いつか帰るところ A Place to Return to Someday


夢を見たんだ 懐かしい場所
燃えるような 光のとびら

前にも確か 来たことがある
きみと二人で この手つないで

どんな地図にも 載っていないし
尋ねられても 答えられない

けれどもみんな 道を知ってる
言葉にならない 心の底で

歴史の糸の はじめの結び目
記憶に残る 最果ての淵

足跡たどれば 必ず行き着く
そこはたぶん いつか来た場所

そしてきっと ふと思い出す
ここはいつか 帰ってくる場所

夢と現実のはざまにある光のとびらの絵を描きました。

いつか来た場所

ひどい高熱で寝込んでいました。意識がもうろうとして、体に激痛が走って身動きが取れず、ようやくベッドの脇に置いてあった体温計に手を伸ばせたころには39℃ちょい。瞬間最高体温はまた40℃付近だったみたいです。

「また」というのは、困ったことに、こういう高熱はわりとよくあることなので。

この高熱は、風邪やインフルエンザではなく、たぶん持病のほうから来る周期的な発熱です。咳や鼻水といった感染症らしき症状は一切なくて、ただみるみる熱が上がって、激痛とか嘔吐が起こって、やがて嵐が去ります。いつものことです。だいたい39℃前後まで上がりますが、たまに40℃近い大嵐になります。

去年はほぼ一ヶ月半周期くらいで高熱が出て大変でしたが、今年は体調管理に気を配っていたので少し軟化。だけど油断していたところに、今までで一番ひどいくらいの高熱が来て死にかけました。熱が出てからもうすぐ一週間ですが、熱の後遺症で口の中がただれているので、まだ食事がほとんどできない状態です…。

しかしただでは寝込まないというか。

高熱でもうろうとしていたときに幻覚が見えたので、それを絵に描くことにしました。

高熱でうなされている時に見た幻覚をテーマに描く、というのは去年もやっていて、そのときの絵はこちら。

木洩れ日のステンドグラス A Sunshine Stained Glass Window

不思議なことに、毎回、高熱のときに見えるイメージは似通っています。

燃えるような明るさ、目がくらむほど降り注ぐ光。前回と今回の絵は構図こそ全然違いますが、木の枝が車輪状に交差して、その奥からオレンジ色の光が降り注いでいるところは同じでした。特にもうろうとして死にかけたときに見えるので、たぶん、きっと、「そういう場所」なのかもしれません。

こうした経緯があったので、絵の構図自体は、わりと苦労せずに描けました。平常時はなかなか思いつかないような絵づらなのは、さすが瀬戸際の風景といったところ。

しかし、前回の絵と同じく、色あいを決めるのに苦労しました。感覚的な印象は残っているんだけど、この世のものとは思えない景色なので、それを紙面に再現するというのが難しい。言葉にできない感覚を色に変換するというのは、かなり共感覚的な作業に思えます。

高熱にうなされているときはものすごく痛いし苦しいし、地獄の炎に焼かれているような感覚なのですが、そのとき見える景色は不思議と心が安らぎます。言葉にならない懐かしさとか安心感があって、熱が引いてくるにつれ、何十時間も心地よい夢を見ます。だからいつも、回復すると、異世界に旅行に行ってきたかのような充足感があります。たまには帰らないといけない故郷なのかもしれません。

芸術家の中にはてんかん発作で見えた幻覚に触発される人がいるとか、偏頭痛発作などで見える幾何学模様が世界各地の芸術に影響を与えてきたとかいう話を聞きますが、高熱でうなされたときに見える一連の景色や夢も、ふだん得られない絵のインスピレーションをもたらしてくれます。

ごく普通の生活を淡々と送っていると、どんどん精神的に枯渇して疲れてきますが、高熱にうかされてひたすら寝込むと、一日二日と経つうちにそこが満たされる気がします。だからといって、高熱でうなされるのはとんでもなく苦しいので、できれば遠慮したいものですが。

いつか帰る場所

今までも、年に数回はこんな高熱にうなされてきたわけですが、今回はその中でもかなりひどかった。

まじめに、「ああ、もしかしたら、これはそのうち死ぬかもしれない」と思いました。

今はまだ、40℃出しても生還できているけれど、これって、30代40代と年齢が進んで体力が落ちたら、今よりさらに悪化する可能性があるということ。今でぎりぎりだとすると、そのうち、発熱したら そのまま帰ってこれなくなって突然死することだってありそう。

わたしの体調については主治医と対策を練ってはいますが、あの手この手を尽くして出来る限りのことはやってきたけれど万策尽きて、これ以上打つ手がありません。ここ一、二年はじりじりと悪化してきているし。

最近目に見えて絵の更新ペースが落ちているのはそのせいです。今回の高熱が今までよりひどかったのも体力の低下と関係してそう。

わたしの年齢でこんなことを言うと大げさかもしれませんが、うちの母方の祖父の家系は30代から50代くらいで夭逝する家系なんですよね。そしてわたしがその家系の人らとそっくりの性格をしているというね。今まではあまり気にしてなかったけど、人ごとではなくなってきた…のかもしれない(^_^;)

気にしても仕方のないことなので、悩むつもりはありませんが、自分にとって何が大事なのか考えて、有意義に時間を過ごしたいですね。この前の記事で書いたように、社会のために時間を使うよりは、たとえ無駄な時間と思われても、自分の大切なもののために限られた体力を使いたい。今回の経験を通して、なおさら そう思います。

…にしてもこの絵、改めてよくみるとピザっぽいな…じつはただお腹が空いてただけだったりして…(ー_ー;)