アイスキャンドルの灯を眺めながら、北海道に移住したこの冬を振り返る

ここ一、二年ほど、体調が悪化して、絵の更新もとどこおるようになり、幾人かの方からご心配のメールをいただいていました。

さまざまな可能性を熟慮した末、去年の秋、体調改善を目的に生活環境をがらりと変えることにし、北海道の自然の多いところに引っ越しました。

それ以来、何度か体験記を書いているように、そこそこ動けるようになり、大自然の中での暮らしを楽しんでいます。

自動車免許の取得に悪戦苦闘しているので、絵の再開はまだもうしばらくかかると思います。今は充電期間だと割り切って、これまでできなかった自然の中での体験を通して、感性を培っていければと思っています。

この記事では、そんな近況や、わたしが引っ越したところの自然について書きたいと思います。

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アイスキャンドルを作ってみたよ

ここに引っ越してきてから4ヶ月。初めて体験した冬はとても刺激的ですばらしい日々でした。

楽しかった経験はたくさんありますが、中でも、冬の夜に灯るアイスキャンドルの温かい光は、わたしがどんな場所にやってきたかを物語っています。前に暮らしていた場所では、決して見ることのできないものだからです。

アイスキャンドルが灯る環境はじつに限られています。夜、氷点下10度以下まで冷え込むような場所でないと、アイスキャンドルの透き通った氷ができません。中にろうそくを灯しても氷が溶けないのも、極寒の地ならではです。

アイスキャンドルの炎は、雪が降ったり強い風が吹いたりすると、簡単に消えてしまいます。さらに24時間明るすぎる都会では柔らかい光は輝けません。

よく晴れて穏やかな、寒くて暗い冬の夜という、とても限定された環境ならではの素朴で繊細な芸術なのです。

わたしが以前住んでいた都会では、アイスキャンドルの炎を楽しむことは絶対にできませんでした。今ここにアイスキャンドルが輝いていることは、わたしが大きな決断をして、この自然豊かな地へ引っ越してきたことの目に見える証拠です。

アイスキャンドルは、条件さえ整えば、簡単に作ることができます。わたしも作ってみたので、動画を載せておきますね。

用意するのは普通のバケツと水、あとは氷点下10℃まで冷え込む夜だけです。最初の二つはどこの家庭にもありますが、最後の環境だけがハードル高いですね(笑)

氷点下10℃を下回るような寒い冬の夜、水を張ったバケツを、家の外に置いておきます。

そのまま一晩放置して、朝になったら、バケツを数分間だけ室内に入れます。

すると境界面だけがうっすら溶けるので、屋外に持って出れば、プッチンプリンのようにパカッと取り出すことができます。

このとき、一晩だけしか屋外に置かないので、表面だけが凍り、中のほうは水のままです。バケツの底側(ひっくり返すと口の部分になる)も凍らず穴が空いたままなので、そこから中の水を抜きます。

後は好きなところに置いて、もうちょっと口の部分をくり抜いたり削ったりして、中にろうそくを灯せばアイスキャンドルのできあがり。

ろうそくを灯すときに、底にダンボールの切れ端などを敷いておけば、火が長持ちするみたいですよ。

冬の寒い夜に、アイスキャンドルが並んで灯っていると、とても温かい気持ちになります。都会にあふれた蛍光灯やLEDの電飾とは違ってゆらめく炎が心を落ち着けてくれます。

しかもアイスキャンドルは、とてもエコです。繊細なガラス細工のように美しいにもかかわらず、原材料はただの水。シーズンが終わったら、溶けて地面と大気に帰っていきます。

ただのバケツと水、そして寒い冬の環境だけで作ることができるアイスキャンドル。作って楽しく、眺めて心暖まる。こんな素朴な楽しみは自然豊かな地方ならではです。

都会には向いていなかった

この繊細なアイスキャンドルの炎は、ある意味ではわたしの体調とよく似ているように思います。

去年の絵の記事で何度か書いていたように、わたしの体調は風前の灯で、日常生活をまともに送る体力さえなく、半分死んでいるような慢性疲労状態が続いていました。

体調を改善するにはどうすればいいか考え、たくさんの本を読んでいるうちに、HSPのような概念に出会いました。そして、体調の悪化の原因は、もしかすると都会生活の過剰すぎる刺激なのではないか、と思うようになりました。

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体調不良に歯止めがかからず、かなり追い詰められていたのが昨年の夏ごろ。こうなってしまっては、なりふり構っている余裕もないので、思い切って大自然が残る北海道の道北まで旅行し、体調が変わるかどうか試してみることにしました。

すると、不思議なことに、今までにないほどわたしは元気でした。片道なんと8時間もかかる、国外旅行より遠い道のりだったのに、到着したその夜から、わたしは森に囲まれた町を探検できました。

都会では車や電車や工事現場の騒音に耐えられないわたしですが、森や田んぼから聞こえる名も知らぬ動物たちの声のオーケストラは、まったくうるさいとは感じませんでした。わたしは滞在中ずっと、都会にいたときより元気でした。

詳しい経緯は別のところに書いたので省略しますが、このときのできごとが偶然や気の持ちようではないことを確かめ、慎重に検討を重ねたのち、人生ではじめて、自然に囲まれて暮らすことを決意しました。

都会生まれのわたしにとって、不安がなかったわけではありません。

わたしはもともと、土で汚れるのが嫌いで、虫を触ることもできないインドア派で、娯楽といえばビデオゲーム。近代的な電子機器とコンセントがなければ生きていけない。そんな子どもでした。

そんなわたしが、都会暮らしをやめて、よもや大自然の真っただ中に引っ越そうとは、誰が予想したでしょうか。自分でも信じられません。

でも、かねてから兆しはあったのだと思います。

わたしが子どものころからずっと描いていた絵は、どれも人工的な都市の風景ではなく、大自然のさなかの景色を描いたものでした。それはわたしの「夢の風景」でした。

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思えばきっと、わたしがインドア派になっちゃったのは都市の刺激に耐えられなかったからでしょう。現にわたしはこっちに引っ越してきてすっかりアウトドア派に鞍替えし、森の中を散歩するのが大好きになりました。

だから、わたしはいずれ、大自然の中に引っ越してくるべき人でした。わたしがずっと絵に描いてきた、まさにその景色がある場所へ。わたしはきっと、未来に自分が行くべき場所の青写真を絵に写し取っていたのです。

わたしの決断は、ずっと昔に、詩人のウィリアムズ・ワーズワースがたどった道でもありました。

わたしの気持ちを後押ししてくれたNATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方という本には、ワーズワースについて次のように書かれていました。

ワーズワースにとって自然は正気を保つための場であった。彼は「ティンターン修道院」で、自然は「育み手であり、導き手であり、わが心の守護者」だと詠んでいる。(p229)

若きワーズワースは都市から興奮と斬新なアイディアを得ていたが、のちに都市の風景は幻滅と停滞、すなわち「野蛮ともいうべき無感動の状態」を体現しているにすぎないと考えるようになった。

人の創造力をかきたてるどころか、騒音や薄汚い埃が人の夢を、少なくとも自分の夢をかき消している、と。(p232)

わたしも最初は、都会じゃないと暮らせないと思っていました。文化の中心地である都市に住んで、いろんなイベントや美術館などをめぐることが、クリエイティブになる近道だと思っていました。

でもそうではなかった。かつて、詩人ウィリアム・ワーズワースや作家ビアトリクス・ポター、ヘンリー・ソローなどが決断したように、自分の感性を守るためには、都市を出て大自然のただ中に身を置く必要があることに気づきました。

結局のところ、植物学者・詩人のロビン・ウォール・キマラーがコケの自然誌という本で語っているように、わたしもまた都会の環境に向いていなかったのでしょう。

私も含め、都会には決して住めない人がいる。私が街へ出かけるのはどうしても必要なときだけで、できるだけ早く街を後にする。

田舎の人間はコバノエゾシノブゴケに似ている。たっぷりのスペースと、木陰の湿気がなければ元気が出ず、忙しい都会の道路よりも静かな小川沿いの道に住むことを選ぶのだ。生活のペースはゆっくりとして、ストレスにはからきし弱い。(p156)

わたしも、慌ただしく刺激の多すぎる都会にいると、元気が出なくなり、不健康になりました。

アイスキャンドルの繊細な炎が、決して都会の夜では輝けないように、わたしも都会には住めない人間でした。

こちらに来て、わたしはすっかり元気になったわけではありません。相変わらず「ストレスにはからきし弱い」です。だから、自動車学校には四苦八苦しています。(本当は倫理的な意味で自動車には乗りたくないのだけど、それがなければ今の社会では、自由に移動できない。その葛藤はとても難しい)

だけど向こうにいたころは、こんなふうに活動的になることなど考えられないほど弱っていました。

寒い夜に揺らめくアイスキャンドルの繊細な火のように、わたしは、ときに揺らめきつつも、ここでは息を吹き返しているように感じます。

四季のメリハリがとても美しい場所

ワーズワースは、イギリスの湖水地方の大自然に感動し、生涯にわたって30万キロ近い距離を歩きながら、詩を詠んだと言われています。(p229)

その湖水地方で羊飼いをしているジェイムズ・リーバンクスという人は、湖水地方の自然について、ベストセラー、羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季で次のように描写していました。

始まりも終わりもない。毎日、太陽が昇って沈み、季節が移り変わる。陽の光、雨、霰、風、雪、霜とともに、日、月、年が過ぎていく。

木の葉は秋に散り、春になるとまた青々と茂る。果てしない空間のなかで、地球がまわる。暖かくなると草が生え、寒くなると枯れる。

農場と羊の群れは、ひとりの人間の一生よりも長く永久に続く。冬にあたりを舞うオークの葉のように、人々は生まれ、働き、死ぬ。

私たちはみんな、永続的な何か、強固で、現実的で、真実に感じられる何かのほんの小さな欠片だ。農場を中心とした暮らし方は、5000年以上前からこの大地に根づいてきた。(p23)

わたしが引っ越したのはもちろん湖水地方ではありませんし、農場の暮らしを始めたわけでもありません。

だけど、わたしが引っ越してきた道北地方の自然は、どこかこの言葉によく似ています。

北海道といっても、端から端までは東京-大阪間より遠いので、風土は実にさまざまです。観光名所として開発が進んできた札幌や函館のある南側と違って、道北は広範囲に手つかずの雄大な自然が残り、寒暖の差が大きく、冬には豪雪が降る厳しい環境です。

道北のアウトドア情報を発信しているBASISのサイトにはこんな言葉で表現されていました。

「北海道」と聞いて思い浮かべるのはどんな景色だろう。なだらかな丘陵、地平線が見える畑、原野、湿原…

ここ「道北」と呼ばれるエリアには、まったく違う風景が広がる。

うっそうと茂る表情豊かな天然林の中を、うねるように北上していく天塩川。道北の自然はやさしくない。いつも心地よく、少しだけ苦しませてくれる。

自分の足で前に進む、自分の手で作り出す、自分の頭で足りないものを生み出す。道北は「生きるという喜び」を嗜むのにうってつけな、極上のフィールド。

確かにここは、観光地化された風光明媚な自然とは違って、「やさしくない」。ここに引っ越すことを決めたとき、地元の人からも、本当に大丈夫なのか、療養地だと誤解していないか、と心配されたほどです。

でもその厳しさは、言い換えると、季節のメリハリがこの上なく豊かだということ。四季おりおりの変化、いえそれどころか毎日移り変わる自然の目くるめく表情は、湖水地方の四季とよく似ていると思います。

道北は、東京や大阪のような都会に比べると「何もない」と言われます。確かに巨大なビル群や地下街、ショッピングモールなどはありません。

でもわたしは、退屈するどころか、毎日イベントづくしだと感じています。毎日毎日、一瞬たりとも同じ景色がないほど、自然が刻々と変化します。わたしはここの自然は「生きている」と感じました。

都会にいると、四季はおおざっぱにしかわかりません。「四季」という言葉どおり、春夏秋冬、それと梅雨くらいしか区別できません。だってビルを含め、人工物は一年中、何ら変わらないから。人工物に囲まれている世界では、季節の移り変わりを感じるのは気温やちょっとした街路樹くらいなものです。

けれどもここは違います。大自然は、毎日表情を変えます。わたしはこちらに来て、昔の人たちが、四季よりもっと細かい、「二十四節気」や「七十二候」という季節のとらえ方をしていた理由が感覚的にわかりました。自然はたった4つどころか、もっと頻繁に、毎週のように別の姿を見せてくれます。

同じ雪景色でもその日その日で違う。自転車で雪の中を走っていると、毎日まったく、走りやすさも、気温も、雪の硬さも、そして景色の見え方も違うのがわかります。すべてがその日限りのイベント、一期一会の出会いです。

生きている自然に囲まれて

この頃、さっきも出てきた植物学者ロビン・ウォール・キマラーという人が書いた、ネイティヴ・アメリカンの自然との付き合い方についての本、植物と叡智の守り人を愛読しています。

その本に、先住民族の言語では、自然の風景を「名詞」ではなく「動詞」として考えるという、とてもおもしろい説明がありました。

英語というのは、物のことばかり考えている文化にはふさわしい、名詞を中心とした言語だ。英語の語彙のうち動詞は30パーセントにすぎない。

ところがポタワトミ語では70パーセントが動詞である。つまり70パーセントの言葉は動詞活用しなければならず、70パーセントの言葉については時制と格の変化を覚えなくてはならないということなのだ。(p77)

どうして、ネイティヴ・アメリカンのポタワトミ語には、動詞がそんなにたくさんあるんでしょうか? それは、英語を含め、わたしたちの言語では「名詞」と見なされているものが、「動詞」として扱われていたからです。

再び辞書を手に取って頁をめくると、他にもいろいろな動詞があった―「丘る」「赤る」「長い砂浜る」、そして「入江る」。(p78)

丘、赤、長い砂浜、入江。みんなわたしたちの言葉では名詞です。ところが、こうしたものはぜんぶ、先住民族の言葉では動詞だったというのです。それはなぜか。

その瞬間、入江の水の匂いがし、岸に水が打ちつけるのが見え、砂浜に打ち寄せ波の音が聞こえた。

入江が名詞なのは、水には生命が宿っていないと考えるからなのだ。入江が名詞だと考えると、それは人間に定義されてしまう。

…だがwiikwegamaa、「入江る」という言葉には、今この瞬間、生きている水がこの岸と岸の間に身を寄せ、シーダー(杉)の根やアイサのヒナたちと会話しようと決めた、という不可思議さが込められている。

…「丘る」「砂浜る」「土曜日る」。何もかもが生命を持っている世界では、それらはみな考えられる動詞なのである。…それこそが、私が森の中で耳にする言語だ。(p79)

わたしは、ここに引っ越してきて、この感覚が手に取るようにわかります。これは、まさしく「私が森の中で耳にする言語」です。ここ道北の自然は、刻一刻と変化し、まるで生き物のように動き、人間のように表情を変えていくからです。

美しい虹を、結晶を、幻日を、樹氷を、また芸術家のキャンバスのような風景をカメラに収めようと構えても、シャッターチャンスを逃せば、すぐにうつろい変わってしまうほどに、毎日毎日、あらゆる景色が、寄せては返す波打ち際のように変化しています。

ビルに囲まれた現代社会に住む人は、この自然のリアルタイムのインタラクティブな変化を見られない。だから、いつしか、丘も、砂浜も、赤色も、入江も、生きている「動詞」から、変化のない「名詞」になってしまったんだと感じました。

おもしろいことに、ネイティヴ・アメリカンの言語では、「生きている」かどうか、「命を持っている」かどうかが、文法上、とても重要な意味をもつそうです。

ヨーロッパの言語は名詞に性別を割り当てることが多いが、ポタワトミ語は世界を男性と女性に分けることはしない。

その代わり、名詞と動詞はともに、生命があるかないかのどちらかに分かれている。

たとえば人の声を「聞く」のと、飛行機の音を「聞く」のにはまったく違う言葉を使うのだ。(p77)

人の声を聞くのと、飛行機の音を聞くのとは異なる。わたしはここに引っ越してきて、もうすでにそれを実感しています。

さっき書いたように、わたしは都会ではさまざまな騒音に過敏ですが、ここで聞いた生命のオーケストラはうるさいと思いませんでした。

NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方によると、「生きている」自然の音と、「生きていない」機械的な音は、確かに感じ方が異なる、という研究があるそうです。

ホンは建築音響工学の博士課程の大学院生で、水の音を利用して交通騒音を解消する方法を研究している。

…ホンの説明によれば、川の音が反響することで、人々の交通騒音の受けとめ方が変化したという。

たしかに車の音は聞こえるけれど、あまり気にならない。その場所の交通騒音はひどく、65デシベル以上あるが、水の音も同じくらい大きいのだ。

「この川は音が最大限に響くように設計されているんです」と、ホンは言う。

「気持ちのいい音だから、みなさん、水の流れがうるさいとは思わない。こうした水の音をもっとも心地よく感じるという調査結果もあります」(p141)

わたしは音の専門知識はないので、どういう原理かははっきりわかりませんが、たぶん自然の音は、たとえば人間の歌声やヴァイオリンの音色のように、基底音に加えて高周波の倍音に富むのに対し、人工的な音は低周波の成分が強く、倍音が貧弱だったりするのかなーと思いました。

生命の宿っていない死んだものに囲まれている都会のビルの中で暮らしているのと、絶えず生きて動いている自然に囲まれて暮らすのは、全然違います。

地面がすべてアスファルトで覆われ、一握りの植物がかろうじて狭いプランターに植えられ、動物たちがペットショップや動物園などのオリ、水槽の中に閉じ込められている、そんな世界は、わたしは息が詰まりそうになって苦しくなります。

山々に木々が自由に立ち並び、夜になると動物たちがあちこちを跳ね回り、アスファルトの地面ではなく、土を、雪を、草原を踏みしめて歩ける世界にやってきてはじめて、わたしは息をすることを思い出したような気がしました。

あなたの子どもには自然が足りないという本の中で、大自然の中に来て、こう言っていた人がいたのを思い出しました。

「ここへ来ると、息ができるんだ。ここでは音が聞こえるからね。町では騒音がありすぎて、何も聞こえない。

町では、何もかもあけすけに見えるけれど、ここでは近づけば近づくほど、ものがよく見えてくるんだ」(p77)

わたしも人工的な騒音、生命のない死んだ音が多すぎる世界では、何も聞こえなくなり、息がつまりそうになります。でも、「森の中で耳にする言語」、生命ある生きた音がオーケストラを奏でる世界では、音が聞こえ、深呼吸することができます。

まだ一年生だから

都会にいたころのわたしは、あまりにしんどかったので、自分はもうすぐ死ぬんじゃないか、と感じていたことがありました。

過去の絵に添えたコメントの中でもそんなことを書いたことがあったと思います。それは誇張ではなく、当時の正直な気持ちでしたが、見てくれた人にご心配をおかけしたことを申し訳なく思います。

今、ここに引っ越してきたわたしは、もうそんなふうには感じていません。体調がすべてよくなった、というわけにはいかないものの、もう死にそうだとは思っていません。まだまだこれから、学ぶことがたくさんある、経験したいことばかりだと感じています。

わたしは大自然については、まだほとんど何も知りません。すぐそばに生きている木々の名も、隣人である動物たちのことも、季節ごとに芽吹く植物も、大自然と調和して暮らしていくための知恵も。

都会で生まれ育ったわたしは、ここではまだ一年生です。初めてここを訪れてからまだ1年経ってもいません。引っ越してきてから、まだやっと4ヶ月です。

この間に、人生で初めての体験をたくさんしました。スノーシューで山を歩き、雪道をサイクリングし、日々雪かきに精を出し、氷点下20℃の世界の凍るような美しさも味わいました。

引っ越してくる前は、そんな厳しい土地なんて大丈夫なんだろうか、と思っていました。でも、引っ越してみるとなんとかなりましたし、辛いことはひとつもありませんでした。(自動車学校を除いて!)

これもまた、あなたの子どもには自然が足りないの中に、まったく同じような体験のことが書かれていました。

少女は家族がロサンゼルスからここへ引っ越したことが嬉しい。あの街と、あの過密状態、空気の臭さについての記憶はだんだん薄らいできた。

長い冬さえも嫌でなかった。冬には、雪が吹き溜まりを作り、風が雪を乾燥させた。だから雪が降りやんだ後でさえ、ブリザードは続くのだ。

本と画用紙に囲まれて、ベッドルームの窓からそんな風景を眺めるのが少女は好きだった。

ある夜、お父さんが真夜中に彼女を起こして、戸外の星空の下に連れ出した。お父さんが言った。「見てごらん」

地平線の上には稲妻が、上空には巨大な光の川があった。「稲妻と天の川だよ」とお父さんが言った。

お父さんの両手は、彼女の両肩に置かれていた。「素晴らしいだろう」

もの柔らかな口調でそう言ったきり、彼女がベッドに入るまで何も言わないお父さんが彼女は好きだった。

彼女はまた住むところを替える。今度は村はずれへと……(p309)

わたしは子どものころに引っ越してこれたわけではないけれど、今、同じように感じています。

氷点下の寒さは、わたしが想像していたような厳しい試練ではありませんでした。家の中は暖かいですし、しっかり防寒具を整えていれば、氷点下の世界でしか見られない白銀の芸術を味わうことができます。

夜、ふと戸外に出て、星空の下を散歩することがよくあります。あの日、北海道大停電の夜に見た星空はかなわないけれど、それでもオリオン座や冬の大三角形がはっきり見えます。夏には天の川も目視できます。

本音を言えば、さらにもっと光害がとどいていないところまで行きたいのだけど、まだ一年生のわたしには難しい。「また住むところを替える。今度は村はずれへと……」の部分を体験するのは、これからの人生の目標に取っておきましょう。

今はただ、かつては見られなかった星空を、アイスキャンドルの灯とともに見上げるだけで十分です。

慌ただしい都会のペースから解放されたおかげで、常に時間に追われているような気持ちも薄れつつあります。

絵の創作を再開するのはいつになるかはわかりませんが、焦らずのんびりやっていこうと思います。

絵を描くこと以外でも、こうして体験記を書いたり、日々歩く大自然の中で写真を撮ったりするのも楽しいです。写真アルバムのページを作ったので、興味のある方はご覧ください。

わたしは都会での、「便利な」暮らしを後にしてここに引っ越してきました。なんでも手に入るショッピングモール、世界中のグルメが集まるレストラン街、すぐどこにでもいける交通網、どんなコンサートやイベントでも足を運べる文化の中心地。

それらすべてを捨てて、ここに来ました。でも後悔していません。ここは決して「何もない」場所ではない。わたしはかえって、大都市のほうが「何もなかった」んだと知りました。

アイスキャンドルの繊細な灯は大都会にはありません。死んだ人工物ばかりの世界では、生きた自然の息吹は聞こえません。

ここには、わたしの心を満たしてくれるあらゆる美しいもの、心地よいものがあります。昼間は刻一刻と姿を変える生きた自然のオーケストラが、夜は星空の子守唄がそこにあります。

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投稿日2019.03.04