HSPのわたしが解離された過去を探しに専門家のところに行ってきた話(3)


これは自分探しをしてきたわたしが、HSPや解離だったと気づいて、専門家に会いに行った話の3番目です。前回はこちら。

3番目ではあれど、前回までが前置きだったので、やっと本番です。わけもわからないままに不登校になってしまって、病院たらい回し状態で大変な目に遭って、紆余曲折の末に、HSPと解離だったのかと気づいて、しかも症状からするとけっこう深刻そうなので、腹をくくって専門家のアドバイスをもらうことにした、というのが、ここまでのあらすじ。

今回はいよいよ、解離の専門家のところに行ってみた話を書きたいと思います。体験記となると施設名など出したほうが読む人の参考になるんでしょうが、この記事はただのわたしの覚え書きというかライフヒストリーみたいなものだし、思ったことを遠慮せず好き勝手に書きたいので、具体的な名称は伏せておきます。わかる人にはわかってしまうとは思いますが(笑)

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勇気を出して予約

もうこうなったら、解離の専門家に見てもらうしかない、不登校や睡眠障害を診てくれている長年の主治医にそう話すと、快く紹介状を書いてくれました。紹介状はなくても可ではあったんですが、主治医が言うには、やっぱりあったほうがいいとのこと。ただの一般人のわたしがいきなり門を叩くより、信頼できる第三者の医師の見立てがあったほうが、相手の先生も受け入れやすくなりますよね。

ということで、主治医が紹介状を書いてくれたので、それまで迷っていたわたしも、もうこれは覚悟を決めるしかないということで、予約の電話をすることに。1年待ちとか言われたらどうしよう、いやそれより期待外れだったらどうしよう、また傷つくことになったらどうしよう、なんて うじうじ思っていましたが、もう悩んでも仕方ない。なるようになる! 玉砕特攻! という決意で電話をかけました。

緊張していましたが、電話口に出た受付の方に、その先生の診察を受けたい旨をまず伝えました。すると、いつごろからどのような症状で?と聞かれましたが、ここまで読んでくださった方がいたらわかるとおり、あまりに紆余曲折ありすぎて、電話口で説明できるレベルじゃない! うまく整理して話せる自信もない! 

それで、「今かかっている主治医と話し合っているうちに、トラウマ治療などをしたほうがいいかもしれないということになって、主治医が紹介状を書いてくれたんですが…」と言ったら、「そうですか、解離のご相談ということでいいですね?」「は、はい、そうです」「わかりました。では、日にちなんですが…」とすんなり。紹介状の威力凄し!! 

肝心の予約の日付は、「初診がけっこう先まで混んでいて…」と切り出されたので、緊張しましたが、約1ヶ月半先になりました。すごく近い! 人によって長いと感じるかどうか違うでしょうが、半年先、一年先もありうると思っていたので、十分に早いと思えました。前提と考えている基準値によって、ある数字が大きいと感じたり、小さいと感じたりして印象が変わるのは、アンカリング効果ですね。

それからの一ヶ月半は短いようで長い日々でした。その間も色々とやるべきことをやっていたので、退屈だったり思い悩んだりする時間はなかったんですが、やっぱり体調がよくなかったのと、わりと八方塞がりで打開策がなかったのとで、もどかしさがありました。

だけど、その日々はムダではなかった。解離の本をもうちょっと色々読んでいるうちに、自分の身に起きたことの理解が深まりました。そして、今の自分のライフスタイルが、かなり負荷のかかる望ましくないものだと気づいて、方針転換することにしました。

ずっと忙しくしていて、心の余裕がなく絵が描けない状態でしたが、そういう自己表現の機会を奪われることがそもそもの解離の原因らしい。一念発起して、やらなくちゃと追い立てられていたことをあえて手放し、自分の好きなことに極力集中できる環境づくりをしました。

長い目で見れば、今ここで無理を続けるより、一旦仕切り直して心身の安定に務めたほうが未来が開ける、と考えました。そのおかげで、また絵や小説を創るという楽しみを大事にできるようになりました。

きっと、これはわたしにとって必要な準備期間だったんだと思います。解離の治療となると、自分の過去に向き合うので相当にストレスがかかる。心の余裕がない状態だと、じっくり取り組むことができません。みそぎの儀式のように、混乱した場を浄めるためには、準備の手順がやっぱり必要です。

それで、あまり思いつめず、気楽に過ごすことにして、極力無理もしないように務めました。もともと少ない薬の服用も、さらに最低限にしていました。そのせいで不登校になった時から続いている非24時間の睡眠リズムがぶり返して、朝に起きたり、夕方に起きたり、夜に起きたりしていましたが、ありがたいことに、初診の日は、ちょうど朝型リズムになっているときでした。

診察の日が近づいたころには、これから会いに行く先生の過去の本を読んでみたり、ネットでその先生の診察を受けた人の感想を探してみたり、ちょっと予習しておきました。読めば読むほど、この先生なら大丈夫だろう、という気はしたんですが、それでも不安は不安でした。

時間は着々過ぎていき、ついに診察の日が来てしまいました。

専門家に会いに行った日

その日わたしが向かったのは…って、そんな書き出しだけで特定されちゃうほど、解離の専門施設って少ないんですが、まあどこに向かったのかは伏せておいて、わりと時間に余裕をもって家を出ました。

夜はしっかりと寝ましたが、それでも緊張で落ち着かない。原因不明の体調不良を抱えてきたわけなので、これまでも、ありとあらゆる医者を訪ねて行ったものです。だけど9割は失望させられる結果に終わりました。人間味のないひどい対応をされることがほとんど、中には人当たりのいい医者もいましたが、こちらの悩みを解決する方法を何も持っていない。たくさん医者に会ってきた中で、たぶん唯一の例外的に信頼できる先生が今の主治医でした。

それほど打率が低いので、心配になってしまうのも当然で、なるようになると思いつつも、そう簡単には気持ちを落ち着かせることができない。最近、こんなふうに神経が高ぶったときに役立つエモーショナル・フリーダム・テクニック(顔などのツボを順にタッピングする手法でPTSDやパニックに効果があるというデータが出たらしい)というのを覚えたので、とりあえずそれをやっていました。劇的に効くわけではないけれど、意識が切り変わるのでいいテクニックかと思います。

それにまあ、緊張するならするで、そのほうがありのままの自分を見てもらえますし、その様子もまた症状の一部でしょうから。

わたしは外出するときは、いつも本を持っていって電車の中で読みますが、今回読んでいたのは、ドリーン・バーチューのクリエイティブを仕事にする方法。ここのサイトの記事に書いてきたような話題とオーバーラップしていて共感できる良書でした。キリスト教色がやたら濃いので苦手な人もいるかもしれませんが、書いている著者が典型的なHSPだなと確信できるほど、創作好きなHSPにはしっくり来る本です。

病院に到着したのは予約の30分ほど前。けっこう奥まったところにあるというか、こぢんまりとしたビルの中にある探偵事務所みたいな感じ。だけど入ってみると、とても居心地のいいリラックスできる空間づくりがされていて、見た目にもきれいなところでした。

受付の方に初診予約で来たことを話して紹介状を提出し、問診票を受け取りました。主訴や病歴を書く欄以外に、子供のころの自分の性格として当てはまるものにチェックする欄とか、家族構成を家系図みたいにして書く欄があって、ちょっと新鮮でした。

症状などを書く欄は、何を書けばいいのか迷いましたが、あえてシンプルに書きました。文章ですべてを説明する必要なんてないし、ちらっと書いておけば、それを呼び水にして会話が発展していくだろうから。

待合室は、柔らかい暖色系の照明と、座りやすいゆったりしたソファがあって、オルゴール調のリラックスできるメロディが静止画像の薄型テレビから流れていました。色々な病院に行ったことがありますが、かなり配慮の整った環境づくりがされているなと感心しました。明るさ過敏、音過敏のわたしでも、メガネと耳栓を外した状態でいられるくらいでした。少なくとも初診のときは、メガネを外してコミュニケーションしたいと思っていたので好都合でした。

壁には、風情ある風景絵が掲げられていて、とても居心地のいいおしゃれな空間でした。待っている間に読める本も並んでいましたが、意外なことに、ここで診察している先生方の著書は見当たらなくて、そもそも病気に関係する本は少なかったように思います。

その代わり、病院の治療について説明するパンフレットなどが置かれていましたが、主に大人のADHDについてのパンフレット、そしてうつ病などにも高照度光療法が効果がある、という説明などで、主治医の病院と相性がいいんじゃないかな…?と感じました。主治医も発達障害や睡眠障害、光治療などが専門ですので。全然違うところに来たようで、やっぱり互いにけっこう近い分野を扱っているんじゃないかなーという印象でした。

壁に貼られていた担当医表によると、その先生が初診をとっているのは、週に1人だけみたいでした。ということは1ヶ月半待ったので、あの時点でだいたい6人前後、予約がいたことになりますね。意外と空いているのかもしれない。そもそも解離ってかなりコアな領域ですし、最近混み合っているのは発達障害とか愛着障害とかの病院だから、いい感じで穴場だったのかも。

やがて、予約時間を10分くらいまわったころに、ついに番号を呼ばれました。

緊張した診察

緊張なのか疲れなのか、もう歩くのもガチガチなほど体が固まってたんですが、ヨレヨレと診察室に入って、あいさつする。先生はネット上の写真などで見るよりもおしゃれでイケメンな感じでした(笑)

診察室には、先生のほかに記録係の方がいて、あいさつされました。タッチタイピングで問診内容を記録するようでした。人格交代とかがあった場合は、本人も覚えていないので、記録しておくのが大切なのかな、と思ったり。かくいうわたしも何をしゃべったのかはっきり覚えていないので、ここから書くことは、わりとあやふやです。

まず、主治医が書いてくれた紹介状を見て、「ものすごくしっかりした紹介状をいただいて」とびっくりしておられました。「どなたが書かれたのかな」とおっしゃるので、「主治医ご自身です」と言うと、感心しきりでした。本当にありがたい。次に会ったとき主治医にしっかりお礼を言っておかねば。

先生のデスクの上にはパソコンがあって、話のメモを取れる体制になっていましたが、すでに紹介状の内容が全部タイピングされていました。受付のほうでもらったら即タイピングしておくシステムなんだろうか。

ここに来たいきさつについて詳しく尋ねられたので、自分であれこれ調べたというよりは、主治医の判断を基準にお話ししたほうがいいかなと考え、順を追って話しました。

不登校になってから主治医に出会ったこと、そして症状から愛着障害の傾向があるのではないか、と指摘されたこと。主治医の先輩がトラウマの専門家なのだけど、その方は小児専門で無理だったので、こちらに紹介状を書いてもらうことにした、という流れで。

この主治医の先輩のトラウマの専門家の先生は、この界隈ではとても有名な方なので、その話題を出すとかなり興味をもってくださり、しっかりメモをとっておられました。めぐりめぐってここに来たことも納得してもらえた様子。

その後、前回までに書いたような不登校になった経緯について。不登校になったときの世界が崩壊したような感覚、文字も読めなくなったことなど。

はっきりその日付まで紹介状に書かれているが、そのときのことをよく覚えているのかと聞かれたので、具体的な記憶はほとんどないこと、でも、そのときの衝撃や混乱を感覚として覚えていること、そして日記などの記録が残っていることなどを話しました。

きっかけとなったのはテスト週間だったけれど、それ以前から、学校でのストレスや家庭環境などから重圧を感じ続けていて、いつダメになってもおかしくないほど緊張状態にあったことも。

このあたりの話題になると、頭がまわりにくくなってきて、本当に言いたいことはあまり言えなかった気が。なぜ学校生活がストレスだったのか、といった前々回の記事に書いたようなことはしっかり話せませんでした。当時のことを口頭でしゃべろうとすると頭が真っ白になってきてフリーズしてしまう。

その後、ずっと慢性疲労の引きこもり状態だったけれど、主治医がコンサータを処方してくれたおかげで、行動範囲が広がったこと。けれどそれによってストレスがかかったときの奇妙な症状に気持ちが向くようになり、主治医とやりとりし、先生の本などを読むうちに、解離性の症状ではないか、と思い始めたことなどを伝えました。

また生まれてすぐに頻繁な養育者の交代があったらしいこと、3歳ごろ預けられてた先から帰ってきたときに突如ほとんどの食べ物を嫌がるようになって、何らかのトラウマがあったのではと怪しんだことなども。

解離について話す

それから、主治医が紹介状に書いてくれていた小学校4年生ごろの記憶が飛んでいることについて詳しく聞かれました。

はっきり言ってこのあたりのことは今まで誰にもほとんど話したことがないので緊張しました。主治医にだけは数年前に勇気を出して打ち明けて、それからはけっこう具体的に話してきましたが、それでも主治医はそちらが専門ではないので、わかるところもあればそうでないところもある感じ。

今回の先生はその専門だし、理解があることを本を通して読んでるけど、いきなり初対面でその話題について話しはじめるのは、相当、勇気のいるところでした。 

その時期はきょうだいが亡くなったり、家庭のいざこざで寂しい思い、辛い思いをしたこと、そしてちょうどそのころに、空想の友だち(IC)が出現したことを伝えました。

ICの話題になると、先生は具体的に踏み込んで質問し始めました。わたしもそこが核心だと思って覚悟はしていましたが、思っていた以上に具体的だった。

まずICの名前を聞かれたんですが、どこまで言って大丈夫かわからないし、当人に確認していないので、とりあえずイニシャルで。年齢はどれくらいで、どんな姿をしているか、どんな声が聞こえたかなど、詳しく聞かれました。

はっきり記憶があるわけではないけれど、当時の雰囲気とか印象からすると、具体的に声が聞こえていたっぽいこと、敵対的ではなかったこと。「支えてくれたり、アドバイスをしてくれたりする感じだったということですか?」 と聞かれたので「はい」と答えました。

わたしとしては、そうしたやりとりについて奇妙には思っていなかったので、最初は悩んでおらず、不登校になったあたりから、なんか自分はおかしいんじゃないかと思い始め、葛藤が生じ、その気持ちはアートセラピーをしたときに解消して存在を受け入れたことなども話しました。

会話は口に出していたか心の中でしていたか、ということも聞かれました。心の中だったと思うけれども、一人でいるときなどは声に出していたかもしれない、と答えました。どちらもあるのでわりと答えにくい。

また、その様子を見たり聞いたりしていた人から奇妙に思われたことはないか、と聞かれましたが、あったようななかったような、現時点では記憶がはっきりしません。そのころのことを具体的に思い出そうとすると思考に霧がかかってくる。

そういえば、今は幻聴はないんですが、寝入りばなか起き抜けに、人の声がざわざわ聞こえることはたまにあります。そう感じるとか想像する、とかではなくてはっきりとした他人の声。このことは先生に言い忘れたので次回にでも。

だいたいICは当時かなり複数いて入れ変わっていたのに、一人だけしかいなかったかのような受け答えをしてしまったあたり、ガチガチに緊張して頭が回っていなかったとしか思えない。

また、ICの姿について聞かれたので、幻視のように見えてはいなかったこと、しかしイメージとしては最初からあったことを話しました。すると、髪の長さや背丈なども聞かれて、とりあえずイメージどおりに答えました。

また、どんな服装をしているか尋ねられたので、特定の服装というわけではなく、よく絵に描いていたせいで、自分の絵のイメージに影響されてしまっているだろうと話しました。そうすると、その絵を見たいとのことで、このサイトの絵を見せるはめに…(^_^;)

「な、なんか、こうして見られるのは恥ずかしいですね…」「えっ、ネット上に公開してるんだからいいでしょう?」「いえ、公開はしてますけど、そういう背景は書いてないので」「それはそうだね」という感じで しっかりサイト名をメモられてしまった…(苦笑) まあ、解離の話をするってことはいつかは空想世界や絵の話になって、こういうことになるだろうとは思ってましたが、まさか初回からそこまで進展していくとは思わず。

そういや、わたしのプロフィール画像見て「全然似てない」とツッコまれて苦笑いしましたが、あれは顔の描き分けができないからだという話をすればよかったかもしれない。

絵の人物の顔の描き分けができない原因? 人の顔が見分けられない相貌失認のわたしの日常
リアルで顔を覚えられないのが絵の人物の描き分けにも影響している?

それから、わたしのICと直接話せないかと尋ねられ、人格交代みたいにはできないと話すと、こちらの質問に対する答えを聞いてくれないかと言われました。びっくりしつつも、やってみようとしましたが、なぜか頭が真っ白になってしまってできない。ここで無理して話そうとしても、ICの言葉を伝えるんじゃなくて、創作みたいになりそうだったので、「無理そうです…」と。

するとこんどは、「ほかにも誰かがいるような感じはしませんか?」と。それまでも緊張していたんですが、このときはもう何も考えられなくなってしまいました。なんだろう、ただ単に慣れないことを言われて緊張しただけな気もするし、触れられると危険な部分に入って、ものすごい強力にシールド張られて凍りついたような感じでもあった。これまでの他のお医者さんの診察では一度も経験したことがないような、何ともいえない言葉にできない感覚がありました。緊張が限界に達して、制御できる臨界点直前まで上った感じ。

その様子を見た先生は、パッと話題を変えました。先生の診察を通じて感じたのは、踏み込みの鋭さと引き足の速さ。普通なら踏み込まないような部分まで、大胆に、でも失礼はないように鮮やかに迷いなく踏み込んでくる。

反面、何か抵抗を感じたら、決して粘らずにサッと引いて別のほうからアプローチする。まるで横綱の白鵬みたいだな(笑) ここまで判断力が鋭い問診をする医者は経験したことがなかったので、かなり驚きました。これは本当にプロフェッショナルだ…。

後々よく考えたら、わたしがICと会話していたのは、必ず一人でいるときだったと思うので、人前でICと話すのは無理なのかも。現実の人かICか、どちらかだけとしか話せない排他性があるような気がしました。これは次回伝えよう。

何か思い当たるふしはあるみたいだけど…

そのあとは、切り口を変えての薬の話題。いや、そういう順序だったかどうか、よく覚えてないんですけれど。

全然眠れなくて、色々な睡眠薬を試してもどれもまったく効かず、カタプレスだけ効いたことを話すと、「カタプレス…クロニジンねぇ!」と感慨深そうな反応。普通は処方しないけれど、うちの主治医が特殊な畑の人だからこそだね、みたいなことを言っていました。

そして、コンサータの話も、主治医がコンサータを処方するという判断に至ったことにも感心していました。そこに至る経緯を聞かれたので、昔いろいろな薬を試していたときに唯一同成分のリタリンでほんの一瞬楽になったような覚えがあったので、それを主治医に伝えた話といういきさつ。

コンサータの効き方について、「飲むと体が楽になるような感じがしますか」とか「飲んでからどれくらい効きますか」とか、これまた踏み込んだ質問が。先生は質問の意図を詳しくは語らないんですが、どうやら、コンサータで疲労症状が楽になる場合があることをよく知っているような印象を受けました。

コンサータの量が増えると体が緊張してこわばって、しんどくなることも話しましたが、思い当たるふしがあるようで、最低量の半分の9mgがあればいいんだろうけれど、あれはアメリカで作られていてそうもできないとかなんとか。コンサータの構造についても詳しく、表面にリタリンが塗られているとか、クロニジンとは反対の作用を持つので、それが効くのもわかるというような話も。小児科医ではなく発達障害の医者でもないはずなんだけど、海外でそういう症例を多数診てこられたんだろうか。

わたしの薬に対する反応ってかなり特殊だと思うんですが、それを聞いても、あまり驚かず、何か考えがある様子。普通は聞かれないようなところまで詳細に尋ねられるので、何か思い当たるところがあって、考えながら細部まで質問を選んでいることはわかりました。もっとこちらから質問すればよかったんだけど、いっぱいいっぱいで余裕がなかったです。

ただ唯一、例の統合失調症の薬の最高量が効かなかったという話は「でも副作用は出たでしょ?」と言うので、それもなかったと言うと、「それはそれで変だね」みたいな驚いた反応でした。

これからの方針

初診だったので、かなり時間を割いてくださいましたが、このあたりで結論に。

普通なら奇妙に思われてしまいそうな症状や薬への反応など、できるだけ包み隠さずに話しましたが、先生としては、ひと通り聞いたところでは、腑に落ちる感覚があったようでした。

慢性疲労と診断されていたのも納得がいくと述べて、身体症状として現れるうつに解離症状が伴っていたのだろうとのことでした。発症当時の症状については統合失調症ではなく解離のほうだというのもはっきり言ってくれました。意外なことにご自身も10代ごろに離人症や極度の疲労になった経験があるものの、幸い短期間で回復したのだとか。

わたしの話を聞いた限りでは、具体的なトラウマ記憶はわからず、原因不明。しかし、そのような場合でも、解離症状が出ることはある。トラウマがあったのかなかったのか、という部分については、存在する可能性はある。しかし、わざわざ封じられているものなので、簡単にアプローチはできないと思う、とのこと。

まずは、今、コンサータなど効果がある薬がわかっていることを考えれば、そちらのほうから体調を安定させるのがいいのではないか。並行してカウンセリングをするなら、役立つ可能性はある、という感じ。3種類ほど効果があるかもしれない薬を思いついたので、主治医に伝えてほしいとのこと。

まずモディオダール。過眠の薬でコンサータと似ているけれど作用が違うもの。

次にウェルブトリン。アメリカではうつや禁煙補助に使われている薬。ドーパミンに働きかける珍しい抗うつ薬。これはわたしも知っていて、多分わたしに向いてそう、と気になっていたんですが、日本では認可されていないので個人輸入になるんですよ。なんか薬の個人輸入って怪しい響きがあるから、主治医にも切り出せないでいたけど、まさか医者から正式に勧められるとは。

最後に、一番意外だったのが、ラミクタール。てんかんとか双極性障害の薬なんですが、今までまったく縁がなく。そういえばわたしはSSRIで躁転したことがあるし、そもそも解離と双極性障害II型って別々の病気かどうかはっきりしないほどオーバーラップしているらしいので、試してみる価値はありそう。

解離の本でも、よく治療に双極性障害やてんかんの薬が使われているのを見ますし、時たまラミクタールも出てきたんですが、なぜリーマスとかデパケンではなく、ラミクタールなのか? 先生は3つ候補を挙げてくれたけど、最初に持ち出したのがラミクタールだったのも気になる。

帰りにちょっと検索してみたんですが、確かに解離とかボーダーラインに使われることがあるらしい。そしてウェルブトリンと並べて挙げられていることもしばしば。だけど作用を見てもよくわからず。素人がわかる領域じゃないから、次の診察で主治医に聞いてみるかーと思いました。

診察はだいたいこんな感じだったでしょうか。忘れてしまった部分もあるかもしれませんが。

先生は次の診察は来たければ来ればいい、という感じで、来なさいとも来なくていいとも言いませんでした。わたしが先生の専門外だから来なくてもいい、という意味なのだろうか、とちょっと思ったけど、そういう雰囲気ではなく、こちらに判断を委ねているか、すでに主治医がいるから一歩身を引いて、選択をこちらに任せているような。

それで、今の主治医にも継続してかかりつつ、こちらにも通っていいですか?と意見を言ってみると、快く受諾してくださいました。このあたりも診察を通じて感じた踏み込みと引き足のバランスのうまさなのかもしれない。考えてみれば、解離とかボーダーラインとかを専門に診てる方だから、患者との距離感については相当経験値積んでレベル高いはずですよね。

次回の予約は先生のほうから三週間後でどうかと。今日の診察で話したことを頭の中で整理してきてほしい、というようなことも言われました。三週間というのはそのための時間なのかな。三週間後の予約枠はけっこう空いていたので、けっこう余裕を持っているのかもしれない。

診察が終わると、ものすごく疲れが出てきました。そういやアーレンの検査のときもこんな感じだったか、と思い出しました。本当に疲れた。

不安だった先生の雰囲気は非常に良くて、期待以上でした。本を読んだ印象は、もっと理屈っぽい方なのかと思っていたんですが、とてもバランスの取れた親しみやすく頼れる方で、ビシっとした立ち居振る舞いからジェントルマンという言葉がぴったりな気がしました。今の主治医もそうですが、いい意味で似ている人が思い浮かばない、めったにいないタイプの方だなと。

解離については、なんだか、何も結論が出ていないような気もしますが、しっかり理解してくれるのは確かで、話してよかったと思います。

なんとなーくだけど、あえて伝える言葉を選んで、差し障りなく表現しているような雰囲気も感じました。今までいろんな医者に会ってきて、わたしの症状の意味がわからないから、責任逃れのために あいまいな表現をする人が多かったんですが、どうもそれとは違う。

気のせいかもしれませんが、途中の反応とか、具体的な質問とか、妙にはっきりした物言いからして、はっきり考えはあるけれど、わざと言葉を選んでいる感じがしたんですよね。でなければ、あそこまで具体的で的をついた特殊な質問はできない。経験豊かな方だから、わたしが思いつくようなこととは全然違う何かに気づかれたのかもしれない。

まだまだ初回なので、これからどう進むかわかりませんが、今後に期待が持てましたし、八方塞がりだと思っていたところで試せる選択肢がいくつも出てきたので、間違いなく勇気を出して行ってみてよかったです。

アーレンのときも、初回から何もかもわかったわけじゃなくて、回を重ねて、いろいろ体験して、その意味を考えるうちに、新しい発見がありました。今回も、かなり揺さぶられてどっと疲れたところがよく似ているので、たぶん似たような進展になるんじゃないかなと思っています。

怖い気持ちもありますが、せっかくここまで来たんだから、できることは臆せずやっていきたいです。とりあえずは、主治医と相談しつつ、薬の調整を試してみようと思います。また進展があれば続きを書きます。

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