飲み会にはいけるし、恋人とディズニーランドにはいけるけれど、会社には出社できない。事情を知らない人から見ると、「怠け」や「甘え」と思われる。
最近話題になる「新型うつ」、「非定型うつ」、「現代型うつ」と呼ばれる病態についてのニュースがありました。
昼間は元気、なのに夜は落ち込む「非定型うつ」 :日本経済新聞
新型うつとは何でしょうか。本当に存在する疾患単位なのでしょうか。
関連書籍からの情報も交えて、「新型うつ」「非定型うつ病」について簡単にまとめておきたいと思います。
新型うつの特徴
記事によると新型うつには以下のような特徴があります。
■気分の浮き沈み:他人からの批判や小言に大きく動揺して落ち込むが、楽しいことがあれば気分が良くなる。
■若い女性に多い:女性の患者数は男性の2~3倍、発症年齢は20~30代と若い。
■朝起きられない:長時間眠っても疲れがとれず、朝起きられない
■夜に落ち込む:「今日も何もできなかった」と、夕方ごろから自己嫌悪になり、不安、落ち込みが強くなってくる。
■他罰的:自分がうまくいかないのは周りが悪い、今の職場では正当に評価されないと考える
■食生活の偏り:冬季うつ病と同様に多眠・多食になりやすい。炭水化物や甘いものを食べる
治療には抗うつ薬、抗精神病薬に加え、考え方の癖を修正する認知行動療法や、上司の立場になってみるロールプレイ療法などによってコミュニケーション法を学ぶことが役立つそうです。
社会への適応障害?
NHKスペシャル ここまで来た! うつ病治療によると、従来型のうつは几帳面で責任感の強い人が多いのに対し、新型うつでは、不眠、食欲不振、意欲の低下はあるが、自殺衝動や自責感は少なく、原因を周囲に求める他罰的な傾向が強いとされています。抗うつ薬はほとんど効果がありません。
「社会的うつ病」の治し方―人間関係をどう見直すか (新潮選書)の中で、精神科医の斉藤環先生は、うつ病とはその時代ごとの価値規範や倫理観への過剰適応である、という見方を提供しています。
高度経済成長期の「勤勉」という職業倫理に過剰適応した人が従来のうつ病であり、衣食住が足りるようになった現在の「終わりなき自分探し」に過剰適応した人が新型うつなのではないかという見方です。
ニュース記事には、数ヶ月でよくなる従来の「適応障害」とは別であると書かれていますが、症状が似ていることもあり、社会的な適応障害という観点も必要だということでしょう。
症状を読む限りでは、情報の過多や睡眠障害により脳が疲労し、ストレスにもろくなっている状態のようにも思えます。
記事でも『考え方の癖や生活リズムの乱れなど、何らかの「なりやすさ」を持っている人が、ストレスをきっかけに発症する』とあるように、もしかすると、心の問題は二次的に生じているのかしれません。
20代-30代で気分の浮き沈みやコミュニケーションに悩んでいる人の場合、「新型うつ」という新しい概念を思いに留めておくとよいかもしれません。
「新型うつ病は存在するか」
しかしながら、小児精神科医の杉山登志郎先生による、臨床家のためのDSM-5 虎の巻では「新型うつ病は存在するか」という副見出しのもとで、「新型うつ病」ないしは「非定型うつ病」の正体が考察されています。
「新型うつ病」の正体としてまずひとつ目に考えられるのは、双極性障害II型の見逃しだとされています。
じつは問題は非定型うつ病という概念にある。過去20年あまり、比較的軽度のうつ病、また症状の寛解と増悪を繰り返すうつ病に臨床的な注目が集まってきた。
その一部はじつは、双極性障害であり、とくに混合病像を双極症としてとらえてこなかったことからくる問題であると考えられる。…われわれの臨床的な検討からは、基本的には非定型うつ病という疾患単位は存在しないのではないかと考えている。(p83)
双極性障害(躁うつ病)は、気分の浮き沈みがジェットコースターのように激しいI型のほかに、あまり躁状態が目立たず、どちらかというと慢性的なうつっぽさが目立つII型が存在しています。
新型うつ病は、趣味や余暇のときはうつっぽさがなくなって楽しめるということからすると、双極性障害II型を誤って非定型うつとみなしている可能性があります。
またこの双極性障害II型の根本にあるのは幼少期の愛着障害であることが多いようです。
さらにこの愛着障害を基盤にした気分調整不全は、成人にいたった時に、双極性障害II型類似の、気分変動に展開していくという精神発達病理学的な出世魚現象が認められるのである。(p48)
愛着障害の中でも、虐待やネグレクトによるものではなく、どちらかというと軽度な部類にあたる、不安定な愛着スタイルと呼ばれるレベルのものを抱えている人が、慢性的なうつっぽさを伴う気分の不安定さを示し、「新型うつ病」とみなされているのではないかと考えられます。
特に、回避型の愛着スタイルの人が、この傾向を示しやすいかもしれません。「新型うつ」とは、回避型の愛着スタイルに伴う、弱い解離現象だとみなすことができます。
新型うつは軽度の解離症状
解離性障害に詳しい岡野憲一郎先生は、解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合の中で解離性同一性障害(DID)と新型うつが「私の眼には似たようなもののように映る」と述べています。(p5)
そして別の著書恥と「自己愛トラウマ」―あいまいな加害者が生む病理の中で、新型うつについて詳しく論じていて、「現代型とは結局はうつというよりは一種の恐怖症である」と述べて、トラウマによって引き起こされる解離反応と結びつけています。(p98)
新型うつとは、学校や職場で体験した苦痛によって生じるトラウマ性の恐怖反応とみなすことができます。日中症状が悪化しやすいのは、その時間帯に結びついた特定の状況に対すて、体がPTSDや解離といった恐怖反応を起こしているからです。
しかし「新型うつ」は「うつというよりは恐怖症」という見解は、それが仮病だとか、うつより軽い気の持ちようだといった意味では決してありません。
最近急増しているといわれる「新型うつ病」について論じる人の中には、それが偽うつ病、つまり「うつ病のフリ」に過ぎないという主張も見られる。
うつ病の診断が広まることにより「自分もうつではないか?」と思う人が増え、結局は本当にうつでもない人まで、うつだと主張するようになる、というのが彼らの説である。
しかしどのような経緯であれ、よほど明らかな仮病を覗いては、うつはうつであり、その苦痛は同じであるというのが私が強調したい点である。(p161)
そして若者を中心に広がっていると言われている現代型うつの年齢層が自殺に関しても高い率を示している以上は、たとえ「現代型」「仕事中だけうつ」だとしても深刻な状態として扱うしかないであろうと思う。(p106)
うつもトラウマ、そして恐怖症も近年は軽い語調で扱われるきらいがありますが、どれも単なる気の持ちようではなく、生物学的メカニズムを伴って生じる深刻なものです。
同様に、やはり解離性障害に詳しい野間俊一先生も、身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 (筑摩選書)の中で、解離性障害と新型うつを同じ時間感覚を持つグループに分類しています。
また、杉山登志郎先生は、もう一つの可能性として、自閉症スペクトラム障害のような発達障害が見逃されているのではないかと指摘しています。
発達障害、とくに自閉症スペクトラムの依存症として生じるうつ病や双極症である。
自閉症スペクトラムにおいてもっとも高い依存症は気分障害であるが、この場合、しばしば仕事はできないが、趣味は可能という臨床像を呈し、基盤となる自閉症スペクトラムに気づかないと、まさに新型うつ病の典型のようにとらえられてしまうことになる。
発達障害基盤の気分障害に関しては、どうも通常のうつ病の治療あるいは双極症の治療ではうまくいかない部分があり、発達障害を意識した対応が必要とされる。(p83-84)
自閉症スペクトラム障害の人は、前述のような社会への適応障害を起こしやすく、コミュニケーションが苦手な反面、こだわりのあることには熱中できるアンバランスさを示すため、趣味には没頭できる新型うつ病の特徴とよく合致しています。
自閉症スペクトラムでは解離が生じやすいことからしても、新型うつとは、回避型愛着スタイルまたは自閉症スペクトラムに伴う、軽度の解離症状のことだと考えるのが一番理にかなっているように思えます。
杉山登志郎先生は、こうした観察から「非定型うつ病」なるものは存在しないのではないかとみなしています。
わたしとしても、おそらくは、非定型うつや新型うつという病名は、発達障害や愛着障害について詳しくない精神科医たちによって作られた不適切な疾患単位ではないかと思っています。
簡単にいえば、新型うつに見られる気分の移り変わりは、愛着障害に伴う重度気分障害の、程度の軽いものであり、場面によって体調が悪くなったり、うつでなくなったりするのは、解離性同一性障害(DID)の人格交代の程度の軽いもの、いわゆるスイッチングと呼ばれるものだとみなせば、筋が通ります。
この記事で考えたことを総括すると、「新型うつ」「非定型うつ病」とは、従来から存在していた発達障害や不安定な愛着スタイルを抱えた人たちが、社会の変化に伴って解離症状を起こしやすくなり、表面化・増加してきた問題だとみなすことができます。
現代に増加している「新型うつ」という、あやふやな心の問題を改めて作りだす必要はなく、これまでしっかり研究されてきた脳科学的な土台にそって解釈するほうが、本当の原因に気づく近道になるのではないかと思います。