水族館に勤めているある友人に、「アシカとオットセイってよく似ているよね?」と尋ねたことがあります。すると、その友人はこう言いました。
よく見ればぜんぜん違うよ!
慢性疲労症候群とうつ病の状況もこれと似ています。
慢性疲労症候群とうつ病。この二つは、しばしば似ている病気として誤解されることがあります。しかし実際には、似ているところもある別の病態というのが正しいようです。
細かな部分を見ていくと、両者が違うことは一目瞭然です。慢性疲労症候群とうつ病は同じだと主張する人は、ちょうどわたしがアシカとオットセイをじっくりみたことがなかったように、慢性疲労症候群とうつ病それぞれについてよく知らないか、あるいは知ろうとしないかのどちらかでしょう。
この一連の記事では、さまざまな資料を参考に、慢性疲労症候群とうつ病の3つの類似点、そして14の違いをわかりやすく説明します。
もくじ
慢性疲労症候群とうつ病は合併しないのか
まず、多くの人が疑問に思うのは、慢性疲労症候群とうつ病は合併しないのか、という点でしょう。結論を言うと、両者は違う病気なので、もちろん合併することがあります。糖尿病とガンが合併しうるのと同じです。慢性疲労症候群(CFS)患者640人を対象にした研究では、32%にうつ障害がありました。
しかし現在の慢性疲労症候群の診断基準では、「双極性障害・精神病性うつ病などを併発している場合は除外する」とされています。これは、慢性疲労症候群がまだ研究途上の疾患で、より純粋なデータを集める目的で、厳しくふるい分けているからかもしれません。またうつ病などの精神障害を合併している場合、そちらを先に治療するほうが回復しやすいからでもあります。
日常的なうつ状態のほうは、慢性疲労症候群の診断から除外されていません。ですから、慢性疲労症候群と診断された患者の中には、日常的なうつ状態に苦しんでいる人が少なからずいます。またうつ病そのものの定義はもっと複雑化していて、いくつかの細分化された形態がCFSに当てはまるという人もいます。
慢性疲労症候群とうつ病の3つの類似点
両者の違いを考える前に、まず両者の類似点を押さえておきましょう。慢性疲労症候群とうつ病について混同している人の多くは、両者の類似点さえ正しく理解していない人が多いからです。
深刻さ
どちらも日常生活に破壊的な影響を及ぼす深刻な病気です。それぞれ「うつ状態」や「慢性疲労」と混同されますが、それらとこの二つの病気は、火花と稲妻ぐらい違います。
メカニズム
どちらも「気の持ちよう」でなんとかなるたぐいの病気ではありません。複雑なメカニズムが関係しています。例えば、脳内の神経伝達物質の均衡が乱れていて、ひどい場合には脳の一部の萎縮が見られることがわかっています。
なおうつ病が単なる“心の問題”ではなく、脳を含めた全身の問題であることはよく知られています。たとえばウォール・ストリート・ジャーナルの記事にはこう書かれています。
うつ病やストレスが「老化の加速」につながる=研究/ WSJ日本版 – jp.WSJ.com – Wsj.com
うつ病やほかの精神疾患は心の病であるのと同様、からだの病であるとする研究報告が増えている。
影響
どちらも、全身に影響が及びます。うつ病なので心だけが辛い、慢性疲労症候群なので身体だけが辛いというわけではありません。
前述のウォール・ストリート・ジャーナルの記事でオーウェン・ウォルコウィッツ教授はこう述べています。
知識を深めるにつれて、私たちはうつ病を『精神疾患』や、まして『脳の病気』と考えることは少なくなり、むしろ全身的な病気と考えるようなった
慢性疲労症候群とうつ病は、両者とも深刻で、似かよった部分のある病気です。これらを踏まえた上で、両者の違いを細かく見ていきましょう。
うつ病と慢性疲労症候群の14の違い
慢性疲労症候群とうつ病にはどのような違いがあるのでしょうか。以下にわたしが調べた8つのポイントを挙げますが、これらは一般的な傾向に過ぎないことをお含みおきください。症状は患者によって異なります。ここに書いた内容と、患者の訴える症状が異なる場合、どうか患者本人が述べることのほうを信じてあげてください。
1.原因
うつ病は、何の前ぶれもなく突然生じます。ある患者は「身近な人を亡くしたわけでも,何かつらいことがあったわけでもないのに、突然絶望感に襲われ,重苦しい日々が続く」と述べました。
つまり、発症の原因がはっきりしません。何かの出来事が引き金となって起きる場合もありますが、原因が無くなった後も症状が続き、なぜ気分がふさぎこんでいるのか自分でもわからないのがうつ病です。
慢性疲労症候群は、熱やのどの痛み,リンパ節の腫れ,筋肉痛を特徴とする風邪のような症状から発症することがよくあります。日本大学板橋病院心療内科の村上正人先生によると、発症と同時に精神的症状を感じる人は約4割にすぎず、病気が長引くにつれ割合が高まります。
またウォルター・ガン医師はアメリカ医師会ジャーナル誌で,患者たちは皆うつ病を抱えているだろうという医師の予想に反して,最初からうつ病の徴候が見られたのはCFS患者の30%に過ぎなかったと述べていました。
つまり、多くの場合、つらい症状というはっきりとした原因があるために、うつ症状が出てきます。ですから、症状という原因がなくなれば、うつ状態も当然なくなります。1年以上疲れた状態にあれば,だれだって憂うつになるのではないでしょうか。
オーストラリアの精神科医イアン・ヒッキーの研究によると、うつ病の既往歴のない人々も、うつ病の既往歴をもつ人々と同じ頻度でCFSを発症していて、うつ病と慢性疲労症候群の関連は認められませんでした。
さらに慢性疲労症候群(CFS)は集団発生する場合があります。近年のCFS研究の発端となったネバダ州インクラインでのケースでは200人以上が同時期に発症したため、長らくウイルスの関与が疑われています。
2.発症年齢
うつ病は厚生統計要覧(平成11年度)によると、大うつ病などの気分障害は、年をとるとともに頻度が高くなり、「65歳以上」 でピークを迎えます。
書籍危ない!「慢性疲労」 (生活人新書)によると、慢性疲労症候群は発症年齢は25-34歳がピークで、ついで15-24歳、そして35-44歳が高く、ほかの年代にはあまり発症しません。(p92)
3.症状
うつ病は一時的な憂うつな気分とは異なり,障害となるほどに症状が重く,日常生活に支障をきたします。恐れや混乱、深い悲しみに生活が支配されてしまい、自分ではコントロールできません。ひどく落ち込み,何もする気が起きません。自殺を計画することもあります。自分は全く価値がないと感じ、罪悪感に悩まされます。
SF-36という規準を用いたアンソニー・コマロフ医師の研究によると、慢性疲労症候群は、健康な人、心不全、うつ病、CFSの患者を比べたところ、身体的状態は、CFSと心不全患者は健康な人やうつ病患者よりずっと悪いという結果でした。
身体の痛みや社会的機能は、CFS患者が最も悪い状態でした。精神的状態は、CFS患者よりもうつ病患者のほうがずっと深刻でした。慢性疲労症候群患者の多くは、ひどい身体的症状に悩まされますが、没頭できる活動があれば喜びを感じることができます。
また書籍疲れる理由―現代人のための処方せんには「[CFSとうつ病の]大きな違いは、CFS患者には罪悪感、自己非難が認められないということである。よって、うつ病患者に多くみられる自殺の危険性は、CFS患者においては、たとえうつを伴っている場合でも、かなり低いと考えられる」と書かれています。(p98)
4.日内変動
うつ病は早朝の憂うつの増加/早朝の強い憂うつ感があります。一日の後半にはかえって元気になることがあります。しかし起立性調節障害(OD)ほど、夜に元気になる日内変動はないと言われています。
慢性疲労症候群は一日の遅い時間になるほど疲労感が強くなります。疲れる理由―現代人のための処方せんのp32には、「患者群では起きている時間の最後にエネルギーが最も低下したと感じ、健康な志願者群では昼食後だとする傾向が見られた。…うつ病患者のパターンとは完全に違っていた。うつ病の人では気分と活動レベルは朝が最低で、一日の後半では上昇することもある」と書かれています。
しかしながら、起立性調節障害(OD)や睡眠相後退症候群(DSPS)を併発している子どもの場合はこの限りではありません。これらの病気があればリズムが後退し、朝が最も調子が悪いからです。
5.睡眠障害
大うつ病の患者にはレム睡眠中に異常がしばしば見られます。レム睡眠が強固に安定化し、入眠後より短時間でレム睡眠が出現したり、レム睡眠中の急速な眼球運動が増加したりする傾向があるといわれています。
またうつ病の多くは不眠だと言われます。現代の養生訓―未病を治すの中で山岡昌之先生はこう述べています。
睡眠障害といっても、不眠が約80パーセント、長時間寝ているのに眠った気がしないという過眠が約20パーセントといわれています。(p108)
うつ病で不眠が生じるのは、睡眠時間を短くして、憂鬱な気分を治癒しようとしているという考え方をする学者もいるそうです。また外側手綱核の異常な活性化によるとする研究もあります。
慢性疲労症候群の患者にはノンレム睡眠中に異常が見られます。そしてCFSは、睡眠相後退症候群や非24時間型睡眠覚醒症候群といった過眠型睡眠障害を伴います。慢性疲労症候群を睡眠障害の観点から研究している田島世貴先生はこう述べています。
体を休ませるための自律神経である副交感神経の働きが…健康な人に比べると3分の2程度の働きしかできていないことがわかっています。
そのために眠りが浅く、また浅いために長時間寝ることでカバーしようとして過眠が出ているのではという仮説を立てています。
6.人間関係
うつ病の患者は人に会うことを嫌がります。ですから、勧められても医師の診察に応じようとしない方は少なくありません。厚生労働省のホームページには「うつ病を経験した者の四分の三は治療を受けていない」と書かれていました。
何十年も闘病しているある重症の患者は「ひどい痛みや恐れにさいなまれながらもその理由が分かりません。さらに悪いことに,それをだれにも決して話したくないのです」と言っています。うつ病の人の気持ちは、友だちと楽しい時間を過ごしたとしても和らぐことはありません。
慢性疲労症候群の患者は、自分の苦しみをだれかに理解してほしいと強く感じます。アメリカの調査では、慢性疲労症候群患者は正しい診断を得るまで、平均16人の医師に診てもらっていました。患者の中には、自分の症状を理解してくれる人を探して25人もの医師のもとを転々とした人もいます。CFS患者のうつ状態は、楽しい時間を過ごしたり、嬉しいできごとがあったりすると一時的に和らぎます。
7.意欲
うつ病の患者は今まで好きだったことも含め、すべての事に対して興味を失います。ですから、周りの人が「ハイキングが好きなんだから、ちょっと気分転換に歩きに行こう」と持ちかけたり、「映画でもどうだい」と気を利かせたりしても効果がありません。それほど精神的なエネルギーが枯渇してしまいます。
慢性疲労症候群については、書籍疲労の医学 (からだの科学primary選書2)には、こう書かれています。
慢性疲労には「疲労する自分を何とかしたい」などのやる気が認められ、欲求の低下や思考停止が見られるうつ病とは異なります。(p208)
さらにハンター・ホプキンズ・センター長のチャールズ・ラップ医師も、「うつ病患者は無力感に陥り内向的だが、ME/CFS患者は率先して活動し、積極的な傾向がある」と述べました。
ポール・チーニー医師も、CFSの患者たちはうつ病とはまったく逆であり、自分の身に現われている症状が何を意味しているのかひどく心配し、周囲の物事に対して興味を失うことはないと述べています。
8.治療
うつ病による疲労や頭痛も激しい疼痛には、抗うつ薬が「驚くほどの効果を挙げる」と疲れる理由―現代人のための処方せんは述べています。(p36)
もちろん、どの抗うつ薬でもよく効くというわけではなく、個人差はあります。抗うつ薬は信号の伝達に使われなかった神経伝達物質の再取り込みを防止して、神経伝達物質の量を増やします。
うつ病よサラバ!脳が変わる最新治療 : ためしてガッテン – NHKでは次のように説明されていました。
抗うつ薬は、神経伝達物質を再取り込みをする部分にいわゆるフタをするのですが、フタの形は人によって違うと言われています。そのため、さまざまな種類の抗うつ薬が開発されてます。どれが効くかは試さないとわかりませんが、適合する抗うつ薬が見つかれば劇的に症状が改善されます。また、通電療法が効果を示すこともよくあります。
慢性疲労症候群では、抗うつ薬は大抵の場合、病気そのものに効果がありません。日本臨牀 2007年 06月号の名古屋大学附属病院総合診療部の所見によると、うつ病と同様に治療すると「むしろ症状が悪化する」ことがあります。
疲れる理由―現代人のための処方せんにも、抗うつ薬プロザックがCFS患者に効果がなかったことが書かれています。(p98)
しかし九州大学医学研究院心身医学の教授は、ごく少量の「抗うつ薬の内服により、抑うつ気分だけでなく、睡眠障害や疼痛の改善が認められることもある」と述べて、SSRI、SNRIの使用を勧めています。
コマロフ医師も、睡眠障害を改善する目的で、本来 200~300 mg服用する三環系抗うつ薬を、就寝時に 10mgだけ服用するよう提案しています。
9.内分泌異常
別冊「医学のあゆみ」最新・疲労の科学 日本発:抗疲労・抗過労への提言のp94によると、うつ病では血液中のコルチゾール(抗ストレスホルモン)が上昇しますが、CFSでは減少します。コルチゾールは、うつ病に関連する脳の神経を破壊する可能性があり、うつ病の発症に深く関わっているとされています。
またうつ病では脳下垂体のACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が減少しますが、CFS患者では増加しています。さらにうつ病患者ではMHPG(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル-エチレングリコール)が増加していますが、CFS患者では減少しています。つまり内分泌的には別の疾患です。
不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するの中で、三池輝久先生はこう述べています。
しかし、基本的にはうつとCFSは以下のような理由から異なる疾患と考えられている。
(1)うつに対する治療により疲労が回復しないこと、(2)副腎皮質ホルモンの分泌傾向が異なる(うつでは増加し、CFSでは減少する)、(3)免疫学的な問題点が異なっている、などである。
これまでの医学的な報告ではCFSと“うつ”を区別するデータが多く、“うつ”とCFSを混同してはいけないという報告もあり、現時点では異なった疾患単位とする考えが主流である。(p18)
10.運動による変化
慢性疲労症候群(CFS)は運動後に著しく疲労を感じ、症状が増悪します。うつ病の場合は、運動によって気分が改善することがあります。
11.易疲労性
脳と疲労 ―慢性疲労とそのメカニズムによるとATMT(画面上の数字を探す検査)ではうつ病患者の場合、課題の初めから反応が遅いのに対し、慢性疲労症候群患者は、課題が進むにつれて、徐々に反応が遅くなります。これは慢性疲労症候群の患者の疲労しやすさを示しています。(p45)
12.脳のブドウ糖利用
脳と疲労 ―慢性疲労とそのメカニズムによると、U・ティレリーらのが脳のブドウ糖利用を調べたところ、慢性疲労症候群患者では前頭前野と脳幹部でブドウ糖利用が低下していました。しかしうつ病患者では、前頭前野のみで低下しており、脳幹部では正常でした。(p42)
13.圧痛点
うつ病とCFS/FM によると、慢性疲労症候群(CFS)は線維筋痛症(FM)と類似していて、しばしば線維筋痛症に特徴的な18の圧痛点が見られます。しかしうつ病の患者には圧痛点が見らません。
14.セロトニンが低下する場所
体のしくみと病気―慢性疲労から最新がん治療まで (ニュートンムック Newton別冊)によると、慢性疲労症候群とうつ病では、セロトニンの減少が起きる脳内の場所が異なることがわかったと書かれています。
うつ病ではセロトニンを回収するタンパク質が多いのに対し、慢性疲労症候群では脳の一部でセロトニン神経系の脱離や低下があるため、どちらの場合もセロトニンが減少するそうです。(p104)
▼新型うつ病の場合
取り上げた従来のうつ病とは違った症状をみせる「新型うつ病」「非定型うつ病」が近年注目されています。
新型うつは、20代から30代に多いと言われていて、意欲の低下や罪悪感はほとんどありません。新型うつの患者はストレスのある仕事や人間関係に苦痛を感じますが、ストレスのかからない活動は楽しむことができ、旅行やレクリエーションは普通に行えるようです。
また、抗うつ薬があまり効かないとも言われています。
一方、CFS患者は生活のあらゆる面に影響が及ぶほど体力が低下し、新型うつの患者のように特定の活動なら支障がないということはありません。
新型うつが本当に存在する病態なのかは疑問がさしはさまれており、実際には双極性障害II型や発達障害である可能性が指摘されています。
なぜ違いは大切か
このように慢性疲労症候群とうつ病はどちらも重い病気ですが、細部はまったく違います。それが大切なのはなぜでしょうか。慢性疲労症候群(CFS)は精神疾患ではないと分かるからですか? そうではありません。
違いが大切なのは、まず第一に、治療の方針に関わるからです。はじめに糖尿病とガンを引き合いに出しましたが、ガン患者に糖尿病の治療をしても意味がありません。誤った治療方針は、ひどい場合には命に関わります。慢性疲労症候群とうつ病も、違う病気ですから、当然治療法も違います。首尾よく適切な治療を受けるために、違いを知っておくべきなのです。
また第二に、違いを知っていれば、慢性疲労症候群とうつ病の患者の気持ちを理解しやすくなります。アシカに向かって「あっオットセイだ! かわいい!」 と言ったところで、アシカは気にも留めないかもしれません。しかし人間の場合はそうはいきません。
慢性疲労症候群の患者の力になろうとして励ましても、うつ病の方に対するような言葉を選んでは、十分に効果が望めないでしょう。患者の力になりたいなら、その患者が抱えている病気の特徴を知ることが大切です。そうしてはじめて、その人が直面している苦しさに感情移入することができるからです。
このエントリを読んでくださった方は、ご自身が慢性疲労症候群(CFS)やうつ病(MMD)を患っていらっしゃる方かもしれません。あるいは、ご家族にそのような方がおられるのかもしれません。
どのような状況にあるにせよ、このエントリの内容や、このブログに載せている情報が役に立ち、病気に首尾よく対処していけるようお祈りしています。