柔道の事故による子どもたちの脳脊髄液減少症―個性を度外視した教育の弊害を考える

前から懸念されていた、柔道による脳脊髄液減少症の発症について、実際の事例が掲載されていました。

柔道授業で生徒重傷、2012年1月市内の中学で/川崎:ローカルニュース : ニュース : カナロコ — 神奈川新聞社

柔道の授業・部活:髄液漏れ3件…被害者の会に相談- 毎日jp(毎日新聞)(リンク切れ)

柔道授業中、強打し「脳脊髄液減少症」に…川崎の中学校 : 健康ニュース : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞)

この記事では、子どもの脳脊髄液減少症の当事者たちの苦悩を取り上げ、柔道など武道必修化の影響や、画一化された教育の是非について考えます。

柔道の事故による子どもの脳脊髄液減少症

近年、柔道の必修化によって、子どもたちに脳脊髄液減少症が増加することが危惧されています。脳脊髄液減少症は、慢性疲労症候群(CFS)に関連する疾患なので、このブログでも注目しています。

すべての子を同じ型に押し込める教育のいびつさがもたらす病気
10/6の毎日新聞に、柔道必修化が脳脊髄液減少症を増加させる懸念が掲載されました。その記事を通し、教育制度のあり方について考えています。

今回の事例では、体重差が約1・5倍ある生徒同士の稽古により、首と頭を強打した生徒が「激しい頭痛を伴う脳脊髄液減少症と診断され、6~8月はほぼ寝たきりの状態」になり、入院や手術に発展したそうです。

10/21付の朝日新聞には、その他2件の事例について掲載されました。

朝日新聞デジタル:学校柔道で髄液漏れ、全国で3件

このニュースによると、「神戸市では2007年に中学1年の男子生徒が、札幌市では10年に高校2年の男子生徒が、いずれも柔道の部活動中に頭を打ち、頭痛を訴えた」とのことです。

「2人とも直後に病院へ行ったが原因が分からず、脳脊髄液減少症と診断されたのは、それぞれ1カ月後と1年3カ月後」でした。

「原因不明の頭痛と診断され、苦しんでいる生徒らは多いのではないか」と指摘されています。 また「脳に重い障害」が残ることが懸念されています。

「奪われたことが多過ぎて」

文部科学省は、柔道必修化に際して、各教育委員会に注意を呼びかけていますが、予防という考えが抜け落ちているのは残念なことです。

10/15 文科省 脳脊髄液減少症への注意を呼びかけ

その記事に書いた内容と似通った意見を、全国柔道事故被害者の会の村川義弘副会長がこう述べておられました。

「文部科学省は安全対策に関する指針を出しているが、具体的な対策は、各地域や学校に丸投げ。通り一辺倒の対策だけでは解決にならない」

具体的な対策が立てられていない以上、親や子供が自分で身を守るしかない現状ですが、柔道が必修化された今はそれもままなりません。

記事の中で、「本年度から始まった必修化の現状に疑問が拭えない」、「柔道の美徳ばかりが強調されていないか」と指摘されているのももっともなことです。

今回の件で、学校側は誠意のある対応だったと評価されています。これは喜ばしいことですが、事後対策であるのは否めません。

上記のエントリで、「発症したあとでは取り返しがつかない」と書きましたが、まさにそのとおりの実情が、被害にあったお子さんのお母さんの言葉に表れています。

「事故によって息子から奪われたことが多過ぎて。まだそれらを取り戻すには至らず、日々親子で悔しい気持ちでいっぱい」

理不尽な人為的な問題により、脳脊髄液減少症の子どもたちが、これ以上増えないことを願うばかりです。

これまでの一連の柔道問題の経緯は、こちらの記事で総括されています。カナロコは地元川崎市でこの事故が起きたこともあり、継続的にこの話題を取り上げているようです。

柔道事故:社説 : ニュース : カナロコ — 神奈川新聞社

脳脊髄液減少症については、症状の一例として取り上げられているにすぎず、柔道教育の安全な指導を訴えかける主旨です。

付け焼き刃にすぎない教育関係者の対応

その後、こうした事故を受けて、文部科学省ホームページに、9/5付の学校におけるスポーツ外傷等による脳脊髄液減少症への適切な対応についてという通達が掲載されました。

学校におけるスポーツ外傷等による脳脊髄液減少症への適切な対応について:文部科学省

この指示は文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課から、各都道府県の教育委員会などに宛てられたものです。

スポーツ外傷などの後に、起立性頭痛などの頭痛、頚部痛、めまい、倦怠、不眠、記憶障害など様々な症状を呈する脳脊髄液減少症とよばれる疾患が起こりうることについて注意を喚起しています。

通達では「事故後の後遺症として通常の学校生活を送ることに支障が生じているにもかかわらず、まわりの人から単に怠慢である等の批判を受け、十分な理解を得られなかったことなどの事例がある」と述べ、適切な対応がなされるよう促しています。

こうした通達を通して、教育関係者に、子どもの脳脊髄液減少症の理解が浸透するとすれば願ってもないことです。理解を示そうとしない人に対して、この通達を見せ、しかるべき権威の裏づけに注意を引くこともできるでしょう。

しかし、理解しがたいのは、この通達が、「事故が発生した後」の指示に終始していることです。冒頭で「学校における事故の防止」を謳ってはいますが、事故を未然に防ぐ方法については一切書かれていません。

それどころか、脳脊髄液減少症の発症の引き金になりやすいとされる武道を必修化し、あらゆる子どもに強制することを定めているのはとても残念なことです。

脳脊髄液減少症を発症した後になって、適切に対処すれば、万事うまく行くというのは、非常に浅はかな考えです。発症してからでは取り返しがつきません。

通達では、ブラッドパッチ療法(硬膜外自家血注入療法)が効果的だと紹介されていますが、すべての患者に効果があるわけではありません。生涯不自由な体になる恐れさえあります。

たとえブラッドパッチ療法で治癒できるとしても、治癒までにかかる費用はどうするのでしょうか。当人や家族の心身の負担、また休養や入院による学力の遅れに対して、だれが責任を持つのでしょうか。

子どもは自分で声を上げることができません。大人が用意した教育カリキュラムに従うほかないのです。子どもが自分で自分の身を守れないのであれば、大人はあらゆる手を尽くして、子どもを守るべきだと思います。

危険性が明らかであるのに、事後対策のみに終始することが大人として賢明な判断だとは思えません。

また、こちらの記事は、柔道必修化の影響について、このようにコメントしています。

東京新聞:柔道「必修化」7カ月 安全対策 後手のまま:暮らし(TOKYO Web)(リンク切れ)

授業は年間でわずかに十数時間。それで武道が身に付くかは、はなはだ疑問で、移行期の昨年には初心者同士が柔道の模擬試合をして、重傷を負った事故もあった。

柔道必修化の益として、礼儀作法が学べることや、受け身の技術を習得できることを挙げる方もおられますが、上記のコメントは、何かが身につくほど授業時間を割くことができないという、それ以前の問題があることを示しています。

礼儀作法に関しては、柔道を通して学ばずとも、あらゆる場で教えられるべきですし、受け身などの安全のための技術は、すべての体育の授業をさしおいて、まず教えるべき前提ではないかと思います。

礼儀作法や安全のための技術を教えるのに、何も武道を介する必要はなく、興味を持った子供だけが、自らの意志で、スポーツとしての武道を学べばよいと思うのです。

なぜ子どもの個性を度外視してまで、危険があるとわかっているものを必修化するのでしょうか。 それは価値観の押しつけであり、「違いを認めて共に生きる」という人間の脳の機能にも反しています。

フクロウ症候群を克服する―不登校児の生体リズム障害 (健康ライブラリー)という本には次のようなことが書かれています。

220といわれる世界の国のなかで、体育を教科としている国は、10ていどと言われており、スポーツをレジャーとして楽しむものだという大多数の国の人々の考えとは明らかに違った方向性をもたせたものが日本のスポーツなのです。

わるいことには、若者たちにとってスポーツは、自分で好きなことをだれにもいわれずに楽しむ「遊び」よりも、人にいわれてやる「仕事」になっているのです。  (p134)

柔道必修化によって脳脊髄液減少症の子どもが増えているという、あってはならない事態は、日本の教育制度のゆがみのが生み出した氷山の一角に過ぎないのかもしれません。その点については、以下のエントリでも詳しく書きました。

すべての子を同じ型に押し込める教育のいびつさがもたらす病気
10/6の毎日新聞に、柔道必修化が脳脊髄液減少症を増加させる懸念が掲載されました。その記事を通し、教育制度のあり方について考えています。

ニュースは最後まで明るい話題を提供することなく、こう結ばれています。

それでは付け焼き刃にしかすぎない。

参加者の一人で、柔道を教えている男性教師(39)は「一年生には大外刈りを教えないことにしている。それでも、受け身の練習で頭を打つ生徒がいる。指導には不安がつきまとう」と話す。

特色ある学校づくり

その後のニュースによると、中には、独自の解釈と工夫により、少林寺拳法や相撲を取り入れる、という柔軟性を示す学校が現れたことが紹介されています。

朝日新聞デジタル:中学の武道必修化 少林寺や相撲も – 教育

記事の中では「柔道をめぐっては頭を打つなどして部活中に死亡する例のほか、授業中の事故でも脳脊髄(せき・ずい)液減少症を発症するなど事故が後を絶たず、安全への懸念は根強い」として脳脊髄液減少症が言及されています。

武道の必修化にともない、多くの学校は柔道を取り入れています。「柔道が多い理由として、体育教諭に柔道経験者が多く指導がしやすいことや、コストが比較的安いこと」が挙げられるそうです。

しかし「畳などの道具が要らず、体格や力の差に関係なく、原理が分かれば誰でも楽しめる」少林寺拳法を選んだり、「けがをしにくいし伝統文化も教えやすい」相撲を選んだりして、「独自の工夫で周囲とは違った選択をした学校がある」と紹介されています。

しかしながら、今のところ独自の選択をしているのは学校側にすぎず、子どもの側に選択の自由はありません。型に押し込める個性を無視した教育は、子どもの慢性疲労症候群の発症の原因のひとつだと、三池輝久先生は指摘しています。

教育基本法の教育目標にある「伝統と文化の尊重」「伝統と文化の強制」と取り違えてしまうなら、ほんとうの意味で日本の文化を愛する世代は育たないのではないかと思います。

このブログは教育のあり方について意見することはしませんが、親の立場にある人や子ども自身の選択の自由が増し加わり、それぞれが納得のいく教育を受けられるようになることを望んでいます。

学校の先生は脳脊髄液減少症をちゃんと知っておくべき

もちろん、子どもの脳脊髄液減少症の原因は武道だけではありません。どんなに安全に配慮したとしても、不慮の事故は起こりうるので、教育省が脳脊髄液減少症について知っておくことは大切です。

川崎市では市内の中学校で柔道による脳脊髄液減少症が発症したことを受けて、脳脊髄液減少症をテーマにした講演会が開かれ、養護教諭や体育科教諭ら約130人が参加したそうです。

脳脊髄液減少症テーマに講演会、市立学校教諭ら130人が対応策学ぶ、スポーツ事故で注目/川崎:ローカルニュース : ニュース : カナロコ — 神奈川新聞社

講師を務めた耳鼻咽喉科 | 川崎市立 川崎病院相馬啓子先生は、めまいなどの症状を訴える患者の診療に当たるうちに、脳脊髄液減少症と関わるようになったそうです。

記事によると、以下のような特徴が説明されました。

◆外傷性と特発性の2種類があり、外傷性はしばらくしてから症状が出てくることが多い
◆起立時に頭痛がひどくなるのが特徴
◆心因的なものと誤解されやすい
特に寝ていると見た目にはどこも悪くなさそうなので、気のせいや怠け病と言われる
どんなスポーツでも起こる可能性があり、マット運動が多いように思う

子どもの脳脊髄液減少症は、見過ごされやすいだけでなく、教師や周りの人からの不理解という二次的な苦痛にも悩まされがちです。

今回の柔道事故はとても悲しいできごとですが、これをきっかけに配慮のある先生方が増えることを願っています。

被害者の苦しみは終わっていない

事故から1年以上が経って、大きなニュースになった川崎市の中学生の方のその後を伝える記事が掲載されました。柔道授業事故:中2、今も頭痛や吐き気 再発防止を願う- 毎日jp(毎日新聞)(リンク切れ)

脳脊髄液減少症:柔道の授業で事故 「あの一瞬さえなければ…」 川崎の中2「乱取り中」頭打ち、頭痛や吐き気今も- 毎日jp(毎日新聞)(リンク切れ)

昨年の事件で脳脊髄液減少症を発症された方は、記事によると、1年が過ぎた今も頭痛や吐き気、不眠などに苦しんでいると書かれています。ブラッドパッチ治療を受けましたが、症状が重くて起き上がれず、登校できない日が今も多いといいます。

ご本人は、「ものごとに積極的に取り組まなければと分かっていてもやる気が出ず、自分がもどかしい」と心境を吐露しています。お母さんは「本人は、学校を休んでは『俺はダメ人間だ』と自分を責める。進学がどうなるのか、病気が完治するかどうか、悩みは尽きない」と語っておられまた。

センセーショナルに報道された後も、患者の苦しみは終わらない、という点で、このニュースは先日のシックスクール症候群の話を思い起こさせます。

また、学校に行くことができず、精神的に追い詰められてしまうところは小児慢性疲労症候群(CCFS)の場合とも共通しています。

学校側が「100%学校が悪かった。体格差への考慮が足りなかった」と認めているのはせめてもの救いかもしれません。このような病気では学校が患者を厄介者扱いし、子どもの苦しみに追い打ちをかけることは珍しくないからです。

しかし、もし報道で大きく取り上げられなかったなら、学校側はこれほど深刻に受け止めなかったでしょう。 人知れず脳脊髄液減少症を発症し、周囲の無理解に苦しんでいる子どもは非常に多いに違いありません。

記事には「子どもは改善率が高く早期発見・治療が重要とされる」とあります。川崎市の方の場合、対処は早いほうだったと思うので、今後回復することを願うばかりです。

「道」であるとするのであれば

時を同じくして、柔道の指導者について、とても残念なニュースがありました。柔道は心身の修養になるとして教育が奨励されてきましたが、世界トップクラスの選手や指導者が暴力を振るうようなニュースが相次いでいます。

柔道選手告発 全柔連が園田監督を戒告 NHKニュース

もし柔道が、道徳や礼節の「道」であるとするなら、指導に当たる人たちは、心を整えるべきではないでしょうか。訓練で培った力が誤用され、他の人を従わせ、強制する力として用いられるなら、それはもはや「道」ではなく「暴力」です。

各地の柔道の指導者が、子どもの限界をわきまえず、行き過ぎた訓練を強制し、言葉と力で子どもを威圧するなら、脳脊髄液減少症は決して減らないでしょう。

わたしが通っていた学校の柔道の先生は、とてもすばらしい方でした。子どもの意見によく耳を傾け、個性を重んじてくれました。今でもわたしはその人を尊敬しています。だからこそ、柔道に暴力が見られることは、はなはだ残念でなりません。

武道そのものが悪いとはいいません。しかし教育に携わる人には、自分は生徒に教えていることを実践しているだろうか、と自問してほしいと思います。柔の道を教えている人の心がかたくなであるなら、その教育に何の意味があるでしょうか。

「道」は選ぶものであり、強制するものではないでしょう。ぜひとも本来の目的に立ち返って、柔道の名にふさわしい道徳や礼節を重んじてほしいと思います。

子どもの脳脊髄液減少症について詳しくはこちらをご覧ください。

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