そんな肩肘張らなくてもいいんじゃない? 人間って弱いんだから、もっと助けてもらっていいよ
栗原まな先生は、あるとき、後天性脳損傷の子どもを支えるために疲れ果てていたお母さんにそう声をかけました。
自分の病気や障害を受け入れるのは辛いことですが、苦しんでいる我が子の姿を見るのは、何にもまして辛いことだと言われます。
突然の事故や病気によって、家族の幸せな日常生活が失われたとき、どうすれば、わたしたちはふたたび楽しく生きていくことができるのでしょうか。そのヒントを与えてくれる本ふたたび楽しく生きていくためのメッセージ【改訂増補版】を紹介します。
これはどんな本?
この本は、神奈川県総合リハビリテーションセンターの栗原まな先生が後天性脳損傷による高次脳機能障害の子どもたちについて書いた本です。神奈川リハと深いつながりのある家族会「アトムの会」も執筆に協力しています。
アトムの会(後天性脳損傷の子どもをもつ家族の会) ホームページ
第一章は、後天性脳損傷で生活が一変してしまったナオくんとその家族について、医療ルネサンスの記事が転載されています。
第二章はナオくんを含めた3家族の神奈川リハでの闘病記です。
そして第三章は家族へのアンケート、第四章は高次脳機能障害とは何か、といったことが書かれています。
この本の題名はふたたび楽しく生きていくためのメッセージとなっています。「ふたたび」という言葉が表すように、かつては楽しく暮らしていたのに、後天性脳損傷によって家族全体の生活が一変してしまうのです。
幸せな日々を知っているからこそ、健康な子どもを育ててきたからこそ直面する苦悩と、現実を受け入れ、再び楽しく生きていくためのアドバイスが書かれています。
正常な親の反応
印象的だったのは、障害の受容に関する記述です。後天性脳損傷だけでなく、わたしの慢性疲労症候群やその他の病気でも、現実を受け入れることは回復への第一歩です。
この本のp48,104には、ドローターによる「先天奇形をもつ子どもの誕生に対する正常な親の反応」として、ショック→否認→悲しみ・怒り→適応→再起という5つのステップそれぞれの反応の強さを表した図が掲載されています。
わたしの友人にコルネリア・デ・ランゲ症候群のお子さんを持つ家族がいるのですが、その子が生まれた当初の話を聞いたときには、まさしくそのようでした。
しかし、後天性脳損傷によって障害を負った子どもの家族は、生まれつき障害を持つ子どもの家族よりさらにショックや否認が強く、再起が弱いというデータになっています。
「健康な時の子どもに直接触れていることから子どもへの思い入れがより強く認められ、反応の仕方が激しいように思われる」と書かれています。(p21,104-105)
どの病気や障害でもそうですが、受け入れるのは決して簡単ではありません。それが、これまで健康に過ごしていた我が子の問題であればなおさらです。ショックを受けても当然です。涙を流し、大声で泣くとしても、それは間違ったことではありません。
わたしもきょうだいをに幼いころに病気で亡くしています。わたしの家族も耐えられないような壮絶な悲しみの時期を経験しました。
病気を発症した当人も、キューブラー・ロスの5つの段階に見られるような葛藤に直面するのですが、見守るしかない家族にとっては、一層辛いことであるに違いありません。
それは「正常な親の反応」なのです。
受け入れるために必要なこと
この本には、病気や障害を受け入れるためのヒント、つまり「ふたたび楽しく生きるためのメッセージ」がいろいろ書かれています。
たとえば、ナオくんのお母さんは、人に話を聞いてもらう、同じような境遇の人のホームページを見て、勇気を出してメールする、関連図書を読む、スタッフとの交換ノートなどで自分の気持を書き、心を整理する、家族会に参加し、少し前を走っている人の話を聞くことが助けになっていると述べています。(p63)
そしてこう書いています。
傷つくこともたくさんあったけれど、励まされることもたくさんありました。同情ではなく共感してくれる人がたくさんそばにいてくれることが一番うれしかった。
思いやりや励ましの言葉も時として重荷になることがある。傷に触れない優しさもあることを分かって欲しいと思います。(p63)
そのほか、「アトムの会での親の声」を見ると、父親の役割がとても大切だということも分かります。子どものことでいっぱいいっぱいのお母さんを感情的に支えられるのはほかでもないお父さんしかいないのです。(p40,100)
また難病の子どもを持つ場合は常にそうですが、障害をもった子ども当人だけでなく、その兄弟に及ぶ影響も考えなければなりません。(p23)
「家族からのメッセージ」にも28家族からの意見が寄せられていて、何が困っているか、何が助けになったか、ということがよく分かります。ひときわ印象に残ったのは「24時間すべてが悩み」という言葉と、「心のバリアフリーがほしい」という訴えでした。(p106-121)
高次脳機能障害を知るために
障害を受容する上でひときわ大切なのは、高次脳機能障害に対する理解と対処です。
この本では神奈川リハビリセンター院内学級(かもめ学級)の小冊子から次のように抜粋されています。
事故や病気のあと あの子は変わった
なまけているの?
ふざけているの?
こんなこともわからないの?
なんですぐおこりだすの?
どうして人の気持ちを無視するの?
約束したのに忘れちゃうの?
etc…外見では、普通の子どもと変わりがないのに……
もしかすると、それは
高次脳機能障害かもしれません (p127)
p128-131にある、よく見られる症状の図は分かりやすく参考になります。「百人百通り」の症状なので、高次脳機能障害について知った上で、子ども一人ひとりをよく理解することが欠かせません。
子どもの性格さえ変わってしまうので、体の障害や病気の場合と異なる、「別の子を育てているような複雑な感情」が湧いてくるとも書かれています。学校の先生から、本人の努力不足、親のしつけのせいと言われ、傷つくこともあるかもしれません。(p98)
そして「子どもが自信を失うことによって生じる『二次障害』を予防するのは大人の役割」です。(p135,174)
ときおり慢性疲労症候群の認知機能障害も、医師により「高次脳機能障害」と表現されることがあります。非常に多彩で重症度も様々ですが、高次脳機能障害について知ることは、障害を受容する大切なポイントだと思いました。
高次脳機能障害については以下の記事でもまとめているのでご覧ください。
ふたたび楽しく生きていくためのメッセージ
障害児をもった親御さんはずっと子育てを続けなければならないのだ!
栗原先生は、ご自分の子育てを通して、心から障害のある子どもをもつ親の大変さを感じたといいます。
わたしの場合は、障害をもつ子どもの側として、今も家族にその大変さを忍んでもらっているので、この本を読んで家族への感謝が深まりました。
本当に「ふたたび楽しく生きていく」ことができるのか。
わたしは病気を受容して闘ってきたつもりですが、未だにその答えは見い出せません。体調が悪いときには、生きていることに価値があるのかどうかさえわからなくなりますし、多少元気なときでも、まだ希望を見いだして生き生き働けるというほどではありません。
しかしその中でも、一歩一歩進んでいけば、やがて「あたりまえの中にある幸せ」 を感じる日も増えてくる。(p50)
ふたたび楽しく生きていくためのメッセージ【改訂増補版】は加藤汐里さんによる可愛らしい表紙の挿絵とともに、そんな温かみのあるささやかなメッセージを伝えてくれる一冊でした。