるで海が呼吸しているみたいだと思った。自然は生きているのだ。人と同じように。

港を歩いていたとき、近くのお店の店員さんが、スマホで凍った海の写真を撮っていた。

話を聞いてみると、海が凍っているのはいつものことだけれど、このような模様になるのは珍しいのだそう。どうしてこんな力強い模様を描いてひび割れていくのだろう。

自然は毎日姿を変えるからこそ美しい。決して飽きることなく、来る日も来る日も発見と出会いがある。生きているってそういうことなのだと思う。

2020/02/10月

友だちと満月を眺めてアイスキャンドルを灯す

裏山の松林にスノーシューで登って、友だちと満月を見に行きました。本当の満月は昨日だけど、友だちの仕事の休みが今日しかなかったもので。

それなのに、昼間はあいにくの曇り空で雪もちらつく。これじゃ月は見えないかな、とがっかりしていたら、奇跡的に少しの時間だけ晴れてくれました。

興奮してスノーシューでドタバタ走り回ったせいで、地面が穴ぼこだらけの写真に(笑)。せっかくの真っ白な雪原だったのに…。

だけど、ふわっふわの雪をスノーシューで踏んだり、寝転がったりするのは最高に気持ちいいので、どうしても走り回りたくなってしまうのです。

満月は雲をまとっておぼろ月に。月暈が虹色に輝いていました。ほとんど明かりのない夜なのに、月明かりで雪がキラキラして遠くまでよく見えました。

一時的に完全に晴れて、まばゆいばかりの天空の鏡のようでしたが、すぐに曇ってきて、帰るころには分厚い雲に閉ざされてしまいました。一番いいときに眺めることができて、運がよかったです。

ここに引っ越してきてから、月や星空が身近になって、天体の運行の理解が深まりました。

たとえば、月の出は一日に50分ずつ遅れて、約30日で一周すること。もしかしたら学校でも習ったのかもしれないけれど、机上の知識なんて実感がないから、すぐ忘れ去ってしまうものです。

でもこっちでは毎日、月を目にするから、「ああ、あれが明日は50分遅れるのか」って思う。

昨日、流氷を見に行った帰り、18時ごろに満月が山の上の低い位置に見えていたので、「これが50分ずれるということは、明日、月を見に行く時間は19時以降がいいな」と計算していました。

また、星をよく見に行くようになったので、月明かりがある日は星が見えないことを学びました。新月か三日月のころなら満天の星空になるので、日々の月齢を意識するようになりました。

今日も、空を見上げながら、どの星が何座だと解説したり、天体の位置から方角を見極めて、町の位置などを教えることができました。これぞナチュラル・ナビゲーション。

でも林の中では、一瞬ちょっと迷いそうになって不安になりかけた場面も。わたし発案で見に行ったのに、ガイド役が迷ったら危なかった。怖い怖い。

家の近くを案内していただけだけど、森の中は普通に雪深いし、気温もマイナス10℃くらいはあるので、最悪の場合、家のそばで遭難しかねない。

先に進むのをやめて、自分の足跡をたどって引き返したほうがいいのでは?という気持ちが頭をよぎりました。

でも、落ち着いて自分の足跡を見て、どちらの方角から登ってきたか把握し、月の位置から方角を把握して、頭の中で地図を組み立てなおすことで解決しました。

自然を甘く見てはいけない。油断するとすぐ道に迷ったり、アクシデントが起こったりするから、常に注意深さを忘れないように、あたりをよく観察して歩かなければ。

結果的に、今回のスノーシューてせのお月見は、友だちもとても楽しんでくれて、大成功でした。何度も歩いて、もっとわたしも経験値を積みたいです。

ところで今日は、先週から毎日ひとつずつバケツで作っていたアイスキャンドルに火を灯してみました。明日あたりから季節外れの暖かさで溶けてしまいそうだったので。

家の庭に飾ったアイスキャンドル。暖かい光がとても心地よい。友だちにも見てもらえて、作った甲斐がありました。来週また寒くなったらもう一度くらいは作れるかな。

そうそう、手の捻挫は、ウクレレ弾けるくらいまで改善しました。まだ人差し指でセーハするコードを押さえると痛いけれど、明日か明後日には完治しそうです。

転んだときは手にものすごい衝撃を感じてジーンとしたので呆然となりましたが、思ったより軽くてホッとしました。1月の謎の頚椎捻挫に比べると治りがかなり早かったです。

これを機に怪我を防ぐ装備を整えて、あらかじめ対策しておきたいなと思いました。

2020/02/11火

名残惜しくスノーシューで公園を歩く

明日から数日間の気温がプラスです。なんてことなの。

真冬の一番気温が下がるはずの極寒期に、気温が一日中いや数日間にわたってほぼプラスになる予報です。日中は7℃くらいまで上がるとさえ。

ひどい異常気象! ただでさえ平年より少ない雪なのに、この数日でほとんど溶けてしまうでしょう! 溶けたらアスファルトやコンクリートがむき出しになり、殺風景がよみがえります。

サイクリングやスノーシューを楽しめなくなるし、圧雪が溶けてアイスバーンで滑りやすくなるし、最悪です。地球がおかしくなっていくのを見ているとため息が出ます。

でも悲観的になってもしかたない。今日で今年の冬はもう終わってしまいそうだったので、スノーシューをかついで自転車に乗って、大きな公園まで散歩にいきました。

去年の冬、スノーシューでこの公園を歩いてとても楽しかったので、今年も満喫したかったんです。それなのに、こんなに早く、冬の終わりが到来してしまうなんて。現実は無常です。

公園の入り口には、ハシドイやハリエンジュなどの木が立ち並ぶ、とても急な階段があります。ふもとに自転車を止めてスノーシューで登りましたが、階段が埋まっているのでただの急斜面でした。

雪が深いから足が重い。滑らないよう、一歩進むごとにつま先に力を入れて地面を踏み固めて登る。頂上にたどりつくころには息が切れて汗をかいていました。

公園には、誰も足を踏み入れた形跡がなく、均一にデコレーションしたクリームのような雪に、あたり一面覆われて、ただ動物や風の足跡だけが残されていました。

自分だけが足を踏み入れることを許された特別な遺跡を探検しているかのよう。こんなに楽しいなら、もっと頻繁に来るんだった。異常気象で雪が溶けてしまう前に…。

少し吹雪きはじめて肌寒く感じましたが、めったにないチャンスなので、あちこち探検して、自然観察して、写真も撮りました。

この冬じゅう冬芽の観察を頑張ってきたおかげで、身近な木々であれば、かなりの確率で種類を判別できるようになりました。

たとえばエゾヤマザクラの冬芽。ひと目見たときは、枝先に芽が集まっていることからミズナラではないかと安易に考えましたが、芽の色がもっと赤っぽいし、樹皮がどう見てもサクラだったので、エゾヤマザクラだと気づきました。

ミズナラもエゾヤマザクラも、芽が枝の先のほうに集まって、鳥の足のような形になるのが特徴です。

例年通りなら、咲くのは5月のゴールデンウィークのころでしょうか。温暖化しているから、もう少し早まる可能性もありますが。

この公園にたくさん生えているイヌエンジュの木は、いまだに豆をたくさんつけたままでした。

同じような形の実をつけるハリエンジュやヤチダモは個体によって実がついているのも落ちているのもあります。ここのイヌエンジュも、たまたま実を落とすのが遅かったものなのでしょうか。

イヌエンジュの冬芽を見てみると、芽鱗が2枚の丸いかわいらしい形で、確かにシナノキやオオバボダイジュと似ています。

しかも、先日書いたように、もふもふとした白い毛が生えている枝もあれば、まったく生えていない枝もあります。上の写真はうぶ毛がありますが、下の写真はありません。

つまり、有毛のオオバボダイジュとも無毛のシナノキとも区別しにくい。

豆ができるほどの大きな木であれば、実を観察すれば区別は容易ですが、地面からちょこんと生えている子どもの木だとわかりにくいですね。

今、話題に出たヤチダモの実もたくさん残っている木がありました。すっかり全部実が落ちて、ひげ(果軸)しか残っていない木もあって不思議です。

と思って調べてみたら、どうも、毎年実がついているわけではないみたい。数年前に実を落とした果軸だけがひげになって残っている場合もあるようです。

だとしたら、ひげだけしか残っていないヤチダモは、必ずしも早々と実を落とした木とは限らず、今年は実を結んでいない木だという可能性もあるのかもしれませんね。

ほかに見かけて面白かったのは、ズミの木。サクランボみたいな実がまだ幾つか残っていて、黒ずんでしわしわになっています。鳥たちの食べ残しでしょうか。

バラ科の木々は種類が多くて区別しづらいのが大変。この木も、上の写真の、枝の先のほうについている芽に見覚えがなく、これは何だろうと頭を悩ませました。

でも、枝に沿ってついている側芽のほうは、図鑑に載ってる写真そっくりで、ズミだとわかりました。確か冬の初めごろに観察して写真を撮ったことがありましたね。

ナナカマドやサクラなど他のバラ科に比べると、とても小さくて目立たない控えめな冬芽です。リンゴ属だから、リンゴの木の冬芽に似ているのかな? 見たことがないけれど。

ほかに見かけたのは、青々とした立派なマツ。葉っぱの数が5枚セットだったので、たぶんキタゴヨウでしょう。同じ葉が5枚のチョウセンゴヨウやストローブマツほど葉が長くはなさそうだから。

もっと歩き回ってあたりを観察したかったけど、吹雪いて寒くなってきたし、日が落ちて暗くなってきたので、仕方なく家路につきました。

今年の冬は結局、そこそこ積もってスノーシューが楽しかったのは、ここ2週間くらいだけでした。スキーなんかに浮気せず、もっと遊んでおけばよかった。

これから、いったん暖かくなった後も、また寒さが戻ってくる予報ですが、そんなに雪は積もらないだろうし、積もってもまたすぐ溶けてしまうでしょう。残念なことに。

2020/02/12水

やっぱり雪は溶けてきた

今日から季節外れの暖気で、3日連続で、気温がプラス推移する憂鬱な日々です。路面もすっかり溶けてガタガタになってしまって、サイクリングはもう不可能です。

終わった。今年の冬はもう終わってしまったのだ…。異常気象によって。かりにまた寒くなったとしても、圧雪になるほど雪が降るのは期待できないでしょう。

そんな今日は午前中、スキーの講習会に行っていました。あまり行きたくなかったけど、誘われてOKしちゃったので仕方ない。

この講習会があるのに、先週の土曜日に手首をグキッとやってしまって、もうこれは出席できないかなと思ってました。

でも幸いにも軽症で、今日はストック持って力を入れられるまでに回復していました。まだ腕立て伏せとかはできませんが、全治一週間というところでしたね。

でも、それ以外にも、首や肩が痛かったり、もともと腰が弱かったり、あちこちガタガタなので、スキーはあまりやりたくない。スノーシューで歩くほうがわたしには向いてそうです。

スキーの講習会では、そこそこの距離を歩いた後に、斜面を滑り降りることに。コーチの人が、「転んでも雪で痛くないから、転ぶのもまた一興ですよ」みたいに安心させてましたが、前を滑る人がバッタバッタと転ぶ転ぶ。

慎重なわたしは一番最後に滑りはじめ、両足踏ん張ってブレーキかけまくりながら、低速で降りたのでした。横から「もっとスピード出してもいいですよ」なんてアドバイスされたけど怖すぎる。怪我が。

そのおかげで、今日は一度も転ぶことなく、それなりに快適に滑って乗り切れました。

転ぶのも上達には必要だろうけど、せめてプロテクターとか買って装備を万全にしてからにしよう。10年も慢性疲労症候群やって寝たきりだったこの身体の脆弱さを忘れてはいけない。

帰り道で撮った天塩川。表面に張っていた氷は溶けていて、澄んだ流れの底に川床がくっきり見えています。まだ雪はもちろん残っていますが、気温プラスの日がこれからまだ2日も続く。

なんか4月みたいな空気感ですね。大気が生暖かいし、川は青いし、川岸の木の枝が心なしか赤みを帯びているように見える。ヤナギの芽のせいだろうか。冬にあるまじき色の多さ。

このまま冬が終わりそうなのがひどく憂鬱ですし、サイクリングもスノーシューも楽しめなさそうなのが辛いですが、久々に家にこもって絵でも描こうかな…。

2020/02/14金

氷爆の絵

というわけで、予告どおり、絵を描きました。

凍れる滝 An Icefall
冬の森の中の氷爆

外は雪が溶けて、地面がぐちゃぐちゃです。南極は今日20℃超えという異常気象なので、南極よりは寒いですが…。

近くの公園を歩きに行きましたが、残っている雪も固いところと柔らかいところが混在していて、油断すると足を捻挫しそうなので、早々に引き上げてきました。

明日からまた一週間ほどは寒くなるようですが、春の足音が迫っています。

2020/02/16日

ハリギリ、シナノキ、ドロノキの冬芽

先週暖かい日が連続したせいで、道路がいったん溶けてまた凍ってツルッツル。自転車に乗っていればスパイクタイヤのおかげで安定するけど、歩こうとすると危ない。

ここ数日、仕事とか友だちの観光案内とか忙しかったのだけど、やっとちょっと暇を見つけて自然観察。散歩がてら、冬芽の観察で木を識別してみる。

遠くから見たら、枝が少なかった木。太い枝はあるけれど、細かい枝がなく、目立つ樹形。近づいて低い枝の冬芽を見て驚いた。

これは…!? 一瞬ヤチダモかと思ったけど、すぐトゲがあることに気づく。てことはこれはハリギリか! わかったときの嬉しみ。

樹皮を見てみたら、斜めに螺旋状に溝が刻まれていて、秋に覚えたハリギリの樹皮そのものでした。点と点がつながっていく。

ハリギリはこのあたりに幾らでもある木だけど、今まで幼木の冬芽しか見たことがなかった。ハリギリの幼木はまるで地面に刺さっている賢者の杖みたいでかっこいい。

成木の場合は、その賢者の杖が、そのまま枝先にくっついてるんですね。冬芽って小さいのが多いから、こんな大きな親指みたいな芽が突き出てる木は面白い。

次に見かけたこれは…

シナノキかな? 写真だと色が赤っぽいけれど、じかに見ると黄みがかっていました。シナノキの冬芽は「クリームパン」みたいだと覚えるらしく、なんとなくそれっぽい。

芽鱗も2枚だし、イヌエンジュとはちょっと形が違うし、オオバボダイジュみたいに毛も生えていないから、シナノキでいいかな。樹皮もなんとなくそれっぽかった。

次のこの冬芽。第一印象はナナカマド? と思って、次にシウリザクラか? と思って、樹皮を見たら、ぜんぜんサクラではなかった。なんかデジャヴ。

前にもこんなことがあったなーって思い出しました。これはハコヤナギ科のヤマナラシかドロノキだ。幹をみると、すっと一本まっすぐ立っているのもそれらしい。

 

ドロノキとヤマナラシのどちらなのかがわからなかったんですが、この樹皮はどっちかというとドロノキのほう? 

ヤマナラシは前見たときはもっと菱形の模様がいっぱいだった気がする。それにヤマナラシの冬芽はもう少し丸みを帯びていたかな。

こうして気づいてみると、ヤマナラシやドロノキって、あちらこちらにたくさん生えているのがわかるようになってきました。よく見かける薄茶色の滑らかな樹皮の木はこれだったのか。

樹木観察して、手持ちの知識で推理して識別するのって楽しいですね。

2020/02/17月

やはりCFSは治ってないから自然がないと生きられない

今日は体調が悪かった。いや、今日だけでなく、ここ数日間、どうもぱっとしない体調が続いています。だるくて眠くて、目が疲れて熱っぽい。

東京に住んでいたら、もしかしてコロナにかかったかも?と疑ったかもしれないそんな体調。十中八九、慢性疲労症候群が原因なのですが。

道北に引っ越してきて1年と数ヶ月。かつてよりたくさん動けるようになり、体力もついたように見えるから、時々、自分はもう慢性疲労症候群じゃない、病気は治ったのだ、と言いたくなります。

でもそれは違う。あくまで状況限定の治癒です。自然の中にいるときだけ症状がほとんど消えて、自然から離れると元に戻ってしまう。それはこの一年間変わっていません。

ここ数日も、仕事だったり運転したりが忙しく、ほとんど自然と触れ合う時間が取れませんでした。

一応、車で町に外出はしているし、家でリングフィットで運動している。疲れたから無理に出かけず、家でゆっくりしてもいいか。そんな生活をしていたら、この体調です。

そのまま今夜も寝ようとしましたが、あまりに身体がだるくて、疲れているのに寝れません。このまま悶々としていても仕方ないので、思い切ってサイクリングに出かけました。

時間は23時。気温はマイナス5℃。昼間に積もった道路の雪は除雪されていましたが、あちこち凍結してツルツルです。スパイク付き自転車に乗っていれば問題ないですが、足を地につけるとツルンといきます。

町中へ行くのではなく、森のそばのコースを30分ほど走りました。途中、雪が吹き溜まりになっているところがあって、全身でバランスをとりながら乗り進みました。

帰ってくるころにはすっかり気分がよくなってリフレッシュしていました。一年前に引っ越してきたときから何度も実感しているとおりでした。

疲れてしんどい時こそ、自然の中で運動すると元気になる。少なくとも30分くらい自然の中にいると疲れが回復してくる。

これには科学的な裏付けがあることもブログにまとめました。都市や家の中で運動しても自律神経はリラックスしないが、自然の中で運動すれば生体機能が調節されると研究は示しています。

なのに、それを時々忘れてしまう。いや、覚えてはいるけれど、知識を行動に移すのが億劫になってしまいます。

本当に疲れているとき、だるいときに、ベッドで寝たいという誘惑を押しのけて、服を着替えてサイクリングに出かけるには、それなりに意志力が求められるからです。

でも、行動しだいで結果はまったく変わります。疲れているときにベッドに倒れ込むと、高ぶった神経のせいで寝られず悶々としますが、一度自然の中で運動してリラックスすれば、気持ちよく寝られます。

だから、自分をよく律して、習慣を守らないといけません。わたしの慢性疲労症候群は治ったわけではない。自律神経の乱れが治癒したわけではない。

わたしは今でも解離しやすい性質のままであり、それはとりもなおさず、良くも悪くも環境に振り回されやすいという意味である。

あくまで自然の力を借りねば、自律神経を安定させる生体調節効果の恩恵は受けられないのだと、言い聞かせる必要があります。

いつでも自然を満喫したいときに、家から一歩出るだけで願いがかなうこの環境のありがたみを忘れないように。

服を着替えて外に出かけることくらい、都会に住んでいたころに比べれば、はるかに恵まれているのですから。