自閉症や慢性疲労症候群の脳の炎症は細菌などの不在がもたらした?―寄生虫療法・糞便移植で治療

ジョンソン夫妻は、ローレンスが熱を出すたびに興奮状態や自傷行為といった自閉症の最も激しい症状が和らぐことに気づいていた。

彼らは半ば冗談のように、「ローレンスの病気を治すため、わざと病気にするというのはどうかな」と話し合ったものだった

(ちなみに、多くの自閉症児の親が同じような現象を体験している。数年後、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者グループがこの現象を正式に調査することになった)(p311)

閉症児の不思議な特徴のひとつに、熱が出ると症状が和らぐ、というのがあります。この現象は、わたしも複数の書籍で読んだことがありますが、理由はよくわかっていませんでした。

ところが、寄生虫なき病 という本を読むと、その現象こそ、自閉症の原因やメカニズムを解き明かす鍵になる、ということがわかりました。

自閉症の研究者が見出したのは、寄生虫や腸内細菌叢と、脳の慢性炎症などの免疫異常が絡み合っているという事実でした。

これらは、自己免疫疾患やアレルギー、慢性疲労症候群など、他の多くの病気と関わっている可能性さえあるのです。

世界の見え方が変わる本、寄生虫なき病 を、自閉症を軸に簡単に紹介しますが、ぜひとも自分で読んでほしい一冊です。

これはどんな本?

この本は、「微生物の減少によって難病がもたらされている」という説を検証した、科学ジャーナリストのモイセズ・ベラスケス=マノフによるとても詳しい本です。

これは従来の「微生物病原説」に異論を差し挟み、清潔な環境がむしろ病気を引き起こしているのではないか、という「衛生仮説」を一歩進め清潔にすることで失われている微生物多様性に注目した理論です。

「微生物病原説」に基づいた殺菌・消毒などの技術により、感染症はめざましく減りました。しかしその一方で、自己免疫疾患、アレルギー、自閉症といった病気が増加しました。

これは、殺菌によって、有害な微生物だけでなく、有用な寄生虫・細菌・ウイルスまで撲滅してしまったからではないか、という証拠が次々と上がっています。

「寄生虫なき病」という怪しいタイトルと表紙の寄生虫の写真で、なかなか手に取りづらい本ですが、この本の原題“an epidemic of absence”は「不在の病」を意味しています。ネット上でけっこう話題になっていたので、わたしも読んでみることにしました。

この本は500ページ近い大ボリュームですが、今回話題にしている自閉症は、第十一章「自閉症も寄生者不在の疾病なのか?」で詳しく解説されています。

自閉症の増加の原因―衛生改革?

自閉症の原因はどこにあるのでしょうか。それは遺伝子異常だという人は少なくありません。自閉症は高い遺伝率を示し、環境要因の関与は少ないとおぼされるからです。

しかし、現代の自閉症の増加は、単なる遺伝子の問題のみでは説明がつきません。

アメリカ国立保険研究所の遺伝学者ケヴィン・ベッカーは、2007年に発表した論文でこう述べています。

「自閉症研究の分野で遺伝子ばかりが強調されるのは間違いだ」

「非常に大ざっぱな言い方をすれば、自閉症は喘息と同じ疫学的パターンを示す」(p323)

喘息は、農村部より都市部のほうが多いことがわかっており、自閉症も同じパターンを示します。喘息は以前はまれな病気でしたが、都市開発によって増加しました。それは自閉症の増加とも一致しています。

ベッカーはさらにこう言います。

「何らかの環境要因が自閉症の増加を引き起こしている。また、自閉症の増加は、喘息や自己免疫疾患の増加と類似の現象だと思われる」(p324)

以前にも取り上げたとおり、自閉症と自己免疫疾患、アレルギーには深い関わりがあることが統計によって証明されています。

ジョンズ・ホプキンス大学のアン・コーミの調査によると、家族の一人に自己免疫疾患があると、自閉症の子どもが生まれるリスクはほぼ二倍になり、家族の3人に自己免疫疾患があると、6倍になりました。(p318)

これを読んでわたしも知り合いのアスペルガーの家族のことが思い浮かびました。そこの家族の一人はクローン病でした。

自己免疫疾患は、感染症の減少に比例して増加している、ということも各国の疫学調査でわかっています。

その顕著な例がイタリアのサルデーニャ島で、風土病のマラリア熱を撲滅すると、自己免疫疾患が急激に増加しました。(p70)

アレルギー、自己免疫疾患、自閉症はいずれも、衛生改革が起こり、清潔に保たれている都市部で増加していて昔ながらの暮らしをしている農村部では少ないというデータが続々集まっています。

それでベッカーはこう結論しています。

「自閉症の増加には、衛生仮説(免疫系を教育ししてくれていた旧友がいなくなると、免疫系が異常を来す)が直接的に関わっている」(p324)

なぜ細菌が減ると自己免疫疾患が増えるのか

それにしても、どうして細菌・寄生虫・ウイルスを撲滅すると自己免疫疾患が増えるのでしょうか。

細菌・寄生虫・ウイルスは友達

それは、人類と、細菌・寄生虫・ウイルスの長い共生の歴史にあります。

あなたは細菌・寄生虫・ウイルスと友達になれるでしょうか。

多くの人は、考えるだけでもおぞましい、と思うかもしれません。現代人は、細菌・寄生虫・ウイルスと聞くと、汚いもの、消毒すべきもの、病気の原因と考えます。

ところが人類は非常に長い期間、それらの一部と共生し、友好関係を結んで生きてきたのです。

その代表的なものが、腸内細菌叢(腸内フローラ)を構成する微生物です。腸内細菌叢は母親から子どもに受け継がれます。特に産道を通って生まれるときに、子どもは母親の持つ細菌に感染するようです。

帝王切開によって生まれた子どもは腸内細菌の多様性が少なくなり、アレルギーや自己免疫疾患のリスクが高くなることがわかっています。(p254)

帝王切開によって自閉症のリスクも高くなることも報道されていました。遺伝が関係しているとされていますが、おそらく微生物感染の機会が減ることにも原因があるのでしょう。

自閉症で腸内細菌叢が乱れているということも、繰り返し報道されています。

マウスの腸管壁浸漏を治療すると、自閉症様の症状が改善されたそうです。

微生物は人間の免疫をコントロールしている

腸内細菌叢を構成する微生物をはじめ、人間と共に生きていきた細菌・ウイルス・寄生虫は、人間の免疫機構と強い協力関係を結んでいます。そうでなければ、免疫によってすぐに退治されてしまうからです。

それらの微生物は、幼少期に人の免疫系を訓練して、何が敵で、何が敵でないかを教える役割を担っているようです。

他の分野では、「適応性に富んだシステムは、その発達段階でインプットを必要とする」ことは定説となっている。

脳を例に考えてみよう。壁に垂直の線が描かれた部屋で子ネコを育てると、水平の線を知覚する能力のないネコになる。(p186)

人間の体のシステムは、子どものときに訓練しないと、使い方を学べないのです。

■子どものときに目の見えない子どもは、大人になって目が見えるようになる手術をしても、物体を認識できません。視覚野が訓練されていなかったからです。

■子どものときに愛情を注がれなかった子どもは、大人になっても、人と適切な愛着関係を結べません。愛情に関する脳の回路が発達せず、愛着障害になっているからです。

■子どものときから定期的に運動していない人は、虚弱な体質になります。運動によって形成される丈夫な心肺機能や、運動ニューロンが発達していないからです。

これらに共通するのは、いずれも、幼いときに刺激をたくさん受けてシステムが訓練されないと、システムそのものがうまく発達せず、大人になったときには手遅れだということです。

免疫系も同じです。子どものころに細菌・ウイルス・寄生虫に暴露せず、適切な刺激を受けていないと、敵の見分け方や、敵との闘い方を知らない過敏な免疫系ができあがってしまいます。

そうすると、本来敵ではないはずの食べ物やチリ・ダニ、花粉、共生菌などを敵とみなして、アレルギーを起こすようになります。自分に対して攻撃する自己免疫疾患さえ生じます。免疫系が適切に働かないので慢性的な炎症も生じます。

「衛生は我々の生活を向上させた」とワインストックは言う。

「だが、病気の原因となる十種類か二十種類のものを根絶する過程で、我々は、自分の体を健康に保っていたものに接する機会まで除去してしまったのだ」(p99)

だれもが化学物質による微生物の減少にさらされている

ところで、以前の記事で、自己免疫疾患には化学物質の増加が関係しているとと書きました。

化学物質が引き起こす「免疫の反逆」―自己免疫疾患の増加の原因?
ラシェキアという少女は15歳のときに、全身の痛みとひどい疲労感、インフルエンザのような感覚に悩まされるようになりました。その原因はどこにあったのでしょうか。一群の自己免疫疾患と、急

また自閉症の増加もまた化学物質や環境ホルモンの異常と関係していると、いう説もとりあげました。

「自閉症という謎に迫る 研究最前線報告」の5つのポイント
「自閉症という謎に迫る 研究最前線報告 (小学館新書)」という本を読みました。金沢大学子どものこころの発達研究センターという公的機関に所属する幾人もの研究者によって書かれています。

これらは決して間違っていたわけではありません。一つの問題に複数の原因があることもあります。

しかし、その間に存在する鎖環が抜け落ちていた可能性もあります。

化学物質の増加は、直接人体の免疫系に影響を与えるだけでなく、人体の免疫系を制御している細菌や寄生虫に影響を及ぼしていた可能性があるのです。

多くの「安全な」化学物質は、人体にほとんど影響がない、とされているかもしれませんが、腸内の微生物にまで影響がないかといえば、そうではないからです。

現代の都市部では、だれもが、化学物質による微生物減少の影響を受けています。

消毒された病院で生まれると、自宅で生まれるより微生物感染の機会が減ります。

現代の増加する化学物質は、微生物を殺菌して殺しています。抗菌剤が分解されて生じるダイオキシンはミミズなどの小さな生物の体内にさえ蓄積して、広く生態系に浸透しています。

抗生物質を使うと、腸内細菌叢が激減します。

抗生物質は家畜の飼育のためにずっと投与されています。スーパーで売られている牛や豚の肉は、抗生物質漬けで育ったものです。

さらにスーパーで売られている野菜は、それら抗生物質漬けの家畜の糞などを堆肥にして育てたものです。(p260)

ですから、現代文明に生きている以上、どれほど注意して生活していても、身の回りの微生物は減少しており、免疫系の能力の低下が生じているのです。

近年では、そうした抗菌グッズの危険性が認識されるようになり、販売が中止されるケースも出てきています。

抗菌石鹸「効果に科学的根拠なし」で販売禁止に:米国|WIRED.jp はてなブックマーク - 抗菌石鹸「効果に科学的根拠なし」で販売禁止に:米国|WIRED.jp

トリクロサンなどを含む抗菌石鹸はほとんど効果がなく、むしろ消費者にリスクをもたらす恐れがある、という科学者からの指摘は以前から行われてきた。

例えば、抗生物質耐性菌の強化や日和見病原体の助長、マイクロバイオームの乱れといったリスクがある。

この「マイクロバイオーム」とは、失われてゆく、我々の内なる細菌で説明されているように、腸内細菌叢、腸内フローラなどのより正式な名称です。

自閉症は脳の慢性炎症

最近の研究によると、自閉症の増加は、このような細菌・寄生虫の減少によって生じた免疫系の不具合と関連しているという証拠が増えています。

生きている自閉症患者から髄液を採取して調べてみても、炎症マーカーの数値が高いことが分かった。

中枢神経系の感染症が認められないにもかかわらず、自閉症患者の免疫系は軽度の慢性活性化状態にあるように思われた。

…「炎症は結果ではなく原因である。しかもその炎症は胎児期にすでに始まっている」という証拠が次々に見つかっている。(p321)

自閉症の炎症には、複数の要因が重なっていると考えられています。ですから、衛生仮説だけが原因ではないでしょう。事態はもっと複雑です。

それでも次のようなメカニズムが慢性炎症と関わっていると推測されています。

親の腸内細菌叢や免疫系が乱れていると、妊娠中に胎児を攻撃して、脳の発達が妨げられます。親の腸内細菌叢や免疫系の特徴はそのまま子どもにも受け継がれます。すると生まれてから脳に慢性炎症が生じ、常に刺激にさらされる育ちすぎた脳になります。(p346-347)

自閉症は脳の過成長、ADHDは脳の成熟の遅れー脳画像研究による発達の違い
自閉症やADHDの脳の発達の特徴を調べた脳画像研究のニュースについてまとめました。

しかしたとえ、この仮説が正しいとしても、自閉症の子どもが生まれるのは親のせいだ、などということはまったくありません。むしろこれは親にはどうにもできないことです。

現代の社会が衛生革命によって清潔にされ、微生物による刺激が減ったのは親のせいではありません。親の腸内細菌叢が乱れているのは、さらにその親から受け継いだ傾向なども反映されているので、やはりだれのせいでもありません。

農家のような微生物の多い環境に行って子どもを産めば、子どもは自閉症にはならなかった、ということもありません。むしろ長年衛生的な環境で育った人がそんなところで出産したら、免疫系が耐えられないかもしれません。

これは過去200年に起こった衛生への取り組みによって、行き過ぎてしまった人類の清潔思考が生態系を崩壊させてしまった結果であり、個人でどうにかなる問題ではないのです。

「我々が健康的だと考えている腸内細菌叢は、すでに本来の組成と異なっているかもしれない」とゾネンバーグは言う。

「そしてそれが、現代病の元凶なのだ」(p243)

寄生虫療法と糞便移植

ここで最初の話に戻ります。

なぜ熱が出ると自閉症がよくなるのでしょうか。

答えは単純です。熱が出ると免疫反応がバランスを取り戻し、自閉症の原因となっている脳の慢性炎症が抑えられるからです。

では、発熱以外の方法で、自閉症患者の免疫系を調整することはできないのでしょうか。

有望な研究が2つ上がっています。

寄生虫療法

すでに述べたように、寄生虫は、人体に寄生する際、宿主の免疫反応を抑制することによって生き残れるように操作します。免疫を抑制し、アレルギーなどを防ぐ、レギュラトリーT細胞を増やすのです。

そのため、寄生虫感染によって、クローン病などの炎症性腸疾患、多発性硬化症などの自己免疫疾患、自閉症がよくなったり、進行が止まったりすることがわかっています。(万人に効くわけではありません)

アメリカでは、寄生虫療法はまだ正式に認可されていないので、非公式のコミュニティで寄生虫が取り引きされているそうです。

そのあたりは、この本で体験談とともに詳しく書かれていて、一読の価値ありです。

そして、この本の執筆時点では正式な治験もされているようです。

ローレンス・ジョンソンなど数例の症状を踏まえ、自閉症患者を対象とするブタ鞭虫卵の正式な臨床試験がニューヨークのマウントサイナイ病院で始まった。(p348)

寄生虫による自己免疫疾患の治療についてはNatureにも研究が報告されていました。

【免疫】寄生虫による免疫応答の活性化で関節炎の進行を抑える | Nature Communications | Nature Research はてなブックマーク - 【免疫】寄生虫による免疫応答の活性化で関節炎の進行を抑える | Nature Communications | Nature Research

寄生線虫に感染したことで起こる特定の免疫応答の活性化が関節リウマチの治療に役立つことがマウスの研究で明らかになった。

…以上の結果は、ワクチンに似た刺激を用いてTh2免疫応答を活性化することがヒトの関節炎の新たな治療法の開発へ道を開く可能性を示唆している。

糞便移植

糞便移植は、健康な人の便のサンプルに、少量の生理食塩水を混ぜ、患者の大腸に注入するというものです。

すると、病的な腸内細菌叢が健康な腸内細菌叢に近づき、いろいろな病気が改善することがわかっています。

「腸内細菌が免疫機能や代謝機能に重要な役割を果たしていることを考えれば、『腸内細菌の接ぎ木』(ホルッツは糞便移植をこう呼んでいる)を免疫異常や代謝機能異常の治療に用いることもできるかもしれない。(p272)

すでに炎症性腸疾患には1990年代から試験が進んでおり、最近パーキンソン病を対象とした臨床試験なども進んでいるそうです。

しかし今のところ、腸内細菌叢には個人個人に合う遺伝的な型というものがあることがわかっており、だれの腸内細菌をだれの腸に入れてもいい、というわけではないため、有用な治療法にするための研究が進められているようです。

将来的には、寄生虫療法も糞便移植も、もっとスマートな方法になって一般に使われるようになるかもしれません。

こちらの記事では、腸内細菌がさまざまな病気の原因というのは確かであるもののの、糞便移植が完全な解決策であるとはいえないとされています。

他人の便で弱った腸を回復する | 実践!感染症講義 -命を救う5分の知識- | 谷口恭 | 毎日新聞「医療プレミア」

私の意見を言わせてもらえるなら、例えば、何十年も治らなかった難治性の潰瘍性大腸炎が数回の糞便移植で治るはずがない、と思っています。

ではなぜCDには効果があるのか。おそらく「時間」でしょう。CDは腸内フローラのバランスが乱れてからそれほど長時間はたっていません。

しかし、長年続いた潰瘍性大腸炎では、すでに腸内の粘膜細胞が炎症を繰り返していて元の状態からはほど遠くなっています。

この記事でも見たように、腸内細菌の乱れは、出生時から脳を含む神経の発達そのものに影響を与えている可能性があります。

腸内細菌が乱れた状態が長期間続くということは、単に乱れた腸内細菌そのものによる症状だけでなく、乱れた腸内細菌と共に身体が機能してきた結果、身体がそれに適応して発達したり、変化したりしたことによる症状も抱えていることでしょう。

その場合、原因を解決しても、すでに生じた変化にアプローチするのは簡単ではないかもしれません。

たとえば洗面台から水があふれそうになっている状態で蛇口を閉じれば大事にはなりませんが、すでに水があふれて色んなものが水浸しになっていれば、蛇口を閉じても、傷んだ家財の修復が難しいのと同様です。

慢性疲労症候群とも関係する腸内細菌叢

この本によると、現代増加している他の様々な病気にも腸内細菌叢の乱れや、微生物暴露が減ったことによる慢性炎症が関係しているそうです。

レイソンは研究対象を拡大し、慢性疲労症候群にも軽度の炎症が関わっていることを発見した。

他の研究者たちも、ガン患者を対象とした臨床試験の際に同様の現象を観察していた。(p372)

ガン、慢性疲労症候群、うつ病、メタボリックシンドローム、アルツハイマー病、パーキンソン病、心臓疾患…。

これらはいずれも、自己免疫や慢性炎症が関わっているのではないか、と最近注目されている病気です。

特に、最近増えてきた現代病と呼ばれるタイプの病気には、「衛生仮説」が当てはまり、微生物の減少と関わっている可能性が高いと見られています。

実際に、慢性疲労症候群の患者では腸内細菌に異常がみられ、炎症が生じていることが報道されています。

慢性疲労症候群では腸内細菌の多様性が低下(コーネル大学の研究)―自己免疫性の脳の慢性炎症の原因?
コーネル大学の研究によって、慢性疲労症候群の患者の腸内細菌に異常があることがわかり、慢性的な炎症の原因となっている可能性が示唆されています。

また、最近、ガン患者に効く抗体製剤が、慢性疲労症候群に効くと言われていたのも記憶に新しいところです。

抗がん剤のリツキシマブで慢性疲労症候群(CFS)の症状が緩解―ノルウェーの研究
CFSを対象にしたリツキシマブの150人規模の治験が行われているそうです。

ウイルスが敵となるか味方となるか

慢性疲労症候群の場合、何らかのウイルスが関わっている可能性がずっと示唆されていますが、問題は、特定のウイルスではなく、ありふれたウイルスを許容できない免疫の異常にあるのかもしれません。

たとえば、ありふれたヘルペスウイルスであるエプスタイン・バー・ウイルス(EBV)は幼いときに感染していれば、人間の免疫を強化する「友達」になりますが、思春期や成人以降に感染すると多発性硬化症のリスクを高めるそうです。(p296)

これもまた、さきほどの免疫の訓練の話と同じです。幼少期にウイルスから適切な刺激を受けると、免疫システムが成長する助けになりますが、いったん過敏な免疫系ができあがってしまってから感染すると、免疫系が耐えられないのです。

そうすると、子どものときに有益なウイルスに感染する機会を失ったことで、大人になったときに免疫系がありふれたウイルスに誤作動を起こして、慢性疲労症候群の脳の炎症が生じているのかもしれません。

さきほどの引用と同様に、慢性疲労症候群の原因も脳の慢性炎症にある、という研究が、日本国内でも上がっています。

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と脳内炎症の関連が解明される
CFSに脳内炎症が広く関わっていることがわかったそうです。

現代社会の清潔な環境が、免疫系を狂わせ、脳の慢性炎症を引き起こし、現代病としての慢性疲労症候群を増加させている可能性があるのです。

そうだとしたら、糞便移植や寄生虫療法は、いずれ慢性疲労症候群の治療法として脚光を浴びるかもしれません。

「天動説」から「地動説」へ

いずれにしても、「微生物病原説」に基づいて、細菌・寄生虫・ウイルスを根絶やしにしてきたことが、多くの病気を招いている可能性が浮上してきています。

これは何もおかしな話ではありません。

人類は、これまで、多くの種類の動物を絶滅に追いやってきました。その結果として、生態系が崩壊し、生物多様性が損なわれ、さまざまな悪影響が生じています。

人類は、これまで地球環境も破壊してきました。環境汚染物質や二酸化炭素の排出によって、地球の気候が崩れ、いわば地球の「自律神経失調」状態になっています。

そして人類は、同じようにして、目に見えない細菌・ウイルス・寄生虫まで撲滅し始めたのです。それらは何千年も人間の体内で独自の生態系を築いていました。そのバランスが崩れたことで、人間はまたもや悪影響を被っているのです。

人間はかつて、地球が中心に世界がまわっていると思っていました。「天動説」です。同様に、人間こそが世界の中心だというおごった考え方をして、人間を中心に世界が回っていると考えていました。

ところが今や人間はむしろ微生物のコロニーの周囲を回っている惑星や衛星の一つのようなものにすぎないことがわかってきました。生物学的な「地動説」が明らかになってきたのです。

人間が微生物をコントロールしているのではなく、微生物が人間の免疫などのシステムをコントロールしていたのです。

17世紀にガリレオ・ガリレイが望遠鏡で目にしたのと同様の現象を、現代の研究者らは観察している。

太陽が地球の周りを回っているのではなく、地球が太陽の周りを回っているように、細菌が我々の周りを回っているのではなく、我々が細菌の周りを回っていることが次第に明らかになりつつある。(p240)

それもそのはずです。まず人間が存在して、その後に地球が作られたわけではありません。地球が作られ、微生物が作られ、最後に新参者として人間が登場したのです。

ピロリ菌は胃がんの原因とされ、見つかったら即駆除するよう勧められています。子どものときのぎょう虫駆除によって、寄生物は体内から一掃されています。チリ・ダニはアレルギーの原因とされ、空気清浄機で捨てられています。

ところが、それらがいなくなってはじめて、じつはそれらの存在がいろいろな病気を防いでいたことが明らかになりつつあります。

微生物を含む地球の生態系というのは実に微妙なバランスで成り立っていて、何かを駆除するだけで、別のものが病気の原因になりうるのです。

寄生虫なき病は、非常に詳しい本であり、最初から最後まで読むのはかなり骨が折れますが、新しい医学についていくためには必読の本と断言できます。

今まで医学の常識とされていたこと(ネット上のさまざまなサイトで事実として書かれていること)が、ものすごい勢いで音を立てて崩れ去っていることがわかります。

もちろん、最新の医学こそが正しいとは限りません。将来、「微生物の減少によって難病が増加している」という説が覆され、さらに別の理論が正しいとされる可能性もあります。

それでも、現時点では、この知識は、アレルギー、自己免疫疾患をはじめ、現代病と呼ばれるものに対処するために必須の知識であると感じます。

それらと関わっている人には、寄生虫なき病の衝撃的な表紙とタイトルにためらわず、ぜひ一読するようお勧めしたいと思います。とりあえずAmazonレビューを読むだけでも勉強になります。

▼腸内細菌と難病の関わり
この話題についての別の本のまとめはこちらです。

腸内細菌の絶滅が現代の慢性病をもたらした―「沈黙の春」から「抗生物質の冬」へ
2015年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたマーティン・ブレイザー教授の「失われていく、我々の内なる細菌」から、抗生物質や帝王切開などによってもたらされている腸内細菌(