起立性調節障害(OD)はどんな原因で発症するのでしょうか。似ているほかの病気とはどのように関わっているのでしょうか。どんな治療法があるのでしょうか。
ODに関わるこうした基本的な疑問点は、これまでもこのブログで取り上げてきました。しかしなかなか思うように治療が進まないと、もっと広い視野を持つ必要性を感じるでしょう。
そんなときに役立つのが、森下克也先生の著書、うちの子が「朝、起きられない」にはワケがある―親子で治す起立性調節障害です。これまでも何度かこの本には言及していますが、少しユニークな内容が特徴です。また小児慢性疲労症候群(CCFS)についても言及しています。
この本はどのようにユニークなのでしょうか。ODや小児慢性疲労症候群(CCFS)の子どもとその家族にとってどのように役立つでしょうか。
もくじ
これはどんな本?
著者の森下克也先生は、浜松医科大学病院で心療内科医としてキャリアをスタートさせ、20年近く起立性調節障害(OD)の治療に携わってきました。現在では、開業医として活躍されています。
もりしたクリニック 心療内科 内科~東京都品川区荏原・武蔵小山~ 漢方 更年期障害 うつ パニック 自律神経失調症 カウンセリング 認知行動療法 認知療法 グループセラピー
森下先生の著書が独特といえるのは、先生の背景によるものでしょう。ODの研究でよく知られている田中英高先生や、CCFSの研究で知られている三池輝久先生が小児科医であるのに対し、森下先生は心療内科医です。
そのため、起立性調節障害(OD)の身体面の問題だけでなく、心の問題にもかなりのページを割いておられます。また“全人的医療”の観点から、漢方薬での治療についても詳しく書いておられます。
起立性調節障害(OD)の意外な原因
起立性調節障害の原因というと、思春期の精神的ストレスや自律神経バランスの異常、と簡潔に説明されることが多いように思います。しかし、森下先生は、ODの原因をもう少し深く掘り下げておられます。
滴状心と内臓下垂
OD患者の多くは、レントゲンをとってみると、心臓が小さく、水滴のように見える「滴状心」であり、内臓も下垂していることが分かるそうです。医学的に異常と呼べるほどではないのですが、循環機能が悪いと、色白で痩せ型の外見につながります。つまり、もともとの虚弱体質がOD発症の根底にあるのです。(p28)
この点は、起立性調節障害―朝、起きられない子どものためにの大国真彦先生も指摘しておられました。
また循環器内科としてODやCFSを診ている三羽先生もこれと似たような点を指摘し、小心(small heart)症候群と慢性疲労症候群や起立不耐症の関係について論文を書いておられます。
▼参考資料
慢性疲労症候群の病因としてのスモールハートと低心拍出量について
起立不耐症患者におけるSmall Heartに伴う低心拍出量とRenin-Aldosterone Paradoxについて
ホルモンの問題
成長ホルモン:思春期に分泌される成長ホルモンには、「体内の水分貯留」と「眠気をもよおす」という作用があります。それによって脳の水分が過剰になり、ぼーっとしやすいそうです。そこへ覚醒の中枢である、脳の網様体の不調が重なると、朝起きられなくなります。(p72)
しかし小児慢性疲労症候群(CCFS)では、脳の修復を促す成長ホルモンの分泌も期待してカタプレス(クロニジン)が処方されるようなので、ホルモン分泌リズムの問題なのかもしれません。
月経前緊張症候群(PMS):女の子の場合、生理に伴う黄体ホルモンにも原因があります。黄体ホルモンは脳に作用して自律神経や睡眠のバランスを崩すので、生理前にODが悪化しやすくなります。(p76)
過労や感染
吹奏楽部での激しい活動や、ウイルスの感染の後に発症するケースもあることが書かれています。しかし、個人的には、脳脊髄液減少症や慢性疲労症候群(特に感染後CFSのタイプ)を疑うほうが適切に感じます。(p34-36)
心の問題
森下先生が、まるまるひとつの章を割いて論じておられるのは、『起立試験の数字の示す「血液循環の調節障害」がすべての原因と考えるべきではない』ということです。つまり心理的な側面も重視するべきだという意見です。(p82)
疾病利得:病気だから学校に行かなくて良いという言い訳が成立すると回復するのが遅くなります。これは「怠け」ではなく「未熟」である、と書いておられます。疾病利得の問題はCFSの分野でも、伴信太郎先生らの論文により指摘されていました。(p89,109)
失感情症(アレキシシミア):ストレスを溜め込んでいるのに気づかず、言い表せないことを失感情症といいます。CFSの場合も日本大学板橋病院の村上正人医師が失感情症や失体感症を指摘していました。(p91)
過剰適応:無理やり周囲に自分を合わせようとしたり、完璧をめざしたりする性格も不必要な心身の緊張を招きます。CFSでも日本の場合はこのような性格の人が多いのではないかと言われてきましたが、一概には言えないとするする医師もいます。(p94-95)
親の育て方:親の過干渉や過保護も問題とされています。また父親がしっかり役割を果たさない“父性の欠如”の家庭だと子どもは責任を回避するようになり、逆に“母性の欠如”の家庭だと、温かい感情が育ちにくいと説明されています。(p95-103)
小児慢性疲労症候群(CCFS)との関係
森下先生は、小児慢性疲労症候群(CCFS)や、CCFSに合併しやすい睡眠相後退症候群(DSPS)についてもよくご存じで、p78-81でODとの違いについて考察しておられます。その部分については、このブログで以前に引用しています。
?一歩先を行く治療法
治療についても、森下先生は「薬物療法ははじめの一歩」にすぎない、「薬は壁を乗り越えさせてはくれません」と述べて、心身両面からさまざまなアプローチをしています。たとえば、次のような方法が書かれています。(p129,134)
睡眠薬に頼らず眠る
咬筋など筋肉の緊張をゆるめ、「頭の中での独り言」をやめるなら、眠りやすくなります。(p137-142)、
行動日誌をつける
自分の生活を可視化することで、睡眠や運動の規則性を作ります。(p142-146)
だらだらと過ごさないための工夫
横になるときは上体を少し起こす、パソコンやゲームに制限時間を設ける、といったことが助けになります。(p146-149)
チルトトレーニング
立ったままの姿勢を一定時間保持し、それを毎日繰り返すことに寄って、自律神経を訓練します。特に神経調節性失神に効果があります。有酸素運動も大切です。(p150-156)
未来日記
自分自身に対する認知を変えるために、ポジティブな将来像を書きます。巻末に具体的なワークシートが付属しています。どことなく、書籍君と会えたから・・・のGIVE-TAKEリストを思い出しました。
漢方薬
第五章全体(p166–199)を通して、漢方薬を用いた治療について詳しく書かれています。漢方薬の理論や、ODに効果的な漢方薬の種類もかなり詳しく書かれています。
わたしも一時期、CFS患者を多数診ている漢方外来で煎じ薬による治療を受けていました。わたし自身には効果は乏しかったのですが、かなり改善しているCFSの方もいるようです。こうした心身両面からなる対策は小児慢性疲労症候群(CCFS)の子どもにも役立つと思います。
意欲のある人におすすめする本
この本をしばらく前に読んでいながら、なかなか感想を書かずにいたのは理由があります。
この本は医者の視点から冷静に書かれた書籍です。ODの心身相関について掘り下げ、平衡のとれた説明をしている反面、闘病中の家族が読むと、少し厳しいと感じられるかもしれません。子ども自身や親の責任が問われている部分も多いからです。
対照的に、小児慢性疲労症候群(CCFS)の研究者、三池輝久先生の著書学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてているや患者とその家族の観点から書かれた朝起きられない子の意外な病気 – 「起立性調節障害」患者家族の体験から は、徹底して子ども寄りの視点で書かれています。そのため、闘病している人が読むと、とても慰められ、励まされます。
確かに、森下先生が書いている、子ども本人の未熟さや親の接し方という問題は、いずれ向きあわなければならないものです。しかし病気と闘い、日々いっぱいいっぱいの状態で生活している家族にとって、まず必要なのは、共感し、元気づけてもらうことです。
ODやCCFSと闘う子どもや親は、たいてい指摘されなくても、自分ができていないことについてよく分かっています。しかし、精神的に余裕がないので、改善できないだけなのです。「北風と太陽」の話のように、温かく照らされたら、いずれ自分から行動するでしょう。
そのような意味で、闘病中で余裕のない方には、この本はあまりおすすめできません。しかし、少し精神的に余裕ができて、病気を治すためにできることならなんでもやろう、と意気込んでいる人には、ぴったりな本です。既存の枠にとらわれない多方面からの詳しい知識は、回復に必ず役立つことでしょう。