「マイケル・J・フォックスの贈る言葉」に学ぶ、病気を受け入れ、今を生きるということ

ぼくがこれまでに学んだ基本的な教訓がひとつあるとしたらー実のところ、すべて煎じ詰めればこのことに集約されると思うのだが、ーこの瞬間、つまりたったいまが大事だということだ。

この言葉は、バック・トゥ・ザ・フューチャーやファミリー・タイズで有名な俳優、マイケル・J・フォックスが著書「マイケル・J・フォックスの贈る言葉――未来へ踏みだす君に、伝えたいこと」の巻末で述べている病気を受け入れる秘訣です。

マイケル・J・フォックスは、俳優として絶頂を迎えた1991年、30歳にして若年性パーキンソン病と診断されました。当時彼は一児の父でしたが、この病気は容赦なく進行し、あと10年しか働けないだろうと宣告されたのです。

ところがその後どうなったでしょうか。今年51歳になった彼は、働けなくなるどころか、ついに本格復帰を果たしたことが報道されました。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』マイケル・J・フォックス、ついに本格復帰!新作テレビシリーズに主演 – シネマトゥデイ

マイケル・J・フォックスは病気から何を学び、どのようにして復活を果たしたのでしょうか。冒頭の言葉にはどのような意味があるのでしょうか。このエントリでは、彼の著書マイケル・J・フォックスの贈る言葉――未来へ踏みだす君に、伝えたいことを紹介したいと思います。

これはどんな本?

この本は一風変わってします。マイケル・J・フォックスはこの本の目的について、「この本は本など必要ではないということを知らせるためのものだ」と述べています。(p5)

端的に言えば、高校を中退してハリウッドに飛び込んだ彼のように「教室での授業は受けなかった」者でも、必要なことは人生から学ぶことができる、という主旨の本です。

第二章は、経済学・文学・物理学・政治学・地理学といった科目別に分けられて、彼が人生から学んだことが書かれています。第三章は、人生という教室における「恩師」について書かれています。

そして最後、第四章には、「だいじなのは、もうすべてわかったと思った後から何を学ぶかだ」というジョン・ウッデンの言葉が掲げられていて、病気を通して学ぶことになった貴重な教訓が収められています。(p94)

内容の大半は、有名なラッキーマン (ソフトバンク文庫)にも書かれていたことですが、ラッキーマンが時系列順に書かれているのに対し、贈る言葉のほうは論題別によくまとめられています。

なぜこの本を手に取ったか

わたしはマイケル・J・フォックスの著書をひと通り読んできましたが、俳優の追っかけをしているというわけではありません。友人が若年性パーキンソン病になったため、彼の著書に興味を持ったのです。

マイケル・J・フォックスの著書はどれも叙情的で、俳優らしい豊かな表現力が魅力です。闘病における葛藤や焦りをとても分かりやすく表現しているので、病気は違えど、わたしにとって共感できる点が多くありました。

このマイケル・J・フォックスの贈る言葉は序文の寓話がたいへん優れていて、過去のエントリでも使わせていただいています。ぜひ書籍そのものから、もともとの文章を読んでほしい部分です。 (p6-8)

体力を節約するのに役立つ5つの知恵 ―慢性疲労症候群(CFS)をかきわけて進むために

深い闇の時代

人生はすばらしい。そうじゃないなんて考える理由はなにもない。

すべてが爆発して小さな火の玉になるまで、あるいはいきなり横すべりしだし、ガードレールを突っ切り、土手か山肌に投げ出されるその瞬間までは。(p95)

慢性疲労症候群(CFS)などの病気を抱えておられる方は、マイケル・J・フォックスの上の言葉を読んで、病気を発症した「その瞬間」を思い出されるかもしれません。

言うまでもなく、マイケル・J・フォックスにとって、「その瞬間」は1991年1月、左手の小指がぴくぴくと動き出したときでしょう。彼が実現したアメリカン・ドリームは爆発し、俳優としての名声は山肌に投げ出されました。

その後の彼の苦悶に満ちた日々は、自伝ラッキーマンにありありと綴られています。病気をひたかくしにし、アルコール中毒に陥り、家族を失望させ、ついには失望のどん底へ。深い闇の日々でした。

彼は難病に突如襲われた多くの人と同じく、垂れ込める闇の中をを手探りで進む必要がありました。その闇とは、エリザベス・キューブラー・ロスの有名な著書死ぬ瞬間―死とその過程についてに書かれた5つの段階です。

否認「こんなこと実際には起こっていない」

怒り「こんなの不公平だ」

取引「この状態から抜け出すために、ぼくに何ができるか?」

抑うつ「だめだ、どうしようもない」

受容「いまのぼくに何ができるか?」?? (p103)

マイケル・J・フォックスはご存じのとおり、「受容」という出口にたどり着くことができました。どのようにしてそこへたどり着くことができたのでしょうか。

過去を捨てる

ぼくが拾った一片の知恵が、人生への新たなアプローチを見出す基本になった。その知恵とは「ぼくの幸せは受容と正比例して大きくなり、期待と反比例する」というものだ。(p102)

彼は深い闇の日々を送っていたころ、病気を挫折とみなしていました。それは彼が依然として、過去の栄光にしがみつき、“トップスターのマイケル・J・フォックス”に期待を抱いていたからでした。(p97,103)

期待どおりにならないなら必ず失望し、不幸に感じます。過去にしがみついているなら、新しい日は訪れません。

彼は、今を生きるために、時を超えて戻ってくる必要がありました。バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティと同じように。マーティには、現代へと帰って来るべき理由がありました。彼の居場所は過去ではなく今にあったからです。

マイケル・J・フォックスは、過去に生きることをやめる必要を悟りました。過去の健康な自分を羨んだり、現実から目をそむけたりしても、自分や家族を傷つけるだけなのです。

を生きる

自分はもはや健康なころとは違うのだ、ということを認めるのには相当な勇気が要ります。過去に抱いていた夢や理想を葬り、新しい自分、病気を抱えた自分として歩み出すには、並外れた強さが必要です。

しかしマイケル・J・フォックスは長年の葛藤の末、そうすることを選びとりました。その結果どうなったでしょうか。

病気のことをもっと学ぶという選択をすることにより、それをどう扱えばよいかについてよりよい選択ができた。おかげで病気の進行が遅くなり、体調もよくなった。

体調がよくなると、同じ環境の中でも前より幸せになり、前ほど孤立感を感じなくなった。そして家族や友人たちとの関係も回復させることができた。(p104)

たとえパーキンソン病が治らず、環境が変わらなくても、過去の自分への期待を捨てることによって、マイケル・J・フォックスは幸せを見つけることができました。「今を生きる」という決定をしたとき、彼はついに闇を抜け出し、人生の続きを歩み出すことができたのです。

マイケル・J・フォックスは、2冊目の自伝いつも上を向いて 超楽観主義者の冒険でも、息子のトムとの大陸横断エピソードの中で「ぼくたちは自分の今いるところにいるのだ」と述べています。(p303)

未来へ踏み出す君に、伝えたいこと

冒頭で引用した「この瞬間、たったいまが大事だということだ」という言葉には、過去にしがみつくのをやめ、今を受け入れ、パーキンソン病とともに未来へと踏み出そうという彼の決意が表れています。

マイケル・J・フォックスは最後に、要点をこうまとめています。わたしも過去への期待を捨て、CFSを受け入れ、その先にある未知なる未来へと踏み出すために、ぜひ覚えておいて、見習いたい言葉です。

「片足を昨日に、もう片方の足を明日にかけていたら、今日という日を見失ってしまう」

いろいろなことがあったおかげで、過去の失望や将来の期待すべてを担っていく必要はないと分かった。人生にはそれが現実で、他にはどうしようもないときもある。ぼくはいま、それを受け入れることができる。

ここにあるのはきみの瞬間だ。写真は他のだれかに撮ってもらえばいい。きみはただにっこり笑えばいいのだ。    (p114-115)