自閉症にまつわる謎はあまりにも多く、奥深い。そのわからなさに眩暈をおぼえるほどだ (p3)
自閉症について調べていると、いろいろな謎に直面します。本によっても、意見がさまざまで、どれが正しいのかわからなくなることもしばしばです。
今回読んだ自閉症という謎に迫る 研究最前線報告 (小学館新書)という本は、金沢大学子どものこころの発達研究センターという公的機関に所属する幾人もの研究者によって書かれています。この本では次のような5つの疑問が扱われています。
◆自閉症の徴候は誰にでも多少はあるものなのに、なぜ障害とみなされるのか
◆なぜコミュニケーション障害・強いこだわり・感覚異常が同時に出現するのか
◆発現率が急増して社会問題化してきたのはなぜか
◆遺伝か環境か?それとも両方か?
◆治癒させる必要があるのか? 人の持つ多様性ではないのか?
すべてがすっきりと解決というわけではありませんが、特に遺伝と環境の問題あたりはだいぶわかってきたような印象を受けました。簡単にまとめたいと思います。
1.徴候はだれにでもあるもの?
自閉症を特徴づける、コミュニケーション障害や、強いこだわりはだれにでも多少はあるものです。どこからが個性でどこからが障害なのでしょうか。
自閉症の度合いを調べるのに使われる自記式テストAQ(自閉症スペクトラム指数)というものがあります。50点満点で、33点以上だと自閉症と診断される確率がぐっと高まるそうです。
健常大学生で33点を超える人は3%しかおらず、自閉症の診断を受けている人の9割弱が33点を超えるそうです(p19)
日本国内では、自閉症スペクトラムの診断のない大人の平均は18.5、診断のある成人の平均点は37.9だそうです。(p160)
わたしは臨床心理士さんの指示でやってみたところ33点でした。境目。そのため臨床心理士に「自閉症スペクトラム圏にいる」といわれていますが、非常に微妙なところです。
多分眠くてしんどいので、コミュニケーションしにくいと答えているせいで点数が高くなっているだけであって、主治医もASDではないだろうと述べています。
自閉症スペクトラムの「スペクトラム」というと虹を思い出します。虹は文化によっては、5色だったり、3色だったりするそうです。どこで色を区切るかは文化や個人によって異なるのです。(p5)
自閉症スペクトラムも文化によって捉え方が異なり、欧米では過敏に診断されますが、ラテン系では68%の人が神からの祝福と肯定的にとらえていて、ネイティブハワイアンでは、発達の遅れのある子どもをさす語彙がないようです。(p158)
2.なぜ3つが同時に出現するのか
なぜコミュニケーション障害、こだわりや反復、感覚異常の3つが同時に出現するのでしょうか。
自閉症スペクトラムで特定の特徴が出てくる理由はこれまで謎とされていましたが、説明を可能にするモデル、たとえばローソンによる心の深部アクセス理論などが構築されているそうです。(p35)
また幼児用MEG(脳波計)を開発したところ、脳内ネットワークの長距離間のつながりが弱い、特に脳の右前方部と左後方部のつながりが低下していることがわかったそうです。(p129)
その結果、脳は「曖昧で膨大な情報から、行為の目的に応じた情報の選択を行う」トップダウン式の処理ではなく、「一つ一つの情報を綿密に組み合わせて全体を理解する」ボトムアップ処理に向いているそうです。(p118)
「前頭葉の優劣ではなく、あくまでもネットワークの構造の特徴の違いが、認知様式の違いを生み出している可能性が」あると書かれています。(p131)
一つ言えることは、自閉症は一方向のみに広がっているとは言いがたく、これは自閉症児が定型発達児よりも、脳の多様性が高いことを意味しているということです。
芸術だけでなく、脳の機能の観測値から見ても、彼ら(彼女ら)はアウトサイダー(集団の外部)に位置する存在です。
…生まれもっての多様性が、周囲にマイノリティ(社会的少数者)として否定的にあつかわれる環境であり、これこそが彼らを苦しめていると感じています。(p134-135)
自閉症スペクトラムの特徴は、脳の多様性によって生まれていて、ひとつの個性かもしれないということが分かります。
3.発現率が急増?
自閉症スペクトラム障害はずっと昔からあったと考えられるそうです。たとえば古典落語に次のようなやりとりがあります。
A「お前はん、あのなんじゃで、今どこにいてなはんねん?」
B「あんたの前にこうして座ってますけどね」 (p32)
どこに住んでいるのか、という意味の質問の真意がわからず、真面目に返しています。こうした話は、当時の自閉症スペクトラムの人たちの言動をもとに作られたのでは?と考えられています。(p27)
しかし自閉症は過去30年で急増しているそうです。
1960年代から80年代まで、1万人あたり4-5人でしたが、2000年代には100人を超え、韓国では264人まで報告されているそうです。
アメリカのCDCの報告でも着実に増えていますが、見解としては、事例の同定、サービスへのアクセスの向上によるものかもしれないと控えめに書かれています。
それに対し、以前に読んだ本では、杉山登志郎先生は、社会における心的トラウマの増加が原因ではないか、三池輝久先生は、睡眠時間の短縮が影響しているのではないかと述べていました。
社会の競争が激しく、睡眠時間が特に短い韓国で最高数が出ていることは注目に値するかも知れません。
この発現率が急増しているように思える問題には次の疑問、遺伝か環境かということも深く関係しています。自閉症は主に遺伝によるとされていますが、増えているなら環境が関わっているはずだからです。
4.遺伝か環境か?
1960年代、70年代に「冷蔵庫母親」や「母原病」というネガティブな言葉が使われていました。自閉症は母親のせいだという気分を害するような概念が幅を利かせていたのです。
しかし現在では、母親の育て方に原因があるという無思慮な「冷蔵庫マザー説」は否定されており、遺伝による影響が大きいと考えられています。
しかし、一方で、最近、環境や化学物質の影響も小さくないというデータも挙がっているそうです。
まず遺伝については、単なる遺伝子そのものではなく、デノボ変異による遺伝子の変化が注目されています。デノボ変異とは、親から受け継いだ遺伝子ではなく、子どもに突然変異して現れる遺伝子異常のことです。
発達障害や、一部の精神疾患にはデノボ変異が関係していると言われていて、必ずしも子どもに症状が出ているからといって、親からリスクを受け継いだとはいえない面があります。
Nature ハイライト:発達障害におけるde novo変異 | Nature | Nature Research
今回、発達障害解読(DDD)プロジェクトのM HurlesとJ McRaeたちは、診断未確定の重度の発達障害患者のいる4293家族について、エキソームの塩基配列を解読した結果について報告している。
解析の結果、94の遺伝子に有害なde novo変異が多く存在することが分かり、これらの遺伝子の発達障害との関連が示された。
デノボ変異は父親が高齢である場合に起こりやすいと言われますが、発達障害でも、父親の高齢によって、発現する症状が変化することが注目されています。父親の肥満や高齢といった環境要素は、自閉症のリスク要因です。
同一の遺伝子変異をもつマウスでも、父親の年齢により多様な表現の行動異常を示すこと、つまり、遺伝的なリスクの次世代への伝わり方が父の加齢によって異なることを世界で初めて示しました。
また、母親が周産期間中に感染症にかかることで、自閉症のリスクが増加するという研究もあります。
妊娠の間隔が短い、あるいは長いと、脳の発達に欠かせない葉酸が枯渇しているなどの理由からか、自閉症と診断されるリスクが約2~3倍になるという研究結果もあります。
いわゆる年子や、年の離れた兄弟姉妹は、自閉症スペクトラムの傾向を持ちやすい可能性があります。
妊娠の間隔次第で、自閉症と診断されるリスクが約2~3倍に? – QLifePro 医療ニュース
研究を実施した米カイザー・パーマネンテ研究部門(カリフォルニア州)のLisa Croen氏によると、前回の出産から2年未満または6年以上の間隔で妊娠した子は、自閉症と診断されるリスクが約2~3倍になるという。
2011年には出産の時期に母親がカリフォルニアのフリーウェイから309m以内に居住していることが、自閉症の発現を倍にしているという研究が報告されたそうです。大気汚染が絡んでいるそうです。(p46)
大気汚染はアレルギーを悪化させますが、アレルギーや自己免疫疾患が自閉症と関係しているという報告があるそうです。そして自己免疫疾患はウイルス刺激や放射線、日光、外傷など外的刺激に由来します。多剤耐性菌の感染も自閉症と関わっているそうです。(p47)
この本では、一応、環境も関係しているかもしれないと言われています。
かつての「母原病」「冷蔵庫母親」的な考えを一概に否定できないデータが最近の双生児研究から報告されている。
2011年に報告された、カリフォルニアにおける、片方が自閉症の双生児の研究だ。一卵性の場合にADI-Rでいう狭義の自閉症で遺伝の重みが37%、環境の重みが55%、より広い自閉症スペクトラム障害で、それぞれ38%と58%であった。
遺伝と環境の両方の寄与、あるいは相乗効果ということが想定できる(p49)
最近もこんな研究がありました。
自閉症、遺伝要因と環境要因の重要性は同等 調査報告 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
特に都市生活やグローバル化による過度なストレスは、妊娠後期の母親のコルチゾールを増やし、子どもの扁桃体や海馬の体積にも影響するそうです。
結論として、先天的な遺伝の問題だけでなく、環境による遺伝子発現の変化(エピジェネティクス)が合わさってある閾値に達した時に自閉症になると考えられています。(p50,106)
ただし、次のことは覚えておく必要があります。
このように書くと、「自閉症は自分の育て方のせい」という理不尽な偏見に悩まされてきた人々は困惑するだろう。自分が親として悪かったのではないかと。
それは違う。そもそも子どもに遺伝的な脆弱性があることは親にはわからないし、環境の危険因子や予防因子もまだ科学的には明らかになっていない。(p51)
しかしながら、養育環境の問題は、ある程度、愛着障害が含まれている可能性もあり、わけて考えるべき問題にも思えます。
近年では、自己免疫疾患、アレルギー、自閉症の増加には、共通の原因があるのではないかと推測されています。詳しくはこちらの記事もご覧ください。
5.治癒させる必要があるのか?
2002年にノーベル経済学賞を受けたバーノン・ロマックス・スミスは、自分が自閉的であることを誇りに思うと言いました。動物管理学教授のテンプル・グランディンは「ぱちんと指を鳴らしたら自閉症でなくなる」としても、その選択はしないと述べています。(p17)
確かに自閉症で非常に苦労する人もいます。しかしすべての場合に治療するのが正しいのかどうかという疑問はつきまといます。この本では、治療薬としてオキシトシンの可能性が取り上げられていますが、必ず幼児のときから治療すべきなのでしょうか。
特に苦しんでいるのは高機能自閉症やアスペルガーだそうです。知的障害がないゆえに特別な配慮もなく、周囲から期待されるからです。
そうした人たちを助けるために、社会性獲得のための療育もなされていますが、次のような疑問が呈されています。
限られた環境で身につけた表面的な社会性が、この複雑で混沌としている一般社会で本当に通用するのか?
表面的に身につけた社会性のために、より高い社会性を周囲から要求されるようになってさらに大きな不適応を生み出すのではないか?
最良と考えて助言していることが果たして当事者のためなのか? 本当は普通の発達者のためではないのか? といった悩みも尽きません。(p137)
そもそも、この本では、自閉症スペクトラムは障害ではなく、脳の多様性の表現であり、ネットワーク構造の違いなのではないか、と書かれていることに上で触れました。
これは健常者か障害者かという問題ではなく、多数派か少数派かの問題なのではないか、という問題が最後に提起されています。
自閉症スペクトラムの子どもたちと、ある健常者の大学生が話したときのことです。
そんな中、一人の学生が、その会に参加する男の子に向かって、「こんにちは。何して遊ぶ?」と話しかけました。
しかし、話しかけられた当の子どもはその学生の声かけを無視するかのように友人との会話を続けていました。
このような、あたかも自分を無視するかのような態度に対して、…学生はひどく戸惑ってしまいました。
…私がこの光景を見て考えたのは次のようなことでした。
コミュニケーションの障害があるとされる子ども達の間には、ある意味「自然な」コミュニケーションがあって、それを邪魔するような声かけを行った学生の方が「空気が読めない人」のように見えたのです。(p189-191)
自閉症スペクトラムは単に、脳のネットワーク構造が少数派なため、多数派からコミュニケーションができないというレッテルを貼られているだけなのかもしれません。
自閉症の当事者研究によって、自閉症は単なる障害ではなく、アイデンティティの一部になっています。そのため、最初に出した例のように、自閉症であることを誇りに思うという人もいます。
自閉症スペクトラムはある意味で、いろんなサイズの服があるようなものかもしれません。
たいていの人はS、M、Lサイズです。しかし、たまにSSやXLの服もつくられます。それが自閉症スペクトラムです。それらの服は多数派の人には合いませんが、確かに役立ちます。
しかしまれにミスで、短すぎる服や大きすぎる服ができてしまうかもしれません。この場合は、仕立て直すことが必要です。同様に重い自閉症スペクトラムには治療や対応が必要になります。
たとえば、わたしのような場合は明らかに個性の範疇として収まるものです。
自閉症とはいったい何なのか、なぜ違っているのか、どのように発生するのか、ということはまだよくわかっていませんが、考え方の違いについての知識をしっかり持って、仲良くしていきたいものです。