絵の才能があるディスレクシアの少年のストーリーを見てわたしの不登校に思うこと


以前のエントリで画集の感想を書いた、ディスレクシアの少年画家の濱口瑛士くんについての10分ほどのドキュメンタリーがニュースで放送されていたので見てみました。

数日間くらいはこのページから見れるのかな。見たい人はお早めに。

“書字障害”15歳少年が新たな挑戦|日テレNEWS24

瑛士くんは発達障害のために不登校になって、その後東大のギフテッド育成プロジェクトROCKETに行って才能を伸ばした、ということでしたが、今回の動画では「ディスレクシア」の面にフォーカスされていました。

東大のギフテッド教育「ROCKET」に選ばれた少年画家はわたしと正反対だった
ギフテッドの少年画家の作品集を読んで自分を振り返ってみた

スポンサーリンク

ディスレクシアって?

ディスレクシアというのは「読み書き困難」のことで、発達障害に伴いやすい学習障害の一種です。

「学習障害」とか「読み書き障害」というと欠点があって劣っているみたいに聞こえますが、ほんとを言えば、単なる得意不得意の違いなので、ディスレクシアは読み書き「困難」と訳すのがいいとわたしは思っています。

学習障害についての専門家の上野先生のLDを活かして生きよう―LD教授(パパ)のチャレンジなどを読んでみると、諸外国では学習障害は障害ではなく、ひとつの個性のようにみなされているのだとか。

たとえばイギリスではディスレクシアは、障害というより、プラスマイナスがあるひとつの個性とみなされているそうです。

藤堂 日本で血液型ってよくいわれるじゃないですか。イギリスでは、あれに近い感じの社会的な扱い方ですね。ディスレクシアっていう、ひとつの個性みたいな。だから、それは障がいっていうよりも、プラスマイナスを含めたものとして扱われている。

…(中略)…

上野 イギリスのデザイン関係の学校に行ったら、校長さんがね、六割はそういう子だよって。日本よりはもっと広くとらえられているんだろうけど。(p108)

読み書きを中心とする学校社会(特に日本の学校)では落ちこぼれがちですが、かえって映像系、空間系の能力は秀でいていたりして、画家や映画監督、俳優、音楽家などとして活躍しているディスレクシアの人は多いようです。

もし学校が読み書き主体じゃなくて、視覚学習主体だったら、かえって読み書きはできるのに視覚学習にはついていけない子たちのほうが学習障害とされてしまうかもしれない。

学習障害というのはそんな相対的なもので、ある特定の環境についていけないから「障害」と言われてしまっているだけで、環境が違えば「障害」どころか「才能」ある生徒とみなされる可能性もある、ということですね。

ディスレクシアの有名人の中には、俳優のトム・クルーズや映画監督のスティーヴン・スピルバーグ、作家のアガサ・クリスティー(口述筆記していたとか)など、社会で活躍した人も大勢いるとのこと。

今回のニュース動画では、ディスレクシアを支援するNPO法人エッジが銀座で主催したチャリティアート展の様子が紹介されていました。

国際的に活躍するディスレクシアの画家マッケンジー・ソープ(Mackenzie Thorpe) の作品を中心に、ディスレクシアの若手画家たちの作品を集めた展示会とのことでした。

さっきの本の中にも、NPO法人エッジによるキャンペーンについての話のところで、マッケンジー・ソープさんの話が出てきてました。

「愛をはこぶ人キャンペーン」は、そうした思いを実現するためのささやかな、でも熱い熱い試みなのです。

その中心であるマッケンジー・ソープさんは、ディスレクシアで苦しみながらも、たぐいまれな絵画の才能を開花させ、私たちに限りない愛を運んでくれました。(p130)

▼マッケンジー・ソープさんの絵(クリックで画像検索に飛びます)

 

ディスレクシアの絵本を作る

そんなチャリティ展に合わせて、濱口瑛士くんが行なったのは、自分の体験を絵本にして、ディスレクシアについて伝えたい、という取り組み。それを取材したのが今回のニュース動画でした。

これまで、自分の描きたいように絵を描いてきたので、人に見てもらう絵を描くのは難しく、頭を悩ませながらの制作。そういえば画集のほうで、人の顔を描くのは苦手だって言ってましたよね。

それでも、期日までに完成させて、その内容の一部が映像にも映っていました。

テストで字を頑張って書こうとしているのに書けない。頑張ろうとすると紙が破けて怒られる。しまいには学校から追い出される。

自分と同じような境遇の子たちと出会い、手を切ってしまいたいとまで思っていたところに天使が現れて、子どもたちそれぞれに絵筆や楽器、バットなどを与えてくれる。

そうして「障害」ではなく「個性」をもつ一人の人間としての居場所を見つけていく、といったストーリーでした。

思ったのは、場面場面の特徴をとらえた絵を描くのが、本当に的確だということ。人間を描くのが難しいと言っていたのになんのその、ものすごく生き生きとしていた場面ばかりで、さすが少年画家と言われるだけあると思いました。

ディスレクシアの子は、視覚や空間の認識に秀でていることが多いと言われますが、動きをとらえて描くのが抜群にセンスありますよね。もちろん本人の努力も相当のものなんだと思います。

こういう学校での理不尽な経験は、読み書き困難な子だけでなく、前に考えた発達性協調運動障害(DCD)の場合もよくありそうです。先天的に運動が苦手で不器用な子のことですね。

瑛士くんのディスレクシアは読み障害ではなく、手でうまく文字を書けないことから来てるのでどちらかというとDCD寄りのものなのかも。

絵の上達には競争主義が本当に必要? スポーツが苦手な子の支援から学べること
楽しさを重視するという価値観が絵やスポーツにもたらすもの

▼濱口瑛士くんの絵(クリックで画像検索に飛びます)

 

わたしの不登校に思うこと

わたしの体験を思い起こすと、わたしは学習障害ではなかったので、だいぶ事情が変わります。そのあたりは以前の瑛士くんの本の感想に書いたとおりですが。

一応、文章をまっすぐに読めないという症状はあって、イギリスみたいに広義で捉えたらディスレクシア的なものなのかもしれません。

でも、わたしの場合、勉強はできたし、体育は苦手だったとはいえ、それなりにやれたし、これといって不得意なものはなかったと思います。

けれどもHSPの性格のせいで、やたらと感受性が強くて、先生が怒鳴ったり、他の子に罰を与えたり、さらし者にしたりすることに、ものすごく恐怖を感じて、自分のことでもないのに意識が解離したり、凍りついたりしていました。

芸術的な感性が鋭いHSPの7つの特徴―繊細さを創作に活かすには?
感受性が強いHSPの人が芸術に向いているのはなぜか

最近、恥と「自己愛トラウマ」―あいまいな加害者が生む病理という本を読んでいたんですが、わたしの子どものころの学校はまさにこんな感じで。

このように恥をかかせることを意図した叱責は別としても、学校の授業や行事は、ことごとく競争であり、できないものが明らかにされ、恥を体験するというプロセスであった。

たとえば体育の時間がそうである。跳び箱、マット運動、鉄棒、バスケットのシュート練習。一列になり次々と行い、できるものとできないものが誰の目にも明らかになる。

体育祭の時も校内マラソン大会でも、相撲大会でも水泳大会でも、できないことによりクラスメートや全校生徒の前で恥をかくという設定はいつでもあった。

…教育の場とは結局、この種の力を当たり前のように使って子どもを均一化していくプロセスと言わざるをえない。(p142)

さすがに相撲大会とかはなかったですが(笑)、今も昔も似たようなものですね。

わたしはもともと過去の記憶が断片的であいまいなんですが、思い返してみても、クラスの子が罰を受けて怒られたのか、自分がそうなったのか、はっきりわからない体験が多いです。

英語教室への移動で、一番早く教室を出たのに、不慣れな環境で迷ってしまって授業に遅れ、みんなの前でこっぴどく怒られた経験なんかは、間違いなく自分の経験でした。

でも、前に書いた書道の先生に晒し者にされていた子の話とか、忘れ物してみんなの前で体罰を受けた子とか、授業中ずっと立たされた子とか、自分の経験なのか、他の子の経験なのか、はっきり記憶にないんですよね。

絵を描くことを楽しみたいなら「上手い」という褒め言葉を捨てよう
絵を「上手い」と褒めると、絵が嫌いになる人が現れるという話

昔から物語や小説の世界に入りこんで、他者の経験を自分の経験のように感じてしまうほど感受性が強かったので、それと同じことが学校でも起きていたんだと思います。

だれかが怒られたり恥をかかされたりしているとき、その子に感情移入して同一化してしまって、まるで自分が罰を受けているかのような恐怖とか居心地の悪さを感じてしまう。そういうことがよくありました。

実際、この記憶があいまいというのは、慢性的なトラウマを経験をした子ども特有の現象らしく、最近読んだ別の本トラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべてにこんなふうに書かれてました。

子どもの頃に慢性的なトラウマを体験した成人は、それが社会文化的なものであれ、あるいは個人的な出来事であれ、その体験についての記憶に何らかの障害を持つようになるということは臨床場面では繰り返し観察されてきている。

…このような体験をした人は自分自身の歴史に何らかの空白部分や食い違いを経験しやすく、また一方で、現在でも解離に頼る傾向がある。

…こういった人は被暗示性が高くなってしまい、トラウマに関連した感情について、自分自身の人生の実際的な現実とはほとんど関係のないような説明を作り上げてしまう可能性が高くなるのである。(p330)

なるほどー…。不登校になったとき、記憶が混乱していて、なぜ学校に行けなくなったのか自分でもわからなかった理由がわかりました。あと過去の記憶が断片的でよく欠落してる理由とかも。

結局、わたしが不登校になったのは、まず家庭環境や生育歴の問題があった上で、この種の恐怖と不安に突き動かされて、どうにかして恥をかかされずに済むように、必死になって睡眠時間も削って勉強し、限界に達してしまったことにあるようです。

最近出た本の睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッドを読んでみると、睡眠不足になっているとPTSDなどのトラウマが生じやすくなることがわかっているらしく。感覚記憶の処理をやってるレム睡眠が削られるせいで、恐怖や不安の体験をうまく処理できなくなるみたいですね。

また、一晩で6時間以下の短い睡眠時間も、PTSDの発症率を上げることがわかりました。

…通常は連続したレム睡眠は、恐怖記憶除去の能力を強化します。レム睡眠が絶えず中断されると、恐怖記憶除去とPTSDからの回復を妨げます。(p212)

そうと知らずに、睡眠時間を削って頑張っていたので、余計に学校環境のストレスをもろに受けて、体が動かなくなってしまったんだとわかりました。

同時に睡眠リズム障害にもなったんですが、さっきの恥と「自己愛トラウマ」―あいまいな加害者が生む病理を読んでたら、学校体験がトラウマになると、学校に行く時間帯とトラウマが結びついているせいで、学校の時間帯には体が動かなくなって、学校が終わる頃になると元気になってくるのだとか。なるほど、そのせいで夜型化してしまったのかと納得でした。

なぜ夕方五時以降は元気を取り戻すのか。

それは彼らの示す症状が、うつというよりは不安、さらにある特定の状況に対する恐怖症だからなのだ。(p108)

頭では学校に行きたいと思っていても、体のほうは学校で受けた とてつもない恐怖や緊張感をよく覚えている。そうすると、学校に行く時間になると、ちょうど学校で感じていたような凍りつきや立ちすくみが条件反射的に引き起こされてしまうようになる。エサやりの時間になるとよだれが出るようになったパブロフのイヌみたいに、学校の時間になると体が凍りついてコルチゾールが低下する。だから朝起きられない。

朝起きられなくなるのは、ある意味、毎日同じ時間にやってくる、学校という危険から身を守るために、「死んだふり」をすることによって身を守る二次的な適応みたいなものなんでしょうね。

とすると、学校の始業時間が夕方だったら、不登校になった子どもは、夕方あたりから体調がボロボロになって、朝方は割りかしましなのかも。

自分自身の経験からすると、その後の人生の学習教室などでまた不登校みたいになってしまったとき、確かにその時間帯に合わせて体調が悪化するような傾向があったんですが、どうなんだろう?

自分の居場所を創る

瑛士くんの絵本では、ディスレクシアや不登校になった子たちの前に、天使が現れて、絵筆や楽器やバットなど、読み書き以外の個性を活かしていくためのヒントをくれました。

わたしの場合は、それが自由に文章を書くことだったり、このサイトに載せているような絵を描くことだったり、趣味で楽器を弾くことなんでしょう。

学校みたいな息がつまる環境はいまだに苦手です。人が大勢集まるところに行くと、学校のときの条件反射が再生されるのか、やっぱり体が凍りついて動けなくなってしまいます。その時間帯になるだけで、解離が強くなってしまう。

学校の経験は過去のものだとわかっていて、今の自分は安全なところにいるんだと頭ではわかっていても、体が麻痺して凍りついてしまう。テロでPTSDになった人が、現場と似たような場所に行くと安全とわかっていても体が反応してしまうのと同じように。

さっきのトラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべてにこう書かれていました。

トラウマを受けた個体は、適切な記憶にアクセスする能力を失ってしまったかのように見える。彼らはあまりにも容易にトラウマに関連した記憶の痕跡にアクセスしてしまう。

そのため彼らは非常に簡単に、トラウマを「思い出して」しまうのだ。それが、現在の体験とは無関係なものであっても、である (Pitman & Orr,1990)。(p143)

わたしもそんな感じで、ちょっとでも学校時代に近い場面にさらされると凍りついてしまうんですが、それでもやっていけるのは、居場所があるからだと思います。

正確に言えば、絵筆によって自分の居場所を創り上げたからかな。

最近また絵を描くことを優先するようになりましたが、描いていないと体調が悪くなるのはこのあたりのせいみたいですね。どこにも居場所がないと感じてしまうから、自分の居場所は自分で描いて創り出さないといけない。

「色がない」わたしは自分が描く空想世界の中でだけ虹色でいられる
わたしは「色がない」から「虹色」の空想世界を描き続ける

瑛士くんたちディスレクシアの画家さんたちも、もしかしたらそういうところがあって、絵を描かないと自分を見失ってしまって生きていけないようなところがあるのでしょうか?

瑛士くんの想像力豊かな空想風景の絵を見てると、そこが彼にとっての居場所なんだなー、と思います。だいぶ前の記事で火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)から引用した、チェスタトンの言葉を思い出しました。

「どんな芸術家の心の奥にも、建築物のパターン、タイプといったものがある」とG・K・チェスタトンが書いている。

「それは彼がつくりあげたい、あるいは歩き回りたいと思う夢の風景のようなものだ。

不思議な花や生き物がいる彼だけの秘密の星だ」(p263-264)

絵を描かないと自分の居場所を創れない。

裏を返せば、絵を描いているかぎり、そこには自分の居場所がある。

学校社会から脱落し、不登校だとけなされ、落ちこぼれだと踏みにじられても、自分にしか創れない世界を見つければ、自分はここにいてもいいんだ、と気づけます。

欠陥品のダメ人間じゃなくて、ひとりの個性をもった人間だと、自尊心が乏しい自分自身に納得させることができる。

前にも書きましたが、絵を描けるようになってから、そんな安心できる居場所を自分で見つけられた気がします。

不登校だったわたしの人生が絵を描くことで変わった話―手に入れた5つのもの

この頃は、じっくり考える間もなく時間ばかり過ぎていって、周りに流されすぎていましたが、絵を描くことの大事さをようやく思い出せました。そんなところへ今回の瑛士くんの動画を見て、その思いをいっそう新たにされました。

それぞれ不登校になった理由はさまざまで、アスペルガーの子もいれば、わたしみたいにHSPの子もいると思います。でも、一人ひとりが自分の得意なことを見つけて、居場所を見つけていければ、きっと輝けるようになると感じました。

スポンサーリンク