長文なので、各項目に飛べる目次、右上に表示されるトップに戻るボタン、各ブラウザのページ内検索を活用して、必要な部分をお探しください。
先月・翌月へのリンク
もくじ
2022/01/01土
年明けからマイナス25℃
2022年は元日から極寒となりました。大晦日も最高気温がマイナス10℃より低い日でしたが、そのまま気温は下がって元日の朝にはマイナス20℃。さらにその夜には25℃まで下がりました。
21時ごろ、家の前の気温計を確認すると、このとおり、20℃を下回っていました。
フル装備で自転車に乗り、近所を走りにいくと、街の気温計は20.4℃でした。意外にも、わたし以外にも自転車に乗っている人を一人見たほか、小さい子ども連れの家族3人でソリを引きずって歩いている親子も見かけました。さすが道北です。
寒さはしっかり防寒していればなんとかなるので、むしろ夏に40℃の気温計を見に行った時のほうが危機を感じました。それでも、あと10℃下がってマイナス30℃を記録する日があれば分かりませんが。
新月が近く、放射冷却で冷え込むような晴れた天気だったので、星がとてもきれいでした。オリオン座や冬の大三角が燦然と輝いています。でもゆっくり星を見上げるには寒すぎます。
気象庁のランキングによると、道北一帯は今季一番の冷え込みで、最寒は日本最寒記録ホルダーである幌加内町のマイナス28.9℃でした。
予報によると、これから先もしばらくマイナス気温が続くようで、雪が溶ける心配はひとまずなさそうです。例年どおりだと2月の半ばに気温プラスに日が出てきて春の足音が近づいてくる感じでしょうか。それまで冬をしっかり楽しみたいです。
森の中でシカの群れに遭遇
昼間は森の奥まで散歩に出かけました。年も明けたことだし、ついに森の奥の夏場は侵入できない地域を探検することにしました。去年初めて入り、今は使われていない古い散策路があるのを確認した場所です。
調べてみると、去年も1月3日にここの未踏破地区に初挑戦していたようで、毎年同じことを同じ時期にやっているものだなぁ、と苦笑いしました。
森に入ると入口付近から、真新しいエゾシカの足跡をたくさん見かけました。低温で雪が締まっているせいもありますが、足跡がくっきりしていて、粉のような欠片が散らばっていることからすると、今朝にでも群れが通ったのでしょう。
これはすぐ近くにシカがいるかもしれないと思い、注意深くあたりを見回しながら歩いていると、二度ほどキョン!という大きな叫び声が聞こえました。カラマツ林の奥のほうにシカがいて、早くも気配を察知されたようでした。
そこからしばらく歩いて奥に進むと、さらに真新しい足跡がたくさんあり、木立のずっと奥のほうに斜面を歩く影が見えました。エゾシカの群れです。
とてもわかりにくいですが、この写真の中心の木立の隙間には、塵粒のような大きさのシカが見えています。それを捉えることのできる人間の目の性能は本当にすごい。
望遠カメラなので、その木立の隙間を拡大するとこんな感じ。これでもまだ小さいですが、中心の奥の細いトドマツの隙間からシカの背中と横顔が見えています。
60倍の最大倍率まで拡大すると、ここまではっきり見えます。3歳か4歳くらいの若いオスのシカがいる群れのようです。
こちらが見えるなら相手も見えるということ。肉眼では存在しかわかりませんが、望遠レンズで見ると、向こうもわたしをじっと見ているのがわかりました。シカの目ならきっと望遠レンズなどなくても、わたしが克明に見えていそうです。
群れのシカは少なくとも3頭いるのが見えました。距離が離れていたからか、警戒声をあげることはなく、斜面を蛇行するように登って、森の奥へと消えていきました。
今日これから向かう森の奥の地帯は、去年100%シカの群れがいた小川へとつながっているので、きっとそちらへ向かったのではないかと思いました。でも、これ以降、シカと再会することはありませんでした。
今日の森の中はとても賑やかで、ヒヨドリやカラ類をはじめ、鳥たちが合唱しているかのようでした。いつもと時間帯は変わらず昼の14時ごろなのに、たくさんいる時もあれば静まり返っている時もあり、違いがよくわかりません。
キツツキがキョッキョッと鳴く声も聞こえてきたのでカメラを向けて観察してみると、枝の隙間からかろうじて見えた姿はアカゲラでした。ハリギリの実を美味しそうなついばんでから飛び去っていきました。
そこから少し登ると、道に並行して、イタチのような両足跳びの足跡が森の奥へと続いているのを見つけました。どっちが前方なのかよくわからないのですが、多分森の奥から手前にやってきたのでしょうか。
大きさはこのくらい、案外大きめのサイズなので、エゾクロテンの足跡ではないかと思います。車を運転しているとたまに見かけますが、姿を写真に撮れたのは一昨年の夏の一度だけです。
森の奥の夏には入れない場所へと続いている分岐点近くに来ると、シマエナガの群れがジュリリジュリリと鳴いている声が聞こえてきました。見上げると、またもやハリギリの実をついばんでいました。今年はハリギリが豊作だったので食べるものがたくさんありそうです。
しばらく眺めていると、群れが一斉に飛び立って、これから向かう森の奥の方角へ飛び去っていき、また集まってジュリリジュリリと鳴いていました。
森の奥へと続く道は、まだやや木の枝やササが突き出していましたが、歩くには十分な雪が積もっているように見えました。完全に野生動物たちの生息エリアなので、少し緊張します。
しかし古い道の痕跡が残っているため、斜面など危険な場所を歩く必要はほとんどありません。一箇所だけ道が途切れているので斜面を下る必要があり、ヒグマの巣穴がないよう、ただただ祈りました。
去年見つけたシカの角研ぎ跡のような痕跡がついたシラカバも久々に見つけました。
その奥はヒグマの食料庫かと思えるくらい、サルナシやヤマブドウなどのツル性樹木が生い茂っています。どこにヒグマの棲み家があっても不思議ではないので、できるだけ斜面は歩かないように気をつけます。
しばらく歩くと景色のよい開けた道に出ます。去年はこの道にシカの通勤路があったのですが、今年はまったく足跡がなく、不思議に思いました。
ここまで険しい道が続いたので、暑くて汗をかいてしまいそうで、手袋を一枚外して服の前も開けていました。しかし開けた下り道に入ると途端に寒くなってきて、服を着直しました。気温が下がってきた上、細かい雪の粒が降り注いていて、冷たい風にもさらされました。
地面に突き刺さった枝にこんもりまとわりついた雪。まるで綿菓子みたいです。
下り道の脇にあるハルニレの巨木にくっついている立派な茂ったヤドリギの実。去年もここで写真を撮ったのを思い出します。
やがて去年必ずシカの群れが集まっていた小川沿いに出ました。やはりシカは一頭もいませんでした。足跡がなかったのだから当然ですが、なぜ今年はここに来ていないのでしょう。
去年の冬、変な人間が定期的にやってきたから、警戒して場所を撮った変えたのでしょうか。去年の冬は雪が多くてヤナギの皮を食べに集まってきていましたが、今年はその必要がないから来ていないのでしょうか。
ここではたと気づいたのは、雪が少ないということは、この小川を渡れないのではないかということ。ここを超える方法がなければ、今来た道を引き返さなければなりませんが、あの距離を改めて戻るとなると相当な苦行です。
川に近づいてみると、とうとうと冷たい水が流れています。雪が積もっている場所もありますが、雪の下には空洞があって、上を歩くことはできなさそうです。これは困った。
しかし、よく見ると、キツネの足跡があって、川の上をてくてくと横断していました。そこは一見ただ雪が積もっているだけに見えましたが、よく観察すると、古い小さな橋があるように見えました。
昔この場所は散策路があったので、人工的な橋があっても不思議ではありません。人が一人通れるくらいの幅で、手すりさえありませんが、慎重に踏んでみたところ強度は十分だったので、無事に渡ることができました。
分厚い雪に覆われていたので、橋の色も材質もまったくわかりませんでしたが、渡れる場所があってよかった。今後訪れる時にも安心です。橋の下には鍾乳石のような霜が連なっていました。
小さな橋をわたったところは、若いヤナギ林になっています。去年、エゾシカが皮を剥ぎまくっていたので、きっと大半が枯れてしまうだろうと危惧していました。
ところが、今日訪れてみると、多くのヤナギは、樹皮剥ぎされた跡こそ残っていましたが、傷跡の部分の色が濃くなって修復されつつあるように見えました。冬芽がほとんどついていないので弱ってはいるようでしたが、死んではいないようでした。
何年かの一回の豪雪の時だけであれば、樹皮剥ぎされてもそう簡単には枯れないのかもしれません。エゾシカも本能的にどれくらいまでなら樹皮剥ぎしても大丈夫なのかわかっているのかも。森はそうやって持ちつ持たれつで命をつないでいるのですね。
ここからは林道をひたすら歩いて車まで帰ります。気温がマイナス10℃を下回っている上に、吹き付ける風と細かい雪の粒が寒く、かなり体力を削られました。
やっと帰り着くと、歩数は合計で5000歩くらいでした。少なく思えますが、普段森を一周歩いても3000歩くらいなので、かなり多いほうです。冬の雪深い森の5000歩は、普段の平地とは比べ物にならないでしょう。
今年も元旦からよい運動になりました。念願だった森の奥を一年ぶりに探検でき、途中でシカの群れにも遭遇し、さまざまな鳥たちにも出会えたのでとても楽しかったです。残りの冬シーズンも楽しみです。
2022/01/03月
雪かきで1万歩超え
昨晩からかなりの雪が降りました。例年だともっと積もる日もあるので大雪というほどではないですが、24時間で20cm~30cmは降ったので、そこそこのものです。
何度も雪かきしているうちに、ついに歩数が1万歩を超えました。一日の歩数としては新最高数ですね。ほとんど家の前で足踏みしているだけの歩数ですが、全身を使うので、ちょっとは筋トレにもなったでしょう。
頻繁に雪かきしても、どうせ風が強いと吹き溜まりになってしまうので意味がありません。でも、移住者としては近隣の人の目もあるかもしれないので、できればきれいにしておくに越したことはありません。
というか、道北の軽いパウダースノーの雪かきは雪遊びみたいで楽しいので、体を動かすためについ雪かきをやってしまうといったほうが正しいかも。大雪の日は外出もままならないので、雪かきくらいしか楽しみがないのです。
雪かきをしていると、隣近所の人と鉢合わせることもあり、なんとなく仲間意識ができるからか、話も弾みます。雪かきをしっかりやって、ついでにコミュニケーションをとることが、冬の近所付き合いの秘訣です。
雪かきばかりやっていたからといって、外出しなかったわけではなく、昼ごろにちょっと雪が弱まったので、近所の公園の川沿いを散歩してきました。
小川のふち近くまで雪が積もっていて、どこが地面なのかわかりづらくなっていました。木が生えているところは地面があると思われますが、なるべく危険は冒さないように河原を歩きました。
途中で、ヤナギの木に、謎のツル性樹木の切れ端が絡まっているのを見つけました。目立たない冬芽とツルの色から、サルナシやマタタビの類かと思いましたが、よくよく見るとなにか違います。
サルナシは隠芽、マタタビは半隠芽で、冬芽が陥没しているはずですが、このツルは極小ながら冬芽は露出しているように見えます。また、冬芽の先端が跳ねた髪の毛みたいに分かれています。小さすぎて構造がよくわからないのですが、芽鱗がついているのかもしれません。
葉痕はとても小さいですが、ルーペなら観察できます。逆さのおにぎりのような形(ふちが丸い三角形)。維管束痕は小さすぎてはっきりわかりません。
このへんに存在しているツル性樹木は非常に種類が限られていて、サルナシやマタタビ系でないとしたら、ヤマブドウ、チョウセンゴミシ、ツタウルシ、ツルウメモドキのみです。
前3種は見たことがあるので、この冬芽はおそらく唯一観察したことのないツルウメモドキではないかと考えました。
ツルウメモドキはニシキギ科の植物ですが、他のニシキギ科の植物(マユミ、ツリバナ、ニシキギなど)の冬芽は対生のはずです。しかしこれは明らかに互生なので、果たしてニシキギ科なのだろうか?と疑問に思いました。
でも帰って図鑑で調べてみると、ツルウメモドキは互生だとわかりました。しかし、ツルウメモドキの冬芽とは形が少し違うようにも見えます。ネット上の写真だと似ているような似ていないような…。
おそらく冬のどの段階で観察したかによって印象が変わるのかもしれません。春が近い時期だったら、もっと膨らんで大きく見えるでしょう。この枝は見つけた時すでに切れ端だったので、成長が止まっている可能性もあります。
やや確証が持てませんが、今のところおそらくツルウメモドキだろうとしておきます。ツルウメモドキなら家のまわりによく生えているので、改めて生きている枝で後日観察してみようと思います。
一方、こちらは、やはり河原に生えていたヤマブドウの冬芽。サイの角のように突き出た黒っぽい大柄な冬芽で、見分けるのは簡単です。
立派なバネのような巻きひげを持っている樹木も、このあたりではヤマブドウのみです。冬芽は互性ですが、巻きひげは冬芽と対生するように裏側から伸びています。
ヤナギの実のカラが残っているのも見つけました。初夏に白い綿(柳絮)を飛ばすので、今ごろまで残っているのは、かなり珍しい気がします。
サイズかなり小さく2~3cmくらいでした。もともと小さかったのか、ちぎれて短くなったのかはわかりません。
冬芽も小さく、おそらく川辺に多いオノエヤナギでしょう。オノエヤナギなら、雌花は2~4cm程度しかないので、実が小さくても不思議はありません。
別のオノエヤナギの枝先に小さな虫こぶがついているのを見つけました。とても小さくて、ポロッと取れてしまいそうだったので慎重に写真を採れました。たかが虫であっても、ゆりかごを壊してしまっては可哀想です。
位置的には、オノエヤナギの芽に寄生するタイプの虫こぶでしょうか。調べてみると、ヤナギメフクレタマバエという虫がオノエヤナギの芽に虫こぶを作るそうですが、本当にそれなのかはわかりません。
しばらく河原を歩いていると、川の引っ掛かった枝葉の茂みの中に、何か動くものを発見。よく見ると、ハシブトガラ(ないしはコガラ)でした。やや雪がちらつく中でしたが、水辺で元気に動き回っていました。
さすがに雪かきで疲れていたので、あまり遠出はせず、河原を歩き回っただけで帰りました。堤防が風よけになるのか、河原は意外なほど寒さを感じず、ゆっくり冬芽などの観察を楽しめたのは心地よいひとときでした。
2022/01/04火
地元の友人の案内で堰堤へ
地元の友人(といっても非常に年上の方)が見たことのないスポットに連れていってくれました。なんと50年前から変わっていない風景だそうです。学生のころは、真冬に凍った川の上を渡り、夏は池で遊んでいたとか。
すぐ近所なのてすが、国道沿いで車を停める場所がなく、一人だと絶対に行こうと思わないようなところでした。誰かと一緒だと、無理やり停めて無理やりスノーシューで行ってしまえました。赤信号みんなで渡れば…というやつかも。
Google Mapの衛星写真で見ると、このあたりに大きな池があることが確認できるのですが、周囲は川と林に囲まれていて近づくことができません。昔は線路を歩いていけたそうですが、それも廃線になってしまい、今では通行止めです。
すぐ近所なのに、どうやっても行けない未知の領域って、なんだかゲームの世界みたいで面白いです。冬ならスノーシューで行けないこともないのですが、雪がもっと締まって歩きやすくなる時期のほうがよいとのことで、今回は遠くから見るだけとなりました。
この景色の堰堤の向こう側の林の中に、その池があります。この川は意外と浅いらしく、雪が積もれば歩いて渡れるとのことでしたが、さすがに今それを試すのは抵抗があります。マイナス10℃を下回っているので塗れたら大変なことになります。
ちょうど川に囲まれた三角州のような場所になっているため、遠くの橋から回り込むか、道なき道をスノーシューで踏破するしかありません。春になってしまうとヒグマが出るかもしれないのもリスク。目の前に見えているのに行けないなんて。
それにしても、地元の人の体験を聞くのはやはり面白い。移住者もあちこちを探検して面白いスポットをたくさん発見していますが、地元の人の子ども時代の話に勝るものはありません。自然の中で遊んだり山菜採りをしていた頃の話を聞ければ、まだまだ秘境がたくさん隠れているんだろうなと思います。
2022/01/05水
今季初めて公園一周サイクリング
せっかく絵も描いて、やることを終わらせて新年を迎えたはずなのに、まだまだ忙しくて、全然森に散歩に行けません…。非常にもどかしい…。
描いた絵も年始の挨拶用なので、早く送らねばなりません。手紙を描く友人が少なくとも50人はいます。
テンプレートを作って、それぞれの人に合わせて少しずつ文面を変えていますが、それでも作業量がすごい…。できるだけ早くやってしまいたいので、10日までには終わらせるつもりです。
読まねばならない本もあったのですが、もう嫌になってしまいました。引っ越してきてから本当に読書嫌いになりました。いや、元々読書嫌いでしたが、体調をよくするために無理やり読んでいただけなのです。もう目的を達成したので、全然読む気になれません。意外と知識欲のない人間だったようです。
せっかく晴れていたのに、昼間は用事をこなしていて、全然外出できませんでした。夜になってやっと終わったので、マイナス10℃の中、雪道サイクリングに出かけました。
しっかりとした圧雪で、多少新雪でハンドルを取られましたが、とても快適に走れました。やっぱりマイナス10℃くらいの雪道はすばらしいですね。
ほとんど雪も降っておらず、あまり寒くなかったので、久しぶりに公園を一周するルートを走りました。初年度はひたすら走っていたコースですが、昼間に森に頻繁に出かけるようになってからは少なくなりました。
コロナが流行し始めた2020年の初頭も、新しく覚えた歌を歌いながら、ここを一人で走っていたのを思い出します。あのころは、これほど長く先の見えない生活が続くとは思ってもみませんでした。
でも着実に物事は進展していますし、トンネルの終わりは近づいているはずです。わからないのは、今どのあたりにいるか、半分を過ぎたのか、それともまだほんの入口か、ということですが、考えても仕方のないことです。
今はただ、今年も雪道サイクリングを楽しめたことを喜び、感謝するのみです。温暖化や異常気象で当たり前だったものが当たり前でなくなっている中で、こんな素晴らしい雪を楽しめるというのは、稀有なことなのですから。
2022/01/06木
クロミサンザシの実、久々に見たキバシリ
久しぶりによく晴れて青空がきれいな日でした。空の青さを映し出して、青みがかった雪が美しかったです。
この前と同じく森の一番奥の、冬しか入れない道を通って一周してこようかと思っていましたが、用事があって時間がなかったので、途中で雪原に出て下ることにしました。雪原は動物たちの足跡でいっぱいでした。
絶滅危惧種クロミサンザシの、つやつやの冬芽とたわわに実った実。1月でもこんなに残っていることからすると、やはり今年は食糧が多いのかもしれません。
クロミサンザシの冬芽はとてもわかりやすい形でお気に入りですが、よく晴れていて太陽光が強いからか、今までになくツヤがあって美味しそうに見えました。
時間がないと言いながら、今日はかなり野鳥が多く、時間ぎりぎりまで観察していたら日が暮れそうになりました。青空と大雪原に沈んでいく夕日はダイナミックです。
天気がよく風もないからか、アカゲラやカラ類がたくさんいて賑やかでした。あわよくば、クマゲラも出てこないか、もっと探したかったですが、時間がないので断念。
その代わりに、久しぶりにキバシリを見ることができました! そんなに珍しい鳥ではないと思いますが、小さくて樹皮に同化するため、なかなか見つかりません。
地味な鳥ですがお気に入り。鉤爪のような細くて鋭いくちばし、樹皮に擬態する背中、エビフライみたいな尾っぽ。
樹皮を登っていく姿を見つけて、すぐにキバシリだと気づいたものの、なぜかわたしから隠れるように、樹幹の裏へ裏へと回り込んでいくため、これは撮れないまま終わるかと諦めかけました。
ある程度幹を登ると、木から木へと飛び移るのですが、まるで枝から雪片が降るかのように見えて、本当にキバシリだったのか確信が持てませんでした。しかし雪片なら垂直に落ちるはずですが、その白い小さな物体は、やや弧を描いて落ちて、隣の木に幹に付着しました。
半信半疑ながらそのまま見ていると、やがて樹皮模様の同化した小鳥が幹を登っていくところがちらりと見えて、やはりキバシリだと気づく、というのを三度くらい繰り返しました。
そしてついに、なんとわたしのすぐ目の前の木の幹に飛び移ってくれて、そのときは幹の裏側に回り込むこともなく、わたしのほうに背中を向けて幹を登っていきました。こうして今年も森の忍者のようなキバシリをじっくり観察できたのです。
なぜ雪原でエゾシカがダンスパーティーを開いているのか気になっていましたが、枯れ草が散らばっているのを見て理由がわかりました。牧草地の雪を掘り返して、埋もれた草を食べているようです。今年は雪が少ないからできることですが、どこにサラダがあるかよく知っているものです。
夕日が木々の長い影を雪原に横たわらせ、白と水色の大胆なコントラストが景色を切り分けていました。
2022/01/07金
マイナス20℃でもぽかぽかと暖かい
今朝はよく晴れて非常に冷え込んだようで、午前10時くらいでもマイナス18℃ありました。早朝はさらに冷えて25℃近くまで下がっていたようです。今シーズンは雪は少ないですが、気温はそこそこ寒めなので、かろうじて積雪量が保たれています。
日中もよく晴れていて行楽日和でしたが、あいにく用事がたくさんあって、遊びに行くことは叶いませんでした。貴重な真冬の晴れた日だったのにもったいない限りです。
都市部まで出かけたので、ついでに今年の絵と手紙を友人宅をまわって配達してきました。だいたい10件くらい届けたでしょうか。吹雪だったら市街地を走るのも怖いので、よく晴れていてよかったのかもしれません。
気温が低い上に晴れているため、場所によってはサンピラーが見れたそうですが、残念ながら夕日はサンピラーにはなってしませんでした。日没時にはまだ市街地にいたし、なかなか冬を楽しみ尽くすとはいかないものです。
あまり体調が良くなく、起床時から軽い頭痛がありましたが、なんとか一日がかりの予定をこなせてよかったです。帰宅後は疲れ果てて寝てしまいました。
夜に起きると、外はマイナス20℃。まだ疲れていて頭痛もありましたが、せっかくだからサイクリングしてきました。完全装備の防寒対策で出かければ、マイナス20℃でも全然寒くなく、ぽかぽかして感じられるほどでした。
こっちに来て3年。いろいろ試した末の最終的な防寒対策は次のようなものです。すなわち、ウールや裏起毛などの下着と服をたくさん着込んで、一番上に風を通さないスキーズボンやウインドブレーカーを着ればOK。マフラーや暖かそうな外套は必要ありません。
その他、手首カバー、足首カバー、フェイスカバーをつけ、フードをかぶればマイナス20℃くらいならへっちゃらです。手袋は二重にすると暖かい。
あまりに暖かいので、サイクリングした後にまだまだ余裕があり、近所の公園まで歩いて出かけました。雪が硬く締まっていて、歩くとギュッギュッという心地よい音が響きます。この音が大好きなので、一年中冬でもいいと思うくらいです。
今年は雪が少ないので、この時期でも徒歩で公園に入れるという異常事態。普通ならスノーシューなしでは歩けないはずですが、今年は膝丈くらいしか積もっていません。夜の雪もキラキラと輝いていて素敵でした。
やはり、あまりに暖かいので、ふかふかの雪にしばらく寝転んで空を見上げました。少し雲が出てきていて、星空はあまり見えませんでした、明日は気温が上がってマイナス一桁程度になるようです。
雪のベッドは最高の低反発素材で、一瞬で体の形に完璧にフィットしてくれます。とても楽な姿勢になれるので、このまま眠ってしまうそうです。でも、いくら暖かいといえどマイナス20℃。眠ったら死にそうなので、心地よさを振り払って起き上がり、家に戻りました。
なかなか思うように冬を楽しみ尽くせないのがもどかしく、あっという間に短い時が過ぎていってしまいます。それでも、できるときにこうやって時間を見つけて、冬の素晴らしさを味わうよう努めたいと思います。
2022/01/08土
やたら眠い中、オオアカゲラに出会って、地衣類を観察する
なんだか体調が悪く、気力も乏しい状態が続いています。理由がよくわかりません。年末年始、絵を描いたり手紙を書いたり除雪したりと頑張りすぎたのでしょうか。昨日もひたすら街中を運転したので、疲れていても仕方のないことです。
何もする気がおきないので、昼から雪予報だったのに、森に出かけてとぼとぼと歩いてきました。どうせなら森の最奥のヒグマの爪痕がついたカラマツまで行ってこようと思ったのですが、途中で眠くて眠くてたどり着けませんでした。
道路の雪はかなり少なく、30cmくらいしか積もっていません。でも森の中のササはかろうじて埋まっていたので、普段は歩けないアカエゾマツ林など、森の中の古い林道を歩くことができました。
野鳥の声が騒がしく、まず見つけたのはアカゲラ。数羽いましたが、木の枝の死角に入ってよく見えず、カメラを向けるとものすごい羽音を立てて飛び去ってしまいました。
後を追って森に入っていくと、アカゲラの代わりにオオアカゲラに遭遇。こちらのほうがちょっと珍しくて嬉しいので、長々と座り込んで望遠レンズで観察していました。
オオアカゲラはやや珍しい鳥だそうですが、家の近隣ではかなりよく見かけます。アカゲラほどどこにでもいるわけではありませんが、ヤマゲラと同じくらいの頻度では見かける馴染み深い鳥です。
背中にアカゲラのような白いハの字の模様はなく、代わりに白いU字のような弧があります。しばらくの間、しきりに幹をぐるりと回りながらつついていましたが、やがて飛び去っていきました。
ほかにも、ウソの群れの口笛のような鳴き声が頻繁に響いてきました。久しぶりにきれいなオレンジ色の喉元を見れそうだと期待しましたが、雪が強くなるとともに、他の鳥もろとも声がしなくなって消えてしまいました。残念。
図書館で「里山の地衣類」という図鑑を借りてきたので、せっかくだから、地衣類の観察も努力してみました。一つのトドマツの幹だけでも、さまざまな種類の地衣類が共生しているのがわかりました。
一番目立つのは、この薄い緑色をした固着地衣類。
拡大してみると、平べったり円盤型の裸子器がたくさんついています。裸子器のふちは白か薄緑に見えるので、ビアトラ型(共生藻を含まず白色)かレカノア型(共生藻を含む)のようです。
残念ながら図鑑とにらめっこしても全然わかりません。イボゴケかチャシブゴケの仲間だと思われますが…。図鑑には載っていない種類でいえば、ネットで写真を見る限りはコナイボゴケかモエギイボゴケが近そうです。
コナイボゴケだと、表面の粉芽が目立ち、モエギイボゴケだと縁の毛が目立つようですが…、まだそこまで見分けができません。
似ているけれど、裸子器の色が違う地衣類も。さっきのサイトからすると、キミチャシブゴケのような気がします。いずれも都市部ではなく低地の樹皮につく種類だそうなので状況は一致しています。
黒い点々が目立つ地衣類。これは去年も調べたクロイボゴケでしょうか。…と思いましたが、ネットで調べてみると何か違うような。スミイボゴケかな?
クロイボゴケの子器はレカノラ型(ふちが共生藻を含むため緑っぽい)のに対し、スミイボゴケの子器はレカデア型(ふちに共生藻を含まず黒い)であるという違いがあり、これは後者に見えます。もっと細かく分類できるようですが、今は無理。
鮮やかな黄緑色の粉っぽい地衣類。20倍程度のルーペだと、倍率が全然追いついておらず、構造がよくわかりません。コナロウソクゴケモドキかコガネゴケと思われます。
よくあるモジゴケ。なのですが、ハンドブックによると、モジゴケも細かく分けると種類が色々あるそうです。文字のように見える割れ目が、リレラと呼ばれる子器で、この形状で種類がわかるそうです。ハンドブックに載っている範囲ではミチノクモジゴケに最も似ています。
そして、これもよく見る数珠状に連なったコケ。木の枝のようなフラクタル模様に伸び広がっているのが特徴。おそらく地衣類ではなく苔類のヤスデゴケの仲間でしょう。
ややこしいことにヤスデゴケモドキという地衣類があるみたいですが、そちらは木の枝のようなフラクタル模様には広がらないようです。
最後によく目立つ種類ながら、同定の難しさで敬遠している葉状地衣類。普通にウメノキゴケの仲間か。
偽根(葉っぱの裏側に出る根のような毛)とかシリア(葉っぱの先に出るまつげのような毛)を確認したかったのですが、おそらく倍率が足りなさそうで断念しました。左上あたりに非常に細かい黒い毛が写っていますが、ふちから生えているようには見えないので偽根? また大きな地衣体を発見できたら探してみます。
キノコもちょくちょく見つけました。古いトドマツの幹に出ていた、傘は深緑、管孔は光沢のないマット仕上げの橙色のキコブタケ。
20倍ルーペで管孔を拡大したら、こんなに小さな穴が空いているのが確認できました。
これもトドマツの枯れ木の一面を被っていた、ひらひらとした小さなキノコ。
小型のカワラタケかと思ったのですが、裏側はヒダのようでした。傘の表面にはうっすらと毛が生えているようです。11/4に見たコケの生えていたキノコに、大きさや質感ともに近く見えます。同じ種類だとしたら、前回のものもカワラタケではなかったのかもしれません。いったいなんだろう?
へとへとになりながらたどり着いた森の奥の池。もう雪に覆われているので、池があると知らなければ踏み抜いてしまいそうです。完全に凍っていれば、問題はなさそうですが。
あまりに眠くて、喉も渇いて、このまま雪の上に倒れ込んで寝てしまいたい誘惑に駆られましたが、まだ死ぬわけにはいかないので、気力を振り絞って引き返しました。雪もやや激しさを増していたので、帰りも表の林道には出ず、森の中を通りました。
帰りの森の中、アカエゾマツ林のあたりで見つけたミヤマガマズミ。一箇所に固まって生えていました。なぜかあまり見かけない低木なので、見つけるたびに写真を撮ってしまいます。
赤い王冠のような立派な冬芽の形もお気に入りです。
長距離の森歩きは楽しかったですが、やはり体調があまりよくなく、眠気も強く、森の最奥までたどり着く体力がないのが気にかかります。夜はしっかり寝ているはずなのですが、ひたすらに眠い。どうしようもありません。
ところでこんな本を買いました。食べられる野生植物大事典。図書館で借りてみたら、なかなかおもしろい本だったので、手元に置いておきたくて購入。
帯に書いてあるように、なんと定価は15000円もする本です。でも古本屋で3800円(送料込み)で売っていたので買ってしまいました。
ソフトカバーの新装版も出ていて、そちらは定価3300円と大幅に安くなっています。できればそちらを書いたかったのですが、古本が高騰していて最安でも5000円したので、より安い旧版で妥協しました。新装版の後書きを見る限り、そんなに内容に差はないようでした。
ほとんど文章ばかりで、写真はわずかしか載せられていない本なので、植物を見分けられない初心者には全然役に立たない本です。しかし、すでに見分けられる人にとっては、知識を増し加えるのに役立ちます。よく知っている山菜でも思わぬ利用法が書かれていたりして、読んでいてなかなか楽しいです。
北海道の山野草しか知らないはずですが、それでも各ページに1つくらいは知っている植物が出てくるので飽きません。何も植物を知らなかったころに比べると、自分でも知識のフックが増えたものだなと実感できました。
北海道山菜図鑑もそうでしたが、非常に資料価値の高い本なのに絶版状態で価格高騰しがちなので、比較的安いのを見つけて手元に置くことができてよかったです。さっそく来春から役立てたいと思います。
2022/01/09日
マイナス20℃の星空を眺める
非常に天気がよく快晴だったので、友人と一緒に朱鞠内湖にはるばる行ってきました。雄大な景色の中、スノーシューで少し歩くことができました。底抜けの青い空を映し出して、地面の影までが青磁に染まり、雄大でした。
残念ながら、明日からワカサギ釣りがオープンするとかで整備作業がなされていて、あまり歩き回ることはできませんでした。せっかくの道立自然公園なのに、ワカサギ釣りの漁業組合が幅を利かせていて、他のレクリエーションが自由に楽しめないのは残念です。
夜は放射冷却でマイナス20℃まで冷え込んだのでサイクリングを楽しんできました。11時ごろに町の気温計を見に行ってみると、ジャスト20℃でした。
今年はマイナス20℃を下回る日がそこそこ多く、気温面ではまずまず良い冬だと思っています。ですが、地元の友人に言わせれば、25℃を下回らないと道北の冬だとは言えないとのこと。
温暖化の影響で、25℃を下回る日はほとんどなくなり、30℃は年に一度あるかないかとなってしまいました。何十年も前は、一週間くらいは30℃が続いて、学校にも行っていたと聞くので、温暖化の影響は凄まじいです。
遠くの低い空では、上限の月がいよいよ地平線に沈もうかというところで、目の錯覚ゆえに普段より大きく、また黄色みが強く感じられました。写真を撮ってみましたが、2枚ほど撮っただけでスマホの電池が切れました。さすがマイナス20℃。
それでも、重装備でサイクリングに行ったので、全然寒さは感じませんでした。まだ物足りなかったので、家の裏の公園に寄って、雪原の丘に寝転がって、しばらく星空を眺めました。
日中はちょっと嫌なこともあったけれど、きらめく星空の下でぼーっとしていたら、ささいなことはどうでもよくなりました。オリオン座をはじめ、冬のダイヤモンドを作り出す6つの星と星座が、降ってくるような鮮明さでした。
そのままずっと眺めて物思いにふけりたかったけれど、そこはマイナス20℃。自分で思っているより寒いはずだと理性で認識したので、そこそこで引き上げてきました。帰宅すると、やっぱり思ったより体は冷えていて、やや神経痛が。
服を着込んでいたり、動いていたりすると、マイナス20℃でも思いのほか寒さは感じないのですが、それがかえって危険ですね。なんとなく、わたしがいつか死ぬ墓場は冬の森や雪山な気がします。そうであってほしいという願望込みで。
2022/01/11火
青みを帯びた山々を眺めて川沿いを歩く
今シーズン初クロスカントリースキーを滑ってきました。毎年ちょっとずつ練習していますが、やっと滑れるようになってきました。なぜか練習している最中より、翌年ほぼ一年ぶりに滑った時のほうが成長を実感するのが不思議です。
でも、まだまだ滑った後のかなり疲れてしまうので、無理のない滑りは習得できていないようです。スキー場のクロスカントリーコースを外れて、もっと自然の中で活用できるとなると、いったい何年後になるのやら。
うっすらと太陽のまわりに日暈ができていたので写真に撮ってみましたが、うっすらすぎて写真でもほとんど判別できませんでした。
その後、近所の川沿い地帯にスノーシューで侵入して歩いてきました。夏ごろエゾカンゾウのつぼみなどが採取できる場所です。
基本的にはきれいな場所なのですが、唯一、橋の下にだけ、投げ捨てられたゴミがあって、嫌な気分になりました。つい先日読んだロシアのYouTuberの感想を思い出しましたが、どこの国にもどんな場所にもならず者がいるものです。
今や富士山やエベレストのような有名な景勝地でもゴミだらけの時代ですから、道路沿いを除けば、森の中ではゴミひとつない大自然を楽しめる道北は惠まれているほうではあります。
それでも、いつか自然を荒らすならず者が死に絶えて、森や川を自分たちの手で清掃して美しくできる時代が来てほしいと切に願ってやみません。
今日は不思議なほど遠くの山々が青みを帯びて見える日でした。
毎年真冬にこうした日が何日かあって、氷の層でコーティングされたかのような山々が大好きです。
どうしてこんな色みになるのかは謎。山の高いところでは樹霜などが生じているのでしょうか。
川沿いの小さなシラカバ林にいたミヤマカケス。オレンジ色の鮮やかな頭でよく目立っていました。でもいつものギャーギャーという鳴き声ではなく、キツツキのキョキョキョという鳴き真似をしていたのが不思議でした。
気温が高いにもかかわらず、妙に体が冷えて疲れました。久しぶりのスキーのせいかもしれません。明日は予報によると大雪、暴風雪とされているので、雪かきに備えて体力を温存しておきたいです。
2022/01/12木
久しぶりの大雪
今季いちばんの大雪でした。アメダスによれば24時間で35cm積もったそうです。風もかなり強く、風速5m以上がずっと続き、なかなか除雪もままなりませんでした。
朝起きると、玄関前まで膝丈くらいの雪が積もっていて、まずは家から出る道を作らねばなりませんでした。といっても比較的軽い雪なのでドアは普通に開きましたし、窓から出なければならない大雪と比べるとさほどでもありません。
冬の嵐で家に閉じ込められているので、この機会に残っていた手紙を頑張って書きました。送る予定の相手はほとんど書き終えることができ、残すところは数人のみ。これらの人は特別に文面を考える必要があるので、1月中にゆっくりしたためるつもりです。
夜になって、風が弱まってきたので、家の前を軽く除雪。今日も周辺の人が何人か除雪していて、普段話さないような人とも会話できました。やっぱり雪かきによるコミュニケーションっていいですね。
裏のいつも徹底的に草刈りと除雪をするおじさんは、声をかけると嬉しそうに「いやー、すごくいい運動、朝から1万歩だよ、除雪だけで」と声を弾ませていました。
隣の人は最近、山のほうを歩いて、エゾシカの死体を発見した話をしてくれました。なんとオオワシやオジロワシが集まっていたそうですが、非常に腐敗臭がきつかったそうです。一度見てみたいような見たくないような。
雪かきは大変でしたが、まずスノーシューで踏みつけてかさを減らし、それからダンプで雪を運ぶ作戦でやってみたところ、思ったより早くきれいにすることができました。これなら、多少、大雪が降ろうと大丈夫そうですね。
2022/01/13木
とある愛着のあったスマホゲームをやめた話
引き続き、色々と用事や仕事を終わらせたり、郵便局と買い物に出かけたりする一日でした。ここ数日は気温がかなり暖かく、0℃ギリギリまで上がっているため、路面が溶けて凍結して危険です。真冬なのにこの暖かさは気持ち悪いです。
そんな今日は、ひとつ大きな決断をしました。あるスマホゲームをリリース当日から続けていて、かなりやり込んでいたのですが、熟慮に熟慮を重ねた結果、ついに未練を振り切ってデータを全削除できました。
リリースは5年前だったので、そこからやり込んだデータは相当なもので、強い愛着もありました。ゲームそのものも楽しかったので、絶対やめることなんてできないと思っていました。
いわゆるガチャ要素のあるゲームですが、わたしはギャンブルに対しては自制心があるので課金していません。ガチャ以外にはお金を使いましたが、5年間で総額5000円未満でした。
でも、イベントなどは逃さず参加していました。ゲームそのものはそんなに時間がかからないのですが、けっこう頭を使う戦略的なゲームだったこともあり、どう育成しようか、どう攻略しようか、などと延々と考察するのが大好きでした。
ほかにも色々な理由から、非常に楽しめたゲームでした。楽しすぎて心を奪われるから、のめりこまないうちにやめよう、と過去に2度ほど中断したことがありましたが、愛着があったので、1度目は1年半、2度目は数ヶ月で、また戻ってしまいました。
本当にやめるには、データを全削除するしかないのは明らかでした。さすがにデータを全削除したら再開できません。5年の積み重ねあってこそだったからです。
もしゲームをしていなければこの数年にもっと多くのことができた
「スマホゲーム、やめる」で検索してみたら、
遊び続けるうちに、いわゆる埋没費用(サンクコスト)がどんどん増えていき、
わたしは、自分がサンクコスト・バイアスに強く、不要だと判断したものは、思い切りよく切り捨てられる性格だと思っています。実際、だからこそやめられました。でも今までで一番葛藤が大きかったかもしれません。それほど愛着がありました。
塵も積もれば山となる、という言葉のとおり、累計では、これまでのどんなゲームより時間をつぎ込んでいたかもしれません。もしアカウントを売ったら、そこそこいい値段で売れたと思います。
でも、より大事なことに集中するために、未練を振り捨てることにしました。今はすっきりした気持ちです。ずっと「やめたい、でもやめたくない」という葛藤の綱引きに疲れ果てていましたが、もう悩まなくてよくなったからです。
しばらくは、ゲームをやっていた時間帯になったら、ちょっと後悔してしまったり、物足りなく感じてしまったりするでしょう。無意識のうちにゲームのことを調べそうになって寂しくなってしまうことも。
というか、書いているそばから、まだあれがやりたかったのに、楽しみだったのに!と思い出します。でもデータ全削除したので戻れませんし、時が経つごとに、あのときの判断は正しかったと感じるでしょう。
ほかにやっているゲームは特にありませんし、これに懲りて新しく何かに手を出すこともしません。もともと、わたしは子どものころからゲームざんまいの日々でしたが、たくさん手放して、捨ててきました。
そのほかに愛着があった本や持ち物やアルバムなどは引っ越しのたびに処分してきて、もう何も残っていません。
少し前なら、自分のブログと絵などの創作物に愛着がありましたが、それはここに引っ越してきて自然に親しむうちに、さほど大事ではなくなりました。
最後の砦として残っていたものを捨てた今、これでもう未練を感じるものは何もなくなり、とても身軽になりました。
もし仮に明日、すべての持ち物を捨てて家を出なければならないとしても、もう後ろ髪を引かれるものは何もありません。
今はわたしにとって大切な時期です。どれほど愛着があるものよりも、重要なやるべきことがあります。自分が何を大事にしているかを、行動と決定によってはっきり示せてよかったです。
2022/01/14金
アカイタヤの冬芽、さまざまな地衣類を観察
久々に森の一番奥まで行ってみようかと出かけました。しかし、先日の大雪がまだ締まっておらず、ふかふかのままでした。スノーシューでも膝くらいまで沈むため、かなり歩きにくく、一歩一歩が苦労しました。
それだけ雪が降ったにもかかわらず、まだササが完全には覆われておらず、今年の雪不足を象徴しています。現時点で例年の半分くらいでしょうか。でも、スノーシューで歩くには十分降ってくれました。
森の途中まで、誰かが一人で歩いたスノーシューの足跡がありました。不思議なことに、往路の足跡のみで、復路の足跡はありませんでした。足跡は途中で、道なき道へとそれて、森の奥へと伸びていました。まだ森の中にいるのか、どこか別の場所から出たのかはわからずじまいでした。
森の中ほどの場所にあるアカイタヤ並木。今年の秋、イタヤカエデなのに黄金色に色づいているアカイタヤ(ベニイタヤ)という木を初めて知ったので、冬芽を観察してみました。
普通のイタヤカエデの冬芽はもっと赤く、紅や赤紫に近い色合いです。サツマイモのような色とも言えます。それに比べてアカイタヤの冬芽はオレンジ色が強く感じられます。
ただ、これが普遍的な傾向なのかは、まだわかりません。手持ちの図鑑の写真によると、イタヤカエデの冬芽の色は赤紫、アカイタヤの冬芽の色は赤に見えます。
今回見たものとやや色が異なりますが、無印イタヤカエデは赤紫に近く、アカイタヤはそれより赤色やオレンジ色のほうに、やや色相がずれて見えるという特徴はあるのかもしれません。もっと数を確認しないことには確かなことは言えませんが。
アカイタヤそのような名で呼ばれているのは、新芽(若葉)の色が赤いからです。だとすれば、その前段階である冬芽の色が赤みを帯びていても不思議ではないかもしれません。
それから、森のもっと奥のほうに進んで、冬しか入れない場所を通って、小川を渡り、長い林道を通って帰ってくるつもりでした。しかし風がやや強くなり、雪も少し降り始めました。
それでもゆっくり歩けば、そこまで行く体力はあるだろう、と感じました。でも立ち止まってよく考えてみると、最後の長い林道が、深い雪に覆われているに違いないと思いました。体力が消耗している中、深い雪の中を歩くのは、想像よりずっと大変でしょう。
それで、森の奥まで行くことは諦めて、引き返すことにしました。秋にヒグマと鉢合わせた斜面の、今は使われていない道を通って、いま来た道にもどり、帰路につきました。
途中、前にシマエナガを間近で見たカラマツの若木あたりで、今日もシマエナガの声がしました。しかし、残念ながら、姿を見ることはできませんでした。
その近くに、とても見事な地衣類がたくさんついた木々があるのを去年見つけていたので、今日はそれを観察してから帰ることにしました。おもにトドマツで、何本かシラカバが含まれています。
この地衣類の寄植えのような樹皮を、ルーペで観察してみました。狭い範囲に何種もの地衣類が同居しています。細かい種類の同定はできませんが、おおまかな種類ならわかるかもしれないと思いました。
まず葉状地衣類。葉っぱのロゼットのようになっているタイプです。このような形になるのは、ウメノキゴケ科やムカデゴケ科です。まれに美しい黄緑色のカブトゴケ科もありますが、植林された森では見かけません。困ったことに現時点の知識では、ウメノキゴケかムカデゴケか、見分けるポイントを知りません。
裂片を拡大してみました。裂片のふちに生じるとされるシリアと呼ばれるトゲは見つかりませんでした。裂片には白っぽい粉や糸くずのようなものがついています。たぶん偽盃点と呼ばれる器官ではないように思います。
裂片のふちを裏返してみると、細かい黒い毛のようなものがびっしり生えています。これは偽根と呼ばれる構造で、この形が種を区別する手がかりになるそうです。
20倍ルーペとスマホのデジタルズームでは、この倍率が限度なので、詳しい構造まではわかりませんでした。
皿型の裸子器。縁がやや緑色のまだら模様になっていて藻類が含まれているように見えるので、レカノラ型かと思います。皿の内側である子器盤の色は赤茶色でした。
よく見ると、子器盤がカラフルになっているものもありました。ピスタチオの実のような緑色や赤茶色の混ざった極彩色です。この場所に作られる子嚢や胞子の色かもしれません。
別の葉状地衣類では、子器盤が黒っぽい焦げ茶色でした。マット質で光沢はありません。葉の部分が白っぽいことからしても、まったく別の種類のようです。
別の地衣類。おそらくハナゴケ科? 立体的な形をしている樹枝状地衣類で、イソギンチャクやホウキゴケのような形です。先端は、さすまたのように枝分かれしています。
別の木から垂れ下がっていた樹枝状地衣類。上のハナゴケ科のような地衣類よりも先端が細かく、弱々しい作りに見えます。おそらくカラタチゴケの仲間?
限界してみると、なんとなく先端に粉っぽい構造があるように見えます。これが粉芽だとすると、コフキカラタチゴケ?と思ったのですが、コフキカラタチゴケは北海道には分布しないそうです。北海道に特化した地衣類図鑑があればいいのですが。
さらに別の地衣類。樹皮にへばりついた固着型地衣類で、チャシブゴケ科かと思います。
ふちのほうは細かい白い糸のような繊維になっています。調べてみると、これは藻類が欠けている部分に露出した菌糸で、プロタルスと呼ばれているそうです。日本語では下生菌糸と呼ばれるのかもしれませんが、上のリンク先との整合性がやや不明。
別の固着型地衣類。クロイボゴケに似ています。しかしクロイボゴケは岩に着生するため、違う地衣類でしょう。
裸子器は、ふちが白っぽく、藻類を含むレカノラ型なのか、含まないビアトラ型なのかは、よくわかりませんでした。
よく似た固着型地衣類で、子器盤の色が赤茶色のものも近くにありました。チャザクロゴケという種類に似ていますが、図鑑によると北海道には分布していないので違うようです。
前にも見た、黒いつぶつぶがついている固着型地衣類。前の時はスミイボゴケかなと書きましたが、確証が持てません。
子器は全体が黒いレキデア型。黒一色のせいで形がよくわからないのですが、皿型になっているように見えるので、被子器ではなく裸子器なのだと思います。
全体的に薄い緑色をした美しい固着型地衣類。中心付近に、大量の子器をつけているのが肉眼でも見て取れます。しかし面白いのは、拡大するごとに見える風景がどんどん変わっていくことです。
少し拡大してみると、子器は意外なほどカラフルだと気づきます。
もっと拡大してみると、子器の縁は白くみえるので、ビアトラ型かもしれません。
20倍ルーペとスマホのデジタルズームの限界まで拡大。子器盤に白い微細な点々がついていて、なんとなく求肥で作られた和菓子のようにも見えて美味しそうです。
最後に普通のモジゴケ。図鑑によるとモジゴケは基本的には広葉樹の樹皮につくと書かれているのですが、わたしが住んでいる地域ではトドマツの樹皮によく見られます。ネットで調べても、種類がわからないままです。
目に入った地衣類をだいたい観察し終えたので、そろそろ帰ることにしました。キノコ観察を始めたころの気持ちとよく似ています。わからないものがあまりに多すぎて圧倒されてしまいます。
もう少しわかりやすい地衣類図鑑があればいいのですが、ネットで調べても、あのり使いやすそうなものを発見できていません。細かい区別点を観察するにも、手持ちのツールでは倍率が足りないのも困ったところです。
それでも地衣類の面白いデザインをじっくり観察するのは本当に楽しいです。冬だからヒグマもいないし、森の入口付近だったため、久しぶりに時間を忘れて観察に没頭してしまいました。
2022/01/15土
クロスカントリースキーが少し上達
今日は今季2度目のクロスカントリースキーに行っただけ。前回に引き続き、いきなり上手に滑れるようになっていて驚きました。平地だったら、かなりの速度で走れるようになりました。
特に、今日走っているとき、両足を交互に逆ハの字に出して滑走するスケーティング走法のコツを突然つかめた感覚がありました。左右に足を開くとバランスを崩しそうだと感じていたのですが、言葉で表現しにくいものの、メビウスの環のような形で円弧を描いて体の重心が戻ってくるようになりました。
そのコツをつかんだ途端、今までよりずっと速く滑れるようになって、スピードを出しても疲れにくくなりました。クロスカントリースキーをしていて、初めて楽しいと感じることができ、長距離を爽快に走れました。
調子に乗っていたら、でこぼこしている場所で転びかけたので、油断は禁物。でも、3年目にしてようやく、スキー板を履いて歩き回ることに違和感がなくなった感じがします。つまり自分の体の一部のようになりました。
帰りに、坂道の練習もしてみようと、軽い上り坂にチャレンジ。他の人が逆ハの字にして登る様子を観察していたので、真似てみたら問題なく上れました。
しかし下りがどうしようもない。ボーゲンで止まろうと試みましたが、尻もちをついて、そのまま平地まで滑り落ちてしまいました。ネットで調べてみても、下り坂が一番難しいと書いてあるので、まだまだ仕方ないですね。
ほかに、横向きになるとか、ストックを脇に挟んで地面に摩擦を起こすとか書いてありましたが、どれも難しそう。しばらくは余裕のあるときに、その小さな坂で練習することになりそうです。
近所の人に嫌な思いをするが、対応に成長を感じられた
ところで、昨日、とても嫌な思いをしました。こういうのは日記に書き出して頭から出してしまうのがよいと思うので、ここにあえて書いておきます。
雪かきをしていたら、近隣の人から、「そこは俺が除雪している場所だから雪を捨てんな、地元のルールに従え」と怒鳴られました。
でも、わたしは、公共の歩道の雪が危ないので、どけて道幅を広げていただけなのです。その人が仕事で除雪しているのは知っていましたが、あまりに怠惰でまともに除雪しないので、その歩道に近い住人である私達が、こまめに除雪しないといけない状態になっていたのでした。
思わず言い返してしまいましたが、泥沼になりそうだったので、会話を切り上げて帰りました。
田舎には、こういう思い違いをした古参の住民がつきものだと思いますが、わたしが住んでいる地域の名誉のために書いておくと、頭がおかしいのはその人だけで、他の人はいたって普通で親切です。わたしだけでなく、隣の住民もみんな辟易しています。
かかわり合いにならず、避けておけばよかったのですが、これまで個人的にトラブルになることはなかったので油断していました。
言い返して険悪なムードになりましたが、後になって、たとえ頭がおかしい人だろうが、悪い関係になるのはよくないと思って、さっきの態度を謝りました。相変わらず不遜な態度でしたが、「わかってくれればいいんだ」と言われ、多少は軟化したように見えました。
明らかに相手に非があるにもかかわらず、プライドを捨てて謝り、関係の悪化を防ぐというのは簡単ではありません。だから、そうできたことで、自分がとてもレベルアップできたように感じました。このようなスキルは将来役立つに違いありません。
意外に思ったのは、わたしがついカッとなって言い返してしまったことです。もともとわたしはそんなタイプではなかったはず。嫌なことも自分のうちに呑み込んでしまう過剰同調性タイプだから、解離になったのではなかったでしょうか。
こっちに引っ越してきて、解離が弱くなるとともに、性格まで変わってしまったのでしょうか。自分でも不思議でした。そして、怒りを表現した後も、自分からちゃんと失礼な態度を謝れた、というのも、以前のわたしでは考えられないことでした。
これが以前のわたしなら、何も言い返せずに悶々と怒りを内側に抱えてしまい、記憶を失うことで対処していたと思います。わたしはあまり社会経験がないので、理不尽な上司に対応する方法などを知りません、少し大人になれたということかもしれません。
なんだか、こうやって文章化していくと、嫌な経験どころか、良かった経験のようになってきました。やっぱり頭の中にあることを書き出すというのはとても大切なことです。
でも、その人の言い方が、とても高圧的で嫌な感じだったので、ここ2日ほど何度か思い出されて、弱いフラッシュバックが起こりました。これもわたしらしくないですね。すぐに忘れる解離タイプから、フラッシュバックに悩まされるPTSDタイプになってしまったのでしょうか。
さすがにそれでは困るので、知っているPTSDやフラッシュバックの対策を幾つか試みてみました。まずはテトリスのような目と手を使うゲームで視覚記憶を上書きするのがよい、という話だったので、しばらく久しぶりにCelesteを遊んで気分転換しました。
でも声の印象が嫌だったので、聴覚記憶のほうを上書きするべきなのかな、とも思いました。それで、好きなオーディオブックなどを繰り返し聞いて、心を落ち着かせました。
その夜は、特に悪い夢を見るようなことはありませんでした。夢はたくさん見ましたが、子どものころに住んでいた都会の風景の雑多な夢ばかりでした。
だったら、もう嫌なことは忘れてしまったかと思いましたが、翌日になっても、日中は何度か嫌な感じがよみがえってきました。このままほっておいても記憶は薄れるでしょうが、別の手法も試してみようと思いました。
嫌な言い方をされた場面の、相手の顔が脳裏に焼き付いているように感じたので、昔読んだNLPの本で学んだ手法を試してみました。頭の中のイメージを、別の面白おかしいイメージで上書きしてしまうという方法です。
その場面の相手が、ミッキーマウスのきぐるみを頭にかぶっていたと想像してみました。そうしたら、一気にB級ホラーチックになりました。
あの嫌味な顔ではなく、ミッキーマウスの顔で「そこに雪を捨てんな!」と言われたと想像してみると、言葉から感じていた不快感が消えてしまいました。まるで映画のワンシーンのように思えるようになりました。当事者の体験から第三者の体験になったといえるでしょうか。
さらに声もミッキーの声に変換してみるのもよさそうです。そうやって記憶の場面を突飛なイメージで改変していくだけで、ずいぶんとフラッシュバックの圧が減るのを感じています。なかなかおもしろい手法ですね。
NLPの本では、確かこれをリアルタイムで行うことで、虫嫌いのような恐怖症も克服できるとあった気がします。今後その人に出会ったら、すぐにイメージの中でミッキーマウスのきぐるみをかぶせてしまうのがいいかもしれません。
もっとも、その人自身が変わるわけではないので、できる限り接触を避けるのが最善でしょう。いつ難癖をつけられるかわかりません。わたしは今回は初めてでしたが、周辺の住民は何度もそれを経験しています。
コロナが流行っても、マスクをするなんて概念を持たない野蛮人なので、近づいてくるのが見えたら自衛のために逃げてもいいかもしれません。対応する義理はありません。
年配でひどくビール太りしている人なので、そのうち死ぬか施設に入るでしょう。誰にも気遣われず、今までやってきたことの報いを受けるでしょう。時間が解決してくれるので、あまり心配せず、普通に生活していきたいと思います。
2022/01/16日
今季二度目の(ほぼ)満月の雪原を歩く
満月の雪原を歩きたいという人がいたので、夜の森に一緒に行ってきました。正式な満月は火曜ですが、明日明後日と雪がひどくなりそうなので、ほぼ満月で妥協することにしました。
夜になって見上げると、かなり雲が分厚いものの、なんとか月の輪郭はぎりぎり見えている朧月夜でした。予報によるとこれから天気が悪化するようだったので、18時には家を出て森に向かいました。
気が抜けていたのか、忘れ物多発。カメラも熊撃退スプレーも持っていません。確かもう一つ忘れ物をしたのだけど、何を忘れたかを忘れました。もうどうしようもない。
でも、どうせ夜だしカメラは写りません。ヒグマもめったなことがない限り今はいないし、いつもの近場の森を歩くだけなので、別に大丈夫だろう、とそのまま森に入りました。
気温はマイナス4℃でしたが、無風だからか意外なほど暖かく感じられ、手袋も顔の覆いもまったく必要ありませんでした。すごくラフな格好で、適当に夜の森を歩いている自分に驚きです。
思えば、3年前、初めてここを夜歩いたときは、南極の奥地でも探検しにきたような気分になったものです。人里から隔絶された厳しい秘境であるかのように。あのときはもっと寒く、マイナス20℃対応と謳われた手袋でもかじかんだし、靴に雪が入って凍えそうにもなりました。
なのに、今のこの落ち着きようといったら。まるで裏庭を散歩するくらいの軽い気持ちです。いつもと違って1人ではない、ということも関係していますが、さすがにもう少し危機意識は持ったほうがいいですね。
肝心の月は、森の奥に入るうちに顔を隠してしまい、雪原に出るころには真っ暗になってしまいました。いつもシカの足跡だらけの雪原は、珍しくキツネの足跡が数本伸びているだけでした。雪がたくさん降ったので牧草を掘って食べることができなくなったのかもしれません。
せっかく雪原を歩いているのに月明かりはまったくなく、同行者もつまらなそうにしていました。先月、1人で来たときは、よく晴れた空にすばらしい満月だったのに、と残念でした。
しかし、そこから奇跡的に雲が薄くなって、また朧月が輝き出しました。少し待っているうちに、家を出た時よりやや明るいくらいになり、肉眼で月の模様が確認できるほどになりました。
先回ほど晴れているわけではなく、星空も見えないけれど、これなら雪上の満月を楽しむには十分です。にわかに月明かりであたりが照らされ、穏やかな夜の景色が広がりました。
しばらく斜面の雪に寝転がり、ほぼ満月の明かりを楽しみました。これくらいの薄曇りだと、肉眼で月を見つめても眩しくないのが、意外とよいものです。
ここはこんなに穏やかな月を楽しめているけれど、トンガは今どうなっているのだろう、とふと心配に思いました。地球はつながっているので、もしかしたら、この薄曇りの空にも、火山灰が混じっているのでしょうか。
今年の夏は冷夏になるのでしょうか。雨や雪が増えるのでしょうか。食糧危機が来るのでしょうか。いろいろと不安はありますが、月はただ煌々と輝き続け、いつもと変わらぬ笑顔で地球にほほえんでいるように見えました。
(追記 : 続報によると海底火山だったことが幸いして、大気中への噴出物の量が少なく、噴火が原因で冷夏になる可能性はかなり小さいと見込まれるそうです)
2022/01/18火
公園のガマの穂とオオアカゲラ
今日は雪かきで疲れたので、買い物がてら、近所の公園を散歩。雪不足が一転、ここ数日のまとまった雪で、美味しそうなデコレーションのような雪になりました。
公園の池のふちに立ち並ぶガマの穂。池も雪で覆われて、どこに水面があるのかさえわからなくなっていますが、かろうじてガマの穂のおかげで境界がわかります。ここまでは歩いて行ってもいいということです。
ガマの穂は意外とまだまだ種を残しているものが多くありました。風の強い日を待っているのでしょうか。
ガマの穂の表面を拡大。蒲色の表面は種の集まりで、その下に綿毛が格納されています。まるでコケの朔のようにも見えます。
中心には軸があり、そこからブラシのように毛が生えています。猫のようなしなやかな毛に見えます。
林のそばを通りかかると、軽快に木をつつく音が聞こえてきました。やや音が大きめでしたが、クマゲラほどの迫力はありません。じっくり探してみると、オオアカゲラのメスがいるのが見えました。
頭にまったく赤いところがないのでメスです。腹部はオス、メスともに赤いようですね。なんとなくキツツキはオスのほうが見かける機会が多く感じます。ドラミングが目立つからでしょうか。オオアカゲラのメスを見たのはかなり久しぶりでした。
ところでニュースによると、北見枝幸に流氷が初接岸したそうですね!その他の場所でも観測されているようです。今冬もついに流氷シーズンが到来。タイミングが合えば、晴れている日に見に行きたいです。
オホーツク海の流氷南下 枝幸町で接岸確認|NHK 北海道のニュース
2022/01/19水
マイナス15℃のスノーシューツアーを敢行する
朝に雪かきして、昼間は仕事して、夕方に軽くスキーに行ったので、かなり疲れていた今日。
しかし、スキー場で珍しく空が快晴であることに気づいてしまい、こんな日に満月(一日遅れ)を見ながらスノーシューで雪原を歩いたら最高なのでは?と思いついてしまう。
それで、友人に突然連絡して、2時間後に雪原を歩きに行かないか訊いてみたところ、友人もノリがよくて、ぜひ行きたいとの返事。そんなこんなで、無理しているのを承知で強行予定を組んでしまいました。
しかも、気温は放射冷却でどんどん下がってマイナス15℃。夜中には25℃まで下がるそうで、時刻が遅くなればなるほど冷え込みます。よくもまあ、こんな日に森に入ろうなんて思うものです。
5人で行く予定でしたが、そのうち2名が出発直前に車のエンストで来れなくなってしまったので、3人で夜の森に入ることになりました。
時刻は19:40分。すでにマイナス15℃もある寒さですが、しっかり服を来ていますし、森の中は無風で断熱材の雪もしっかり積もっていたので、全然寒く感じませんでした。
カラマツ林では、頭上の枝の隙間から星がまたたいているのが見えました。こんなに晴れた(ほぼ)満月の日は珍しいので、強行予定ながら来てよかったと思いました。
森の切れ間から、まだ高度の低い満月も顔をのぞかせていました。満月の日なら、だいたい19時30分ごろに雪原を歩けば月が良い位置にありますが、月は一日ずれるたびに50分遅れるので、まだ位置が低いというわけです。
わたしが懐中電灯をもって先頭を歩いていましたが、森の奥からチリンチリンと鈴の音が聞こえてきました。まさか誰かいる?
こんばんは、と声をかけると、女性の声で返事が返ってきました。懐中電灯を向けても、光が届く範囲にはいないようで、姿は見えず、何人いるのかもわかりませんでした。
立ち止まって友達と話していると、しだいに鈴の音は、遠くのほうへ消えていって、聞こえなくなりました。こんな日に真っ暗な森を歩いている人が他にもいるなんて…。探偵小説にこんなシーンがありそう。ミステリアスでホラーです。
やがて森の中ほどについたので、そこからクマイザサ地帯を通り抜けて雪原に出ることにしました。幸いにも、ここ数日の大雪で、クマイザサは完全に覆われていて、楽に歩くことができました。
雪原に出ると、雲ひとつない素晴らしい紺色の夜空! ほぼ満月の明かりがあるため、見える星は少ないですが、オリオン座をはじめ冬の代表的な星座がダイナミックに広がっていました。下の写真ではカシオペア座とペルセウス座が確認できます。
と、そこで、今出てきた森の中に、懐中電灯の明かりがちらちらっと見えることに気づきました。驚いたことに、また別の一行が森に入ってきたようです。こんなによく晴れた日だから、次々に誰かが月を見にやってくるのでしょうか。
しばらく雪原で待っていると近づいてきたので、また挨拶を交わします。でも雪原を満喫したいのなら、あまり渋滞すると悪いかな、と思い、その場から移動することにして先に進みました。
すると、なぜか携帯に電話がかかってくる。出てみたら、エンストで来れなくなっていた友人2人からで、すぐ後ろにいるとのこと。なんと、後ろから追ってきていた謎の一行は、友人たちだったのでした。3番めのグループではなかった!
慌ててスノーシューで雪原を走って道を引き返し、迎えに行きました。正直なところ、今日は無理がたたってかなり体力が乏しく、省エネモードを貫いていたので、ここに来て走って迎えに行ったのはたいへん疲れました…。
友人たちの話によると、別の車で来たらしく、以前一度だけこの森に入った記憶を頼りにここまで追いついてきたとのことでした。足跡があったから迷わずにすんだそうです。
でも、こんな極寒の日に、地理もよく知らない真夜中の森に入ってくるなんて…。先行しているわたしたちのほうが、先に帰ってしまう可能性もありましたし、携帯電話がつながるとも限りませんでした。
合流できたからよかったものの、もし迷っていたらと思うと肝を冷やしました。だだっ広い大自然のただ中で、こうして出会えたのは奇跡のように思えました。考えうる最高の結果になったこの再会を喜んで、みんなで満月を満喫しました。
友人が持ってきてくれたココアを飲んで、雪原でほっと一息。疲れた体に甘さと温かさが染み渡ります。
疲れていて、そろそろ寒くなってきたわたしとは裏腹に、友人たちは元気いっぱいで、雪原を満喫していました。満月の明るさが衝撃的だったようです。そういえばわたしも初めてきた時は感動だったなーと思い出しました。
みんな雪原に寝転がってゆっくり空を眺めていましたが、わたしはもう寒くて体が震えてきて、帰るまで体がもつか心配でした。こんなに雪原に長居するとは思っていなくて、むしろ汗をかかないよう、やや軽装だったのです。
ふもとに降りて時計を見ると時刻は22時前でした。なんと2時間もマイナス15℃の夜の森と雪原を歩き回っていたことに。それは寒いはずです。森の外に出るといっそう寒く感じられ、自動車のガラスも霜がこびりついていました。
それでも、みんなが、まるで遊園地のアトラクションのように心の底から楽しんでくれたのがわかり、企画者としては嬉しかったです。突如、無謀な計画を立てて、マイナス15℃のスノーシューツアーを敢行しましたが、成功裏に終わってホッとしました。
コロナ禍でさまざまな催しがキャンセルになり、友人同士でも会う機会が少なくなっている中、今宵は貴重な集いを体験でき、爽やかな思い出になりました。でも、本当に疲れたので、今夜はゆっくり休みたいと思います。
明日の朝はせっかく快晴でマイナス25℃まで下がる予報ですが、このぶんだと疲れすぎて早起きは無理ですね。
2022/01/20木
窓霜と家のハオルチア
せっかくのマイナス25℃でしたが、やっぱり疲れていて、朝はゆっくりしていました。窓霜がびっしり張っていて、なかなかのものでした。窓から見える遠くのカラマツ林は、朝10時ごろでも樹霜に覆われていました。
なぜか家のハオルチアが元気です。去年に引き続き、今年も花芽を伸ばし始めました。一年に2回くらい咲いています。10年以上の付き合いなのに、いまだに全然しっかり世話できていませんが、丈夫な植物なので助かっています。
2022/01/21金
ヒグマの爪痕地帯までじっくり散歩を楽しむ
疲れが癒えましたが、今日はずっと曇り時々雪模様。あまり良い天気ではありませんが、森の中に入ってしまえば関係ないとばかりに、冬しか侵入できない森の奥地までヒグマの爪痕を見に行きました。
かなり遠い場所なので、気合と辛抱強さが必要です。汗をかかないよう、ときどき立ち止まったり、速度を落としたりして、急がずじっくり歩くことにしました。
森の入口まで除雪されていない林道を歩いて行く必要がありますが、それがまず遠い。でも、しっかり雪が積もってふかふかですし、誰も歩いていない新雪を踏みしめるのはいつだって良いものです。
歩いていると、突然空からかまびすしい小鳥たちのさえずりが聞こえ、十羽から二十羽ほどのガラ類の群れが、これから行く森に向かって飛んでいきました。しかも同じことが断続的に4度もありました。
時刻は13時過ぎでしたが、いったいどういう習性によるのでしょうか。小鳥たちはどこで昼を過ごし、なぜ森に集団で移動したのでしょうか。どこかで食事を終えて森の巣に戻ってきた? それとも森でみんなで食事と交流を楽しみに来た?
大きさと数からするとハシブトガラでしょう。きっとこれから森に入れば、たくさん姿を見ることになるだろう、とこのときは思っていました。
森の入り口のあたりのトドマツの樹皮。古い宝の地図のような味のある地衣類の模様です。
森にたどり着いてみると、いまだかつて経験したことがないほど、無数の鳥の鳴き声が満ちていました。カラ類だけでなく、キツツキやカケスや、種類を判別できない鳴き声もたくさん聞こえました。
ところが、それら大勢の鳥の群れは、近づくとかなり遠い段階で移動してしまい、常に一定の距離を空けられてしまいます。遠くからカメラで狙おうにも、普段より動きが素早く思え、ピントを合わせる間もなく飛び去ってしまいます。下のピンぼけ写真はツグミ?
結局、100羽はいるかと思われた多種多様な鳥たちを、一度たりとも写真に収めることはできませんでした。肉眼で見る限りは、普段あまり見かけない中型の鳥も多数いたのに残念でした。エゾライチョウだったかもしれません。
森の斜面のかなり奥のほうを移動しながら、かなり大きな音でドラミングしたり木をつついたりしているキツツキもいて、ややクマゲラを思わせました。でも音が上のほうから聞こえましたし、クマゲラよりも音が少し弱い感じがしたので、オオアカゲラの可能性もありそうでした。
でも、これほど多くの鳥がいるのに、少しでも近づくと逃げられ、少しでもカメラを向けると飛び去られることばかりで、もうそれ以上、探しに行くだけの気力と体力がありませんでした。
おそらく、鳥は群れでいる時のほうが警戒心が強くなり、近づきにくくなるのではないか、と思いました。1羽でいる時と違って見張りの役目を果たす鳥がいて、周囲の状況に気を配っているからです。
あらゆる生物の中に2割くらいの割合でいるとされる慎重で警戒心の強いHSP遺伝子の鳥たちです。それらが目ざとく人間の接近に気づき、すぐさま飛び立つので、他の鳥たちもそれに追従します。
それで、群れでいる鳥は一匹だけでいる鳥よりも危険を避けやすくなります。捕食者から逃げやすくなるだけでなく、銃やカメラを向ける人間から、素早く逃れるようになります。
というのは本当なのかわかりませんが、さんざん森の中で鳥たちに逃げられたわたしが即興で考えたもっともらしい説明です。
大勢の鳥たちを撮ることを諦めて、さらに奥に進むと、右手のトドマツ林から、美しい秋の虫のオーケストラのような声が聞こえてきました。この時期に虫がいるはずはないので、間違いなく鳥の声なのですが、何の鳥か見当もつきません。
せめて音を残しておこうと思ってビデオを撮りましたが、耳で聞くようなはっきりした音質は記録されませんでした。下のビデオの冒頭の何秒かがその時の動画です。
ビデオの残りの部分は、その後の森歩きの中で時おり見かけた鳥たちです。ヤマゲラ、ゴジュウカラ、ハシブトガラ、コゲラなどを撮ることができました。いずれも、大きな群れが近くにいない時でした。
帰り道ではほかにシマエナガの群れにも遭遇しましたが、声ははっきり聞こえて、頭上も通過していたのに、素早い動きに翻弄されて姿をとらえることができませんでした。
話を戻して、森の奥へ進む道中のこと。最初の林道を歩いていたころは、ひどく疲れを感じて、ときどき汗もかき、のども渇いて辛く感じていましたが、歩き続けるうちに快適になってきました。
登山でも森歩きでも、ほとんどの場合、しんどいのは最初だけです。しばらく歩いていると、疲れが抜けて、思ったより先へ進むことができます。ランナーズハイのような内在性カンナビノイドによるものなのでしょう。体の不快感が和らぎ、とても快適になり、生き生きとした力が湧いてきます。
それで、森の奥の目的地であるヒグマの爪痕が残されたトドマツに到達したときも、意外なほど余力がありました。今日の体調だと、ここまで到達できるかさえ不明に思えていましたが、十分付近を探索する気力が残されていました。
周囲には、去年発見した別のヒグマの爪痕や、シカの角研ぎ跡らしき痕跡もあり、懐かしく感じました。今年もここまで来ることができて満足しました。
ヒグマが登ったトドマツの横には、去年発見したとおり、非常に立派なサルナシの木が巻き付いたトドマツがありました。改めて見ても、その太さはかなりのもので、ヒグマはきっとこのサルナシの実を求めて、隣のトドマツに登ったのだろうという去年の仮説の確からしさを感じました。
さすが普段人が入らない森だけあって、ツルアジサイも相当な太さでした。これほど太いのはそう見かけません。
樹皮が美しく剥がれたヤマブドウの太いツルも見かけました。これで編み細工を作れたらいいな、と思いますが、誰かに教えを請わなければ難しそうです。
帰りは、森の中の別のルートを通りました。すぐに別のヒグマの爪痕を発見し、この付近にはヒグマの爪痕がかなり密集していることがわかりました。
ということは近くで冬眠している可能性もあるのでしょうか? できるだけ斜面や膨らんだ地面など怪しい場所は避けて歩くよう心がけました。
このルートを通って帰ろうと思ったのは、去年、このあたりで珍しい地衣類であるカブトゴケの仲間を見た記憶があったからでした。しかし残念ながら、今日探索した範囲では再発見できませんでした。
その代わり、あまり見かけないタイプの地衣類を発見できました。
ウメノキゴケ科のような葉状地衣類ですが、葉のような部分のふちに、細かい菜の花のつぼみのようなものがびっしりついています。いわゆる粉芽やパスチュールと呼ばれるものでしょうか。種類の特定に役立つかもしれません。
でも、せっかく何枚も写真を撮ったのに、葉の裏側を撮るのを忘れていました。キノコ観察の初心者だった時を思い出します。まだまだ地衣類駆け出しなので、あらゆる手がかりを写真に残せるほど気が回りません。どのみちカメラとルーペの倍率も足りません。
去年見つけたモモンガの巣穴らしき穴がたくさん空いたモモンガの集合住宅も再発見しました。でも、幹の周囲にモモンガのフンは落ちていなかったので、いまはもう使われていない空き家のようでした。
見事に割れた凍裂も見かけました。凍裂そのものはありふれていますが、こんなにはっきりと美しく割れているのは珍しく感じました。
たまにキコブタケが生えているトドマツを見かけましたが、それとは別に白い多孔菌が生えた木を見つけました。何のキノコか分かればいいな、と思い写真を撮ってきました。
冬芽を観察すると、木の種類はイタヤカエデだとわかりました。広葉樹に生えるキノコのようです。オシロイタケかな?と思いましたが、調べてみるとオシロイタケは柔らかいキノコらしいなので、違うように思いました。
森の奥にはオオカメノキの木もたくさんありました。オオカメノキは冬に歩くと、さまざまな森の奥地で頻繁に見かけるのですが、夏に歩ける場所ではめったに見かけません。深い森の目印といえる低木かもしれません。
いつもどおり、冬芽が可愛らしいので、花芽と葉芽を撮ってきました。葉芽は3枚セットで生えており、花芽の場合は中心のひとつがつぼみに置き換わるようです。
帰りに歩いたルートは、渓流が何箇所か通っているため、慎重に歩くよう心がけました。雪の下に足場はなく、もしかするともろい水面かもしれません。現に雪に穴が空いて、凍っていない水面が見えている場所がたくさんありました。
もうすぐでいつもの道に合流できる、というところまで来たとき、V字型に流れる小川に挟まれてしまっていることに気づきました。一見、地面は雪にしっかり覆われているように見えますし、ちょっとジャンプすれば谷間を飛び越せそうです。
しかし、ストックで地面をつついてみると、やはり雪の下は水が流れているように思えました。引き返すのは面倒でしたが、こんな森の奥で、氷点下の水に浸かったら凍傷になりかねません。まだまだ家は遠いのです。
それで、ものぐさがらずに引き返し、確実に渡れる地点を回って帰りました。大自然の中で油断は禁物。どんな時も慎重に行動しなければなりません。冒険心があると同時に慎重でもあるという、自分の取り柄を最大限に活かすべきです。
おもしろい積もり方をしていた段々の雪。やがて風が強くなってきて、こうした枝の上の雪がバッサバッサと降り始めたので、頭上の気を配る必要がありました。
やっといつもの道に出るころには、雪も風もやや強くなっていたので、林道沿いの森の中を通って帰りました。斜面が多いので歩きにくいですが、天井のない場所を歩いて冷たい雪にさらされるよりずっといいからです。
さっきの動画のうち、ハシブトガラやコゲラを撮ったのは、この最後の帰り道でのことでした。ここでまたジュリリジュリリと騒々しく鳴く元気なシマエナガの群れと遭遇しましたが、もう撮影を試みる元気はありませんでした。
最後に森の出口で撮った葉脈標本のようなミズナラの葉っぱ。まだ枝にくっついているにもかかわらず、葉脈だけになっているのが不思議でした。すぐ隣に残っている葉っぱたちは組織をとどめているのに、どうしてこれだけ骨になってしまったのでしょうね。
今日の森歩きは2時間半ほどでした。いつもより遠出でしたが、とても楽しく充実していました。特別何か大きな発見があったわけではなく、鳥たちにも逃げられてばかりでしたが、何を見ても楽しかったので問題ありません。当たり前にあるものが最も美しいのです。
2022/01/22土
雪道サイクリングが楽しい
昼間は外出できず、夜になってサイクリングに行ってきました。マイナス15℃でしたが、もう慣れてしまってさほどでもない寒さです。よく晴れて放射冷却し、下限の月が夜空に昇り始めているところでした。
近所の公園も歩いてきましたが、スノーシューなしでもまだギリギリ歩けるくらいの積雪量でした。1月に入ってやや積雪が増加したかに思えましたがトータルとしては少雪の年となりそうです。
この冷え込みで、街路樹や公園の木々はどれも樹氷をまとっていました。スマホでフラッシュを炊いて撮ってみましたが、一枚撮っただけでスマホの電源が落ちました。
ふかふかの雪に寝転がって、夜空を眺め、体が冷えるまで、ひとときの安らぎを味わいました。明るい月が昇りつつあるとはいえ、冬のダイヤモンドの星々が冷たい空気を貫いて、力強い輝きを放っていました。
2022/01/24月
今季初、流氷を見に行く
昨日の外出はスキーとサイクリングでした。スキーは一度コツをつかんだかに思われましたが、普通の滑りに戻ってしまいました。熟達化とはゆらぎながら進行していくものなのでしょう。
さて、今日はオホーツク海が晴れ予報で、時間もあったので、用事の日程を調整してもらって、流氷を見に行ってきました。
道中の雪山。いつ見ても印象的な形をしていて、それに見合った名前もついていますが、冬の姿はことさらに魅力的です。2年前の雪不足の年に来たときは、道中のあちこちでササが露出していましたが、今年はまずまず積もったように見えます。
あのコブのような形の山の上にも登った人がいて、ブログに登山記を書いておられました。意外にも先に登った人の痕跡もあったそうです。登山道がないので、ヒグマの危険を覚悟で藪こぎしなければ登れません。
左右に目がついているようにも見えて、メンダコの頭にも似ているような…。
この道中では確実に野生動物、ことにシカを見ることができますが、今日もたくさん道端にエゾシカを発見できました。
なぜかみんな頭に雪の帽子をかぶってます。雪が毛皮に見えてアルパカのような顔立ち。
狩猟地区のシカたちだからか、警戒心は強く、こちらの顔を見るとすぐに逃げてしまいます。
立派な角のエゾシカ。枯凋性で残っているミズナラの葉っぱと共に。
みんな振り返って、じっとこっちを見つめて、しばらくするとキョン!と声を上げて逃げていきます。
この立派なオスのシカは帰りに同じあたりで見かけました。やっぱり頭には雪の帽子。片方の角が落ちてなくなってしまっているようです。あまり警戒心なくのんびりササを食べていたので、動画も撮ることができました。
道の駅で見かけたヒヨドリとツグミ。
今年は特にツグミが多いように感じます。当たり年なのか、単に見分けられるようになっただけなのか。
やっとたどり着いたオホーツク海は、流氷で埋め尽くされていました。出かける前にTwitterで情報を調べた限りでは、流氷があるのかないのかはっきりしなかったので、これほど完璧な流氷が見られるとは思ってもみませんでした。
あとで聞いた話によると、午前中は沖へ流れてしまっていたそうですが、午後に風向きが変わって帰ってきたらしいです。よいタイミングでした。
何日か前にやってきた古い流氷だからか、波打ち際は茶色っぽく濁っていました。たまに大きな波が来るので、接近しすぎには注意。
砂浜にあった不思議な跡。雪が蹄鉄のような形に溶けて、黒い砂が露出し、白と黒のおしゃれな模様になっています。もしかしたら、昨日流氷を見に来た観光客の足跡が変化したものかもしれません。
波打ち際までいくと、砕ける波の音が文字通りの轟音。体が震えるような激しい音でしたが、不思議にもまったく不快感はなく、心地よいと感じるほどでした。
陸に打ち上げられた氷塊に登って、しばらく波音のうねりに耳を澄ましました。自然界の水音はどうしてこんなにも心地よいのでしょうか。時間を忘れてずっとのんびりしていたくなります。
砂浜にたくさん落ちていた氷の塊。波に洗われて丸みを帯びていました。おそらくジュエリーアイスと呼ばれる現象かと思います。もう数日前に来たら、名前のとおり宝石のように輝いていたのかもしれませんが、今はもう薄っすら雪に覆われて濁っています。
漁港の近くではないので、海鳥はほとんどいませんでしたが、たまにカモメやカモが飛んでいました。相変わらずこのカメラは飛んでいる被写体にピントが合いにくく、写真はこれしか撮れませんでした。
振り返ると、太陽を覆う雲がダイナミックに広がって、空の青さを際立たせていました。
陸に打ち上げられた流氷は影になって、いっそう青みが引き立っています。一見、人が住まない絶海の景色のようです。
しっかり厚着してきたので、砂浜を歩き回っても寒さは感じませんでした。夕焼けの流氷も見てみたかったですが、帰り道も遠いので、まだ明るいうちに帰路につきました。また晴れた日に漁港や岬にも行ってみたいです。
2022/01/25火
森の中で出会ったエゾシカ
昨日長距離運転しての今日で、ちょっと疲れていましたが、天気もよかったので、森の一番奥まで探検することにしました。
昨日、道路脇にいる野生のシカを何度か目撃しましたが、一人で森を歩いている時に出会うシカのほうがもっとワイルドに感じるものです。この森は冬はかなりの確率でシカと遭遇できるので、今日もいたらいいな、という思いで出かけました。
天候はやや晴れで青空が見えおり、雪は降っておらず、無風。今朝方はマイナス23℃まで冷え込んだらしく、車の窓ガラス一面に唐草模様のような結晶がびっしりついていましたが、昼頃はマイナス5℃と暖かく、森歩き日和でした。
普段より少し薄めの、初冬くらいの服装にしたところ、汗もかかず寒くもなく、ちょうど良い心地よさでした。真冬の服選びは微妙な調整が難しく、ここまで快適だったのは珍しいことです。
それにしても、森の入り口あたりはソリ遊びをする人たちなどの足跡があるのですが、少し奥に入ると、誰の足跡もありません。こんなに美しい森なのに、誰も入らないなんてもったいないな、と感じましたが、そういえば夏も誰も入ってなかったですね。
そもそも誰もいないおかげで、ここにはエゾシカがいるのでしょう。しばらく進んで鳥たちが賑やかにさえずる斜面を登っていると、遠くの茂みの向こうで、枝のようなものが動いているのが見えました。
息をひそめて立ち止まり、カメラを向けてみると、立派なオスのエゾシカの角だとわかりました。珍しいことに、向こうはまだわたしに気づいていません。野生動物より先に気づけるとは、わたしも鋭敏になったものです。
その様子を撮った動画。ササの葉をむしゃむしゃと食べているようです。
なかなか気づかれないので、もう少し近づいて撮ってみようと思い、やや近寄ってカメラを向けたら、向こうも木立ちの隙間からこちらをじっと見つめていて目が合いました。足音で気づかれてしまったのかもしれません。
カメラのピントが合わないので四苦八苦していると、その隙をついて森の奥に勢いよく逃げていってしまいました。
でも、斜面になっていて奥のほうは見えないので、もしかしたら少し走って立ち止まっているかもしれません。それで、周囲に気を配りつつ、慎重に後を追ってみることにしました。
ふつうエゾシカは人を襲わないはずですが、あれほどの巨体、もし驚かせでもして向かってこられたら、わたしなどひとたまりもありません。あくまでストレスをかけないように、ゆっくりとした足取りで後を追いました。
しばらく登っていくと、遠くにさっき逃げたシカが見えましたが、わたしの姿がちらりと見えただけで、さらに森の奥へ逃げていきました。
とその時、予想だにしなかったことですが、わたしの右手のほうでもガサゴソと音がし、雪原のほうへ何かが逃げていったのがわかりました。その方向へ進んでいってみると、雪原にこれまた立派なエゾシカが立っていました。どうやら二頭いたようです。
遠くにいるのにこの威圧感。黒光りするような毛皮と、巨大な顔がとても立派です。シカは振り返ってわたしの姿を見ると、ひどく歩きにくそうに深い雪を漕いで、森の奥へと消えていきました。その様子は動画の後半に写っています。
エゾシカが去った後の雪原。雲の広がり方が芸術的です。手前に見えるのはキツネの足跡でしょうか。ずっと奥に続いているのが、さっきのエゾシカの足跡です。
願っていたとおり、野生のエゾシカに遭遇できて大満足でした。森の中で身一つで巨大な野生動物に出会うことほど、畏怖の念を感じる体験はなかなかありません。ヒグマには出会いたくないですが、シカならば大歓迎です。
さて、森の奥の夏場は入れない地帯への分岐点。頭上ではずっと鳥の声が賑やかに響いているので、せめて少しだけでも姿をとらえたいと思い、立ち止まってじっと見上げました。ヒグマのいる季節では考えられないことです。
ほとんどの鳥は小柄なカラ類のようでしたが、動きが素早い鳥ばかりで、ほとんど確認できませんでした。一度だけ目視できた、ツグミくらいの大きさの黒っぽい鳥の正体が気になりますが、すぐに消えてしまいました。
今日もまた見かけたツグミ。やはり今年はツグミの数が多い? 一心不乱にハリギリの実をついばんでいました。今冬はハリギリが大豊作で、まだまだ実がたくさん残っています。
やがて森の奥のヒグマの食料庫地帯へ。あちこちにツル性樹木があり、見上げる青空を額縁のように縁取っています。
去年はこのあたりに来るとエゾシカの足跡だらけでしたが、今年初頭に来たときは、全然シカの足跡がありませんでした。おそらく雪が少なかったので牧草地のほうに出向いて、地面を掘り返していたのでしょう。
それに比べると、今回はエゾシカの足跡が非常に多く、あちこちが踏み荒らされ、地面から茎が出ているササの葉も食べつくされていました。去年のように樹皮剥ぎがされている木はないので、食べ物はまだ十分にありそうです。
去年シカのたまり場になっていた渓流のヤナギに下っていくと、断続的にシカの足跡が斜面を下っていました。去年はしっかり踏み固められた通勤路ができていましたが、今年は不規則でした。群れでは行動していないのかもしれません。
水飲み場のあたりを上から見下ろすと、一頭だけエゾシカがちらりと見えましたが、向こうも同時にわたしに気づいていて、写真を撮る隙もなく木立のほうへ消えていきました。
渓流沿いに降りると、シカの足跡はそこそこありましたが、誰もいませんでした。賢いシカの足跡を頼りに川をわたり、林道に出て、そのまま長い道のりを引き返しました。吹雪いていると寒く辛い道のりですが、今日は晴れていて暖かかったので楽でした。
林道には、シカやウサギの足跡のほかに、謎の波線のような模様がずっと続いていました。もしかすると、今月初頭に歩いたわたしのスノーシューの左右交互の足跡の上に雪が積もった結果、こんな模様になったのかもしれません。
さっき上から見下ろして一頭のシカが見えたあたりに来たとき、右手方向の森の中から、ピャン!と大きな警戒声が聞こえました。まだそこにシカがいたようですが、姿は見えませんでした。
野生動物が身近な森の中を自由に歩けるのは、森林の王者が眠っている冬ならでは。今だけしか味わえない大自然の拍動を今日もまた楽しむことができて、とても満足のいく一日でした。
2022/01/27木
睡眠の質が相変わらず悪い。特に睡眠麻痺についてメモ
昨日は遠方の友人とビデオ通話して、外の風景を見せたり、スキーに出かけたりしました。今日は朝から雪かきして、用事で近所をまわって、別の友人とビデオ通話したりと、やはり忙しい日でした。
非常に晴れた爽やかな日でしたが、どこかに出かける余裕はありませんでした。というのも、今日は特に睡眠の状態が悪く、疲れが全然とれなかったからです。
ここで暮らすようになって、体調面で多くの問題が解消しましたが、睡眠だけはどうにもなりません。睡眠に関する脳の領域に修復不能なエラーが起こっているのではないかと感じます。
寝起きが非常に悪く、全然疲れがとれていない感じがして、全身が重だるいです。でも、いったん起きて屋外で活動し始めれば、頭も体もそこそこ動くので、必ずしも疲れが取れていないわけではないようです。一方、屋内だと四六時中眠く、覚醒度が低く苦痛です。
・室内環境について
昨年までは、家の24時間換気が壊れていたことが、冬の屋内の体調不良の一因だったようです。
修理されてから、ハウスダスト、乾燥しすぎ、息苦しさなど、多くの問題が解決しました。ところが期待に反して睡眠は良くなりませんでした。
ストーブのせいで冬は湿度が下がり乾燥しやすいですが、扇風機に濡れタオルをかぶせておくという対策で、ほぼ問題なく過ごせています。夜中に一度タオルを濡らし直す必要があるのが面倒なことを除けば、加湿器いらずです。
昨冬は常にくしゃみが出るほどハウスダストの症状が悪化していましたが、今年は特に問題ありません。
昔から鼻詰まりがあって、鼻うがいしようにも、水さえ通らない時もしばしばあります。手術でもしない限りもう治らないと思うのですが、最低限の通気は保たれているので、過去の状態と比べると良いほうだと思います。
また、夜には室内の照明を暗くし、電子機器も、ソフトやアプリを使うことで本体設定の限界を超えて画面が暗くなるようにしています。
スマホはスクリーンタイムを設定して、夜22時以降は操作できないようにしています。前に書いたように、熱中していたゲームもデータを全削除しました。これでもう、電子機器によって睡眠が悪化している可能性はなくなったはずです。
・マットレスについて
体の痛みから、長年、非常に柔らかいベッドに寝ていました。しかし寝返りが打てないベッドなので、それが熟睡を妨げているのかもしれないと感じ、マットレスを買い換えるか悩みました。結局、一番安上がりな方法として床で寝ることにしました。
この2,3ヶ月くらい床で寝ており、寝返りも打てています。ところがこの度も、予想に反して睡眠の質は改善しませんでした。寝返りのできない柔らかいマットレスに寝ようが、硬い床で寝ようが、起きた時にしんどいのは同じでした。
しかしながら、床で寝たほうが、かえって体の痛みは和らぐような気がしています。寝返りをうつことが体の整体につながるのでしょう。それで、睡眠の質は改善せずとも、体の痛みを和らげる目的で引き続き床に寝ています。
・枕について
枕も全然合わず、何年も前から首のひどい寝違いを繰り返してきました。一時期は枕を使わずうつ伏せに寝ていましたが、それでもしばしば寝違えました。
枕も買い換えるべきか悩みましたが、ぴったり合う枕探しは非常に大変で、コロナ禍では不可能だと思いました。それで、これも安上がりな方法として、タオルと布で枕を自作してみました。
寝る時の姿勢によって適切な枕が変わるので、作った枕は万能ではありませんが、それでも寝違えはほぼなくなりました。時々軽く痛めることはありますが、生活に支障をきたすほどの重症にはしばらくなっていません。
起きてすぐに、首と肩をほぐすストレッチをしているのも良いのだと思います。全身の筋肉がこわばりやすいので、夏であれ冬であれ、事あるごとに体をほぐすようにしています。リングフィットで学んだ様々なストレッチの型がとても役立っています。
・入眠障害と概日リズム睡眠障害について
なかなか寝付けない入眠の問題については、数ある睡眠問題の中で、唯一、大幅に改善した点です。以前は、カタプレスを飲まないと、明け方まで寝られず、睡眠相がどんどんずれていきました。脳が過覚醒状態にあったからです。
それが、引っ越してきてからは徐々にカタプレスが要らなくなり、今では何も飲まなくても、午前0時くらいには眠れます。睡眠相が後退しやすい傾向はあるので、念のためメラトニンを飲むようにはしていますが、飲み忘れても1時くらいには寝ています。
そのおかげで、ここで暮らすようになってからは、睡眠相が昼夜逆転したり、徹夜したり、フリーランしたりしたことは一度もありません。
朝起きるのが苦手で、寝覚めが悪いため、完全に良くなったとまではいえませんが、軽い睡眠相後退の状態で安定しています。概日リズム睡眠障害については劇的に改善したといってもよいでしょう。
・睡眠麻痺について
さて、一番やっかいで、今でもまだ悩まされている睡眠問題が、睡眠麻痺、いわゆる金縛りです。
以前より頻度は少なくなりましたが、単純に対策を講じているからだと思います。その対策とは単に仰向けに寝ない、という点のみです。
経験則から、仰向けに寝ているときに睡眠麻痺が起こりやすいとは感じていましたが、改めて「睡眠麻痺 仰向け」で検索してみると、それを裏付ける情報がたくさんありました。
それで、ベッドで仰向けに寝る時は傾斜をつけて上体を軽く起こすようにしています。床で寝る時は、それができないので必ず横向きに寝るようにしています。そのおかげで、睡眠麻痺はかなりまれになりました。
それでも、睡眠麻痺が起こるときは起こります。床で寝ていても、寝ている間に仰向けになってしまうことがあります。そうすると、かなり高確率で睡眠麻痺に襲われるので、脳機能はまったく良くなっていません。
若い時から睡眠麻痺に非常に苦しめられてきましたが、これといった学問的な研究がないせいで、徹底的に調査した際も、ほとんどめぼしい発見がありませんでした。収穫といえばオカルトではなく脳機能異常だ、とわかったことくらいです。
これまでの経験から、睡眠麻痺についてわかっていることを簡単に箇条書きしておきます。わたしの症状はナルコレプシー予備軍または反復性孤発性睡眠麻痺と呼ばれうるものだと思いますが、ろくな情報がないのでラベルとしては全然役に立ちません。
(1)入眠時と出眠時に両方に起こる。頻度としては出眠時のほうが多い。
(2)入眠時に起こる場合は、非常に眠く、すぐ眠りに落ちてしまいそうな時に起こりやすい。感覚としては、あまりに眠いため、脳のOSより先に体がシャットダウンされてしまうイメージ。
普段は過覚醒ゆえの入眠困難で眠れないだけでなく、異常に眠い時は睡眠麻痺が起こるので寝られない、という二重の苦痛があり、寝る時間が怖くなってしまうという悪循環が生じていた。
入眠時の睡眠麻痺は、異常な眠気がトリガーであり、寝る姿勢に関係なく起こりうる。仰向け以外だからといって安心できない。対策は一度起きてしまい、眠気を覚ますこと。
異常な眠気からして、ナルコレプシーと関連性の強い症状と思われる。ナルコレプシーに関係するオレキシン受容体拮抗薬ベルソムラを飲むと、高確率でこの入眠時の睡眠麻痺が誘発されてしまうため、使用できなかった。
(3)出眠時に起こる場合は仰向けの姿勢が関係していることが多い。だが、一度起こってしまうと、姿勢に関係なく何度も繰り返し誘発され、入眠時の睡眠麻痺と同じパターンに入る。
睡眠麻痺が起こると、非常に眠く、疲れもひどいため、そのまま寝続けたいという誘惑に駆られる。しかしそうすると、永久に睡眠麻痺のループが起こり、恐ろしい夢や窒息感に苦しめられ続けることになる。
それで、ひとたび睡眠麻痺が起きたら、気力を振り絞って、なんとしてでも一度起きてしまったほうがよい。真夜中であっても、眠気が覚めるまで別のことをしてから、再度眠りに就く必要がある。
仰向けに寝ると、あまりにも高頻度で睡眠麻痺が起こるため、手術で入院しなければならないような時、病室で寝ることをとても心配している。
(4)睡眠麻痺の症状は幾つかに大別される。
まずは麻痺、つまり金縛りである。寝ている間は全身の筋肉が脱力し、呼吸は自動制御になる。そのさなかに突然起きてしまうため、体が動かず、自分の意思で呼吸できないため、ひどい苦痛や恐怖を感じる。(恐ろしいことだが、ALSの症状と同じともいえる)
睡眠中は自律的に呼吸しているので、窒息する心配はないはずだが、自分で能動的に呼吸できないからか、強い息苦しさを感じ、それが恐怖や切迫感を掻き立てる。
金縛りの対処法について調べると、心配せずゆっくり呼吸していれば、自然と解消される、と書かれているが、そのように解決したことは一度もない。通常の金縛りと恐怖感が異なっている可能性があると思われる。
解消する方法は、重いものを持ち上げる時のように、全身に瞬間的に力を入れること。何度か繰り返すと、コントロールが戻るので、その瞬間を狙って起きる。少しでも油断するとまた睡眠麻痺に戻るため、瞬発力が大切。
この方法は重いものを持ち上げる時と同じく、異常に疲れる。力を入れた瞬間に無理な力が筋肉にかかって、筋を違えてしまうこともしばしばある。
眼球を動かすなど、別の方法でも解消できると読んだことはあり、実際にそうできたこともあるが、睡眠麻痺が起こっている最中は冷静に考えられないことも多く、どうしても力づくで解消する方法を選んでしまう。
(5)次に入眠時(出眠時)幻覚。さまざまなタイプの幻覚が起こりうる。
学生のころに経験したのは、近くに人が立っている感覚や家族が呼ぶ声などだった。またベッドや寝床が砂のように崩れて落下していく感覚もよく起こる。
リアルな夢と地続きであり、現実世界にいるかのような感覚を伴うが、不思議の国のアリスの世界のように行きあたりばったりになりやすい。
なぜかわたしの場合、明晰夢は伴わず、夢を夢と見抜けない。かえってリアルな感覚を伴う夢のため、夢なのに現実と混同しやすい。
(6)上の点とつながっているが、リアルな夢と夢の中の夢が伴いやすい。ひどく感覚がリアルな夢であり、夢の中でも睡眠麻痺に襲われ、力を振り絞って起きるのだが、起きたと思っている状態がまだ夢の中であるという状態。これがループ的に延々と繰り返される。
夢の中で目覚めるたびに、現実に少しずつ近づいてきて、本当の意味で目覚める確率が上がってくる。
個人的な傾向として非常に面白いのは、夢の中ではまったく別の法則を信じていること。どんな夢を見ている時でも、なぜか「取り返しのつかないことを仕出かした時、気を失えばなかったことにできる」という法則を疑いなく信じている。
たとえば、夢の中で、誰かを傷つけてしまったり、敵に追われたり、自然災害に巻き込まれたりしたとき、眠るように意図的に意識を遠のかせて、失神することで解決しようとする。そして、それに成功すると、なんと必ず夢から覚めて目覚めることができる。
夢の中で、これは夢だと気づくことはできないのに、リセットして目覚める方法を知っているというのは不思議である。しかも、夢の中で眠りに就くと、現実では目が覚めるという関係性も謎。
夢の中でリセットする方法は、意図的に意識を解離させる(失神する)ことなので、これは「解離に関係した神経系統が睡眠と関係している」ということを示唆する証拠の一つだろうと思われる。
なお、睡眠麻痺から覚めるには渾身の力を必要とするが、この解離によってリセットする、という方法で目覚めた場合は、とてもスムーズで体に負担がかからない。
以上、睡眠麻痺に関わる3つの特徴について述べた。
最後の解離によって夢から覚める方法を除けば、いずれにも共通しているのは、どれも感覚がリアルで、脱出するのに渾身の力を要するということ。だから、ひとたび睡眠麻痺が起こると、やっと起きることができた時には異常に疲れていることが多い。
どうにかならないかと思いつつ、いまだに解決策が見いだせない。仰向けに寝なければ睡眠麻痺を高確率で防げるとわかったので、かなりの進歩だったが、そのせいで、本当にリラックスする姿勢で寝ることができない。
もっと根本的な原因と解決策が見つからなければ、質のよい睡眠は得られないかもしれない。
2022/01/28金
太ましいツグミたち
都市部に用事があったので久しぶりに出かけました。でも今はオミクロン株が流行しているので、買い物にさえ寄り道しませんでした。こんな奥地の都市でも、一週間で二桁程度の感染者が出ています。かつてなかったことです。
帰りにお世話になっている農家に寄って、越冬野菜の白菜を掘り出してきました。こんな真冬にも新鮮な野菜が食べれるなんて、本当にありがたいことです。
道中ではバードウォッチングを楽しみました。見かけたのは、ほとんどがツグミでした。今年はツグミが多いと感じていましたが、都会に出て確信が深まりました。信じられないくらいツグミが多く、カラスの次によく見かけ、スズメやヒヨドリほどの数が群れています。
しかも、ツグミってこんな体型だったっけ?と感じるほど太ましい。
調べてみると、冬の鳥は、羽毛のあいだに空気を含ませて丸くなることで、暖を得ているそうです。別に食べすぎて太っているわけではなかった。でも、今年の冬は、おそらく食べ物が例年より豊かだと思うので、たくさん食べていることも確かでしょう。
ほかにもスズメがたくさん集まってました。都会に住んでいたころ、スズメが可愛いなんて思ったことはありませんでしたが、ここの雪景色の中で見る姿はふっくらと可愛らしく健気です。マイナス20℃にもなるような冬を強く生き抜いています。
シジュウカラも久々に見ました。パンダのような顔、黒いネクタイ、それに角度によっは背中が黄緑色に見えるのが美しいカラ類です。
2022/01/29土
公園に無数のツグミが群れる
雪かきがけっこう大変だったので、自然観察は公園に散歩に出かけただけ。とはいえ、雪かきは夏の農作業に向けて、非常に良い筋トレになっていて、嫌になるどころか楽しいです。かえってやりすぎるのでセーブする必要があります。
公園はかなりしっかりと雪が積もっていて、昨年末の雪不足から一転、例年に追いついた感はあります。シーズンが終わった後に統計を確認してみないと分かりませんが、例年並みか少し少ない水準で終わるのではないでしょうか。
公園をスノーシューで歩いていて驚いたのは、無数のツグミが林の木々に止まっていたことでした。あまりに多すぎるので、はじめヒヨドリかカラ類だと思っていました。鳴き声もかなり騒がしく、ヒヨドリを思わせました。
ところが、望遠レンズで観察するとツグミでした。それでも信じられず、ヒヨドリの群れにツグミが数羽混じっているだけだろうと考えました。
ところが、どこを見てもツグミだらけで、ヒヨドリは一羽も見つかりませんでした。多い多いとは思っていましたが、昨日、今日と群れなすツグミを見て圧倒されました。しかもどのツグミも丸く膨らんでいて、恰幅がよく見えます。
ツグミが鈴なり状態の木。本当はこの木の下枝も含め、全体に漫勉なくとまっていましたが、うまくファインダーに収めるには、これくらいの数が限度でした。それでも狭い範囲に10羽以上集まっています。
意外だったのは、ツグミがこれほどうるさく鳴くということです。ツグミの名前の由来が「口を噤(つぐ)む」ではなさそうだ、というのは過去に読んで知っていました。でも、昨日見た群れはほとんど鳴いていなかったので、そんなに鳴かない鳥だろうとは思っていました。
ところが、今日は、ヒヨドリを思わせるほどの大合唱です。声の甲高さも若干ヒヨドリに似ています。でも、ヒヨドリより音節が短く、けたたましく叫ぶというより、お喋り好きな同好会のようです。
ツグミは日本では繁殖期を過ごさないのでさえずりませんが、地鳴きだけでも十分に存在感があります。このような姿を見てしまうと、やはりツグミの名は噤むではない、というのは確かそうです。かといって、他の由来説もしっくりこないので、なぜツグミという名なのかは謎のままです。
夕方、晴れていたので、近所の高台に夕日を見に行ってみました。以前サンピラーが見れた場所なので期待していましたが、日没のころには、どこからともなく雲が現れてしまいました。風の強い日だったので、天候の変化が早いです。
この高台のあたりにはキハダの実がたくさんなっていて、今年も少し採らせてもらいました。今日見ても、まだちらほらと残っていました。今ならすっかり乾燥してカリカリとした食感になっているでしょうから、鳥たちもスナック感覚につまみに来るかもしれません。
夜は、遠方の友人と、3年半ぶりにビデオ通話でゆっくり話しました。とても元気そうで、話題もあれこれと弾み、濃密な2時間でした。ここのところ生活がマンネリ化して、若干気落ちしていましたが、爽やかにされました。まだ悩みは晴れませんが、前進し続ける力をもらえたと感じます。
2022/01/30日
森の中の妙に丸っこいアカゲラ
今朝もそこそこ雪が積もっていました。よい筋トレになります。夏場は農作業のせいで、毎日筋肉痛のままでしたが、今冬も雪かきで筋肉痛が耐えません。もう少し準備体操や整理体操の時間を増やしたほうがいいかもしれません。
雪が降ったり止んだりのいち日でしたが、夕方ごろ、森に出かけてしばらく歩きました。森の中なら、多少の雪が降っていようが気にならないからです。
はじめのうち、鳥たちは全然いないようでしたが、歩いているうちに賑やかになってきて、頭上をハシブトガラ(コガラ)らしき小鳥が群れをなして飛び始めました。近くのトドマツに巣があるのかもしれません。追いかけあって遊んでいるようにも見えました。
一瞬の後ろ姿だけ撮れた謎の鳥。大きさとしてはツグミかカケスくらいに見えました。ハリギリの実を食べていたようです。鳥好きの人なら、この後ろ姿だけでも見分けることができそうですが…。
森の奥にほうに入ると、木をしきりにつつく、かなり大きな音が聞こえてきました。音の大きさからして、たぶんオオアカゲラかと考えました。もしかしたら、クマゲラの可能性もありうる?と思うような、やや鈍い音でした。
ところが、音のするほうに近づいてみて見つけたのは、なんと普通のアカゲラでした。アカゲラがあれほど大きい音を出すとは思わなかったので驚きでした。よく音が鳴る木だったのかもしれません。まだまだ推理力が足りません。
不思議に思ったのは、妙に丸々としたアカゲラだったことです。普通のアカゲラより小柄に見えたので、まさか、いまだ見たことのないコアカゲラか?とも思ったのですが、背中にハの字模様があり、腹部が赤いので違いました。
(コアカゲラは、おもに道東方面に分布しているようですが、分布記録図によると、道北でもわずかに確認されているため、いないとは言い切れません)
小さく見えたのは、たぶん丸々としているからでしょう。お腹が大きく、横に太いため、相対的に身長が低く見えるのだろうと思います。まるで太った相撲取りのよう。だからクチバシでつつく音も力強かったのでしょうか?
冬になると丸みを増す鳥は多いですが、アカゲラがこんなに丸々としているのは初めて見ました。これも一種のベルクマン・アレンの法則なのだろうか。
帰り道では、コゲラも見かけました。行きの時点で声は聞こえていたので、いることはわかっていましたが、帰りに目撃できて嬉しかったです。
ちなみに前述のコアカゲラは町の近く、コゲラは森の中と棲み分けているらしいので、コゲラがいるということはコアカゲラはこのあたりにはいないのだと思われます。
あまり時間がなかったので、長居はできませんでしたが、久しぶりに森の中を歩けて楽しかったです。
2022/01/31月
流氷の海にシノリガモ
朝は放射冷却でマイナス24℃。よく晴れた日だったので、また流氷を見にオホーツク海まで出てみました。
しかし、残念ながら、今回は接岸していませんでした。ぱらぱらと流氷の欠片が波間を漂っているのみ。それでも海のすがすがしい青さは圧巻です。
オジロワシ、オオワシ、オオセグロカモメなどの海鳥がいることを期待していましたが、全然鳥たちがいませんでした。流氷とともにプランクトンが押し寄せるらしいので、流氷が沖に離れているときは、鳥もそっちに行ってしまっているのかも。
しかし、近くの流氷をよく見ると、何やら黒い点々が見えました。もしかして鳥かな?と拡大してみると…、
なんと流氷の上で丸くなって一休み中のカモたちでした。なんて可愛いのだろう。氷の上なんて足が冷たいのではないかと思うのですが、足にワンダーネットという熱交換システムがついているから大丈夫なのでしょうか。
休んでいるのはコガモの群れでした。オスは頭がカラフルで、角度によっては赤、緑、黄の3色が混じっている信号のようなカラーに見えるため、すぐに判別できます。
すぐそばの波間には泳いでいるコガモたちもいました。上の遠景写真には両方が豆粒のように写っていますね。
もっと近くの湾内にいた見慣れないカモ。後で調べるとシノリガモのメスと判明。黒い頭に白いハの字が目立ちます。オス、メスともに、このような模様があるようです。初めて見たカモでした。
角度によってはあまりハの字には見えません。クチバシ側(前方)の白い模様はほぼ円形の点で、首筋側(後方)の白い模様は縦線になるようです。
そこから少し移動して、岬から見た風景。ブリザードのような強風が吹いていて、恐ろしく寒く、完全防備でもガンガン体力が削られました。過酷です。
強風のせいで岬の雪はほとんど積もっておらず、スノーシューなしでも歩ける浅さでした。表面には芸術的な風雪紋が刻まれています。
(去年触れましたが、風雪紋は「シュカブラ」ないしは「スカブラ」と呼ばれるらしいという記述がネット上に多いものの、元となるノルウェー語を発見できなかったので、事実かどうか疑っています)
まるで彫刻刀で掘られた木彫りの熊の毛並みのようです。
遠くの水平線には流氷が見えますが、真っ白というほどではないので、本隊はかなり沖まで離れてしまっているようです。代わりにうっすらとした半透明の氷が眼下の海面を覆っていました。
岬でブリザードに耐えていたハマナスの実を発見。このような植物が顔を出していることからも、雪が風で飛ばされて、あまり深く積もっていないことがわかります。
そして、ここでもたくさん見かけたシノリガモ。今回はオスばかりの群れでした。黒地に白い独特の模様があり、いささか毒々しくも見えます。確かこんな配色の毒のあるカエルがいたような?
横から見ると、オスは頭と腹部に赤い模様があることがわかります。
シノリガモのシノリには「晨」の字が当てられています。「晨」には、「しのり」という訓読みは無いはずなので、どこが出典なのかは謎。
「晨」そのものは夜明けという意味を持つ漢字で、たとえば道北名寄の「晨光の滝」にもその意味で使われています。
「晨」は常用漢字ではないものの、人名用漢字に含まれているので、名付けには使用できます。だとすれば、女の子の名前で「しのり」と読んだりしても良さそうなものですが、そうした例もないようです。
夜明けという意味では、シノリガモのオスを横から見ると、黒い夜に、赤い太陽が昇りつつあり、白い雲が漂っている日本画のようにも見えるので、なかなか粋な名付けと思えました。
一度見たら忘れない面白い模様と配色、そして風情豊かな名前ということで、このニューフェイスのカモのことは深く印象に刻まれました。ほとんど流氷もなく海鳥もいない寂しい海岸でしたが、この出会いだけでも価値がありました。
岬のブリザードで体力が削られた上、オミクロン株のせいで道の駅や飲食店でもゆっくりできないので、早めに帰途につきました。
帰り道、12月にクマゲラを見た峡谷で、燦然と輝く見事な夕日を眺めました。気温が高かったので、サンピラーにはなりそうもないのが少し残念。
帰宅すると、ついにツグミたちが、家の前のナナカマドの木にも大量に群れていました。普段ならスズメやカラスくらいしかいない街中なのに、いまやどこを見てもツグミだらけです。今年はいったい何なのか。
まだ保存食であるナナカマドの実はたくさんなっていますし、森の中でも豊作のハリギリが残っていたので、おそらく食糧はもちそう。でも、まだ1月末で、春が来るまでは2ヶ月以上もあるのです。
1月のまとめ
なんだかパッとしない1月でした。月間満足度としては、かなり低調な月だったと言わざるを得ません。いろいろ嫌なことがあった反面、良いことはあまり多くなかったように思います。
自然観察も低調な印象でした。いつもどおり、満月も見たし、森の中でエゾシカにも出会ったし、流氷も見に行ったにもかかわらず、何か物足りなさを感じます。新しいことにチャレンジしていないからかもしれません。地衣類観察に少し手をつけましたが、出鼻をくじかれてしまいました。
別に何か新しいことがなければ喜べないというわけではありません。ごく普通の日常にも、多くの喜びがあります。今月のひとつひとつの良かった出来事を思い返すと「何もなかった」ではなく「良いこともたくさんあった」という感想に落ち着きます。
一番嬉しかったのは、流氷を見に行った翌日、野生のエゾシカを見たいと思って森に行ったら、本当に遭遇できたことです。とても迫力があり、独特の空間を体験できました。
なのに、何か心の奥にこびりついたこの不満は何なのでしょう。思ったより多くのことができなかった、というもどかしさなのでしょうか。
願うほど多くのことを成し遂げられず、まるで余生を送っている老人のようだ、と常々感じます。限りある月日を浪費しているように感じてしまいます。
まだ病気で死にかけていた日々のほうが生産的に過ごせていたかのように錯覚してしまうことがあります。昔のほうが良かったはずはないのに、過去を美化してしまうところがあります。
少なくとも、昔のほうが、多くの本を読み、考察を重ねていたのは事実です。元気になってからは、全然本を読めなくなってしまい、向学心がなくなりました。そのぶん、自然という本から学んではいるので、何も進歩していないはずはないのですが。
やることはやっています。たくさんのことを成し遂げています。それでも、今はどうしても停滞して、無為に過ごしているかに思えてなりません。方向性に迷って、宙ぶらりんになっているみたいです。この空虚さは実体のあるものなのか、それともそう感じるだけのものなのか。
本当にこれでよいのか。望む方向に進めているのか。悩むのは悪いことではないと思います。悩みがなければ新しいものは生まれません。
今月は、自分を変えるために、習慣も調整しました。愛着にあったゲームを消したり、日中あまりスマホを使わず本を読むよう心がけたり、夜はスクリーンタイムでそもそもスマホを使えないようにしたりしました。
納得がいくまで、色々なことを試してみたいと思います。引っ越してきて3年が過ぎ、そろそろ次のことを考えるステージに来ていると思うので、何かしら方向性を模索したいと思います。
世の中の状況については、今月はオミクロン株が世界中を席巻したことと、ロシアと欧米が牽制しあっている不穏な状況とが、2大ニュースでした。
自分の方向性について悩んではいますが、もしかすると、外部の状況の進展によって、何らかの変化を迫られるようになるかもしれません。
たとえばコロナ禍になったことがきっかけで、ひたすら森に入り浸り、山菜やキノコを学ぶという方向づけを与えられました。時代の変化によって、やるべきことが見えてくる可能性もあります。
次に何が起こるのか、どのような方向に物事が進むのか、今の時点では何もわかりません。コロナ禍だって予想できなかったのですから、意外な展開になるかもしれません。
それも念頭に置いた上で、今できることをじっくり考えて、後悔のないよう生活を調整していきたいと思っています。
先月・翌月へのリンク