ADHDの子は慢性疲労症候群や線維筋痛症になりやすい?

ADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)の子どもについての友田明美先生の研究結果がニュースになっていました。

脳機能を磁気共鳴画像装置(MRI)で調べたところ、「少ないご褒美(報酬)に満足できないという脳の機能低下が原因となっている可能性」が分かったそうです

ADHDの子の脳機能低下を確認 福井大・友田教授ら画像で 社会 福井のニュース :福井新聞はてなブックマーク - ADHDの子の脳機能低下を確認 福井大・友田教授ら画像で 社会 福井のニュース :福井新聞

研究成果「ADHD治療薬の長期投与による報酬感受性の改善効果を解明」

fMRI を用いた注意欠陥多動性障害(ADHD)における報酬系の神経基盤に関する検討

友田明美先生は、子どもの慢性疲労症候群(CCFS)の研究者としても知られています。

このニュースを機に、子どもの慢性疲労症候群についての研究を辿って行くと、どうやら不注意優勢型のADHDとの関係があるかもしれない、と考えられる幾つかのデータにたどりつきました。

若年発症の慢性疲労症候群の、少なくとも一部にはADHDが素因として関わっており、ADHDの治療薬で疲労や痛みが改善するという報告が国内外から上がっています。

慢性疲労症候群患者のどれくらいの割合にADHDが見られるのでしょうか。なぜADHDの人は慢性疲労症候群になりやすいのでしょうか。どんな治療で改善するのでしょうか。

現時点で集まっている情報をまとめたいと思いますが、あくまで推測にすぎない部分も含まれることはご承知ください。(※2015/07に大幅に加筆しました)

慢性疲労症候群の子どもの6割が不注意優勢型ADHD

さきほどのニュースによると、ADHDでは報酬系に異常があり、治療に用いられているメチルフェニデート徐放剤(コンサータ)で、脳機能が改善することが確かめられたようです。

友田先生はこう述べています。

ADHDの子どもは、報酬系の“感受性”が低下しているのだと分かった。

少ないご褒美で報酬系が活性化しないことが、努力が長続きしない症状につながっている

小児慢性疲労症候群における疲労と認知障害に関する研究では、疲れやすい子どもや登校不可能なCCFSの子どもでは、シーグリストの努力-報酬不均衡モデルが努力のほうに傾いていて、「自分はこんなに頑張っているのに報われない」と感じていることが指摘されていました。どうやらCCFSの子どもも報酬系の感受性が低下しているようです。

ではCCFSの子どもとADHDが関係しているというデータはあるのでしょうか。それについては非常に具体的な調査が上がっています。

「非侵襲的脳機能計測を用いた意欲の脳内機序と学習効率に関するコホート研究によると、小児慢性疲労症候群の子どもにはかなりの割合でADHDが見られます。

CCFS患児を対象に協力が得られた54名に、注意欠如・多動性障害(ADHD)評価スケールであるADHD‐RS‐IV‐Jを用いてADHD症状の有無を調査したところ、54名中32名がADHD(不注意優勢型)の症状を有していることが判明した。

またADHD症状得点とChalder疲労得点との間には弱い相関があった。更に同群は、疲労、特に身体の疲労症状を有しており、注意、意志決定に活用される脳のリソースが健常児より過剰に配分されている可能性も示唆された。

以上の結果より、“疲労感”を訴えて不登校状態となっている子ども達の中に、生体リズム障害やADHDの患児が少なからず含まれており、アクティグラフィ解析、認知課題や質問票調査、知能検査等により容易にスクリーニングできることが分かってきた。

この調査では、慢性疲労症候群の子どもの実に6割がADHDでした。

注意すべきなのは、ここで注目されているADHDは「不注意優勢型」であるということです。一般にADHDというと、多動で活発なイメージがありますが、不注意優勢型はそうした症状が強くありません。ですから周囲が見てもなかなかADHDだと気づかないことが多いのです。

さらに学習・記憶・認知・意欲機能の基盤と不登校によると、ADHDと慢性疲労症候群では、どちらもドーパミントランスポーター遺伝子の多型が関係しているかもしれないという報告もありました。

その点について脳科学と学習・教育という本にはこう書かれています。

私たちは、注意欠陥・多動性障害、慢性疲労症候群、薬物依存、人格障害などの素因と考えられているドーパミントランスポーター(DAT1)遺伝子多型の研究を行い、1000例以上の異常行動を起こす患者(アルコール依存症、注意欠陥・多動性障害、慢性疲労症候群)の解析から、3’非翻訳領域に存在する40-42塩基の繰り返し多型領域が各種の精神疾患で有意に差があることを明らかにした。(p80)

ここで挙がっている、注意欠陥・多動性障害(ADHD)と薬物依存、人格障害には明確な関連性があることがわかっています。ADHDの人は、薬物依存や人格障害になりやすいのです。

そうであれば、並べて挙げられている慢性疲労症候群にも関連性があるのではないか、と推測することができます。ADHDの遺伝子によって、薬物依存、人格障害だけでなく、慢性疲労症候群にもなりやすいかもしれない、ということです。

この本では注意欠陥・多動性障害は「不登校の疾患背景としてしばしば認められる」とも書かれています。そして子どもの不登校と慢性疲労症候群は密接に関係しているとされています。(p81)

ADHDと疲労、眠気の関連性について、別の睡眠専門医の方も論文を紹介しています。

内田直ブログ 精神科医・スポーツドクター: 注意欠如障害ADHD ADD にみられる日中の眠気 (1) はてなブックマーク - 内田直ブログ 精神科医・スポーツドクター: 注意欠如障害ADHD ADD にみられる日中の眠気 (1)

この論文は、成人のAD/HDの眠気について質問紙調査したものです。

これによると、なんと約85%の患者さんが昼間の眠気や睡眠の質の悪化を訴えています。夜間睡眠については、入眠困難、睡眠の中断、睡眠中の暑さなどです。

ADHDにはサブタイプがあって、Inattentive(注意欠如が主体)とCombined(多動もあり)に分けて結果を解析していますが、Inattentiveタイプの方が、睡眠の問題や日中の疲労感があるようです。また、男女では日中の疲労感はInattentiveの女性が一番強いようです。

この場合も、さきほどのデータと一致して、女性に多い不注意優勢型のADHDが特に疲労と関係しているとされています。ちなみに慢性疲労症候群も女性に多い疾患です。

線維筋痛症の戸田克広先生は、大人の慢性疲労症候群や線維筋痛症とADHDの関係について、次のような報告を紹介しています。

慢性疲労症候群とADHD : 腰痛、肩こりから慢性広範痛症、線維筋痛症へー中枢性過敏症候群ー  戸田克広 はてなブックマーク - 慢性疲労症候群とADHD : 腰痛、肩こりから慢性広範痛症、線維筋痛症へ           ー中枢性過敏症候群ー  戸田克広

158人の CFS患者のうち47人 (29.7%) がADHD と診断され、33人 (20.9%)はその症状が成人まで持続。

成人ADHDを伴わないCFS患者に比べて成人ADHDを伴うCFS患者は、CFSの発症が早く, 不安と抑うつの症状が強く、自殺の危険性が高い。

直線回帰分析によると、抑うつ症状とADHDの強さは有意に疲労の強さを予測する。

このデータからすると、大人のCFS患者のうち、20%以上が、成人まで症状の残る大人のADHDであることがわかります。ADHDの症状のうち、特に不注意は大人になっても残りやすいと言われています。

そして、CFSの発症年齢が早い場合に、特にADHDと関わっている可能性が高いことも書かれています。

このことからすると、若くして慢性疲労症候群になった人は、ADHD(特に不注意優勢型)を疑うべき十分な理由があります。

その後、2016の理化学研究所の研究にによって、小児慢性疲労症候群(CCFS)ではADHDと類似の報酬系に関わるドーパミン機能の低下が見られることが報告されています。

小児慢性疲労症候群(CCFS)は報酬系の感受性が低下している―ドーパミン系の治療法が有効?
理化学研究所によると、小児慢性疲労症候群(CCFS)では脳の報酬系のドーパミン機能が低下していることがわかりました。

また線維筋痛症についても、半数近くがADHDの基準を満たすというデータがあるようです。ただ、ADHD症状が痛みの原因なのか、それとも結果なのかは議論の余地があるでしょう。

FM患者の約半数はADHD(注意欠陥・多動障害) : 腰痛、肩こりから慢性広範痛症、線維筋痛症へー中枢性過敏症候群ー  戸田克広

 

?原因は脳の低覚醒状態にあるのかも?

なぜ不注意優勢型ADHDの人は慢性疲労症候群や線維筋痛症になりやすいのでしょうか。

1.不快刺激に頭を占領されてしまう

はっきりした研究はないので、両者の関係について確かなことはいえませんが、アスペルガー症候群の翻訳家、ニキ・リンコさんによるスルーできない脳―自閉は情報の便秘ですという本にはこう書かれています。

ロチェスタ一行動医学センターの医療主任、ジョエル・ヤング医師は、その著書“ADHD Grown Up: A Guide to Adolescent and Adult ADHD”(W.W. Norton & Company 2007)の第11章で、(「いくらかの正式な研究と、多くの挿話的報告に支えられたものにすぎず、あくまで仮のものでしかない」と何度も断りつつ)自身の臨床体験から、ADHDと線維筋痛症や慢性疲労症候群の関連について推測している。

ヤング医師は長年、ADHDの成人を治療してきたが、おおぜいの患者に病歴をきいていくうち、過去に線維筋痛症や慢性疲労症候群と診断されていた者がどうも多いぞと気づいたのだ。

…もちろん、ADHDで来院したわけだから、ADHDの治療をする。普通は、ADHDの第一選択薬である中枢神経刺激剤を処方することになる。すると、合併していたこれらの病気まで、同時に改善したと報告する人が相次いだのだ。

…そこで、ヤング医師らは考えた。同様に低レベルの痛みを経験しても、健常の人々なら、痛みを意識のある一部分に隔離し、生活のほかの局面を維持できる。ところが、雑念を無視する力の弱いADHDの人々は、不快刺激に頭を占領されてしまうのではなかろうか?

これによると、ADHDの人の中に線維筋痛症や慢性疲労症候群の患者が多く、ADHDの治療によって疲労や痛みが改善するとされています。

ADHDの人は、前頭葉のワーキングメモリの容量が不足していると言われています。

ワーキングメモリーとは、作業机のようなものです。ワーキングメモリーと疲労感の関係は、(あくまでわたしの推測が入りますが)、次のようなたとえで説明できるかもしれません。

定型発達の人であれば、ワーキングメモリーという作業机がひろいので、疲労感という邪魔な物が机の上に積んであっても、机の残りのスペースを使って、日常活動という作業ができます。

疲労感のためワーキングメモリーの空き容量が減るのでパフォーマンスは低下しますが、仕事や家事などの活動は続行できます。

しかしADHDの人は、ワーキングメモリーという作業机が狭く、疲労感という邪魔な物が机の上に積まれてあると、机が占領されて何もできなくなります。

疲労感のためワーキングメモリーの容量がなくなってしまうので、何も手につかなくなり、ほかの作業をする余裕がなくなり、思考もまわらなくなってしまうのです。メモリの大部分が慢性的に占領されていると、脳も緊急事態だと判断し、ほかにもいろいろ支障を来たすでしょう。

これが、ヤング医師の考える「不快刺激に頭を占領される」ということの意味だと思われます。

慢性疲労症候群の疲労というのは、実際に体が疲れているわけではない、という研究があります。疲労時に多くなるはずの疲労因子FFが低値だからです。つまり、体は疲れていないのに、病的な疲労感を感じている状態です。

とすると、疲労感が亢進している原因が、脳の機能の異常にあるとしても不思議ではありません。

また、問題となっているのはワーキングメモリの「相対的な」不足である、と考える観点も重要です。

おそらくADHD(特に不注意優勢型)の素因の一つと思われる概念に、生まれつきの感受性の強さ、HSP (Highly Sensitive Person:ひといちばい敏感な人)というものがあります。

第一人者であるエレイン・アーロン博士による本ひといちばい敏感な子によると、HSPの特徴は以下の4つです。(p425)

■深く処理する
■過剰に刺激を受けやすい
■全体的に感情の反応が強く、特に共感力が高い
■ささいな刺激を察知する

これらはすべて、感受性の鋭さを意味しています。同じ状況に直面しても、他の大多数の人たちよりも受ける情報量が多いということです。

そうすると、普通程度のワーキングメモリを持っていても、入ってくる情報量が多すぎるせいで、相対的に容量が不足してしまいます。

HSPの人は感受性が強すぎるために疲れやすいと言われており、それはHSPを基盤とするADHDの人の場合も同じでしょう。

もともとの感受性が強すぎるために、ささいなことで多動になったり、衝動的に反応したり、気を取られて不注意になったりしてしまい、結果として知覚情報を処理しきれず、疲労してしまうということです。

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち
エレイン・N・アーロン博士が提唱した生まれつき「人一倍敏感な人」(HSP)の四つの特徴について説明しています。アスペルガー症候群やADHDと何が違うか、また慢性疲労症候群などの体調

2.注意配分機能の低下

ワーキングメモリーの容量というのは、マルチタスク能力とも関係しています。ワーキングメモリーが不足していると、注意配分機能がうまく働きません。

子どもの慢性疲労症候群では、実際に注意配分機能が低下している、という研究結果があります。

神戸新聞|社会|「慢性疲労症候群」の子 脳機能多く使用か 理研 はてなブックマーク - 神戸新聞|社会|「慢性疲労症候群」の子 脳機能多く使用か 理研

国際慢性疲労症候群学会の診断基準によると、同症候群は少なくとも3カ月以上、強い疲労や食欲低下、睡眠障害などが続く状態。患者は中学生の1・5%以上、小学生の0・2%以上という推計もある。

同センターの水野敬研究員(31)らは、同症候群の子どもは2種類の作業を同時に行う「注意配分機能」が健康な子どもに比べ低いことを確認。。

…研究チームのメンバーでもある三池輝久・子どもの睡眠と発達 医療センター(兵庫県立総合リハビリテーションセンター内)長(67)は「不登校の子どもが疲れやすいのは精神的なものではなく、脳機能のバランスの悪さ が背景にある。今後はどうすれば本来の脳機能を取り戻せるかを研究し、子どもの疲労をカバーしたい」と話す。

この研究は、慢性疲労症候群のせいで注意配分機能が低下しているとも解釈できますが、逆に注意配分機能が弱い子どもが慢性疲労症候群になりやすい、という可能性もあります。

ワーキングメモリーと注意配分機能の能力と、疲労の感じやすさが関係していることは、大阪市立大学の疲労研究の専門家、梶本修身先生も著書最新医学でスッキリ! 「体の疲れ」が消える本 (成美文庫) の中で述べています。

「注意をうまく配分する」能力が高い人ほど、まわりの情報を統括的に把握し、速やかにかつ的確に反応できます。

ゆえに、思考においても行動においても無駄がなく、結果として疲れにくい生活行動を取ることができるのです。

注意をうまく配分するには、複数の作業を同時に行う「ワーキングメモリー」の能力が必要です。(p179-180)

疲れたくない人、将来ぼけたくない人、仲間をいっぱい作りたい人は、ひとつの作業にこだわらず、ワーキングメモリーを鍛えて脳を幅広く活用してはいかがでしょうか。(p184)

ワーキングメモリーの容量によって疲れやすさが変化することがわかります。

こうして考えると、ADHDに伴うワーキングメモリーの少なさと、注意配分機能の弱さは、慢性的な疲労感を招きやすいといえます。

また、先ほどのHSPとの関連で言えば、ワーキングメモリそのものは人並み程度であっても、受ける情報量が多すぎるために気を取られてしまいやすく、結果として注意配分機能が働かなることも考えられます。

この場合も、問題となっているのは、受け取る情報量に対する、相対的な意味でのワーキングメモリの少なさなのです。

3.体位性頻脈症候群や概日リズム睡眠障害と関係

もちろん、ワーキングメモリーの容量だけが、子どもの慢性疲労症候群の原因ではありません。

もしそうなら、幼いときからずっと疲れやすいはずです。しかし現在の慢性疲労症候群の診断基準では、幼少時からの疲労は慢性疲労症候群と診断されません。

たとえ小児慢性疲労症候群といえども、幼いときからずっと疲れやすいわけではなく、ある時点から発症した場合に診断されます。

大人の慢性疲労症候群の専門家による本危ない!「慢性疲労」 (生活人新書)の中では、こう書かれています。

特に幼少期から疲労を訴える場合、訴えている疲労が本当に病的なものなのか、神経過敏による感覚異常の疲労によるのか、判別が困難です。

そうした理由によって、現在のところは子どもの疲労(物心がついた時からの疲労)については、慢性疲労症候群の診断から外すことになっています。(p96)

ADHDが原因で慢性疲労症候群になる場合、ストレスの少ない子どものころは、うまく生活が成り立っていたかもしれません。

しかしストレスの多い状況になると、自律神経系のバランスが崩れたり、睡眠障害を抱えたりして不快刺激が強くなり、少ないワーキングメモリーが占領されてしまい、より大きな苦痛を感じ、生活がなりたたなくなるのかもしれません。

子どもの慢性疲労症候群は、起立性調節障害や、概日リズム睡眠障害をきっかけに生じることが多いようです。

起立性調節障害について言うと、特にPOTS(体位性頻脈症候群)の人は疲れやすいといわれています。

低血圧の関連疾患|低血圧とは|低血圧 Support Group はてなブックマーク - 低血圧の関連疾患|低血圧とは|低血圧 Support Group

このタイプは、立ちくらみ、全身倦怠、動悸、失神、頭痛などと、起立性低血圧とよく似た症状があります。立ち上がったときの血圧が低くないため、医師からは「からだはどこも悪くない。精神的なものだろう」などといわれがちです。

そしてPOTS(体位性頻脈症候群)の症状とADHDの症状は似ているという研究があります。患者の特徴は少し異なるようですが、交感神経系を調節するノルアドレナリンに関する、共通の遺伝子基盤があるのではないか、と推測されています。

ADHDの治療薬であるメチルフェニデートでPOTSが改善するという研究もあります。メチルフェニデートについては次の副見出しで扱います。

また三池輝久先生によると、概日リズム睡眠障害のなりやすさの背景にADHDが認められるそうです。ADHDのために体内時計が乱れやすく、概日リズム睡眠障害や慢性疲労症候群になりやすい可能性があります。

概日リズム睡眠障害は、内的脱同調というメカニズムによって、強い疲労感が生じる睡眠障害です。その強い疲労感が、ADHD特有のワーキングメモリの不足によってさらに増幅されている可能性もあります。

4.覚醒度の低さ

以上のすべての点と関係することですが、最近、睡眠障害の専門家である三島和夫先生が、興味深いニュースに触れていました。

以下の記事では、睡眠障害と線維筋痛症の関わりについて書かれています。

第78回 痛みと睡眠の不思議な関係が明らかに | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

線維筋痛症は中年女性で発症することの多い原因不明の病気で、後頭部(うなじ付近)、肩、背中、肘、腰、膝など全身に痛みが生じるのが特徴である。

体を動かした時はもちろんのこと、軽く物が触れただけでも「キリで刺したような」「焼けるような」「万力で締め付けられるような」などと表現される激しい痛みが走る。私も何人か線維筋痛症の患者さんを担当したことがあるが、長期間にわたって痛みと闘う様子にこちらも心が痛んだ。

線維筋痛症では痛みのために睡眠の質が悪くなり、そのせいでまた痛みが悪化するという悪循環が見られます。

しかし、そうした睡眠不足状態での痛みの悪化に効いた薬は、意外なことに、眠らせる睡眠薬ではなく、眠気を覚ます覚醒促進薬だったという研究が報告されました。

短時間睡眠で生じた痛みに効果があったのは、意外にも一見鎮痛とは無縁なカフェインとモダフィニルであった。

…作用機序の異なる二つの覚醒促進薬がともに疼痛効果を発揮したメカニズムは、どうやら「眠気の解消(覚醒度の上昇)」にあるらしい。睡眠不足や不眠によって覚醒度が低下すると痛みを感じやすくなり、そしてその疼痛過敏は眠気をとることで回復できる、と研究者らは主張している。

このモディオダール(モダフィニル)という薬は、ADHDの治療でも用いられています。前述のメチルフェニデート、モディオダール、そしてカフェインに共通するのは、いずれも脳を覚醒させ、眠気をとる薬だということです。

ADHDの人、特に不注意優勢型の人は、いつもぼんやりしていることからわかるように、脳の覚醒度が低い状態にあります。

そうすると、ADHDの人たちが不快刺激を隔離できず、慢性疲労症候群や線維筋痛症になりやすく、概日リズム睡眠障害にもなりやすく、それらすべてがADHDの治療で改善するのは、おおもとをたどれば、脳の覚醒度の低さや、慢性的な睡眠不足状態にあるのではないか、とも推測できます。

三島和夫先生のグループは、過去の研究にて、あまりに睡眠不足状態が日常的になりすぎて、本人でさえ自分が睡眠不足だと気づいていない「潜在的睡眠不足」が多くの現代人に生じていると報告していました。

無自覚の「潜在的睡眠不足」(PSD)が内分泌・代謝機能に慢性的な影響―子どもの疲労と関係する調査も
現代人の多くで、自分でも気づいていない「潜在的睡眠不足」(PSD)が身体的健康に慢性的な影響を及ぼし、生活習慣病などの健康リスクをもたらしているという研究が発表されました。

近年、ADHDの実態は乳幼児期から続く睡眠障害ではないか、とも言われています。

なぜADHDの人は寝つきが悪いのか―夜疲れていても眠れない概日リズム睡眠障害になるわけ
ADHD(注意欠如多動症)の人は、疲れているのに夜寝つけない、ついつい夜更かししてしまうなどの睡眠リズム異常を抱えやすいといわれています。その原因が意志の弱さではなく、脳の前頭葉な

ADHDの人が、さまざまな刺激に過敏に反応したり、ぼんやりと不注意になってしまったりするのは、常に潜在的睡眠不足の状態にあり、覚醒度が低くなっているからではないか、と推測できます。

脳が低覚醒の状態では不注意になりやすいだけでなく、痛みや疲労に過敏になりやすいので、リタリンやコンサータ、モディオダールのような、脳を覚醒させる薬を用いると、ADHD症状だけでなく慢性疲労や慢性疼痛もともに和らぐのではないか、ということです。

その後の研究によると、ADHDの人が感じる「眠気」は、普通の人が感じる「眠気」とは性質の異なるものだという指摘もありました。

この資料でもADHDは慢性疲労症候群や、その症状の一つであるブレインフォグ(脳に霧がかかったような感覚)とつながりがあると指摘されています。

特集・第 63 回日本小児神経学会学術集会<シンポジウム 1 : ADHD の周辺にある併存症について理解を深める>注意欠如・多動症(ADHD)と睡眠障害│脳と発達 2022

ADHD や ASD の眠気は睡眠不足,疲労感,倦怠感とは無関係に日中眠気を強く訴えることがある.

…神経発達症の患者には強い眠気を訴えているにもかかわらず,脳波上は客観的な眠気,睡眠状態が認められず,脳波上睡眠状態になるまでにかかる時間は健常人と同程度で,従来の睡眠科学などで定義された眠気とは機序の異なる眠気の存在が考えられる.

このような独特な眠気に関しては,注意や意欲,意識,自律神経,免疫系などさまざまな方面から神経科学的アプローチが行われているが,心理的ストレスの感じやすさ,そのマネージメント不足,

それらからくる不安などに伴う心的神経症性防衛機制やADHD との関連も示唆されている慢性疲労症候群でもよくみられるブレインフォグなどが関係するものが含まれていると考えられる.

ADHDの治療で慢性疲労症候群や線維筋痛症がよくなることも?

線維筋痛症の専門家の戸田克広先生は、慢性疲労症候群(CFS)の患者の一部にADHDの治療が効果的だったという報告も紹介しておられました。

慢性疲労症候群に注意欠陥過活動性障害の治療をすると疲労が軽減 : 腰痛、肩こりから慢性広範痛症、線維筋痛症へ           ー中枢性過敏症候群ー  戸田克広 はてなブックマーク - 慢性疲労症候群に注意欠陥過活動性障害の治療をすると疲労が軽減 : 腰痛、肩こりから慢性広範痛症、線維筋痛症へ           ー中枢性過敏症候群ー  戸田克広

治療に反応しない3人のCFS 患者。臨床評価を行うと、全員注意欠陥過活動性[多動性]障害(attention-deficit/hyperactivity disorder:ADHD)の基準を満たし、標準的な精神刺激薬で治療を受けた。

精神刺激薬による治療後, 3人は疲労と痛みそして認知と ADHDの中心的な症状が改善。

この症例はADHDとCFS (もしかするとFM)には共通の機序があることを示唆する。時間と共に, ADHD (大部分は不注意な型) は慢性疲労と痛みの症候群に進展することをこの論文は示唆。

疲労は成人ADHDの重要な症状かもしれないことを、これらの症例は示唆。

中枢神経刺激薬によるADHDの治療によって、疲労と痛みが改善したと書かれています。この点は、前述したニキ・リンコさんの本の内容と一致します。

また「時間と共に」不注意優勢型ADHDが慢性疲労と痛みの症候群に進展するという記述からは、子どものときからずっと病的な疲労を感じているわけではなく、ある時点から発症するという慢性疲労症候群の診断基準を満たすことがわかります。

ADHDの治療によって慢性疲労症候群がよくなる、というのは、何も新しい発見ではありません。ADHDの治療で最も有名な薬はリタリンまたはコンサータとして知られている薬メチルフェニデートです。

ハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたか という本を読んでいてびっくりしたのですが、リタリンは、もともと低血圧による疲れを解消する薬として使われ始めたそうです。

リタリンは、製薬会社チバの科学者レアンドロ・パニゾンによって、1944年に初めて合成された。

パニゾンの妻マルガリテは低血圧症であったため、テニスをする前にこの薬物を服用した。彼女のニックネームがリタであった。(p155)

そして、その後も、なんと慢性疲労で悩む中年女性をターゲットにして売りだされました。

私が初めてリタリンの広告を見た時、幻を見ていると思った。

1966年の『アメリカ医学協会雑誌(JAMA)』のページから私を眺めているのは、怒りに満ちた目をした手に負えない子どもではなく、皮をむかねばならないジャガイモの山を前に、しょんぼりしている老女であった。

添えられている説明文は次のように読める。

「慢性の疲労や軽い抑うつのせいで簡単な仕事が大層に思える時……リタリンは憂うつにさせる慢性の疲労や疲れをもたらす軽い抑うつを解消させる」。(p155)

1950年代以降の数多くの医学論文は、この薬物が「老人」、濃いコーヒーが有効ではない「やっかいで悲惨な老人」の治療に用いられたことを示している。

しかし、その後の広告は、ジャガイモを前にした、漠然と医学的に「疲れた主婦症候群」と言われる状態にある主婦を重点的に扱うようになった。(p157)

どうも、この記事で考えてきた話は順序が完全に逆だったのです。

ADHDの薬が起立性調節障害や慢性疲労症候群に効くことがわかった、というのではなく、もともと低血圧や慢性疲労のために使われていた薬が、最近ADHDの子どもを対象に使われているにすぎないのです。

リタリンは、以前は慢性疲労症候群や難治性うつ病の患者に対しても処方されていました。しかし効果はわずか数時間で切れる上に、依存や耐性の問題がありました。そして乱用が社会問題になったため、ナルコレプシー以外には処方できなくなりました。

その一方で、同じ成分を使ったコンサータという薬が開発されました。こちらは12時間かけてゆるやかに効く徐放型のため、日中ずっと効果があり、依存しにくいと言われています。

しかしリタリン問題のため、コンサータの流通は厳しく管理されていて、ADHDの診断を受けた人しか服用できないので、慢性疲労症候群の人に処方されることはありません。

メチルフェニデートの慢性疲労症候群に対する効果について、日本臨牀 2007年 06月号の中で、三池輝久先生はこう述べています。

メチルフェニデートはときに極めて高い効果を示すことがあるので、時期を見てトライする価値がある。(p1102)

不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するにもこうあります。

この点からこれまでリタリンの少量(5~10mg/day)は有効性を発揮し、日中の眠気を少なくすることと夜の眠りをスムーズにする作用を示していたが、リタリンに関する一連の問題噴出のため残念ながら使用できなくなってしまった。(p88)

ですから、メチルフェニデートはこれまでも慢性疲労症候群に治療として用いられていて、一定の効果が発揮されていたことがわかります。

ちなみに「コンサータ 慢性疲労」で検索すると、コンサータの服用によって慢性的な疲労感が軽減されたという声が幾つか見つかります。

また、さきほどの戸田克広先生による記述では、ADHDと診断された慢性疲労症候群の人たちは、それ以前に受けた治療には反応しなかった、と書かれていました。

この点について、大人のADHDに詳しい星野仁彦先生は、知って良かった、アダルトADHDの中で、不注意優勢型のADHDには、メチルフェニデートのみで有効な「脳内ドーパミン系障害型」が多いと述べています。(p349)

一般に慢性疲労症候群の治療には、セロトニン系を整えるSSRIが使われることが多いので、不注意優勢型のADHDを背景とするCFS患者は治療に反応しなかったのかもしれません。

そもそも不注意優勢型ADHDは女性に多いので、リタリンが最初「疲れた主婦症候群」に使われていたという事実とも一致しています。

また、さきほど挙げたニキ・リンコさんの本や、戸田克広先生の報告では、慢性疲労症候群だけでなく線維筋痛症との関係も指摘されていました。中枢神経刺激薬で線維筋痛症も改善したとのことでした。

内容は読めませんが、アトモキセチン服用により寛解したADHD合併線維筋痛症の1例というのもありました。アトモキセチンは中枢神経刺激薬ではありませんが、ADHDのみに使用されている薬です。

線維筋痛症とADHDの関係について触れている医師もいます。

線維筋痛症とパニック②|kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ) はてなブックマーク - 線維筋痛症とパニック②|kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)

また別の見方をすると、線維筋痛症はADHDと関係が深いと言われており、軽いタイプの抗精神病薬のエビリファイが良かったという解釈もできる。

また、線維筋痛症にはマインドフルネス瞑想などのトレーニングが効くことがわかっていますが、その機序について日経サイエンス2015年01月号 にはこう書かれていました。

マインドフルネス訓練に効果があるのは、少なくとも部分的には、注意を払う脳の能力を強めるからだ。(p44)

身体のうち痛みが生じている特定部位に注意を意図的に振り向けると、それらの部位の感覚がかすかに揺らぐのに気づいて、常に変わらない“一枚岩”だと思われていた慢性の痛みが絶えず変動する感覚に瓦解するかもしれない。

…心理的ストレスや社会的ストレスの緩和でも…現在の瞬間への集中と、悲しみや孤独をモニターすることが、感じられる苦しみを最小化するのに寄与しているのだろう。(p49)

この説明からすると、やはり痛みの感覚には、注意力が関わっていることがわかります。

不注意優勢型のADHDでは、その名の通り不注意の症状が強く表れますが、脳の低覚醒状態ゆえに痛みや疲労が増幅されている可能性があります。

重ね着症候群という概念

慢性疲労症候群に関連しているといわれる不注意優勢型のADHDは、多動や衝動などの問題行動が目立たないため、社会に出て不適応が生じるまで発覚しないことが多いともいわれています。見逃されやすい発達障害なのです。

精神神経疾患や心身症の背後に、未診断の発達障害があり、発達障害への投薬アプローチで症状が改善するケースは、「重ね着症候群」として知られています。

治りにくい病気の背後にある大人の発達障害「重ね着症候群」とは
治りにくい精神科疾患や心身症の背後には、もしかすると軽度の大人の発達障害(アスペルガー症候群など)があるかもしれない。その概念は衣笠隆幸先生により「重ね着症候群」と名づけられました

発達障害といっても、子どものころに症状があまり目立たなかったために発見されることがなく、思春期を過ぎてから精神疾患や心身症を抱えて初めて病院を受診します。

しかし表にあらわれている症状を対象に治療をしても、なかなか軽快せず、難治性と言われます。

そのとき、よく話を聞くと、じつは子どものころからADHDやアスペルガーなどの発達障害の傾向があったことがわかります。そしてそれら発達障害による脳の脆弱性やストレス耐性の低さによって、さまざまな病気が生じていることが判明します。

そこで発達障害を考慮に入れた治療をすると、症状が軽快する場合があるといいます。このような場合、二次的な病気の症状のせいで、原因たる発達障害が見えなくなっているので、「重ね着症候群」と言うのです。

何らかの薬が効く場合、表面に表れている病気ではなく、内側に隠れていて見えない発達障害を治療しているために、効果が出ることがあるそうです。

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特にサインバルタはストラテラ(NRI)に非常に近い薬理作用があり、さらにSSRIの効果も併せ持っているため、私はADHDの要素がある患者には積極的に投与している。

…(ちなみにサインバルタが他の抗うつ剤よりもうつ病の寛解率が高いこと、全般性不安障害に効果があることなども、潜在性の発達障害の患者に効果があるせいと私は考えている)

CFSに対するメチルフェニデートの効果、というのも、もしかするとCFSそのものに効いているのではなく、CFSの背後にあって見えなくなっている、潜在的なADHDに効いているのかもしれません。

CFS患者にメチルフェニデートを使っても、必ず効果があるわけではないそうです。

CFSの対するメチルフェニデートの効果が、もしCFSそのものではなく、潜在的なADHDに効いているのだとしたら、ADHDを有しているのは子どものCFSの6割、大人のCFSの2~3割にすぎず、さらにADHDのうちメチルフェニデートが効くのは70%~80%くらいなので、効果が表れる人も限られてきます。

あるいは、さきほど体位性頻脈症候群(POTS)にメチルフェニデートが効くという英文記事を紹介しましたが、慢性疲労症候群の27%にPOTSがあるという研究もあります。ですからメチルフェニデートはPOTSに効いている可能性もあるのかもしれません。

それにしても、慢性疲労症候群のうち、大人のADHDを持っている人の割合と、POTSを持っている人の割合は、どちらも20~30%なのは興味深い点です。

慢性疲労症候群(ME/CFS)の27%は体位性頻脈(POTS)を持っている
CFS患者と体位性頻脈(POTS)の患者には互いに重なり合っている部分があるようです。

他方、友田先生は以前に朝日新聞デジタル:友田明美さん(51)-マイタウン熊本で、虐待によってADHDのような状態になることを指摘していましたし、三島和夫先生は第7回 “働くママ”の子の約半数が22時以降に寝るという事実 で睡眠不足の子どもが見かけ上ADHDに似ると述べておられました。

不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するには、不登校の子どもが発達障害と診断される場合、その症状は二次的なもので、治療によって消失することも多いと書かれています。(p72,82,85,97)

つまり、慢性的にストレスのかかる環境に置かれることで、後天的にADHDに似た状態になることもあるようです。

ですから、慢性疲労症候群や線維筋痛症患者で、ADHDに似た症状があるとしても、その治療をすれば必ず良くなる、ということは保証できません。あくまで、一部の患者にADHDの治療が効く可能性がある、というだけです。

また、治療によって改善するといっても、ADHDは生まれつきの脳の構造であるため、疲れを感じやすい傾向が完治するわけではない、ということにも注意が必要です。

それでも…

■子どものときから不注意がある
■若くして慢性疲労症候群や線維筋痛症になった
■概日リズム睡眠障害などADHDに多い問題を併発している

という点に当てはまる人がいれば、未診断のADHDの可能性を疑ってみてもよいと思います。現在では、子どもだけでなく大人のADHDを診断できる病院も各地に増えてきており、治療薬であるストラテラやコンサータも、大人に処方できるようになっています。

もしADHDである可能性を感じるなら、以下の二つの記事を読んで、ADHDの特徴があるかどうか調べて見るようお勧めします。

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