無意識下の身体の緊張が慢性疲労症候群や線維筋痛症につながる―名古屋大の研究

性的なストレス下における無意識の固有感覚の緊張が、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)や線維筋痛症(FM)の症状を引き起こす一因になっている、という研究が名古屋大から発表されていました。

ストレス下での持続的な筋緊張が慢性的な痛みにつながる仕組みを解明 ~筋痛性脳脊髄炎/線維筋痛症における痛み発症・維持のメカニズム~│名古屋大学

今回の研究成果は、ストレス等によって一部の筋緊張が長期におよぶことにより、通常では、意識しない固有感覚の過興奮がミクログリアを介して痛みを引き起こすことを示しており、神経障害性疼痛や炎症性疼痛とは異なる新しい痛みの発生メカニズムを示したもので、今後、ME/CFSなどの患者さんの痛みを和らげる治療の標的として、筋緊張の抑制が有効である可能性が浮かび上がってきました。

この名古屋大の研究チームは、2年前にも慢性疲労症候群や線維筋痛症の異常な痛み(アロディニア)の原因としてミクログリアの活性化に注目した研究を発表していました。

動物レベルで慢性疲労症候群(CFS)の異常な痛み(アロディニア)を抑えることに成功
実験モデルのマウスの異常な痛みを抑えることに成功したそうです。

今回の研究は、このブログで最近ずっと書いていた、トラウマ医学方面からの慢性疲労や慢性疼痛の解釈と一致する内容だと思います。

無意識の凍りつき反応と痛みの関係

近年のトラウマ医学では、トラウマは「心の病理」ではなく、衝撃的な体験や、あるいは慢性的なストレスによって身体に刻まれる、筋緊張やホルモン分泌などのパターン(手続き記憶)だと考えられています。

簡単にいえば、危機的なストレスを経験すると、筋肉や内臓から危険を伝える感覚が脳に伝えられ、その結果、凍りつきや擬死(仮死状態)といった生物学的反応が引き起されるのがトラウマであり、慢性疲労や慢性疼痛も伴います。

原因はさまざまであり、機能不全家庭や虐待、いじめ、家族の死などだけでなく、学校や職場での過労、交通事故、さらには医療体験であれ、本人が強いストレスや身の危険を感じるようなものであれば、なんであれ同じ症状が引き起こされます。

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注目に値するのは、この慢性的な筋緊張は「通常では、意識しない固有感覚の過興奮」である、ということです。つまり、無意識下で起こっているので、本人はその過緊張に気づくことが困難です。

トラウマ医学でも、当事者は表面的な症状には気づくものの、根底にある慢性的な身体の凍りつき状態には気づいていないことが多いとされていました。

慢性疲労症候群や線維筋痛症の当事者の場合も、主観的には痛みや疲労が「原因不明」であると思えてしまい、背後にあるストレスに気づくのが難しいのは、これが理由なのかもしれません。

身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアには、この過程が、次のように説明されています。

まず、強烈な危機的体験をしたり、慢性的なストレスに長くさらされたりすると、身体が常に警戒状態になり、無意識のうちに緊張し続けるようになります。

なぜなら、からだが脳に対して危険信号を送り続けているからである。

…例えば、首や肩の張りや胃腸のむかつき、のどの詰まりなどは不安の中心的状態である。無力感は文字通り、胸や肩のしぼんだ状態で表され、横隔膜の収縮や、膝や脚の脱力感を伴う。(p218)

その無意識下の身体の凍りつきは、やがて、さまざまな慢性的な衰弱性の疾患へと進展していきます。

かくして気まぐれな症状へと道筋が定まっていく。首や肩、背中の張りは時間の経過とともに線維筋痛症へと進行する可能性が高い。

また未解決のストレスによる身体的表現としてよく見られるものに偏頭痛がある。

胃腸のむかつきは、よく見られるような過敏性腸症候群やひどい月経前緊張症候群、またけいれん性結腸のような消化器系の問題へと突然変異的に進行してしまうかもしれない。

こうした状態は苦しんでいる人のエネルギー資源を枯渇させてしまい、慢性疲労症候群という形に進行する可能性もある。(p219)

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しかしながら、このような身体の過緊張の凍りつき状態は、基本的には無意識下で持続しているので、当事者には気づかれません。

当事者は、身体の凍りつきを認識する代わりに、もっと表面にある慢性疲労や慢性疼痛、過敏性腸症候群、月経前症候群、偏頭痛などを意識するので、自分は原因不明の身体疾患にかかっていると考えるようになります。

多くの場合、このような人たちは、複数の症状を抱えた病人となる。

救いを求めて医師から医師へとたずね歩くものの、自分たちを苦しめているものに対する解決策をほとんど得ることができないのだ。

トラウマは病人を苦しめる多くの症状や「不調」としてとてもうまく変装し、またそうした症状を作りだす。

現代の人類がかかる病気の大部分は、未解決のトラウマに原因があると推測してよいのかもしれない。(p219)

本当は未解決のトラウマ、言い換えれば、身体に刻まれた筋緊張などのパターン(手続き記憶)に原因があるのに、それに気づくことができないがために、表面的な症状に対する対処療法を求めて、延々とドクターショッピングを繰り返すしかなくなるのです。

心と身体は切り離せない

このブログの過去記事でも扱ったように、このとき重要な役割を果たしているのが、わたしたちが普段意識することのない固有感覚や内臓感覚です。

今引用した一連の文章の最初で、「からだが脳に対して危険信号を送り続けている」ことが原因だとされていましたが、この危険信号は固有感覚や内臓感覚によって伝達されています。

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わたしたちが「心」や「感情」とみなしているものは、筋肉や内臓の内側から絶えず発せられている、これら“第六の感覚”によって形作られています。

身体から始まり、心が後に続きます。

従来「心の病理」とみなされてきたものは、身体の内部の変質から生じたものであり、身体を抜きにした心の病気など存在しないのです。

「ほとんどの人は」とラヴィーンが指摘するように「トラウマを〈精神的な〉問題、さらには〈脳の病気〉だと考えている。しかし、トラウマはからだの中にも生じる何かなのである」

実際に、トラウマが最初に、真っ先にからだに生じることをピーターは示している。

トラウマに関連している精神状態は重要ではあるけれども、二次的なものである。

からだから始まりこころが後に続くのだ、と彼は言う。

したがって、知性や情動さえも関与させる「対話による療法」では十分に深いところまで到達しないのである。(p xii)

興味深いことに、今回のプレスリリースでは、慢性疲労症候群や線維筋痛症は、PTSDなどと同様の疾患カテゴリに含まれるとされています。

筋痛性脳脊髄炎(ME)/慢性疲労症候群(CFS)、線維筋痛症(FM)は、過敏性腸症候群(IBS)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などと共に機能的身体症候群(FSS)に含まれ、FSSでは痛みをはじめ共通の症状が見られます。

そして、慢性疲労症候群、線維筋痛症、過敏性腸症候群、PTSDなどのFSS疾患では、引き金となる体験は違えど、慢性疼痛の生物学的なメカニズムは共通しており、同じ治療法で対象しうる可能性が示唆されていました。

引金は疾患ごとに異なりますが、無意識の筋の過緊張が持続することが、これらの疾患での慢性痛に至る共通のメカニズムである可能性があります。

したがって、FSSなどの患者さんの疼痛を和らげる治療には、脳や脊髄に存在するミクログリアを標的とすることが有効である他、一部の筋の過緊張を解除し、固有感覚ニューロンの活動性抑制を標的とする新たな治療法が考えられます。

このことから、すでにトラウマ疾患において「凍りつき」の治療に用いられている心理療法をはじめ、さまざまな種類のボディーワーク(例えば、マインドフルネス、およびその観点を取り入れたヨーガ、アレクサンダー・テクニーク、フェルデンクライス・メソッド、ソマティック・エクスペリエンスなど)が慢性疲労症候群や線維筋痛症の治療にも応用できることが推測できます。

前述のように、たいていの当事者は、自分の凍りつき状態を意識していません。プレスリリースでは、固有感覚は「通常あまり意識にのぼらない感覚」だと書かれていました。

それに対し、これらのボディーワークはいずれも、固有感覚や内臓感覚に意識的に気づくよう訓練し、身体が訴えていることに耳を傾けるためのトレーニングであるという共通点があります。

本来意識しないような内なる感覚に耳を澄まし、無意識の身体の凍りつきに気づき、それを溶かしていくためのアプローチなのです。

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今回の研究は、これまで異なる分野で研究されてきたPTSDに代表されるトラウマ疾患と、慢性疲労症候群や線維筋痛症のような内科的疾患をつなぐものだと感じます。

これらは同じ身体という舞台で繰り広げられている全身の病気です。

最近の別のニュースでは、アメリカの研究チームが、ストレスに対する免疫細胞の反応に基づき、慢性疲労症候群を血液診断で同定することに成功したという報告もありました。

血液分析で慢性疲労の識別に成功 – Sputnik 日本

生物学者のロン・デイビス氏は「これについてはまだ説明できませんが、この結論は、慢性疲労症候群が患者の想像上の状態ではなく疾患であることを証明しています」と述べた。

慢性疲労症候群や線維筋痛症は、しばしば理解のない医師から「心理的問題」とみなされてきましたが、明確な生物的基盤がある病気です。

というよりも、現代科学からすれば、もう「心理的問題」などというカテゴリは存在しません。

わたしたちは「心の病気」と「身体の病気」を分けて考えるという、デカルトの心身二元論に基づいた非科学的な見方を捨てる必要があります。

科学的事実によれば、心は有機体である肉体から作られており、両者を分けて考えることは一切不可能だからです。

今回の記事で特には触れられていませんが、FSS疾患には過敏性腸症候群に代表されるような胃腸症状が含まれている以上、内臓を介する共通したメカニズムも今後研究される必要があります。

もはやトラウマは心の病ではなく内臓の微生物群集(マイクロバイオーム)を取り巻く生態系の問題だというパラダイムシフト
エムラン・メイヤーの研究から、トラウマ医学におけるマイクロバイオーム(体内の微生物群集)の重要な役割について考察しました。

そのようにして、今なお身体の病気の研究と心の病気の研究を隔てている、本来は存在しないはずの壁が取り払われるなら、もっと柔軟にそれぞれの分野の治療法を互いに応用できるようになり、人体についての研究も飛躍的に進歩することでしょう。