これは、前に書いた以下の記事の補足部分です。長くなったので別記事に分けることにしました。
HSPとは、Highly Sensitive Person、つまり人一倍敏感な人のことです。
わたしがブログにまとめたころは、まだそんなに知られていない概念でしたが、近年ブームになっています。感覚が過敏な人はすべてHSPだと誤解されることもあります。
しかし、本文で考えたように、HSPという概念の提唱者である心理学者エレイン・アーロンは、HSPの敏感さには4つの特徴があると述べていました。
たとえ感覚が過敏でも、4つの特徴に当てはまらない人たち、たとえばアスペルガー症候群のような人たちの敏感さは、HSPとは性質が異なっています。
HSPであれ、アスペルガーであれ、どちらかが勝っているとか劣っているということはありません。どんな特性も人類の多様性の一部です。
けれども、自分の特性をしっかり判別できたほうが対処するのに役立ちます。本当はアスペルガーの特性を持っているのに、自分はHSPだと思いこんでいたら、うまく長所を伸ばせないでしょう。
本文で詳しく書いたように、両者には異なる特徴がいろいろあります。しかし、チェックリストや問診票のような方法は、どうしても主観が入り込みやすいものです。
もっと客観的に判断できる方法、しかも簡単に試せるような方法があるでしょうか?
自分の身体を感じ取る能力
近年、感受性や共感力は、自分の体の内部の感覚(内受容)を正確に感じ取る能力から生まれていることがわかってきています。
HSPでは脳の「島皮質」という部分が活発でしたが、この部位は、自分の体の内部情報を統合しているところ(体性感覚皮質)でした。
HSPの人が感受性豊かなのは、だれかとコミュニケーションしたり、ニュースを読んだり聞いたりするときの身体的な変化(心臓がドキドキしたり、内蔵がしめつけられたり、そわそわしたりすることなど)をしっかり把握しているからだと思われます。
「断腸の思い」「心の琴線に触れる」「虫の知らせ」「虫の居所が悪い」などの慣用句は、感情とは内受容や内臓感覚から生まれるものであることを物語っています。
逆に、アスペルガー症候群の人たちが、他の人の気持ちを読み取りにくいのは、体性感覚皮質の活動が弱いからだとみなせます。
詳しい情報は以下の記事にまとめてあります。
中でも、他の人の気持ちを自分の身体で感じ取る能力が極端に高い人は、「ミラータッチ共感覚」と呼ばれます。HSPの中のHSPとでも呼ぶにふさわしい、強力な感受性を持った人たちです。
上の記事で扱ったように、9つの脳の不思議な物語という本によると、幼少期からミラータッチ共感覚を持っているジョエル・サリナスが、敏感さのせいで、自閉症と間違えられることがありました。
子供時代は比較的何事もなくすぎたが、慎重な性格のせいで自閉症に間違えられやすいところもあった。
実際は自閉症の子供の多くとは違い、他人に共感することや相手の行動を理解することには苦労しなかった。
それどころか、他人の考えや感情がよくわかりすぎてしまうー他人が感じてしまうことを自分も感じてしまうのだ。
誰かが頭をかく、顔をしかめる、手首を叩くといった行動を見ると、その人の身体に起こるのと同じ感覚を彼も感じるのだ。(p262)
「他人の考えや感情がよくわかりすぎてしまう」のは、「その人の身体に起こるのと同じ感覚を彼も感じる」からです。
HSPの人たちは、ミラーニューロン・システムや体性感覚皮質が敏感なので、他の人の身体に起こった変化を、自分の身体で鏡のように再現し、同じような感情を経験します。
ということは、この能力がどれほど高いかを調べる方法があれば、自分の島皮質がどれくらい活発か、ひいては自分はHSPらしい特性を持っているのかどうかが、わかるということになります。
どれほど正確に心拍を測れるか
そのような方法の一つが、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか に載せられています。
自分の心拍数を正確に感知できるかを調べる実験です。
この実験では、脳スキャナに横たわり、ヘッドフォンを装着して、心拍数を計測します。
そして、ヘッドフォンから流れてくるビープ音が、自分の心拍と同調しているかどうかをボタンで区別します。
この実験で正解が多かった人は、自分の心拍を正確に検知できているということになります。どんな特徴がみられたでしょうか。
脳画像では、被験者全員に関して、いくつかの脳領域、特に島皮質の右前部に顕著な活動が見られた。
その程度は、心拍数を適切に検知できた被験者ほど大きかった。
さらに重要なのは、被験者たちが、共感力を測定するための、標準化された質問票を用いた検査で高成績を収めたことだ。
つまり、自分の心拍を正確に検知できる人は、さまざまな情動や内臓感覚を、それだけ全面的に経験することができたのだ。
いい換えると、内臓に対する気づきの度合いが高ければ高いほど、情動に対する感受性も強い。(p180-181)
自分の身体の内部の感覚である「内受容」(ここでは心拍数)を正確に検知できる人ほど、体性感覚皮質が活発で、共感力も高いのです。
あなたは、脈をとったり、計器で測定したりせずに、自分の心拍を正確に数えることができますか。
もしそれができるなら、島皮質の働きが活発で、共感力も豊かな人だ、ということをこの実験は示しています。
この実験ほど厳密にはできませんが、個人でも工夫すれば、ある程度まで調べられるでしょう。
別の本、9つの脳の不思議な物語でも同じ研究について考察されていました。
例えば心臓の鼓動のことをいま考えてみてほしい。拍動によって胸骨がかすかに押されるのを感じるだろうか?
感じられるかもしれないし、全然感じられないかもしれない。
胸に触ったり、脈をとったりしないでやってみてほしい。思っていたより難しいのではないだろうか。
短い間、鼓動を数えてみてほしいと言われると、四人に一人が半分も数えられない。
…現在では、この能力が思考や感情や社会的な行動と密接に関わっていることがわかっている。
例えば自分の心臓の鼓動をよりはっきりと感じている人は、自分の感情を読むことにも長けている。
自分の感情を解釈する能力が高い人は、必然的に他人の感情を解釈する能力も高い。(p221-222)
自分が心臓の鼓動を感じ取れる人であるかどうかは、ちょっと時間をとって試してみれば、ある程度わかるはずです。
「思っていたより難しいのではないだろうか」と書かれていますが、それは大半の人たちの場合です。
HSPの人はこれをまったく難しいと感じないはずです。
前述の実験では、9人の女性と8人の男性が参加しましたが、そのうち4人は、自分の心拍とビープ音が同期していることに「絶対的な確信」を持っていたといいます。迷いはありませんでした。
このような人たちこそHSPの定義に当てはまります。(17人中4人という割合は、一般人口中のHSPの割合とそっくりです)
HSPとは「他人の感情を解釈する能力」が高い人たちですが、それはすなわち「自分の心臓の鼓動をよりはっきりと感じている人」だからです。
一方、この実験では、17人中2人は、心拍音痴と呼べるほど、まったく言い当てられなかったそうです。(残りの人たちは中間でした)
このような人たちは、アスペルガー症候群に近いのかもしれません。アスペルガーではHSPとは逆に、島皮質などの身体の内側を感じ取る領域の活動が弱いことがわかっています。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳 に出でくるジェイムズというアスペルガー症候群の男性は、自分の心拍を読み取るのが苦手です。
私はジェイムズのことを思いだした。妹に親しみを感じるかとたずねた私は、彼の答えに仰天した。
「アスペルガーが全員そうだとは言いませんが、私は人間に何も感じません。
内臓感覚というか……そわそわとか、胸がドキドキということがないんです。
妹のことは愛していますが、あくまで経験にもとづくもの。妹への愛を頭で考えることはあっても、感じることはありません」(p216)
彼は人に対する愛を、心拍や内臓感覚から生まれる感情によって感じることはありません。代わりに頭で考えます。
感情移入とは言い換えれば、相手の苦痛や喜びを、自分の身体で感じることです。
しかし、自閉症の人たちは、身体の内側の感覚に気づくのが難しいので、他人の気持ちに同調するのが難しくなってしまいます。
「自閉症は、自分の身体と、身体が受けとる感覚刺激を正確に知覚できないことに原因があるのかもしれない」とされています。(p220)
ヒトに興味があるか、モノに興味があるか
本文のほうで、HSPの人たちは、基本的に「ヒト」に興味を持ち、アスペルガーの人たちは「モノ」やデータ(数字など)に興味を持つ傾向があることについて書きました。
その理由もまた、この実験から推測することができます。
今出てきたジェイムズは、愛を「感じる」ことができませんでした。胸がドキドキしたりソワソワしたりしません。身体の内側の感覚に気づくのが難しいからです。
その代わり、彼は「認知に磨きをかけ、相手の身ぶりやしぐさ、顔の表情から学ぶことに」しました。
無意識に他人の気持ちを読み取れないので、「努力と学習を重ねて、意識的にできるように」しました。(p217)
彼は頭で、つまり認知の力で愛を認識します。愛を感じる代わりに、データと知識によって認識するのです。
「アスペルガーが全員そうだとは言いませんが」と言ってはいますが、この特徴はアスペルガーの人によく見られます。
かの有名なアスペルガー症候群の女性テンプル・グランディンも、火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF) によると、似たような傾向を持っていました。
[ギリシャ神話の] 神々の愛には感動するどころか、当惑したという。シェークスピアの芝居も同じだった。『ロミオとジュリエット』には首をひねったし(「いったい彼らは何をしているのかさっぱりわかりませんでした」)『ハムレット』となると、話が行ったり来たりするのでわけがわからなかった。
それを彼女は、「前後関係のむずかしさ」と言ったが、それよりも登場人物に共感できず、込み入った動機や意図が理解できないせいではないかと思われた。(p326)
演劇などの芸術作品は、脳科学的にいうと、島皮質の活動の高さに支えられている芸術といえるかもしれません。
演劇は、俳優たちの迫真の演技を見て、その高揚ぶりを自分の身体で感じ取って、まるで自分が今そこにいるかのように感情移入する芸術だからです。
テンプル・グランディンは、演劇作品には共感できず、複雑な人間模様は苦手でした。その代わり、すべてをデータ化し、論理的に分析することで対処したといいます。
何年もかけて厖大な経験のライブラリーをつくりあげてきたと、彼女は続けた。…さまざまな状況でひとがどんなふうに行動するのかを見るための「ビデオ」だ。
…この経験を業界新聞や《ウォール・ストリート・ジャーナル》などや本を読むことで補う。…「完全に論理的な作業です」と彼女は説明した。(p326)
さっき出てきたジェイムズと同じく、感じる力ではなく、認知の力によって、人間関係をこなしていたことがわかります。
このやり方は、わたしがHSP女性の代表とみなしているエリナー・ファージョンと好対照をなしています。
エリナー・ファージョンは、子どものときから大のお芝居好きでした。神々の愛の物語の世界に入り浸って、太陽神アポロをイマジナリーフレンドにしてしまったほどです。
ファージョン自伝―わたしの子供時代 でこう書いています。(詳しいエピソードは別記事参照)
キーツに全身全霊をかけてのめりこんだのは、13歳のときのことだった。
それ以来長いあいだ、「ハイペリオン」の詩よりもすばらしいと思えるものはほかになかったし、アポロという名にいたっては、これ以上わたしをうっとりとさせてくれる名前はどこを探してもけっして見つからなかったのである。
わたしはアポロをまるごと自分の若い神様に祭り上げた。わたしの夜の空想のなかではハイペリオンという名前で登場したが、人間のあいだではウォーリック卿の息子ディック・ネヴィルになるのだった。(p286)
テンプル・グランディンに言わせれば、きっと理解不能の極みでしょう。
ファージョンは、シェークスピアなどの演劇か大好きで自分で台本もたくさん書きました。彼女にしてみれば、いつも空想の中でやっていることなので、演劇を書くのに苦労しませんでした。
前に書いたように、感受性の強いHSPの人(そしてそのせいで解離を起こしやすい人たち)は広く芸術活動に向いていますが、中でも演劇の才能を持つ人は多くいます。
HSPの人たちは、人間関係の中で、頻繁に胸の高鳴りを感じます。
有名な吊り橋効果の研究に示されているように、人はドキドキするものに惹きつけられます。(興味深いことに、HSP提唱者エレイン・アーロンの夫アートは、吊り橋効果の研究者です)
子どものころ、神話や物語を読んで、複雑な人間模様が織りなすタペストリーに胸をときめかせていたら、人間の心理や感情に、人一倍興味を持つようにもなるでしょう。
こうして、HSPの人たちは「ヒト」に強い関心を持ちます。
ヒトの気持ちを汲み取るのを得意とし、ファージョンのように作家になったり、セラピストなどコミュニケーションを重視する仕事につくこともあります。(ただしそのせいで共感疲労に悩まされることもあるでしょう)
一方、アスペルガーの人たちは、複雑な人間模様の物語を読んだり見たりしても胸が高鳴らず、面白みを感じません。その代わり、もっと信頼できる数字やデータの世界に惹かれるでしょう。
テンプル・グランディンのように、科学や設計の分野で有名になるかもしれません。以下に記事で書いたように、数学者やプログラマーにはアスペルガーの人が非常に多いと思われます。
冒頭で書いたように、どちらの特性がより勝っている、ということはありません。どちらも人類の多様な個性の一部です。
わたしたちの社会では、アスペルガーは「発達障害」だとされます。でも、わたしはその見方は間違っていると思います。
上の記事でも書いたように、現代のわたしたちのテクノロジー社会の基盤は、アラン・チューリングのようなアスペルガーの天才なしでは成り立ちませんでした。
生物学や生態学の観点からすれば、人類にはもともと複雑な多様性があるはずです。それは花や動物に備わる多様性をみれば一目瞭然です。
HSPやアスペルガーはヒトという種がもつ複雑な多様性の一部であり、それぞれ独特な向き不向きを持っているにすぎません。
その個性を尊重されず、自分に向いていない環境に置かれたときにのみ、適応不良を起こして障害になってしまうのです。
自分の特性を知る手がかりのひとつ
ですから、自分の特性を知り、向き不向きを把握しておくのは大切です。
自分に合わない環境にいたら、せっかくの特性が無駄になり、体調を壊してしまい、障害とみなされてしまいます。
今回紹介したシンプルな実験は、自分の特性を知る手がかりになるでしょう。
心拍数に注意をむけてみることで、自分がどの程度、身体の内部を読み取れるか、そして他人の気持ちに同調できるかがわかります。
ただし、このシンプルな実験で、だれがHSPで、だれがアスペルガーだと断定できるわけではありません。
島皮質の活動は、状況によって変化します。
運動直後の人や、PTSDなど過緊張状態にある人は、島皮質が過剰に活性化して、心臓の鼓動を感じ取りやすくなっているかもしれません。
あるいは、トラウマ経験などのせいで麻痺してしまい、解離や離人症を起こしている人の場合は、島皮質の活動が低下しているので、心拍をうまく感知できないかもしれません。
解離を起こしやすいHSPの人は、リラックスしている場面ではとても自分の身体の内部に敏感なのに、解離を起こしてしまう場面ではとたんに読み取れなくなって麻痺してしまうかもしれません。
9つの脳の不思議な物語によると、摂食障害やうつ病といった解離が関係している他の病気の症状も、内受容に気づく能力の低さが関係しているのではないかと言われています。
そのような病気の治療のために、内受容に気づく能力を向上させる方法が研究されています。
たとえば自分に関わる6つの言葉を見ながら心拍数を数えると、そうでない場合よりも正確に近づくそうです。(p229)
ですから、内受容に気づく能力は、そのときの状況や健康状態によって変動しうるといえます。
それでも、特にそうした問題がない場合は、この実験は、自分の特性を知る一助になります。
落ち着いているときに心拍を数えてみて、主観的な計測結果と心拍計などの客観的な計測結果が正確に一致しており、異なる状況で繰り返し試しても正確である場合、ほぼ間違いなく島皮質の活動が活発で、人の気持ちを感じ取る力が高い人だとみなせるでしょう。