明るさ過敏について疲労度検査を受けたら謎な結果が出たので考察


前に明るさ過敏のため、濃い色のメガネ(サングラスっぽいやつ)作った話を書きましたが、その番外編として。

このたび明るさ過敏の自律神経機能をはかるということで、疲労度計で実験することになりました。疲労度計というと、何年か前にグランフロント大阪で受けたあれです。懐かしや。

グランフロント大阪で理化学研究所開発の「疲労度計」を体験してきました
疲労度計の測定体験のため、グランフロント大阪の健康科学イノベーションセンターに行ってきました。

簡単に言えば、両手の人差し指の加速度脈波から、自律神経機能のバランスを見て、疲労度を弾き出すというもの。

加速度脈波っていうと、任天堂の岩田社長が自信満々で発表してたWiiバイタリティセンサー思い出すなぁー…結局あれは商品化されずじまいだったけど、疲労と睡眠のQOLプロジェクトのほうに続いてるっぽいから楽しみです。

さて、その疲労度計で、今回3パターンのデータを取ってもらったんですが、予想と反する謎な結果が出てしまったので、そのことの覚え書きと考察を。

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予想と反する謎な検査結果

今回、疲労度計を使って取ったデータは…

(1)座って目を閉じる
(2)座ってサングラスしたまま目を開ける
(3)座ってサングラス外して目を開ける

の3パターン。

当然、自律神経機能バランスと疲労度は、

副交感神経優位← (1)<(2)<(3) →交感神経優位

になって、サングラス外したときが一番しんどくて、目を閉じているときが一番休まるはずだと先生もわたしも思ってたんですが、ところがどっこい。

副交感神経優位← (2)≦(1)<(3) →交感神経優位

という奇妙な結果になりました。

何が奇妙かというと、(1)目を閉じているとき より、(2)目を開けたままサングラスしているときのほうが自律神経機能の休まっているということ。自律神経の自然なゆらぎもだいぶ増えていて、少なくとも今回のデータでは(1)より(2)のほうが良い状態でした。

人間は本来、目を開けると交感神経が優位になるようにできています。それは生物として見たとき、目を開けたら起きて、閉じたら眠るようになっていることからして当然です。

目を開けているときは、交感神経というアクセルが入って活動に備えるし、目を閉じれば副交感神経というブレーキが入って休んで眠るモードになります。

このあたりの詳しいメカニズムは、まぶたで健康革命―下がりまぶたを治すと体の不調が良くなる!?っていう本で昔読んだんですが、以下、難しいのでめんどくさい人はすっ飛ばしてください。

簡単にいえば、まぶたを開けるときにはミュラー筋という筋肉が働いています。ミュラー筋は脳を覚醒させる三叉神経の固有知覚のセンサーでもあり、脳を刺激して交感神経優位にさせるためにノルアドレナリンを放出させます。

ミュラー筋が引っ張られると、ミュラー筋にあるセンサーも引っ張られ、固有知覚が生まれます。固有知覚は、三叉神経を経由して青斑核に伝わります。ミュラー筋→三叉神経→三叉神経中脳路核→青斑核という経路です。

青斑核が刺激されると、ノルアドレナリンという神経伝達物質が脳のさまざまなところに伝わり、脳が覚醒するのです。

青斑核→前頭前野、青斑核→海馬、青斑核→視床、青斑核→視床下部などです。脳のあらゆるところを刺激しているといってもいいでしょう。(p45)

固有知覚というのはとっても強い経路で、脳を有無を言わさず覚醒させる作用があります。だから、目を開けたまま寝られませんし、逆に目を閉じたままいつまでも起きていることもできない。

それなのに、今回の検査では、少なくともサングラスをかけているときに限っては、目を開けているときのほうが閉じているときよりも、リラックスモードになっていたわけです。

先生は、サングラスをかけていても物をちゃんと見えているよね? と確認。確かに目を閉じているときと同じほど、サングラスをしているときに真っ暗だとしたら、この謎な結果にもある程度説明がつくかもしれない。

だけど、わたしはかえってサングラスをかけている時のほうがよく見えているし、それで普通に文字を読んで会話して、夜中でもそのまま自転車に乗っているわけです。

何より、たとえもしサングラスが暗くて何も見えなかったとしても、前述のとおり まぶたを開けていればミュラー筋が引っ張られるはずなので、交感神経が刺激されないはずはない。まったくもって謎です。

しかも、わたしだけじゃなくて、他の光過敏の子たちでも、なんとなく似たような傾向があるような気がするらしい。何かが起こっているのは確かだけど、なんなのかわからないとのこと。

というわけで、わたしがパッと思いついた仮説を色々書いてみます。専門家じゃないので、ただの思いつきですが。

(1)データ不足説

まずわたしが最初に指摘したのは、データが少なすぎるのでは?ということ。データが少ないと、間違った結論を導き出しやすい、というのは経済学者のダニエル・カーネマンが「少数の法則」と呼んでいました。

心理学の論文などでは、サンプリング数が少なすぎて、極端な結論を導き出してしまうことがよくあるといいます。解決するにはデータを増やすしかない。最近はやりのビッグデータとかですね。

しかし逆にビッグデータになってしまうと、今度はいわゆるシンプソンのパラドックス(サンプリングのカテゴリ分けがごちゃまぜだと正確な結果が出ない)などが問題になるので難しいところ。

今回の場合でいうと、わたしの場合は一回しか測定していないので誤差だったかもしれません。他の子たちでも似た傾向が見られたのであれば、この線は弱そうですが、いちおう考慮に入れておく必要があります。

また、自律神経機能は一日の中で、状況によっても変動しまくっているので、たった1、2分ほど疲労度計で測定したデータだけにもとづいて考えるのは無理があるのではないか。

たとえば白衣高血圧(診察室でだけ緊張して高血圧になる)や、その逆の現象が知られていますが、病院、外出先、自宅とで自律神経機能の反応が違うことは十分にありそうです。むろん、それはそれでなぜ違うのか考えないといけませんが。

友人の昼夜逆転している女性は、疲労度計をやるといつも生きているのか死んでいるのかわからないような低い数値が出るんですが、たぶん普段寝ている時間に無理して病院に行ってるからだと思います。夜になるとかなり活動的になるからです。

最近は自律神経機能を継続測定するウェアラブル機器も開発されつつあるみたいですし、できるなら、24時間連続測定などをして、長期的なパターンを解析できたらいいんですけれど。それがリアルタイムで可視化されればニューロフィードバックの訓練もできそう。

(2)コントロール群の不足説

先生に聞いたところだと、健康な人の対照群(コントロール群)では、目を閉じているとリラックスして、目を開けるとかなり交感神経優位になるのは確かめられているとのこと。まあそれは当たり前の話です。

だけど、じゃあ、健康な人が目を開けたまま、明るさ過敏用のサングラスをかけた場合はどうなのか、という対照群は今のところないのかな? と思いました。つまり(1)(3)の対照群はあるようだけど(2)の対照群はどうなのか。

推測上は、最初に書いたように、

副交感神経優位← (1)<(2)<(3) →交感神経優位

に なりそうですが、もしも ここでもやっぱり、私と同じような結果になったとすれば、必ずしも明るさ過敏がある人だけに特有な自律神経変動パターンではないということになります。

問題は、明るさ過敏のメガネは一人ひとり違うので、単なるサングラスで試してもらっても正確な対照群といえるのか、ということ。それにいきなりサングラスをかけた人と、ずっと使用してきた人とでは反応が違う可能性もありそうなので、比較は難しそうな気もします。

(3)自律神経機能の理解が足りない説

ここまでの2つはサンプル不足で偏った結果が出たのでは? という仮説でしたが、もしもそうではなくて、私の検査結果が再現性があって、他の明るさ過敏の子でも再現性があるのに、明るさ過敏のない対照群ではそうでなかったとしたら。

まず考えてみたいのは、疲労度計のデータ解析の土台となっている自律神経機能の定説に不備がある可能性。

今までは自律神経機能といったら交感神経と副交感神経の引っ張り合いで説明されていて、疲労度計もそれをもとにしてますが、最近の新しい理論では、ちょっと変わってきています。

以下はトラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際からの引用ですが、また難しいので無理な人は読み飛ばしてください。そもそもこういうのが無理な人はこの記事をここまで読んでない気もしますが(笑)

Porgesが「多重迷走神経理論」として述べたのは、副交感神経系と交感神経系間の複雑な相互作用でした。

それは、自律神経系に対して、それ以前の覚醒状態の議論より高度で総合的な見方をとるものです。以前の覚醒状態の理論は、覚醒状態のすべての場合を交感神経系の関与にするものとしていました。

Porgesの理論が示唆するのは、神経系は、バランスの観点より反応の階層性の観点からよりよく説明できるということです。

多重迷走神経理論は、環境の刺激に対する私たちの神経生物学的反応を支配する、自律神経系の3階層に編成されたサブシステムを説明しています。

1つは迷走神経(社会的関わり)の腹側副交感神経枝で、次に、交感神経系(動きの発動)、および迷走神経の背側副交感神経(動きの固定)です。

これらのサブシステムはそれぞれ、調整モデルの3つの覚醒領域のいずれかに対応しています。

社会的関わり(腹側迷走神経)システムは最適な覚醒領域と、交感神経系は過覚醒領域と、そして、背側迷走神経系は低覚醒領域と関係しています。(p38-39)

やたらと複雑に思えますが、ポイントは、自律神経系は「バランスの観点より反応の階層性の観点からよりよく説明できる」というところ。

シンプルに言い換えれば、自律神経とは、交感神経(アクセル)と副交感神経(ブレーキ)の2つがシーソーみたいなバランスをとっているものではないということ。疲労度計はこの概念にもとづいて作られていますが、その前提が怪しいかもしれない。

新しい理論では、自律神経系は2つではなく3つの機能からなっており、2つが綱引きしているのではなく、3つが複雑に相互作用していると言われています。

現行の自律神経機能の理論では、交感神経が興奮しすぎたときだけ疲れているからもっとリラックスしようとさかんに言われるわけですが、新しい理論だと、交感神経がたかぶっている過覚醒のときだけでなく、低覚醒になりすぎているときもやはり生理機能に破綻が生じているとみなしています。

シーソーのように元気か疲れているかの二択ではなく、最適な覚醒領域というゾーンがあり、そこから上に飛び出すぎても、下に飛び出すぎても自律神経機能が破綻してしまう。

そして、疲れやすい人はいつもシーソーの片側に偏っている過覚醒なわけじゃなくて、最適な覚醒領域のゾーン内に自分をとどめるのが難しく、ちょっとしたことで過覚醒になったり低覚醒になったりしてしまう、覚醒状態のコントロール障害が起こっているのではないか、というのがこの理論による説明です。

現行の理論はオッカムのかみそり的なシンプルさはありますが、シンプルすぎてこうした大事な視点を欠いている気がします。

ちなみに先生が言うには、わたしの今回の疲労度測定は、メガネ外している時以外は問題なしと出ていましたが、過眠対策にモディオダールを飲んでいてそれなので、じつは普段は低覚醒に落ちすぎているのではないかとのことでした。

あと、心拍数も座った状態でも妙に高かったのですが、これはいつも頻脈ぎみなんですよね。モディオダールで目を覚まして板ことに加えて、この本でも書いてあるけど、たぶん回避型アタッチメント寄りなのが関係してそう。(p76)

ちなみに、疲労度検査をやっていると、病的な疲労を訴えるのに、交感神経が上がっていなくて、逆に低値にある人はよくいるということ。重症な人ほどそっちの傾向があるという話も。これは過覚醒が度を超えてアクセルが踏み込まれすぎると、その反動で脳がブレーキをかけるせいだと思われます。

現行の理論や、それにもとづいて作られた疲労度計は、この低覚醒領域という考え方に即していないので、もしそこらへんが明るさ過敏の子に絡んでいるとしたら、ぱっと見奇妙なデータが出てくるのもあり得る話です。

たとえば、明るさ過敏の子は、光刺激が強すぎて過剰に興奮しやすいから、それに適応すべく感覚鈍麻が生じているはずです。室内の明るさ程度ではなく、屋外の明るさでメガネを外して測定したら、逆に交感神経が下がる子もいるかもしれない。

こうした点を測定するには、疲労度計そのものを改良する必要があるのか、解析プログラムを改善したらいいのか、門外漢のわたしにはわからないですが。

(4)内受容刺激に敏感説

最後に、わたしがその場で直感的に思った仮説を。検査したときにもしデータの不備じゃないとしたらこれじゃないかなーと、直感したんですが、それをどう説明していいか、その場ではまとまりませんでした。

個人的な感覚にすぎませんが、わたしみたいなHSPの人って、目を開けてボーッとしているときより、目を閉じたときのほうが刺激が強いんですよね。

というのは、目を閉じると、いろいろ考えが湧いてきたり、からだの内部感覚に意識が向いてしまったりするから。これは昔は「第六感」と呼ばれていたもので、近年は内受容感覚とみなされているものだと思います。

またさっきの本の解説から。

「内的体感」という言葉は、身体内でおこっているあらゆる動きによって常につくられている無数の身体的感覚を意味しています。

体内でホルモンの変動や筋肉けいれんなどの変化がおきると、この変化は内的体感として感じられます。腸の収縮、体液の循環、生化学的変化、呼吸の動き、筋肉の動き、あるいは骨などがすべて内的体感をおこします。

ある種の感覚的な感受性は、《第六感》として1800年代の初期にCharles Bellが最初に描写して、のちにWilliam Jamesによって1889年に発表されました。

今日では、第六感は「内受容器」(interoceptors)によるものであると理解されています。身体内部からくる刺激を受けとめ伝達する、感覚神経受容体によるものだということです。(p19)

HSP体質の人は、第六感の対する「感覚的な感受性」を持つ人たちです。とにもかくにも、子どものときからスピリチュアルやオカルトを経験しやすく、謎の不定愁訴を訴えやすいのがHSPであり、その正体は超常現象でも気のせいでもなく内受容器への敏感さであるというのが現在の見方です。

そうだとすると、たとえ目を閉じているときでも、内受容感覚には敏感なので、刺激が減るとは限りません。

むしろ、外からの刺激が減ることは、内なる刺激に注意を向けやすくします。HSPの人は、目を閉じるといろいろとアイデアやら考えやら身体感覚のやらが噴出してきて、夜なかなか寝られず不眠症になる人もいます。

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この本によると、脳科学的レベルで内受容感覚を処理しているのは島皮質です。

島は大脳皮質内に位置し、苦しみの認知的刺激、内受容性感覚刺激と体感覚に対する情動的な反応に優先的に関与しているようです。(p208)

そして、ひといちばい敏感な子によると、HSPの人は島皮質が特に活発です。

ビアンカ・アセヴェドによる研究で、HSPと非HSPが、それぞれ知らない人と親しい人の写真を見た時の脳の働きを調べたところ、ヤゲロヴィッチの研究結果と同じく、HSPは非HSPよりも精巧な認知処理をしているだけでなく、脳内の「島」と呼ばれる部位が活発に働いていることが分かりました。

(この部位は、その時々の内面状態や感情、体の状態、外部の出来事といった情報を統合して現状を認識するので、「意識の座(seat of consciousness)」と呼ばれることもあります)。

HSCが自分の内や外で起こっていることを、人よりよく分かっていいるとしたら、その時は、脳のこの部分が特に活発に働いているのでしょう。(p427)

言い換えると、HSPは外からの刺激だけでなく、内なる刺激、内臓感覚などにも敏感だということです。

外からの刺激に集中するか、内からの刺激に集中するかをスイッチングしているのは、目を開けるか閉じるか、という固有知覚ではないかとわたしは思います。すると目を閉じても、感覚刺激が一概に減るとは言い切れないはず。

わたしがその場で個人的な体験を通して感じた仮説は次のようなものでした。

(1)座って目を閉じる
→目からの刺激はないが内受容感覚のノイズに意識が集中する。
外部刺激0、内部刺激3

(2)座ってサングラスしたまま目を開ける
→ぼーっと虚空を見つめていて外からの刺激は少ない。同時に、目は開いているので、内受容感覚にとらわれない。
外部刺激1、内部刺激1

(3)座ってサングラス外して目を開ける
→目からの刺激が強すぎる。
外部刺激5、内部刺激0

だとしたら合計した刺激の量は、(1)3、(2)2、(3)5 となり、

副交感神経優位← (2)≦(1)<(3) →交感神経優位

という謎なデータに一応説明がつく。

あくまでそれぞれの数字は目安で、この仮説はその場で体験を振り返って思いついたものにすぎません。検証する方法があるのかどうかもわかりませんが、内受容刺激のノイズへの感受性がどの程度強いかに応じて、人によって結果が変わってしまいそうではあります。

目を開けてボーッとしていたら何にも考えないのに、目を閉じたとたん、色々考えて思考がかき乱されてしまうってHSPの人に体感上よくあることだと思うんですけどね。

どの説が正しいかというより、ぜんぶ関係してる可能性もあるし、ぜんぶ的外れな可能性もあるでしょう。手持ちのデータが少ないのにあせって解釈しようとすることそのものが少数の法則ですから。

ただ、正しいかどうかより感想として記録しておく意味があるかな、と思ったのでこの記事を書きました。

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