生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち

■光や音、匂い、そのほかのさまざまな感覚に人一倍敏感
■場の空気や他の人の気持ちを読みとることが得意
■人より深く考え、呑み込みが早いと言われる
■感受性が強すぎるせいで刺激に圧倒されて疲れ果てることがある
■子どものころから空想の友だちなど不思議な体験をしてきた

なたはこのような、人一倍強い感受性の持ち主ですか? あるいは、もしかすると、あなたのお子さんがこのリストに当てはまるでしょうか。

もしそうなら、あなたやお子さんはHSP (Highly Sensitive Person)、つまり「人一倍敏感な人」や、HSC (Highly Sensitive Child)、つまり「人一倍敏感な子ども」と呼ばれる生まれつきの感受性の強さを持っているのかもしれません。

生まれつきの感受性の強さは、優れた才能につながることがあります。HSPの人は人の心をつかむコミュニケーション力に長けていますし、優れた芸術家や科学者の中には、HSPの繊細な感性を生かして成功した人が少なくないとも言われています。

しかし一方で、優れた感受性の強さのために、人混みやイベントで疲れやすかったり、学校で強いストレスを感じて不登校になったり、果ては慢性疲労症候群解離性障害といった心身の問題を抱えることもあります。

HSPとはいったいどんな性質なのでしょうか。しばしば混同されるアスペルガー症候群の感覚過敏とはどこが違うのでしょうか。やはり感受性が強いADHDとの間にはどんな関わりがあるのでしょうか。どんなリスクまた可能性を持っているのでしょうか。

HSPという概念を提唱したエレイン・N・アーロン博士ひといちばい敏感な子や、そのほかの関連する資料から、HSPについてわかりうることを広範囲にまとめてみました。

HSPとは何か?

HSP(人一倍敏感な人)、HSC(人一倍敏感な子)は、心理学者エレイン・N・アーロン博士によって提唱された概念です。

アーロン博士が1996年に書いたHSPについての本、ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)(原題は、「The Highly Sensitive Person」)は英語で出版された後、オランダ語、日本語、中国語、ギリシャ語、ポーランド語に翻訳されるベストセラーになりました。

アーロン博士はこれまで、「内向的」「怖がり」「引っ込み思案」などとネガティブに語られがちだった敏感な人についての研究に一石を投じ、それらの人は、本当は感受性豊かで創造的、そして子どもの15~20%を占める個性の一つなのだ、ということを明らかにしました。

その研究により、感受性の強さとは、おもに育て方によって決まる後天性のものではなく、持って生まれた先天性のもの、その人固有の遺伝的性質であり、才能ともなることがわかりました。

その一方で、HSPの70%は慎重で内向的であるのに対し、残りの30%は外向的であることがわかりました。繊細な人イコール内向的な人ではなかったのです。

HSPの生まれつきの敏感さとは違って、内向型や外向型、さらには臆病さや神経質は、後天的性質だと言われています。(p35)

興味深いことに、世の中の一般的な見方とは異なり、内気さや繊細さが必ずしも短所ではない、ということに目ざとく気づいた人は、はるか昔にも存在していました。

スポーツ心理学を研究している高妻容一教授によると、意外に思えるかもしれませんが、戦国時代の名将として知られている伊達政宗も、内気で敏感な気質だったそうです。

しかし幼少期の政宗を指導した片倉小十郎は、政宗の繊細さや感受性の強さを長所と考え、その才能をいち早く見抜いたと言われています。

名コーチ片倉小十郎、いかにして伊達政宗の能力を引き出したのか? | ニュース | テレビドガッチ

人の力を引き出すには? – Dr.高橋浩一のブログ

日常を探検に変える――ナチュラル・エクスプローラーのすすめ の中で探検家トリスタン・グーリーは、伊達政宗が見るたびに景色が変わる富士山を感受性豊かに詠んだ歌を引用しています。(p69)

戦国時代のような実力社会でさえ、感受性の強さは武器になり得たのです。

アーロン博士は、自身がHSPであり、子どももHSCであることから、人一倍敏感な人の性質や、そのような子どもの育て方について、とても深い洞察と研究を世に送り出してきました。

今回おもに参考にしたひといちばい敏感な子は2002年に書かれた10年以上前のアーロン博士の本の邦訳です。日本語版に寄せて、2015年2月に書かれた最新の学術的解説が追加されているので、この記事では主にその部分を参考にしました。

HSPの4つの特徴

HSPについては、世間ちまたでは、様々な形で紹介されていますが、本来の定義からそれた情報も少なくありません。誤解されがちですが、普通より感覚が過敏であれば すなわちHSPである、というわけではないのです。

HSPという概念を提唱したエレイン・アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、HSPには、特徴的な4つの性質が必ず存在すると述べています。

最近、私はこの根底にある性質には「4つの面がある」と説明しています。つまり、人一倍敏感な人にはこの四つの面が全て存在するということです。

4つのうち1つでも当てはまらないなら、おそらくここで取り上げる「人一倍敏感」な性質ではないと思います。(p425)

たとえ感覚が過敏な人であっても、その4つの性質のうちの1つでも当てはまらないならHSPではなく、その人の過敏さは別の問題から来ていることになります。

それでは、その4つの性質とは何なのでしょうか。アーロン博士は、それら4つの頭文字をとって「DOES」と呼んでいます。一つずつ見ていきましょう。(p425-432)

D 「深く処理する」

一つ目の性質は、「深く処理する」(Depth of processing)ことです。簡単に言えば、「一を聞いて十を知る」という性質のことです。

HSPの人たちは、単に敏感に反応するわけではありません。ちょっとした刺激や情報から、他の人以上に深く感じたり、深く考えたりします。無意識にであれ、意識的にであれ、物事を徹底的に処理し、理解していきます。

そのような意味では、HSPの敏感さとは「過敏性」ではなく「感受性の強さ」だと言えるでしょう。

この「深く処理する」という性質は、年齢以上に大人びた受け答えをしたり、初めて経験する場所や人の前で行動するまでに時間がかかったりという行動にも現れます。

これは、場の空気を読み取って行動する能力に優れているということです。自分の考えだけで直情径行に行動したりせず、その場の状況や相手の気持ちを深く読み取り、それに合わせて行動することができます。

HSPの人は、異文化や異なる社会背景の人の気持ちや行動を理解し、共感する能力に長けています。

ビアンカ・アセヴェドによる研究によると、HSPの人は非HSPの人より、脳内の島皮質と呼ばれる場所が活発に働いていたそうです。この場所は内面の感情や、外部の感覚刺激を読み取って統合する意識の座と言われています。(p426)

(※HSPの脳科学な研究について詳しくは、ビアンカ・アセヴェドらによるThe highly sensitive brain: an fMRI study of sensory processing sensitivity and response to others’ emotions(英文)で解説されています)

O 「過剰に刺激を受けやすい」

二つ目の特徴は、「過剰に刺激を受けやすい」(being easily Overstimulated)ことです。

HSPの人は、自分の内外で起こっていることに人一倍よく気がつき、処理し、配慮するので、精神的にかなりの負担がかかり、疲れやすく感じます。

変化に敏感で、普通よりも多くの新しい経験が得られるぶん、多くのことを読み取りすぎて疲れ果ててしまうこともしばしばです。

強い明るさ、大きな音、手触り肌触り、匂い、暑さ寒さなどからも、普通以上のストレスを受けたり、疲れや痛みも通常より強く感じてしまうかもしれません。

すでに触れたHSPの人で強く働いている島皮質は、そうした感覚を感じ取る感受性の源です。他の人と同じ刺激を受けても、感受性が強いせいでより強く刺激を受けてしまうのです。

人の多いパーティーや雑踏、大きな音の映画館や遊園地など、刺激の量が多い場所はことさら苦手です。他の多くの人にとっては日常よりも目一杯刺激を開けて楽しめる場所かもしれませんが、普段から人並み以上に刺激を感じ取っているHSPにとっては刺激が多すぎる場所なのです。

このような刺激を過剰に受けすぎる性質は、特に子どもの不登校の原因と一つとされる慢性疲労症候群(CFS)と密接に関係していると思われます。おそらくは、学校という集団行動において、普通の子以上に刺激を受けすぎてしまうのでしょう。

子どもの慢性疲労症候群(CCFS)とHSPは、遺伝子レベルで要因が重なっている可能性があり、その点については後ほど改めて取り上げます。

また、過剰に刺激を受けすぎるという性質は、アスペルガー症候群、広汎性発達障害などで知られる自閉スペクトラム症(ASD)の子どもにもよく見られる特性ですが、HSPと自閉症は別のものです。この点についても、次の見出しで詳しく取り上げます。

E 「感情反応が強く、共感力が高い」

三番目の特徴は「全体的に感情の反応が強く、特に共感力が高い」(being both Emotionally reactive generally and having high Empathy in particular)ことです。他の人の気持ちに同調する力の強さのことです。

ここまで考えてきたとおり、HSPの敏感さは、単に感覚刺激が強い過敏さではなく、深く処理する感受性の強さでした。そしてその中には、場の空気を読み取る力も含まれていました。それは共感力の強さです。

HSPの子どもは人の心を読み取る能力に長けていて、まわりの人の顔色を読んで、自分を合わせることが得意です。親の望むこと、友達や先生の望むことをよく読み取って、適切な配慮や気配りをすることができます。

本を読むときには物語の登場人物に深く感情移入し、相手が人間でなくても、動物やロボットや物にさえ、強い感情移入を示します。ときには、物語の内容や、テレビのストーリーに深く共感して、涙もろくなってしまうこともあります。

後で触れますが、このような他人への関心や共感性の強さは、子ども時代に空想の友だち現象(イマジナリーフレンド)として現れることもあります。

ヤージャ・ヤゲロヴィッチの研究によると、HSPの人では良い経験にも悪い経験にも人一倍強く反応する脳活動が、思考や感情をつかさどる脳の高度な部分で見られたとのことです。(p430)

S 「ささいな刺激を察知する」

最後の四つ目は、「ささいな刺激を察知する」(being aware of Subtle Stimuli)ことです。小さな音、かすかな匂い、ちょっとした変化など、細かいことによく気がつきます。

こうしたささいな刺激を感知する細やかさは、各感覚の受容体が敏感だから、というわけではなく、それらから入ってきた情報を受け取る感受性が強いからだと考えられます。アーロン博士はこう説明しています。

中には感覚器が特に発達している人もいますが、大半は、感覚器の反応が大きいのではなく、思考や感情のレベルが高いためにささいなことに気づくのです。(p432)

そのようなわけで、HSPの人は、どれか特定の感覚だけが過敏である、というわけではなく、さまざまな種類の刺激に対して繊細な反応を示すのです。

環境の変化や、物の配置が変わったことに目ざとかったり、自然の風景や動物とのふれあい、芸術作品などから強い影響を受けたり、親や友達のちょっとした声のトーンや態度の変化から、何かあったのだと察知したりします。

ただし、刺激が過剰すぎる状態では、かえって普通の人以上に気づくのが難しくなることもあります。これはおそらく、感覚の過剰さから脳を守るために、意識がぼーっとしたり上の空になったりする解離が生じるからでしょう。

このように、HSPの人は、「深く処理する」「過剰に刺激を受けやすい」「感情の反応が強く、特に共感力が高い 」「ささいな刺激を感知する」という4つの特徴が見られます。これらは内外の刺激に対する感受性の強さを物語っています。

アーロン博士が述べていたとおり、感覚の過敏性があっても、これら4つの特性のうち、一つでも当てはまらない部分があるなら、その人はHSPではありません。

感覚の過敏性があり、これら4つのうち幾つかは当てはまるものの、すべてを満たさない人の代表例は、途中でも名前が出た自閉スペクトラム症(ASD)の人たちでしょう。

HSPの感受性の強さと、ASDの感覚過敏が別のものであるといえるのはどうしてでしょうか。

アスペルガーの感覚過敏とは別のもの

はじめに、HSPの性質は、ネット上の多くの記事などで誤って説明されていることがあると述べましたが、特に区別があいまいになっているのは、自閉スペクトラム症(ASD)の過敏性との関係です。

自閉スペクトラム症とは、これまで広汎性発達障害(PDD)やアスペルガー症候群(AS)として知られていた、さまざまな程度の自閉症を一括りにした概念です。

自閉スペクトラム症の人たちは、しばしば場の空気が読めず、社会的なコミュニケーションが難しいとされますが、そのほかにも様々な感覚過敏を抱えていることが少なくありません。

たとえば、スキー場などの明るさが強い場所や、電車や救急車などの激しい音のせいで感覚刺激が過剰になりすぎてパニックになってしまう人もいます。自閉スペクトラム症の当事者研究によると、そのような過剰な刺激は「感覚飽和」と呼ばれています。

自閉スペクトラム症の独特な視覚世界を体験できるヘッドマウントディスプレイを大阪大学が開発
自閉スペクトラム症の視覚世界を体験できる装置が開発されたそうです。

このような感覚過敏の面だけを取り出すと、一見、自閉スペクトラム症は、人一倍敏感な人、つまりHSPであるかのように思えますが、実際にはそうではありません。

むしろアーロン博士は、自閉スペクトラム症とHSPをはっきり区別していて、正反対のものであるとしています。

HSCは、自閉症やアスペルガーとも違います (p65)

HSPは共感力がとても強い

すでに4つの特徴の中で説明したとおり、HSPの人たちは、場の空気や他の人たちの気持ちに敏感です。親や友達や先生の気持ちを先回りして読み取り、適切に配慮する能力に長けています。

HSPの人たちは、感情移入して相手に配慮できるので、しばしばサービス業などコミュニケーションを要する職種に就きますが、そうした社交的な能力は、自閉スペクトラム症の人には見られません。

ひといちばい敏感な子にはこうあります。

HSCと混同される理由は、自閉症やアスペルガーの子どもたちは、感覚的な刺激に極めて敏感な点です。

でも、場の空気や相手の気持ちには敏感とはいえません。これがHSCと大きく異なるところです。(p66)

では、HSPとは、感覚の過敏性を持つ自閉傾向の人たちのうち、コミュニケーションの点ではさほど苦労がない人、つまり程度の軽い自閉症なのでしょうか。

アーロン博士は、その見方をもはっきりと否定しています。

HSCは、「自閉症スペクトラム」のうち、程度の軽いほうに属するのではないかという議論もありますが、私は違うと思います。

「自閉症スペクトラム」の程度の軽い子を表現するなら、何か癖があったり風変わりだったり、融通が利かなかったり、感情が乏しかったりということになるでしょう。

HSCを含め、疾患がない子どもは、生まれつき人と関わることを望んでいます。(p67)

アーロン博士が説明するとおり、HSPの人たちは、自閉症のうち程度の軽いものでもありません。自閉症のうち、言語コミュニケーション能力に秀でた程度の軽いもの、とされているのは、アスペルガー症候群ですが、彼らにとってコミュニケーションは決して簡単ではありません。

アスペルガー症候群は、確かにカナー型などの自閉症と比べると程度は軽い、という見方ができますが、実際には人との通常の関わりが難しく、社会で「空気が読めない」というレッテルを貼られてしまう人たちも少なくないのです。

アーロン博士は、むしろ、HSPは自閉症の軽いものであるどころか、正反対のものであると述べます。

つまり、人づきあいが不器用で、人との関わりもあまり望まない自閉傾向のある人たちとは違って、HSPの人たちは人への強い興味があり、根っからの社交性を持ち合わせているのです。

興味深いことに、大人の発達障害を専門とする昭和大学烏山病院、発達障害医療研究所の加藤進昌所長は、敏感な性質の人は、誤って「自分がASDではないか」と考えやすいと述べています。

大人の発達障害、悩み共有 対人関係の解決策探る|ヘルスUP|NIKKEI STYLE

「人の視線が気になるとか、名前が覚えられないなどで自分がASDではないかと疑っている大人の多くは発達障害ではなく、単に周囲に過敏に反応しているだけ」と加藤所長。

ASDの人は他人に対し「逆に無関心で、他人の行動の意味がわからないことが多い」

周囲に過敏に反応する人は、コミュニケーションについて気にしすぎて、自分はアスペルガーなのではないか、と悩みがちです。

しかし、加藤先生が述べるように、本来、自閉スペクトラム症(ASD)の人たちは、人間関係を求めはするものの、他人の気持ちや考えに対してはあまり関心がなく、行動の意味を理解できないために、対人関係で苦労することが特徴なのです。

異なる立場の人を理解する力

自閉スペクトラム症の人たちがコミュニケーションを難しく感じる理由として、人の動きを真似するときに発火する脳のミラーニューロンや、それが組み込まれた脳の共感システムであるミラーシステムの働きの問題がしばしば指摘されます。

しかしHSPではその反対の結果が観察されていて、ミラーニューロンの働きが活発であることがわかっているそうです。

HSPは非HSPに比べて、ミラーニューロン系の働きも活発です。特に、自分の大切な人がうれしい、あるいは悲しい表情を浮かべるのを見た時や、知らない人がうれしい顔をした時にもこの傾向が見られます。

これは、HSPが、感情を感じ取った相手に同調すること、全般的にポジティブなことに同調した結果といえるでしょう。…子どもが残酷なことや不公平なことに動揺しやすいのも当然でしょう。(p431)

このような点でも、HSPと自閉スペクトラム症は正反対の特徴を持っているといえますが、こと共感性について言うと、HSPはもっと独特な性質を持っています。

以前の記事で取り上げたとおり、自閉症の人たちが、「共感力がない」とする見方は、近年では誤りとされています。

というのも、自閉スペクトラム症の人たちも、自分と同じ自閉スペクトラム症の人相手には共感性を示せるからです。

そして、世の中の多くの人も、自分と同じ集団、自分と同じ社会の人に対しては共感する力を持っています。ある意味で、自閉症の人も、自閉症でない人(つまり定型発達者)も、自分と同じ相手のことは理解でき、そうでない人の気持ちはわからないという点で共通しています。

アスペルガーは「共感性がない」わけではない―実は定型発達者も同じだった
アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の人は「共感性がない」と言われていますが、実際にはそうではなく、むしろ定型発達者も共感性に乏しいという研究を紹介しています。

自閉スペクトラム症の人たちが定型発達の人の気持ちがわからないように、定型発達の人も自閉スペクトラム症の気持ちがわかりません。そして国や人種が変われば、定型発達者同士でも理解や共感ができないため、衝突や差別や偏見や戦争が引き起こされてきました。

こうした観点からすれば、共感性という点では、自閉スペクトラム症の人も定型発達者も似たり寄ったりです。彼らはどちらも「非HSP」という点では同じです。

しかし、HSPの人たちは、この点で独特な立場にいます。

ひといちばい敏感な子によると、HSPの人たちは、際立った共感力のおかげで、文化の違いなどの影響にとらわれにくいことが研究からわかっています。

私のチームが行った研究では、アジア地域とアメリカのそれぞれで生まれ育ったHSPと非HSPについて、育った地域によって難易度が異なるとされる認知処理の作業のしかたを比較しました。

つまり、アジアのように集団を尊重する文化で育った場合と、アメリカのように個々を尊重する文化とで、脳の活動度がどのように違うかを検討したのです。

非HSPの脳は、自分の文化で育った人にとって難しいと感じる作業をした時に、ふだんより多くの労力を使っていましたが、HSPの場合は、生まれ育った地域にかかわらず、特別な労力を使ってはいませんでした。彼らは文化の違いを超えて、物事の「本質」を見ているかのようでした。(p426)

HSPの人たちは、物事を深く感じ取って処理するので、文化による表面的な違いにとらわれにくく、どちらにも共通する本質を感じ取り、異なる文化圏の活動にも自分を合わせることができました。

HSPの人は、場の空気を読み取ることに長けていますが、それは異なるタイプの環境に自分を合わせていける柔軟さのことでもあります。別の文化、という場の空気にもまた適切に順応し、労せずして異なる背景、文化、人種、宗教などの人たちに合わせることができるのです。

この研究については、さらに次のような補足も書かれていました。

HSPのこうした性質についても、脳の活動を調べた研究データがあります。まず、似た写真を見せて違いを見つける試験では、試験中、HSPの脳は非HSPに比べてはるかに活発に働いていました。

また、前出の文化背景に関する試験では、ささいな違いを見つける能力は、HSPは育ってきた文化の影響を受けていないのに対し、非HSPはその影響を受けていました。(p433)

この説明からわかるとおり、HSPの人は、異なるものの違いを見つけるとき、育ってきた文化によるバイアスをあまり受けていませんでした。

文化的なバイアスというと、たとえばわたしたちの日本の社会では、メディアなどの報道のせいで、中国製品は信頼できない、イスラム国は危険だ、といったものがあるかもしれません。

そのせいで個人的に中国やや中東出身の人と会ったとき、無意識のうちに先入観が働いて、悪いイメージを持ってしまう人も少なくないでしょう。

また、文化的なバイアスは、男女についてのイメージとも関係しています。男女の脳には本来大きな違いがないのに、男の子はチャンバラ、女の子はおままごとといったイメージがあるために、娯楽や育て方や教育までが左右され、文化的に作られた男らしさ、女らしさ、つまり「ジェンダー」ができあがります。

しかし、HSPの人たちは、そうした文化的なバイアスにとらわれにくく、深く処理する感受性のために、本質をとらえることができ、文化の違いや性別の違いに影響されない感性を発揮することができます。

別の記事で書きましたが、心理学者のミハイ・チクセントミハイは、このようなジェンダーや文化の枠にとらわれない感性は、創造性の強いクリエイティブな人たちの特徴だとしています。さまざまな背景の人たちに訴える魅力を備えた、ワールドワイドな製品やサービス、芸術などを作ることができるからです。

脳神経科医オリヴァー・サックスのミクロネシア諸島への旅行記、色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記 (ハヤカワ文庫では、異文化間を橋渡しする仕事において、そのような感性が いかに役立つかについてこう書かれていました。

しかし人類学者は先住民の詩や儀式そのものだけを研究の対象として扱う傾向があるので、その内面や精神、詩を吟ずる人の視点にまで立ち入ることは難しい。

人類学者にとっての歴史は、たとえば外科医にとっての患者のようなものだ。異なる歴史観や文化を十分に理解したり共有したりするには、歴史家や科学者の技術を超えた何かが必要なのだ。

つまり、特別な芸術的・詩的な感性が必要とされるのである。(p282)

ここで言及されている「特別な芸術的・詩的な感性」こそが、HSPの人が持つ感受性の強さです。

異文化に接する人は、しばしばサンプルを扱うかのような冷淡で機械的な態度をとりがちです。これは患者を研究対象としか見られない医者などの場合もそうです。

しかしHSPの人たちは、異なる立場、異なる種類の人たちを同じ対等な人間として見て、理解し、共感できる力を持っており、異文化からより多くの知識や発見を引き出すことができます。

患者に対して友人のような思いやりを示す医師がいれば、その人はきっとHSPとしての感受性の豊かさを持っているのでしょう。また異文化交流の橋渡しができるような人もまたしかりです。

一方で、この強い感受性は、マイナス方面に発揮されてしまうこともあり、それが以前にこのブログで紹介した、カメレオンのように周囲に同調し、傷つけられないよう別人になりきってしまう「過剰同調性」です。

自分の意思で様々な背景を持つ人たちに共感し同調してるうちは才能といえますが、恐れや不安から受動的に周りの人たちに同化するようになると、コントロールが失われ、自分が何者かさえわからない透明人間になりかねません。

これについては、この記事の後の部分、解離性障害との関わりのところで再度取り上げます。

「敏感性感覚処理」か「感覚統合障害」か

このように、HSPと自閉スペクトラム症は、場の空気を読み取る能力の点では、正反対ともいえる性質を持っています。

では、どうして両者では、共通する性質として、感覚の過敏性が見られるのでしょうか。

この二つを混同してしまうのは、じつは言葉のあやのようなものです。本当は、HSPの人が抱える敏感さとASDの人たちが抱える過敏性はまったく別のものなのに、同じ感覚過敏という言葉で説明しているせいで、本質が伝わっていないのです。

ひといちばい敏感な子によると、じつは、HSPと自閉スペクトラム症の感覚過敏は、学術的には、それぞれまったく別の用語が当てられているそうです。

[HSPの感覚過敏は] 学術文献では「敏感性感覚処理(sensory processing sensitivity)」と呼ばれています。

第1章でも述べましたが、「感覚処理障害(sensory processing dosorder)」や「感覚統合障害(sensory integration disorder)」と混同しないでください。(p424)

ここで紹介されているとおり、HSPの感覚過敏は学術文献では「敏感性感覚処理」(sensory processing sensitivity)という名前がつけられているようです。あるいは、別の箇所では「差次感受性」(differential susceptibility )とも呼ばれています。(p434)

他方、自閉スペクトラム症の感覚過敏は、「感覚統合障害」(sensory integration disorder)ないしは「感覚処理障害」(sensory processing dosorder)と呼ばれます。発達障害の早期療育の一つとして「感覚統合療法」という方法をご存じの方もいるでしょうが、一般に感覚過敏として認識されているのはこちらのほうです。

では、HSPの「敏感性感覚処理」「差次感受性」と自閉スペクトラム症の「感覚統合障害」「感覚処理障害」は何が違うのでしょうか。

おそらく様々な違いが関与しているでしょうが、まず、はっきりとした違いが確認されている部分に注目してみましょう。それは、これまでも何度か言及してきた、脳の「島皮質」と呼ばれる部分です。

ひといちばい敏感な子によれば、HSPの人たちは、この島皮質の活動が活発なことがわかっており、それが感受性の強さの理由のひとつだとされています。

HSPは非HSPよりも精巧な認知処理をしているだけでなく、脳内の「島」と呼ばれる部位が活発に働いていることがわかりました

(この部位は、その時々の内面状態や感情、体の位置、外部の出来事といった情報を統合して現状を認識するので「意識の座(seat of consciousness)」と呼ばれることもあります)。

HSCが自分の内や外で起こっていることを、人よりよくわかっているとしたら、その時は、脳のこの部分が特に活発に働いているのでしょう。(p427)

ここに書かれているように、HSPでは島皮質が活発で、それゆえに「自分の内や外で起こっていることを、人よりよくわかっている」、つまり周囲の物ごとに敏感に反応している可能性があります。

島皮質は身体の内外の情報を統合して認識している場所なので、「意識の座」(seat of consciousness)とも呼ばれています。つまり、HSPの人は感覚統合はしっかりできていて、ひといちばい身体の内外の感覚を意識しているため、ささいなことにも気づきやすい、というわけです。

他方、国内の研究によれば、自閉スペクトラム症では、島皮質の活動が低下していることが明らかになっています。

さらに、右側島皮質の課題関連活動がASD群で全般的に低下しており、特に自己顔に対する活動低下は、評価スコアと恥ずかしさスコアとの結合の弱さと関係していた。

これらの結果から、自己の内的情報の処理に関わる後部帯状回、および多様な情動経験に関わる右側島皮質の機能障害が、ASD者の自己像への自己意識情動の欠如の一因となっていると考えられた(Morita et al. 2012)。

自閉スペクトラム症の人たちは、「意識の座」である島皮質の活動が弱く、それが自己意識の弱さの一端となっていることが示されています。

けれども、もしHSPの人たちが、島皮質の強さゆえに敏感になっているのだとしたら、なぜ島皮質の活動が弱い自閉スペクトラム症の人たちも感覚過敏を抱えるのか。

それこそが、HSPの敏感性感覚処理と、自閉スペクトラム症の感覚統合障害の敏感さの違いを理解するキーポイントです。

明るすぎる部屋か、お化け屋敷か

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳 という本によると、島皮質は、脳の「予測」というシステムに関与しているらしいことがわかっています。

また側頭葉と前頭葉の下に埋もれている島皮質が、内受容信号のトップダウン予測と、実際に入ってくる信号(予測エラーの情報を含む)の比較に関わっているらしいことがわかってきた。(p192)

ここでいう「予測」とは、わたしたちが日常生活の中でやってるような思考力を用いた予測のことではありません。脳が無意識のうちに、わたしたちの気づかないところで行なっている高度な計算のことです。

わたしたちの脳は、身体の内外から入ってくる信号を受け取ると、それが何を意味しているのか予測し、解釈しています。わたしたちは、そうして脳が解釈した結果を、感覚として体験しています。

たとえば、同じ大きさの音の刺激を受けても、人によって、小さいと感じる人もいれば、うるさいと感じる人もいます。同じ明るさの光であっても、まぶしいと感じる人もいれば、暗いと感じる人もいます。

同じ感覚でも、人によって感じ方が変わることは、わたしたちが、入ってきた情報をそのまま受け取っているわけではないことを示しています。わたしたちが認識している感覚とは、入ってきた信号をもとに、脳が予測したもの、あるいは解釈した結果なのです。

この記事では便宜上、感覚の「統合」という表現を用いてはいますが、この予測システムの説に基づけば、脳は感覚を統合しているわけではない、とされています。

脳内には、入ってきた情報を統合して知覚を生みだすような場所はなく、ただひたすら予測が行なわれているー私たちが知覚し、感じることは、つねに信号の原因を探る脳の予測なのだ。(p190)

入ってくる信号をもとに脳が予測したものを、わたしたちは感覚だとみなしているということです。

元の情報をありのままに感じるわけではなく、脳が予測し、解釈した加工された情報を感じる、というこの仕組みのおかげで、わたしたちはさまざまな環境にうまく適応できます。

朝起きたとき、わたしたちは光がまぶしい、と思うかもしれませんが、もしずっとまぶしいままなら困ります。でも脳が同じ明るさの光でも、安全な明るさだと解釈して感じ方を調節してくれるので、わたしたちは慣れることができます。

脳は周囲の温度や音といった信号を、収集しモニタリングしています。それが危険かどうか予測し、さほど危険そうでない小さな変化なら身体を慣れさせることで対応し、逆に危険なほど大きい刺激なら、すぐその場から離れるよう身体に指示を送ります。

ところが、近年、自閉スペクトラム症では、この予測メカニズムそのものが、うまく機能していないのではないか、という説が提唱されています。

自閉症者にとって、世界は悪い意味でマジックだーマサチューセッツ工科大学のパワン・シンハらはそう主張する。

マジシャンは観客を驚かせるのが商売だ。展開が予想を裏切るからこそ、お客は驚き、不思議がる。しかし現実世界でものごとの原因が予測できないと、気力も体力も奪われる。

「この世界がマジカル・ワールドだと、翻弄されるばかりで、予備的行動をとることもできない」(p229)

脳の島皮質が関与している予測システムが弱いと、脳は次に来るかもしれない刺激に備えることができないので、毎回、不意に新しい刺激にさらされるかのように感じます。

予測できないということは、言い換えれば、慣れることができない (「馴化」という作用が起こらない)という意味です。

自閉症者にとって、環境は予測不能なことだらけ。彼らが決まりきった行動を崩さないのは、予測の確率を上げて不安を小さくしたいからだろう。

光や音に過敏なのは、環境刺激の原因予測ができなかったり、事前信念の更新が不充分だったりして、慣れるということがないからだ。(p229)

すでに書いたように大多数の人の場合、光にしても音にしても、さまざまな刺激に苦痛を感じないのは、脳の予測システムが、わたしたちが知らないうちに、最適な予測を行なって、刺激に慣れさせてくれているからです。

わたしたちは気づいていませんが、脳は日常生活で出会う感覚をモニタリングして、無意識下で「これぐらいの刺激なら大丈夫」という内部モデルを作ってくれています。その範囲内であれば、脳は安全だと判断するので、驚いたりしません。

ところが、脳の予測システムが弱い自閉スペクトラム症の人たちは、こうした基準となる内部モデルがうまく構築されないので、脳は安全かどうか判断できません。繰り返しさらされている刺激にも「慣れ」というものがあまり起こりません。

その結果、「自閉症者は絶えず驚きにさらされている」とラトガーズ大学の計算論的神経科学者エリザベス・トーレスは述べます。(p228)

例えて言えば、わたしたちの身近な「予測」といえば天気予報に当てはめて、明日の天気をはっきり予測しすぎるのがHSP、ほとんど予測できないのが自閉症スペクトラムだと想像してみるのもいいかもしれません。

天気予報は便利ですが、予測が正確すぎると、明日は大雨だとか、来週は猛暑だとか、先々のことまで気をもみかねません。HSPの感覚過敏はこれと似ています。

他方、天気予報がまったくあてにならなければ、いきなりスコールに見舞われたり、いきなり寒波がきたりしてびっくりするでしょう。こちらが自閉症スペクトラムの感覚過敏です。

別のたとえでも考えてみましょう。HSPの人たちは、脳の感覚統合や予測に関わっている島皮質が活発でした。この「意識の座」が明るいおかげで、周囲の人が気づかないようなささいなことにも気づきます。

いわばそれは、とても明るいランプを手に持っているかのようです。部屋の隅々まで明るく照らすことができるので、普通なら気づかないようなこともわかります。

でも明るく照らしすぎると、部屋の隅っこに落ちているゴミや埃まで眼に入ります。本当なら気づかなくてもよい部分まで意識してしまうので、ささいなことに動揺したり、傷ついたりします。これがHSPの「敏感性感覚処理」です。

他方の自閉スペクトラム症の人たちは、感覚統合や予測に関わる島皮質の活動が低いことがわかっていました。予測システムそのものがうまく機能していないので、あたかも真っ暗闇の中を手探りで歩いているかのようです。

HSPの人が部屋を明るく照らしすぎているとしたら、自閉スペクトラム症の人は逆に暗すぎるお化け屋敷に住んでいるようなものです。

「馴化」がうまく起こらないので、何度も経験しているような刺激でも慣れることが難しく、突然、暗闇から見知らぬ何かが飛び出してくるかのような衝撃を受けます。これが、自閉スペクトラム症の「感覚統合障害」です。

フィルターの目が細かいか、決壊しているか

別の観点からも考えてみましょう。それは、さまざまな感覚刺激を濾し取る、脳のフィルター機能です。

わたしたちのまわりには、大量の情報があふれています。たとえば、渋谷のスクランブル交差点をイメージしてみてください。そこで飛び交う、音や声、形や光をすべて意識していたら、とても正気ではいられないでしょう。

それを防ぐために、わたしたちの脳には、感覚を選別し、ふるいわけるフィルター機能が備わっています。入ってくる情報をすべて意識してしまわないよう、不必要な情報は、あらかじめ無意識下でこしとってしまうのです。

では、わたしたちの脳は、どの情報をこしとり、どの情報を意識に上らせるかをどうやって決めているのか。

それは先ほど考えた予測システムの仕事です。何度も経験した情報のうち、あまり重要でないものは、無意識下で排除するよう学習します。必要ない情報をフィルターでこしとってしまうよう学習すること、それが「慣れる」ということなのです。

ところが、自閉スペクトラム症の人たちは、この予測機能がうまく働かず、「慣れる」ことが困難でした。要らない感覚をフィルターで濾過(ろか)することが難しい、ということです。

それはつまり、渋谷のスクランブル交差点のような場所で、大多数の人が慣れてしまって気にも留めないような刺激がすべて意識に飛び込んでくる、ということです。どれほど苦痛か、きっと少しは想像できるでしょう。

精神科医ノーマン・ドイジの脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線には、「感覚統合障害」(SID)ないしは「感覚処理障害」(SPD)の子どもたちについてこう書かれていました。

実際のところ、タミーが抱えていたのは消化管の障害ではなく、感覚処理障害(SPD)であった。

この障害を持つ子どもは、(感覚入力に対するボリュームの調整が効かないかのごとく)感覚刺激を極端に高い強度で受け取るため、脳がさまざまな感覚器官から入ってくる刺激を統合できないのだ。

…感覚処理障害を持つ子どもは、これらすべての感覚刺激を、身体の内部と外部双方からの圧倒的な連続攻撃として経験する。

…ポール・マドールの言葉を借りれば、貧弱に組織化された感覚処理は、十分に私たちを外界から守ることができないのだ。(p515)

「感覚入力に対するボリュームの調整が効かない」、そして「身体の内部と外部双方からの圧倒的な連続攻撃として経験する」。これが自閉スペクトラム症の人たちが抱える感覚統合障害の苦痛です。

このような統合されない圧倒的な感覚刺激のせいで、自閉症の人たちは、刺激の多い場所に行くと、騒音が脳に突き刺さったりするような「感覚飽和」を起こし、メルトダウンとも呼ばれるパニック状態に陥ることがあります。

精神科医ゲオルク・ノルトフは、脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る の中で、こうした感覚統合障害の苦痛を次のように表現しています。

「入力情報を選別しコントロールする能力を失っているために、いとも簡単に感覚情報に圧倒されてしまう」、そして「内なる堤防や運河が、つまり彼の脳内のフィルタリングのメカニズムが決壊してしま」うのです。(p191-192)

その一方で、中には、このようなありのままな情報がなだれ込んでくることで、かえって特殊な才能を発揮する人たちもいて、彼らは、自閉症のサヴァンと呼ばれています。

その中には、たとえばスティーヴン・ウィルシャーのような、見たままの風景を記憶して写真のような絵を描ける人や、キム・ピークのように数千冊の本の内容を一字一句たがわず丸暗記できる人がいます。

なぜ自閉症・サヴァン症候群の人は精密な写実絵を描けるのか
「ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待 (岩波科学ライブラリー)」という本から、なぜ自閉症やサヴァン症候群の人の中に精密な写実画を描ける人がいるのか、写実的な絵を描くのに

こうした人たちは、情報を取捨選択するというフィルターが働いていないため、大半の人であれば大事な部分しか印象に残らず、後はきれいさっぱり忘れたり見逃したりしてしまうような視覚情報をそっくりそのまま認識し、記憶することができるのです。

もちろん自閉症といってもそこまで顕著な人は少ないでしょう。特にアスペルガー症候群だと、フィルターが「決壊」しているというより、フィルターが「弱い」レベルの人のほうが多いはずです。

それでも、しばしばアスペルガーの人たちは、マニアックな情報の記憶に長けていて、辞書や図鑑を丸暗記して、◯◯博士になれるような人もいます。

なぜアスペルガー症候群の人はポケモン博士になれるのに人の顔が覚えられないのか
自閉スペクトラム症(ASD)の人が持つ「細部に注目する」脳の傾向が、どのようにマニアックな記憶や顔認知と関係しているのか、という点を「顔を忘れるフツーの人、瞬時に覚える一流の人 -

他方のHSPの人たちの場合はどうでしょうか。HSPの場合は、脳の「予測システム」がしっかり機能していましたから、多種多様な情報が、選別されずになだれ込んでくるようなことはありません。

けれども、自閉スペクトラム症の人たちとは別の意味で、特殊なフィルター機能を有しています。ひといちばい敏感な子で、エレイン・アーロンは次のようなたとえを使っていました。

ベルトコンベアには流れてくる物を分類するための3種類の穴があります。

HSCの脳の場合、微妙な差を判別する15種類の穴があると考えてください。(p38)

ここではベルトコンベアを流れてくる物を選別するためのフィルターのたとえが使われています。普通の人は選別するフィルターに3つの穴が空いているようなものですが、HSPでは15もの穴が会いています。

つまり、HSPの場合は、フィルターの目が細かいことに例えられます。

入ってくる情報が洪水のように多いわけではありません。でも、フィルターの目が細かいため、感覚情報を濾し取るのに時間がかかり、「深く処理する」のがHSPの敏感性感覚処理です。

いわば、コーヒーフィルターのようなものかもしれません、一度に多くのお湯を通すことはできず、フィルターの目が細かく、じっくり処理するので時間がかかります。しかし、フィルターが破れたり、決壊したりするわけではありません。

エレイン・アーロンも、 ひといちばい敏感な子の中で、HSPと自閉スペクトラム症では感覚の取捨選択ができるかどうか、という違いがあることを認めています、

自閉症の場合は、注意を向けるべきものと排除していいものとを見極めるのが難しいようです。

…それに対して、HSPは顔をはじめとする社会的な手がかりに注意を払います。

全ての情報を排除できずに受け止めたら、当然、子どもは過剰な刺激に圧倒されてしまうでしょう。(p429)

「自閉症の場合は、注意を向けるべきものと排除していいものとを見極めるのが難しい」ので、「過剰な刺激に圧倒されてしま」います。でもHSPは、目の細かいフィルターによって適切な刺激だけを選んで注意を向けられます。

もちろん、このフィルターの細かさにも、良い面と悪い面があります。自閉スペクトラム症のフィルターの弱さにも、良い面と悪い面があったのと同じです。

良い面としては、情報を解釈し、加工する能力が強いことが挙げられるでしょう。コーヒーフィルターが美味しいコーヒーを抽出するのと同じです。

フィルターの目が細かいおかげで、「一を聞いて十を知る」ことができます。入ってくる量は「一」であり、決して過剰ではないのです。しかし深く処理して意味を抽出し、「十」を感じ取ってしまいます。

悪い面は、「一を聞いて十を知る」が的外れな場合です。相手の気持ちを先読みしすぎて過剰に気配りしてしまったり、言葉の裏の裏を読んで、他の人の厚意に隠れた動機があるのではないか、と疑ってしまったりするかもしれません。

エレイン・アーロンは、アスペルガーとHSPの違いについて、次のような点を挙げていました。

アスペルガーの子は、…婉曲表現や皮肉を理解する、秘密を守る、顔色を読む、といったことも苦手です。誰も興味がないような事柄について、淡々と話すことがよくあります。

このような点はいずれもHSCでは見られないことです。(p66)

アスペルガー症候群の人は、よく「空気が読めない」と言われ、比喩や冗談を真に受けてしまいます。脳の予測システムがうまく働かないことも関係しているのでしょう

でも、「婉曲表現や皮肉を理解する、秘密を守る、顔色を読む」ことの苦手さは、疑うことなく受け入れる純粋さだということもできます。アスペルガー症候群の人たちは、裏表がありません。

自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐によれば、江戸時代の文献をたどると、アスペルガー症候群らしい人たちの記録が残っているそうです。その人たちは、裏表がなく、真面目すぎるがために、周囲から愛されていたといいます。

托鉢でお金を恵まれても一文しか受け取らずそれ以上は返却し、人に頼まれれば遠方までも使いをして金銭をごまかすこともなく、食事に呼ばれても飢えていなければ食べない源坊は、「愚直」そのものであり、人々に信用され、愛でられた。

彼が死んだときに、人々は盛大な葬儀を執り行ったらしい。源坊もまた自閉症の影をちらつかせる。(p13)

(※ここでは「愚直」という言葉が使われていますが、文脈を読むと、純朴であるという良い意味で用いられています p10)

一方で、HSPの人は「空気を読みすぎ」ます。気配りができるといえば長所ですが、ありもしないことまで勝手に想像して決めつけ、一人で悩んだり気を揉んだりしかねません。「一を聞いて十を知る」ということは、つまり9割方は勝手に作り出した予測だということです。

ここで引用した文献の多くは、自閉スペクトラム症が「障害」だと考える医学の視点から書かれていましたが、フィルターが強いか弱いかは、極端すぎない限りは個性、そして多様性の範疇です

HSPと自閉スペクトラム症は、どちらが正常だとか、どちらのほうが勝っているといったものではなく、それぞれにメリット・デメリットがあります。

エレイン・アーロンは、敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。 の中で、こう書いていました。

成長のための大きな一歩は、お互いを受け入れることである。

どんな人も「長所と短所のパッケージ」であることを忘れないこと。(p189)

 

スープにするか、素材を活かすか

アーロン博士のひといちばい敏感な子によると、感受性が豊かなHSPの人たちは、昔から、作家や芸術家など、クリエイティブな感性を要する職業で優れた業績を上げてきました。

昔から、敏感なタイプの人は、科学者やカウンセラー、宗教家、歴史家、弁護士、医師、看護師、教師、芸術家などの職に就いてきました。(p46)

現代では、組織の集団主義が浸透しすぎて、そうした職業でHSPの人がやっていくのは難しくなってきているようですが、それでも繊細で敏感な感性は、クリエイティブな仕事に大いに役立つ才能といえます。

興味深いことに、脳のなかの天使によると、こうした創造性の強さは、今考えたコーヒーフィルターが美味しいコーヒーを抽出するような能力、つまり、さまざまな情報をうまく混ぜ合わせ、加工する能力と関係してます。

「ジュリエット」、「太陽」といった一つの単語でさえ、意味の渦、あるいは豊かな連想の渦の中心として考えることができる。

才能に恵まれた文章家の脳のなかではその渦が過剰な結合により大きく広がって、より大きな重なり合いができ、それに付随してメタファーに向かう傾向がつよくなるのだろう。

これで、創造的な人たち一般に共感覚の出現率が高いことの説明がつけられるかもしれない。(p154)

創造性とは「意味の渦」から生まれるもの、すなわち、相異なるさまざまな情報をるつぼに入れて混ぜ合わせ、うまく料理する技術であるといってよいでしょう。

文才豊かな作家や、言葉で絵を描くとも言われる詩人がメタファー、つまり比喩や隠喩などの美しいたとえをひねりだすことができるのは、物事の本質を深くとらえ、意味を解釈して結び合わせることのできる力によるのです。

他方、アスペルガー症候群をはじめとした自閉スペクトラム症の人たちもまた、高い創造性を示すことがあります。

しかしこの点でも、一見同じ創造性に見えても、HSPの創造性とは正反対の特徴を持っています。

近年、自閉スペクトラム症の人たちの脳の活動が統合失調症の脳の活動とよく似ているという研究結果がありましたが、脳のなかの天使には、統合失調症の創造性について次のような説明があります。

脳の配線に問題のある統合失調症の人は、メタファーやことわざの解釈が苦手である。しかし臨床で伝えられているところによれば、彼らは語呂あわせに長けている。

これはつじつまがあわないように思える。

メタファーも語呂あわせも、無関係と思える概念を結びつけることがかかわっているからだ。

それなのになぜ、統合失調症者は前者が苦手で後者が得意なのだろうか? それは両者が似ているように見えても、実際には語呂あわせはメタファーとは反対だからだ。

メタファーは、表面レベルの類似性を利用して、奥深く隠れた結びつきをあらわにする。

語呂あわせは深いレベルであるかのようによそおった表面レベルの類似性である―だから滑稽さがある。

…ひょっとすると、「わかりやすい」表面レベルでの類似性に気をとられることによって、深い結びつきに対する注意が失われたり、そらされたりするのかもしれない。(p157)

HSPの人たちは、比喩や隠喩などのメタファーに秀でていましたが、統合失調症の人たちは逆に語呂あわせに秀でているとされています。

これは、統合失調症と脳の働きが似ているとされるアスペルガー症候群でもよく見られる特徴でした。

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作家にしろ、画家にしろ、彼らの作風の特徴は、膨大な知識から編み合わされるコラージュ的な要素を持っているとされています。

以前の記事で紹介したとおり、自閉スペクトラム症の人たちは、年月が経過しても記憶がかなり正確であると言われています。記憶が加工されにくいので、正確な記憶による語呂あわせやコラージュができます。

先ほど、見た風景をそのまま記憶しているスティーヴン・ウィルシャーや、読んだ本を一字一句暗記しているキム・ピークを引き合いに出しましたが、自閉スペクトラム症の人たちは情報をありのままに受けとり、記憶する能力に長けているため、それらを語呂あわせしたりコラージュしたりするのが得意なのです。

なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方でも、そのような優れた正確な記憶力による引き出しの多さで、音楽的な才能を発揮しているアスペルガーのミュージシャンについて書かれていました。

だから独創性という意味では、このタイプの人は、どちらかというと、純粋な意味でのオリジナリティを発揮するのが難しい人が多いのかもしれません。

ただ、ものすごく知識が豊富なので、自分で学んだ多くのパターンから独自の組み合わせを引き出して結果としてオリジナルな方はいらっしゃる。(p72)

本書の中でも、自閉症スペクトラムの傾向を持つ人は即興が苦手だと思われがちだが、膨大なフレージングの引き出しを持っている場合には、むしろ即興の名手になりうるというくだりがありますが、俳優もミュージシャンと同じなんですね。(p125)

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々の中で、オリヴァー・サックスは、相異なる2つのタイプの創造性を比較してこう書いています。

アラン・シュナイダーによると、自閉症者による創作でも、これと似たような「ボトムアップ」のプロセスが典型的で、総合的または組織的な概念の枠組みはあまり見られないという。

…視覚的または音楽的なパターンは異常なほどすらすらと出てくるが、言葉による思考や抽象的な思考はうまく展開できない。

…たとえばチャイコフスキーのような音楽家の場合、作品は旋律から生まれていた。果てしない数の旋律が、彼の頭のなかで常に流れていたのだ。

これはベートーヴェンの創作技術に典型的な体系的構造、大規模な楽想とはまったく異なる。(p434)

ここで比較されている2つのタイプの創造性は、「まったく異なる」ものですが、どちらが優れているということはなく、どちらも創造的です。

この2つの創造性、つまり自由奔放な比喩のような創造性と、膨大な引き出しから合成される語呂あわせやコラージュ的な創造性は、基本的にいって別物です。

素材をすぐさま加工してスープにするHSPの創造性と、もとの素材をそのまま残して素材の味わいを楽しむ自閉症の創造性は、決して優劣のあるものではなく、それぞれに良さがある多様性の現れなのです。

解釈システムか、感覚システムか

このように、HSPと自閉スペクトラム症は、表向きは似ているようでも、よく理解すれば、まったく逆の性質に基づいていることがわかります。

わたしたちはしばしば、自閉スペクトラム症か定型発達者か、という枠組みで考えがちですが、それは正確ではないのでしょう。

一つの物差しを用意して、左端を自閉症とすると、右端は定型発達ではなく、HSPとなるのです。左端が自閉症、真ん中が定型発達者、そして右端がHSPです。

では、この物差しとは何なのかというと、それは、ここまで見てきたような予測や解釈に関する脳のシステムの強さでしょう。情報に基づいて予測する能力は、情報に基づいて意味を解釈する能力と言い換えることもできます。

先ほどの見たままの写真のような絵を描けるサヴァンの画家などについて考察した芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察では、こう指摘されていました。

自閉症例では、大脳皮質にも問題がある可能性が示唆されている.

そのために、言語学的な意味に関係するだけでなく経験自体や経験の意味するところを貯蔵するシステムでもある“意味システム”が描くことに関係した神経システムと離断された状態にある、と考えられるのである.(p97)

自閉症の人たちは、「意味システム」(解釈システム)の働きの弱さを抱えています。サヴァンの画家が極めてリアルな絵を描けるのは、言い換えれば見たものを解釈したり加工したりせず、ありのままに描いているということだからです。

認知神経科学の権威マイケル・ガザニガは、右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語るの中で、脳の左半球には、言語の意味や、概念の解釈に特化した「インタープリター」(解釈者)という領域があることを説明しています。

左半球には、状況の要点を把握し、できごとの概要にうまく当てはまるような推論を行い、そうでないものはみな捨て去る傾向がある。

こうした手の込んだ作業をすることで正確性には悪影響が生じるが、一般的には新しい情報の処理が容易になる。(p178-179)

したがってインタープリターにとっては、事実は確かに貴重ではあるが必須というわけではない。左半球は手近にあるものを何でも使い、残りを即興で埋めている。(p179)

この説明が示すとおり、脳の左半球、特に言語機能の一部をなす「インタープリター」は、単に言語を操るだけでなく、概念的な意味の解釈や、ストーリーの創造に関わっています。

「インタープリター」にとって受け取った情報は手がかりとしては大切ですが、あくまで材料にすぎないため、正確さを期すためそのまま保存するようなことはありません。それらを解釈し、加工し、組み合わせて、あるときは都合のよい作り話へ、あるときは感動的な物語へと作り変えてしまうのです。

行動経済学ダン・アリエリーは、ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で、このガザニガの研究に触れて、物語をこしらえる創造性の高い人は、同時に作り話がうまく、ずるやごまかしも得意だと述べています。

創造性は、厄介な問題を解決する斬新な方法を生み出す助けになるのと同じように、規則をかいくぐる独創的な方法を生み出し、情報を自分勝手な方法で解釈し直す助けにもなる。(p225)

HSPの人は一般に良心的な人が多いとされていますが、それでも物事を都合よく解釈したり、とっさにうまく言い訳したりするのは得意でしょう。こうした柔軟さは、裏表がないと言われる自閉症、アスペルガー症候群の人たちの実直さとは極めて対照的です。

では、HSPの人たちは「解釈システム」が正常で、自閉スペクトラム症の人たちは、「解釈システム」が機能不全を起こしているのかというと、必ずしもそうは言い切れません。

先ほど書いたように、自閉スペクトラム症は「障害」であるとみなすのは、大部分が定型発達者からなる医学によって作り上げられた独断的な見方です。(詳しくは自閉症研究の暗黒時代に埋もれてしまった、知られざるアスペルガーの歴史を参照)

自閉スペクトラム症の当事者であるドナ・ウィリアムズが書いているように、自閉スペクトラム症の人たちは、「解釈システム」ではなく、「感覚システム」という別の機能によって世界を認知しています。

この「感覚システム」が強い人は受け取った感覚を加工せず、ありのままに認知しています。先ほど書いたとおり、自閉スペクトラム症の人たちが、素材の良さをそのまま生かした創造性を発揮できるのはこのためです。

「解釈システム」はトップダウンの思考方法、つまり全体をおおまかに見渡して、だいたいの意味を抽出する情報処理に特化していると言われているのに対し、「感覚システム」は、字句通りのデータを緻密に一つずつ積み上げていくボトムアップ思考を得意としています。(p266)

以前書いたとおり、自閉スペクトラム症の人の中には、厳密なボトムアップ思考により、科学技術や学問の発展に貢献してきた人たちが大勢います。わたしたちが今使っているコンピューターもそうして生み出された成果のひとつです。

アスペルガーから見たおかしな定型発達症候群
定型発達症候群(Neurotypical syndrome)は神経学的な障害である。「アスペルガー流人間関係 14人それぞれの経験と工夫」という本では、定型発達の人は、とても奇妙に

つまり「解釈システム」の強い人は「感覚システム」が弱く、「感覚システム」の強い人は「解釈システム」が弱くなります。どちらが良いというより、一長一短です。

それで、「感覚システム」の機能が強いおかげで、未加工の正確な生感覚のデータの扱いに長けているのが、数学やプログラム、マニアックな専門知識に強く、“もの”に興味がある自閉スペクトラム症ではないか、とみなせます。

逆に「解釈システム」の機能が強く、情報から意味を引き出すのが得意で、一を聞いただけで十を抽出してしまうような感受性の強さを発揮する人たちが、芸術やコミュニケーションに強く、“ひと”に興味があるHSPの人だといえます。

アーロン博士が述べていたように、先の4つの特徴すべてに当てはまらないなら、たとえ一部似ている特徴があるとしてもHSPではなく、むしろ正反対の性質を持っているということさえあるのです。

追記:HSPとASDの併存はあるのか

その後、この記事を書いて半年以上経ってから出版された日本のHSPの研究者の長沼睦雄先生の、子どもの敏感さに困ったら読む本: 児童精神科医が教えるHSCとの関わり方 を読んだところ、アーロン先生の意見を踏まえた上で、HSPとASDは併存するケースがあるのではないか、と述べておられました。(p62.133,156)

この記事で書いたようにHSPとASDは、かなり対称的な特徴を持っているように思えますが、併存する可能性はあるのでしょうか。

まず、すでに考えたとおり、島皮質の活動という点に注目すると、HSPは島皮質が高く、自閉スペクトラム症では低いことがわかっています。この研究をそのまま受け止めれば、併存することはできません。

しかしながら、HSPの人たちが、常に島皮質の活動が高いままかというと、そうではありません。

この記事の後半で書くように、HSPの人たちは解離性障害になりやすい傾向があります。身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケア によれば、解離を起こした人では島皮質の活動低下が見られます。

研究では、シャットダウンおよび解離状態時には島が強く抑制されており、トラウマを受けた人は自らのからだを感じたり、情動を識別したり、ひいては自分(や他人)が誰なのかを認識したりできないことが確認された。(p135)

なぜ本来、島皮質の活動が強いはずのHSPの人たちが、解離性障害になると、島皮質の活動が低下するのか。

この記事で書いたとおり、島皮質の「意識の座」の活動が強いのは、明るいランプで部屋の中を照らしていることに例えられます。他の人より多くのことに気づくぶん、汚点や染みも見えすぎてしまい、普通よりも傷つきやすくなります。

小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ) には「敏感な子ども」、つまりHSCの例として、ジョージアという女性のエピソードが取り上げられています。

ジョージアは生まれつき感受性の強いHSPでしたが、彼女の妹たちは非HSPでした。それゆえ、一人だけ感受性が強かったジョージアは、家庭のひずみを一人で抱え込むことになりました。

冷淡で、支配的な母親と怒りっぽい父親のもとで育ったジョージアは、「口論が起きないうちから」家の空気が張りつめるのを感じたという。

ところが妹たちは「ほとんど気づかず、私よりもずっとたくましかった」。2人とも姉のような“心のアンテナ”は持っていないようだった。(p117)

ジョージアは「心のアンテナ」、つまりふつうより明るい意識の座や、強い共感性を持っていました。それは彼女の長所でしたが、同時に妹たちが気に留めないようなストレスを、一人で抱え込んでしまう原因になりました。

「私には他人が気づかないことを敏感に察する力があります」とジョージア。

「物ごとの裏側で何が起きているのかが見えるおかげで、ある意味では自分の身を守ることができたー退くタイミングがわかったんです。

でも、それと同時にスポンジのように苦しみを吸収した。父の苦しみ、母の苦しみ、2人の壊れた夫婦関係の苦しみを」(p119)

では、ジョージアはどうやって対処することにしたでしょうか。

「結局、私は自分を守るためにスイッチを切ることを覚えました。たとえアンテナをたたむことはできなくても」とジョージアは語る。

「10歳になるころには、言われたとおりに振る舞えるようになっていました。毎日できるかぎり透明人間になろうと努力していたんです」(p118)

このとき、ジョージアは「スイッチを切る」ことを覚えました。何のスイッチでしょうか。感情や感覚、さらには自己意識のスイッチです。

別の記事で書いたとおり、解離とは、感情のスイッチを切る反応です。意識を切り離して、何も感じないようにすることで身を守ろうとします。

なぜ耐えがたい恥は人を生ける屍にしてしまうのか―「公開羞恥刑」と解離の深いつながり
公衆の面前で恥をかかせるという刑罰「公開羞恥刑」。現代のいじめやSNSの炎上、子ども虐待などが、いかに公開羞恥刑のようにして人を辱め、その結果、被害者の心を殺害し、解離させてしまう

HSPの人たちは、感受性が強すぎるあまり、トラウマ的な状況に置かれると、感受性のスイッチを切ることで解離を起こします。そうすると、島皮質の活動は低下するので、一見、やはり島皮質の活動が低い自閉スペクトラム症と似ているようにみえます。

「レナードの朝」をはじめ、巧みな人間観察に基づく数々のエッセイを残した脳神経学者のオリヴァー・サックスもまた、子ども時代のストレスから、一時的にそうした傾向を見せていました。

サックスは繊細な作家でした。サックスの優れた人間観察と、繊細な感情移入は、生まれつきの才能なしでは説明できないほど優れているので、わたしは彼をHSPかつHNSだったのだろうとみなしています。(HNSについては後述します)

しかしサックスは、10代のころ、数字や化学に夢中になり、周期表に魅入られて元素記号をすべて暗記し、家に実験室をつくるという、一見アスペルガーの子どもにありそうな思春期を送りました。では、サックスは生まれつきHSPでありASDでもあったのでしょうか。

わたしはそうは思いません。彼は晩年になって、サックス先生、最後の言葉 (早川書房) の中で、自分が数字や化学に興味を惹かれた理由についてこう書いています。

私は幼いころから、自分にとって大切な人を失う喪失感に対処するのに、人間でないものに注意を向ける傾向がある。

六歳のとき、第二次世界大戦が始まって、寄宿学校に疎開されたときには数字が友だちになった。10歳でロンドンにもどったときには、元素と周期表が仲間になった。

生涯をとおして、ストレスを感じるときには物理科学の世界に向かう、というか、帰ることになった。そこは、生命はないが死もない世界である。(p38-39)

サックスが化学や数字を好むようになったのは、生まれつきのアスペルガー傾向によるのではなく、幼少期の体験ゆえでした。人並み外れた感受性の強さのせいで、幼少期の喪失体験から強く影響を受け、人に愛着を抱くことを恐れるようになったのです。

少年は空想の友だちに支えられて絶望を乗り越え、作家オリヴァー・サックスになった
オリヴァー・サックスの少年時代の自伝「タングステンおじさん」に描かれた、一風変わった空想の友だちとの不思議な出会いの物語

たいていの場合、表に出ている特徴は、生まれつきの性質だけでなく、育った環境にさまざまに適応した結果、身についたものです。能力にでこぼこのある人は、成長とともに、「代償」的な戦略として真逆の極端に至りがちです。

大人の発達障害を見分ける10のチェックポイント―キーワードは「代償」と「誤学習」
大人の発達障害の特徴は子どもの場合とは異なり「代償」と「誤学習」が関係しています。見分けるのに役立つ10のポイントを杉山登志郎の書籍「発達障害のいま」を参考にリストアップしてみまし

HSPの子が、対人トラウマなどから引きこもりがちの回避性パーソナリティになり、二次的にASDのような振る舞いを見せることがあります。

一方で、自閉スペクトラム症の子が、まわりの人の気持ちを強く気にしすぎて、「空気を読みすぎる」過剰同調性に陥ることがあります。

先天的にASDとHSPの過敏性が併存する可能性より、どちらか片方の過敏性がもともとあり、それに対処するために、育ちの中で正反対の傾向を身に着けて適応してきたせいで、あたかも両者が併存しているように思える例のほうが多いのではないでしょうか。

わたし個人の印象としては、しばしば混同されがちなHSP女性とASD女性は、実際にはかなり異なる雰囲気を持っています。

例えば、とてもHSPらしい童話作家エリナー・ファージョンのファージョン自伝―わたしの子供時代 と、アスペルガー女性の代表的存在とも言えるテンプル・グランディンの我、自閉症に生まれて を読んでみると全然違います。

自分はどちらかわからない、という人の場合、これら二人の女性のどちらにより共感できるか調べてみるのもいいかもしれません。

繊細で敏感なHSPの子どもを育てるために親ができる8つのこと―児童文学作家エリナー・ファージョンに学ぶ
HSPの子どもが敏感さゆえに抱えることの多い8つの特徴と、それに対して親ができることをまとめました。
自閉症の動物学者テンプル・グランディンのTED「世の中には いろいろなタイプの脳が必要だ」まとめ
自閉症スペクトラム(ASD)の動物学者テンプル・グランディンのTED「世の中には いろいろなタイプの脳が必要だ」のまとめです。視覚思考の特徴や、興味を広げてくれる指導者の大切さにつ

どちらのタイプの人も、過剰なストレスのもとでは解離を起こしますが、それぞれ異なる特徴があるともいわれています。

アスペルガーの解離と一般的な解離性障害の7つの違い―定型発達とは治療も異なる
一般にアスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症(ASD)は解離しやすいと言われていますが、定型発達者の解離性障害とは異なる特徴が見られるようです。その点について、解離の専門家たち

しかしながら、HSPと自閉スペクトラム症は併存しない、と言い切るのは早計です。

なぜなら、HSPと自閉スペクトラム症は、それぞれ心理学と医学という違う専門領域で研究されてきた概念であり、十分区別されているわけではないからです。お互いにかなり定義があいまいな概念なので、科学的な線引きができていません。

HSPか自閉スペクトラム症か、という二択で考えず、もっと細かい要素に分割して、さまざまなパターンに分けて考慮する必要があるのではないか、と思います。

その点については長沼先生が先ほどの子どもの敏感さに困ったら読む本: 児童精神科医が教えるHSCとの関わり方 で、こう書いておられるとおりです。

敏感さを考えるときには、いろいろな要素を考える必要があります。

持って生まれた気質もある。家族関係の影響もあります。愛着障がいやトラウマ、心の傷が絡んでいることも多いのです。また神経発達症が関係していることもあります。(p78)

以下の記事では、先天的・後天的を問わず、さまざまなタイプの感覚過敏があることについて考察しています。

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線維筋痛症に極度の明るさ過敏「眼球使用困難症候群」が伴いやすいという記事をきっかけに、さまざまなタイプの感覚過敏の原因とメカニズムを考察してみました。 、

HSPとADHDは同じものなのか

ここまで考えてきたのは、アスペルガー、また自閉スペクトラム症という人たちについてですが、それとは別に、HSPとよく似た性質を持つ人たちとして、ADHD(注意欠如多動症)の人がいます。

ADHDの人たちもまた、さまざまな物事への感受性が優れていますし、突飛なアイデアを駆使した、素材を調理してスープにしてしまうような創造性を発揮することで知られています。

アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、HSCとADHDの類似性については幾度も言及していて、次のような意見を述べています。

表面上はこの2つはとてもよく似ていて、多くのHSCがADHDと誤診されていると言う専門家もいます。

私はHSCがADHDだということは、ありえると思います。

でも、この2つは同じではありませんし、ある意味で正反対ともいえます。(p64)

「HSCがADHDだということはありえる」けれども「ある意味で正反対」。

これまた歯切れが悪いというか、ややこしい説明がされていますが、実際はどうなのでしょうか。

HSPとADHDの違い?

まず、アーロン博士が、HSPとADHDは同じものではなく、ある意味で正反対だと述べる根拠は、この本で繰り返し語られている次の点に集約できます。

HSCはたくさんのことに気がつくので、気が散りやすい傾向にあります。ただ通常は、受け取った情報を深く処理する性質のほうが樹の散りやすさよりも強く、不安のない静かな場所では集中力を発揮することができます。(p57)

学校の環境が騒がし過ぎたり刺激が多過ぎたりすると、ADD/ADHDのような反応を見せることがあります。(p337)

つまり、HSPの子どもは、刺激の強い環境に置かれるとADHDのような多動・衝動・不注意に陥りますが、刺激のない環境では穏やかさを取り戻し、集中することもできます。他方、ADHDの子どもはどんな環境でもそのままだということです。

ADHDに詳しい方、また当事者の方はお気づきかと思いますが、一般的に言って、ADHDの診断のときに、このような点がはっきり考慮されることはまずありません。

むしろ、ADHDの子どもが集中しやすいように、学校や家で環境調整して、気を散らす刺激をなくすという配慮が指導されることはよくあるものです。

アーロン博士の分類によると、そうした方法が功を奏する子はADHDではなくHSPということになります。

こうした見方の違いは、ADHD当事者がよく触れている研究は医学の専門家によるものなのに対し、エレイン・アーロンは心理学の専門家である、ということからきています。

別の記事で詳しく書きましたが、医学の専門家が提唱しているADHDという概念は、偏ったデータの選別の上に成り立っています。

日本ではメディアの影響もあって、ADHDという概念はすでに確立されたもののように扱われがちですが、ADHDの本場アメリカでは、いまだに論争の絶えない複雑な概念であることを知っておくとよいかもしれません。

ADHDに関わる人たちは、いわゆる発達障害の専門家による文献だけでなく、それ以外のさまざまな分野の専門家の意見にも触れる必要があります。

簡単に言えば、医学の専門家、とくに発達障害の専門家は、ADHDが遺伝性の脳の発達障害だという意見を持っていますが、他の分野、心理学のみならず、行動経済学、栄養学、トラウマ医学、環境心理学の専門家、さらにはテクノロジー技術者たちなどは、もっと多様な環境要因の関与を指摘しています。

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大人になってからADHD症状を示す人の少なくとも7割近くは、子どものころにはADHD症状がなく、従来の意味での発達障害ではないと考えられます。近年のさまざまな研究から、大人のADH

たとえばアリゾナ・プレスコットバレー睡眠障害センターのロバート・ローゼンバーグ医長は、著書睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッド の中で、睡眠不足がADHD症状をもたらすと述べるだけでなく、不眠症の原因のひとつとしてHSPの概念に触れて、エレイン・アーロンの本を勧めていました。

また、トラウマ専門医のピーター・ラヴィーンは、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケア の中で、次のように書き、敏感な子どもが学校環境の影響によってADHDとみなされうることを認めています。

何時間も続けて動くこともできずに黙って机に向かうことは、どんな子どもにとっても難しい。

不安を抱えた子どもや「敏感な」子どもにとってはことのほか耐えがたく、注意欠如・多動性障害の一因となる場合もあろう。(p107)

エレイン・アーロンの意見もこうした多面的な見方を踏まえたものであり、環境の変化によって改善される多動や不注意症状は、本人の脳の発達障害ではなく、環境側の問題である、としています。

しばしば「HSPは医学的概念ではないから信頼に値しない」と批判する医者や専門家もいますが、それは過度に医学だけを重視しすぎている意見なので、まずは多動症をめぐる歴史的背景を調べ、幅広い観点に触れてみるべきでしょう。

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愛着障害との切っても切れない関わり

さまざまな分野の専門家によれば、ADHDのような多動症状は、生まれつきの発達障害だけでなく、もっと多様な要因で生じ得ます。そのうち特に留意しておくべきなのは、愛着障害による多動症です。

以前の記事で取り上げたように、愛着障害の子どもたちは、ADHDと症状がよく似ていて、さらに愛着障害とADHDを合併しているケースも少なくありません。

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愛着障害とは、恵まれない養育環境などのため、乳幼児期に親子の愛着形成が不十分だったときに生じる症状です。とはいえ、愛着障害が生じるのは、親の養育のせいとは限りません

愛情深い親のもとに生まれても、早期に片親と死別したり、何らかのやむをえない事情で親が乳幼児の世話を十分に行えなかったり、病気のきょうだいがいて親がそちらにかかりっきりだったり、さらには幼いころに不慮の事態からトラウマ的な経験(痛みを伴う医療措置や事故など)をしたりすれば、結果的に愛着が不安定になる場合があります。

子どものPTSD 診断と治療によると、愛着障害(トラウマ障害)とADHDの脳の機能障害は原因こそ違えど、脳の内部で生じている反応は、ほとんど区別がつきません。

ADHDとトラウマ障害の近似点は、脳科学的な研究からもうかがえる。

HartやTomodaの研究では、被虐待児における脳容量や活動異常の部位が、ADHDで報告されている部位とほぼ同領域であることを報告している。(p117)

幼少期のトラウマによる愛着障害について考える必要があるのは、すでに述べたとおり、HSPの子どもは感受性が強いせいで、特に子ども時代にトラウマを抱えやすいからです。

たとえば、エレイン・アーロンは、敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。 の中で、HSP同士のカップルの結婚生活の満足度についてこう書いています。

もしかすると満足度が低いという傾向は、HSPの約半分が辛い子供時代を送り、大人になってから不安定なアタッチメント・スタイルを示しているという事実を反映しているのかもしれない。(p197)

このアタッチメント、というのは愛着(attachment)のことです。なんとHSPの約半分が子ども時代に辛い思いをして、不安定な愛着スタイルを抱えているというのです。

ひといちばい敏感な子の中でも、HSPの子どもは、愛着形成が乱れやすいことが書かれています。

ここで愛着について取り上げるのは、HSCは非HSCよりも、愛着が安定しているかどうかの影響を受けるからです。子どもの約40パーセント(ということは、大人も同じ率)が、安定した愛着を得られていません。

私の調査では、この割合はHSPに多いわけではありませんが、愛着が不安定だった場合は、その影響をより強く受けてしまいます。(p235)

ここで説明されているとおり、HSPだからといって愛着が不安定になる確率が高いわけではありませんが、不幸な子ども時代を送った場合に、愛着がより不安定になりやすい、つまり感受性の強さゆえに、より大きな愛着の障害を抱えやすい、ということです。

そうすると、HSP、ADHD、愛着障害の違いを見分けるのはとても困難で、それらの症状はかなりの程度、オーバーラップしていることになります。

確かに概念的な違いはあるとはいえ、現実では明確に境界線を引くのは難しく、おそらく研究者でさえ明確に区別できていないはずです。

すでにみたとおり、ADHDという概念がいまだに論争の渦中にあるあいまいなものである以上、同じ一人の人に対して、小児科医はADHDの診断を下し、精神科医は愛着障害だと見なし、心理学者はHSPだと見立てる、ということが起こりえます。

そうであれば、医者によって診断された当事者や、ネット上の玉石混交の情報を発信している人たちは間違いなく区別できていないはずであり、もはや誰がADHDで、誰がHSPで、誰が愛着障害と分けるのはかなり困難だということになります。

感受性の先天的要因・後天的要因

それでも、ここまでの情報から意義ある点を引き出すとなれば、何が得られるでしょうか。

HSP、ADHD、そして愛着障害に共通している特徴、それは、先天的なものであれ、後天的なものであれ、ささいな刺激に敏感に反応する感受性の強さです。

HSPとADHDと愛着障害を別個の概念として区別するのは現時点では不可能ですが、どんな要因によって、これらの似通った状態が引き起こされるのか、考えることはできます。

まず、こうした人たちが抱え持つ感受性の強さ、敏感さに関わっていると考えられているのは、さまざまなタイプの感受性の遺伝子です。

アーロン博士も、ひといちばい敏感な子の中でHSPの最大の原因は遺伝子である、とはっきり述べています。

しかし、私は、研究によって見えてきた「敏感性の進化的理由」という観点から、人一倍敏感であるという性質は「主に」遺伝子で決まると考えています。(p437)

このHSPの遺伝子は、ひとつではなく、複数あると考えられています。先ほどHSPにもさまざまなタイプがあると述べたのはそのせいです。

まず関係している大きな遺伝子変異は、セロトニントランスポーター遺伝子です。

アカゲザルも人間も、どちらも脳が使うセロトニンの量の違いによる、正常な変異でした。…セロトニンに関する遺伝的変異は「差次感受性」をもたらす主因なのです。

…この遺伝的変異は、どちらも極めて社会的で、さまざまな環境に適応できる、人間とアカゲザルという2種類の霊長類に見られました。(p436)

セロトニントランスポーター遺伝子とは、気分の安定に関わる脳内の神経伝達物質セロトニンの輸送に関わる遺伝子であり、おおまかに分けてセロトニンを運ぶ効率がよいタイプと効率が悪いタイプとがあります。

HSPの感受性に関係しているのは、このうち、運び去る効率が悪いほうの遺伝子です。セロトニンを運び去る効率が悪いというのは、感情を伝達する神経伝達物質が一箇所に長い時間留まりやすいということなので、良い感情も悪い感情も強く感じやすくなります。まさに感受性の遺伝子です。

そしてセロトニントランスポーター遺伝子は、すでに述べたとおり、不安定な愛着のリスク遺伝子でもあり、不幸な家庭環境で育った場合、愛着障害につながりやすくなります。

別の感受性の遺伝子は、意欲や注意などに関わる脳内の神経伝達物質ドーパミンに関わる遺伝子です。

HSP、HSCの誰もがセロトニンに関する遺伝子変異があるわけではありません。敏感になる遺伝子には数多くの種類があると考えられています。

例えば、中国のチェンの研究チームが、ドーパミンに関連する7つの遺伝子が、HSPの評価基準と関係することを発見しています。(p436)

HSPの原因はセロトニントランスポーター遺伝子だけではなく、ドーパミン関連の遺伝子変異が関与している場合もあることがわかります。

愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)によれば、この種のドーパミン関連の遺伝子変異は、ADHDや愛着障害のリスクとなることがわかっています。

そうした中で、現在のところ、ほとんど唯一有望なのは、すでに述べたドーパミンD4受容体の変異(多型)である。繰り返し配列が通常より長く、七回反復している場合には、新奇性探求が高く、ADHDとの関連を認めている。

またこの多型遺伝子は、混乱型愛着障害のリスク遺伝子でもある。(p162)

一見ややこしく思えますが、感受性が強い子どもたちは、環境刺激に敏感に反応してADHDのようになったり、傷つきやすく愛着障害を抱えやすかったりする、ということを意味しているにすぎません。

そのほかにも、後述するMAOA遺伝子や、NR3C1遺伝子など、環境への敏感さをもたらす遺伝子がいくつか特定されています。

ここまで考えたのは先天的な遺伝要因がもたらす感受性の強さでしたが、アーロン博士はひといちばい敏感な子の中で、HSPの要因として、後天的な環境要因もまた関与しているとしています。

近年のエピジェネティクス、つまり遺伝子は環境で変化するという考えからは、敏感な性質には、遺伝子以外にも要因があると考えることもできそうです。(p436)

エピジェネティクスとは、後天的な環境要因で遺伝子のオンオフの読み取り情報が切り替わる現象のことです。

もともと敏感さに関する遺伝子を持っていても、生まれ育った環境によって、その遺伝子がオンにならなければ、敏感にならない可能性もある、ということです。

小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ) に書かれているように、とりわけ幼少期の生育環境は、神経が過敏に発達するかどうかを大きく左右します。

早期のストレスにさらされるのは脳に焚き付けを置くようなものだ。

その結果、「幼少期に長期のトラウマを抱えていた人は、将来的にストレスの多い出来事に対して過剰反応を起こしやすくなります」とカー・モースは指摘する。(p176)

幼少期に慢性的なストレスにさらされた人は、遺伝子のエピジェネティクスな変化によって、つまり後天的な環境の影響によって、過敏性を抱える可能性があります。

続く説明に書かれているように、なんと生まれる前の環境さえも関係しています。

このプロセスは出生前から始まることもある。「妊娠中の女性がストレスを受けた場合、珍しいことではありません。

しかし長期にわたって極度のストレスを受けつづけると、母親のHPA軸[※視床下部-下垂体-副腎系のこと]は闘争・逃走反応を起こしたままの状態となり、赤ん坊は大量のコルチゾールを浴びて育つことになります」とカー・モースは説明する。

「これは胎児の神経系にきわめて大きな影響を与え、神経系機能が敏感になるため、赤ん坊は生まれたときからあらゆるタイプの刺激に弱いか、過度に用心深くなるのです」(p176)

こうした生まれる前、そして幼少期のさまざまな環境要因は、いずれもエピジェネティクスという形で、間接的に遺伝子の発現に影響を与えます。

さらに、詳しい説明は別の記事に譲りますが、近年では、不安感の感じやすさやストレス耐性の強さは、腸内の細菌群集(マイクロバイオーム)の組成に左右されることもわかってきています。

愛着やトラウマをめぐる物語の主役は腸内細菌かもしれないという意外すぎる話
神経寄生生物学の知見から、愛着やトラウマの問題を腸内細菌を中心に読み直してみました。

ですから、この記事のタイトルは「生まれつき敏感な子ども」とはしましたが、必ずしもHSPをもたらすのは先天的な遺伝要因だけではありません。

遺伝子だけでなく、遺伝子のオンオフを左右するさまざまな環境要因、さらには腸内細菌などの関与もあいまって、敏感さが作られます。

これらの先天的または後天的な複雑な要因が絡み合って、人によってはHSP、ADHD、愛着障害と、さまざまに診断されうるような、複雑な感受性の強さが作り出されていくのです。

刺激を求める「新奇追求型」(HNS)

ところで、HSPの原因遺伝子として、セロトニンに関わる遺伝子と、ドーパミンに関わる遺伝子の二種類が出てきましたが、これらはどのような違いを持っているのでしょうか。

脳科学は人格を変えられるか?では、それらはある面で正反対の役割を持っている、という研究が紹介されています。

セロトニン運搬遺伝子の発現量が低いSS型の人は、リスクに手を出す率がほかの人々より28パーセントも低いという結果が出た。セロトニン運搬遺伝子の短い型は、リスク回避の役割を果たしているらしい。

いっぽう、脳内のドーパミン分泌にかかわるドーパミン受容体D4遺伝子が長いタイプ(七反復以上)の人は対照群と比べて、リスクを冒してでも設けを増やそうとする率が25パーセント高かった。(p173)

この二つのタイプの遺伝子変異は、どちらも感受性の強さと関わっていますが、それぞれ正反対の反応を示しています。

リスクに対して過敏に反応する、という意味での感受性の強さは同じです。しかしセロトニントランスポーター遺伝子の変異がある人は、リスクを過剰に避ける反応を見せ、逆にドーパミン関連の遺伝子変異がある人は、リスクに飛び込んでいく反応を見せたのです。

アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、あえてリスクに飛び込む感受性の強い子を新奇追求型(HNS:High Novelty Seeking)、あるいは刺激追求型(HSS:High Sensation Seeking)と呼んでいます。

新奇追求型(HNS)は、…探検が好きで、よく行く場所よりも新しい場所へ、旅行もまだ行ったことのない所へ行きたいと考えます。型どおりの行動が苦手です。

人一倍敏感な人(HSP)が、HNSであることもあります。

HNSと非HSPは、簡単に新しい状況に飛び込もうとするところが、一見似ているのですが、その理由が違います。

HNSは新しい体験がしたいからですし、非HSPは立ち止まって確認をしないからです。(p113-114)

HNSは一見考えなしに無謀に冒険しているかのように思えますが、実際には、感受性の強さのため、より大きなスリルや快感、新たな体験を求めて行動しています。

このように一括りに感受性の強さといっても、興味を抱いて冒険するタイプと、危険を察知して慎重になる用心深いタイプの2種類の子どもがいる、ということになります。

そして、あくまで単純化した見方ですが、慎重なHSPにはセロトニン関連の遺伝子が、新奇追求するHNSにはドーパミン関連の遺伝子変異が関わっているようです。

HSPのみ、HNSのみの子もいれば、実際には、どちらの遺伝子変異も抱え持っていて、生まれ育った環境によって、どちらかに傾く子もいるでしょう。

個性か障害か

それにしても、この遺伝的要素による2つのタイプ、HSPとHNSは何かとよく似ていないでしょうか。

そう、この2つのタイプは、ADHDの2つのタイプとよく似ていると感じた人がいるかもしれません。

ADHDには大きく分けて2つの傾向があります。多動・衝動性の強い わんぱくな「ジャイアン型」(多動・衝動性優位型)、そして不注意が強く自信を持って一歩踏み出すのが苦手な「のび太型」(不注意優勢型)です。そして、それらの両方を併せ持つ「混合型」も存在します。

ここまでのところでいうと、冒険好きな「ジャイアン型」はHNSとよく似ていて、用心深い「のび太型」はHSPとよく似ているように思えます。

いえ、というより、ジャイアンからすぐに怒ったり暴れたりする問題行動を除けば、冒険好きで頼りになるHNSになり、のび太から臆病で怠け者な問題行動を除けばHSPになるのではないでしょうか。(ドラえもんをよく知っている方々には「劇場版」のジャイアンとのび太と言えばわかるでしょうか)

もしHSPまたはHNSと、ADHDの違いがあるとすれば、それはおそらくこの部分なのです。

すなわち、HSPやHNSといった人一倍感受性の強い子が、学校などの刺激が強すぎる環境にうまく適応できず、感受性の強さが問題行動となって現れたときにつけられる診断名がADHD、つまり注意欠陥多動性「障害」なのではないでしょうか。

近年、大人になってはじめて社会で不適応を起こし、ADHDと診断される人が増えていますが、彼らはそれまでは「障害」ではなかったので、ADHDと診断されなかったのでしょう。それまでは人一倍敏感な子HSPやHNSだったのかもしれません。

ADHDは個性か障害か、という問題はずっと議論されていますが、個性とみなせる状態は、HSPまたHNSであり、何らかの事情ゆえに問題行動が見られ、医学的な対応を必要とする状態はADHDという障害になるのだとするとすっきりします。

HSPがADHDという「障害」になるきっかけとしては様々な要因があるでしょう。

まず、学校などの刺激の強すぎる環境がそうです。アーロン博士の説明のとおり、家では落ち着いていられるHSPなのに、学校に行けば、大勢の人が集まる刺激が強すぎて、ADHDになってしまうかもしれません。

感受性の強い子が、日常生活の中で さらされるさまざまな環境刺激によってADHDやADDのような振る舞いを見せることについては、こちらで詳しくまとめています。

感受性が強いあなたに自然が必要な5つの科学的根拠―都市や学校の過剰なストレスを癒やすには?
わたしたちがごく当たり前だと感じている都市生活が、脳に慢性的な負荷をかけているといえる5つの理由を紹介し、大自然との触れ合いがストレスを癒やし、トラウマを回復させる理由を考察しまし

また、HSPやHNSの子が子ども時代にトラウマを抱えてしまうと、不安定な愛着を抱えます。本来はトラウマのケアを受けるべきですが、気づかれないまま、誤ってADHDと診断されてしまうケースは少なくないでしょう。

ほかにも、もともと持って生まれた感覚過敏の程度と、それを抑制する自己コントロール力のバランスも関係しているでしょう。

興味深いことに、先ほど脳の説明のところで出てきた、認知神経科学の権威マイケル・ガザニガは、右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語るの中で、自分はADHDなのではないかと思案しています。

70年前に幼い子どもだった頃、注意欠陥多動性障害(ADHD)などというものは存在せず、私がそう診断されることはなかった。今から振り返るとどうだったのだろう。

母はいつも、私のズボンのなかにアリがたくさん入っていると言っていた(じっとしていられない状態を指す表現)。

ひとつの課題を深く掘り下げるというのは、人生の過ごし方としてはよくあるものだ。だがそれは私には合っていない。(p267)

しかし、ガザニガは、さまよう注意を多方面の研究に向けて、右脳と左脳の役割を見つけるという輝かしい業績を上げました。

また脳の手術を受けた患者たちと友人のように親身に接したり、実験に用いる動物たちを手厚く世話したり、非常に強い共感力を発揮しています。

彼のような人の場合、確かにADHDのような性質は有していますが、優れた自己コントロール能力でそれを活用してる以上、注意欠陥多動性障害ではなく、HSPやHNSという呼び名のほうがふさわしいのではないでしょうか。

HSPの子どもたちは、ADHDと同じような感受性の強さを持っているにもかかわらず、優れた自己コントロール力によって行動を制御していることはアーロン博士もひといちばい敏感な子で認めています。

HSCは、幼児期の知覚の感受性が高く、自己をコントロールする力が生まれつき強いというデータもありますが、親から学ぶ部分もあります。

親が刺激への対応を教えたり、同調せず、「そのような反応は受け入れられない」と伝えたりすることで、子どもは学んでいけます。特に用心システムと冒険システムをコントロールする力を育むには、こうした親の手引が有効です。(p243)

アーロン博士は、HSPの子どもたちは自己コントロール力が生まれつき強いとしていますが、たとえそうでなくとも、幸いにも、自己コントロール力は後天的に育んでいけるとも述べています。

生まれつき感覚過敏ばかり強くて、自己コントロール力が弱いためにADHDとして問題行動を起こしがちな子どもでも、辛抱強く訓練を続けることによって、問題行動を減らし、感受性の強さを才能として生かしていけることはよく知られています。

たとえば、以下の記事で紹介した意志力の専門家ロイ・バウマイスターやマシュマロ・テストで有名なウォルター・ミシェルは、自制心を鍛えるさまざまな手段を考案していて、それがADHDの子どもにも役立つことを説明しています。

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もちろん、HSPの場合もADHDの場合も、関係する遺伝子は、まだすべてが発見されるには程遠いため、さまざまなタイプが含まれていることは明白です。特にADHDは多因子疾患であり、原因は様々です。

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このように、ADHDとHSPは、医学的な障害か、心理学的な個性か、という程度なら区別できるとはいえ、それ以上の線引きは、関係する先天的・後天的要素の複雑さからして不可能でしょう。

感受性が強すぎる人がなりやすい3つの病気

ここまでのところで、感受性の強さであるHSPと、自閉スペクトラム症やADHDといった発達障害との関係を考察してくることができました。

HSPの感受性の強さは豊かな創造性や柔軟なコミュニケーション力のような才能として発揮される一方で、さまざまな不慮の事情のせいで、問題を招くことがあります。

特に危険なのが、感受性の強さに特有の病気や障害などを招いてしまうケースです。

ここでは、HSPの感受性の遺伝子がリスク要因であるとされる3つの疾患について考えましょう。

不登校・引きこもり

一つ目は不登校や引きこもりです。

不登校や引きこもりには様々な原因がありますが、その中には、失敗を過度に恐れたり、恥をかきたくない思いから一歩踏み出すのが怖くなったりする回避性パーソナリティ障害があります。

生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)には、特にHSPと同様のセロトニントランスポーター遺伝子の多型が、回避性パーソナリティ障害に関わっているという研究が報告されています。

回避性パーソナリティ障害と関連する遺伝子としては、セロトニントランスポーター遺伝子が知られている。神経伝達物質のセロトニンは不安のコントロールに関係するが、セロトニントランスポーターは、放出したセロトニンをくみ上げるポンプの役割をしている。

このポンプの働きが悪いと、セロトニンがうまく機能せず、不安を感じやすく、うつにもなりやすい。

ただ、この遺伝子との関連は、回避性パーソナリティ障害だけでなく、他の不安障害やうつ病でも報告されており、回避性パーソナリティ障害に特異的なものではない。(p131)

HSPにみられるセロトニントランスポーター遺伝子のタイプは、リスクを強く回避する傾向と関わっていましたが、それこそまさに回避性パーソナリティ障害そのものなのです。

感受性が強すぎ、繊細すぎるために、他の人からの批判や、学校での人間関係から強いストレスを感じてしまい、ストレスを回避して引きこもりがちになってしまいます。ひといちばい敏感な子にこう書かれているとおりです。

多くのHSCは、「家にいた時は幸せだった。親は優しくしてくれた。でも、学校は地獄だった。いまだにその傷が残っている」と言います。

…HSCにとって学校が地獄である理由に、まず、刺激が多過ぎることが挙げられます。生徒の80パーセントは非HSCですし、大きな声が飛び交う狭い教室で、長い一日を過ごさなくてはなりません。

…HSCは、自分やクラス全体が強く叱られたり、罰を受けたりすると、そのメッセージの強さに押しつぶされています。(p342)

先ほど扱ったとおり、HSPのせいで回避性パーソナリティになる人たちは、世間ずれしておらず社会的経験も不足するため、コミュニケーションが苦手な自閉スペクトラム症だと誤解されることもあります。

たとえば生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)では、ショートショートの作家 星新一が、一見自閉スペクトラム症に見える特徴を示していたとされています。

星新一が回避的特徴とともに、自閉症スペクトラムの傾向を示していることに気づく人も多いだろう。(p232)

しかし続く部分では、表面的には自閉傾向を持っているように見えても、実際にはそうではなく、根底にあるのは感受性の強さだったのではないかと推測されています。

新一の交友スタイルの特徴は、それなりに交友をもち、友達も少なからずいて、表面的には楽しむことができる一方で、親友に対してさえ本音を吐露するということがなかったという点であり、友達付き合い自体に関心が薄く、私生活では自分から人と交わろうとしないことが多い典型的な自閉症スペクトラムの特徴とは違いを見せている。

また、自閉症スペクトラムの人では、決まり事や指示に忠実で、何事も生真面目にやりこなそうとし、手抜きができない人が多いのだが、新一は違った一面を見せている。

彼は軍事教練や勤労奉仕も手を抜くことをはばからなかったし、大学の実験も、ちょっとトイレに行ってくると言ったまま、どこかな遊びにふけてしまうようなことも多かったという。(p233)

ここまで考えてきたことからすると、星新一は、自閉スペクトラム症のせいで人づきあいに回避的だったのではなく、感受性の強さのせいで不安定な愛着を抱えていたのでしょう。

人を心から信頼しづらくとも本質的には交友を求めるところ、融通性があり柔軟に行動できること、そして何より、小説家としての比喩表現の巧みさは、彼が自閉傾向とは正反対のHSP傾向を持っていたことを如実に物語っています。

回避性パーソナリティについて、詳しくはこちらの記事で説明しました。

感受性が強すぎて一歩踏み出せない人たち「回避性パーソナリティ」を克服するには?
失敗したり、恥をかいたりすることへの恐れが強すぎて、人との関わりや新しい活動を避けてしまう。そんな悩ましい葛藤を抱える「回避性パーソナリティ」は決して心の弱さではなく、良くも悪くも

慢性疲労症候群

回避性パーソナリティ障害と共に引きこもりや不登校の原因となっている疾患として、慢性疲労症候群があります。

慢性疲労症候群の場合、回避性パーソナリティ障害のように心の葛藤から引きこもってしまうわけではなく、慢性的な強い疲労感睡眠リズム障害をはじめとする体調不良によって学校に行きたくても行けなくなってしまいます。

HSPの人が感受性の強さのために疲労感のような身体症状を強く感じやすいことは、ひといちばい敏感な子の中でアーロン博士も言及しています。

自分の内外で起っている全てに人一倍気がつき、処理する人は、精神的にかなりの負荷がかかり、それゆえに体も人より早く疲労を感じます(脳は体の一部です)。(p427)

HSPが刺激を過剰に受けやすいというデータとして、ドイツの学者フリードリヒ・ゲルステンベルクによる研究があります。

この研究では、コンピューター画面にさまざまな向きのLの文字が並ぶ中に、Tの文字が紛れているかどうかを判断するという、いささか厄介な認知作業をさせて比較を行う実験がなされました。

HSPでは、そうでない人に比べて短時間で正確にできましたが、作業後の疲労も強く感じていました。(p429)

また、国内のHSPの研究者である長沼睦雄先生による「敏感すぎる自分」を好きになれる本の中でも、次のように書かれています。

うつ病ほど認知度が高くないのですが、HSPの方によく見受けられる症状として、「慢性疲労症候群」というものもあります。

…HSPの方は敏感で、しかも良心的なため、疲労感やストレスを感じやすいのです。疲れ果てるまで自分を酷使した結果、そのストレスによって慢性疲労症候群を引き起こしてしまう可能性があります。(p99)

さらに遺伝子レベルの研究においても、慢性疲労症候群とHSPの関わりの深さがわかっています。

文教大学教育学部の成田奈緒子先生の研究 によると、やはり回避性パーソナリティ障害と同じく、セロトニントランスポーター遺伝子の多型が関係していることが判明しています。

しかし、それだけでなく、三池輝久先生の、学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)では小児慢性疲労症候群(CCFS)にはドーパミントランスポーター遺伝子の多型も関わっていると書かれています。

不登校の子どもたちのドーパミントランスポーター遺伝子の過多について、東大の石浦章一教授に検討していただいた結果、彼らはいろいろなものに興味をもちやすい性質をもっている可能性が示唆されるデータを得た。(p109-110)

慢性疲労症候群の子どもは、単にリスクを回避するセロトニントランスポーター遺伝子の多型だけではなく、新奇追求性に関わるドーパミントランスポーター遺伝子の多型も持ち合わせている可能性があります。

この場合、感情面においても感覚面においても感受性が強く、HSPとHNSの傾向を両方有しているはずですから、リスクを回避したい不安とチャレンジしたい意欲に板挟みになって疲れ果てるかもしれません。

こうした極端な感受性の強さによる繊細な気質のために、他の子と同じレベルのことをしているようでいても学校の環境から人一倍ストレスを受けやすく、慢性的な自律神経系の不調を抱えやすいのかもしれません。

そのような感受性の強さが引き起こされる身体的不調には、起立性調節障害や慢性または急性のストレス性高体温症も含まれまるでしょう。

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またしばしば慢性疲労症候群と症状がオーバーラップしていて、全身の痛みが引き起こされる線維筋痛症も引き起こされるかもしれません。前述の、感受性の強さゆえにスイッチを切らざるを得なかったジョージアは線維筋痛症と診断されていました。

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興味深いことに、 ひといちばい敏感な子によると、HSPの子どもは右脳優位の傾向があると言われています。これは用心深さや慎重さと関係しているようです。(p64,227)

慢性疲労症候群の子どもも、通常は左脳だけを使う作業に右脳も使っているため疲れやすいのではないかという研究があります。

「慢性疲労症候群」の子 脳機能多く使用か 理研

原因不明の疲労が長期間続く「小児慢性疲労症候群」の子どもは、2種類の作業を同時に行う場合、健康な子どもが文字の読み取りなどを担う左脳だけを使うのに対し、直感力や独創力をつかさどる右脳も使うため疲れやすいとみられることを、理化学研究所分子イメージング科学研究センター(神戸市中央区)などのチームが突き止めた。

極端な感受性や自己コントロール力の強さは、豊かな創造性などの才能をもたらす反面、慢性疲労症候群のような体調不良にも陥りやすい諸刃の剣であることを覚えておく必要があります。

なお、HSPの子だけでなく、自閉スペクトラム症の子もまた、ある種の感覚過敏があるという点では慢性疲労症候群に陥りやすいのは同じでしょう。

子どもの慢性疲労症候群(CCFS)について詳しくはこちらをご覧ください。

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また、こちらの記事では、子どもの慢性疲労症候群(CCFS)の専門家である三池輝久先生が述べる、CCFSの子どもに多い性格特性について引用していますが、HSPないしはHNSの特徴とよく似ているのがわかります。

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解離性障害

最後の3つ目として、強い感受性が仇をなす究極の疾患として、解離性障害があります。解離性障害は、HSPの人が持つ感受性の強さがすべて裏目に出てしまったような病気です。

解離性障害は、幼児期の不安定な愛着に起因するとされています。

しばしば犯罪被害などの大きなトラウマ経験が解離性障害の引き金になるといわれますが、実際には、幼児期の愛着障害がなければ、トラウマ経験に遭遇しても解離性障害ではなくPTSDになるそうです。

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合にはこう書かれています。

ショアの主張をひとことで言えば、解離という心の働きを脳科学との関連で探っていくと、愛着の問題にまでさかのぼらなくてはならないということである。

すなわち解離性障害とは、それが基本的にはいわゆる「愛着トラウマ」による障害のひとつと理解されることを念頭に置くべきなのである。(p15)

愛着障害はHSPの人特有の問題ではありませんが、すでに見てきたように、HSPの人はより不安定な愛着を抱えやすいことがわかっています

HSPに関わるセロトニントランスポーター遺伝子、ドーパミン関連の遺伝子多型は、両方とも、愛着障害、そして解離性障害のリスク要因です。

解離とは、内外の強い感覚刺激に対処するため、感覚を切り離してシャットダウンしたり、意識を飛ばして空想に逃避したりする防衛機制、つまり脳を保護するためのメカニズムのことです。

解離を起こす人は、すでに触れた、場の空気を読みすぎる「過剰同調性」を持っていることが多く、先ほど出てきたジョージアのように、共感性が強すぎるあまり、耐えかねてスイッチを切ってしまいます。

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空気を読むのが得意といえば聞こえはいいですが、空気を読みすぎてしまうと、過剰同調性に陥り、相手の感情を感じ取りすぎて強い疲労を感じるようになります。

意識と無意識のあいだ 「ぼんやり」したとき脳で起きていること (ブルーバックス) には他人の気持ちへの感受性について書かれた章の中で次のような記述がありました。

テンプル・グランディンのような人はじつは、自閉症スペクトラムと呼ばれる発達障害の領域の一端にいる。

スペクトラムのもう一端にいる人は、他人の信念に強迫的と言えるほどの感受性をもち、譫妄症や呪術的思考、さらには統合失調症の傾向を示すと主張する人もいる。(p95)

テンプル・グランディンとは有名な自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)の女性ですが、他人の気持ちを読み取る力の弱さを抱えています。そうした人の正反対に位置するのが、すでに説明したとおり、「他人の信念に強迫的と言えるほどの感受性」を持つHSPの人たちです。

ここでは「譫妄症や呪術的思考、さらには統合失調症の傾向を示す」とありますが、本当のところは統合失調症ではなく、解離性障害の幻聴や幻覚が誤って統合失調症とみなされているものと思われます。

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精神科医の中には「幻聴=統合失調症」と考えている人が多いと言われます。しかし実際には解離性障害やアスペルガー症候群が統合失調症と誤診されている例が多いといいます。この記事では解離の

健常な範囲の解離現象

このようなHSPによって生じやすい解離傾向は、解離性障害にまで発展しなくても、さまざまな形でHSPの人に影響を及ぼしている可能性があります。

たとえば、HSPの人は、神秘的な現象を感じやすいとされています。「敏感すぎる自分」を好きになれる本にはこんな話があります。

私が診療の中で出会った、HSPの中でもさまざまな過敏さが複合している「超」過敏なレベルに属するような子どもたちは、幼児期から、だれにも教わらないのに人間や人生や命のことが直感的にわかったり、体内や出産時の記憶があったり、…幽霊や妖怪が見えたり、架空の友人がいたり、重要なときに導いてくれる声が聞こえたりする子どもたちもいたのです。(p53)

HSPの人がこうした様々な神秘体験を経験しやすいことはアーロン博士もひといちばい敏感な子の中で認めています。

多くのHSCが、幼い頃から瞑想的、神秘的な体験をしています。

正式な宗教の指導を受けた場合でなくても、祈ったり、天使を見たり、天の声を聴いたり、現実世界を超える神秘的な体験をした子もいます。

これはあながち不思議なことではありません。(p398)

このブログで説明してきたとおり、これら神秘体験のように思えるものは、正常な範囲の解離現象です。

解離性障害になりやすい人には幼少期から現実との区別がつきにくくなるほど 空想の中に深く没頭する傾向「空想傾向」(fantasy-proneness)が見られると言われますが、それはまさしく生まれつきのHSPを土台とする解離傾向のことでしょう。

正常な解離としての幻聴幻視、また、たくましくリアルな空想力のせいで、実際にはなかったことをあったかのように感じてしまうデジャヴュ(既視感)や記憶の改変は解離傾向の強い人にしばしば見られます。

近年の発達心理学の研究によると、子どものころの空想の友だち体験は、妖怪や幽霊、天使などの伝承とも結びついており、遭難体験などの際に導く声が聞こえるサードマン現象や守護天使の体験などと同じ種類の解離現象だと考えられています。

そして、以下の記事で紹介したとおり、そうした現象を体験しやすいのは、「周囲の人のことを人一倍気にするので、『いない人』のことまで考えてしまう」、人一倍感受性が強い子たちであることが示唆されているのです。

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子どもが目に見えない空想の友達と遊んでいるのを見て驚いたことがありますか? 森口佑介先生の著書「おさなごころを科学する」から、子ども特有の興味深い現象イマジナリーフレンドについてま

一般に空想の友だちが出現するのは幼児期ですが、少数ながら学童期以降にみられる例もあります。以前に紹介した、ナラティヴ・セラピーの冒険に出てくる、空想の友だちによって恐怖症などを克服していた少女エミリーはHSPだったのではないかと思います。

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「変にできる子」は問題を克服するためイマジナリーフレンドを活用している。「ナラティヴ・セラピーの冒険」という本からそんなエピソードを紹介したいと思います。

また、ADHDの中でも、特にHSPの7割を占める内向的なHSPと関わりの深いタイプと考えられる「のび太型」(不注意優勢型)の子どもたちは、空想にふけりがちで、ぼーっと意識を飛ばす傾向が強く見られます。

HSPとのつながりでいえば、これは軽度の解離傾向であり、さまざまな感覚を強く感じすぎるせいで、ときどき感覚を切り離すことによって、刺激が過剰になりすぎないように適応しているといえるのかもしれません。

加えて、すでに触れた比喩表現の得意さなどの芸術的創造性は、解離傾向の強い人に強く見られる特性です。

解離性障害と芸術的創造性ー空想世界の絵・幻想的な詩・感性豊かな小説を生み出すもの
芸術家や作家の豊かな創造性には、解離という脳の機能が関わっていることがあります。なぜ解離が創作と関わるのか、夏目漱石、宮沢賢治、芥川龍之介、宮崎駿などの例を通して考えてみました。

こうした比喩表現の巧みさは一種の共感覚ですが、その種の共感覚を生みだすとされる脳の角回(側頭頭頂接合部)は、体外離脱など一部の解離現象に強く関わっていることが知られています。

なぜ人は死の間際に「走馬灯」を見るのか―解離として考える臨死体験のメカニズム
死の間際に人生の様々なシーンが再生される「走馬灯」現象や「体外離脱」のような臨死体験が生じる原因を、脳の働きのひとつである「解離」の観点から考察してみました。

先述のように、HSPは脳の画像検査では右脳優位の神経活動が見られますが、興味深いことに、解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、解離という脳機能は、右脳の興奮パターンと関連しています。

そして解離状態の場合…右の上、中側頭回の興奮パターンが見られたり、あるいは右の島および前頭葉の興奮が見られるという(Lanius 2005)。

いずれにせよ過覚醒にしても解離状態にしても、そこで異常所見を示すのは右脳の各部ということになる。(p20)

もしかすると、HSPや子どもの慢性疲労症候群における右脳の過剰な活動は、感受性の強さに対処するための抑制反応として軽度の解離が働いていることを意味しているのかもしれません。

HSPの人が知っておきたい右脳の役割―無意識に影響している愛着,解離,失われた記憶
HSPの子は右脳が活発、という知見にもとづき、右脳と左脳の役割や二つの記憶システム、愛着、解離など、HSPの人が知っておくと役立つ話題をまとめました。

解離性障害は、これまで精神科の領域だと思われていましたが、近年、生物学や神経科学方面から、身体的な作用として解釈する動きがあります。

解離を引き起こす背側迷走神経は、感覚を切り離すと同時に、身体の「凍りつき」や「麻痺」を起こすことがわかっています。HSPの子の場合、慢性疲労や慢性疼痛、自律神経症状などは、背側迷走神経の過活動から起こる症状とみなすべきかもしれません。

だから君は慢性疲労に閉じ込められた―生きるエネルギーを枯渇させる解離そして不動状態
解離と慢性疲労は深く関係していて、不動系という生物学的メカニズムによって引き起こされているという点を、不登校や小児慢性疲労症候群の研究と比較しながら分析してみました。

ここでは、HSPが関係する疾患として、回避性パーソナリティや慢性疲労症候群、そして解離性障害の3つの項目に分けましたが、実際にはそれぞれ共通性が多く見られる疾患群です。

遺伝的傾向や環境によって、いずれの症状が強く出るかが変わるだけで、要はすべて「感受性が強すぎることによる疾患」という共通項を持っているのでしょう。

解離について詳しくは以下の記事をご覧ください。

解離が学べる絵本「私の中のすべての色たち」―逆境を生き抜く勇敢で創造的な子どもたち
解離につい学べる絵本「私の中のすべての色たち」から、解離した子どもたちが勇敢で強いといえるのはなぜか、解離と創造性はどうつながっているのか考えました。

可能性をどう生かすかはあなた次第

こうしてHSPがもたらしかねない負の側面を概観すると、HSPとは心身の弱さであるかのように思えますが、決してそうではありません。

持って生まれた感受性の強さが、ある時はADHDのような問題行動や、慢性疲労症候群のような強い心身の不調を身に招くことはあれど、ある時は創造性あふれる芸術家や学者の才能として花開くこともまた事実であり、この両極性は、HSPの遺伝子そのものの性質です。

先ほどから紹介している、セロトニンやドーパミン関連の遺伝子は、何かの障害のリスクになる欠陥遺伝子ではなく、ただ感受性の遺伝子、つまり良い環境からも、悪い環境からも、人一倍強い影響を受けやすい遺伝子です。

アーロン博士は、HSPの子どもたちについてひといちばい敏感な子でこう書いています。

私たちの研究から、HSPは不幸を感じやすく心配しやすい傾向があると分かりました。

…さまざまな調査で、不幸な子ども時代を送ったHSPは、同じく不幸な子ども時代を送った非HSPに比べ、落ち込み、不安、内向的になりやすい傾向がありました。

でも、じゅうぶんによい子ども時代を送ったHSCは、非HSCと同様、いやそれ以上に幸せに生活しているのです。HSCはそうでない子よりも、よい子育てや指導から多くのものを得ることができるということです。(p433)

HSCは周囲から、反応が強いとか、身体面でのストレスを受けやすい、内気、引込み思案、あるいは、抑うつや不安症に関係する遺伝子を持っていると評価されることが多いのですが、これらのいずれの面も、例えば良質の子育てを受けるなど、よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用します。

…敏感な子は、そうでない子に比べて悪い環境を吸収するだけではなく、よい環境も人一倍吸収するのです。(p434)

先ほど、ADHDや愛着障害のリスク遺伝子について説明していた愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)にもこうあります。

また同じチームの別の研究(Bakermans0Kranenburg et al.,2011)でも、この多型遺伝子をもつ人では、親のうつや不和といった影響を強く受けやすく、中年期になっても未解決型の愛着スタイルを示しやすいが、親に問題がない場合には、未解決型の愛着スタイルを示す割合が、むしろ低かったのである。(p131)

ドーパミンD4受容体の遺伝子多型にしろ、セロトニン・トランスポーターの遺伝子多型にしろ、それが存在することは、養育環境に影響されやすいという過敏な傾向を生むが、逆に良い環境を整えることができれば、そうした遺伝子多型でない場合よりも、むしろ安定を獲得することができるのである。(p134-135)

さらにセロトニンとドーパミンの遺伝子変異の違いについて説明していた脳科学は人格を変えられるか?もまたこう述べています。

わたしはまもなくこれらの実験結果が、ロンドン大学バークベック校の心理学者、ジェイ・ベルスキーによる最新の理論に合致することを知った。

ベルスキーは遺伝子と環境との相互作用に関する過去の研究を細かく検証し、これまでだれも目をとめていなかった事実に気づいた。

それは、神経伝達物質に作用するいくつかの遺伝子の発現量が低い人は、良い環境と悪い環境のどちらにも敏感に反応しやすいということだ。(p181)

いずれの場合も要点は共通しています。

これらの感受性の遺伝子の持ち主は、悪い環境に陥ってしまった場合は、より強いダメージを受けやすくなりますが、良い環境に恵まれた場合は、より良い感化を受けて才能を開花させやすいということです。

では、すでにHSPの感受性が、ADHDの問題行動や愛着障害といった悪いほうに出てしまっている場合はどうなのでしょうか。

先ほどの脳科学は人格を変えられるか?は続く部分でこう述べています。

わたしが行った学習実験も結局、セロトニン運搬遺伝子の発現量が低い人は高い人に比べ、ポジティブなものでもネガティブなものでも感情的な背景に非常に敏感であるという、先と同様の結論に落ち着いた。

だから、セロトニン運搬遺伝子は、「逆境に弱い」遺伝子や、「楽観」の遺伝子であるというより、仮にそれが「何かの」遺伝子であるとすれば、「可塑的な」遺伝子だと考えるのが妥当だろう。(p182)

ここで注目したいのは「可塑的な」遺伝子という表現です。これまで、HSPの遺伝子は感受性の遺伝子であると説明してきましたが、より明確には可塑的な遺伝子であるとするべきでしょう。

可塑(かそ) 的であるとは、脳の構造が柔軟に組み変わることを意味しています。

HSPの人が、異なる文化や環境に適応して創造性を発揮できるのも、望ましくない環境でADHDや、さらには愛着障害のような混乱した性質を示すのも、単に感受性が豊かなだけではなく、脳がそれぞれの状況を読み取って適応しているからです。

虐待のような劣悪な環境で生じる愛着障害の場合でさえ、以前の記事で紹介したとおり、それは冷酷な環境で生きていけるように脳が適応していった結果であるとみなされています。

ここまで取り上げた以外にも、さまざまな感受性の遺伝子が発見されていますが、いずれもやはり、環境によって良くも悪くも効果が変化する適応的なものだとされています。

たとえば、その一つは攻撃性に関わるMAOA遺伝子です。この遺伝子の発現量が低い子どもは、虐待的な環境で育つと暴力的になりますが、良い環境で育てば逆に非行に走りにくくなります。

先に紹介したカスピとモフィットによる研究では、虐待を受けた子どもの中でもMAOA遺伝子の発現量が低い子は特に、大人になったとき反社会的な行為に走る率が高いという指摘があった。

だがここで見過ごされていたのは、同じタイプの遺伝子をもつ子どもがもし虐待を受けなければ、そうした行為に走る確率はずっと低いことだ。(p181)

小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ) で紹介されているNR3C1遺伝子も同様です。これはストレス反応に関わるコルチゾールの分泌量を左右する遺伝子で、「ストレス脆弱性遺伝子」とも呼ばれています。

しかし、この遺伝子を持っている子どもは、ストレスに敏感に反応しやすいだけでなく、サポートに対しても敏感に応じることがわかっています。

この遺伝子がストレスに反応しやすい子どものうち、25歳までに精神的な問題や依存行動の傾向が見られたケースは75パーセントだった。

ところが、ストレス脆弱性遺伝子が陽性の子どもでも、適切なサポートプログラムを受けた場合、成人後に精神障害や依存症を発症する割合は18パーセントに下がる。

つまり、脆弱型の遺伝子を持つ子どもはきわめてストレスの影響を受けやすいが、同時に大人の助けに対しても敏感に反応し、それによって人生が大きく変わった。(p116-117)

感受性が豊かであるとは、良くも悪くも、環境の変化に柔軟に適応し、脳の働きをそれに合わせて調整していく性質なのです。

このような柔軟な適応力は、心や脳の柔らかさといってもよいでしょう。ささいなことでもストレスを受けやすい反面、ちょっとした環境の良い変化にも目ざとく反応できます。

ですから、HSPの子にとって、周りの環境は特に大事です。

適切な養育環境、ストレスの少ない教育サービス、その子に合った生活リズム、手本にできるメンターまたアドバイザーなどを見つけることができれば、今まで感受性の強さがマイナス方向に発揮されていたとしても、それをプラス方向へと変えていくことが十分可能なのです。

そのためにHSPの人やHSCの子どもを持つ親は、感受性の強さにどう対処していくかを学ぶ必要があります。

この独特なニーズに対応する点で、ここまで紹介してきた何冊かの本はとても役立ちます。

まず、繰り返し紹介してきたアーロン博士のひといちばい敏感な子は、この記事での扱い方からすると意外かもしれませんが、実はHSPのメカニズムについての本ではなく、HSCを持つ子どもの育て方について実用書です。

HSCを持つ子どもの成長に合わせ、乳児期、幼児期、学童期、思春期にわたり、親がどのように、感受性豊かな子どもに最善の環境を整えて、才能の開花を後押ししてあげられるか、丁寧なアドバイスがふんだんに綴られています。

またアーロン博士の別の本ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)やデンマークのカウンセラーによる鈍感な世界に生きる 敏感な人たちは、すでに成人したHSPの人を対象に、どのように生きやすい環境を整え、敏感さをプラスに生かしていけるか、やはり丁寧なアドバイスが豊富に載せられている本です。

こうした本を参考にすれば、HSPまたHSCとしての感受性ゆえに陥りやすいリスクを避け、同時にその感受性を最大限に生かすための環境づくりをしていくことができるでしょう。

忘れないでください。HSPの人、またHSCの子どもは、可能性の遺伝子を持っているのです。そして、その可能性を良い方向に導くか、悪い方向へ流れるままにするかはあなた次第なのです。

▼自分がHSPかどうか知るための実験
自分の身体の内部の感覚を読み取る能力の強さから、HSPかどうかがある程度わかると思われる実験について。

補足 : 自分がHSPかどうか知る手がかりになる簡単な実験
過去のHSPの記事の補足記事です。HSPとは、自分の身体の内部の感覚(内受容)を読み取る能力が高い人、とみなせます。その能力を調べるための実験について書きました。

▼HSPの親子に対するアドバイス
ひといちばい敏感な子に基づくHSCの子育てに関するアドバイスはこちらの記事にまとめています。

繊細で敏感なHSPの子どもを育てるために親ができる8つのこと―児童文学作家エリナー・ファージョンに学ぶ
HSPの子どもが敏感さゆえに抱えることの多い8つの特徴と、それに対して親ができることをまとめました。

▼HSPの「差次感受性」
文中で紹介したように、HSPの過敏さは「差次感受性」とも呼ばれます。「差次感受性」がもたらすメリットについて詳しくはこちらでまとめています。

HSPの人が持つ「差次感受性」―違いに目ざとく脳の可塑性を引き出す力
敏感な人は打たれ弱く、ストレスを抱えやすい。そんなデメリットばかりが注目されがちですが、人一倍敏感な人(HSP)が持つ「差次感受性」という特質が、個人にとっても社会にとってもメリッ

▼右脳が活発であることの意味
HSPの子は右脳が活発だとされていますが、それが意味するところについて、さまざまな脳科学の知見から考察しています。

HSPの人が知っておきたい右脳の役割―無意識に影響している愛着,解離,失われた記憶
HSPの子は右脳が活発、という知見にもとづき、右脳と左脳の役割や二つの記憶システム、愛着、解離など、HSPの人が知っておくと役立つ話題をまとめました。

▼HSP/HSSというタイプ
アーロン先生が提唱する、より複雑なタイプである「HSP/HSS」の人、つまりHSP(感受性の強さ)とHSS(刺激を求める)を両方持っている人の特徴については、以下の記事の中ほどの副見出しで考察しています。

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創造的な人は「複雑な人格」を持っている、という心理学者チクセントミハイの分析を手がかりにして、感受性の強さHSPや、自己が複数に別れる解離が、創造性とどう関係しているのかを考察しま