愛情の大切さを訴え、愛着障害の悲惨さを物語る7つの実験とエピソード

どもの人生を左右する大切な要素とは何でしょうか。ある人は遺伝的要素だと言いますし、ある人は育った環境だといいます。

確かに、自閉症やADHDをはじめ、生まれ持った遺伝的要素は、終生影響を与えます。しかし、子どものころの親との関わり、つまり愛着を育む環境もまた、人生に大きな影響を及ぼします。

もし親と子との間に適切な愛着が築かれなければ、子どもは「愛着障害」と呼ばれる症状を示し、その後の人生でさまざまな問題を抱えたり、健全な社会生活や家庭生活が送れなくなったりしてしまう可能性さえあります。

この記事では、親と子どもの愛着がいかに大切かを示している、7つの実験結果とエピソードを取り上げ、愛着障害の悲惨さと、愛情の大切さについて考えます。

 

 

これはどんな本

今回取り上げる本は以下の四冊です。

いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳 は、虐待・愛着障害・小児慢性疲労症候群などの研究をしておられる福井大学の友田明美先生による、子ども虐待の脳科学についての本です。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書) は、愛着障害の専門家、岡田尊司先生による、愛着障害の解説と、克服法についての本です。

哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)は発達心理学者アリソン・ゴプニック博士による、赤ちゃんの脳機能についての本です。

どの本でも、愛着の大切さと愛着障害の害について書かれています。

愛着障害に関係する7つの実験とエピソード

愛着とは心理的・精神的な概念ではなく、オキシトシンやバソプレシンといったホルモンや、脳の愛着システムによって成り立っている生物学的な概念です。

それで、人間はもちろん、愛着システムをもつ多くの動物で、愛着パターンを研究することができます。ネコと飼い主の愛着パターンを人間の子供の場合と同様に調べた研究もありました。

これから取り上げるのは、7つの実験とエピソードです。最初の4つは動物を対象にして行われた「実験」であり、あとの3つは、人間の子どもに関する「歴史上のエピソード」です。

どれも非常に悲惨な話であり、意図的に行われた動物実験には、倫理的な嫌悪感や罪悪感も覚えます。実際に起こったエピソードについては、歴史上の事実とはいえ、やるせない気持ちになります。

しかし、こうした実験やエピソードを通して、愛着がいかに大切かが浮き彫りにされているのも事実です。わたしたちが愛着を軽視せず、過ちを繰り返さないために、これらの話について知っておくのは、とても大切なことだと思います。

1.ぬいぐるみの母に育てられた子ザル

まず最初に取り上げるのは、愛着障害に関する最も有名な実験です。愛着という概念の先駆けともなった実験であり、子どもは植物のように栄養さえあれば育つ生き物なのではなく、どうしても愛情が必要なのだ、ということがはっきり示されました。

いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳 にはこう書かれています。

虐待と左右半球に関するこれまでの研究は、ウィスコンシン大学マジソン校のHarlow(ハーロウ)が1950年年代に行った先駆的な研究にヒントを得ている。

Harlowはぬいぐるみの“母”に育てられた子ザルと、本当の母ザルに育てられた子ザルを比較してみると、ぬいぐるみを母として育ったサルは、社会的に異常な行動をとり、成体になるとひどく攻撃的になるストーリーはあまりにも有名である。

また興味深いことに、Harlowの共同研究者であるルイジアナ・デルタ霊長類センターのMason(メイソン)は、ぬいぐるみの“母”をそばに置いて揺らすだけで子ザルの異常な症状が少し和らぐことを発見した。(p67)

この実験で、子ザルは母親から引き離され、偽りのぬいぐるみの母に育てられました。子ザルは、哺乳瓶よりもぬいぐるみの母にしがみついたことから、栄養よりも、母親との身体的接触を求めていることがわかったといいます。

とても残酷で、悲しい実験ですが、この実験をきっかけに、愛情の大切さが見直されるようになりました。

2.子ザルの脳は発達しなかった

次に、親から引き離されて育てられた子ザルの話です。

幼い頃の経験が脳梁の発達に影響を及ぼすという結果は、エモリー大学のSanchez(サンチェス)によるアカゲザルの研究でも確認されている。

生後2~12ヶ月のアカゲザルを、親や集団から離して育てられた群とそうでない対照群の頭部MRIの容積を比較すると、全体の脳の容積は両群で差がなかったが、親や集団から離して育てられた群の脳梁の後ろ部分のサイズが著しく小さくなっていた。

しかも脳梁の容積と認知力(認識能力)は正の相関があった。(p66)

この実験でも、子どもを親から引き離すというひどい扱いがされていますが、その結果としてわかったのは、単にストレスを抱える、というようなものではなく、脳が明らかに小さくなる、という器質的な変化が起こるということでした。

親の愛情が注がれないと、常にストレスホルモンが放出されるなどして、脳や体の成長、発達にまで影響が及び、健全な大人に成長できないのです。すなわち、その後の人生全体に影響を与えるということがわかります。

3.母ザルの虐待は連鎖した

3番目の実験は、2番目とは逆に、親から引き離されるのではなく、親に虐待された子ザルについての実験です。

シカゴ大学の霊長類学者Maestripieri(マエスツリピエリ)の報告によると、アカゲザルの雌の子ザルも母親から虐待を受ける(殴られたり蹴られたり噛まれたりする)と、やがて成長し子どもを生んだ後、その子どもに虐待をするようになり、霊長類でも世代を越えて、永続的に家庭内の“暴力”が受け継がれ、繰り返されていくことがわかった。

ここで興味深いのは、虐待母ザルから生まれたメスの子ザルを、早い時期にその虐待母ザルから引き離し、代わりに非虐待母ザルに育てさせると、その後、皆一様に子育てに熱心な母ザルに成長するという。(p8)

虐待を受けた子どもは、自分の子どもには同じような目に遭わせたくない、と思うはずです。では愛情深い親になれるのでしょうか。そうなる場合もありますが、すべてがうまく運ぶわけではありません。

近年の虐待についての研究によると、虐待は連鎖するとしばしば言われます。それは紛れのない事実でした。人間特有の現象でさえなく、サルにさえ見られる普遍の現象だったのです。

愛情を十分に注がれず、虐待された子どもは、愛情とはどのように示すものかを学べません。愛される喜びも知らなければ、愛し方も知りません。

ですから、たとえ、自分の子どもには同じような辛い目に遭わせたくないと願っていても、いざ自分に子どもができたときに、どう愛すればよいのかわかりません。そして親が自分にしたのと同じ方法で、子どもを虐待してしまいます。

子ども時代に愛情を注がれないなら、その人の人生だけでなく、さらにその子どもの人生、そしてさらにその子どもの人生…というように連鎖して、言葉では言い尽くせないほど多くの苦しみがもたらされることがあるのです。

▼暴力を受けた子どもが暴力をふるうようになるわけ
ある研究によると、子どもが暴力遺伝子MAO-Aを持っている場合、幼少期に深刻な暴力を見たり、巻き込まれたりすることで、この遺伝子のスイッチがオンになってしまい、暴力的な人格が作られると言われています。

猟奇殺人者になる素質は何か 脳と遺伝子、生育環境の共通点を神経科学者が解説 – ログミー はてなブックマーク - 猟奇殺人者になる素質は何か 脳と遺伝子、生育環境の共通点を神経科学者が解説 - ログミー

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4.大人になってから影響が出たラット

4番目に考えるのは、サルではなくラットを用いた実験です。愛着は、人間特有のものでも、霊長類だけのものでもありません。ラットにさえ愛着障害の影響は生じます。

子どもラットに対するストレスとして用いられた方法は、生後2生目~20生目まで、子どもラットに毎日4時間母子分離飼育(母ラットから隔離)することであった。

その結果、ストレスを受け続けた子どもラット(60生目)の海馬CA細胞におけるシナプスフィジンの発現量は、ストレスを受けなかった対照群の子どもラットに比べて約半分に減っていた。

しかもその影響は、遅い時期(成人早期)に現れていた。

…つまり子ども時代の精神的ストレスはその後の脳の発達における2つの決定的な要素、シナプス形成と髄鞘形成に影響を与える可能性がある。

また、海馬への影響はdelayed effect(遅れて出現する影響)としてラットでは成人早期に明らかになることも示唆された。(p60)

この悲しいラットの実験から分かるのは、新生児が、毎日たった4時間、親から引き離されただけでも、悲惨な影響がもたらされるということです。

そのように愛着が損なわれたラットは、脳の発達が損なわれるだけでなく、大人になってから現れる遅延的な障害さえ、抱えることになったのです。

もちろん、ラットの実験がそのまま人間に当てはまることはありません。

しかし、愛着障害は、子ども時代や思春期だけの問題ではなく、大人になってから深刻な影響が出ることも十分に考えられます。

5.イスラエルのキブツでの「画期的な」子育て

5番目に取り上げるのは、動物ではなく、実際の人間の子どもに対して、良かれと思って行われた悲惨なエピソードです。

すでに述べたように、ぬいぐるみの母の実験などが行われるまで、愛着の重要性は軽視されていました。むしろ、愛情を注ぎすぎると、子どもが依存するのでよくない、という子育て論もありました。

先進的な人は、「愛さない」子育て法を提唱しました。果たしてどうなったのでしょうか。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書) という本にはこう書かれています。

かつて、進歩的で合理的な考えの人たちが、子育てをもっと効率よく行う方法はないかと考えた。

その結果、一人の母親が一人の子どもの面倒をみるのは無駄が多い、という結論に達した。

それよりも、複数の親が時間を分担して、それぞれの子どもに公平に関われば、もっと効率が良いうえに、親に依存しない、自立した、もっと素晴らしい子どもが育つに違いないということになったのである。

その「画期的な」方法は、さっそく実行に移された。ところが、何十年も経ってから、そうやって育った子どもたちには重大な欠陥が生じやすいことがわかった。

彼らは親密な関係をもつことに消極的になったり、対人関係が不安定になりやすかったのである。

さらにその子どもの世代になると、周囲に無関心で、何事にも無気力な傾向が目立つことに、多くの人が気づいた。

これは、イスラエルの集団農場キブツで行われた、実験的とも言える試みの教訓である。(p22)

この歴史上の出来事は、これまで見てきた 動物実験と同じことが、より大規模に、実際に起こってしまった、とても悲惨な例です。

このような育て方をされた子どもたちは、愛することも愛されることも学びませんでした。そのため、 大人になってから愛されることを望まず、自分の子どもを愛することもできなかったのです。

「画期的な」子育て法は、世代を超えて、多くの子どもの心を蝕み、数えきれない人たちに破壊的な影響をもたらしました。

6.チャウシェスクの子どもたち

6番目に紹介するのは、ルーマニアのチャウシェスク政権のもとで育った子どもたちです。チャウシェスク政権では、人口を増やすために「産めよ増やせよ」を強制する非人道的な政策が行われました。

その結果、子どもを養うことができなくなった人が急増し、捨てられた子どもが孤児院に集められました。その子どもたちに何が起こったのでしょうか。

哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) という本にはこうあります。

ニコラエ・チャウシェスク独裁下のルーマニアで、孤児院に入れられていた子どもたちの心痛む事例があります。

この子たちは、身体的虐待こそ受けませんでしたが、社会的・情緒的にすさまじい剥奪を受けました。孤児院では誰も遊んでくれず、抱いてくれず、話しかけてくれず、愛してくれませんでした。赤ちゃんは数時間どころか何日も、何週間も、ベッドに寝かせきりだったのです。

政権が崩壊し、孤児院の恐ろしい実態が明るみに出ると、当時、三、四歳だった子どもの多くはイギリスの中流家庭に引き取られていきました。

その子たちの様子は、同年代の他の子どもとはまるで違いました。体がとても小さく、ひどい発達遅滞があって、ほとんど口がきけない上に、突飛な社会行動も見られました。

それでも六歳になると、遅れはおおかた取り戻されました。IQの平均スコアは同年代のより恵まれた子どもたちと比べ、わずかに低いだけとなりました。

…それでも一部の子どもは、受けた傷から完全に回復しきれませんでした。

…孤児院にいた期間が長い子どもほども問題が残りやすく、その程度が深くなる傾向がありました。(p239)

ルーマニアの孤児院の子どもたちは、ほったらかしにされ、今でいうネグレクト(育児放棄)の状態にありました。だれからもまともな世話を受けられず、愛情を注がれることもありませんでした。

そのような子どもたちは、脳も体も発達しませんでした。この状態は「愛情遮断症候群」として知られています。

「愛情遮断症候群」―子どもは親を選べない、だからこそ
子どもたちは病気になったとき、問題を抱えたとき、不登校になったとき、それまで以上の愛情を必要とします。「子どもは親を選べない」。だからこそ、たっぷり愛情を注いであげてほしい、そんな

のちに里子として引き取られた子どもの多くは、ある程度回復したと言われていて、人間の脳の回復力を物語る例となっています。

ネグレクトの愛着障害は早期対応で回復する
ネグレクトによって生じた脳の白質の統合性の異常は里親家庭に引き取られると回復したそうです。

しかしより長い期間を孤児院で過ごした子どもたちは、いくら里親から愛を示されても、愛し方や愛され方を学ぶことができず、決して傷が癒えることはありませんでした。

これもまた、一種の自然のことわりを変えようとした、独裁者による「画期的な」子育て政策がもたらした、深刻かつ破滅的な害といえるでしょう。

7.刑務所より劣悪な環境とは

最後に、この孤児院でのできごとと関連した、もう一つのエピソードを引用します。

神経科医オリヴァー・サックスは、レナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) の中で、ルネ・スピッツによって第二次世界大戦のころに観察された、孤児院で育てられた幼児に関する有名な研究に言及しています。

スピッツがメキシコの孤児院の子供たちを対象に行なった研究は忘れがたいものである。

人間的なつながりの欠如がもちらす効果を調べるために、抜群に機械的で「衛生的」な環境で、人間的な眼差しやぬくもりを注ぐことなく子供たちを育てたのである。

その結果、子供たちは全員、三歳になる前に死んでしまった。

幼児や老人、重病人や精神的に引きこもった人を対象に行なわれた同じような研究からも、人間的なケアを受けられないことは文字通り致命的であり、それによって人は死んでしまう、それも弱い立場にいる人ほど早く死んでしまうということが明らかになった。(p250-251)

精神科医ノーマン・ドイジは、脳は奇跡を起こす の中でやはりこの研究に言及し、スピッツが、孤児院で育てられた幼児と、刑務所で育てられた幼児について比較したことを記しています。

第二次世界大戦のさなか、ルネ・スピッツが刑務所で母親によって育てられた幼児と、孤児院で育てられた幼児を比較した。

孤児院では、ひとりの看護師が七人の幼児の世話をしていたが、幼児は知的な発達が止まり、感情をコントロールすることができなかった。そして、ひっきりなしに体を前後にゆすり、意味もなく手を動かしていた。

また、その幼児たちは世間に関心がなく、ほかの人が抱こうとしたり、あやそうとしても反応しなかった。

写真で見ると、幼児たちはどこか遠くを見つめるような目をしている。こうした「スイッチオフ」の麻痺状態は、子どもたちが親を捜すことをあきらめたときに生じる。(p269)

孤児院で育てられた幼児は、他者との交流をあきらめたスイッチオフの状態、すなわち解離状態に陥っていました。

愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書) という本では、その様子が、刑務所で育てられた幼児たちとは対照的だったことが指摘されていました。

施設で暮らす孤児を調査し、彼等が示す特異な状態を最初にフィルムに収めたのは、ルネ・スピッツ(Rene Spitz)である。

スピッツが記録した子どもたちは、人との接触を求めようとせず、自分の殻に閉じこもり、ぼんやりと虚空を見つめたまま体を揺すったり、ぐるぐる同じところを回り続けたり、じっと横たわったまま動かなかったり、自分を傷つけるような行動を繰り返し、十分な栄養が与えられている場合でも、成長の遅れや高い死亡率を示したのである。

…奇妙なことに、刑務所の育児室で育てられた子どもの方が、ずっと問題がなかった。

孤児院の環境のほうがましだったにも関わらず、刑務所の育児室で育った子どもは、死亡することもなく、ほぼ健康に発達していたのである。

原因は、ひとつしか考えられなかった。刑務所の子どもは、母親の手で育てられていたのである。(p33)

スピッツは、孤児院の子どもが深刻な発達遅滞を示すことに注目し、1945年に「ホスピタリズム(施設病)」として報告しました。しかしその原因が愛着にあることがわかったのはしばらくしてからでした。

鍵となったのは、刑務所で母親の手によって育てられた子どものほうが、ずっとましな発育を遂げたことです。

一般に刑務所ほど悪い環境はなさそうに思えます。しかし刑務所で育つよりも悲惨な環境、それは、親から愛されない環境だったのです。

今日では、虐待やネグレクトは、単に心理的な意味で必要物を奪うのではなく、脳そして身体の発達に破壊的な影響をもたらすことがわかっています。詳しくは、友田明美先生のいやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳 を解説した以下のエントリをご覧ください。

だれも知らなかった「いやされない傷 児童虐待と傷ついていく脳」(2011年新版)
子どもの虐待は、近年注目を浴びるようになって来ました。しかし、虐待が脳という“器質”にいやされない傷を残すことを知っている人はどれだけいるでしょうか。友田明美先生の著書「いやされな

愛着障害を防ぐために

自身も母親として子育てを経験したアリソン・ゴプニックが書いた哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) では、子ども時代の母親との愛着がいかに人生に影響を及ぼすかについて、ユーモアたっぷりにこうコメントされています。

30歳になったわたしの息子は、出発ロビーで恋人と別れるとき、1歳のときとそっくりの別離行動をとりました。(p264)

子どものころに育まれた親との愛着のスタイルは、70%~80%の人で生涯変化せず、生き方の方向性を死ぬまで左右すると言われています。

子どものときに注がれた愛情の形が、それほど大きな影響を及ぼすのであれば、ましてや愛情を注がれなかったことによる影響は計り知れません。

さまざまな実験結果は、「あの男(ひと)は心の底ではわたしを自分のママだと思っているのでは…?」「わたしの心の深層には母親がいるのでは?」という女性たちの疑念を裏づけているそうです。(p266)

それほどまでに、親の存在は、いくら年齢を重ねても、心の基盤として残り続けるのです。

この記事で過去の実験やエピソードを取り上げたのは、その悲惨さを見て、ため息をつくためではありません。むしろそのできごとが教えている愛着の大切さを銘記するためです。

子ども時代に愛情を注がれなかった人は、愛し方も愛され方も知らない、と書いてきましたが、大人になったら、もうどうしても手遅れであるわけではありません。

アリソン・ゴプニックはこう述べます。

幼児期の体験は後の信念に影響し、信念は行動に影響し、その行動がまた新たな体験をもたせ…というサイクルがあるため、最初に否定的な体験をしてしまうと、それが繰り返されるリスクは確かに上昇します。

でも、これもあくまで統計的な傾向であって、克服はできます。新しい愛に出会えば、不幸な体験から生まれた理論も修正されます。(p268)

いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳 によると、統計では、虐待された子どものうち1/3が自分の子どもを虐待してしまう、という虐待の連鎖があると書かれています。(p8)

しかし見方を変えれば、虐待された子どもの2/3は、虐待の連鎖を断ち切ることができるのです。受けた傷が完全に癒えなくとも、安定した愛着スタイル、いわゆる獲得型の愛着へと変わっていくことは可能です。

それは、ちょうど、子どものころに学ばなかった言語を学ぶようなものかもしれません。言語も、愛着も、ある程度学習の臨界期があるのは共通しています。

しかし、大人になってから、たとえカタコトでも外国語を学び、外国人とコミュニケーションすることができるのと同様、愛情を知らなかった人も、大人になってからある程度愛着を学び、愛し愛されることは可能です。

言語を習得する人に辛抱強さと意志が必要なのと同様、それは簡単な道のりではないかもしれませんが、愛着障害を克服し、親から受け継いだ負の遺産を捨てて、愛情深い親になることは可能なのです。

▼愛着障害について
詳しくはこちらの記事をご覧ください。

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愛着障害の克服には、今回取り上げた本などが役に立つかもしれません。