このブログで起立性調節障害(OD)を取り上げたところ、ODの情報を探して訪問してくださる方がかなり多くなりました。
しかしこのブログは小児慢性疲労症候群(CCFS)も取り上げているので、その違いを説明しておきたいと思います。
朝起きられず学校に行けない子の「起立性調節障害(OD)」とは? よくある誤解と正しい対処法いうエントリで取り上げたように起立性調節障害(OD)と小児慢性疲労症候群(CCFS)は多くの共通点がある病気です。子どもの場合、どちらも重症になると学校に行けなくなるなど深刻な影響が生じます。
ODはCFSと類似した病態か重複があると考えられてきましたが、実際のところはどうなのでしょうか。専門家の意見や、そのほかの情報を比べてみましょう。
もくじ
CCFSとODの似ている点
両者が比較されるのは症状がとても似ているからです。まずその類似点を確認しておきます。
◆いつも疲れている
◆痛みや冷えのぼせ、思考力の低下などさまざまな症状(不定愁訴)がある
◆睡眠・覚醒リズム障害があり、夜眠れず、朝起きられない
◆重症化すると学校に行けなくなる
◆一般的な検査では異常が見つからないため、「うつ病」や「発達障害」と診断されたり、「怠け者」「学校嫌い」と非難されたりする
これだけを見ると、両者は同じ病気だと思われても致し方ありません。しかし、実際には具体的な違いが数多くあります。
たとえば高校2年生のとき慢性疲労症候群(CFS)を発症された月夜さんは、闘病記トンネル の中で、最初 起立性調節障害(OD)を疑われたものの、症状を調べて違うと直感したと書いておられます。その違いは当事者にとっては明確なのです。
小児慢性疲労症候群(CCFS)についての関連記事は以下のページにまとめています。
起立性調節障害(OD)の専門家の意見
まず起立性調節障害(OD)の専門家である、大阪医科大学小児科学教室の田中英高先生の論文による意見をご紹介したいと思います。田中英高先生は、(1)起立性調節障害│日本小児心身医学会の執筆者でもあります。
田中英高先生は、日本臨牀 月刊誌(2007年)慢性疲労症候群-基礎・臨床研究の最新動向-の中で、慢性疲労を訴える子どもたち611人のうち、ODと診断されたのは1/3だけだったと述べています。 先生はCFSとODの関係についてこう結論しています。
CFSにおいてはODを伴うものと、そうでないものがあるといわざるを得ない。一部のCFSにはODと共通した何らかの自律神経機能異常が存在するが、全く同一のものとはいえない ー自律神経機能と小児慢性疲労症候群
実際、海外の報告を調べても、CFS患者は起立直後性血圧低下や体位性頻脈症候群の傾向が強いものの、必ず症状が表れるわけではないようです。
上記の田中英高先生の資料はネット上で公開されていました。The autonomic function and child chronic fatigue syndrome.pdf をご覧ください。
CFSと起立性調節障害についての最近の研究について慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の患者の90%に起立性不耐症(OI)がみられるの記事にまとめました。
またうちの子が「朝、起きられない」にはワケがある―親子で治す起立性調節障害の著者 森下克也先生は、起立性低血圧(OD)に似た病気として、小児慢性疲労症候群と睡眠相後退症候群を挙げた上で、こう述べています。
考え方としては、互いに明確に区別された別の病気とするのではなく、重なり合う部分があったり移行したりする類似疾患と捉えるべきでしょう (p81)
明確に区別された別の病気ではないとしながらも、同じ病態ではなく、部分的に重なりあうものと見ている点では、意見は一致を見ています。
小児慢性疲労症候群(CCFS)の専門家の意見
一方、小児慢性疲労症候群(CCFS)を研究する三池輝久先生は書籍学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)で、慢性疲労の子どもの症状の一つとして、一過性の血圧低下などの自律神経機能異常があることを述べ、田中英高先生の研究を引き合いに出しています。(p40)
引きこもりに繋がる小児慢性疲労、不登校の治療・予防に関する臨床的研究 総括研究報告にはこうあります。
難治性ODを伴うCCFSであっても、PSは思春期以降に改善する傾向があった。これは起立時循環反応の正常化に基づくと考えられ、思春期の起立時循環調節異常は年齢とともに改善することが示唆された。
つまりODはCCFSの症状の一つです。
しかし書籍不登校外来―眠育から不登校病態を理解するの巻末では起立性調節障害についてこう述べています。
…血圧変化による立ちくらみなどの様々な自律神経症状は、…一般的には不登校状態に陥り家にこもる状態では比較的認めにくくなり、時には消失してしまいます。
典型的な不登校期状態の子どもたちと自律神経失調症状との関連を調査すると、不思議なことに関係がないという結果になることがあります。
しかし学校社会に復帰しようとする気持ちが現れ、実際に復帰を試みる状態では再び自律神経症状が出現しはじめます。
私たちは、不登校状態には…脳の働き(自律神経機能だけでなく、体温調節機能やホルモン分泌機能)が重要であることを学びました。 (p136)
要約すると、不登校の子どもたちのうち、学校との関わりを持っている段階の子どもでは起立性調節障害などの自律神経症状が見られるものの、典型的な不登校になってしまった子どもでは自律神経症状が消失していることがある、ということです。
もし小児慢性疲労症候群(CCFS)という病名がなかったら
両分野の専門家の意見は一致しています。まとめると、慢性疲労を訴える不登校の子どものうち2/3、それも典型的な不登校状態にある子どもは、起立性調節障害(OD)と診断されません。
今では、検査で診断しにくいタイプの起立性調節障害のサブタイプが新たに2つ(脳血流低下型、過剰反応型)分かっていますが、それらは比較的少ないとされています。子供の脳脊髄液減少症などの検査でわかりにくい病気もありますが、全員がそうではないでしょう。
これらのデータが正しいとすると、已むに已まれぬ体調で不登校になっている子どもたちのうち、特に問題が長引いている子どもは、起立性調節障害という病名すら得られず、「仮病」「こころの問題」とされている場合があるということがわかります。 詳細に検査すれば、慢性的な疲労や睡眠障害、内分泌や免疫の異常があるにも関わらずです。
運がよければ、そのような子どもたちは、仮病呼ばわりされる代わりに、概日リズム睡眠障害という診断名を得られるかもしれません。睡眠相後退症候群(DSPS)などの概日リズム睡眠障害は、不登校児の80%に見られるからです。
しかし、典型的な不登校の子どもたちの不調は、睡眠どころか、もっと広範囲に及ぶので、単なる概日リズム睡眠障害と診断するよりは、小児慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎(CCFS/ME)という病名のほうが適切といえるわけです。
これは決して、起立性調節障害(OD)という病名に意味がないという意味ではありません。典型的な起立性調節障害の場合、それに即した治療をすることはとても大切です。
しかし自律神経症状が消失していて、他の一番的な検査でも異常がないものの、慢性疲労のため社会生活が不可能な子どもたち、つまり不当に嘘つき呼ばわりされ、学校嫌いという誤ったレッテルを貼られている子どもたちを助けるには、小児慢性疲労症候群(CCFS)という病名と睡眠障害を含めた多方面からの治療がどうしても必要なのです。
また小児慢性疲労症候群(CCFS)では自律神経機能だけでなく、さまざまな脳の働きが重視されています。起立性調節障害があっても、問題が拡大して重症化している場合には、CCFSとしての治療が必要なのだと思います。
ODとCCFSは重なり合う病態
このように起立性調節障害(OD)と小児慢性疲労症候群(CCFS)は互いに重なり合う病気です。起立性調節障害と小児慢性疲労症候群をどう区別するかは、過去に小児科医のあいだで議論になったようで、Web上では次のような報告があります。
しろくま通信: 「子どもたちの脳は疲れている」三池輝久先生の講演会
ぼくも所属する「外来小児科フリートーク・メーリングリスト」で、三池輝久先生が「小児慢性疲労症候群」の子供たちを治療した報告が話題になっていて、三池先生が提唱する「その疾患」と、われわれ一般小児科医がこの時期(春から夏にかけての)よく遭遇する「起立性調節障害」との異動が、メーリングリストで議論されていたのだった。
怒りの病名としての「小児慢性疲労症候群」: 粂 和彦のメモログ
ぼく自身は、睡眠障害が専門なので、「病名」としては、睡眠障害の範疇の病名をつけてしまうことが多いです。疲労感が主体なら、C-CFSとすることもありますし、たちくらみがひどければODです。
三池先生はさきほどの説明の続きでこう述べています。
私たちは、自律神経症状は社会生活を脅かすことになりかねない危険な状態を知らせる警報(アラーム)と考えています。 (p136)
文脈からすると、起立性調節障害などの自律神経症状は、CCFSに発展する前段階のアラームとして現れることがある、という意味だと思われます。
これらの意見を総合すると、ODとCCFSは、どちらも見過ごせない病気であり、互いに重なり合うことは確かです。しかしODのほうが特徴的で、症状が軽い患者も含み、CCFSのほうは多彩で、重度の患者も含むといえるかもしれません。
両者は連続しあう病態であり、起立性調節障害(OD)という自律神経症状は、慢性疲労症候群(CCFS)という不登校の前段階なのだと思います。実際ODは不登校の「原因」のひとつとされていますが、CCFSは不登校「そのもの」とされています。
CCFSとODの6つの違い
以下に記すのは、関連書籍に基づいてはいるものの、わたしの感覚的な理解に基づくODとCCFSの違いです。専門家ではなく、一当事者としての意見であることをお含み置きのうえお読みください。
1.発症の原因
ODの場合:
思春期になると、特に前触れもなく発症することがあります。心理的ストレスや遺伝的要因の影響で発症することが多いようですが、起立性調節障害(OD)の書籍で、発症の原因を具体的に書いている箇所はほとんどありません。
CCFSの場合:
ある程度の期間にわたる共通のストレス背景があって初めて発症します。CCFSには以下のエントリで書いたような典型的な発症パターンがあるとされています。ODと違って、原因は明らかな場合が多いのです。
CCFSを発症した当人としては、明確な理由がわからず、なぜ学校に行けなくなったのか混乱するのですが、家族のほうは、睡眠不足症候群(BIISS)を前々から心配していることがあります。子ども自身も発症からしばらく経って、混乱期を過ぎると、何が原因だったのか理解するかもしれません。
2.発症時の症状
ODの場合:
ある程度前兆があり、たまに遅刻したり、休みが多くなったりすることに始まり、やがて学校に行けなくなります。
CCFSの場合:
不登校外来―眠育から不登校病態を理解するのp91によると、CCFSは発症が極端で、場合によっては発病期のPS3-4(ときどき学校に行けない)から、突然 極期のPS7(ほぼ寝たきり)に悪化することがあります。
3.日内変動・季節変動
ODの場合:
起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応のp62にはこうあります。
起立性調節障害は、午前中から昼過ぎまで元気がなく無気力ですが、夜になると普段のように元気になり、バラエティー番組を見たり好きなゲームに興じて笑ったりします。
一方夜になっても活力が回復せずぐったりして、意味もなく涙を流したりイライラが強いようならうつ病の可能性が高くなります」朝は相当体調が悪そうでも、昼過ぎから夕方にかけて症状が和らぎ、夜には比較的元気になると言われています。
つまり、ODには特有の日内変動があり、夜にはほぼ健康に見えるようです。
また、同書のp101によると、春から梅雨ごろに悪くなり、秋になると軽快するという季節変動があります。
CCFSの場合:
睡眠相後退症候群(DSPS)の症状があり、ODも症状の一つとして表れうるので、ODと似た日内変動があります。不登校外来―眠育から不登校病態を理解するによると、やはり午後9時ごろが最も調子がよいという記述があります。(p139)
ただし、疲れる理由―現代人のための処方せんには、「健康群でも慢性疲労症候群にかかっているグループでも、元気はつらつ感は、日中のいかなる時期よりも朝に高かった」とあり、うつ病とは反対だとされていました。(p32)
慢性疲労症候群の症状に季節変動があるという情報は知りません。メカニズム的には、日照時間が短くなり、睡眠障害が悪化しやすい冬場のほうが体調が悪くなる可能性がああるのでは?と思いますが定かではありません。
4.睡眠障害
ODの場合:
自律神経バランスの乱れにより、起床・入眠が困難になります。
CCFSの場合:
睡眠相後退症候群(DSPS)を併発することが多いようです。
不登校外来―眠育から不登校病態を理解するのp91によると、発症後すぐは一日15時間寝ていることもまれではありません。回復期に入っても、何年もの間、10時間以上の睡眠時間が続きます。
DSPSの症状について詳しくは以下のエントリをご覧ください。
5.症状の経過
ODの場合:
軽症の場合は学校に何とか通えます。起立性調節障害の子どもの日常生活サポートブックのp9には「軽症例では登校にほとんど支障はありませんが、重症では週1回登校するのもやっとです」と書かれています。
また予後については、朝起きられないもう一つの病気「起立性調節障害(OD)」とは? よくある誤解と正しい対処法に書いたように、1年後の治癒率は50%、2-3年後は70-80%とされています。
ODは思春期が終わると回復するか、軽くなることが多いので、長引く場合はCCFSや子どもの脳脊髄液減少症を疑うべきかもしれません。脳脊髄液減少症も立ち上がったときの頭痛“起立性頭痛”があるので、あながち無関係とはいえません。
詳しくはこちらの記事や、小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症という本をご覧ください。
CCFSの場合:
子どものCFSのPS(パフォーマンス・ステータス)のうちPS3以上で発症としますが、そのうち5-8の段階は学校に行けません。
イギリスの小児型慢性疲労症候群のうち、毎日登校できるのは11%程度で、62%は規定された全登校日数の40%以下しか登校できておらず、うち28%はまったく登校できていないという報告もあります。
予後については子どもの心身症ガイドブックと不登校外来―眠育から不登校病態を理解するによると、回復に非常に時間がかかり、3-5年でようやく70%が回復します。残りの30%は引きこもり状態です。
6.検査による異常
ODの場合 :
新起立試験やフィナプレスにより異常が確認できます。
CCFSの場合:
具体的な検査でさまざまな異常が見られます。おそらく、ODの子どもでもそれらの検査で異常は確認できますが、CCFSのほうが、より広範な異常が現れるのではないかと思います。
しかし、前半のエントリで取り上げたように、典型的な不登校の時期には、起立性低血圧などの自律神経症状が消失していることもあるようです。
専門機関の選び方
結論として、次のように考えて専門機関を受診すれば良いのではないかと思います。
1.立ちくらみ、失神などOD特有の症状が目立つ場合
2.軽いOD以外の症状がない軽症の場合
→起立性調節障害(OD)の専門機関を受診する
3.OD特有の症状に加え、過眠型睡眠障害や強い疲労・痛みなど幅広い症状が見られる場合
4.OD特有の立ちくらみなどがあまり見られないのに、過眠型睡眠障害や疲労・痛み、思考力の低下が見られる場合
5.学校にまったく行けず、日常生活すらままならない重症の場合
→慢性疲労症候群(CFS)の専門機関を受診する
大切なのは、保護者や患者本人が、起立性調節障害(OD)と小児慢性疲労症候群(CCFS)、睡眠相後退症候群(DSPS)をはじめ、似ている病気についてよく調べ、理解しておくことだと思います。
一般の検査でわかりにくいため、家族が知っておくべき他の類似疾患としては、ほんの一例ですが以下のようなものがあります。
◆交通事故などがきっかけ→子どもの脳脊髄液減少症(きっかけが不明な場合もある)
◆化学物質がきっかけ→シックハウスやシックスクールなどの化学物質過敏症(CS)
◆痛みが強い→若年性線維筋痛症(FMS)
これは非常に大ざっぱな分け方にすぎないので、よく調査するようお勧めします。その他の病気については以下のエントリで紹介した本も参考になります。
アイデンティティの危機を乗り越える
ODとCCFSさらにDSPS(睡眠相後退症候群)には共通点が多く、まったく無関係とは思えません。いずれも思春期の不安定な時期に発症しやすく、睡眠・覚醒、深部体温、内分泌のいずれかのサーカディアンリズム障害を伴い、重症の場合は日常生活が困難になるという点で共通しています。
わたしの理解では、もしかすると身体のシステムが発達途上にある思春期に、どのシステムがどれほど破綻するかによってこれらの違いが生まれるのかもしれない、と思います。
それぞれは連続した病態であり、起立性調節障害というアラームの時点で適切な対処をしないと不登校(慢性疲労症候群)になるのかもしれません。
いずれにせよ、どの病気も思春期の多感な時期に発症するなので、子どもにとっては、アイデンティティが根こそぎひっくり返されるような、極めて危機的な試練になります。このブログの情報が、困難な病気に勇敢に立ち向かう家族にとって役立つことを願ってやみません。
なお、このエントリでは、あえてODとCCFSの違いを考えてみましたが、症状は子どもによってさまざまです。ODとCCFSは、明確に分けることのできない連続性(スペクトラム)をもった病態だと思っています。
わたしの場合には、ODの説明よりCFSの説明のほうが、自分が感じてきた症状と近いと思ったため、そちらの治療を受けてきました。そして確かにかなり改善しました。
親の皆さんには子どもがどんなことを訴えようと真剣に耳を傾け、このブログを含めた周りの意見より、子どもの意見を、またわたしのような素人の意見ではなく専門家の意見をまず第一に尊重していただきたいと思います。
▼追記(2016年10月)
2016年3月に改定された慢性疲労症候群(CFS)の診断基準では、正式に「起立性調節障害」(OD)が慢性疲労症候群の症状のひとつであると記載されています。詳しくはこちらをご覧ください。