絵を描く喜びが感じられる「7対3のセミホームメイドの法則」


を描くという趣味は一度はまるとなかなか抜け出せないといいます。それもそのはず、前回の記事で取り上げたように、絵を描くという行為は労力を伴うからです。労力を込めたものには愛着がわき、過大評価します。

しかしその陰で、

■自分には絵心がないので、絵を描く満足を味わうのは到底ムリだ、
■自分にはオリジナルは描けない
■絵を描くことに疲れて、情熱が薄らいだ

という人もいるかもしれません。

そんな場合にとても役立つ方法があるのです。

それは「7対3のセミホームメイドの法則」です。

今回も不合理だからすべてがうまくいく―行動経済学で「人を動かす」から紹介したいと思います。(p116-122)

どこまでが創作料理か

この法則は、創作クッキングの界隈の言葉なので、まずその背景から説明しましょう。

料理というのは一般に創作の余地がある活動だと考えられていますが、料理をするすべての人が、創作しているという満足を味わっているわけではありません。

たとえば、旬の野菜を自宅の庭で育てて、一からレシピを考えて作った創作和風料理では満足感を感じ、誇りを抱く人が多いと思いますが、すべての人にそれは不可能です。

中にはスーパーで買ってきた冷凍食品をレンジてチン、そして惣菜屋のパックのおかずを一緒にして食べる、というような人もいて、その場合創作しているという自覚は皆無でしょう。

手間を増やしたケーキミックス

有名なケーキミックスにまつわる話があるそうです。

半世紀前、ケーキミックスが発売されたとき、あまり売れなかったそうです。マーケティング担当者は、ケーキミックスが甘すぎるのだとか、味が不自然なのか、とか考えたそうですか一向に売れません。

このとき、料理記者のローラ・シャピロは、もしかするとケーキミックスのせいで手間が省けすぎて、焼きあがったケーキが「自分のもの」と思えないからなのではないか、と考えました。

主婦たちは、特別な日のケーキを、ただのミックス粉を使って済ませるような人間だと思われたくないのです。

そこで心理学者のアーネスト・ディヒターが、ミックス粉から材料の一部を取り除いて、主婦の手でそれを加えてもらうのはどうか、と提案しました。

乾燥卵を取り除いたので、この考えは、「タマゴ理論」と呼ばれるようになりました。主婦は新鮮な卵や牛乳を自分で入れなければなりません。

はたしてこの、より手間がかかるようにしたケーキミックスはみるみる売上が伸びたそうです。少し手間を増やしたことで、主婦たちはケーキを自分の料理だと感じるようになったのです。

7対3のセミホームメイドの法則

このような経緯を受けて、有名な料理研究家のサンドラ・リーは「7対3のセミホームメイドの法則」を提案しています。

料理に疲れたら、7割まで加工食品を使ってもいい、残りの3割に、新鮮で斬新なひと手間を加えるなら、創作の満足感や喜びを感じることができる、と。

回りくどくなりました。ここからようやく絵の話をしましょう。

絵を描く場合も、自分は絵を描く才能がないと思ったり、オリジナルは描けないと思ったり、絵を描くのに疲れたりした場合に、「7対3のセミホームメイドの法則」が役立つのです。

これをうまく活用した製品のひとつが、ニンテンドーによる「絵心教室」シリーズだといえます。

絵心教室シリーズでは、ビンス先生という架空の先生が、お手本となる画面にひと手間ずつ絵を描いていき、プレイヤーは、それを真似しながら、キャンバスに自分の絵を描いていくことができます。

すると、最終的には、自分が描いたとは思えないほど立派な絵が出来上がります。その感動についてはこんな風に表現されています。

社長が訊く『新 絵心教室』|ニンテンドー3DS|Nintendo はてなブックマーク - 社長が訊く『新 絵心教室』|ニンテンドー3DS|Nintendo

寺崎

それくらい絵を描くことに
苦手意識を持っていたんですけど、
30分だけだったら、
なんとかがまんして描けると思ったんです。
そこで、レッスンは基本、
30分で終わるものにしてもらって、
リンゴを描いてみたら、
なんと、描けてしまったんです。

岩田

それで、うれしそうにわたしのところにやってきて、
リンゴの絵を見せてくれたんですね。

ポイントとなるのは、トレーシングペーパーやコピーアンドペーストのような機能はないということです。絵はお手本を丸写しにするのではなく、あくまで、ひと手間ずつ、見よう見まねで描いていくのです。

つまり、自分のかける「3割の手間」がちゃんと残されているということです。

確かに見本はあります。描き方もひと筆ひと筆 教えてくれます。自分オリジナルの絵ではありません。

でも、3割ぶん、苦労しないと描けないのです。お手本をまねるために目を凝らし、自分で絵筆を交換して、色を選び、キャンバスに描いていくという労力があるので、作品はお手本とはどこか違ったものになります。途中で、ちょっと工夫してみよう、という気になって、先生とは違う色を選んだり、ちょっと違うところを描き込んだりもします。するとオリジナリティが生まれます。

そのときお手本より下手であっても、労力をかけたぶん、「自分の作品」に愛着が感じられるのです。

7割の加工食品

逆に言うと、絵の初心者や、オリジナルが描けない人、絵に疲れた人は、「7割の加工食品」を使ってもよいのです。「3割の手間」さえかけて創意工夫すれば、ひとしきりの満足感や喜びは得られます。

そんなときに使えるアイデアを幾つか挙げましょう。

■うまい人の絵を模写して、少しアレンジしてみる
■大人の塗り絵シリーズを楽しむ
■オリキャラが思いつかないなら、版権キャラを描く
■気に入った構図の絵を、キャラを変えて描いてみる
■動物の写真をデッサンする(人物デッサンより似せなくても味が出る)
■風景写真を模写して、自分のキャラを描き入れる
■いくつかの写真を組み合わせてコラージュ的な絵を描く

こうした絵でも、きっと完成したときには「自分の作品」だと感じられるでしょう。創作した喜びが得られます。(※もちろん、著作権には注意が必要です。絵を公開する場合は、著作権フリーの画像や模写OKの素材、自分で撮った写真などを用いてください)

究極の鍛錬という本によると、ピカソの傑作、「アビニヨンの娘たち」でさえ、真にオリジナルなのではなく、古代におけるイベリア彫刻、アフリカと南太平洋の原始美術、セザンヌやマティスの絵に描かれた特定の人物の構成などを参考にして描かれたと言われています。(p221)

ちなみに最初に挙げたわたしの絵は、絵心教室のレッスンの風景写真に、オリキャラを描き入れるというコラージュ的な方法で描いた絵ですが、「自分の作品」だと思っています。

こうした絵を描いていれば、しだいにうまくなったり、リハビリになったりして、「加工食品」を使う度合いを減らせるでしょう。

はじめは7対3のセミホームメイドの法則から入った人が、創作する喜びに目覚めて、やがては料理研究家になることもできるのです。

実際、わたしは絵心教室から入って、今は完全オリジナルの絵を描いて楽しんでいる一人です。

前回の記事で触れましたが、絵を描く満足や喜びを味わえるかどうか、というのは、絵が上手いか下手か、というのとはまた別の問題です。

才能があるなしにかかわらず、創作の喜びは味わうことができます。

わたしも、自分に才能がないことはよくぼやいていますが、創作の喜びを知っているので、またこれからも描き続けると思います。

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