原因不明の「慢性的な息苦しさ」の理由―自律神経系のポリヴェーガル理論から考える

なたは慢性的な息苦しさに悩まされていますか? 

たとえば息が深く吸えない、深呼吸しても奥まで入っていかない、胃腸が張って圧迫されている、といった感覚です。

わたしは慢性疲労症候群で不登校になった学生時代から、ずっと息苦しさや頻繁に出るしゃっくりに悩まされていました。そして、どんな医者に話しても、納得のいく説明も有効な解決策も得られませんでした。

精神科では不安の表れだと言われて抗不安薬を処方され、内科では腹部膨満だと言われて消化管内ガス駆除剤を処方され、漢方では胃腸を整える生薬を調合され、鍼やマッサージも受けましたが改善しませんでした。

インターネットでも詳しく調べましたが、権威のない情報をコピペしたようなサイトがあふれているだけで役に立ちませんでした。

呼吸器科や消化器科で詳しい検査を受けても異常がなく、もう誰にもわかってもらえないのかもしれない、と思っていました。イリノイ大学名誉教授である神経科学者スティーブン(ステファン)・ポージェスの多重迷走神経理論(ポリヴェーガル理論)を知るまでは。

ポージェスは、生理学や解剖学の幅広い知識から、自律神経系の新たな理論を構築した科学者です。

それによって、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」に書かれているように、従来の自律神経のモデルでは説明できなかった、原因不明の慢性疲労や息苦しさ、横隔膜のけいれん、胃腸障害などの症状を説明できるようになりました。

しかし、この単純な「自律神経バランス」の概念では、迷走神経の防衛システムを説明できません。

そこで、三つの段階的な要素を反映できる、自律神経系の再概念化が必要なのです。

…この「太古の」迷走神経系は、脊椎動物にはすべて備わっています。もしこの神経系が哺乳類において防衛システムとして発動した場合、呼吸が抑制され、心拍数が下がり、反射的な排便が促されます。(p233)

この「太古の防衛機制」とは「不動状態」です。…哺乳類も、生命を脅かすようなことが起きた場合には「不動状態」に陥ります。(p40)

ポージェスの研究に協力した神経生理学者ピーター・ラヴィーンは、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアで、この「不動状態」のときには、非常に浅い呼吸になると述べています。

早く浅いかつ/または胸上部の呼吸は交感神経が覚醒している状態を示す。

非常に浅い(知覚不能なほどの)呼吸は、不動状態、シャットダウン、解離を示すことが多い。(p173)

わたしたちの身体は、「身体を動かしても危険から逃れられないと判断すると」、つまり逃げられない生命の危機や、慢性的なストレス下に置かれると、呼吸を抑制し不動状態になるという反応を「自動的に」始動します。

この記事で書く説明は、すでに過去のさまざまな記事の中で説明してきたものの焼き直しであり、特に新しいことは書いていませんが、改めて「息苦しさ」というテーマで整理してみました。

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これはどんな本?

最初に、まず書いておきたいのは、息苦しいという症状には、さまざまな原因がありうる、ということです。

もし息苦しさが最近現れたとしたら、何かの緊急な病気の兆候かもしれません。長年抱えている症状だとしたら、肺や心臓に慢性的な問題があるかもしれません。

今回の記事で扱うのは、さまざまな検査を受けてみて、そうした可能性を除外しても、医者には説明できない原因不明の息苦しさがある場合です。

わたしは学生時代に慢性疲労症候群になって以降、10年以上、内臓の不快感や息苦しさの説明を求めて、西洋医学か東洋医学かを問わず、さまざまな医者にかかり、大きな検査も受けてきました。しかし、いつも異常なし、原因不明でした。

なんとか理由を知りたいと思い、さまざまな分野を調べてきたところ、わたしの訴えていた症状はすべて、神経科学者ポージェスのポリヴェーガル理論から説明できることに気づいたのが昨年でした。

だから君は慢性疲労に閉じ込められた―生きるエネルギーを枯渇させる解離そして不動状態
解離と慢性疲労は深く関係していて、不動系という生物学的メカニズムによって引き起こされているという点を、不登校や小児慢性疲労症候群の研究と比較しながら分析してみました。

去年の時点では、ポージェス自身の本の邦訳がまだなかったので、他の専門家たちの著書から断片を寄せ集めてポリヴェーガル理論について学ぶしかありませんでした。

しかし今年11月に、ポージェスの著書の念願の邦訳、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」が出版されたので、この記事では、それに基づいて説明していきたいと思います。

この本は、専門的な内容ながら、インタビューの対話形式で読みやすくまとめられ、ストレスや生命の危機に対して、わたしたちの身体がどのように反応するのか、神経生物学的な仕組みを学べる一冊です。

この記事では扱いませんが、自閉症と聴覚過敏の関係、境界性パーソナリティ障害の過敏な行動の理由なども説明されていて、とても参考になります。

ポリヴェーガル理論とは何か?

まず、ポリヴェーガル理論とは何なのか。

過去の記事で何度も説明してきましたが、簡単に言うと、これまでの自律神経のモデルを刷新する理論です。

従来の自律神経の理論とは、ヘルスケアについてのテレビや書籍でよく見かける、交感神経と副交感神経からなるモデルのことです。

このモデルでは、交感神経が高いのは危険なので、副交感神経を高めてリラックスするにはどうすればよいか、ということが手を変え品を変え説明されます。

多くの論文は、副交感神経系は、つねに「健康」、「成長」および「回復」を支持している、いわゆる「善玉」です。

一方、交感神経は「不倶戴天の敵」であり、なんとか制御しなくてはならないものとして扱われています。

これは一部において真実ですが、こうした区別は臨床症状を理解するためには、まったく役に立ちません。(p123)

これまでのモデルでは、交感神経は悪玉で、副交感神経は善玉です。

日本の疲労研究で開発された疲労度計も、このモデルを前提にしています。そのため、交感神経が高ければ疲労度が高く、副交感神経が十分に働いていればリラックスしているとみなされます。

しかし、慢性疲労症候群の患者の場合、奇妙な食い違いが見られます。発症初期は交感神経系が高いのに、やがて慢性疲労が強く引きこもり状態になってくると、交感神経系と副交感神経系がともに低下して、目立たなくなるようです。

ポリヴェーガル理論を構築したスティーヴン・ポージェスもやはり奇妙な矛盾に直面していました。それは新生児の研究をしていたときのことです。

私が大学院で自律神経の研究をしていたとき、迷走神経は副交感神経の主要な部分で、交感神経とは正反対の働きをすると教えられました。

…臨床の世界では、自律神経バランスにおいては、副交感神経が優位であったほうがいいという印象があります。

…しかし私が新生児の研究を行っていたときに、こうした古典的な自律神経に関する説明が一気に崩れてしまいました。

…迷走神経は、急に脈が遅くなる「徐脈」や、突然呼吸が止まる「無呼吸」などの、生命を脅かす現象を引き起こすことがあると言っているのです。(p37-38)

ポージェスは迷走神経(副交感神経の主要な部分)が、ときに新生児の命を奪うことに気づきました。副交感神経は良いものだと考えられがちですが、新生児の場合、それによって呼吸が減ったり徐脈を起こしたりして、命の危険が生じうるのです。

ポージェスははじめ、副交感神経は良いものだと言っても、「過ぎたるは及ばざるが如し」、つまり過剰に働くと害になるということなのだろうか、と考えました。

しかし、神経解剖学の研究によって、意外な事実にたどり着きました。哺乳類の迷走神経枝には二種類の経路があり、より古い爬虫類的な経路と、新しい哺乳類の経路とが共存していることがわかったのです。

それゆえ、彼の新しい理論は、ポリヴェーガル、訳せば「複数の迷走神経」の理論と命名されました。

その命名の由来についても説明させてください。「ヴェーガル」とは「迷走神経の」という意味です。

「ポリヴェーガル」とは、「複数の迷走神経」、あるいはもっと正確に言うと、「複数の迷走神経経路」という意味になります。(p122)

不動化―太古の防衛反応

ポージェスが明らかにしたところによると、わたしたちの自律神経は、従来考えていたような交感神経と副交感神経の2種類の綱引きではなく、3種類の階層から成り立っています。

少し専門的な説明ですが、引用すると、

ポリヴェーガル理論が提唱され、自律神経系に関する新しい適応的機能のモデルが作られました。

ポリヴェーガル理論では、自律神経系の状態や反応は、交感神経と副交感神経系の相拮抗する二組の神経系の産物であるというふうには説明されていません。

本理論では、自律神経系の機能は進化の階層に則って3つに分けられています。人間やその他の哺乳類には、

(1)有髄化〔絶縁性の髄鞘によってニューロンの軸索が覆われること。これにより神経パルスの伝導が高速化される〕されていない無髄の迷走神経経路で、横隔膜より下の内臓の迷走神経制御を行っているもの、

(2)有髄の迷走神経経路で、横隔膜より上の臓器の迷走神経制御を行っているもの、

(3)交感神経系、

という3つの下位システムがあります。(p41)

ここでは自律神経には3つのサブシステムがあると説明されています。この3つは、階層的に構築されています。

まずいちばん下層にあるのが(1)の無髄の迷走神経で、これは「背側迷走神経」と呼ばれます。この神経系は原始的な爬虫類に見られる太古の回路です。

系統発生学的には、初期の脊椎動物は、無髄の迷走神経しか持っていませんでした。

無髄の迷走神経は、有髄の迷走神経より、生理学的な状態を調整する影響力がありません。

無髄の迷走神経が、初期の脊椎動物に、新陳代謝を減らし、酸素消費を減らし、食欲を減らす「不動化」という防衛能力を備え付けました。(p97)

その上の階層にあるのが、わたしたちもよく知っている(3)交感神経系です。これは硬骨魚や、活発に動き回る動物に特徴的なものです。

脊椎動物が進化すると、硬骨魚においては背骨に交感神経系が発現しました。

この交感神経系により、魚たちは群れを成し、統制がとれていて協調した動きをとるようになりました。

この可動化のシステムが高度に活性化すると、防衛反応が引き起こされ、不動化の回路を抑制します。(p98)

最後に、もっとも上層にあるのが、(2)有髄の迷走神経であり、これがわたしたちのよく知っている「副交感神経」です。ポリヴェーガル理論では「腹側迷走神経」と呼ばれます。

哺乳類は、先祖たちとは違う迷走神経経路を持つようになりました。この新しい迷走神経経路は、交感神経系を抑制する能力を持ちました。

交感神経系を抑制することによって、哺乳類の迷走神経系は、闘争/逃走反応を十分に下方調整し、代謝の資源や恒常性(ホメオスタシス)のプロセスを最適化し、社会的交流行動を自由に起こせるようになりました。(p99)

わたしたち人類を含む哺乳類は、これら3つの異なる自律神経系のハイブリッドです。そして、ストレスを感じると、これら3つの自律神経が順番に対応します。

まず通常レベルのストレスに対しては、いちばん上層の(2)腹側迷走神経(副交感神経)が起動し、社会的なつながりから安心感を得ようとします。

それがうまくいかないと、(3)交感神経系が起動し、無我夢中で闘ったり逃げたりする反応、つまり「闘争/逃走反応」と呼ばれる方法で危機を切り抜けようとします。

しかしそのどちらもうまくいかず、闘うことも逃げることもできない危機のもとでは、(1)の太古の迷走神経が起動し、不動状態が生じます。

爬虫類がじっと息をひそめて硬直するように、酸素消費を減らし、身動きできなくなり、シャットダウンされた状態になってしまうのです。

従来の自律神経の理論は、この三段階からなるプロセスのうち、第二段階の部分までしか考えていませんでした。

そのため、ストレス下で興奮したり緊張したりする人の症状は説明できましたが、身動きがとれなくなって低活動に陥っている人の症状は説明できませんでした。

しかしポリヴェーガル理論の階層モデルのおかげで、ストレス下でさまざまな反応を示す人がいる理由を説明できるようになります。

たとえば、ストレスがかかると休みなく動き続ける人がいます。冗談めかして「あの人はマグロのようだ。きっと止まってしまうと死んでしまうんだね」と言うかもしれませんが、その表現はポリヴェーガル理論からすればおそらく比喩以上のものです。

ずっと休まず働き続けるタイプの人は以前に書いたように、幼少期の愛着の問題を抱えている可能性があります。

いつも頑張っていないと自分には価値がないと感じてしまう人へ―原因は「完璧主義」「まじめさ」ではない
全力を尽くしていないと自分には価値が無いと思ってしまう。休んだり、遊んだりすることに罪悪感を抱いてしまう。そのように感じてしまう人は、自分の限界を超えてやりすぎてしまいます。その原

ポリヴェーガル理論によると、愛着は単なる心理的問題ではありません。幼少期にうまく愛着を育めなかった人は、哺乳類特有の腹側迷走神経による社会交流システムが発達せず、他者との関わりの中で自分を安心させ、リラックスするのが苦手です。(p54,184)

そのような人は、生理学的には、いわば交感神経と背側迷走神経で自己調節している硬骨魚に似ているといえます。

動きまわるか(可動化)、死んだようになるか(不動化)のどちらかしかなく、立ち止まって落ち着いて、他者との愛着から安心感を得る(社会交流システム)が弱いからです。

ある人が、縛られた経験があったり、幼い頃に虐待されていたとします。そうすると適応的な防衛的行動は、「動き続けること」です。できる限り動き続けていれば、シャットダウンしないのです。

しかし、動き続けていると、人と関係を持てず、人生を楽しめず、人間関係を築けないのです。本当は人間関係を築きたいと思ってもできません。(p187)

止まったら死ぬマグロのような人は、文字通り硬骨魚と似た神経構成になっているために、動きを止めてリラックスすることができません。

(※パーキンソン病の人にも似たような傾向が見られます。止まったら死ぬぞ!パーキンソン病抱える経営者追った「熱狂宣言」公開(動画あり) – 映画ナタリー

パーキンソン病ではトラウマ的な経験があるわけではありませんが、オリヴァー・サックスがレナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)で論じているように、迷走神経系の障害により、やはり凍りついたシャットダウン状態になりやすいという問題を抱えています)

反対に、慢性疲労症候群のような病気を抱える人たちは、引きこもってあまり動こうとせず、爬虫類のような穴ぐら生活を送るようになるかもしれません。これもまた比喩的な類似性ではなく、神経系の構造そのものが似ている、ということになります。

そのような人たちは、おそらくあまりに強いストレスを経験したがために、腹側迷走神経の社会交流システムによってリラックスすることができなくなり、交感神経系の可動化も使えなくなり、最後の手段である爬虫類的な防衛反応、つまり背側迷走神経系の不動化がデフォルト状態になっているのです。

ポージェスがポリヴェーガル理論を研究するきっかけになった、新生児に起こる徐脈や無呼吸も、この背側迷走神経のシャットダウンによるものでした。

未熟児の場合、この新しい哺乳類の機敏な迷走神経が未発達であるため、迷走神経の反応により致命的な事態が引き起こされる可能性が出てきます。

…機能的には、妊娠32週より前に生まれた未熟児は、爬虫類の特徴を持った自律神経系だけしか備わっていません。不随意に起こる無呼吸と徐脈は、爬虫類の防衛反応の現れなのです。(p124)

未熟児は最下層の爬虫類的な防衛システムしかないので、ストレスに対して呼吸を止めたり、脈拍を低下させたりすることで対処してしまうのです。

また、恐ろしいストレスにさらされた人の場合も、同様の反応が起こることが確認されています。たとえば以下のニュースでは、難民の子どもたちが、あたかも仮死状態のようなシャットダウン状態に陥ってしまうことが書かれています。

少年少女の身に一体何が起こっているのか? あらゆるトラウマを経験し、生きることをあきらめてしまった人たち

心的外傷の専門家ナオミ・ハルパーンは、この症候群は、人間に、そしてすべての哺乳類に生まれつき備わっている「防衛機制」の一種で、打ちのめされるような、あるいは危険を感じるような状況に遭ったときのためのものだと説明する。

たいていの場合、第一の本能的行動は逃亡だ。つまり、まずは「逃げなくては」と考えるのだ。もし走れないときは、脳は戦いのスイッチを入れることもある。

ハルパーンはBuzzFeed Newsに、「動物でも人間でも、追い詰められたと感じると、一気にアドレナリンが出て戦いのモードになるのです」と説明した。

もし、戦うことも逃げることも選択肢にない場合は、動きを止める。

「こういうことなのです。私にはどこにも行くところがない。走れない、戦って切り抜けることもできない。安全ではない。自分を守る唯一の方法は、完全にスイッチを切ることだ」。

わたしが陥ってしまった慢性疲労症候群のような病気も、これと同様のものである、ということは1年半前に詳しく考察したとおりです。

慢性疲労症候群になる子どもは、必ずしも家庭で虐待を受けたり、難民生活を送ったわけではありませんが、多くは学校において、長期間にわたり限界を超える圧力にさらされて、睡眠を削ってでも頑張ってきた子どもたちです。

感受性が強い敏感な子どもにとって、学校という閉鎖的環境で日々受けるストレスは、強制収容所体験や難民生活などと似た、戦うことも逃げることもできない環境で繰り返される危機的体験であり、シャットダウンを起こす条件と一致しています。

凍りつきによる息苦しさ

この記事のテーマである「息苦しさ」という症状は、このシャットダウン状態、すなわち、生命の危機を感じるような体験と関係しています。

そのことは、たとえば以下の記事で、小児期トラウマを経験した人たちが、「何年たっても当時のことを思い出すと恐怖で息ができなくなる」と述べていることからもよくわかります。

虐待された少女たちのその後、大人になっても後遺症に苦しむ日々 – ライブドアニュース

ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」には、なぜシャットダウン時に、息苦しさが伴うのかが神経生理学的に説明されています。

それによると、哺乳類の腹側迷走神経は、横隔膜より上の臓器(心臓や肺)を制御しており、背側迷走神経は、横隔膜より下の臓器(胃腸など)を制御しています。

横隔膜の上の迷走神経は、主に有髄で横隔膜の上に位置する心臓や気管支などの臓器に向かっており、横隔膜下の迷走神経は、主に無髄で横隔膜の下に位置する腸などの臓器に向かっています。(p125)

危機的状況でシャットダウン反応が引き起こされ、背側迷走神経が優勢になると、呼吸をつかさどる腹側迷走神経は抑制されるため、呼吸を抑制し、酸素消費を抑えるという不随意の反応が起こります。

爬虫類の一番の防衛系とは、不動化、呼吸の抑制、心拍数の減少であり、失神して死んだように見える「擬死」も含みます。

実際、ネコに咥えられているネズミは、どんなふうに見えるでしょうか? 呼吸は停止し、心拍は非常に遅く、死にかけているか、死んでしまったかのようです。こうした反応はすべて不随意です。(p123)

このシャットダウンに伴う「呼吸の抑制、心拍数の減少」が、慢性的な息苦しさの正体です。

やはりポリヴェーガル理論に詳しい心理療法家パット・オグデンによるトラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際にもこのときの背側迷走神経の反応がもたらす息苦しさなどの症状について、こう書かれています。

もし社会的関わり(副交感神経系の1つの分岐、すなわち腹側迷走神経複合体によって仲介される)と闘争/逃走反応(交感神経系によって仲介される)との両方が安全性を保証するのに失敗すると、副交感神経系の他の枝、背側迷走神経複合体が次の防衛線になります。

…すなわち、身体の多くの機能が減速し始め、「心拍数と呼吸の相対的低下」を導き、「『しびれ』の感覚、『心の中でのシャットダウン』、自己感覚からの分離を伴います」(p41)

例えば、ヴェラは、子どもの頃に性的虐待を受けました。その虐待で彼女は、闘うにしても逃げるにしても、どんな試みも加害者によって圧倒される体験をしました。

後に大人になって彼女は、威圧的な存在感のある男性の前では、くり返し凍りついてしまうようになりました。

…彼女は、「麻痺した」、そして「息ができない」感覚を訴えました。あたかも身体が他のことをしている間、こころとは別のことを言っているかのようでした。(p122)

身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアには、シャットダウン状態に陥った人の特徴として、次のようにも書かれていました。

シャットダウン状態に陥る人は(横隔膜が落ち込んだように)前かがみになることが多く、目は一点を見つめるかぼんやりしており、著しい呼吸の減少、心拍の突然の減弱、瞳孔収縮が認められる。(p126)

また、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」によると、背側迷走神経は横隔膜より下の内臓を制御しているので、わたしが悩まされていたような頻繁に出るしゃっくり、胃腸の過活動や過緊張などによる胃腸障害も同時に起こります。

古い横隔膜下の迷走神経の制御は、トラウマと併発して起こることが多い過敏性腸症候群、線維筋痛症、肥満、およびその他の胃腸の問題などの原因の一端になっている可能性があります。(p156)

こうして太古の爬虫類の背側迷走神経は、徐脈や無呼吸、胃腸の異常などを伴う不動状態を引き起こしますが、人間の場合は、爬虫類よりも話が複雑です。

人間は、複雑な自律神経系を持っているので、よほど危機的な状況や、他の自律神経機能が発達していない未熟児を除けば、背側迷走神経だけが働くということはまずありません。

先ほどのシャットダウン状態にある難民の子どもたちの場合も、見かけは平静なのに脈拍はかえって速いと言われていました。

「ここで彼の血圧を測ると、この年齢にしては血圧が高すぎるのがわかります。上が135で下が81。脈拍も高いです。1分間に126、これは高すぎます。

これは、この子が今、ストレスを感じていることを示しています。現在の状態では、非常に平和に見えるにもかかわらずです」

このような、見かけは平静そうなのに脈拍が高いというのは、子ども時代から厳しい家庭で育ったり、ネグレクトされた人にも見られるパターンです。

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この互いに相反するような矛盾した状態は、トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際に書かれているように、交感神経系と背側迷走神経系が同時に働いて、あたかもアクセルとブレーキが同時に踏まれているような状態であることを示しています。

Siegelは、この種の凍りつきでは、交感神経系と副交感神経系の両方が同時に覚醒しており、筋肉収縮と感覚麻痺が同時に引き起こされると仮定しました。(p132)

この交感神経が緊張しつつも、背側迷走神経で急ブレーキをかけている拮抗状態は、「凍りつき」(フリーズ)と呼ばれます。

「凍りつき」状態では交感神経系のアクセルの特徴である心拍数の上昇や警戒心と、背側迷走神経の急ブレーキの特徴である息苦しさや麻痺などが同時に現れます。

以前に詳しく書いたように、子どものころから慢性的な逆境にさらされてきた人たちは、この「凍りつき」状態になりやすく、慢性疲労症候群など原因不明の身体疾患も抱えやすいと言われています。

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わたしたちは危険に直面すると息を潜めます。自分で判断してそうするのではありません。感覚系が危険だと察知したら、わたしたちは無自覚に呼吸を抑制し、息をひそめるという凍りつき反応に移行します。

では子どものころから捕食者がいるような危険を喚起する環境で育ってきたとしたら? 自分ではそれが当たり前だと思うようになっても、ずっと身体は危険を認知したままであり、近くに捕食者がいるかのように振る舞います。

その現れが、慢性的な緊張感としての心拍数の高さだったり、呼吸の浅さによる息苦しさだったり、ずっと凍りついたままでいることから生じる慢性疼痛や慢性疲労だったりするわけです。

このように、わたしが陥ったような慢性的な息苦しさや疲労感、低活動状態は、従来の自律神経理論では説明できませんが、ポリヴェーガル理論からすれば、交感神経系と背側迷走神経による凍りつき反応によって、「呼吸の抑制」が起こっているものだと解釈できます。

あたかもネコにくわえられたネズミのように、命の危機を感じるような状況に置かれたことで、身体に組み込まれた古い防衛反応が起動し、身体に急ブレーキをかけることで、命を守ろうとしているのです。

医者は教えられてこなかった

このシャットダウン反応は、ストレスに対する防衛反応として起こるものなので、本質的には「病気」ではありません。病気や障害ではなく、その反対、すなわち身体が危機的なストレスに対して、本能的な防衛を起こしているということだからです。

しかし、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」に書かれているように、いくら防衛反応だといっても、ずっとシャットダウン状態が続けば、それはとても苦しく耐えがたいものになります。

私は、哺乳類が生命の危機に瀕したときに用いる、もう一つの基本的な防衛システムについて論じています。

これがシャットダウンと不動化です。動かないことによって、哺乳類は捕食動物に発見されないで生き延びる可能性があります。(p204)

…命を脅かす状態にうまく反応したことで、生き延びることができたわけですが、同時に問題も生じました。

その問題とは、その後事態が好転しても、彼らの命を救ってくれた生理学的状態からは、簡単には抜け出せないということです。

ひとたびシャットダウン状態に入ると、レジリエンスと言われる、行動状態を柔軟に保つ力を回復するのが困難になります。(p206)

シャットダウン状態は、通常の交感神経系の興奮によるストレス反応と違い、もとの状態に「回復するのが難しい」という大きな問題があります。

「不動状態」、「擬死」あるいは「死んだふり」は、爬虫類やその他の脊椎動物にとっては適応的な行動でした。

…哺乳類も、生命を脅かすようなことが起きたときには「不動状態」に陥ります。そして「不動状態」に陥った後、普通の状態に戻ることは非常に難しいと考えられます。(p40)

防衛反応として不動化を引き起こす神経回路を使うのはよいのですが、神経系には、「不動状態」からうまく抜け出す経路がないのです。

多くの人が、この「不動状態」から抜け出せないためにセラピーに通っています。(p96)

これは、慢性疲労症候群のような病態が、ときには何十年経っても容易には回復しない理由を、生物学的に説明するものとなっています。

シャットダウン反応は、太古の爬虫類にとっては適応的な防衛反応の回路でしたが、哺乳類にとっては絶体絶命の危機にのみ使われる最後の手段であって、もし慢性的に起動するようになってしまえば、それを解除するのはたやすいことではないのです。

ポリヴェーガル理論は、人間の防衛反応には、よく知られた「闘争/逃走」という可動化だけでなく、「シャットダウン」、言い換えれば「凍りつき/擬死」という不動化があることが明らかにしましたが、実は、これは取り立てて新しい概念ではありません。

このようなタイプの反応が人間に起こることについては、一般の人たちはよく知っています。

恐れから気を失う、恐怖で身がすくみ総毛立つ、ヘビにらまれたカエルのように凍りつく、クマに襲われたら死んだふりの仮死状態になる。

神経科学者や重度のトラウマを研究している専門家たちもやはり、このことをよく知っていました。

虐待や性犯罪、戦争トラウマの被害者たちは、身体が凍りつき、死んだようになってしまうからです。この反応は心と身体が切り離される「解離」と呼ばれてきました。

以前の記事で書いたように、ポリヴェーガル理論が登場し、知られるようになるずっと前から、オリヴァー・サックスやV・S・ラマチャンドランのような神経科学者たちは、危機的状況に直面した人間に起こる「解離」とは、生物学的にいえば擬死反応であると正しく指摘していました。

しかし一般人も研究者もこうした反応について知っていたのに、残念ながら、ストレスを専門にしている現場の医者たちが、まったく無知でした。

彼らは医学の教科書で学んだ理論が足かせとなり、それに忠実でありすぎたがために、ストレス反応には、交感神経が活性化する「闘争/逃走反応」しかないと安直に考えていたのです。

ネコに咥えられたネズミのような反応、つまり「シャットダウン-擬死」という、太古の防衛反応については、今までの研究では言及されなかったり過小評価されていきました。

教育の場でも文化的な観点からも、私たちは「防衛システムは一つしかない」と思いこまされていました。つまり、可動化し、闘争/逃走反応を行うのが防衛反応であるというのです。

…患者の体験と、臨床家の解釈の間にズレがあり、そのためクライアントは、臨床家は自分の話をちゃんと聴き、理解してくれていないという感覚を持つようになり、それが治療の妨げになってきました。(p92)

これまで医者が教えられてきた自律神経理論は、ストレスに対する反応は、交感神経を活性化させる闘争/逃走しかない、という単純なモデルでした。

ストレスを抱えた人が緊張状態に陥り、痛み、不眠、さらには過呼吸といった激しい反応を示す理由は説明できました。そしてそうした人たちをリラックスさせるべく、行動療法や薬物療法を施してきました。

しかし、そのまったく逆に、身体がかえって脱力状態に陥り、慢性的な疲労、過眠、息苦しさなどを訴える人たちの症状は説明できませんでした。そうした症状を訴える人たちの交感神経を計測しても、活性化していないことが多いからです。

こうして、慢性疲労症候群のような、従来の自律神経の理論から説明できない「原因不明」の病が現れました。

しかし、ポリヴェーガル理論では、こうした病気は原因不明ではありません。

それは、生命の危機に瀕する強いトラウマや、慢性的なストレスにさらされたことによって、身体が交感神経の「闘争/逃走反応」とは真逆の、背側迷走神経による「凍りつき/擬死」のシャットダウン状態にあることを意味しているからです。

もっとも、何が自律神経系のシャットダウン反応を引き起こしてしまったか、という点においては、原因が思い当たる人もいれば、そうでない人もいます。

シャットダウンを起こす原因の中には、先ほど書いたような、学校や家庭における長期にわたる慢性的なストレスがあります。おそらくこれは小児期発症の慢性疲労症候群や線維筋痛症に多いタイプです。

しかしそれとは別に、一度の強い生命の危機によっても、シャットダウンが引き起こされ、もとに戻らなくなっていまうことがある、とポージェスは述べています。

シャットダウンを引き起こす単一施行のトラウマ反応ですが、ある人は、その出来事が起きる前は正常でごく普通ですが、この出来事の後、公の場所にいられなくなり、下腹部の問題が始まり、他者の接近に耐えられず、低周波音に敏感で、線維筋痛症の症状が起こり、血圧が安定しなくなってしまいました。

…一旦、無髄の迷走神経が防衛反応に採用されたら、神経制御は変化します。そして修正に対して耐性があり以前のような恒常性に自然に戻ることが難しくなります。(o165)

成人してから慢性疲労症候群や線維筋痛症を発症する人の中には、ウイルス感染や交通事故など、一回の生命の危機を契機にもとに戻らなくなってしまう人たちがいます。

それらの人たちも、経緯や仕組みは異なるとはいえ、生物学的には同じシャットダウン状態が引き起こされ、そこから抜け出せなくなってしまっていると解釈できます。

身体が危険を感じているが、心は気づいていない

かつてわたしは、慢性的な息苦しさに悩まされていたとき、精神科医から、それは不安感の現れだと言われ、抗不安薬を処方されました。

しかし当時のわたしは不安などまったく感じていなかったので、それに納得できませんでした。わたしはただ“身体症状”に苦しんでいたからです。処方された抗不安薬は効果ありませんでした。

確かに、ポリヴェーガル理論に基づけば、慢性的な息苦しさという症状は、身体が「安全ではない」、と感じ取っている証拠です。何かしら大きな危機にさらされたためにシャットダウンしてしまったからです。

しかし、身体が「安全ではない」と感じ取っている状況でも、不安感が強いとは限りません。むしろポリヴェーガル理論は、その逆であることを示唆しています。

改めて、冒頭で引用したラヴィーンの、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアの説明を見てみましょう。

早く浅いかつ/または胸上部の呼吸は交感神経が覚醒している状態を示す。非常に浅い(知覚不能なほどの)呼吸は、不動状態、シャットダウン、解離を示すことが多い。(p173)

いま考えたとおり、人間を含め、哺乳類はストレスに対して段階的に反応します。

まず急性の一時的なストレスに対しては闘争/逃走反応を示します。一般に不安やパニックを感じるのはこの段階です。この段階では過呼吸のような「早く浅いかつ/または胸上部の呼吸」が現れます。

しかし命の危機を感じた場合や、慢性の長期的なストレスに対しては、凍りつき/擬死というシャットダウンを起こします。

これは麻痺解離とも呼ばれます。あまりに負荷が大きいため、ストレスを感じなくなったり、気づかなくなったりして感覚が麻痺してしまうのです。

引用文によれば、慢性的な息苦しさ、つまり「非常に浅い(知覚不能なほどの)呼吸」は後者の状態と関係していました。

ということは、息苦しさを訴える人は、精神科医の説明とはまったく逆に、ストレスが慢性的すぎるがゆえに、不安を感じなくなって麻痺している可能性があります。

慢性的な息苦しさがあるのに、不安やストレスを自覚していない、というかつてのわたしのような状態は、まさにシャットダウン状態の生理学的な特徴そのものだったのです。

精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コークは 身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、シャットダウンのときに起こる解離(切り離し)とは「知っていると同時に知らずにいることを意味する」と述べています。(p200)

身体は生命の危機を知っていてシャットダウンしている(つまり息苦しさや疲労感がある)のに、心はそれを知らない(つまり不安感がない)ことによって、あまりに苦しい状況に圧倒されてしまわないように保護されている状態です。

言い換えれば、身体の状態と認知とが切り離されて(解離されて)います。

その結果、身体にはさまざまな症状が現れているのに、認知の上ではストレスもトラウマも自覚していないという、奇妙な「原因不明」の症状が誕生します。

本当は何も知らないことに気づけない―だれもが陥る「知ってるつもり」の認知科学
わたしたちがみな知らず知らずのうちに陥っている、本当は何も知らないのに知っている気になってしまう「知ってるつもり」の錯覚について考えました。

(※上記記事では末尾の補足2でこの問題を扱っています)

呼吸を回復させるにはどうすればいいのか?

では、慢性的な息苦しさがシャットダウン反応による呼吸の抑制であるとすれば、どうすれば呼吸しやすさを回復させられるのでしょうか。

まず多くの人が求めているのは、薬物療法のような手っ取り早い解決策かもしれません。

確かに、子どもの慢性疲労症候群の治療に用いられている幾つかの薬は、トラウマの凍りつきに対しても使われているため、ある程度効果はあると思われます。わたしも実際にお世話になってきました。

発達障害やトラウマの過敏性,不眠,凍りつきなどに降圧薬(インデラルやカタプレス)が効くのはなぜなのか
プロプラノロール(インデラル)、クロニジン(カタプレス)、プラゾシン(ミニプレス)などの交感神経遮断薬の作用について調べてみました。

しかし、ポージェスがポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」で書いているように、薬物療法には限度があります。

医師たちは、薬物治療志向ですから、彼らの薬物の多用傾向を変えるのは難しいでしょう。

精神科医は、薬物が特定の疾病に働きかけることができるという信念のもとに、応用精神薬理学の専門家としての基礎教育を受けています。

そして、薬物が神経的フィードバックループだけでなく、身体の多くの系にも影響を与えるということを十分考えずに治療にあたっています。

将来的には、薬物は急性期や緊急時の治療においてのみ用いられ、長期的な治療においては用いられない方向に進むべきであると思います。

神経系は、脳と身体の調整を行っていますが、より幅広い神経系のフィードバックループは、脳と身体の関係だけでなく、人と人の関係性も含んでいます。この点に深い敬意を払う必要があります。(p200)

そもそも慢性的な息苦しさが生じている原因がシャットダウンであるなら、ただ単に症状を薬で解決すればよい、という問題ではないのは明らかです。

本人は主観的にはストレスを自覚していないかもしれませんが、何らかの過剰すぎる負荷がかかっているために、身体がシャットダウンを起こしているからです。

その原因そのものにアプローチせず、身体に現れている防衛反応だけを取り除こうとするのは望ましくありません。

ほとんどの場合、神経系の重要な適応的部分の機能を遮断する恐れがあることを考慮することなく、薬物が処方されています。一旦、β遮断薬を服用したら、交感神経系の一部の働きが遮断されます。

この薬は広く一般的に使用されていますが、これによる健康と行動への長期的な影響はどのようなものになるのでしょうか?(p158)

薬物療法は、確かに一時的な苦しみを和らげる上では助けになります。しかし、本当に必要なのは、身体の適応的な防衛システムを薬で無理やり停止させることではなく、身体が安全だと感じられるよう助けることではないでしょうか。

1.身体に「安全である」と感じてもらうための手法

シャットダウン反応による息苦しさは、精神科医の言っていたような不安感の表れではないので、言葉によるカウンセリングはあまり役立ちません。解決してほしい心の悩みがないからです。

問題を引き起こしているのは、認知の上では気づかなくなってしまっている身体的な負荷なので、身体そのものが「安全である」と感じられるようにする必要があります。それには言葉ではなく感覚に訴える手法でなければなりません。

カウンセリングではトラウマを治療できないのはなぜか―物語ではなく経験が必要な理由
トラウマの治療において、従来の対話を中心としたセラピーに限界があり、身体志向の方法が必要な理由をさまざまな研究をもとに考察しました。

息苦しさ、と聞いてすぐに思いつくのは、呼吸法のトレーニングです。さまざまなリラックス技法には呼吸法が組み込まれており、呼吸を意識的に深く、また長くすることで副交感神経系を活性化させようとします。

ポージェスも、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」の中で呼吸法の価値を認めています。

呼吸法を身に着けることも大変有効です。

ゆっくり深く息を吐くと、交感神経系の働きを抑制する迷走神経が刺激を受け、私たちの心を落ち着かせてくれます。

ゆっくり息を吐く間に声を出すと、それは歌になります。(p187)

たとえば、近年では慢性疲労症候群や線維筋痛症の治療にもマインドフルネスが導入されるようになってきましたが、マインドフルネスのトレーニングには呼吸法が組み込まれています。

一般的な方法によれば、注意がそれるたびに呼吸に意識を戻すことを繰り返して、「今ここ」に注意を向けるリラックス状態を目指します。

慢性疼痛・線維筋痛症にマインドフルネスが効果的
線維筋痛症などの痛みにマインドフルネスが効果的だという話が日経サイエンス2015年01月号 に書かれていました。注意力散漫と痛みや疲労との関係、注意力を鍛える方法などについても書い

しかしわたしの場合、これは効果がないばかりか、かえって呼吸を意識することで息苦しさが増してしまう結果になりました。そのせいで、マインドフルネスは自分には効果がないのだと思いこんでしまいました。

ところが、のちになってトラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復の中にこう書かれているのを知りました。

トラウマを抱えた人に、呼吸に注意を向けるように言うと、パニック反応を引き起こす恐れがあるし、落ち着くように言えば、さらに動揺が激しくなる。(p viii)

あるいはトラウマをヨーガで克服するにもこう書かれていました。

慢性的トラウマのサバイバーは呼吸が浅くなっていることが多く、それは苦悶、過覚醒あるいはパニック状態と密接に関連している。

…多くの生徒にとって呼吸法に取り組むのは非常に骨の折れる仕事で、注意深くアプローチするに越したことはなく、大変な忍耐力を要するものだということが分かってきた。(p160)

一般的なマインドフルネスの技法はいずれも、ある程度健康な一般の人たちを対象にしたものです。

過去に慢性的なトラウマなどの逆境を経験して、背側迷走神経が優勢になっている人の場合、呼吸を意識するなら、それと紐ついたさまざまな症状を活性化させてしまうので、かえって体調を悪化させかねません。

マインドフルネスそのものは、シャットダウンから抜け出すのにとても効果がありますが、慢性的な逆境を経験し、過敏になっている人たちにとっては、最初から呼吸法に取り組むのはハードルが高すぎるのです。

その点、ポージェスがポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」で述べている、ソマティック・エクスペリエンスや、センサリーモーター・サイコセラピーなどの身体志向の治療法は、この問題点を考慮した上で、より負担が少なく取り組めるよう段階的に構築されています。

私は臨床家ではなく科学者ですが、臨床家がしていることの原理を説明しようとしています。

ですから、ピーター・ラヴィーンによるSE(ソマティック・エクスペリエンシング)、パッド・オグデンによるセンサリーモーター・サイコセラピー(sensorimoter osychotherapy)、ベッセル・ヴェーガル・デア・コークの業績など、トラウマ治療についての多様なモデルと関わることができました。

こうした洞察力に優れた臨床家たちが、「『ポリヴェーガル理論』は自分たちのやっていることを神経生物学的に説明している」と見抜いたのです。(p198-199)

これらの治療法の取り組み方については、以前の記事で扱いました。

「からだの記憶」の治療法―解離や慢性トラウマのための身体志向のトラウマセラピー
解離やPTSDは「からだの記憶」によって引き起こされる「からだ」を土台として生物学的な現象である、という理解にもとづき、身体志向のトラウマ・セラピーについて考察しました。
ソマティック・エクスペリエンス(SE)を知る10ステップ―「凍りつき」を溶かすトラウマセラピー
近年注目されているトラウマの治療法「ソマティック・エクスペリエンシング」(SE)についてまとめました。
ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由
ベッセル・ヴァン・デア・コークらのトラウマ・センターで実践されている、トラウマの身体症状に対するヨーガ・プログラムを参考にして、身体的な気づきを促すボディワークがなぜ原因不明の身体

個人で取り組む場合には、たとえば、アナット・バニエルによる著書動きが脳を変える──活力と変化を生みだすニューロ・ムーブメントなどがわかりやすいかもしれません。この本には、今回の記事で書いたことが次のように要約されていました。

研究からは、私たちが恐怖を感じるとき、この古い爬虫類の脳から脳全体に信号が送られ、戦うか逃げるかを選択することがわかっています。

どちらも選択できないときには、フリーズ(動きを止めること)をします。危険が去るまで知らないふりをするのは、生存のための戦略です。

…しかし、フリーズの代償は高くつきます。まず、活力が消えてしまいます。そして感覚が鈍るだけでなく、ほかの刺激に対する反応のスイッチもオフになります。

…とても不快で、背中、腰、肩、こぶしが硬く緊張し、呼吸は浅くなり、心臓の鼓動は速くなります。消化が悪くなり、頭痛がしたり、落ち込んだり、集中できなくなったりします。(p64-65)

その上で、個人的に取り組めるマインドフルネスの訓練や、身体の凍りつきを解除するためのレッスンが、イラスト入りでわかりやすく説明されている本でした。

しかしながら、こうしたボディーワークは個人で取り組んでも感覚がつかみにくく、変化に長い期間を要するので、できるなら専門家の助けを借りて継続的にサポートしてもらうに越したことはありません。

2.無自覚の環境ストレスを取り除く

凍りつきが無自覚のストレスによって引き起こされている身体の防衛反応だということからすると、生物学的に安全な環境を用意することも大切です。

ポージェスはポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」で次のように述べます。

この電話の呼び出し音は、高架線を走る列車の音が鳴るように設定されています。…この列車の音は、私たちの神経系に対して、警戒し危険に備えるよう物理的な合図を与えています。

私たちの環境中に、神経系に防衛を促す合図がどれほど溢れているか、私たちはたいてい気づいていません。

「神経生物学的に配慮された」環境にいられれば、私たちは警戒したり防衛したりする必要なしに、生活し、働き、あそぶことができます。(p244)

わたしたちは、無意識のうちに、当たり前だと思っている生活環境から慢性的なストレスを受けていることがあります。

例えばごみごみした都会で育った人は、24時間、騒音や、過剰な電飾や、人混みにさらされるのが普通だと思って育ってきたかもしれません。あまりに当たり前なので、気にも留めていないかもしれません。

しかし、以前に書いたように、航空機や列車の騒音の聞こえる場所に住んでいる人たちは、たとえそれらが気にならなくなって慣れてしまった後でも、本人の知らないところで自律神経系が騒音に反応し、警戒態勢をとっていることがわかっています。

感受性が強いあなたに自然が必要な5つの科学的根拠―都市や学校の過剰なストレスを癒やすには?
わたしたちがごく当たり前だと感じている都市生活が、脳に慢性的な負荷をかけているといえる5つの理由を紹介し、大自然との触れ合いがストレスを癒やし、トラウマを回復させる理由を考察しまし

また、睡眠不足についての研究によれば、忙しい学校生活や社会生活を送り、短時間睡眠を繰り返すと、意識的には、寝不足が気にならなくなります。しかし、やはり本人が自覚しなくなっただけで、無自覚のうちに身体のパフォーマンスは低下し、強いストレスを感じていることがわかっています。

無自覚の「潜在的睡眠不足」(PSD)が内分泌・代謝機能に慢性的な影響―子どもの疲労と関係する調査も
現代人の多くで、自分でも気づいていない「潜在的睡眠不足」(PSD)が身体的健康に慢性的な影響を及ぼし、生活習慣病などの健康リスクをもたらしているという研究が発表されました。

これらは現代社会で生じる、「知っていると同時に知らずにいる」慢性的なストレスの一例にすぎません。

長年ずっと慢性的なストレス環境下にいる場合、認知の上では、大したことないと思っていても、身体は常に圧倒されていてシャットダウンを起こし、そのせいで息苦しさや胃腸障害、慢性的な疲労などが起こっているかもしれません。

考えてみれば、わたしたちは安全な都市に住んでいるようでいて、自然界の動物の基準からすれば、まったくそうではない環境で生きています。たとえば、動物たちが遭遇する捕食者よりも危険な自動車や電車に、はるかに頻繁に注意を振り向けているかもしれません。

自分にとっては当たり前の環境である、という先入観をいったん脇に置いて、自分がいまいる生活環境は、動物として自然な、安全を感じられる環境だろうか、と考えてみる必要があります。

もともと敏感な人や感受性が強い人などは、より刺激の少ない環境に身を置いてみることで、あなたの子どもには自然が足りないに出てくるカルロスのように感じることもあるかもしれません。

ここ何週間も、カルロスは植物や動物を熱心に観察し、それらをノートにスケッチしていた。

他の学生たちと一緒に、ヤマネコが獲物に忍び寄るのに見入ったり、平安をかき乱されたガラガラヘビが巣の中で突然たてる衝撃音に聞き入ったり、自然の奏でる高尚な「音楽」に耳を傾けたりした。

カルロスは言う。「ここへ来ると、息ができるんだ。ここでは音が聞こえるからね。町では騒音がありすぎて、何も聞こえない。

町では、何もかもあけすけに見えるけれど、ここでは近づけば近づくほど、ものがよく見えてくるんだ」(p77)

カルロスの場合は、あえて都市から離れてみることで、「息ができる」ようになりました。これは単なる心理的な変化ではなく、身体にかかっていた慢性的に負荷が軽減されたことによる生理的な変化でしょう。

ポージェスは、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」の中で、都会で鳴り響く低周波帯域の騒音が、ヒトを含む生物にとっては、危険を喚起すものであり、闘争/逃走やシャットダウンを引き起こしうることを指摘しています。(p56-62)

3.評価されることによるストレスを取り除く

わたしたちの現代社会ではごく当たり前とみなされている習慣が、知らないところで自律神経系には過剰な負荷になっている場合もあります。

意外に思えるかもしれませんが、たとえば退屈すれば脳はひらめくには、電子メールを送るときに人々が内容を気にして呼吸を止める「電子メール無呼吸症候群」がみられると書かれていました。

「電子メール無呼吸症候群」という言葉を生みだしたテクノロジーライターのリンダ・ストーンによれば、「メールをしているときに、一時的に呼吸が止まったり、浅くなったりすること」だそう。

みなさんもこの感覚はわかかるのでは? 私たちはメールをチェックしたり、ページを読みこんだりするときに、よく息を止めています(もちろん肩には力を入れっぱなし)。

パンによると、息を止めるのは進化の過程で身についた不安の表れとのこと。「大昔の人間はトラに狙われていると気づくと、ぜったいに音を立てないように息をひそめないといけなかった」(p105-106)

電子メールを送るだけで、息をひそめる「呼吸の抑制」が起こってしまうというのは考え過ぎに思えるかもしれません。

しかしポージェスがポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」で述べるところによると、先生や上司、社会から「評価される」という状況は、「トラに狙われている」のと同じく危険を意味するため、自律神経系は警戒モードに入ります。

学校、病院、教会などの社会組織が、つねに人々を評価し、それによって危険と脅威を感じさせる状況にあることを鑑みると、政治紛争、財政危機、戦争と同じように、こうした社会構造が我々の健康に好ましくない影響を与えていると言わざるを得ない。(p22)

防衛反応と評価されるときの反応には共通するものがあります。私たちが評価を受けるときは、防衛反応を引き起こす生理学的状態にあります。(p150)

評価されるというのは、実は、「自分たちは危険な環境にいるので、しっかりと警戒モードに入り、戦うか逃げるかの行動に備え、社会交流行動を犠牲にする必要がある」ということなのです。(p245)

現代社会は、学校や職場を問わず、四六時中だれかから評価され、見定められ、ときにはこきおろされたり怒られたりする、という仕組みが組み込まれています。SNS上でも、「いいね」や「お気に入り」の数が評価の指標になります。

たいていの人はそうした仕組みにストレスを感じながらも、なんとか対処することができます。

しかし、繊細な人、敏感な人、過去にトラウマ経験のある人などは、そうした評価に毎日さらされ、しかもどこにも逃げ場がないときには、シャットダウンが引き起こされる危険があります。

わたしたちが生きる上で、だれかから評価される環境をまったく無くすということはできないでしょう。

しかし問題となるのは、“いつも”そのような環境に置かれていて逃げ場がない場合です。逃げ場がないということが、慢性的なシャットダウンに至る条件だからです。

それで、次のように考えてみる必要があります。

自分の家庭環境や職場環境、学校生活などは、つねにだれかに評価されることによって、あたかも現代版の“トラ”から四六時中狙われているようなストレスを身体にもたらしてはいないだろうか。

もし思い当たる節があれば、できる限りそのような環境を変えたり、逃げ場となる安全な場所を用意したりすべきでしょう。

もし重大な健康問題が引き起こされているとしたら、思いきってその状況から逃げてしまうことも必要かもしれません。

子どもの慢性疲労症候群の専門家である三池先生が、学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)という本を通して訴えているように、です。

子どもの慢性疲労症候群は別名「学校過労死」と呼ばれています。

明らかに負荷が強すぎる環境なのに、体面を気にして、または義務感から、無理をおして頑張り続けた結果たどりつくのが、過労死という文字通りの死や、シャットダウン状態という生物学的な仮死状態です。

子どものCFS研究の原点「学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているか」
不登校は、「生き方の選択」「学校嫌い」「心の未熟さ」「能力の欠如」「根性が足りない」「親の育て方のせい」なのでしょうか。医学の進歩は、子どもや親に原因を求める伝統的な考え方について

自分がこれまで労力を傾けてきた活動から潔く手を引くことができず、どんどん損失を抱え込んで取り返しがつかなくなる傾向は、行動経済学では「埋没費用の誤り」(サンクコスト・バイアス)と呼ばれています。

長い目でみれば、思い切って慢性的なストレス源となっている環境から今、手を引いてしまい、凍りつき症状のような健康状態を改善したほうが、のちのち、より創造的な活動に携われるようになるのではないか、という視点を持つことは大切です。

ここでは身体に安全を実感させる方法として、ほんの3つだけを手短に取り上げたにすぎませんが、昨年書いた以下の記事では、ポリヴェーガル理論に基づき、不動状態(解離)をやわらげるためのさまざまなヒントについてまとめています。

そうした対策を実施しても、シャットダウン反応から完全に回復するのは、今のところ難しいかもしれません。ポージェスも、ひとたびシャットダウンが起こると復帰するための経路がないと述べていました。

シャットダウンを引き起こしている原因についても、ここで考えたような、すぐ思いつく環境的要因がすべてとは限りません。

近年の研究によると、少なくとも腸内の微生物群集が、迷走神経を介して脳の中枢神経系に影響を及ぼしていることは確実であり、ほかにも未知の要因がいろいろあるかもしれません。

慢性疲労症候群では腸内細菌の多様性が低下(コーネル大学の研究)―自己免疫性の脳の慢性炎症の原因?
コーネル大学の研究によって、慢性疲労症候群の患者の腸内細菌に異常があることがわかり、慢性的な炎症の原因となっている可能性が示唆されています。
もはやトラウマは心の病ではなく内臓の微生物群集(マイクロバイオーム)を取り巻く生態系の問題だというパラダイムシフト
エムラン・メイヤーの研究から、トラウマ医学におけるマイクロバイオーム(体内の微生物群集)の重要な役割について考察しました。

それでも、どのような仕組みでシャットダウンが起こるかを理解することは、慢性的な虚脱感や息苦しさから抜け出し、少しでも症状を緩和する足がかりにはなります。

自分のからだの声を聞けるのは、自分しかいない

ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」でポージェスが述べるように、ポリヴェーガル理論の根幹にあるのは、「安全であること」です。

本書執筆にあたっては、癒しを引き起こすためには「安全である」と感じることがいかに重要であるかに光を当てていく。

ポリヴェーガル理論の観点からすると、「安全ではない」と感じることによって、精神的、肉体的に疾病を引き起こす生理行動学的な特徴が形成される。(p7)

ポリヴェーガル理論の目的は、究極的には、身体がいかに安全を感じ取れるようにするか吟味し、そのための環境を作ること、およびそのための自己調整能力を養成することです。

しかし、残念ながら、わたしたちの社会は、基本的に言って、身体に「安全である」と感じさせるような構造ではありません。

日本に住むわたしたちは、犯罪などの被害から比較的守られてはいますが、だからといって、安心感に満ち足りていられる環境かというと、そんなことはないでしょう。

私たちの文化では、どんなに働いても十分ではない、どんなに成功しても十分ではない、どんなに貯金しても十分ではない、そして、すべていつ消え去ってもおかしくないということが明示されています。

「私たちは危険な時期に危険な場所に生きているのだ」、と社会が私たちに明確に告げているのです。

私たちが安全を必要とすることをもっと尊重していたら、人類はどうなっていただろうと、つねに疑問を感じています。(p243)

子どもたちは、生まれたときから、そのような社会と価値観の中で育てられています。

子どもに勉強しなさい、パソコンに向かいなさいと注意することは、長期間集中状態にいることを求めています。

これは、若干緩和されているとはいう、警戒状態を喚起するように促しているのです。(p245)

このような社会構造の結果、ひときわ敏感な人たちは、他の人たちと同じように家庭で育ち、学校に通い、社会で働いていたとしても、限界を超えてシャットダウンしてしまうかもしれません。

シャットダウンの程度には個人差があり、なんとなく身体が不調で凍りついているというレベルから、慢性疲労症候群のように身動きがとれなくなる状態、さらには、難民の子どもの身に生じていたような文字通りの擬死状態まで、さまざまです。

しばしば現代社会は「息苦しい」と表現する人がいますが、シャットダウンに陥ってしまった人たちにとっては、その表現は文字通りのものです。

そして、いったん病的状態になったら医者にかかることになりますが、医者たちでさえ「安全」を感じさせることには無頓着です。病院に行って医師と話すことで、よくなるどころか、かえって悪化することさえあります。

昨今、医療はますますマニュアル化されてきています。治療方法には裁量の幅がなく、患者一人一人に合わせたものではありません。精神科においてさえも、こうした傾向が見られます。

精神科に着くと、まずは病歴を聞かれます。そして診察室に入ると、精神科医は横向きになってパソコンの画面を見ており、患者を見てはいません。

医師は、患者の安心を求める気持ちを尊重し、熱心に向き合って安心させる言葉をかけるのではなく、パソコンに向かって何かを入力しています。(p183)

ここでは精神科の場合が書かれていますが、内科など他の診療科の場合もたいてい同様です。

わたしの場合も、慢性的な息苦しさなどの、わけのわからない苦痛を訴えて病院に行くと、そもそも受診するだけでも相当一苦労だというのに、医者たちは思いやりを示してくれるどころか、すぐに検査にまわし、異常が出なかったら、まるで詐病のようにぞんざいに扱うばかりでした。

本当は何か重大な病気が隠れているのに、検査の不備で見つからないだけではないのだろうか。はたまた自分が訴えている症状は、本当に気のせいで、わたしの頭がおかしくなってしまっただけなのだろうか。そんなふうに感じ、余計に「安全である」という感覚が阻害されました。

しかし、やがてポリヴェーガル理論について論じたピーター・ラヴィーンやヴァン・デア・コーク、そしてスティーヴン・ポージェスの著書と出会い、自分の訴えてきた悩みが正当なものであり、身体の適応的な防衛反応であると知ったことで、ようやく安堵しました。

それだけで症状が消えたわけではありませんが、自分の症状を理解できたことがきっかけで、「自分は一人ではなかった」「認めてもらえた」という安心感が生まれました。

調べていくうちに対処方法もわかったので、無益なドクターショッピングを繰り返すのではなく、本当に身体が求めている安全を確保するために、時間、労力、お金を割くことができるようになりました。

ボディーワークのセラピーからは、わたしが抱えていた息苦しさや胃腸障害やしゃっくりは、下腹部の内奥の筋肉を無自覚のうちに凍りつかせ、緊張させている習慣からきていることに気づくこともできました。それは背側迷走神経が横隔膜下の内臓を制御していることと一致しています。

今では主治医も、わたしの話を聞いてポリヴェーガル理論に関心を持ってくれるようになり、その応用について話し合っています。

このように対処してきた結果、シャットダウンはかなり和らぎ、以前のような慢性的な息苦しさにとらわれることはなくなりました。ストレスが高じたときには相変わらずシャットダウンに陥りますが、かつてよりもうまくコントロールできるようになっています。

この記事で扱った慢性的な息苦しさを含め、わたしが対処してきたような問題は、決して特別なものではない、と考えています。

オリヴァー・サックスが左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)で述べているのと同じく、わたしはただ考え続けただけです。

私とおなじような経験をした者がおおぜいいるのは明らかだった。しかし、だれひとりそれをうまく外科医につたえることはできなかった。

外科医に話そうとしても、私とおなじく一笑にふされたという。ほとんどの人たちは控えめに沈黙をまもっていた。なんとか理解してもらえた者は1人もいない。

…たとえ私がほんとうに「特別の変わり者」だったとしても、特別だったのは経験そのものではなく、それを始終考えつづけたことだ。(p198)

サックスは、意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源の中で、このときの経験について、三年間も図書館で調べ続けたものの何も手がかりを見つけられず、その後ようやく神経科医サイラス・ミッチェルや神経学者ジョゼフ・バビンスキーによる文献を見つけ、自分の症状を説明できるようになったと書いています。(p197-198)

わたしの場合も、それと似たようなものでした。だれもわかってくれない奇妙な症状でも、徹底的に調べてみれば、ちゃんと研究してくれている専門家がいるものです。研究はなされているのに、一般に知られていないだけなのです。

もちろん、一人ひとり抱えている問題は異なっていて、まったく同じ状況はありません。

なにかしら不可解な症状に悩んでいる人にとって、わたしの体験や記事で引用した書籍などが手がかりになればと思っていますが、結局のところ、医者にもわからないような自分の体験を解き明かせるのは自分しかいません。

自分の身体から、原因不明の症状という悲鳴が発せられているなら、他人である医者に解決を丸投げするのではなく、まず自分でよく耳を傾け、しっかり調査することが大切です。

自分の身体の声をよく聞き、専属のカウンセラーとして一対一で向き合えるのは、自分のほかには誰もいません。あなたの身体を舞台にして起こっているミステリーを解き明かせる探偵はあなただけなのです。