天才建築家アントニオ・ガウディと、写真家にして童話作家ルイス・キャロル。あなたは自分がどちらに似ていると思いますか?
あまり知られていないことですが、このふたりはともに自閉症スペクトラム障害(アスペルガー)だったと考えられています。ところが、二人の認知特性は正反対で、ガウディは視覚に偏ったタイプ、キャロルは聴覚に偏ったタイプだったと思われます。
同じ発達障害という呼び名でくくられている人であっても、この二人のように、正反対のタイプが存在するようです。
そしてもちろん、自閉症「スペクトラム(連続体)」障害と呼ばれるように、健常とされる人であっても、発達の凸凹、つまり認知の偏りが存在します。わたしたちはだれしも、ガウディかキャロルのどちらかに幾分似ているはずなのです。
では発達の凸凹の二つのタイプ、すなわち視覚優位と聴覚優位にはどんな特徴があるのでしょうか。 天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)という本にもとづいて、これから考えたいと思います。
わたしにとってこの本は、身体がノーというとき以来の良書でした!
これはどんな本?
この本は、自身が映像思考であり、常に頭の中に明確なイメージが湧いているという発達障害の当事者、室内設計家の岡南さんと、医師として発達障害を診てきた聴覚優位の専門家、宮尾益知先生の共同研究の結果誕生しました。
先日読んだ杉山登志郎先生の本によると、発達障害の認知特性を解説した、「決定版といえる本」とされていたので、読んでみることにしました。
これまで発達障害系の本を見ても、自分に当てはまる部分とそうでない部分が極端なような気がしていましたが、この本を読んで、その謎がかなり解けたように思います。
なんと自閉症スペクトラムやADHDといった発達障害にも二通りあるのです。わたしは自分がガウディとは似ていなくて、ルイス・キャロルにそっくりであることを発見しました。
視覚優位と聴覚優位
わたしたちの認知は、おもに視覚と聴覚の組み合わせで更正されています。しかし決して両者をバランスよく用いているとは限りません。
あなたは何かを考えるとき、言葉で説明するのが得意ですか? そのような人は聴覚優位です。それに対し、頭にイメージは湧くのに、言葉にするのが難しい、絵に描いたほうが早い、という人は視覚優位です。
■自分のタイプを知る方法
自分が視覚優位か、それとも聴覚優位かを確実に知る方法はあるでしょうか。
あります。本書によると、視覚優位と聴覚優位は、心理検査(ウェクスラー成人知能検査など)における「動作性」と「言語性」の項目に相当するようです。発達障害では、どちらかの値がもう一方より高く、ばらつきがあることが知られています。(p17)
わたしの場合は、言語性が動作性よりいくらか高かったので、聴覚優位ということができます。
■学生時代の特徴から
心理検査を受けたことのない人であっても、自分がどちらのタイプであるかを知る方法があります。学生時代のできごとを考えてみるのです。
学校の授業は、ほとんどが文字と言葉で行われますから、もし成績が良かったとすれば、聴覚優位であることを示唆します。中には、ノートをとらないでも、集中して聞いているだけで覚えられる人もいます。(p29,48)
子どものころはしりとりといった言葉遊びを好み、おとなになってからは音楽やフィクション文学、二次元的なイラストを好むこともあります。(p29,50)
それに対し、視覚優位の人は、言葉を逐一脳内でイメージに変換しながら聞いていますから、長々しい授業についていくことができません。読む速度も遅くなります。学校の授業の大半は苦手ですが、副教科が得意です。(p37)
子どものころは、積み木やパズルを好み、やがてノンフィクションや三次元的な芸術、建設にも興味を示すようになります。(p50)
■NLPにおける視覚型と聴覚型
視覚型、聴覚型、(と体感覚型)というとNLP(神経言語プログラミング)では有名な分け方で、本書にもそれに言及しているかのような記述があります。(p8)
しかしNLPでは世の中の人の多くは視覚型とされているのに対し、この本における視覚型の人は少数派であるように思えます。
また、本当は間違っている心理学の話: 50の俗説の正体を暴くによると、近年では、学生すべてを視覚型・聴覚型・体感覚型に分けて勉強方法を変えるアプローチはあまり意味がなく、さまざまな教え方を組み合わせたほうがよいとされています。(p123)
つまり、大半の人は認知の偏りはあまり存在せず、柔軟な対応が可能なのに対し、今回取り上げるような発達障害や学習障害の程度が強い子どもの場合にのみ、特別な教育の配慮が必要だということかもしれません。
すべての人をタイプ分けしようと試みるNLPと、本書で紹介されている発達の偏りの激しい子どもの認知特性をタイプ分けする試みとは、それぞれ似て非なる概念としてとらえたほうがよいと思います。
色優位性と線優位性
視覚優位と聴覚優位は、色や線の見え方の違いという形で現れることもあります。関係しているのは、脳の第四次視覚野(V4)と呼ばれる領域です。
視覚優位の人の場合、この領域が優れていることがあり、微妙な色の違いを見分けることができるようになります。これを色優位性といいます。
色優位性を持つ人たちは、物体の明暗をよくとらえ、きわめて立体感のある絵が描けるようになります。デッサンの達人たちは色優位性を持っています。色優位性をもつ画家には、アンドリュー・ワイエスやモネがいます。(P44,135)
しかし、色優位性を持つ人たちは、逆に線を見分けるのが苦手になるので、文字が読めないディスレクシア(読み書き障害)を伴うことがあります。ダーウィンやガウディがそうだったとされています。(P85)
これに対し、聴覚優位の人は、V4の働きが弱いので、色の微妙な違いを把握できず、線による認知に頼ることがあります。これを線優位性といいます。
線優位性の画家には、フランスのアメディオ・モディリアーニやアンリ・ド・トゥルーズ=ロートレック、アンリ・マティスなどがいます。キャロルも、線優位性が目立つイラストを描いていたといいます。(p42,235)
こうした人たちの絵の特徴は、現代のアニメーションのような二次元的なイラストを描いたこと、また微妙な中間色をあまり使わず、発色の良い色を選びがちだということです。(p255)
聴覚優位の人の、この明度が見分けにくいという色の問題は、世の中の見え方や人間関係にも波及します。
わたしたちが立体を意識できるのは、明度差がわかるからです。たとえば、自分のいる部屋の壁と天井が、どれも同じ色に見えているとしたら、奥行きが把握できません。(p252)
二次元に描かれた写真であれば立体を意識できますが、三次元の空間になるとわかりません、空間認知が悪いため、文字情報に頼ることが多く、道に迷いやすくなります。(p254-255)
また、人の顔を見分けることにも、微妙な明度差を見分ける力が必要です。聴覚優位の明度を見分ける力が弱い人は、ときに相貌失認症(失顔症)を生じ、写真を用いないと顔が覚えられないようになります。(p264-269)
ルイス・キャロルは、「鏡の国のアリス」の中で、色彩や人の表情の表現をほとんど用いていないといいます。それどころか、登場人物であるハンプティーダンプティーに、自分の相貌失認経験を語らせてさえいます。(p244,275)
ただし、視覚優位の人が必ず視覚の能力が高いかというと、必ずしもそうではないようです。スルーできない脳―自閉は情報の便秘ですによると、こう書かれています。
よく「自閉症児・者には視覚優位タイプが多い」と言われるが、この「視覚優位」という表現は雑だと思う。志向としては視覚に頼ろうとするが、視覚の能力は高くない人は大勢いるのに。(p450)
今回取り上げている天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)やギフテッドー天才の育て方 (学研のヒューマンケアブックス)では視覚優位と色優位性、聴覚優位と線優位性が関連づけられていますが、あくまで傾向にすぎません。
同時処理と継時処理
視覚優位と聴覚優位に関わる別の特徴は、同時処理か継時処理か、ということです。
たとえば、一度に多くの情報を取り入れ、同時処理という方法で思考するタイプの人は、全体から部分へ考えをめぐらす、全体優位性を持ち合わせているそうです。(p36,40)
この本には書かれていませんが、マインドマップのように全体を一望しやすいノートは、このような思考パターンに向いているとも言われます。
視覚優位の人は、コンピュータの3Dモデルのように、物事のスケールを自在に変化させ、全体を見渡す縮尺フリーとでも呼ぶべき能力を持っていることがあります。(p170)
全体を見渡すことに慣れているので、全体の中にある不都合(つじつまのあわなさ)を人より早く見つけられます。(p90,179)
ガウディはサグラダ・ファミリアを建設するとき、常に全体を意識し、施工に長くかかっても、全体像がわかるような方法(全体→細部)で、建物を作っています。(p179)
とはいえ、たとえばオーケストラの指揮者のように、聴覚優位でも全体優位を持つ人はいるそうですから、視覚優位の人が必ずしも全体思考なわけではありません。(p40)
これに対し、同時処理とは反対の継時処理(順を追って)という方法で思考するタイプの人は、細部から順を追って全体を把握(細部→全体)するので、細部にこだわる局所優位性を示すことがあり、ときに全体のバランスが悪くなります。(p36)
ルイス・キャロルが描いた絵や、つむいだ文章には、細部にこだわる局所優位性が現れています。(p234-243)
キャロルは聴覚優位でしたが、こちらも必ずしも聴覚優位なら局所優位だというわけではなく、逆に視覚優位のアスペルガーの人たちの場合でも、細部にこだわる傾向がみられるのはよくあることだと思います。
たとえば、視覚的なイメージ力が高く、写実的な絵を描くアスペルガー症候群の人の中に、細部から描き始めて全体へと広げていく独特な描き方をする人たちがいることはよく知られています。
近年の金沢大学の研究によると、確かに、そうした能力を持つ自閉症スペクトラムの子どもがいることが裏付けられています。
自閉スペクトラム症児の視覚類推能力に関わる脳の特徴明らかに-金沢大 – QLifePro 医療ニュース
金沢大学は9月14日、国内唯一の「幼児用脳磁計(Magnetoencephalography:MEG)」を活用した自閉スペクトラム症児の脳機能研究を推進し、自閉スペクトラム症児においては、視覚野に相当する後頭部と前頭部の間で、ガンマ帯域を介した脳機能結合が強いと視覚性課題の遂行力が高いことを発見したと発表した。
…ガンマ帯域はボトムアップ処理を反映していると考えられることを踏まえると、自閉スペクトラム症児においては、視覚野からのボトムアップ情報処理が促進されている場合に、視覚情報処理の長所が発揮されていることが分かったとしている。
このような子どもの場合、三次元の物体イメージを心の中でうまく回転させることができるなどの視覚能力が高く、同時に、「ボトムアップ処理」という、細部から全体へ、という特性を持ち合わせていることになります。
4次元と2次元
視覚優位の人と聴覚優位の人の思考を決定的に隔てているのは、その次元の違いです。
視覚優位の人は、3次元の空間+物体の動き(時間軸の変化)を映像のように記憶しています。いわば映像思考とも呼ぶべきものです。時間軸がはっきりした4次元的な考え方なので、昔のことを順序良く思い出せます。
動きを把握できるため、アニメーターのような職業には映像思考の人が向いているといえます。
ただし、すべてが映像に変換されるため、読んだり聞いたりできる速度は遅くなります。(p37,97)
ガウディは、美しい3次元の建物を建てただけでなく、そこで生活する人々の動線を意識して、快適な居住空間を設計しました。(p138)
これに対し聴覚優位の人は、前述のとおり、空間認知が弱く、動きも把握できません。映像思考に対して、いわば写真思考とでもいうべき、2次元的な記憶に頼っています。
そのため、会話するときは、芋づる式に写真が現れ、次々と話題が飛ぶ「おしゃべり」になることがあります。その分処理速度は早く、次から次に発想が現れます。特にADHDの人はこのような特性があります。(p4)
記憶の時間的関係性はあいまいなので、過去に起きたことが、今起きていることのように感じられるフラッシュバックを起こしやすくなるそうです。(p129)
アスペルガー症候群としての特徴
最後に、ガウディとキャロルについて、
■健康の問題
多くの発達障害の人は、
さらには眼球周辺の筋肉の弱さがあり、や発達障害の子どもの視知覚認識問題への対処法
を参照)
ガウディも病弱な子どもで、リウマチの発作に悩まされました。
■怒りっぽさ
発達障害の怒りっぽさには二つのタイプがあります。
もうひとつは、4次元を認識している視覚優位の人の場合、
視覚優位の人は、年をとるにつれ聴覚の不全が目立ち、「
■緩やかな成長あるいは老けにくさ
アスペルガーの子どもは学齢期には年齢相応よりまじめで周囲の冗
キャロルはしわひとつなかったそうで、
■発達性協調運動障害
アスペルガーの人の多くに運動制御に関する問題があり、
ほかにも逆上がりができない、
これらは発達性協調運動障害と呼ばれます。
■クラタリング
吃音障害と類似した「噴出口から豆がはきだされるように、
わたしとあなたは認知が違う
この記事で取り上げた認知の違いは、以下の4つでした。
■色優位か線優位か
■全体優位(全体思考)か局所優位(継時思考)か
■映像思考(四次元)か写真思考(二次元)か
冒頭に、同じ発達障害でも2タイプある、と書きましたが、それはあくまで、両極端に位置していたとされる、アントニ・ガウディとルイス・キャロルを比較した場合の話です。実際はもっと認知の特徴の個人差は様々だと思われます。
天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)を読んで、わたしの心に留まったのは以下の文章です。
人は見方によっては五体があり、ほぼ同じ形をしていますから、他人とは感じ方や考え方が同じであると思いたがるふしがあります。他の人との違いがそれとなく分かっていながら、それを認めたくない部分も、実はあるのです。
みんなが同じだとすると、できない苦手な部分は「努力の不足」や「怠けている」という評価になりますから、これはたいへんですが、すでに書いたように、これはもともとの神経の特徴によるものですから、努力ではどうしようもないのです。
…ということは、一人ひとりが違っている、そして凹凸があることが自然であり、当たり前ということなのです。(P34-35)
こうしたキャロルを私たちは、うらやましいほどの豊かな才能に恵まれているように思っていますが、しかし彼にもまた認知の偏りがあり、その苦悩から生じた表現を、私たちはキャロルの才能と言っているに過ぎないのかもしれません。(P204)
わたしとあなたは認知が違うのです。みんな違った認知方法で世界を見ているのです。
わたし自身が、聴覚優位であることは、さまざまな点から明らかです。このブログの存在もそれを証ししています。
キャロルは30歳から66歳までの間に98721通の手紙を書き、挿絵を入れるなど読みやすさに工夫をこらしたそうですが、わたしも筆まめで、そうした手紙を書いています。(さすがにいちばん書いていたころでも年間100通でしたが…)(P205)
また以前書いたように、わたしは相貌失認ぎみです。この本には相貌失認の人の生活について書かれていて、自分から相手に声がかけられない、笑ってごまかすなどとされていますが、まさにそのとおりです。
本書にはこう書かれています。
本書に初めてキャロルの相貌失認を書くにあたり、宮尾先生と私には一つの思いがありました。
相貌失認は本人の中でも極めて意識しづらく、それ以前の色の問題を含め、相貌失認にまつわるさまざまな問題を周囲は理解することができません。
…本書では特にこのような人たちの日常の行動特徴を具体的に述べました。それはとりもなおさず、身近にいるかもしれない同様な人々や子どもたちへのご理解をいただきたいと考えたからです。 (P294)
天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)は、「天才」という言葉がタイトルに入っているので、自分には関係のない話と思いがちですが、実際には天才について語られた本ではないと思います。
この本のAmazonレビューはたいへん興味深いものです。褒めはやしている人もいれば、懐疑的な人もいます。おそらく前者は認知の偏った人で、後者は認知の平坦な人であり、各々自分の視点から評価しているからでしょう。
わたしにとってこの本は「わたしとあなたは認知が違う」ということを発見できた、とても含蓄に富む一冊でした。
自分には他の人と異なる認知の特徴があるかもしれない、と思う人にとって、この本は自分への理解を深める一助になると思います。
▼相貌失認について
相貌失認について、原因や症状、対処法などの詳しい解説はこちらの記事をご覧ください。
▼色の認知障害について
この記事で紹介した色の認知障害は、光の感受性障害である「アーレンシンドローム」の概念とオーバーラップしているように思います。
「アーレンシンドローム」では、光のまぶしさや立体把握の難しさがみられ、しばしば学習障害の原因ともなっています。詳しくはこちらをご覧ください。