マージョリー・テイラーは、子どもが空想の人物を生み出す能力と、大人が反事実からできている架空の世界を創作する能力、つまり小説家や劇作家、シナリオライター、役者、映画監督がもつような能力には関連性があることに気づきました。(p92)
このブログでは、創造性の源について、いろいろな情報を調べてきました。これまでは、解離という脳の機能や、子ども時代の環境が関係しているのではないか、という側面を紹介してきましたが、今回取り上げるのは、少しおもしろい切り口です。
というのは、子ども時代の空想の友だち、つまりイマジナリーフレンド(IF)やイマジナリーコンパニオン(IC)と呼ばれる現象と関わっているかもしれないというのです。
イマジナリーフレンドとは、主に子どもに見られるとても興味深い現象で、この哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) という本によるとこう説明されています。
とりわけ興味深いのが、「空想の友だち」と呼ばれる架空の存在が出てくるごっこ遊びで、実に奇妙ではありますが、人間特有の社会性と情緒がベースにある知的な遊びです。(p72)
この幼児期の能力が、大人がファンタジーやフィクションを創作する能力と関係しているというのはどういうわけでしょうか。子どものイマジナリーフレンドには、どんな特徴があるのでしょうか。
もくじ
これはどんな本?
この本は、カリフォルニア大学バークレー校の心理学・哲学の教授であるアリソン・ゴプニックが書いた、赤ちゃんと幼児の脳科学に関する全米ベストセラーの本です。
このブログで取り上げてきた行動経済学や愛着理論、空想の友だちといった話題がいろいろ含まれており、個人的にすごく面白い本でした。
なんといっても、訳が非常に読みやすく、作者の温かい人柄が伝わってくるような語り口で、わくわくしながら共感しつつ、読むことができました。
子どものイマジナリーフレンドの特徴
この本に載せられているイマジナリーフレンドの研究は、心理学者、マージョリー・テイラーによるものです。彼女は自身の子どもの振る舞いを見て、空想の友だちという現象に興味をもったそうです。(p73)
テイラーが、3,4歳児とその親を対象に、空想の友だちについて質問すると、実に63%が、生き生きとした、時に不気味な空想の友だちを持っていました。
男の子は並外れた力を持つ生き物を友だちにして、女の子は哀れんだり世話をしてあげたりできる小動物を友だちにすることが多いそうです。(p75)
もしかすると、ときおりアニメやマンガに出てくるような、主人公のそばにいる架空の生き物のパートナーは、このような体験を回想して創作されているのかもしれません。
たとえば、E.Tは、スピルバーグ監督の子ども時代の空想の友だちと言われていますし、トトロや妖怪ウォッチのキャラクターも、ある種のイマジナリーフレンドとして説明されることがあります。
ポケモン、妖怪ウォッチ、トトロと、「空想の友達」研究 – 下條信輔|WEBRONZA – 朝日新聞社
63%という実に半数以上の子どもが、空想の友だちを持っていることからわかるように、これはありふれた一般的な現象で、空想の友だちを持つ子どもが、特別に創造性が高いとか、孤独を味わっているとかいうことはありません。
(ただし、これは、2-6歳に現れるイマジナリーフレンドに関する説明であり、大人になっても残るイマジナリーフレンドは孤独やストレスと関係しているといわれることもあります)
しかし、空想の友だちを持ちやすい子どもにはいくらかの傾向はあるそうです。(p77)
■テレビや本をあまり見ない (他人のファンタジーに浸ると自分のファンタジーを持ちにくい)
■一番上の子や一人っ子が持ちやすい
■意外にも内気な子より外交的な子のほうが持ちやすい
最後の点について言うと、空想の友だちを持つ子どもは「心の理論」が発達していると言われることがあります。そのため、「心の理論」が弱いとされる自閉症では、空想の友だちを持たないそうです。(p88-91)
空想の友だちは、子どものころの体験なので、たいていの人はすっかり忘れてしまうのですが、中にはしっかり覚えている人もいるようです。
たとえば、メキシコの画家フリーダ・カーロが子ども時代の空想の友だちを自画像に描き込んでいたこと、自殺したロックシンガー、カート・コバーンはボッダという空想の友だちに遺書を残したことが書かれています。(p76)
フリーダ・カーロは、わずか6歳で急性灰白髄炎(ポリオ)にかかったり、学生のころ交通事故で脚と腰に重症を負って生涯痛みに悩まされたりしましたが、そうした困難な子ども時代を送った人がイマジナリーフレンドを持つのはよくあることです。
空想の友だちが特に興味深いといえるのは、そのリアリティです。子どもは空想の友だちと何時間もおしゃべりできますし、空想の友だちが目で見え、手で触れれるという子もいます。
空想の友だちにごはんを食べさせる子どももいれば、空想の友だちとケンカする子どももいます。この本の作者アリソン・ゴプニックは、子どものころ、ダンザーという小人の存在を本気で信じていて遊び友達にしたり、怖がったりしていたそうです。(p73)
大人が創造するフィクションとの関係
このように、基本的には子ども時代特有の体験であるイマジナリーフレンドですが、時に大人になっても影響を及ぼすことがあり、その場合はフィクション作家の創造性として発揮されることがあるそうです。
空想の友だちを持つ人の中には独特の空想世界を創り出す人たちがいて、独自の言語、地理、歴史を備えていることもあります。そのような子ども特有の、空想のファンタジー世界はパラコズム(paracosm)と呼ばれます。
そういえば、子どものころにイマジナリーフレンドを持っていた、と述べているダニエル・タメットは、Mantiという人工言語も創作していました。
さらに、冒頭で引用した言葉のとおり、作家はフィクションを空想するとき、イマジナリーフレンドを生み出す子どもと同様の創造性を働かせていることがわかっているそうです。
フィクションを考える人は、自分の作ったキャラクターが独自の人格を持って、勝手に行動していると言うそうです。それこそ、子ども時代のイマジナリーフレンドのように、自分の意志で動いていると述べます。
通りを歩けば登場人物が後ろからついてくる気がする。作中の役割について議論を交わすことがある。自分は彼らの言動を書きとめているにすぎないと感じることがよくある。そんなふうに彼らは答えています。(p93)
興味深いことに、小説家50人を対象とした調査では、半数が子ども時代の空想の友だちを覚えていたそうです。対照的に一般の高校生はほとんど覚えていないそうです。
テイラーは文学賞を受けた作家から熱心なアマチュアまで、小説家を自認する50人について調査を行いました。するとほぼ全員が、作品の登場人物の自律性を認めていました。
…興味深いのは、約半数は幼児期の空想の友だちを覚えていて、その特徴もいくらか答えられたことです。
対照的なのは一般の高校生で、幼い頃は多くが空想の友だちをもっていたのでしょうが、今もそれを覚えていると答えた生徒はわずかでした。
わたしもそうですが、おおかたの人は、成長すれば空想の友だちを忘れてしまいます。ところが小説家は違うらしく、幼児期の空想の一部を後々まで心にとどめている人が多いようです。(p93)
こうした点から考えると、次のような結論に至れます。
子ども時代のイマジナリーフレンドは、特に創造性が他より優れた子どもだけが持つ特別なものではなく、普遍的な現象です。
おそらくこれは、イマジナリーフレンドと創造性が関係していないという意味ではなく、子どもはみんな創造的だから、イマジナリーフレンドを持ちやすい、ということではないか、とわたしは思います。
そして、その子どもたちの中には、通常大人になるにつれ失われていく創造性を、どういうわけか失わない子どもも含まれており、その子たちは幼少期だけでなく、学童期に入っても架空の世界を創り、イマジナリーフレンドとより深く関わります。だからこそ、その存在を大人になっても覚えているのでしょう。
そして、その経験を活かして、ファンタジー小説を書いたり、フィクションを創ったり、映画や劇を考えたりする創造性を、成人後も発揮するのです。
この場合、大人になっても創造性を失わないというのは、おそらく脳科学的に言えば、さまざまなシグナルを抑制する機能の成熟が他の子どもよりも緩やかである、ということになるのかもしれません。
そうすると、脳の異なる領域同士の結びつきが強く、それが優れた連想能力や共感覚として現れます。そうした連想力や詩的な感性は、小説家をはじめとする芸術家に大いに役立つのものであり、同時にイマジナリーフレンドや空想世界と近縁のものではないかと思います。
子どものころの創造性とは「解離しやすさ」?
ここまで、哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)という本に基づいて、子どものイマジナリーフレンドという興味深い現象と、大人の作家の創造性の関係について調べてきました。
このブログでは、過去に創作における創造性には、生来の解離しやすい脳の傾向や、子ども時代のストレス環境が関わっているという点を取り上げてきました。
解離とは、心を守る脳の働きで、生き生きとしたリアルな空想や、現実世界から逃避してファンタジーへ没頭することと関連付けられることがあります。
今回の話はそれと矛盾するのでしょうか。じつはそうではないようです。
その点は、以前に取り上げた解離性障害の本から読み取れます。その本では、独自の世界を創り上げる「空想傾向」や、今回取り上げた「イマジナリーフレンド(イマジナリーコンパニオン)」と、解離が関わっているとされていました。
「空想傾向」には「孤独状況や困難でストレスの多い環境からの逃避」が関わっていること、そして解離性障害を持つ人の多くがイマジナリーコンパニオンの経験を記憶していることが書かれています。
そもそも解離しやすさこそが、子どものころに存在し、大人になると失われてしまう創造性の正体でしょう。
子どものイマジナリーコンパニオンのほとんどが、孤独やストレスと関係ないことは事実ですが、イマジナリーコンパニオンにもさまざまな形態があると考えるのが妥当なようです。
たとえば、青年期における「想像上の仲間」に関する一考察 : 語りと体験様式からによると、イマジナリーコンパニオンは発現開始時期が、5,6歳、10歳などにピークが分かれるとの指摘があり、山下(2001)はそうした二つの時期に発現する「想像上の仲間」について,その性質や機能,心理的意味は異なるため分けて考えるべきだとしているそうです。
この二回目の時期のイマジナリーコンパニオンは、一回目の時期に比べると少数であり、普遍的な現象とはいえません。本来、そのころになると、ほとんどの子どもは幼いころに創造性を失い始め、イマジナリーコンパニオンとも関わらなくなっているのが普通です。
しかし、もしその時期にイマジナリーコンパニオンが現れるとしたら、あるいは、幼いころにイマジナリーコンパニオンが10代になっても残っているとしたら、そこには何かしら別の要因が働いている可能性があります。
その理由は人によって様々かもしれませんが、たとえば、もともと解離傾向が強く夢見がちで白昼夢に没頭しやすいこと、共感覚などの抑制が弱いこと、そして解離傾向を促進させる孤独やストレスの多い環境が存在すること、などの可能性があります。
そして、小説家や解離性障害の患者がイマジナリーコンパニオンのことをよく覚えていた背景には、二回目の時期、つまり10代まで空想の友だちを持っていたという事情があるのかもしれません。
ファンタジーと現実 (認識と文化)という本によると、二回目の時期は、幼児健忘症によって忘れ去られやすい一回目の時期に比べ、高年齢のため記憶に残りやすいとされています。
そのようなわけで、ほとんどの空想の友だちは脳の発育とともに消えていきますが、生来の素質や、孤独やストレスが関わっている場合には、より活発な空想を促し、作家の創造性として開花する場合がある、といえそうです。
小説家と解離性障害のイマジナリーフレンドの接点
解離性障害の患者がイマジナリーコンパニオンを持ちやすいとする研究と、小説家がイマジナリーフレンドを覚えていることが多い、という研究は、一見何の関係もないように思えますが、そうではありません。
先ほどのデータによれば、イマジナリーフレンドを持つ子どもは、他の人の気持ちを想像する「心の理論」が発達しているとのことでした。
解離性障害になる人は、たいてい子どものころ複雑な養育環境で育ったために、必要以上にまわりの人の感情に敏感で、「空気を読み過ぎる」傾向があります。
哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)にはイマジナリーフレンドを持つ子どもについて、こんな説明がありました。
空想の友だちのいる子は周囲世界の人たちのことを人一倍気にするので、「いない人」のことまで考えてしまうのかもしれません。(p89)
こうした周りの人の気持ちを人一倍気にする傾向が、他人への純粋な興味に基づくものであれば、それは健全なものです。実際そのような理由からイマジナリーフレンドを持つようになり、小説家として活躍するようになった人も多いのでしょう。
しかしもし、たとえば複雑な養育環境で育つなど、止むに止まれぬ事情のため、自分の身を守るために周囲の人の顔色を伺う必要があり、それゆえに相手の気持ちを敏感に察知し、「いない人」のことまで考えるようになるとしたら、それは解離性障害につながりかねません。
実際のところ、小説家の中には、太宰治、夏目漱石、三島由紀夫、川端康成、中原中也のように、複雑な家庭で子ども時代を過ごした人も少なくないのです。
ですから、小説家の創造性として表れるイマジナリーフレンドは、子どものころの創造性、別の言い方をすれば解離傾向が何らかの理由で大人になってもある程度維持されることが関係していて、その理由として、生来の遺伝的な影響や、子どものころの家庭環境の影響が複雑に絡み合っているといえるかもしれません。
じつは作者とイマジナリーフレンドの物語かもしれない
ここまで、小説家とイマジナリーフレンドの関係を様々な観点から考えてきましたが、何より興味深いのは、大人になってから創作する小説などの背後に、子どものころの空想という「原作」が存在してるかもしれない、という事実でしょう。
多くの資料がないのではっきりとしたことはいえませんが、世に出ている小説家たち、ことにファンタジー小説の作家たちは、意識的であれ、無意識的であれ、子どものころのイマジナリーフレンド体験や空想世界の創作をもとにして、ファンタジーを書いているのかもしれません。
ナルニア国ものがたり、ハリー・ポッター、となりのトトロなど、人々の心に深い影響を及ぼしてきた作品の背後には、もしかすると作者の子ども時代の苦悩や、そこから助けてくれた空想の友だちとの絆があるのかもしれない、と思うと、作品が少し興味深くなりますね。
この哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) は興味深い内容が多い一冊でした。
わたしたちが何気なく行っている空想やコミュニケーションや努力には、じつは赤ちゃんのころからの脳の傾向が関係しているのかもしれない、そんな点を調べたい人にはお勧めです。
空想の友だち現象についての、このブログでの他の考察などはカテゴリ空想の友だち研究 をご覧ください。