とても有名な画家であるパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)やサルバトール・ダリ(Salvador Dalí)は、強烈な個性を持っていました。近年の研究によると、そのユニークさは、彼らの子ども時代からの、ADHD的な脳の傾向にあったのではないかと、と言われています。
マンガ家や芸術家、画家、イラストレーターなどのクリエイターには、それなりに、このADHDの傾向を持っている人が多いと言われています。
ADHDの傾向は、クリエイターの創造性や、創作スタイルと、どのように関係しているのでしょうか。また、絵の描き方にはどんな特徴が現れるのでしょうか。
ピカソやダリに学ぶADHD系クリエイターの5つの特徴と、そんな人たちに役立つ3つのアドバイスをまとめてみました。
もくじ
ADHDって何?
ADHDとは「注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症」のことです。落ち着きがなかったり、不注意だったり、もの忘れが激しかったりすることで知られています。
ADHDは生まれつきの脳の特徴のことであり、だいたい人口の5%前後の人に見られるそうです。ADHDだと診断されるほどではなくても、ADHD的傾向を持っている人はもっと多くいると思われます。
「障害」と言われているので、何か欠点であるかのように見られがちですが、実際には、脳の使い方がほかの人たちとは違うだけです。一昔前なら、個性と言われていた部類ですが、学校教育がスタンダードになり、落ちこぼれる子が多くなったので、「障害」とみなされるようになったと言われています。ADHDの半数弱 にはLD(学習障害/限局性学習症)が併存していて、ピカソもそうでした。
ADHDには幾つかタイプがあって、多動が目立つタイプはドラえもんの登場人物にたとえて「ジャイアン型」、不注意が目立つタイプは「のび太型」と呼ばれることがあります。
ジャイアンは衝動的で、すぐカッとなりますが、とてもエネルギッシュで、大人になった未来では経営者になったという描写もありましたね。
のび太は勉強が苦手でしたが、射撃をはじめ、好きなことには、驚異的な集中力を発揮していました。ファンが考えた最終回の中に、実はドラえもんを作ったのは猛勉強して研究者になったのび太だった、というものがありました。非公式ながら妙に説得力や夢があるので有名になりましたが、実はADHDの子の中には研究者になる人も多いのです。
そのようなわけで、ADHDの人は、大きな欠点と、大きな才能を持ち合わせていることがあります。その才能が絵の関係で花開くこともあり、デザイナー、画家、イラストレーター、マンガ家には、ADHDの人がかなりいると言われています。
ADHDというと、日本ではネガティブな印象をもたれやすいですが、以下の記事でも書かれているように、文化によっては障害ではなく才能とみなされることさえあり、普通の人にはないクリエイティビティを持ち合わせていることもしばしばです。
ネガティブにとらえられがちなADHDの有利な点とは? – GIGAZINE
ピカソやダリはADHDだった?
ピカソやダリは、ADHDの概念が一般に流布されるより前に亡くなりました。ですから彼らが実際にお医者さんにかかって、ADHDだと診断されたわけではありません。
しかし、彼らの手記や、手紙、人物評、伝記などがとても多く残されていて、それらをじっくり調べた専門家たちが、おそらく彼らはADHDだったんだろう、と考えたわけです。
同じように、今になって、多分ADHDだったと考えられている有名人の中には、音楽家のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)や発明家のトマス・エジソン(Thomas Edison)などがいます。
これらの人たちは、とてもアイデア豊かで、クリエイティブな人でしたが、反面、日常の身の回りのことが苦手で、だらしないところもあったと言われています。ある意味で、のび太やジャイアンみたいな人だったわけです。
クリエイターになるようなADHDの人は、普通の人とはちょっと違った頭の使い方をしていると考えられています。注意力散漫な反面、いろいろアイデアが思い浮かんだり、新しいことに目ざとく、進んで挑戦したりするのです。
おもちゃのピストルで猫を殺したり、二階から人に石を投げつけたり、命令されるとわざと反対のことをしたりしました。独房に入れられると、かえって思う存分絵が描けると喜びました。不注意と多動が目立つ、今でいう問題児のADHDだったと思われます。
▽パブロ・ピカソの絵(クリックで画像検索)
また、ダリは、ぼんやりと空想にふける癖があり、自分独自の世界を持っていました。大人になってからの幻想的な絵の数々は、子ども時代からの空想の延長だったのでしょう。我を忘れて空想にふける癖は「のび太型」のADHDの人に多く、「デイドリーマー」(昼間から夢を見ている人)と呼ばれています。
ピカソとダリは親交があり、お互いに賞賛し合い、大きな影響を受けたと言われています。大いに共感できるところがあったのでしょう。
▽サルバドール・ダリの絵(クリックで画像検索)
ADHD系絵描きさんの5つの特徴
これから、ピカソやダリの残した言葉や文献を参考にして、ADHD傾向のある絵描きさんに見られやすい5つの特徴を挙げてみましょう。あくまで、個人的な考察なので、必ず正しいとは限らないことはご承知ください。
(以下に挙げるピカソの名言は、VOICE新書 知って良かった、大人のADHDなど から引用しています。
ダリの名言は、ダリをめぐる不思議な旅 (ラピュータブックス)などに基づいています)。
1.アイデア頼み症候群
ADHDの人の大きな特徴は、アイデアが生まれやすいということです。以前にも引用しましたが、世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ 発想力の鍛え方 という本によると、ADHDについてこう書かれていました。
こうした障害を持つ人は非常にクリエイティブで、無意識のうちに別のことに注意が移っていくことが、クリエイティビティに不可欠な要素となっているのだろうと考える人もいる。(p291)
ピカソはアイデアマンで、たくさんアイデアが湧いてきたので描くものに困りませんでした。
しかし、こんな名言を残したことで知られています。
ひらめきは自分で呼び込めるものではない。わたしにできるのは、ひらめきを形にすることだけだ。
確かにアイデアはたくさん出てくるわけですが、自分でアイデアをだそうとしてひねり出せるわけではなかったのです。いつアイデアが降りてくるかわかりませんでした。
ADHDの人は、じっくり考えるのが苦手なことがよくあります。直感力、発想力などは豊かなのですが、じっくり順序立てて、地道に考えることに慣れていないのです。
そのため、アイデアが湧いたときは、人並み外れた創作ができますが、アイデアが不足すると、とたんにスランプに陥ったり、「凡人以下」ともいえるような作風になってしまうことがあります。とても不安定なのです。
「わかっているのにできない」脳〈1〉エイメン博士が教えてくれるADDの脳の仕組みという専門家の本によると、 SPECTという脳画像解析によって、ADHDの人は、考えよう、集中しよう、と努力すると、かえって脳の血流が落ちてしまうことがわかっているそうです。
ADHDの人は、むしろ頭をリラックスさせ、自由に連想するままにまかせておいたほうが、突破口となるアイデアが湧きやすいのかもしれません、あるいは、締め切りや期限が近づいてきて、考えられなくなると、アイデアが湧くという人もいます。
2.好きなことには ずば抜けた集中力
2つ目の特徴は、普段は注意力散漫ですが、好きなことにはものすごく集中できるということです。
ピカソはこんなことを言っています。
注意を集中することにどんなに僕が苦労したか、君には想像できないだろう。
注意を集中しようと思っても、別の考えに惑わされて混乱してしまうのだ。(p60)
ピカソは、注意を集中することが大の苦手でした。特に学校の勉強など、自分の興味にないものにはまったく身が入らず、ただ時間がすぎるのを待って柱時計を見つめていたといいます。
でも、絵だけは例外でした。ピカソは、絵に対しては、類まれな集中力を発揮して、寝食を忘れて描き続けられるほどでした。天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々によると、ピカソは、絵を描くときに疲れも空腹も感じず没頭できることを、こう表現したそうです。
画家が長生きする理由はそれだ。アトリエに入るとき、僕は自分の体をドアの外に置いてくるんだ。イスラム教徒がモスクへ入るときに靴を脱ぐのといっしょだよ。(p148)
ADHDの人は、興味があるかないかで、集中できるかどうかが変化すると言われています。すでに述べたように、自分から意識して集中しようとすると、かえって脳の血流が落ちてしまい、あくびがでたり、気もそぞろになったりしてしまいます。
でも、自分の興味のあることには、自然に、努力しなくても集中でき、むしろ、集中しすぎて、意識を切り替えるのが難しいくらいなのです。これを過集中といいます。
ADHDの子どもの中には、学校の勉強はまったくできないのに、ゲームなど興味のあるものには、依存症かと思われるほど驚異的に没頭して、やめられなくなってしまう子もいます。
3.新しいもの大好き!
3つ目は、新しいものをどんどん創るエネルギッシュなところです。
ピカソは歴史上最も多作な画家として、ギネスブックに載せられています。
なんと、1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を作ったそうです。まさに桁外れです。
ADHDのクリエイターはとてもエネルギッシュな人が多く、数多くの作品を制作することで知られています。
お気に入りのクリエイターで、次々に新作を発表したりするような人がいれば、ADHDを疑ってみてもいいかもしれません。
ADHDのクリエイターが多作なのは、一つには、すでに述べたようにアイデアがたくさん出てくるからです。しかしもう一つ、「飽きっぽい」という理由があります。
ADHDの人は新しいもの好きで飽きっぽく、同じことをずっと続けることができません。長期的なプロジェクトなどは不可能と言われることもあります。短期間で完成し、すぐに次に移れるものが向いているのです。
そのような理由のため、作品数がどんどん増えたり、たくさん本を読んだり、たくさん趣味を持ったりしている人が大勢います。飽きてしまったら集中できなくなるので、新しいことを始めるしかないのです。
ダリは絵においてはピカソほど多作だったわけではありませんが、むしろ、さまざまな奇行を企てたり、デザイン、舞台芸術、映画、テレビといった新しい分野にどんどん手を伸ばして、新しいものを追い求めていた感があります。
大人の西洋美術常識 にはダリについて、こんな飛び抜けたエピソードがありました。
国際シュルレアリスム展で行われた講演会にて、潜水服姿で2頭の大型犬を引きながら登場、窒息しかけて観客に助けられたり、象に乗ってエッフェル塔を訪れ たり、頭にフランスパンを載せて取材に対応したこともあった。自らを天才と名乗り挑発的な発言も多く、奇行もアートのうちなのか、それともただの売名行為 なのかと憶測を呼ぶこととなった。
これもまた、すぐに飽きてしまって、新しいことを始めたいという強い衝動があったのでしょう。
4.自己管理が苦手
ADHDという概念が一躍有名になったのは、片づけられない女たち という本がきっかけだった、ということを知っておられる方もいるかもしれません。ADHDの人は自己管理が大の苦手です。
ピカソの親友サバルテは、ピカソについてこう言いました。
約束だって? よく頭に叩き込んでおくことだ。約束することとそれを守ることはピカソの場合は滅多に一致しないんだよ。
私にはよく分かっている。何といっても、約束を破られて一番ひどい目に遭っているのはこの私なんだからね。(p63)
ピカソは、部屋は汚くて整理整頓ができない、締め切りは守れず先延ばしの常習犯、約束はすっぽかして忘れる、といった自己管理ができない人の典型でした。ダリのアトリエは整理されていましたが、非常にものが多かったと言われています。
ADHDの人は、好きなことに没頭して時間を忘れてしまったり、不注意で人の話をよく聞いていなかったり、新しいことに興味を惹かれて、締め切りのある仕事より、思いついたことのほうを優先してしまったりすることがよくあります。
計画性をもって行動する、ということが苦手で、行き当たりばったりです。そのため、ADHDの有名人の中には、秘書や配偶者に予定管理を任せっきりにしている人もいるそうです。ダリは、妻のガラに仕事の依頼や金銭管理などのマネージメントを委ねていました。
生活スタイルも乱れやすく、夜ふかししたり、食事を抜いたりして、不規則な生活リズムが習慣になってしまっている人も多いようです。天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々によれば、ピカソは「生涯を通じて宵っ張りの朝寝坊」でした。(p146)
アイデアがいつ降ってくるのか分からない、いつ集中できるのかわからない、といった理由もあって、先の見通しが立たないので、自己管理が大の苦手なのです。
5.絵の描き方の特徴
最後に、ADHDの絵の描き方の特徴を挙げましょう。アスペルガー症候群の絵の特徴はさまざまな研究者がまとめているのに対し、ADHDの人に特有の絵の特徴があるのかどうかはわかりません。
少なくとも、テーマやスタイルの点において、共通するものはないと思います。ADHDのタイプによっても「ジャイアン型」か「のび太型」か混合型かで変わってくるでしょう。しかしすでに述べたように、いくつかの傾向はあるようです。(もちろんADHDだからといって、すべての特徴が現れるとは限りません)。
■やたらと多作
ADHDの人はいろいろと思いつきやすいだけでなく、集中できる時間が短く、すぐに飽きるので、次々に新しい作品にとりかかります。ピカソはこう言いました。
思いついたことをやり遂げる前に、すぐ他のことに着手するので、一つのことをやり遂げる時間が到底ない。(p62)
ですから、かなり多作で創造的な印象を受けるはずです。
■スタイルがコロコロ変わる
ADHDの人は新しいことをどんどん試したくなるので、絵柄が安定せず、コロコロと変わることがよくあります。
ピカソは、絵のスタイルがコロコロ変わった画家としても有名です。あるときは写実画、あるときはアフリカ美術、あるときはシュルレアリスム、またあるときはキュビズムといった具合に、どんどん絵柄が変わっているのです。一つのテーマ、一つのスタイルにとどまるのではなく、いろいろと新しい描き方に挑戦しつづけました。
ピカソの絵のスタイルがどれほど劇的に変化しつづけたかは、こちらのサイトの記事で特集されている自画像の変化を見れば一目瞭然です。
ピカソが描いた自画像、15歳から90歳までに作風はこう変わった…作品14枚の比較:らばQ
あるいはダリのように、いろいろなパフォーマンスをしたり、絵にとどまらず多分野に手を伸ばしたりする場合もあるかもしれません。
「クリエイティブ」の処方箋―行き詰まったときこそ効く発想のアイデア86によると、ダリはあるとき、「私は誰でしょう」というアメリカのクイズ番組に出演しました。これは回答者が目隠しのまま有名人(この場合はダリ)に質問して、それが誰なのかを当てる番組です。
このとき回答者たちは、「あなたは小説家ですか?」「芸能人ですか?」などと質問しましたが、質問すればするほど謎が深まりました。ダリはすべての質問に「はい」と答えたからです。実際、彼は小説も書きましたし、舞台芸術も室内装飾も宝飾デザイナーも映画製作も…ありとあらゆることをやっていました。
回答者の一人はうんざりして、「この人がやらなかったことなんて、ないんじゃないの?」とつぶやいたそうです。
■ユニークさ
ADHDの人は、どちらかというと、同じ多作であるにしても、たくさん模写を描くというよりは、オリジナリティのある独自の作品を量産する傾向があるかもしれません。
たとえば、ピカソやダリの作品は、だれの作品とも似ても似つかないほど個性的でユニークでした。ピカソはその理由をこう述べます。
私は対象を見たままにではなく、私が思うように描くのだ
ピカソは、最初、父親に教えられたとおり、写実的な絵を描いていました。しかしそれがつまらなくなってしまってしまい、自分独自の自由なスタイルに移行しました。
また、ダリは「流行とは何ですか?」と訊かれたとき、こう答えたそうです。
[流行とは] 流行遅れになるということだ。(p157)
ダリは新しいものが好きでしたが、本当に優れた最先端の作品は、今、流行しているようなものではなく、唯一のオリジナリティを持つユニークなものだと確信していました。むしろ流行に乗っているようでは遅いのです。
ADHDの人は、地道な単純作業はすぐ飽きるので、模写やデッサンは向いていないかもしれません。むしろ、ユニークなオリジナルのアイデアがどんどん湧いてくるので、それを描くほうがよっぽど楽しいと気づくのです。
■細かいところは苦手
ADHDの人は、すぐに飽きたり、不注意のミスが多かったりするので、完璧な作品を作るのが苦手です。ダリは日常の立ち居振る舞いさえ作品にしていて、一見隙がなさそうでしたが、それでもこう述べています。
完璧を怖れる必要はない。決してそこには到達しないから。
Have no fear of perfection – you’ll never reach it.
ADHD の人の絵は、線がはみ出ていたり、塗り残しがあったり、細かいところは省略していたりして、じっくり見る人から粗をたくさん指摘されてしまうことがあるか もしれません。デッサンが狂っていると言われることもしばしばです。ピカソの晩年の作品は「わけのわからない殴りがき」と評されたほど雑でした。
臨床描画研究〈17〉特集 発達障害と臨床描画によると、ADHD の子どもの書く字は、そうでない子どもの字より汚く読みにくいと言われています。根気がないので、大ざっぱで雑なことが多いのです。これは薬物治療で いくらか改善すると書かれています。ちなみにピカソの文章は支離滅裂で、スケッチや注釈がたくさん挟まれていたと言われています。
また、ADHDの人は不器用なことも多いので、まっすぐな線を引くのが難しく、それがデッサンの歪みになったり、その人独自の味になったりすることがあるようです。
(※とはいえ、ADHDを公言しているタトゥー・アーティストのエイミー・ジェイムズ(Amy James)のように、細かい作業を得意とするADHDのアーティストもいるので、すでに述べたように一概には言えません)
ADHDの絵描きさんへの3つのアドバイス
このようにADHDのクリエイターは、それなりに絵の描き方や、創作スタイルに特徴を持っています。それをうまく活用するにはどうすればいいのでしょうか。ADHD系の絵描きさんが楽しく絵を描くためのアドバイスを3つまとめてみました。
1.アイデアを確実につかまえるために
ADHDの人たちは、ピカソやダリほど天才的ではないにしても、やはり地道な思考より、直感的なアイデアに頼って創作していることが多いはずです。
ADHDの人はアイデアがたくさん出てくると書きましたか、アイデアは何もないところから、勝手に湧いて出てくるわけではありません。サルバトール・ダリはこう述べたそうです。
何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない
Those who do not want to imitate anything, produce nothing
ピカソもこう言いました。
ダメなアーティストは模造する。偉大なアーティストは盗む。
Bad artists copy. Good artists steal.
ADHDの人はアイデア豊かといっても、無から生み出すというよりは、連想能力に秀でているといえます。ピカソもいろいろな絵を描きましたが、アフリカ美術などいろいろなところから着想を得ていました。
質の高いアイデアがほしいなら、質の高いインプットをしなければなりません。栄養のある食べ物を食べないと、筋肉がつかないのと同じです。
何の努力もしないなら、たとえアイデアをたくさん思いついても、ゴミのようなアイデアばかり、といった残念な結果にもなりかねません。
自分のアイデアを高めるために、いろいろな情報に触れたり、いろいろな芸術を見たりして、情報収集のアンテナを高く張っておくことは大切です。
また、ピカソは、アイデアを思いついたときに忘れないよう、いつもノートをポケットに入れていました。いつアイデアを思いつくかわからないので、メモ帳だけは肌身離さず、食堂にもベッドにも持ち歩いていたようです。いつでもアイデアを捕まえられるよう虫取り網を構えていたのです。
ADHDの人はいろいろ思いつく反面忘れっぽいので、思いついたアイデアはしっかりメモしておくことが大切です。そうでないと、多分アイデアを忘れたことさえ忘れてしまいます。
2.地道なトレーニングよりも興味のあるものから
ADHDの人は興味のないことには集中できません。それは努力や意志力の問題ではなく、脳の傾向です。
ですから、たとえば、ネット上でおすすめされているトレーニング法などを見て、「これはやらないといけない」と思って取り組んでも、結局身が入らず、続かないことがほとんどです。
同様に、漠然と「絵の練習をしないとなあー」と思って、絵やマンガの描き方の練習本などを買ってきても、お蔵入りになってしまいがちです。
ADHDの人は「これはやらないと」ではなく「これをやりたい」と思ったときだけ、ずば抜けた集中力を発揮できます。
それはどうしようもない点なので、人から言われたことをやろうと悪戦苦闘するのではなく、自分でやりたいと思ったことだけに集中するよう割りきってしまったほうがいいでしょう。
ネット上のアドバイスに無理して自分を合わせるより、自分のやりやすい方法を見つけて、それに打ち込むほうが、絵の上達の近道になるはずです。
ピカソもこう言っています。
絵の玄人なんてものは、絵描きに対してろくなアドバイスをしない。
The connoisseur of painting gives only bad advice to the painter. For that reason I have given up trying to judge myself.
必ずしも、決められた手順に従う必要はないのです。なんといっても、大多数の人とは、良くも悪くも頭の使い方がちょっと違うのですから。
3.生活スタイルには気をつけて
サルバトール・ダリは、自由に生きた人でしたが、自由な生き方には問題もつきまといます。ダリと同時代のフランスの哲学者ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルはこう言いました。
人は自由であるべく呪われている。
L’homme est condamné a être libre.
ADHDの人は、あまり縛りがなく、自由にできる環境のほうがうまくやって行けますが、あまりに自由すぎると、生活が破綻します。
すでに述べたように、ADHDの人は生活習慣が乱れがちです。寝食を忘れて没頭し、昼夜逆転したり、朝起きられなくなったりすることもあります。生活リズムが狂うと、社会生活ができなくなりますし、食事がかたよると、健康を害する可能性も高くなります。
できれば、自分は生活が乱れやすい、ということを自覚して、人一倍生活習慣には気をつけておくのがよいかと思います。
自分でコントロールするのは難しいので、ADHDの人の中には、家族と一緒に暮らして、配偶者などに管理してもらっている人もいますし、一人暮らしの場合で も、さまざまなアプリを使って、自己管理している人がいます。タイマーを合わせておいて、時間を忘れて没頭しないよう気をつけるとか、睡眠リズムや食べた ものを記録して、規則正しくなるよう努める、といった工夫です。
マンガ家が徹夜して締め切りに間に合わせるといった話は、一種のお約束に なっていますが、本当にそれを続けていると、遅かれ早かれ、健康に深刻な影響が出ます。どうしてもうまくいかない場合は、医療の専門家の助けを借りるなど して、できる限り生活習慣は整えたほうが無難です。
アルコール依存症に陥ったジャクソン・ポロックがクリエイティブな生き方を取り戻したときの話も良かったらどうぞ。
わたしの場合
ここまで読んでくださった方は、薄々気づいているかもしれませんが…わたしもこのADHDなのです。 身体的な多動はなくて「のび太型」というやつですね。
子どものときからやたらと周りから浮いていて、何かと目立っていました。いじめられたり、人間関係に困ったりしたことはないのですが、基本的に独特な人だと言われてきました。
目まぐるしく興味が移り変わって、多趣味です。少女漫画に熱中していた時期もあれば、ロボットアニメに熱狂していた時期もあり、なぜか相撲にはまって全力士 覚えていたこともあれば、多肉植物と植物園めぐりで走り回っていた時期もあり…いったい何がやりたいの?と言われそうです。
やたらと多作で、マンガを描いていたこともあれば、小説を執筆していたり、詩を作っていたり、近年も絵とかブログ記事とか、わたしの作品と呼べるものは、ネット上に置いているものも、そうでないものも、異様に多い気がします。ピカソほどではないですが。
案の定、生活も不規則だったので、いろいろ体調を壊したりしてきました。
わたしのADHD的な話を挙げ始めるときりがないので、詳しくはこちらの記事に譲ります。
おそらくは、こんな頭だからこそ、今、絵を描いて創作しているのだろうな、と思ったり。ピカソやダリは雲の上の天才ですが、どことなく親近感を感じてしまうこともあるのです。
ADHDという「へんてこな贈り物」
ADHDは、「障害」だという人もいますが、「贈り物」だと言う人もいます。へんてこな贈り物―誤解されやすいあなたに–注意欠陥・多動性障害とのつきあい方 なんてタイトルの本も出ています。ADHDは病気ではないので、うまく使えば、役に立つことも多いです。
もちろん、ADHDの子どもに非常に手を焼いている親御さんや、ADHD(や併存する学習障害)のせいで落ちこぼれになって、辛い目に遭ってきた人にとっ て、「贈り物」とは到底思えない、ということは承知しています。生活に支障が出るようなら、医師による治療は不可欠です。(実際、わたしも薬物治療を受けています)
で も、わたし自身に限って言うと、これまで自分のADHD的なところにかなり振り回されてきましたが、今ではおおむね贈り物だと考えています。だって、もし わたしがADHDでなかったなら、生活のいろいろな悩みがなくなる反面、このサイトに載せているようなたくさんの大切な絵とも出会えなかったはずですから。
ADHDの人は、子どものまま大人になったような人だと言われることもあります。実際、ADHDの人の脳の使い方は、赤ちゃんの脳の 使い方とよく似ているようです。赤ちゃんは、自己管理などまったく考えず、好きなことだけ考え、興味のある方向に向かっていきます。ピカソはこう述べまし た。
子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。
Every child is an artist. The problem is how to remain an artist once we grow up.
ピカソの絵を見て、子どもみたいな絵だと言って鼻で笑う人もいます。しかし、子どもみたいな絵を描ける大人がどれほどいるでしょう。
ほとんどの人は、成長すると、大人になってしまいます。しかし、ADHDの人は、死ぬまで子どものままでいる特権を持っているのかもしれません。子どものころ見た夢いっぱいの世界、きらきら輝く楽しいファンタジー、子どもにしか見えないはずの妖精たち、そんな子ども限定の不思議の国に、大人になってもまだ遊びに行けるプレミアムパスを持っているのかもしれません。
そう考えると、ADHDって「へんてこな贈り物」だなあ、とやっぱり思ってしまうのです。
発達障害には、ADHDのほかに自閉症、特にアスペルガーも含まれます。ADHDとアスペルガーは基本的には異なるものですが、併存する人もいます。アスペルガー症候群の絵の特性についてはこちらをどうぞ。