[お絵描き四周年]一番大事なのは「熱いレンジの蓋に座った猫にならない」ことだと学んだ


ふとカレンダーを見てみたら、今日10/8に「絵心記念日」と登録されていました。そういえば今日は、4年前に、「絵心教室スケッチ」を買って、絵を描き始めた記念日でした。

わたしは子どものころから絵は描いていましたが、中学、高校生くらいになるとパッタリ描かなくなって、描こうとしても棒人間くらいしか描けなくなってしまいました。長らく凍りついていたわたしの絵心を融かしてくれたのは、絵心教室をきっかけにまた描き始めたことでした。

わたしは絵心教室でいったい何を学んだのでしょうか。どうしてまた絵が描けるようになり、しかも子どものころ以上に創作を楽しめるようになったのでしょうか。

この四年間、自分が何を学んできたか振り返ってみたとき、思い出したのは、ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法に載っていた、マーク・トウェインのこんな言葉でした。

「一つの体験からすべての知恵を引き出さないように注意すべきだ」とかつてマーク・トウェインは言った。

「熱いレンジの蓋に座った猫にならないように。

その猫は二度と再び熱いレンジの蓋には座らない。それはいい。

しかし、冷たいレンジの蓋の上にも二度と座らないだろう」。

言い換えれば、後知恵が猫の認識を歪ませている。人は過去に学ぶべきであって、過去に支配されてはならないのだ。(p237)

わたしはずっと、「熱いレンジの蓋に座った猫」になっていたのです。そして、わたしだけでなく、絵が描けない人、苦手だと思っている人の中にも、「熱いレンジの蓋に座った猫」が大勢いるんじゃないかな、とわたしは思うようになりました。

絵が描けない人は、自分は絵のスキルがないから描けないのだと考えています。絵を「上手く」描く技術がないから、自分にはとても無理だ、そんなスキルがある人たちが羨ましい、と感じます。

けれども、わたしはこの四年間を振り返って、絵の練習のうち最も大事なのは、じつはスキルの訓練ではなく、「熱いレンジの蓋に座った猫」をやめることかもしれないと思います。いったいどういう意味なのか、順を追ってお話ししたいと思います。

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技術があれば絵は描けるのか?

「熱いレンジの蓋に座った猫」について説明する前に、お話ししたいのは、この記事を書こうと思い立った ある出来事についてです。

ついおとといのことですが、わたしの絵を見てくれた方が、こんなことを言っていました。

「私は絵が描けないから、こんなふうに描けると楽しいだろうなーって思うのよ」

わたしは苦笑いして、

「いえ、わたしも自分の思うような絵が描けるようになってきたのはここ最近なんですよ。だって、中学校とか高校生時代は、絵を描くのが恥ずかしくなって、棒人間しか描けないようになってたくらいで」

するとその方は意外そうに言いました。

「YuKiさんでも恥ずかしいとかあるの? そういえば私の娘も、中学校くらいになると絵が描けなくなっちゃって、学校の課題に提出する絵が硬いぎこちない絵になっちゃったのよね。昔はもうちょっといい絵を描いてたんだけど」

「あー、わたしもそんな感じでした。子どものころはわりと自由に描けていても、中学生くらいになると、人目を気にしちゃうし、自分の絵って下手だなーとも思いはじめて。自由に絵が描けないし、下手だと思われるのが嫌だから、棒人間と白黒の絵になってました。恥ずかしい思いをするくらいなら、最初からまともな絵を描かないでおこう、みたいな感じで」

「そっかー、娘もそうだったのかもね。みんな子どものころはいい絵を描くのにね」

「絵って実は技術じゃないと思うんです。確かに見栄えよく描く技術って大事だけど、美術学校に行って勉強したら、心に響く絵が描けるわけじゃないし。そうじゃなくて、子どものときみたいに恥ずかしがらずに描けることかなーって最近思ってて」

 

この会話の中で自分を振り返るうちに、(あれっ、わたしがこの四年間に「絵心教室」を通して学んできたことって、実は絵の技術じゃなくて、「恥ずかしがらずに絵を描く」ということだったのかな)、と気づきました。

確かに「絵心教室」シリーズを通して、遠近法とか配色の基本を学んだので、思いどおりに絵を描く助けや自信にはなってきました。けれども、そうやって学んだスキルは、美大や専門学校で学ぶことに比べたら、ほんのわずかにすぎないと思います。

それよりも、この数年間、自分の絵をネットやリアル問わず、いろいろな人に見てもらううちに、自分の絵は下手だとか、恥ずかしいとか、こんなことならもう描きたくないとかひたすら悩みに悩みぬいて、その苦悩を克服してきたことが、絵の上達に一番役立ったのではないか、と感じました。

その時期のことは過去の色々な記事で書いています。

必要なのは足し算ではなく引き算

絵の訓練とは、美術的スキルを身につける「足し算」ではなく、恥ずかしさや自己批判という重荷を取り除く「引き算」なのではないか。

ここまで書いてきたのは、一介の絵描きにすぎないわたしが経験上感じたことにすぎませんが、じつはそれと同じことをピクサーの社長のエド・キャットムルが、ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法の中で書いていたのを思い出しました。

人は生まれたときは子どもで、人の考え方に対してオープンだ。オープンでなければ学べないからだ。子どもが出会うものは初めてのものばかりだ。子どもはそれを受け入れるしかない。

しかし、このオープンさがそれほどすばらしいことなら、なぜ成長するにつれ失ってしまうのだろうか。いつどこで人は目を大きく見開いた子どもから、予想外のことを恐れ、知ったかぶりの、結果をすべてコントロールしようとする大人になるのだろうか。

それで思い出されるのが、何年も前のある晩に、マリンにある娘の小学校の美術発表会を見にいったときのことだ。

廊下を行ったり来たりしながら、幼稚園児から五年生までの子どもたちが描いた絵やスケッチを見ていると、一、二年生の絵のほうが五年生の絵よりも新鮮で優れていると感じた。

五年生の子どもたちは、あるとき自分の絵が現実離れしていることに気づき、人目を気にし、ためらうようになった。その結果どうなったか。

おそらくほかの人にその「欠陥」を気づかれると思ったのだろう。彼らの絵は形式ばり、真面目くさり、独創的でなくなった。人に判断されることへの不安が創造性を妨げていた。

小学校でそうなのだから、人人がその内なる批評家をオフにし、オープンだったころに戻るために、訓練(修練とさえ呼ぶ人もいる)を必要とするのも不思議ではない。(p290)

少し長めに引用しましたが、このエピソードは、さっきのわたしたちの会話の内容と、とても良く似ているのではないでしょうか。

エド・キャットムルは自身もクリエイターであるだけでなく、世界的に有名な映画会社の社長として、数々のトップクリエイターを見てきた人ですが、その彼から見れば、絵の訓練(ないしは修練)とは、「内なる批評家をオフにし、オープンだったころに戻る」ためのものです。

言い換えればこれは、子どものころに戻る、ということです。

子どものころ、わたしたちのうち誰も、自分の絵に批判的になったり、下手すぎてイライラしたり、画用紙をくしゃくしゃにまるめて放り投げたりすることはありませんでした。

それはただ、批判的な思考が育っておらず、未熟だったからで、成長した今のほうが優れた判断ができるのか、というとそうではありません。

もしも、学校で学ぶスキルが絵の一番大切なものであれば、わたしたちは、年々、大人になるにつれて、絵がうまくなっていくはずではないでしょうか。批判的に考える力が伸びるほど、絵の欠点を意識して、修正していけるはずです。

しかしエド・キャットムルが述べているように、「欠陥」をスキルで覆い隠そうとした絵は、「形式ばり、真面目くさり、独創的でなく」感じられました。ピクサーの社長の審美眼からしても、「一、二年生の絵のほうが五年生の絵よりも新鮮で優れて」いました。

こうした話をすると、しばしば子どもが描くから稚拙でもいい絵に見えるだけであって、大人がそんな絵を描くとバカにされる、といった言葉で片付けられますが、本当にただそれだけなのでしょうか。

たとえば、前に紹介したアメリカの国民的画家グランマ・モーゼスのことが思い浮かびます。

クリエイティブに年齢は関係ない! 50代以降が本番だった8人の遅咲き芸術家たち
いくつになっても創造的だった遅咲きの画家8人のエピソード

モーゼスおばあさんは70歳を越えて絵を描き始めたので、美術的なスキルをたくさん学んだわけではありませんでした。彼女の描く絵をみると、遠近感や立体感を出す技術はほとんどみられません。

けれども、彼女の絵には、多くの人を魅了する何かがあり、評判が評判を呼び、やがてアメリカ合衆国を代表する画家と呼ばれるまでになりました。

グランマ・モーゼスのような、美術の正規教育を受けていたない人たちが描く絵は「アール・ブリュット」と呼ばれます。「アール・ブリュット」は昨今、障害者アートと同義のようになっていますが、もともとはもっと幅広い層の人たちの自由なアートを指す言葉です。

子どもの絵、グランマ・モーゼスの絵、アール・ブリュットの絵などに共通しているのは、いずれも美術の基礎知識やスキルを知らなくても、自分の内側を素直に、自由に表現した絵だということです。

それはちょうどエド・キャットムルが言っていた「内なる批評家をオフにし、オープンだったころに戻る」状態で描かれた絵だということが共通しています。上手に描こう、欠点を覆い隠そうといった「人に判断されることへの不安」なしに描かれた絵だということです。

そこにあるのは、スキルを身につけるという「足し算」ではなく、内なる批評家をオフにし、オープンだったころに戻るという「引き算」です。

作曲家のフィリップ・グフスがかつて言ったように、「本当に大事なのは、どうやって自分の声を見つけるかではなく、どうやって邪魔なものを捨てるかです」。(p291)

精神論ではなく科学的な理由がある

「人に判断されることへの不安」を捨てよう、などというと、単なるつかみどころもない精神論だと思われがちですが、わたしはそうではないと思います。

それを成し遂げるには、単なる気持ちの持ちようを変える以上のことが必要です。エド・キャットムルは、「訓練(修練とさえ呼ぶ人もいる)を必要とする」と述べていました。

興味深いことに、そうした「訓練」(修練)を積んだクリエイティブな人たちは、ただ単に心構えが変わるといったくらいではなく、現にまわりの世界の見え方が違っているそうです。

「クリエイティブな人は世界の見え方が実際に違う」という研究結果 | ライフハッカー[日本版]

この研究結果は、経験への開放性(=創造性)が高い人は、そもそも基礎的な視覚情報の処理方法からして違うことを示唆しています。

開放性が高い人は、平均な人とは基本的に異なる視覚経験をしているようです。

この記事では、二つの実験結果から、「経験への開放性」が高い人は、脳の情報処理からして違っていると結論されています。

「経験への開放性」とは、エド・キャットムルが述べていた「オープンさ」のことです。

彼は、「人は生まれたときは子どもで、人の考え方に対してオープンだ。オープンでなければ学べないからだ」と述べていました。子どものころは誰もが「経験への開放性」を備えています。

しかし、成長するとともにその「経験への開放性」を失い、その結果、人目を気にするようになり、欠点を覆い隠そうとして絵から独創性が失われると彼は述べていました。

そして、クリエイティブな絵を描くための訓練(修練)とは、「オープンだったころに戻る」、つまり「経験への開放性」を取り戻すためのものでした。

この記事には2つの実験が紹介されていますが、クリエイティブな人とそうでない人とでは、脳の情報収集で現実の変化が起こっています。

1つ目の実験では参加者たちの左右の目に、たとえば右目には赤、左目には緑というように、左右でそれぞれ異なる画像を見せました。

すると、普通の人たちは、それぞれの色を交互に認識しましたが、創造的な人たちは、両者を「混ぜ合わせて」認識しました。

この記事にはどうしてそうなるのかは書かれていませんが、素人考えながら仮説を示してみたいと思います。以下、少し難しいので、苦手な人は次の見出しまで飛ばしてください。

まず考えられるのは、創造性の高い人たちは、脳の左右の半球を協調させて働かせることが優れているのではないか、ということです。

よく知られているように、わたしたちの右の目は左脳に、左の目は右脳につながっていて、それぞれの映像は別々の半球で処理され、合成されます。

前に紹介したように、片方の脳だけが障害を受けると、その反対側の身体感覚が認識できなくなる半側空間無視という、なんとも不思議な現象が起こります。

半側空間無視 – Wikipedia

半側空間無視になった人は、たとえば右脳が障害を受けると、それとつながっている左側の感覚がわからなくなり、左目の視野がきれいさっぱり無くなるのですが、奇妙なことに、そのことに本人は気づきません。

たとえば半側空間無視の人にオムライスを食べてもらったら、右半分だけ食べて、左半分はまるごと残すかもしれません。しかし本人はそのことに気づいておらず、ぜんぶ食べたと思い込みます。

こんな不思議なことが起こるのは、脳の片側がダメージを受けると、そこが処理している情報が欠けている、という概念さえもなくなるためです。

たとえば、「わたしはよく物忘れをするから認知症かもしれない」という人がいますが、忘れたことに気づいている時点で、そうではありません。認知症の人は、自分が忘れたことにさえ気づくことができないので、自分に記憶が足りないとは感じません。

同様に、右半球か左半球どちらかが障害を受けると、健康なほうの脳にとっては「対岸の火事」状態なので、失われた感覚のことを気にしたりせず、そもそも失われたということにも気づけません。

この不思議な半側空間無視の症状は、左右の目にそれぞれ緑と赤の画像を見せられたのに、交互に見えてしまった人たちの場合と少し似ています。

交互に見えるというのは、脳の右半球と左半球とが、交互に情報を処理しているということです。右半球が処理しているときは左目の緑しか見えず、左半球が処理しているときは右目の赤しか見えないので、同時ではなく交互になるのではないでしょうか。

それに対し、創造性の高い人は、左目の緑と、右目の赤を同時に混ぜ合わせて認識していました。これは、左右の脳が、一度に片方だけではなく、同時並列的に処理しているからなのかもしれません。

創造性はときどき右脳の能力だと言われますが、正式な脳科学によるとそれは誤りで、創造性とは右脳と左脳の共同作業だと言われています。

たとえば、書きたがる脳 言語と創造性の科学にはこう書かれていました。

実験では創造性には右脳の活動だけでなく左右の半球のバランスのとれた相互作用が必要であることが示されている。(p97)

また、意識と無意識のあいだ 「ぼんやり」したとき脳で起きていること (ブルーバックス)という本にもこうありました。

この研究に携わった研究者たちは、小さな脳梁は脳の各半球により大きな独立性を与えるのではないかと述べている。

ことによると創造性は枠組みにとらわれないことより、二つの枠組みで思考することとかかわりがあるのかもしれない。(p182)

創造性は二つの脳の相互作用ではないかとされていますが、これはそれほど意外なことではないはずです。

創造的な人はよく、物事をいろいろな視点から見ることができると言われます。物事を片面から見ると同時に、裏側からも想像できます。

創造性の研究者であるチクセントミハイはクリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学にこう書いていました。

創造的な人々は、一方に想像や空想を置き、もう一方にしっかりと根づいた現実感覚を置いて、その間を行き来する。(p72)

創造的な人たちは、空想的であると同時に現実的です。空想的な小説や絵の世界を書きながら、同時に現実の作品として完成させられるよう工夫します。

ということは、さっきの実験で、普通の人たちが両目の色を交互に認識したのに対し、創造的な人たちが同時に認識したのは、二つの思考の枠組みを同時に用いて、物事を多角的に見られることを意味しているのかもしれません。

そういえば、スーパーマリオを作ったゲームデザイナーの宮本茂さんのこんな名言を思い出しました。

アイデアというのは 複数の問題を一気に解決するものである。

こちらの記事で岩田聡さんが解説していることによると、普通の人は、目の前の問題にとらわれて別の問題を見逃し、「あちらを立てればこちらが立たず」になりがちです。しかし創造的な人は、物事を多角的に見ているので「このアイデアで、悩んでる問題が、三つ四ついっぺんにきれいに」なります。

ネタバレの前に動画を見てほしい!

創造的な人は本当に、物事を一度にひとつだけの視点ではなく、多角的な視点から見ることができるのでしょうか。

これが先ほどの記事の二つ目の実験に結びつきます。その実験では、下の動画を見て、白い服の人たちが何度ボールをパスするかを数えてもらうというものです。

これは心理学の超有名な実験なので、ネタバレする前に、ぜひ ! 何も知らない初見の状態で、この動画を見て数えてみてください。

selective attention test
The original, world-famous awareness test from Daniel Simons and Christopher Chabris. Check out our book and website for more information (www.theinvisiblegorilla.com)

selective attention test

 

見ましたか? 

スクロールする前に見てください! 

 

 

見ましたよね? ボールの数…

 

 

 

ではなく! ボールをパスしているあいだにそのど真ん中を歩いていったゴリラを!

残念なことに、わたしはこの動画について知る前に、別の本で思いがけずネタバレを知ってしまっていたので、わたし自身が「経験への開放性」をもっている人なのかわかりません。

しかし、ちゃんとネタバレより先に動画を見てくれて、しかもゴリラに気づいた人がいれば、おめでとうございます、経験への開放性をもった創造的な人です(笑)

なぜゴリラに気づける人と気づけない人がいるのかというと、気づけない人は、必死にボールパスする白い服の人に目が行ってしまって、それ以外のものが視界から消えているということです。

これは、さっきの半側空間無視の人たちとよく似ていませんか? 半側空間無視の人たちは、目の前にオムライスが半分残っていても、その存在に気づけませんでした。なぜなら、その部分を認識するための脳が障害を負っているからです。

ゴリラに気づけない人の場合は文字通り脳に障害があるわけではありません。しかし、さっき考えたところによると、普通の人は、左右の色を同時ではなく交互に認知したように、同時に複数の視点をもつのが難しいようです。言い換えれば、白い服の人のパスに注目している間、そのほかの部分を見るための脳の機能は抑制され、なかったことにされているわけです。

これは、問題解決のときに、物事の一面しかみれず、「あちらを立てればこちらが立たず」になってしまうときも同様です。物事の一面に集中するあまり、別の面が、完全に思考から抜け落ち、なかったことにされています。

それに対して、複数の問題を解決する創造的なアイデアを思いつける人は、ある問題に集中しながらも、同時に全体像を見渡しています。ちょうど白い服の人たちがボールをパスする回数を数えながらも、同時にゴリラが横切ることもちゃんと見えていたように。

もしゴリラに気づけなかった人も安心してください。気づけない人は珍しくありません。わたし自身もそうかもしれません。わたしが意図せずしてネタバレを知ってしまったのは、哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)という本にこの話が出てきたからでした。

わたしは最近、科学的意識研究学会の会合で、またこのビデオを見る機会がありました。

発表者は、「みなさんご存じのビデオです」と言ってこれを流しました。

ところが、出席者のうち「ニューヨーク・タイムズ」の科学記者ジョージ・ジョンソンだけがこれを知りませんでした。

わたしの隣に座っていた彼は、真剣に画面を見つめてボールのやりとりを数えていたので、一同がどっと笑ったときも、画面を横切るゴリラに気づきません。

ビデオが終わると、ジョージがこちらを振り向いて言いました。

「このビデオは何がいいたいの? なんでみんな笑ったんだろう?」(p161)

願わくば、わたしもネタバレを知る前に試してみたかったところですが、この本を読んでよかったこともあります。それは、このテストでゴリラに気づけなかったとしても、創造的になれないわけではない、ということを知れたからです。

この本はタイトルどおり、赤ちゃんの脳科学についての本ですが、もし赤ちゃんにさっきのビデオを見せたら、どう反応するのでしょうか。

赤ちゃんも自分の注意をコントロールすることはありますが、幼くなるほどそのようなことはまれで、注意はもっぱら外の世界の興味深い出来事に注がれて、心の中の計画だとか目的だとかに従うことは少ないのです。

先ほどのビデオの例でいえば、ゴリラが出てくれば、ボールを目で追うのをやめてしまいます。内因性注意は、幼児期を通じて時間をかけて発達していくのだと思われます。(p167)

つまり、わたしたちは誰でも、赤ちゃんのころ、幼いころは、横切るゴリラに気づけたはずだ、ということです。

それはもちろん、「ボールを数えてください」という指示に従えないからでもありますが、同時に目に入るものすべてに興味津々で、「経験への開放性」が開かれているからでもあります。

つまり赤ちゃんは、世界の何を見るかを、自分で決めるというより、世界のほうが決めるのに任せているのです。

また、どこに注意を向け、どの情報を遮断するかを決めてしまわないで、多くのことを同時に意識しているようです。

特定の対象についての有益な情報だけを拾うのではなく、周囲のものすべて、とりわけ新しい情報を集めまくるのです。(p169)

ここで赤ちゃんは、「多くのことを同時に意識している」と書かれています。

これこそまさに、創造的な人、右目の緑と左目の赤の画像を同時に意識できる人、複数の問題を同時に解決できるアイデアを思いつける人の特徴だったのではないでしょうか。

ここでようやく本筋に戻ってきますが、子どもの絵が創造的だと感じるのは、単に子どもが描いているから上手く見える、といった買いかぶりではないわけです。

子どもは確かに、物事の複数の側面を同時に意識して、身の回りの物事に「オープン」な、「経験への開放性」をもった脳の働かせ方をしています。そして、創造的だとされる大人たちもまた、それと同じ脳の使い方をしています。

子どもが年齢を経るうちに、創造性を失って平凡な絵を描くようになるのは、決して気のせいではなく、本当に脳の使い方が変化して、「経験への開放性」や「多くのことを同時に意識」することをやめてしまうからです。

わたしが中学・高校時代に棒人間しか描けなくなったのも、わたしの知り合いの娘さんの絵がぎこちなくなったのも、エド・キャットムルの娘の学校の小学5年生の絵が独創的でなかったのも、すべてただ単に「恥ずかしくなったから」「人に判断されることへの不安」が強くなったから、といった気の持ちよう、精神論だけで片付けられるような問題ではありません。

そうではなく、何かしらの理由で脳の使い方が変化してしまったからこそ、創造性が枯れていってしまうのです。だから、エド・キャットムルは、その創造性を再び取り戻すための道のりを、ただ心構えを変えるとか、意識を変化させるといった精神論ではなく、「訓練(修練とさえ呼ぶ人もいる)を必要とするのも不思議ではない」と述べていたわけです。

子どものころの創造性に立ち戻るというのは、一度変化してしまった脳の情報処理システムを変化させる、ということなので、「修練」とさえ呼ばれるのも当然です。けれども、それは、たとえあの動画を見てゴリラに気づけなかった人でも、「修練」さえこなせば、子どものころの創造性を取り戻すことは十分可能なのだ、という意味でもあります。

わたしが今思っているのは、自分がこの四年間、絵心教室を買ってから今に至るまでやってきたのは、じつは絵を描くスキルの訓練なのではなく、この失ってしまった子ども時代の「経験への開放性」を取り戻すための「修練」だったのではないかということです。

今のわたしが「経験への開放性」を取り戻しているのかはわかりません。けれども、わたしがこの四年間、絵を描き続ける中で、自分の絵は下手だとあれほど苦悩し、ときには涙が出るほど落ち込み、こんなことなら絵を描くのをやめようとまで追い詰められたのは、子どものころの創造性を取り戻すために必要な「修練」だったと考えるとしっくりきます。

なぜ「経験への開放性」が失われるのか

不思議なのは、どうして赤ちゃんのころ、子どものころはみんな「経験への開放性」をもっていて、新しい物事に対してオープンで、のびのびとした創造性を持っているのに、大人になるにつれて、その創造性が枯れてしまうのか、ということです。

これは誰にとってもごく普通のことで、子どもの脳が大人の脳に発達するにつれて、どんな子どもでも必ず経験する、決して避けようのない変化なのでしょうか。

もしそうなら、それは仕方のないことです。子どものころはみんな創造性にあふれていても、大人になるにつれて、絵を描くことが苦手になり、歌を歌ったり、音楽に合わせて躍ったり、創造的アイデアを思いついたりすることが下手になるのは自然のことわりだということになります。

でも、わたしにはどうしてもそうは思えません。もしもこれが必然的な脳の発達過程だとすると、パブロ・ピカソとか、スティーブ・ジョブズとか、スティーヴン・スピルバーグとか、ありとあらゆるクリエイティブな人たちは、脳が発達していない未熟な人たちだということになってしまいます。

けれどもクリエイティブな人たちは、子どもらしい感性を備えているとはいっても、精神的に幼いとか未熟だとかいったことは感じません。子ども心を残した大人ではあっても、永遠のピーターパンではありません。

創造的な人は、幼稚なのではなく、子どもらしくも大人らしくも思考できる、使い分けのできる人たちではないでしょうか。言い換えれば、子どもの視点と大人の視点の両方を持っていて、うまく使い分け、同時に複数のことを意識できる人たちだ、ということでもあります。

創造性を取り戻すための「修練」についてもそうです。それは精神的に退行して幼児返りする訓練なのでしょうか。いいえ、大人としての自覚を保ちながらも、子どものころの視点を取り戻す、複数の視点を同時に意識できるようになる訓練だと思います。

そうすると、子どものころの創造性は、必ずしも大人になるにつれて失われるようなものではないはずです。大人になってもそのまま創造的な人もいますし、一度失った創造性を取り戻せる人もいます。

子どもが成長するにつれて「経験への開放性」を失ってしまうのは、正常な発達の過程とは限らず、成長する中で不必要なことを学んでしまうからかもしれません。

本来、子どもは「経験への開放性」をもったまま大人になることもできる。けれども、世の中の大勢の人たちが、大人になるにつれて、どこかで「経験への開放性」を失い、創造性を枯らしてしまう。

いったいどこで失ってしまうのか。

読んでくださっている方は薄々気づいておられかもしれませんが、それはたぶん学校生活です。

四年前に絵を描き初めてから、わたしが繰り返し書いてきたテーマの中に、学校で絵を描くのが嫌になる子がとても多い、という点があります。

絵を描くことを楽しみたいなら「上手い」という褒め言葉を捨てよう
絵を「上手い」と褒めると、絵が嫌いになる人が現れるという話
絵の上達には競争主義が本当に必要? スポーツが苦手な子の支援から学べること
楽しさを重視するという価値観が絵やスポーツにもたらすもの

上の記事で、色々な例を挙げていますが、子どもの90%は、学校に行く前は絵が好きだという調査結果があるそうです。ところが、学校に行き始めると、ほとんどが絵を嫌いになり、中学高校くらいになると、ちょうどわたしがそうだったように絵が描けなくなります。

そのあいだに学校で、どんな経験をするか。

学校に行く前は、好きなようにのぴのびと描くのが普通でした。しかし学校に行くと、絵の「描き方」を教えられます。友だちと比較され先生から「上手い」「下手」と言われます。絵の優劣は成績に反映され、「下手」だと低い点数がつきます。「上手」な絵は展覧会で評価されますが、「下手」な絵は見向きもされません。

こうした指導は良かれと思って行われています。ちゃんと「描き方」を教えられたほうが、ひいては美術的なスキルを教え込まれたほうが、上手な絵が描けるようになると考えられています。けれども、ピクサーの社長から見れば、そうした指導をされると「形式ばり、真面目くさり、独創的でなくなっ」ていました。何かがおかしくないでしょうか。

さっき考えたことによると、創造性の高い人の特徴は「経験への開放性」でした。これは言い換えると、赤ちゃんのように「どこに注意を向け、どの情報を遮断するかを決めてしまわないで、多くのことを同時に意識している」能力でした。

では学校の勉強はどうでしょうか。まずどこに注意を向けるか。先生、黒板、教科書です。どの情報を遮断するか。授業中は気が散るものにいっさい注意しないよう教えられます。先生の話以外のものに注意を向けていたら、チョークが飛んでくるかもしれません。

これはちょうど、さっきのビデオで、白い服を来た人のパスを数えるよう言われたのとよく似ています。ほとんどの人は、一心不乱にパスに注目していたので、ゴリラが通っても気づけませんでした。

学校ではまさにこの能力が、何度も何度も繰り返し繰り返し、何年もかけて叩き込まれます。学校とはいわば、黒板に書かれているパスの回数を計算することだけに意識を集中し、廊下や窓の外を歩いているかもしれないゴリラのことは一切意識から遮断するよう求める反復練習なのです。

学校の授業はまた、「多くのことを同時に意識」する複数の視点を持たないよう教える訓練でもあります。

テストの答えは何通りあるでしょうか。一つです。正しい絵の描き方は何通りあるでしょうか。教科書にそった「描き方」だけです。あるいは先生が教える方法だけです。国語のテストで「坊っちゃん」の一文に夏目漱石がどんな意味をこめたか尋ねられたら? 答えは授業で教えられたことだけです。だれかの顔を描くとき、ちょっと冒険して緑色に塗ってみてもいいでしょぅか。いいえ、そんなことをしたら先生に怒られます。

認知科学者の鈴木宏昭先生は、教養としての認知科学にこう書いていました。

学校に行くようになると、[テストの問題に答えるような]この推論が自然にできてしまう。これは論理的思考ができるようになったからなのだろうか。そうではないと思う。

小、中学校ではそもそも論理などは教えない。何を教えるかといえば、先生が言ったことは黙って聞く、疑わない、余計なことを考えない、そういうことである(これは隠れたカリキュラムと呼ばれる)。(p209)

学校では、先生の言うことは絶対です。教科書を疑ったり、テストの質問に異議を唱えたりはできません。絵が評価されるかどうかは、先生の一存で決められます。複数のことを同時に意識して、多角的な視点をもつのではなく、ただ一つのものさし、ただ一つの視点をもつよう訓練されます。

ということは、幼いころは「経験への開放性」をもって、同時にさまざまなものを意識できていた子どもが、大人になるにつれて、そうした創造性を失ってしまうのは、通常の脳の発達ではなく、環境に合わせた「適応」ではないでしょうか。

「適応」というのは、ダーウィンが観察したフィンチで有名ですが、この鳥は、生息する地域にごとに異なる特徴を発達させました。同じ鳥でも、気象条件などによって、くちばしが大きく発達することもあれば、小さくなったり、形が変わったりすることもありました。地域ごとに生きるのに最も適した形へと変化していたのです。

また、前に紹介したように、わたしたちが男性と女性の考え方の違いだと思っているもののほとんどは、生まれつきの脳のつくりの違い(セックス)ではなく、文化によって後天的に作られる違い(ジェンダー)だとわかっています。男の子が戦隊モノにはまり、女の子がアイドルや着せ替え人形を好むのは、もともとの性質ではなく、社会が作り出したジェンダーへ適応していくからです。

では、成長期の子どもが、10年以上も過ごすことになる学校についてはどうでしょうか。きっとフィンチみたいに、そこで生きるのに最適な状態へと適応し、脳の基本的な使い方も変化していくことでしょう。

学校で生きるのに最も適した脳の使い方は、授業中はゴリラのことなど考えず黒板に集中すること、先生の言うことは疑わず複数の意見など持たないこと、学校という閉鎖空間の中だけで生活し、外の広い世界のさまざまな面白いことへの「経験への開放性」を抑制することです。

学校で教えられるようなことは、テストでいい点を取るのには役に立つのかもしれませんが、自由気ままに創作したり、独創的な絵を描いたりするのにはまったく役立ちません。むしろ枠組みを外れたことをすると怒られるので、そうした子どもたちは「間違っている」と叱られたり、批判されたりすることを恐れるようになります。

その結果どうなるか。

エド・キャットムルが書いていた子どもたちのようになることは想像にかたくありません。

おそらくほかの人にその「欠陥」を気づかれると思ったのだろう。彼らの絵は形式ばり、真面目くさり、独創的でなくなった。人に判断されることへの不安が創造性を妨げていた。

「熱いレンジの蓋に座った猫にならないように」

長々といろいろ書いてきましたが、ここで最初のエピソードに戻りましょう。

わたしはおととい、こんなことを言われたんでした。

「私は絵が描けないから、こんなふうに描けると楽しいだろうなーって思うのよ」

この方は、自分には持っていない絵心や、絵を描く技術のようなものを、わたしが持っていると思っていました。

確かにわたしは、この4年、絵心教室などを通して、いくらかの技術は学びました。でも、一番大事な絵心は学んだわけではありません。だって、みんな子どものときは絵心があったのです。それこそピクサーの社長に、「新鮮で優れている」と言わしめるほどの絵心が。

絵を描けるわたしと、絵が描けないその人に違いがあるとすれば、その人は、成長する中で、絵心をどこかに失ってしまったのに対し、わたしは、この4年かけて、悩み抜きながら絵心を取り戻すための「修練」を積んだ、ということでしょう。

わたしもその人も、また ぎこちない絵しか描けなくなったその人の娘さんも、10年以上の学校生活を通して、学校が求めるやり方に「適応」してきたのです。別の言い方をすれば、学校を通して、そうするよう教えられ、叩き込まれてきたのです。

適応とはつまり「学習」です。わたしたちは、学校生活をするうちに、子どものころのように自由に振る舞ってはいけないのだと「教わり」ます。そんなことを教えられた自覚はないかもしれませんが、無意識のうちに学校や先生が求めること、塾や受験勉強や競争社会が求めることがふつうだと思い込むようになります。

半側空間無視の人たちは、自分たちが失った視野にあるものに気づけなくなったことを思い出してください。たとえそこに、まだ食べていないおいしそうなケーキが半分残っていたとしても、その人たちはその存在にさえ気づけなくなります。

同様に、創造性を失った大人たちは、右目と左目に映る色を同時に意識することができませんでした。また白い服の人がボールをパスする回数を数えながら、同時にそこを横切るゴリラに気づくこともできませんでした。ひとつのものだけ意識して、それ以外のものは最初からないことになっていました。

絵心も同じです。

わたしたちはみんな、学校生活や受験勉強を通して、テストでいい点を取り、いい大学にいくことだけが成功であるかのように教えられます。子どものころのような創造的な絵を描くことは、それに役立つのでしょうか? いいえ。先生たちからすればそれはゴリラと同じです。

学校生活を送るうちに、わたしたちは授業のことやテストのこと、進路のことなどばかり見るようになります。いつの間にか、それ以外のものは、視界の中にあっても気づけなくなります。それがどんなにおいしそうなケーキであっても、はじめからなかったかのように意識できなくなります。

こうして、絵が描けない大人たちは、自分には最初から絵心なんてどこにもなかったかのように錯覚するようになります。いえ、錯覚というか、もっと根深いものでしょう。脳の機能からして、自分の中にある絵心にアクセスできなくなるとでもいうのでしょうか。本当は子どものころ、みんな創造的な絵を描いていたにもかかわらず。

ここで、最初に出てきたマーク・トウェインの言葉、この記事のタイトルになっている言葉を再び見てみましょう。

「一つの体験からすべての知恵を引き出さないように注意すべきだ」とかつてマーク・トウェインは言った。

「熱いレンジの蓋に座った猫にならないように。

その猫は二度と再び熱いレンジの蓋には座らない。それはいい。

しかし、冷たいレンジの蓋の上にも二度と座らないだろう」。

言い換えれば、後知恵が猫の認識を歪ませている。人は過去に学ぶべきであって、過去に支配されてはならないのだ。(p237)

たまたま熱いレンジの上に乗ってしまった猫は、驚いて飛び上がり、それからはレンジの上には乗らないようにします。そうするのは危険なこと、よくないことだと学習し、二度とそこに近寄ろうとはしません。たとえレンジが熱くないときでも、猫はレンジを避けるようになります。

絵が描けない大人たちも同じです。子どものころ、学校の図工の時間や美術の時間に、先生から、絵の「描き方」を指導されたり、自分ではいいと思っている絵を「間違っている」かのように訂正されたり、クラスメイトの絵と比較されて、「上手」「下手」で点数付けされたかもしれません。

そのとき きっと無意識のうちに学習したことでしょう。自分の好きなように絵を描いてはいけないのだと。この世界には「うまい絵」と「へたな絵」があり、「へたな絵」を描くと恥ずかしい思いをしてしまうのだと。

そうすると、絵を描くことに慎重になります。自分の絵は人から見てどうだろうと気になります。批判されることへの不安がつのり、下手だと言われるくらいなら、恥ずかしい思いをするくらいなら絵を描かないでおこう、と思うようになります。そしてそれ以降は、学校を出た後も、「私は絵が下手だから」「絵心がないから」と言い訳して、一切、絵を描くことに近寄らなくなります。レンジが冷えても、決して近寄ろうとしなくなった猫と同じように。

熱いレンジに懲りた猫は、一生レンジに近寄らないかもしれません。同じように、学校生活で絵を描くのが恥ずかしくなってしまった人は、一生、絵を描くことと縁のない生活を送ってしまうかもしれません。まさにそれは、新しいことにチャレンジする「経験への開放性」、創造性にとって一番大事だとされていたものを失くしてしまった状態です。

「日本橋の真ん中で裸で寝るようなもんだ」

では「熱いレンジの蓋に座った猫にならない」ためにはどうすればいいか。さっきの文中でエド・キャットムルはこう言っていました。

言い換えれば、後知恵が猫の認識を歪ませている。人は過去に学ぶべきであって、過去に支配されてはならないのだ。

わたしたちが絵を描けなくなるのも、一種の「後知恵」なのです。学校では、自由に自己表現したり、同時にいろいろな意見をもったりせず、正しいやり方はひとつしかないという、子どものときは誰も知らなかったはずの「後知恵」を教えられるからです。

その後知恵がわたしたちの「認識を歪ませて」、もともと最初から絵心などなかったかのように思わせています。

それで、芸術の練習とは、「足し算」ではなく「引き算」、美術学校で教えられるような新しいスキルを「足し算」して身につけることではなく、学校で学んだ後知恵を「引き算」するトレーニングなのです。

わたしもそうでしたが、絵を練習する人は、新しい技術を学びながら何枚も何枚も絵を描き、だれかの目に触れるところへ発表していく中で、批判されたり、傷ついたり、自信をなくしたり、投げ出したくなったりするのを、幾度となく経験するものです。

そんなことで悩むのは心が弱いから、いやそもそも絵の才能がないからだ、と思ってしまうかもしれませんが、じつはその部分こそが、絵を描くトレーニングのうち、もっとも大事な部分ではないのでしょうか。

かつて、小説家の太宰治は、こんなことを言ったのだとか。

又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

そこでも、太宰とのエピソードが詳しく書いてあって面白かった。

著者の野原さんが学生時代に自分で書いた原稿を、三鷹の太宰宅まで持って行くと、太宰は直ぐに原稿を読みはじめたらしく、読み終えると「ちょっと歩こうか……」と言って、井の頭公園か吉祥寺にまで連れ立って歩き、そこで「小説を書くっていうのは、日本橋の真ん中で裸で寝るようなもんだ」というようなことを言ったらしい。

僕はその言葉を、「人を楽しませるためには恥を捨てろ」という風に解釈した。自意識をもて余していた十代の僕にとって、その言葉の潔さは衝撃だった。

小説を描くにしても、絵を描くにしても、人前で歌うにしても踊るにしても、芸術とかアートとか創作とかに共通しているのは、この一言に尽きると思うのです。つまり、どんな形の自己表現であれ、それは「日本橋の真ん中で裸で寝るようなもんだ」ということです。

文字通りの意味で「日本橋の真ん中で裸で寝る」なんて、ちょっとやそっとの度胸ではできません。たとえもし警察につかまらないとしても、毎日毎日そうしなければならないとしたら、想像しただけで気が狂いそうです。でも創作する人は、比喩的な意味で、それと同じほどの度胸を培わないとやっていけません。心構えや気の持ちようを変えるといった以上に、頭を根本から変える「修練」が必要でしょう。

芸術や創作といったものは、見せかけたり取り繕ったりできません。良くも悪くもその人の人となりがそのまま出てしまうものです。わたしがかっこいいSFな絵を描こうと思ってもうまくいかないわけです。なぜなら、わたしの頭の中の、これまで積み重ねてきた素材にはメルヘンな世界観しかなく、素直に自己表現するにはそれをそのまま写し取るしかありません。たとえ、もういい大人なのにメルヘンは恥ずかしいと思うとしても、それ以外にありません。

もしも、自分の頭の中にないものを描こうとしたらどうなるでしょうか。裸のままの自分をさらけだすのではなく、うまく取り繕ってよく見せかけてやろうと思ったら、エド・キャットムルみたいな鋭い人から「形式ばり、真面目くさり、独創的でなくなった」と言われるだけです。

彼は、ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法の別のところで、素人だけでなく、プロに対しても歯に衣着せぬ物言いをしています。

映画製作者や工業デザイナー、ソフトウェアデザイナーなどクリエイティブな職業に就いている人が、単に既存のものを切り貼りしている場合、一見創造的に見えてそれはテクニックであってアートではない。

テクニックは既知のもので、それを予期せぬ方法で使うのがアートだ。既存のものをコピーすれば必然的に凡庸なものになるが、リスクがないと思ってそうしている人が多い。(p257)

自分をさらけ出す、というリスクを避けようとして、ただテクニックだけで切り貼りしようとしたら、そんなものは「アートではない」のです。創作というのは、その人のこれまでの人生と培った技量とがそのまま反映されるので、小賢しさは捨てて裸一貫で勝負するしかありません。

絵を描く上で技術が必要ではないとはいいません。でも、それって、裸一貫で飛び込む覚悟さえあれば、どうにでもなるものではないでしょうか? 臆せず自己表現できるようになれば、技術なんて間違いなく後からついてきます。前にも取り上げましたが、上達する人としない人をわけるのは、失敗したときにみじめになってやめてしまうか、あきらめず続けるかどうか、それだけでした。

[研究結果]絵の初心者が陥る問題は、ミスが多いことではなくミスをしないことだった
クリエイティブな人はミスをチャンスだと考えて活用している

創造性とは「経験への開放性」だと言われていましたが、未知の場所へ裸一貫で飛び込んでいく覚悟こそ、究極の「経験への開放性」ではないでしょうか。人間がおそらく最も大きな「経験への開放性」を持っているのは、たぶん、生まれたての一糸まとわぬ姿で、この広い世界へと飛び出してきた瞬間でしょうから。

それで、やっぱり、わたしがこの四年間に学んできたことは、絵のスキルではなく、「ありのままの自己表現は恥ずかしい」という後知恵を捨て去ること、裸になって、ありのままの自分を表現する自信を身につけることだったのだと思います。

それは「恥ずかしい」という感覚を失うという意味ではありません。恥じらいを捨ててしまっては感性も何もありません。そんなことをしたらアーティストじゃなくて酔っ払ったオヤジになります。前に書いたように、いかに感性を保ちながら、傷つかないよう自分を守るか、というのもアイデアの見せ所です。

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自信を身につけるとは、批判や評価に対して鈍感になることでもありません。そうではなく、自分の絵を見て気落ちしても、ネガティブな評価で傷ついても、がっかりしても、堂々と飾らず自己表現するのをやめないということです。

わたしはずっと「熱いレンジの蓋に座った猫」になっていました。中学校、高校時代には、絵というレンジにまともに近寄れなくなり、棒人間で表現し、色も塗らなくなりました。いわば「わたしは絵とは関係のない世界の人間なんですよ」と取り繕っていました。絵を描くことから逃げていました。

そのままだとレンジに近寄らず一生を終える猫になりそうでしたが、たまたま四年前、体調を崩した時期に、頭を使う仕事がほとんどできなくなったことがありました。そんなとき、何も考えなくてもやれそうなもの、ということで思い切って「絵心教室」を買って、また絵を描き始めてみました。

最初は全然思うような絵が描けませんでした。自分の下手さに落ち込みました。まわりとくらべて恥ずかしくなりました。でも、なんだかんだいって絵が好きでしたし、お絵描きコミュニティの人たちやリア友たちに助けられたおかげで、かろうじて首の皮一枚つながって途中でやめませんでした。

今のわたしの絵が世の中の商業イラストの基準で「上手」かというと全然そうではないと思います。でもそれなりに自分の絵に満足していますし、わりとのびのび創作できています。4年の「修練」によって、頭の使い方が子どものころに近づき、学校で上乗せされた「後知恵」が薄らいだのかもしれません。

だから今はこう言えます。

辛いこともたくさんありましたが、この4年間、絵を描き続けてよかったです。