脳脊髄液減少症の最近の3つの進展―新しい診断基準・先進医療・社会の理解

脊髄液減少症についてのニュース記事が日本経済新聞にアップされました。今回のニュース記事には、脳脊髄液減少症に関する最近の一連の進展がまとめられています。その進展は、大きく分けて「新しい診断基準」、「ブラッドパッチ療法の先進医療認定」、「社会の理解」の3つになります。

脳脊髄液減少症 最新療法、保険診療と併用可能に 患者の費用軽減、なお課題多く :日本経済新聞

脳脊髄液減少症とは

ニュース記事の内容に触れる前に、脳脊髄液減少症とはどんな病気か簡単にまとめておきます。

◆概要
脊髄を覆う髄膜から髄液が漏れ出すことによって、脳の位置が下がり、神経が引っ張られて様々な症状を引き起こす病気です。

もともと「低髄液圧症候群」として知られていましたが、髄液圧は正常でも髄液が減るケースがあることが分かり、「脳脊髄液減少症」と呼ばれるようになりました。

◆症状
慢性疲労や痛み、頭痛など多岐にわたり、ひどい場合は、数時間身体を起こしていることもできません。横になれば症状が和らぐという特徴があります。

◆原因
おもに交通事故やスポーツなどの外傷性と原因不明の特発性に分かれますが、髄液が漏れ出すきっかけはさまざまです。

◆治療
髄液が漏れている箇所に自分の血液を注入し、凝固させる「ブラッドパッチ」が最も有効な治療法とされています。

これらの点について詳しくは以下の記事をご覧ください。

【7/5】「あなたの頭痛 大丈夫?原因不明は“髄液漏れ”か」まとめ
2012年7月5日(木)にFNNで放送された脳脊髄液減少症を紹介した番組「あなたの頭痛 大丈夫? 原因不明は“髄液漏れ”か」のまとめです。脳脊髄液減少症とは何でしょうか、どんな原因

この病気、脳脊髄液減少症について、ニュース記事では、最近の一連の3つの進展取り上げられています。

新しい診断基準―2011年10月から

厚生労働省の脳脊髄液減少症研究班は、2011年10月、画像判定をベースとした診断基準を作成しました。研究班の代表を務める山形大の嘉山孝正教授は「研究班の目的はまず、どの医師でも使える科学的な診断基準を作ることにあった」と述べています。

脳脊髄液漏出症という考え方

この新しい診断基準の特徴のひとつは、「脳脊髄液漏出症」という考えを取り入れていることです。「脳脊髄液漏出症」というのは、コンピューター断層撮影装置(CT)や放射性同位元素(RI)による画像検査で、髄液漏れが明確に分かる場合につけられる診断名です。

これにより画像検査で異常が明らかな患者と、異常がわからない患者とが区別されるようになりました。この「脳脊髄液漏出症」について詳しくは、画像でわかる脳脊髄液漏出症という最新書籍をご覧ください。

このように区分するのは、最近の慢性疲労症候群(CFS)の臨床で、ウイルス感染の有無によって、「感染後CFS」を区別したり、気分障害の有無によって、A,B,C群(以前のⅠ、Ⅱ、Ⅲ群)を区別したりしているのに似ています。

線維筋痛症の分野でも、疼痛の種類によって、CRPSタイプ、脊椎関節炎タイプ、慢性疲労タイプ、などと区分することがあります。

これらの疾患がこのように症状別・検査所見別に区分されるのは、症状が多岐にわたるためです。患者によって治療方針が異なることもあり、複数の別の疾患をひとつの症候群としてまとめている可能性も指摘されています。

今後の研究のためには、こうした区分分けは已むなしといったところでしょう。

ブラッドパッチ療法の先進医療認定―2012年5月から

この診断基準の作成を受けて、自己血を用いた「ブラッドパッチ療法」が、今年5月、保険診療との併用を認める先進医療として承認されました。

7月からは日本医大病院や明舞中央病院など全国の6病院(8/12現在は12病院。「硬膜外自家血注入療法」の項を参照)で受けられるようになっています。

この先進医療認定とは、先の新しい診断基準による画像診断で異常が見られた患者、つまり「脳脊髄液漏出症」に限って、保険適用との併用を認めるものです。患者負担は、30万円から、約半額にまで減りました。

まだ朗報とは言いがたい

この先進医療認定によって、脳脊髄液減少症の患者をとりまく現状は大きく好転したのでしょうか。必ずしもそうとはいえません。幾つかの問題点が指摘されています。

◆画像診断で異常が見られる患者は2割程度。残る8割は対象から外れる
◆全面的な保険適用ではなく、併用にすぎない。
◆ブラッドパッチ療法によっても「症状が改善せず、原因不明のめまいなどが起きるケースもまれにある」

新しい診断基準、先進医療認定。これらの進展はまだ朗報とは言いがたいですが、着実な前進であることは間違いないでしょう。少なくとも、不適切な診断・治療による合併症が回避されるようになったといわれています。

研究班は、「今後は先進医療の承認を受けた施設が臨床研究を重ねることで、ブラッドパッチの効果を確認する。さらに、むち打ち症とされている患者のうち、どの程度の割合が減少症なのか、ということも研究し、減少症の解明を進めたい」と話しています。

こちらもやはり、今後の展開を見守りたいところです。

社会の理解―これから

記事では患者のひとり深沢佑美さんの経験談が取り上げられています。深沢さんについてはFNNニュース「あなたの頭痛 大丈夫?原因不明は“髄液漏れ”か」まとめ でも取り上げました。

深沢さんは中学生の頃から倦怠感に悩まされましたが、10以上の診療科は脳外科や精神科を回っても改善せず、1日3時間しか起き上がっていられないこともありました。30歳を過ぎてようやく診断が下りましたが、その間の心労をこう語っています。

「発症当時は病名が知られておらず、家族も理解してくれなかった。この病気のことを多くの人に知ってほしい」。

山王病院の高橋浩一・脳神経外科副部長も「周囲から怠けていると誤解されたり、心の病などと誤診されたりするのは酷だ」と共感を寄せました。

このような理解に乏しい現状は、医療現場だけにとどまりません。脳脊髄液減少症は事故の後遺症として発症するという独特な側面があるので、裁判がときおり行われますが、訴訟で因果関係を正面から認められるケースは非常に限られているようです。

こうした過酷な現状を終わらせるためにも、新しい診断基準が普及し、研究が進み、脳脊髄液減少症の実態が白日のもとにさらされる日を待ち望みたいところです。