【3/3 ETV特集】人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~まとめ

NHKのETV特集で「人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~」が放送されました。わたしは自閉症スペクトラム障害ではありませんが、興味のある内容だったので、WEB上の情報を参考に放送内容をまとめることにしました。

NHK【ETV特集】「人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~」3/3(日)夜10時、再放送:2013年3/10(日)午前0時50分(土曜深夜)はてなブックマーク - NHK【ETV特集】「人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~」3/3(日)夜10時、再放送:2013年3/10(日)午前0時50分(土曜深夜)

番組の内容を概観するとともに、このブログならではの情報として、自閉症スペクトラムと誤診されやすい、あまり知られていない5つの問題を紹介したいと思います。

いじめ・不登校・虐待―自閉症スペクトラム障害が原因?

増加するいじめや不登校、親からの虐待など、子どもたちの「心」に深刻な傷を負わせてしまう人間関係の問題の背後には、「ASD(自閉症スペクトラム障害)」が大きく影響している。

この番組ではそう説明しています。ASD(自閉症スペクトラム障害)とは自閉症や広汎性発達障害・アスペルガー症候群など、社会性やコミュニケーションの障害の総称です。

自閉症は30年ほど前まで、珍しい障害と思われていましたが、日本の1歳6ヶ月検診で、アスペルガー症候群などの広汎性発達障害が発見されたことで、さまざまな程度で多くの子どもに見られることが分かりました。

そこで自閉症やアスペルガー障害は、さまざまな程度があるものの、別個の問題ではなく、連続したひとつの問題として捉えよう、という意味合いを込めて「スペクトラム」=「連続性」という語が用いられるようになりました。

ASDは、このブログでも、以前の記事で詳しく取り上げました。

【7/2 あさイチ!】大人の発達障害(ASD、アスペルガー症候群)に対処する
NHKのあさイチで取り上げられた、「子どもも大人も増加!発達障害」という番組のまとめです。特に大人の発達障害が特集されています。ASDとは何か、なぜ子供のころ見過ごされてしまうのか

ASDが見過ごされてしまうと、意図せずに人間関係でトラブルを重ねてしまい、いじめや親から子への虐待、やがてはうつ病や自傷行為など深刻な「心の病」を発症してしまいかねない、とされています。

番組では次のような例が取り上げられました。

◆集団行動が苦手で、小学校入学まもなく、登校できなくなった。
◆過集中で集中しているので、いきなり話しかけられても対応できない
◆相手の話に耳を貸さず、自分の好きな話に夢中になる
◆大声など騒音に気持ちをかき乱される
◆思いついたことを何でも口にしてしまい、怒られても理由が分からない

ASDの子どもは「みんなと一緒に」の指導に馴染めないゆえに、いじめに遭ったり、育てにくさゆえに、親から虐待されたりします、トラウマが残り、深刻な心の傷を抱える場合もあります。

そこで子どものこころの診療所の杉山登志郎先生の取り組みとして取り上げられたのが、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)=眼球運動による脱感作と再処理法という治療法です。

先日読んだいやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳のp108以降でも「比較的新しいトラウマに対する心理療法」として詳しく書かれていました。詳しくは以下のエントリをご覧ください。

【NHK ETV特集まとめ】慢性的な難病の裏にある「トラウマからの解放」
NHK ETV特集「トラウマからの解放」の内容をまとめました。さまざまな難治性の病気の裏にトラウマが関係しているという内容で、治療法としてEMDRが紹介されています。

加えて、学校・家庭が病気について知ることで、席の周りにパーティションを立てたり、音楽の授業では耳栓をつけたりするなど、子どもが過ごしやすい環境を整えられるようになるといいます。

また大人の場合は、自分の問題を知ることで、なぜずっと人付き合いが苦手だったのか、理由が分かり、安心します。そして対応策をノートにまとめることで、社会環境に対処していくことができます。この点もこのブログで以前紹介しました。

「アスペルガーですが、妻で母で社長です」に学ぶ“自分トリセツ”の作り方
生まれ持った障害や慢性的な病気と付き合いながら日常生活を送るにはどうすればいいでしょうか。書籍「アスペルガーですが、 妻で母で社長です。」を通して、“自分トリセツ”の作り方を考えま

フラッシュバックが虐待を連鎖させる

子どものこころの発達研究センターによるとASDの子どもは、以下のような脳機能の偏りが見られるといいます。

◆言語を司る、左脳のブローカ野とウェルニッケ野の働きが弱い
右脳の視覚的な認識・記憶能力が高い
◆空間把握が苦手で、三次元が平面に見える

つまり、コミュニケーションが苦手な反面、記憶力や視覚から受ける影響が強く、トラウマを心に刻み込んでしまいやすいということです。高い記憶力の影響で、虐待やいじめのトラウマが大人になってもフラッシュバックするため、ASDには独特な問題がつきまといます。

子ども時代に辛い経験をしたASDの患者が、親になったときに、辛い記憶が鮮明なため、意図せずしてASDの子どもを虐待してしまう場合があるのだそうです。

この対策として以下のような取り組みが紹介されました。

◆米国ニューヨーク州、キャサリン・ロード先生の早期発見・支援の取り組み
◆親のASDが疑われる場合は、不登校の子どもよりも親の治療をする
◆佐賀県、服巻智子先生の超早期療育でASDの子どもの社会性を育む

服巻智子公式ブログ:自閉症の早期発見・早期療育~ETV特集

杉山先生は結びに、「ちょっと変わった、しかし才能にあふれた普通の子」を受け入れる社会を作っていく必要があるとして締めくくられました。

このブログはおもに慢性疲労症候群について書いていますが、発達障害ゆえに疲労しやすく慢性疲労症候群を発症する場合や、発達障害が慢性疲労症候群の症状を重くしている場合があるそうです。

【3/3 ETV特集】人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~まとめ
NHKのETV特集で「人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~」が放送されました。

自閉症スペクトラム障害と誤診されやすい別の問題

ここまでは番組の内容をまとめてきましたが、番組の内容だけでは、周囲に馴染めない子どもがすべて自閉症スペクトラム障害であるかのように思えるかもしれません。

しかし、このブログで取り上げてきた種々の問題は、自閉症スペクトラム障害と間違われやすいものの、実際にはそうではないという厄介なものです。

それには、慢性的な睡眠不足、発達障害としてのトラウマ関連障害、愛情遮断症候群、愛着障害、軽度外傷性脳損傷があります。この5つについて簡単に解説しておきたいと思います。

慢性的な睡眠不足

睡眠時間短縮という現代社会特有の諸問題が若者たちの生活を一変させ、大きな社会問題となってきている。

なぜなら、これらの睡眠問題が若者たちの脳機能にアンバランスを生じさせ、おかしなことに児童生徒期に及んではじめて“発達障害”の診断を受けるものが激増しているのである。(p97)

しかし、この状態は二次的なものであり回復する可能性が高い。

…不登校だけでなく学校中に発達障害の診断が蔓延してきた現状は安易な診断がまかり通っていることを物語っており、わが国の危機ともいえる大問題である。(p82)

不登校外来―眠育から不登校病態を理解するによると、長期間に渡る慢性的な睡眠不足環境がもとになり、深刻な脳機能異常が生じることがあります。

奇妙な疲労感などの身体症状に加え、コミュニケーションが難しくなったり、知能が20以上も低下したりするため、不登校につながりがちです。

睡眠不足が子どもの発達にもたらす影響については以下のエントリをご覧ください。

発達障害を防ぐ「子どもとねむり」の大切さ
発達障害の原因は、赤ちゃんのときの睡眠障害にある…。最新の研究に基づいて、乳幼児期のねむりの大切さを説明している書籍「子どもとねむり」から、あまり知られていないねむりの役割を紹介し

発達障害としてのトラウマ関連障害

こうした震災や虐待などのトラウマは、単回性か慢性的かの違いはあれ、トラウマとして子どもたちに重篤な影響を与え、その発達を傷害するように働くことがある。

そしてそれは、従来の「発達障害」の基準に酷似した症状を呈する場合がある。

こうした子どもたちのもつ障害を“発達障害としてのトラウマ関連障害”と名づけてもさしつかえないであろう。(p136)

番組でも指摘されていた点ですが、発達障害とトラウマは絡み合っています。いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によるといじめや虐待のトラウマが原因で、発達に支障を来たす、「第四の発達障害」が注目されています。加えて、震災など環境の激変がトラウマとなって発達障害のように映ることもあります。

虐待の影響について詳しくは以下のエントリもご覧ください。

だれも知らなかった「いやされない傷 児童虐待と傷ついていく脳」(2011年新版)
子どもの虐待は、近年注目を浴びるようになって来ました。しかし、虐待が脳という“器質”にいやされない傷を残すことを知っている人はどれだけいるでしょうか。友田明美先生の著書「いやされな

愛情遮断症候群

主な養育者である母親が子どもに対し、愛情や望み、保護といったものを十分与えることができなかったら、その結果として子どもの発達に障害をきたすだろう。

…愛情遮断症候群は、死亡例こそないものの後遺症を残すことのある危険な疾患として認識されるべきである。(p121)

愛情遮断症候群といっても、出てくる症状はさまざまです。…背が伸びない子もいれば、精神発達が遅れる子もいます。

…子供は親を選べないだけに、愛情遮断症候群になってしまった子供たちはほんとうに悲劇としかいいようがありません。(p29)

愛情遮断症候群 (角川oneテーマ21)によると、親からの愛情不足は生きる力を奪い、成長ホルモンの分泌が低下したり、精神遅滞につながったりすることが知られています。これは親が悪いわけではなく、親もどうしてよいか分からないことがあるのです。

愛情遮断症候群になると、成長が止まることもあれば、対人関係がうまく行かなくなったり、発達障害に似た症状を呈したり、さまざまな心身症を発症したりします。

愛情遮断症候群について詳しくは以下の記事をご覧ください。

「愛情遮断症候群」―子どもは親を選べない、だからこそ
子どもたちは病気になったとき、問題を抱えたとき、不登校になったとき、それまで以上の愛情を必要とします。「子どもは親を選べない」。だからこそ、たっぷり愛情を注いであげてほしい、そんな

愛着障害

愛着の問題が、発達にも影響するということは、いくぶん複雑な状況を生んでいる。

本来の発達障害は、遺伝的な要因や胎児期・出産時のトラブルで、発達に問題を生じたものであるが、愛着障害にともなって生じた発達の問題も、同じように発達障害として診断されているのである。

両者を区別するのは、症状からだけでは難しい場合も多い。

…愛着パターンは、第二の遺伝子と呼べるほどの支配力をもつのである。(p138)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)によると、愛情不足だけでなく、歪んだ愛情や親との死別もまた、愛着障害として発達に問題を生じさせ、重度の場合は境界性パーソナリティ障害などにつながることが知られています。

軽度外傷性脳損傷

 

子どもの場合、受傷前に獲得した技能は維持される一方で、新たな技能を獲得する能力は妨げられ、時として特定の発達段階に留まってしまうこともあります。(p32)

子どもたちの高次脳機能障害―理解と対応によると、事故などで後天的に脳を損傷すると、発達障害に似たさまざまな問題が表れることがあります。事故後すぐに表面化するとは限らないため、家族が事故が原因だと思い当たらないこともしばしばです。

軽度外傷性脳損傷について詳しくは以下をご覧ください。

「子どもたちの高次脳機能障害-理解と対応」に配慮する教え方
高次脳機能障害を抱えた子どもとコミュニケーションを図り、上手に教えるにはどうすればいいでしょうか。後天性脳損傷、特に軽度外傷性脳損傷について書かれた「子どもたちの高次脳機能障害―理

発達障害だけではない

以上の5つの例はすべて、発達障害に似た症状を抱えるようになり、場合によっては生来の発達障害と同じほど深刻な影響が、生涯にわたって続くものです。

これらの問題は単独で現れることもあれば、従来の発達障害を含め、互いに複雑に絡み合って深刻化していることもあります。

自閉症スペクトラム障害という観点は大切ですが、発達障害のように思える子どもすべてが自閉症スペクトラムではありません。しばしば報道される、発達障害が増加しているというニュースには、この視点が欠けています。

生来の自閉症スペクトラム障害が、早期療育によって改善するように、慢性的な睡眠不足や愛情遮断症候群は、早期に気づいて、適切な対処を施せば、健康な家族生活を取り戻すことができます。

「人とうまくつきあえない ~いじめや虐待と自閉症スペクトラム~」という問題の背後には、ひとつの番組のみでは説明しきれないさまざまな問題があることも多くの人に知ってもらいたいと思います。