「あなたは生きているだけで意味がある」。
この言葉だけを聞くと、もしかすると、ありきたりで使い古された表現に思えてしまうかもしれません。
では、この言葉が、かつて「スーパーマン」を演じた名優クリストファー・リーヴのものだと知ったらどうでしょうか。さらに、彼がC-2四肢麻痺患者になってから7年も経過したあとの言葉だと知れば、印象は大きく変わるのではないでしょうか。
かつて全世界の脚光を浴びた彼は、ある日突然、一見スーパーマンとは程遠い存在「42歳の幼児」のようになりました。しかし彼は、亡くなるまでずっと希望を保ち、まさに「スーパーマン」その人のように堂々と障害と渡り合いました。
彼が希望を失わないでいられた理由はどこにあるのでしょうか。今回の書評では、クリストファー・リーヴの著書「あなたは生きているだけで意味がある」を紹介したいと思います。
これはどんな本?
これは俳優クリストファー・リーヴが、障害を負ってからの人生をつづり、希望について書いた本です。
1995年6月1日、ヴァージニア大学附属の集中治療室で目ざめたクリストファー・リーヴは、自分の置かれた状況を知った瞬間「このような人生は受け入れがたい」と思いました。
彼は馬術競技で落馬したとき、C-2と呼ばれる第二頚椎を損傷していたのです。この悲痛な現実は、もはや脳からのシグナルが、それより下には決して達さないこと、それゆえに皮膚や骨や筋肉はしだいに衰えていくことを意味すると告げられました。 (p9)
この本では、そんな彼が、いかにして自分を取り戻し、希望を見いだすまでになったのかがつづられています。重症の四肢麻痺患者になった彼が語る言葉には重みがあり、今なお力強く輝き続けています。
なぜこの本を手に取ったか
以前、わたしはマイケル・J・フォックスが書いた「いつも上を向いて 超楽観主義者の冒険」という本を読みました。バック・トゥ・ザ・フューチャーで有名なマイケル・J・フォックスは若くして若年性パーキンソン病を発症します。
彼もはじめは病気に戸惑い、自暴自棄になりましたが、やがて病気や障害と闘ってきたかけがえのない仲間を得て立ち直ります。その仲間の一人が、ほかならぬクリストファー・リーヴでした。
わたしはマイケル・J・フォックスに希望を与えたクリストファー・リーヴに興味を持ち、その著書を読んでみることにしました。
「あなたは誰なの?」 「友だちさ」
重度の四肢麻痺患者として絶望にまみれ、もはや生きる気力さえ残されていなかったクリストファー・リーヴは、いかにして希望を与える人になったのでしょうか。
彼は希望についてこう述べています。
ロイス・レインが「あなたは誰なの?」と訊くと、スーパーマンは「友だちさ」と答える。
それが彼を誰にもまして“希望のシンボル”にする。困難に直面したとき、希望はたいてい手を差し伸べる友人の形でやってくるものだ。 (p170)
絶望したクリストファー・リーヴに、希望の手を差し伸べたのは、まず家族でした。妻のデイナは、「あなたはあなたのままよ、愛しているわ」と伝え、三人の子どもたちは、ただ自分たちのために生きてほしいと願いました。 (p12)
このとき、塵の中に伏したスーパーマンは、絶望とたたかう決意を固めました。たとえどれほど辛い歩みになろうとも、ほんのかすかに見えた希望の光を見失うまいと思い定めたのです。
彼は、決してあきらめることなく、四肢麻痺と格闘をつづけます。5年の間、ほとんど何も変化しませんでしたが、リハビリをつづけ、ユーモアの心を忘れません。(p27)
彼は夫、また父親としても、家族を顧みようと努力します。子どもたちとレクリエーションを楽しむことはかなわなくても、ただ子どもたちのそばにいること、そして子どもたちの話を聞くことこそ、父親にできる最も大切なことなのだと気づきました。 (p60-66)
やがて、彼の強い信念は、奇跡の回復をもたらします。
水の上を歩く
2000年11月、事故から5年たったころのことです。
彼はふと、自分の人差し指が動いていることに気づきます。驚いた彼は、妻が勧めるままに指を凝視し、超能力でも念じるかのように、「動け!」と唱えました。すると、自らの意志で指を動かすことができたのです。
彼と妻のデイナは、信じられない気持ちでその光景を見つめます。人差し指を動かす経路は、損傷した脊椎より下の経路、T-1に属するからです。医学史を塗り替える偉業です。 (p117)
医者たちさえ、彼の様子をその目で見るまでは、決してそのことを信じませんでした。彼はそのときの医師の様子を「私が水の上を歩いて見せたとしても、彼はあれほどまでには驚かなかっただろう」と述べています。 (p126)
翌2002年には、彼はさらに、両前腕と両脚を動かすこともできるようになりました。また、C-2四肢麻痺患者としてはじめて、呼吸器をつけたままプールに浮かび、水中を歩くことさえやってのけました。
残念なことに、クリストファー・リーヴはそれからほどなくして、2004年、心不全で亡くなりました。しかし、彼の回復はだれも想像し得ないほど奇跡的なものでした。彼は重度の四肢麻痺患者として“スーパーマン”になったのです。
断固として見失ってはいけない
この本の末尾には、ほとんど不可能な状況下で生き抜く希望について、彼がつづったエッセイが載せられています。友人たちと航海に出たとき、想像を絶する嵐に遭遇し、死の淵で灯台の光を見いだした経験を回想する内容です。
「灯台」と題するそのエッセイは、わずか5ページながら迫真の表現で、障害を負ってからの彼の人生そのものを投影しています。このエッセイのためだけにこの本を手に取る価値があるほど、心を打つ名文だと思います。
言葉足らずなのを承知で、その一部を引用すると、彼は、希望を見いだす秘訣についてこのように述べています。
そのとき、光が見えた。
ぼんやりとした遠い光だった。それは船が波の頂上に持ち上げられているときにしか見えなかった。そのたびに全員が、雨のしぶきを通してもう一度それを見ようと目を凝らした。
…その灯台を見たときは、親や旧知の友人の腕に抱きとめられたような気がした。…私たちはただそれを見失わないようにすること、その温かい腕の中に抱かれるまで何物も障害にならないようにすることを心がけた。
…思いがけないことが起きたとき、灯台は希望そのものだ。ひとたびそれを見つけたら、断固として見失ってはいけない。(p188-189)
クリストファー・リーヴは、絶望の暗闇の中で、かすかに見えた希望の光を決して見失いませんでした。家族を通して差し伸べられた希望の手をとり、決して離しませんでした。
どれほど希望がおぼろげでも、どれほどかすな光に思えても、彼は、もう一度光を見ようと目を凝らし、進路を灯台へ向け、希望を目ざして舵を切りました。
彼はこの本を書いたとき、もはや絶望した四肢麻痺患者ではありませんでした。同じ境遇に苦しむ人に「人生は生きる価値があるものだ」と伝え、希望をもたらす車椅子の“スーパーマン”となっていたのです。
鍵は希望を選ぶかどうか、それを探し続けるかどうかです。
彼は最後にこう述べています。病や障害と闘う人は皆、この言葉をいつも励みにできるでしょう。
希望を持つとき、私たちはそれまで知らなかった力、犠牲を払い、耐え、慰め、愛する力を自分自身のうちに発見する。希望を選んだあとは、何もかも可能になる。
私たちは皆この海の上にともにいる。しかし、灯台はいつもそこにあって、私たちに家路を示そうとしているのだ。 (p189)