自閉症・アスペルガー症候群の画家の絵の5つの特徴―視覚記憶や細密画

絵の才能。それはどこからくるのでしょうか。

ピ カソやゴッホという偉大な画家を支えたのは並外れた努力である、と述べる人はもちろんいます。それでも、彼らは生まれながらに、なんらかの絵の才能を持っ ていた、とする考えを否定することはできないでしょう。ピカソやゴッホ、さらには、ほかの多くの画家たちの多くは、取り憑かれたように絵を描くことに没頭 し、その創造性を開花させていきました。

才能というのは、突き詰めれば、脳の傾向が普通の人たちとは異なっていた、ということです。そして、ある分野により多くの脳の機能が振り分けられ、突出した能力が生じていたということは、別の分野では、脳のリソースが限られていて、一般の人たちより劣っていたという可能性を示唆しています。いわば、脳の機能に高い峰と低い谷とがあり、アンバランスな状態だったと考えられるのです。

今日において、そのような特徴を示す子どもたちは、アメリカで2E(twice‐exceptional:二重に例外的な子どもたち)と呼ばれ、特別な支援が行われています。彼らは、突出した才能と大きな弱点を抱えているという意味で二重に例外的なため、普通の学校教育では落ちこぼれたり不登校になったりする可能性が高く、特別な教育が必要なのです。

この2Eの子どもたちの多くは、現代の医学によると、アスペルガー症候群(自閉スペクトラム症の一部)や、ADHD(注意欠如多動症)などの発達障害だと言われています。発達障害とは、脳のどこかに欠陥があるという意味ではありません。研究者で医師でもある杉山登志郎先生は、彼らは「発達でこぼこ」なのだと述べています。つまり、能力が平坦にまんべんなく成長するのではなく、高い峰と低い谷という発達の凹凸が生じているのです。

歴史上の有名な芸術家たちも、今日の基準に照らせば、2Eまた「発達でこぼこ」だったと考えられています。ピカソやダリはADHD、ダ・ヴィンチやゴッホ、ローリー、ウォーホルらはアスペルガーに似た特徴を持っていたことが知られています。

自 閉症は、まったくコミュニケーションできない重いものから、ある程度のコミュニケーション能力をもったアスペルガー症候群まで、さまざまな程度の症状の人 を含む概念です。コミュニケーションが苦手だったり、こだわりが強かったり、感覚が過敏だったりといった症状からなっています。

自閉症は医学的には「想像力の障害」があると言われ、イマジネーションが乏しいとみなされていますが、脳神経科学者オリヴァー・サックスによる妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) では、それは間違っていると書かれています。

それなのに、通常世間では、自閉症は、イマジネーションや遊び心や芸術とは無縁の存在だと考えられているのだ。…だが自閉症の芸術家(そこまでいかないにしても、いたってすぐれた想像力の持ち主)は、けっしてまれな存在ではない。

私はとくに意識して捜したわけではないが、そのような例を過去12年間でちょうど12くらい見てきている。(p411-412)

また、天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界 という本によると、オーストリア人の医師で、1940年代に自閉症の研究を始めたハンス・アスペルガーはこう書いています。

科学や芸術の分野で成功するには、多少の自閉症的要素は欠かせないと思われる。(p197)

近年、創造性の研究において、アスペルガーなどの自閉的要素を無視するのは片手落ちだと言われているほどです。

では、こうした「発達でこぼこ」とりわけ自閉症・アスペルガー症候群という、脳の生まれながらの特性は、絵を描くときにどのような影響を与えるのでしょうか。なぜそれが才能ともなるのでしょうか。

 

自閉症・アスペルガー症候群の人の絵の5つの特徴

さきほどの妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) によると、自閉症の芸術家の作風には特徴があります。

ナディアはたしかにピカソのように特別だったのかもしれないが、自閉症の者がかなり高度な芸術的才能をもっていることはよくあることだ(ナイジェル・デニスもこれにはうすうす気づいていた)。

…パーク博士の「ナディア」論(1978)はたいしたものであり、挿絵もたくさん収められているが、このなかで博士は、世界中の文献だけでなく、自分自身の子供についての経験をもとに、自閉症の者が描く絵の主要な特徴といえるものをいくつかあげている。

そのなかには、よくない点もあれば、逆にすぐれた点もある。

前者の否定的な特徴は、派生的であること、定形化していることであって、後者の肯定的な特徴とは、あとからでも思い出して描けること、対象を考えたようにではなく、見たままに描けるという異常能力である。

そのために驚くほどの無邪気さ・純真さが彼らの絵には見られる。(p416-417)

臨床描画研究〈17〉特集 発達障害と臨床描画 という本は、いま書かれていた自閉症の人たちの絵のいくつかの特徴を、もう少し詳しく調べてみるのに役立ちます。

この本は、発達障害の子どもの絵の特徴について、いろいろ考察しているものですが、特に、植草学園短期大学の寺山千代子先生、そして先ほども名前を挙げたあいち小児保健医療総合センターの杉山登志郎先生の論考が参考になります。

寺山千代子さんは、自閉症の子どもたちの絵を数多く集め、それらに見られる共通の特徴を分析しました。その特徴は5つあるといいます。

ここで取り上げる例は、言葉でのコミュニケーションに問題がある自閉症に関するものを含んでいます。アスペルガー症候群は、自閉症のなかでも、言語的なコ ミュニケーションができる高機能のタイプですが、その場合には、これから書くほどには、特徴が顕著に表れないこともあります。しかし傾向としては、いくら か似ている場合もあるでしょう。

1.限られた対象への関心の強さ

まず、自閉症の人の描く絵は、限られた対象への関心の強さを反映することが多いそうです。つまり、好きなものを繰り返し繰り返し、飽きもせず、根気強く描き続けるのです。

その対象は、たとえば自動車、電車、時計、ロボットなど、動くものや回転するもの、無機質なものが多いようです。同じものを一枚の紙にびっしりと、ほとんど隙間なく描くこともあります。

これは自閉症のこだわりの強さを反映しているそうです。限られたものに極度に没頭することで、安心感が得られるのだといいます。

お気づきの通り、このような粘り強さは、画家として成功するためには、大きなプラス要因として働く場合があります。アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性 という本はこう述べています。

一つの主題に徹底的に集中し、創造的な作品を作り出すために果てしのない努力を続ける能力は、この症候群の特有の特徴である。…非常に長い期間(一日中、食事のための中断もなく)、一つの主題に集中する驚くべき能力を持っている。(p4)

ゴッホは非常に多作な画家として知られていますが、それほど集中して絵を描くことを継続できたのは、集中力の点で、「発達でこぼこ」に由来する努力の才能を持っていたのかもしれません。

アスペルガー症候群の人の集中の仕方は、ある種独特であり、「対象との一体化」がみられるとされています。集中すると、あたかも、絵の中に入りこんでしまったかのような、絵の対象と溶け合う感覚があるのだそうです。

2.視覚記憶の特徴を反映した写実的表現

二つ目の特徴は、記憶にもとづいて、写実的な表現を描くことです。自閉症の人の描く絵は、写実的なものが多いといいます。

杉山登志郎先生は臨床描画研究〈17〉特集 発達障害と臨床描画 でこう述べます。

一 部の自閉症は優れた描画力を示すことがあり、しばしばイデオ・サバン(知的障害児・者の天才的能力)の例として紹介されてきた。海外においてナディア症例 (Arnheim,1980)などいくつかの有名症例が紹介され、わが国においてもいくつかの症例報告がある。これらの絵においては、しばしばその正確な 写実性が話題にされてきた。(p25)

ここに出てくるナディア症例というのは、自閉症の少女ナディアに関するものです。詳しくは以前の記事を参照していただけると幸いですが、年齢不相応に写実的でリアルな馬の絵が描けたことで知られています。その馬の絵は、一般の人に見せると、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた馬のデッサンより評価が高いそうです。

このような正確な写実性は、観察眼が優れていることによるのでしょうか。確かにそうとも言えますが、寺山千代子先生によると、実際には観察したものを記憶する能力に優れていることが指摘されています。

対象物を描くときには、実際の対象物を見ながらではなく、記憶によって描いている。

…このように自閉症児の一群の中には、かなりの視覚的情報を記憶でき、再現できる能力をもっているものがいる。(p18)

アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性にもこうあります。

ハームリン(Hermelin 2001)は、「細かな事柄に対する視覚的なずば抜けた記憶力が明白にわかるのは、サヴァン芸術家の単なる観察記録ではなく、むしろ描いたものにおいてのみである」と指摘する。

彼女は続けて、心理学者J.C.ギブソンの言によると「絵画として世界を見ることは普通の認知の代替手段である」と述べている。自閉症やサヴァンの人はこうした状態に到達できるのである。(p256)

このような、世界を絵画としてとらえるような、視覚的な強い記憶力は、どれほどの程度のものなのでしょうか。

杉山登志郎先生の報告の中に、非常に興味深い例が出てきます。その青年は、会話ができない16歳の自閉症の男性でした。あるとき、彼は、仕事から帰ってきて、一日に2枚ずつ絵を描くようになました。

最 初はだれも、その絵の意味がわかりませんでしたが、しだいにそれは連続画であり、幼稚園時代のある1日を描いたものであることが明らかになりました。夕食 後、入浴するところから始まって、夜寝て、朝起きて、明るくなって、起きて食事をし、トイレに行って、服を着替え、自転車に乗って…といった一日のできごとが、なんと10年かかって1500枚もの絵に描かれたのです。

なぜその日を思い出したのか、なぜ10年間もかけて描いたのか、ということはわかりませんでした。しかし、ひとつ明らかなのは、過去の視覚的記憶がそれほど鮮明に、ありありと保たれていた、ということでした。(p35)

これは特殊な例かもしれませんが、自閉症やアスペルガー症候群の人は、他の多くの人よりもはっきりした映像記憶によって絵を描いていると考えられます。

ち なみにここでいう映像記憶とは、見たものを写真のように細部まで覚える記憶ではありません。彼らの映像記憶には、彼ら自身の姿が登場します。つまり見たそのままの風景ではなく心象です。普段から視覚的なイメージを使って考えているので、思い出も視覚的であるということです。

アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性によると、ハームリンは、サヴァンの自閉症の芸術家について、「自身で見えているままだけではなく、それがほかの人の視点からはどのように見えるかもまた、描くことができることを示した」とされています。

つまり、視覚イメージの生成能力や、イメージのコントロール能力に優れているということです。

もっとも、自閉症やアスペルガー症候群の中には、視覚的に考えるのが得意な人と、言語的に考えるのが得意な人の二通りいるそうです。ですから、すべての場合に、ここで書いた点が当てはまるとは限りません。詳しくは以下の記事をご覧ください。

3.細部の特徴を際立たせる

3つ目は、細部を細かく描くということです。わたしたちは普通、絵を描くとき、おおまかな形を描くのは得意ですが、細部を描くのは苦手です。細部のことなど覚えていないからです。ところが自閉症の人は、全体を描くほうが苦手で、細部を細かく描くのが得意なのだそうです。

自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐ にもこう書かれています

スナイダーらは「自閉症は自然の光景の正確な細部を描くための必要な条件である」と述べた。(p112)

この点について、臨床描画研究〈17〉特集 発達障害と臨床描画 ではこう説明されています。

自閉症の絵では一見して自閉症の作品とわかる、どこかしら無機質な細密画を描くものが少なくないことも指摘されている。

…通常のわれわれの認知は、部分よりも全体に注意が傾斜する強い選択制をもっている。…たとえば丸のなかに点が平行に2つ並んでいれば顔として認知をし、四角の下に丸が2つついていれば車として認知を行う。

しかし自閉症の場合にはまさにそれぞれが、丸に点と点、四角に点と点といった部分的な認知を行う強い傾向が生じる。

人を見たときに、通常の人であれば顔を見てその表情を読み取る。しかし自閉症の認知では、服の一部分、顔の一部分にのみ注意が集中してしまう。(p26)

何かを見るとき、わたしたちはまず全体から部分を見ますが、自閉症では部分から全体を見るのです。森を見たとき、森という全体を見てから、それぞれの木に意識が移るのではなく、まず一本の樹の幹の模様に目が取られ、それから徐々に森であることがわかるのです。

芸術と脳: 絵画と文学、時間と空間の脳科学 (阪大リーブル) という本では、そのような特徴を反映したものとして、自閉症の人は、絵を描くときに、部分から描き始めて、全体へと広がっていくことがあると書かれています。たとえば、家を描くとき、窓から描き始めて、その後に壁や屋根を描いたりする例があるのだそうです。

アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性にも、自閉症のサヴァン芸術家の描き方について、ローラン・モトロンによる次のような見解が記されています。

デッサンに優れたサヴァンが描くものは、おおまかなアウトラインをとっていくという通常のやり方ではなく、「必ず一つのもの、さほど重要ではない細かいところから描き始める」。(p256)

アスペルガー型の絵の描き方は「レンガを積むように、バラバラの部分の素描や彫刻を一つに組み立てる」のに対し、自閉症でない人の描き方は「一つの塊から目指した形を作る」のであり、「まったく違った手順で進んでいく」とされています。(p257)

4.コラージュ的な絵

自閉症の人たちが描く絵の4番目の特徴は、今までに見た、幾つもの記憶がコラージュされていることがある、ということです。いろいろな好きなものを合成して、写実的に描いたり、細かく描いたりするのです。

 

臨床描画研究〈17〉特集 発達障害と臨床描画 ではその点がこう説明されています。

自閉症では記憶表象に対しても距離が欠如している。そのために、しばしば現在のことがらと過去の出来事とは重なりあって体験され、意識に遠い過去の映像がたえず侵入しつづける。

その一例をあげれば、高機能者の自伝では現在のことと過去のことがしばしばモザイク状に描かれている。(Williams,1994)。これは決して文章上のくふうではなく、みずからの体験世界を忠実に再現していると考えられる。(p27)

つまり、過去のいろいろな視覚的記憶が次々に意識に上るため、それを活用して絵を描くことがあるということです。

作家たちの秘密: 自閉症スペクトラムが創作に与えた影響によると、自閉症の作家たちは、オリジナルのものを一から作り出すことが難しく、それまで見た膨大な文章や画像の記憶から、断片的なアイデアを組み合わせて作品を作ると言われています。(p18)

ということは、オリジナルの絵を描くより、元となる原作がある二次創作や、描く対象が存在する風景画、静物画、人物画などが向いているのかもしれません。

5.感情を絵で描く

最後の点は、感情を絵で表現する場合がある、ということです。自閉症の子どもは言葉によるコミュニケーションや、言葉で考えを伝えることが苦手な場合があり ます。その場合、感情を絵という視覚的な形で表現すると、うまく表せる場合があるのです。そのような例は、以下の記事でも書きました。

言葉にできないからこそ感情を絵で表現する作家たち
感情を言葉にできない自閉症や不登校の子どもの芸術療法

彼らが、感情を絵で表現することが多いのには「アイデンティティ拡散」という現象と関係しています。アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性にはこう書かれています。

葛藤もまた一つの役割を果たしているように思われる。アスペルガー症候群の人たち特有の芸術作品は、混乱したアイデンティティと表出しがたい言語とを解決するための一種の努力なのである。

作品を創造することが自らを助け、しかも自己の療法と化している。彼らが体験する知覚的困惑を解決する努力とも言えるし、彼らの自閉的世界を理解するための努力だとも言えるのである。(p302)

自閉症の人たちは、「自分は何者なのか」という疑問に悩まされることが少なくありません。アイデンティティが倒錯して、男性でありながら女性的な部分を色濃 く持ち合わせていたり、実際に同性に惹かれたり、大人になりきれなかったり、複数のアイデンティティを抱え持っていたりすることが少なくありません。

し かもそうしたアイデンティティの悩みは、自閉症の感覚世界の悩みと相まって、周囲の人にまったく理解されず、むしろ気味が悪いと敬遠されることさえありま す。そうすると、自分でも筆舌に尽くしがたく、人にも理解してもらえない感情を、芸術作品として昇華するしかないのです。

特に、アスペルガー症候群の人は、感情を押し殺して無感覚になる失感情症(アレキシサイミア)という状態になりやすいと言われています。そうすると、押し殺した感情は何らかの形で表に出す必要がありますから、感情をそのまま写しとったような、抽象的な絵になりやすいのかもしれません。

そのような目的のために絵を描いた人たちについては、以下の記事にまとめてありますので、ご参考ください。

一方で、なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方 によると、アスペルガー症候群の人は、幾何学的な絵や、デジタルアートを好みやすいとも書かれています。

本田 音楽よりも絵の方がわかりやすいのですが、かなり幾何学模様的な絵や、デジタルアート系な絵が多いですね。

手島 感情の発露みたなことよりは、絵の中での自律的な法則みたいな部分が表現となっているんでしょうか。(p108)

興味深いことに、視線の動きを用いた解析によると、自閉症傾向を持つ子どもは、乳幼児期から、幾何学的な図形を好む傾向があるとも言われています。

広告効果測定から自閉症の診断まで―、アイトラッキングテクノロジーの可能性 | TechCrunch Japan

「アイトラッキングを神経発達症の診断、さらには治療に使っていこうという考えが広まってきています」とバイオメトリクス関連の調査会社iMotionsでサイエンスエディターを務めるBryn Farnsworthは話す。

「例えば、赤ん坊は一般的に、人の顔が大きく映ったソーシャルな要素のある画像を好む傾向にあります」

彼によれば、将来的に自閉症になる可能性の高い赤ん坊は、幾何学的図形が中心の画像を好む傾向にある一方、ウィリアムズ症候群の子どもの状況は全く逆で、通常よりもソーシャルな画像を好む傾向にある。

しばしば、自閉症を持つ人たちは「ヒト」よりも「モノ」に興味があると言われますが、アイトラッキングを用いた解析からは、幾何学図形を好む傾向は、「ヒト」への興味と対極に位置していることがわかります。

感情を写しとった抽象的な絵を描くのと、幾何学的でデジタルな絵を描くのとは、一見矛盾しているように思えますが、どちらも感情表現が普通とは異なる、という点で共通しています。

つまり、失感情症によって、感情を感じにくく、しばしばアスペルガーの代名詞とされるようなシステマティックで論理的な思考の人の場合、感情要素をほとんど廃したデジタルで幾何学的な絵を好むのかもしれません。

しかし、創作するときに抑圧されていた感情を開放し、失感情症によって抑えていた感情があふれ出てしまうときは、形にならないまま、感情をそのまま写しとった絵として現れるのかもしれません。

いずれにしても、同じものをひたすら描いたり、写実的だったり、無機質だったり、幾何学的だったり、コラージュ的だったり、抽象的だったりする、というここまで見てきたアスペルガー症候群の人の絵の特徴は、素材をそのまま用いているという側面が大きいように思います。

見たものをそのまま加工せずに表現するのが写実絵であり、さまざまな記憶をそのまま貼り合わせるのがコラージュや図形的な絵であり、感情をそのまま写し取るのが抽象的な絵、ということになります。

別の記事で詳しくまとめている点ですが、おそらくアスペルガー症候群を含め、自閉圏の人は、記憶や感情をそのまま保持することには強い半面、加工する力が弱いようで、それが絵などの創作にも現れているのだと思います。

記憶力の良すぎる人が芸術家になれないのはなぜか―忘れっぽさと感性の意外な関係
完璧な記憶力の持ち主が芸術的な感性を持っていなかった理由

同じ織り物でできている

ここまでアスペルガー症候群の絵の5つの特徴を見てきました。

それでは、アスペルガーの画家だったと言われる、レオナルド・ダ・ヴィンチや、フィンセント・ファン・ゴッホ、L・S・ローリー、アンディー・ウォーホルらの絵には、これら5つの特徴が表れているのでしょうか。

確 かに、たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチは「絵画論」の中で、視覚イメージを鍛え、コントロールし、膨らませることの重要性を説いていました。ダ・ヴィン チが提唱する有名な絵の練習法として、モデルを繰り返し描いて覚え、記憶できたら何も見ずに描いてみるというものがあります。もし後で見比べて違っている 部分があれば修正し、さらに正確に覚えます。これは視覚イメージの生成の優れた画家ならではでしょう。

またローリーは人間がびっしり歩いている風景画を描きました。ゴッホは 自画像を繰り返し描きました。同じものを繰り返し描くという自閉症の特性が表れているのかもしれません。ゴッホ(特に若いころ)もローリーもウォーホルもどこか無機質に思 える絵を描きました。

ゴッホは、感情を整理するようなテーマで多くの絵を描いています。彼は人生を通じて「孤独」を抱えていて、それをテーマに絵を描くことで感情を昇華していたように思われます。

ま た、これらの人たちは、おもに、風景画や人物画で知られています。ダ・ヴィンチは、最後の晩餐を描くにあたり、裏切り者ユダの顔のモデルを探さなければ描 けませんでした。ADHDだったとされるピカソやダリが、オリジナリティのある独特な世界を描いたのに対 し、アスペルガーの作家たちは、何らかのモデルをアレンジして、個性を発揮したところに「コラージュ的作風」が感じられます。

もう少し自閉症の要素が濃い人になると、風景をモノクロで写実的に描くスティーヴン・ウィルシャーには視覚記憶の強さやこだわり、色とりどりの建物を描くジェシー・パークは同じものを所狭しと並べた幾何学的な作風が印象的です。

もちろん、彼らの場合、確かに生まれつきの脳の能力のでこぼこが、絵画の能力に影響していた可能性はありますが、そ れ だけで魅力的な絵画を残せたわけではありません。

そもそも芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察に書かれているとおり、自閉症だからといって絵画の才能があるわけではなく、芸術の才能が開花する人はごくわずかです。

自閉症の天才画家はだいたいにおいて、抽象的な要素をほとんどあるいはまったく含まないきわめて写実的な絵を描く。…しかし彼らは自閉症全体のなかではほんのわずかな存在にすぎず、その出現率は一般の人々のなかでの天才画家の出現率と一致しているとみることができる。(p105)

それに、才能はあくまで傾向を形作っただけで、彼らの創造性は、生き生きとした強い感情や試行錯誤、たゆまぬ努力 によって豊かにされたといえるでしょう。天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界 という本にはこう書かれていました。

[発達障害的な要素を持っていたと思われる人の芸術にも]人の心を強く揺さぶる力があるのは、そうした作品が、ぼくたちひとりひとりの心を形作っているのと同じ織り物で作られているからだ。

シェイクスピアは、人はそれぞれがみな夢と同じ糸で織られていると言った。偉大な芸術作品がぼくたちの心を豊かにするのは、そういった作品がすべての者の心の奥深くに埋もれている宝物を思い出させくれるからなのだ。(p204)

大切なのは、情熱を傾けて作品を作ることで、それは才能のあるなしに左右されるものではありません。自閉症的性質を持つ人が作る作品も、わたしたちが 作る作品も、基本的に同じ糸で織られているということを覚えておくのは大切です。要するに、あくまで創造性に関わるいろいろな要素のうちのひとつとして、 自閉症・アスペルガー症候群は働いている場合がある、ということなのです。

わたしの場合

自閉スペクトラム症などの発達障害があるかどうかは、WAIS-IIIという知能(IQ)検査をするとだいたいわかるようです。動作性IQと言語性IQの差が15以上あると、発達障害の可能性がかなり高くなります。それだけ能力にばらつきがある、ということだからです。わたしの場合、その二つの差は5くらいで、ほとんど変わりませんでした。動作性と言語性のばらつきは大きくないようです。

同じものを愚直に描き続けたことはありませんし、細部に対する観察力も持ち合わせていません。視覚的記憶が優れているなんてこともありません。細かい絵は苦手なので、いつも大雑把に描いて妥協しています。絵に2日以上かけるとやる気がなくなったりします。

コミュニケーションが苦手だとか、何かのマニアになるほどこだわりが強い、ということもないため、自閉症的傾向が強い、ということはあまりないように思えます。

けれど、ADHDとは無関係ではないことがわかっています。異常に忘れものをしますし、興味のないことには集中できませんし、うっかりミスの常連ですし、部屋は乱雑ですし、新しいものには飛びつきますし、すぐに飽きます。

上でも述べたように、ADHDの画家としては、パブロ・ピカソやサルバドール・ダリがいるそうなのです。今回はアスペルガーについて調べましたが、ADHD系の画家についても、どんな絵を描いたのか調べてみたいものです。

▽ADHDの絵の特徴についてもまとめました。

 

投稿日2015.06.04