夢の中に自分がいる。私はこの夢の世界にいるが、夢の中にいることに気づいていない。
次の段階にいくと、「これは夢か」みたいな感じで、その夢の外側に自分がいる。その夢に登場していながら、これは夢かなと思っている。
…さらにうしろに引いていくと、夢を見ていると思っていない最初の夢の中の私と夢を見ているとわかっている私の次に「夢の中で夢を見ているな」と感じている私が現れる。(p159)
これは、解離の専門家、柴山雅俊先生の、解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論という本に載せられている、ある解離性障害の女性が語った、子ども時代からの夢体験です。
解離しやすい人は、このような謎めいた独特な夢を頻繁に見るといいます。もちろんオカルトなどとは関係のない医学的な現象です。
じつは今朝、夢の中で夢を見ている自分が夢を見ている夢というややこしい夢を見て、「ああ、こういう夢はときどき見るなぁ」と感じました。そして、解離性障害について学んだ今では、これが解離に関係したものだとピンときたのでした。
せっかくなのでこの機会に、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)などを参考に、解離しやすい人はどんな変な夢を見るのか、なぜそうなるのか、ということを記事にしておこうと思いました。
また奇妙な夢の中でも、とりわけ生活の質に影響を与える悪夢を治療する薬物療法についても調べた範囲でまとめておきます。
もくじ
解離しやすい人の夢の特徴
解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)という本やその他の資料によると、解離しやすい人は、次のような夢をよく見るそうです。(p6-8)
■夢から覚めたと思ったらそれもまた夢
■夢の中で離れたところから自分の姿を見る (夢中自己像視)
■夢の中で傷つけられたり殺されたりする
■夢の中で誰かに追いかけられる (被追跡夢)
■夢の中でせっぱつまって高いところから飛び降りる (墜落夢)
■夢の中で空を飛んだり宙に浮いたりする (夢中飛行)
■夢の中で誰かに見られていると感じる (被注察夢)
■同じ夢を反復して見る
■夢の続きを見る
■夢を見ている自分を見ている夢 (夢見自己像視)
■スクリーンに映った映像のような夢を見る
■いくつかの夢を同時並行して見る (同時並行夢)
■触覚や聴覚などリアルでありありとした感覚の夢を見る
■金縛りに遭う
■体外離脱する
こうした夢は、よく言われる明晰夢(lucid dreaming)の訓練などで身につけたものではなく、子どものころから自然に見ているものです。
また金縛りや体外離脱はオカルト的なものではなく、科学的な根拠のある脳の現象です。
解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論によると、専門的には少し難しいですが、別の言い方で3つに分類されるようです。(p157)
…夢の中で映画のスクリーンやテレビを観ているように夢を見る
■離隔型夢体験
…夢の中で自分の姿を見たり(夢中自己像視)、夢を見ている自分を見る(夢見自己像視)。
■過敏型夢体験
リアルな夢、被追跡夢、墜落夢、被殺害夢、被注察夢。背後にいるのは誰だかわからないが、それを自分だと感じることもある。
この表象幻視、離隔、過敏というのは、それぞれ解離性障害の症状の名前です。表象幻視は、目の前にありありと映像が見えること、離隔は現実感がなくなり、自分が分離したように感じられること、過敏は気配察知など周囲世界に敏感になることを指します。
こうした解離性障害の症状は、日常の現実世界で起こるのですが、それが夢世界で似たような現象として生じているため、その名前が付けられているようです。
このうち、いくつかのものを調べてみましょう。
▼解離とは何か
解離とは、心を守る働きを担う防衛機制のひとつです。普通の人も日常的に解離現象を経験していますが、特に機能不全家庭で育ったり、虐待・犯罪の被害に遭ったりした人は病的な解離を示すことがあります。詳しくは以下の記事をご覧ください。
「夢の中で夢を見る」 起きたと思ったらそれもまた夢
まず最初に挙げた、夢の中で夢を見る「夢中夢」という体験です。非常に複雑なもので、何重もの入れ子構造になっていることがあります。
<眠り>をめぐるミステリー―睡眠の不思議から脳を読み解く (NHK出版新書)では、その例としてある映画が紹介されています。
最近では、2010年公開のクリストファー・ノーラン監督の大ヒット作『インセプション』という映画が、夢をテーマにした作品だった(作品の詳細は第6章参照)。
この作品の中では登場人物は、夢の中でさらに夢を見る、つまり夢に夢を重ねた「多階層構造」の夢を見る。(p87)
冒頭で少し触れた、今朝わたしが見た夢もこれに似ていました。
わたしは二重の夢を見ることかがよくありますが、多いときには四重、五重のマトリョーシカ構造のような夢を見ることもあります。
夢の中で外に出かけて、面白い出来事に遭遇しました。家に帰って、そのことを親に話そうとすると、こんな面白い話は夢だったに違いないと思いました。
すると、ベッドの上で目が覚めました。やはり夢だったのかと思いましたが、外出したときの服装のままだったので、家に帰ってすぐ寝てしまっただけかもしれないと思いました。面白い話はやっぱり現実のことだったのでしょうか。
すると家の前に停めた車の中で目が覚めました。車の外を見ると、家にお客さんが来るところだったので、あわてて起きてその人たちをもてなしました。ようやく起きたので変な夢を見たものだと思いました。
しかし親に話そうとしたところで、現実の部屋のベッドの上で寝ている自分に気づきました。これもまた夢だったのです。しかし金縛り状態で起きられません。
物音がして、部屋のすぐ外に親がいることがわかったので、声を上げて助けを求めましたが、親は気づいてくれません。悲痛な気持ちになって大声で叫びました。するとついに目が覚めました。部屋の外に親はいませんでした。それも夢だったのです。
起きてしばらくはクラクラして、現実と夢との区別がつきませんでした。まだ夢を見ているのかもしれないという思いが、5分くらい抜けませんでした。
わたしはいったい何重の夢を見ていたのだろう、と思います。
この夢には、夢の中で夢を見ることのほかに、現実と区別がつかないリアルな夢、金縛り、気配察知などいくつかの解離的な特徴が出ています。
夢の中で夢を見る、という体験は、現実と夢の境界が曖昧になる解離の特徴を反映しているようです。故事成語で言うころの「胡蝶の夢」の状態だといえます。
「夢の中に自分がいる」 スクリーンを遠くから見ている
解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論にはこんな夢の経験談があります。
誰かから追いかけられている自分がいるけど、追いかけられている自分を見ている私がいる。近いところから見ている時もあるが、映画のカットを見ている感じがする。(p159)
解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、解離しやすい人は、自分が第三者として登場する夢をよく見るそうです。
解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論によると、健康な人も10-20%が夢の中で自分を見る夢中自己像視を経験します。しかし解離しやすい人はそれをもっと頻繁に経験しています。
夢中自己像視とは「夢の中で離れたところが自分自身の姿を見る」という体験であるが、これは解離の構造的理解にとっては重要である。
ガベルGabel,S.は夢には解離的側面がみられるといい、たとえば夢の中で自分自身を見るという体験について報告している。
われわれの最近の調査では、健常人の約20%が夢中自己像視を経験したことがあり、約5%がそれを頻発に体験していた。
それに対して解離性障害では、患者のほとんどがこの体験をしており、約80%が月に一回以上の頻度で経験していた。(p59)
そのような人は、夢の中に登場する自分の姿を上や後ろから第三者視点で見ていることが多いそうです。同時に複数の夢を並行して見たり(同時並行夢)、眠って夢を見ている自分の姿を見たり(夢見自己像視)することもあります。
夢中自己像視は再帰的な自己意識と関連していることは明らかであるが、自己再帰性が「夢を見ている自分」に向けられると、「夢の中で夢を見ている自分を目の前に見ている」という体験になる。
はっきり視覚化されると、寝ている自分の頭部の周辺に夢の内容が映し出されているのが見えるという体験になる。
これを筆者は「夢見自己像視(autoscopy of dreaming self)」と呼んでいる。それは夢を見ている自分の近くに映像化される夢と、それを見ている自分の姿ないしはその世界の夢という、水準を異にした夢を同時に進行して見ているという体験である。
これは「いくつかの夢を同時進行して見る」という「同時並行夢」に含まれる体験であるが、「同時並行夢」もまた比較的解離に特有のように思われる。(p157)
解離しやすい人はまた、自分が何かに追いかけられる夢(被追跡夢)や、傷つけられたり殺されたりする夢、せっぱつまって飛び降りたり(墜落夢)、空を飛んだりする夢(夢中飛行)を見るといいます。
わたしは追いかけられる夢や足元が割れて墜落する夢をよく見ます。また切羽詰まって飛び降りたり、空をとんだりする夢は、月一ペースくらいで割と頻繁にあり、自由自在にビルの上などに飛んで行けて、とても気持ちいいものです。
解離性障害は、心が二つに分かれてしまう病気です。多くの場合、現実にいる自分と、現実を見ている自分とに分離してしまいます。
そのため、現実にいる自分に現実感がなくなる「離人症」が生じたり、現実を見ている自分からの視線を感じる「気配過敏」になったりします。
そのような「私の二重化」が夢の中でも起こっているために、自分を客観視していたり、追いかけられる自分と追いかける自分に意識が分裂したりするようです。空を飛ぶ夢は、現実を見ている自分の側の浮遊感を反映したものでしょう。
このとき、脳科学的に何が生じているのか、という説明は別の記事で書きました。
「リアルな夢」 鮮やかな色、音楽、触感も
解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)にはこんなことが書いてあります。
私などは夢の記憶は曖昧で訳が分からないことが多いのだが、解離の人たちは、視覚はいうまでもなく、聴覚、触覚など五感のすべてが、こうして覚醒しているときと何ら変わりがないという。
先の今日子は、「夢は現実よりもその画素が多い。あまりに鮮やかで綺麗で印象的。それに対して現実はあまりにぼんやりとしている。夢の方がずっと現実的なのです」と述べている。(p61)
解離しやすい人は、現実と区別がつかないようなリアルな夢を見ます。特に内容があまりに日常的なので、現実と混同してしまうことがあるといいます。
わたしの場合は、先に挙げた今朝の夢は、かなり日常と混乱するような夢でした。とても日常的で、現実と区別がつかない、という意味でリアルな夢でした。
それとは別に、感覚がリアルなこともよくあります。夢の中で、虹色の夕焼け、とでもいえばよいのか、現実にはありえないような美しい色合いの景色を見て、必死にスケッチしようとしたことがあります。
夢の中で名曲とも思える音楽が思い浮かんで、ずっと鳴り響いていて、起きたあともしばらく覚えていたこともしばしばあります。
うとうとして、寝ているか起きているかの はざまにいるようなときに、夢の内容を自由にコントロールして、見たい夢を見ることができる、という時もときどきあります。
ときには、現実とは思えないほど、まるで望遠鏡を覗いているかのように風景の細かい部分まで見える夢もあります。
左足をとりもどすまで (サックス・コレクション) によれば、あのライプニッツが、そのような夢を見たことが記録されているそうです。
私はライプニッツの夢のことを考えた。彼はこう書いている。
気がつくと、とても高いところから下界を眺めていたという。眼下には郡や町、湖、畑、村、集落などがひろがっている。
畑仕事をしている納付や洗濯している老女などを見たければ、その方向をむき視線を集中させるだけでよかった。「注意を集中する以外は望遠鏡など必要なかった」というのだ。(p33)
このエピソードで興味深いのは、著者のオリヴァー・サックスは、現実にいながら、目を覚ましたままで、これと同じような体験をしたので、ライプニッツの夢のことを思い出した、という点です。
このときサックスは、ノルウェーの山中で大怪我を負って死にそうになっているところでしたが、種々の臨死体験とともに、遠くの風景が異様に細かく見えるという感覚も体験しました。
臨死体験は、後で触れるとおり極限状態下で誘発される解離現象です。それと同様の感覚であることからすれば、やはりこの種のリアルな夢はレム睡眠中に起こる解離によって起こっているとみなすべきでしょう。
解離しやすい人は、子どものころから、現実から離れて空想の中にのめり込みやすい性質、「空想傾向」(fantasy-proneness)を持っていることがよくあります。
たとえば、解離の専門家、岡野憲一郎先生による、わかりやすい「解離性障害」入門には、学校でシャーロック・ホームズを読んでいると、現実にベーカー街にいると思えるほど没頭してしまい、ふと気づいたら、なぜ自分が学校にいるのかわからず混乱した、という学生の話が出ています。(p4-5)
そのような空想世界への のめりこみやすさが夢にも反映されるのでしょう。
リアルな夢は、生理学的には、眠っているのに、まだ大脳皮質が起きている状態であることを意味しています。
そのため、寝入りばなや、寝起きのうとうとしているときなど、半分寝て半分起きているような状態で多いと考えられています。
なぜ解離の当事者の夢が現実よりリアルになるのか、という点は、離人症の脳科学的メカニズムについて書いた別の記事で説明しました。
「金縛り」 悪夢や呼吸困難も
金縛りはオカルトと結び付けられることが多いですが、医学の世界ではありふれた睡眠現象、「睡眠麻痺」として知られています。
本来、レム睡眠の最中は、夢の中で動いたとき、そのまま手足が同期して動いてしまわないよう、脳が骨格筋を脱力させるようになっています。そうしないと、夢の中でボールを蹴ったら、現実でも部屋の壁を蹴ってしまいます。
この骨格筋の脱力がうまくいかず、本当に夢の中のように手足を振り回してしまう病気はレム睡眠行動障害と言われています。
いっぽう、金縛りでは、骨格筋の脱力はうまくいっているのですが、普通なら無意識のはずのレム睡眠中に、たまたま目が覚めてしまいます。
すると、目を覚めているのに、体はレム睡眠の脱力中なので、目以外動かすことができません。これが金縛りこと「睡眠麻痺」の真実です。
睡眠麻痺は、昼寝や断眠、不規則な睡眠習慣で睡眠覚醒リズムが乱れていると生じやすくなります。特にナルコレプシーという病気で頻繁に生じます。
この睡眠麻痺の最中には、だれかが近くにいるような気配や幻視を伴う、入眠時幻覚やリアルな夢が生じることもあります。本来夢を見るレム睡眠の最中なので当然です。
また、息苦しさや重さを感じることもあります。呼吸筋は動いていますが、自分の意思で呼吸することはできないからです。手足を動かそうと必死になっても動かせないので、疲れ果てて恐怖と疲労に襲われます。
わかりやすい「解離性障害」入門では、睡眠麻痺は、「誰にでも起こりうるものであり、生理的に生じる正常な解離」と説明されています。(p13)
わたしの場合、毎日のように金縛りに遭っていて、幻覚もときどきありました。睡眠麻痺についての知識を得るまでは、恐ろしく、自分はどうなってしまったのだろうと思っていました。
無理やり手足を動かそうとすると、そのままベッドが砂のように崩れて、体が落ちていくリアルな夢を伴うこともありました。
今朝のわたしの異様な夢も、金縛りと、その最中の気配が伴っていましたが、以前よりは軽くなったのか、夢の中で叫んでいるうちに解けました。
しかしながら、睡眠麻痺は、睡眠状態が良くないことを示唆しているので、起きたあとは泥のように疲れていることが多いです。
場合によっては、睡眠麻痺による頻回の覚醒は、トラウマ後遺症の一種なのかもしれません。
トラウマ反応にはPTSDと解離があります。PTSDは交感神経系による「闘争・逃走反応」で、解離は不動系による「凍りつき・麻痺反応」です。
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、PTSDの患者は、しばしば悪夢にうなされて激しい恐怖とともに目覚めます。
これは、記憶を処理するレム睡眠の最中に、トラウマ記憶が再生され、それと結びついたトラウマ経験の瞬間のからだの反応が再現されるためだそうです。
私はボストン退役軍人クリニックにいたときに同僚たちと、PTSDを持つ帰還兵はレム睡眠に入るとすぐに目覚めてしまうことが多いのを発見した。
おそらく、夢を見ている間にトラウマの断片を活性化してしまったのだろう。(p430)
結果、レム睡眠は中断され、あたかも今まさにトラウマの瞬間を再体験したかのように、激しい「闘争・逃走反応」とともに目覚めます。
他方、解離の患者は、やはりしばしば悪夢にうなされます。こちらも記憶を処理するレム睡眠の最中に、トラウマ記憶が再生されるところまでは同じです。しかしトラウマ記憶と結びついているからだの反応が異なっています。
解離の人たちは、過去に慢性的なトラウマを経験していることが多く、「闘争・逃走反応」ではなく、「凍りつき・麻痺反応」で対処しています。
すると、レム睡眠が中断されて目覚めるとき、あたかも今まさにトラウマの瞬間を再体験したかのようにからだが反応していますが、そのとき生じるのは、PTSDの人たちとは異なり、「固まり・麻痺反応」つまり、金縛り状態なのではないでしょうか。
PTSDの人が悪夢を見て汗びっしょりで目覚めるのと、解離の人が悪夢を見て金縛り状態で目覚めるのは、どちらもストレス反応が違うだけの同じ現象だということになります。
確証があるわけではありませんが、このように考えれば、解離性障害の人が頻繁に睡眠麻痺に陥る理由が説明できるかもしれません。
PTSDの「闘争・逃走反応」と解離の「凍りつき・麻痺反応」の違いについては以下の記事をご覧ください。
また、共に睡眠麻痺を経験しやすいナルコレプシーと解離には生化学的な類似点があるのではないか、という考察はこちら。
「体外離脱」 体から出て飛んで行く
体外離脱または幽体離脱というとオカルトや臨死体験と結びつけて考えがちですが、実際には解離の一つの症状です。
夜中に寝ていると体外離脱して、下の方に寝ている自分が見えたり、そのまま外出して外を見て回ったりできるそうです。
体外離脱は夜寝る時以外にも生じます。
親に怒られたときに意識を飛ばして体外離脱し、怒られている自分を見ていたという人や、悲惨な事件に遭遇したときに体外離脱して、傷つけられる自分を見ていたという人もいます。どれも解離によるものです。
発達障害の専門家、杉山登志郎先生の子ども虐待という第四の発達障害 (学研のヒューマンケアブックス)にはこんな話があります。
さらに彼女は、母親から殴られるときに、いつも意識を飛ばして、幽体離脱をしていたことが分かった。天井に上がってそこから殴られる自分を見ていたので、全然痛くなかったという。
しかし時々、母親もまた幽体離脱をしていて、母親とDさんとが幽体離脱同士のバトルとなり、必ず母親に負けていたそうだ。(p47)
もちろん母親も幽体離脱をしていたというのは、Dさんのありありとした幻覚的空想によるものです。
すでに述べたように、解離性障害は現実にいる自分と、それを見ている自分とに意識が分離してしまう病気です。自分の意識が身体からずれて浮遊感を伴うこともあります。
この分離が進んだ状態が体外離脱体験です。もちろん実際に離脱しているわけではなく、意識が自分から離れたように感じられ、遠くから自分を見ているようなありありとした幻視や夢が生じているのです。
体外離脱は金縛りと同時に起こることもありますが、金縛りのときに経験する現実的な幻覚と、体外離脱中に経験する現実的な幻覚とは同じたぐいのものです。どちらも現実と地続きになっているかのようなリアルさを伴います。
金縛り体験では、しばしば、身体がベッドに沈み込むとか、地面が崩れるといった感覚が引き起こされますが、体外離脱を科学的に再現した有名なオラフ・ブランケの実験によると、これは体外離脱の一歩手前の状態のようです。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳にはこう書かれていました。
ブランケの女性患者の場合、右角回に刺激を与えると奇妙な感覚が引き起こされることがわかった。
電流が弱いあいだは、「ベッドに沈みこむ」「高いところから落下する」感じだった。
しかし電流を強くしたところ、「ベッドに横たわる自分を上から見ている」と言いだした。(p250)
つまり、解離の当事者に多い、「ベッドに沈みこむ」「高いところから落下する」さらには「地面が割れる」「空を飛ぶ」といった夢は、体外離脱のときの脳の角回の電気的乱れの弱いバージョンであると推測できます。
いずれも、身体の位置情報のずれであり、完全に眠っているときに起これば、夢の中の浮遊や落下体験になりますし、半分寝ている夢うつつで起これば、体外離脱やベッドが崩れて落ちる体験として自覚されるわけです。
体外離脱のメカニズムについて詳しくはこちらで書きました。
悪夢を治療する治療法いろいろ
こうした様々なタイプの夢体験の中でも、とりわけ本人にとって辛く、生活の質に影響するのは悪夢でしょう。悪夢はすでに触れたナルコレプシーや金縛り(睡眠麻痺)に伴うこともしばしばです。
悪夢やリアルな夢などの治療法はあるのでしょうか。PTSDや解離などに関する幾つかの文献から、役立つとされる治療薬を洗い出してみました。
■ビタミンB6
副腎疲労(アドレナル・ファティーグ)の専門家、本間良子先生によるしつこい疲れは副腎疲労が原因だった ストレスに勝つホルモンのつくりかた (祥伝社黄金文庫)には、悪夢を見るのはビタミンB6の欠乏ではないかとの指摘があります。(p129)
■テトラミド(四環系抗うつ薬)
発達障害・解離性障害などの薬物療法の専門書である発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方には次のような記述もありました。
特異な用い方として、悪夢に対するミアンセリン(テトラミド)の服用である。1錠10mgを寝る前に服用する。
悪夢の特効薬だが、抗うつ薬なので気分変動を増悪させないよう早く止める必要がある。
筆者はトラウマ処理を開始し、侵入症状としての悪夢が辛くてたまらないという訴えにときにのみほぼ限定して使用し、トラウマ処理が進んで悪夢が軽減したら止めるようにしている。(p92-93)
■リボトリール(ベンゾジアゼピン系抗不安薬)など
今回紹介した柴山雅俊先生による本解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論には、こんな記述もありました。
悪夢やリアルな夢がみられるときには塩酸トラゾドン(場合によっては塩酸アミトリプチリン)などの鎮静作用をもつ抗うつ剤やクロナゼパムを使用する。
それでも頑固な不眠が持続する場合にはリスペリドンの錠剤や内用液を1-2ml眠前に追加処方する。(p196-197)
レスリン(塩酸トラゾドン)、トリプタノール(塩酸アミトリプチリン)などの抗うつ薬のほか、リボトリール(クロナゼパム)などのベンゾジアゼピン系抗不安薬の効果があるケースがあるようです。
■セロクエル(抗精神病薬)
睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッド によると、神経の緊張を和らげる抗精神病薬が悪夢に効くことがあります。
PTSDの悪夢の治療に使われる薬剤が何種類かあります。セロクエルという新型の非定型精神病薬を使用すればある程度快方に向かいます。(p289)
子どものPTSD 診断と治療によれば、セロクエル(クエチアピン)は、悪夢に対する効果がある程度立証されているようです。
5-HT2、D2、α1-アドレナリン拮抗作用、抗ヒスタミン作用をもつクエチアピン(セロクエル)は、追加役として少量が処方されたときに、不眠の62%と悪夢の25%に対して効果があったと高方向規的なチャートレビューで報告された。(p126)
■ミニプレス(降圧薬)など
しかしながら、睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッド では、セロクエルに触れたすぐ後に こう書かれていて、ミニプレス(プラゾシン)のほうがよく推奨されています。
けれども、いちばん効き目があったのは、プラゾシンというやや古い降圧薬でした。(p289)
同様に、子どものPTSD 診断と治療もやはり、セロクエルなどの薬を概観した後に、ミニプレスについてより詳しく説明しています。
特異的α1アドレナリン受容体拮抗剤のプラゾシン(ミニプレス)は2003年に少数の退役軍人を用いたcontroled studyにおいて、悪夢を含むPTSDの睡眠障害に有効であることが示され、大規模な研究により、睡眠の質が改善し、悪夢が減少することが確かめられている。(p126)
ミニプレスは、REM睡眠を正常化させることにより、睡眠の質や記憶処理を改善し、悪夢の軽減に役立つそうです。
特に、一般的なうつ病の薬などで効果の見られないトラウマ性の悪夢に効果があるとされています。
アメリカ睡眠学会は、PTSDに関連する悪夢に対する第一選択薬としてプラゾシンをあげており、VA/DODCPGでもプラゾシンをSSRIやSNRIに不応の重度の悪夢に対する追加療法として推奨している。(p127)
ミニプレスと似た作用を持つクロニジン(カタプレス)やグアンファシンを用いた場合も、悪夢を減少させる効果が見られたそうです。(p127)
これらは血圧を下げる薬ですが、過度の覚醒状態を和らげる効果があり、ADHDや虐待児の過覚醒の治療にも用いられています。
■持続的陽圧呼吸療法(CPAP)
持続的陽圧呼吸療法(CPAP)は薬ではなく睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療に用いられる医療機器です。
興味深いことに、アリゾナ・プレスコットバレー睡眠障害センターのロバート・ローゼンバーグによる睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッドでは、PTSDのせいで悪夢を繰り返し見る人の場合、睡眠時無呼吸を併発していることが多いと書かれています。
PTSDの睡眠時無呼吸を持続的陽圧呼吸療法(CPAP)で治療すると、いやな夢を見る回数が減る、またはまったく見なくなります。
おそらくは、睡眠時無呼吸によってレム睡眠が分断され、悪夢を見るのでしょう。レム睡眠の分断によって、トラウマの処理と調整ができなくなり、悪夢が続くのです。(p210)
ここでは睡眠時無呼吸がまずあり、そのせいでレム睡眠が分断され、トラウマ記憶を処理できないとされています。つまり、もともと睡眠時無呼吸を抱えているとPTSDになるリスクが上がってしまいます。
このような睡眠時無呼吸によってレム睡眠が中断してしまうケースでは、CPAPによる治療で悪夢や不安、睡眠の質が改善する可能性があります。
とはいえ、睡眠時無呼吸の治療には、症状のタイプを専門家によって判別してもらうことが重要です。
一般によくある閉塞性睡眠時無呼吸(OSA:気道が物理的に塞がれるタイプ)ならば持続的陽圧呼吸療法(CPAP)が効きますが、中枢性睡眠時無呼吸(CSA:脳の指示で呼吸が止まるタイプ)であれば、順応性自動換気装置(ASV)による治療を受ける必要があります。
■イメージリハーサル療法
そのほか、睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッド によると、イメージリハーサル療法が悪夢に有効であることがわかっています。
イメージリハーサル療法が大きな成果を上げている。PTSDの人は、見た夢について詳しく書とめ、恐怖心を感じないストーリーに書き換えて、日中に復唱する。(p213)
イメージリハーサル療法については、子どものPTSD 診断と治療でも同様に触れられていました。
VA/DODCPGは、非薬理学的治療をPTSDにおける不眠と悪夢に対する第一選択としている。
悪夢に対するIMagery Rehearsal(IR)療法は元々一般の悪夢に対して開発された治療法で、患者に繰り返し見る悪夢を選択させ、悪夢の内容を修正し、定期的にリハーサルさせるというものであり、プロトコルは多様だが、標的とする悪夢の中のネガティブな内容を減じさせ、ネガティブな終わりを変えるような変更を患者に選択させるという部分は共通している。
IRにより、悪夢の頻度も減少し、睡眠の質は向上し、PTSD症状も改善すると報告されている。(p126)
悪夢は、処理が正しくなされていない断片的な潜在記憶がフラッシュバックしているものなので、物語に書き留めることで顕在記憶へと作り変えることが役立つのでしょう。
悪夢はいつか覚めるもの
ところで、わたしも、病気を発症した直後、身体が鉛のように重くなって学校にいけなくなる、という夢を繰り返し見ました。
今から思えば、あれは突然病気になって学校に行けなくなったショックによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)だったのです。
ちょうどプールの中で歩くのを想像していただけたら良いと思います。一歩一歩踏み出すのも大変です。特に流れるプールで、流れに逆行して歩こうとしているのに似ています。どれだけ力をこめても、手足がほとんど動かないのです。
同級生が普通に談笑して、次の教室に行こうとするのに、わたしはそんな調子で、死に物狂いで身体を動かそうとするのですが、のろのろとしか動かせず、しまいには疲れ果てて倒れこんでしまうのです。
そんな夢を一日に一回、一年近くほぼ毎日見ました。毎回ちょっとシチュエーションは違うのですが、展開は同じです。もちろん起きたら疲れ果てています。ひどい悪夢でした。
わたしの場合も睡眠障害の病院の先生が、クロナゼパム(リボトリール)が効くことがある、と処方してくれました。
未だにそうした悪夢はときどき見るのですが、体調が悪いときに多く、比較的好調なときは少なくなります。
後になって知ったことですが、オリヴァー・サックスは、 左足をとりもどすまで (サックス・コレクション) の中で、左足に大怪我を負って神経が解離状態に陥ったとき、わたしが経験したのとまったく同じような夢を見た、と記述しています。
わたしは足が鉛のように変質して動かせなくなる奇怪で恐ろしい夢を繰り返し繰り返し見ましたが、サックスも「足が、石膏でも大理石でもなく、砂やセメントのように脆くて粘着力のないものでできている」恐ろしい夢を見ました。(p107)
わたしと彼の夢は、単なるホラーな夢ではなく、想像を絶する恐怖や耐えがたい空虚さを伴っていること、繰り返し繰り返し異なるシチュエーションで再現されることなど、共通点が多くあります。
彼は、脳神経科医としての知識から、自分の得体の知れない夢が、「神経学的な要因によるもの」、一種の解離による症状だと気づきます。(p108)
解離とは、脳科学的に言えば、感覚がシャットアウトされ切り離される現象ですが、身体の感覚が切り離されると、脳は、身体の実在を感じ取れなくなり、恐ろしい虚無だけを認識します。
そのような、解離による存在の消滅という虚無が反映されたのが、サックスやわたしが経験した繰り返す悪夢だったということになります。
サックスやわたしの悪夢は、一種のトラウマによる解離現象でしたが、この記事で取り上げたような奇妙な夢を見るからといって、必ずしも重大なトラウマを抱えている、というわけではありません。
興味深いことに、悪夢を見やすい人は芸術的感性が豊かだと言われています。睡眠障害が専門の国立精神・神経センターの三島和夫先生はこう述べていました。
「悪夢障害」を知っていますか |ナショジオ|NIKKEI STYLE
ただし、頻回に悪夢を経験する人は他者への配慮に富み、寛容で、芸術性や創造性に優れていることが多いとも言われている。感受性が豊かであることも悪夢が増える要因なのかもしれない。
芸術的感性の豊かさは解離性障害の特徴でもあるので、解離しやすい感受性の強さが、芸術的感性にもなれば悪夢の見やすさにもなるということなのでしょう。
こうした感受性の強さは近年、HSP(人一倍敏感な人)としても知られています。HSPの提唱者エレイン・アーロンは、著書敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。の中で、HSPの人は潜在記憶との関わりが強く、強烈な夢を頻繁に見やすいと述べていました。(p6,44,92)
HSPの子ども(HSCとも呼ばれる)についての本ひといちばい敏感な子 では、感受性の強い人は、幼少期から強烈な夢を見やすいとされています。
HSPは生涯を通して、強烈な夢を見がちです。ですから、どこかの地点で(もちろん1歳よりは5歳に近い時期に)、子どもが夢を受け止められるように、さらにはうまく利用できるように、手助けを始めるといいでしょう。(p269)
こうした説明からすると、奇妙で独特な夢を見やすいのは、敏感な人の生まれつきの特徴であり、障害や病気の結果ではないように思います。
HSPの人はもともと解離傾向が強いので、奇妙な夢を見ることが多いと同時に、トラウマなどを経験すると解離性障害を発症しやすい、つまり生まれつきの敏感さが両者の共通原因になっている、ということだと考えられます。
もうひとつ、興味深いところでは、産業革命以前の人々は、この記事で取り上げたような奇妙な夢をわりと日常的に見ていた可能性があります。
これは、当時の人たちの睡眠スタイルが現代人とは異なっていたためだと思われます。頻繁に変な夢を見る人たちは、その当時の人たちに近い睡眠スタイルをとっているのかもしれません
小説家、夏目漱石は、今回考えたようなリアルな夢をたくさん見る人だったようで、「夢十夜」という短編集を書いています。
「夢十夜」は、さまざまな幻想的な夢の体験談であり、ほどんどが一人称であることから、夏目漱石自身の体験をベースに小説化したものだと思われます。
夏目漱石は一般に原因不明の神経衰弱だったと言われていますが、リアルな夢のほかにも、幻視や幻聴などの特徴からして、おそらくは解離性障害に近い病状だったと考えられます。
漱石は、解離のせいで苦しんでいた部分もあるようですが、自身のリアルな夢をテーマに小説を書いてしまうあたり、解離の不思議な夢世界を楽しんでいたのかもしれません。
頻繁に変な夢を見るという人は、 敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。などの本から、HSPの特性を持っているか調べるといいでしょう。
もし、夢の内容がトラウマチックで日常生活にも支障をきたしているような場合は、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)などの本を見て、自分が解離性障害に近いかどうかをチェックしてみるようお勧めします。