慢性疲労症候群の治療に抗うつ薬は使うべきか

のエントリは、「CFSの原因はレトロウイルスの感染にある」という国際ニュースを受けて書いた、一連の記事の4番目です。結局、このニュースは否定されましたが、ウイルスだけが原因だとする考えは、海外ではいまだ根強いようです。わたしはウイルスだけが原因だと考えるのは望ましくないと思っています。その3番目の理由をお書きしましょう。

(3)回復に支障が出る

慢性疲労症候群のウイルス説が根強いのは、この病気が精神的なものではなく、身体的なものだと認めて欲しいからかもしれない、ということを書きました。そして、わたしの立場は、身体疾患と精神疾患かということに固執するより、治ることを目標にして、柔軟に考えたほうがよい、というものでした。

実のところ、慢性疲労症候群(CFS)の患者が自分には精神的な問題は何もない、と考えるのは、回復に支障を来たすようです。なぜなら、そうした患者はたいてい、抗うつ薬を治療に用いることに気が進まないからです。このようなデータがあります。

CFS患者は他の疾患と比較して、自分の症状を身体的な因子によるものであるとする頻度が高く…身体的要因に原因を求める患者のほうが症状の数が多く…予後が悪いことが報告されている

ー慢性疲労症候群の臨床的特徴 精神症状 東京大学医学部心療内科 吉内一浩

病態の多様性ゆえか、CFS患者のうつや不安などの精神症状に対して実際は抗不安薬や抗うつ薬も期待するほど奏効しないこともあるが、CFS患者特有の執着性、強迫性などの行動特性からくる肉体的疲労や焦燥、過緊張などより生じる神経性疲労を予防する効果もあるので投与する価値はあると考えている

ー慢性疲労症候群の治療法の進歩 治療上の留意点 日本大学医学部附属板橋病院心療内科 村上正人

これらの文献を見る限り、慢性疲労症候群(CFS)患者は、抗うつ薬による治療も柔軟に取り入れたほうがよさそうです。

※追記:疲れる理由―現代人のための処方せんのp91に載せられているロンドンの研究によると、病気の原因をどう考えるかは予後に影響しないとも言われています。

抗うつ薬の役割

抗うつ薬はセロトニンノルアドレナリンを増やす薬だとされてきました。セロトニンは心に落ち着きを与えるブレーキ、ノルアドレナリンは意欲を出させるアクセルに相当します。CFSの場合も、セロトニンの低下が見られるので関係があります。

精神科の薬を飲むのは、何も精神疾患の人たちだけではありません。セロトニンやノルアドレナリンには痛みを抑えたり、睡眠を改善したりする効果もあるので、これらの薬は多くの身体疾患でも使われています。例えば、NaSSAと呼ばれる抗うつ薬の「リフレックス」は線維筋痛症の痛みを緩和するとされています。

抗うつ薬の注意点

もちろん、慢性疲労症候群(CFS)とうつ病は別の病気ですから、抗うつ薬を使用するにしても注意は必要です。このような文献があります。

‘…診断基準を満たす諸症状を訴え、抗うつ薬でむしろ症状が悪化するような人’は典型的なCFS患者である可能性が高いと思われる。

―慢性疲労症候群の臨床的特徴 自覚症状 名古屋大学附属病院総合診療部 伴信太郎 西城卓也 胡暁晨 桑畠愛

実際の車の場合、ブレーキとアクセルを微調整するのはかなりのリスクが伴いますが。脳の神経伝達物質の調整も同じというわけです。

ですから、使用するのはごく少量が勧められています。うつ病患者の場合の100分の1の抗うつ薬を服用して,よく眠れるようになった人もいるそうです。

また、患者が小児慢性疲労症候群(CCFS)に属するほど年若い場合は、抗うつ薬を含め、向精神薬の治療は控えるのが賢明でしょう。2012年6月13日に放映された“薬漬け”になりたくない ~向精神薬をのむ子ども~ NHK クローズアップ現代では、次のように指摘されていました。

向精神薬が成長過程にある子どもの脳に与える長期的な影響については、全く解明されていません。慎重な投与が必要だと思います

国立精神・神経医療研究センター 中川英二医師

詳しくは以下をご覧ください。

“薬漬け”になりたくない – NHK クローズアップ現代

平衡を取ることを学ぶ

参考までに、わたし自身のことを書いておくと、わたしは、精神科の薬は現在何も服用していません。それは、慢性疲労症候群(CFS)に抗うつ薬は必要ない、という偏見を持っているからではなく、以前服用していたときに副作用が致命的だったからです。

大切なのは、平衡を取ることだと思います。自分には精神科の薬は何一つ必要ない、と考えるのは極端ですし、慢性疲労症候群(CFS)の治療には精神科の薬が不可欠だ、と考えるのも別の極端です。ウイルス説をかたくなに信じて譲らないなら、前者の極端に陥ってしまう可能性があります。

何度も書いているように、わたしたちの目標は治ることです。心身相関という言葉があるように、身体の症状と心の症状は切り離せる関係にありません。どちらも、脳内物質の不均衡が関わっている「器質的な」ものである可能性もあるのです。ですから、良くなる可能性のある治療があれば、こだわりや先入観を捨てて、取り組んでみるのがよいのではないでしょうか。

このように、わたしがウイルス説にこだわらない3つ目の理由は、柔軟に治療を受けるためです。